天才より賞賛されるべき人々

テーマ:コラム
2005-03-21 16:13:00
昨日今日と林家こぶ平さんが林家正蔵を襲名するというニュースがあちこちで流れている。
才能が無いのに肩書きばかりが重かったこれまでの人生は長く辛い時期が続いただろうと思うと
特にファンでもない私でも胸が熱くなる。
先の記事に努力によってしか得られないものがあると書いたが
タイムリーにも彼がそれを体現してくれた。
天才肌の人には遠く及ばないかも知れない。
しかし今の彼は努力により勝ち得た自信に満ち溢れている
これが人生の正しい歩き方なのだということを見せてくれている。

この様に最近努力で本物を手にした有名人として挙げられるのが
モデルの長谷川理恵さん。
彼女も若い頃ちやほやされて何不自由なくしていたら、本物が要求される年代になり、一時期非常に困った思いをしたことをテレビで語っていた。
彼女もマラソンを通じて身体を鍛錬したりモデルとして身体を保つプロフェッショナル意識を持つようになったということだった。
若い頃天狗になっていた彼女を、今の彼女を見て非難する人は誰もいないだろう。

今後期待されるのが長島一茂氏。
彼もまた、偉大な父の元、つらい人生だっただろう。
しかし、そんな縁で今の職に運よくついたのだろうが、
肩書きがきっと立派な彼をつくり上げていくことだろう。
今は未だ力不足かも知れない。
しかし、継続が力となって彼は偉大な人に変わって行くに違いない。

これが、「40代以降の人生」だと思う。
やはり人間30代まではまだまだ生まれ持ったものが優先していて一部の人にしか光が当たらなかった。
しかし、40代には運と才能以外のものが効力を発するようになるようだ。
これまで運と才能に恵まれなかった人も、ある程度の力の貯蓄が貯まり、
それなりのものになっていく。

人生捨てたものでもない(と、林家正蔵師匠自身が言いそうだ)。
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メディア、メディアって何様?

テーマ:コラム
2005-03-19 09:16:56

世間を賑わせているLivedoorの堀江社長。
偉い経済学者の先生から大臣、果ては元首相までコメントさせるとは、実にたいしたものである。
昨日は山本関斎氏までも彼についてのコメントを述べていたし、朝日新聞も1面を割いて特集していた。
さてそこで、必ず出てくる言葉に「堀江社長のメディアに対する思想が見えない」。
メディアの現場の人たちだからこういう言葉が出るのだろうが、私が答えてあげましょう。

堀江氏はメディアに対する思想はありません」。

堀江氏は電波でなくネットを通じて全ての放送を流そうとしているだけ。
思想の部分は買い取ったフジテレビジョンなりニッポン放送の人たちが考えれば良いのです。
つまりコンテンツは人任せ。
多分堀江氏本人でなく有能な社員にその辺のアイディアを持った人が文化は創ってくれるでしょう。
きっと良いネタ持っているのだと思います。

ところで、堀江氏のやり方にメディア論を掲げて叛旗をひるがえす人たちっていったい何様?
よく考えて欲しい、TV局なんてまだ人で言えば一生を終えていないほど浅いものなんですよ。
メディアってそんなの戦後の話。偉そうにメディアについて述べていますがそんなに短い歴史のものについてそれだけ正当性を主張するなんて、
自信過剰にも程がある。
今も情報操作がされているでしょうが、TV以前のメディア即ちラジオや新聞などはもっともっと情報統制がされていたと思います。
インターネットがメディアの主役になると、報道の内容をこれら偉そうに語るやつらのフィルターを通すことなく
私の意志でダイレクトに得られるようになる。
権力の検閲を通さずに情報が得られるようになる、堀江氏のやり方が本当の資本主義であるように、情報にとってはこれが本当の民主主義ではないでしょうか。

ニッポン放送株を50%取得し、裁判でも勝った日は、それまで大騒ぎしていたフジ以外の局も急に報道が控えめになっていた。
多分ぞっとしたのだろう、本当に主役交代が起こる日が近づいたのを目の当たりにして。


著者: 堀江 貴文
タイトル: 堀江本。2004.1.1ー2005.2.28 ライブドア激動の400日!!
著者: 浅井 隆, 戦略経済研究所
タイトル: なぜライブドアはフジテレビを乗っ取ろうとしたか!?
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そして誰もいなくなった?

テーマ:コラム
2005-03-18 01:11:02

私は新しいものに非常に強いということも書きました。
同時に私はブログ書いている年代より多分少し上だと書きました。
即ち、私と年の近い人たちは実は既にけっこう新しいものに弱くなっている。
実は最近これを実感させられることがいくつかありました。
1つはミーハーが売りの友人。昔流行に敏感だった彼女も
インターネットなどに触れることがほとんどないので「Livedoorって何?」と
うちの母と同じ事を言いました。
録画もDVDでなくTape、IpodどころかMDすらも通っていないといい、自分の事を「昔人間」と言っていました。非常にショックでした。
この手のセリフは一昔前のオヤジとおばはんの専売特許だと思っていましたよ。

もう1つは、ブログの存在を知らない友人。ブログと掲示板も混同しているし、
第一、ネット通販やヤフオクで買い物する場合には「支払いは当然現金だよね」とありえないことを言った(ネット送金の感覚が無い)。
携帯もだいぶ前に買った古いものなので着うたフルも着声もわかっていません。
新しい携帯に買い換えてQRコードが読めるようになったと喜んでいたら、
「QRコードって何?」「で、それが読めると何なの?」

ああ、もう駄目。
話が合う人がいない。
泣いてもいいですか?

著者: 高間 剛典, みらの, 平田 大治, 久井 亨, 坂井 恵, 河端 善博, 加野瀬 未友, 田口 和裕, 増田 真樹, 長野 弘子
タイトル: Bloggers(ブロガーズ)―魅惑のウェブログの世界へようこそ
著者: 高瀬 賢一
タイトル: ウケるブログ―Webで文章を“読ませる”ための100のコツ
著者: 標準化研究学会
タイトル: QRコードのおはなし―バーコードの数百倍のデータを扱える画期的コード
著者: Windows研究会
タイトル: ケータイでアクセス!Web110―QRコードを撮るだけ!


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説教臭いコラムその2 継続は力なり

テーマ:コラム
2005-03-13 23:41:10
私は決して飽きっぽいほうだとは思っていませんでした。
しかし、ある時友人の男性2人から飽きっぽいと指摘されました。
この2人にとっては飽きっぽくないというのは
ほぼ人生の全域に渡って続けることを指しているようでした。
確かに2人は非常に教養があり、話題も豊富です。
この2人から「継続は力なり」という事を教わりました。

「継続は力なり」。
その1で既に書いた「捨ててしまうと新しい局面を与えない」と同じだと思われます。

最近では一旦やめると元の状態に戻すことは大変困難で
むしろ新しく別の事を初めたほうが良い位にまで落ち込むということが解る様になり
できるだけ何でも細々とでも継続するようにしています。

最も身近な例として、子供の頃習っていたピアノがあります。
私は小中学生の頃は本当に毎日一日も欠かさずピアノを弾いていましたが(好きで)
その後受験や引越しなどがあり、辞めてしまいました。
成人した後、ある時、再びピアノを弾こうと思ってびっくり、
全く弾けないに近い状態になっていました。
10年も毎日弾いていた過去があるのに!

まず、楽譜が読めなくなっていました。
#やbが沢山ついたショパンなどもういちいち数えないとどのキーか
わからなくなっていました。
しかも、以前は楽譜を見ただけでメロディーが頭の中に流れたのですが、
それが一切なくなっていました。
更に追い討ちをかけるのが、鍵盤を叩くと第2関節より上が痛くて弾けません。
いかにその部分の筋肉を使っていたのかということを思い知らされました。

ショックがひどくてピアノはその後弾いていません。

同じような事が他にもあり、わずか3年離れていただけで、
それまでの経験が全てクリアされてしまっていました。
これもそのことを認識したとき本当にショックでした。
こちらは現在、類似の事を復活させてやっています。
例の2人組に「どうやって戻したのか?」と聞かれましたが、
私の答えは「正確には前の状態には戻していないというか戻れていない。
前とは別のものとしてやっている」と答えました。

若い頃は学校が3年一区切りですから継続は力というのが長くてせいぜい
1年程度の事をさしていたので復帰もできたのでしょうが、
もっと長いタームで見ると、継続しなくなった事に対する力は
落ちてしまっているのがよくわかります。

ブログも継続して書く力が落ちないようにしたいものです。
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説教臭いコラムその1「若い頃の苦労は買ってでもしろ」とうのは本当だった

テーマ:コラム
2005-03-12 10:40:20
私は若い頃は比較的運がよく、普通のこととして
沢山の価値あるものを手にすることが出来、
実に苦労しないで生きてきました。
しかし、実はここ数年、わざと自分に負荷をかけ「苦労」をしています。
まあ、「苦労」というほどの事ではなく、「努力」かな。

若い頃は平均より価値の高いものを手にしていたのに、
私はそれらを平気で放棄しました。
何でだと思いますか?
その通り、「簡単に手に入ったから」です。
「手に入れた」という気さえしませんでした。

人は苦労して手に入れたものは大事にします。
しかし、たいして力を入れなくて手に出来るものには
価値が感じられなくて、平気で捨てます。
捨てなかったものは、その時点以降も成長して新しい局面を与えます。
しかし、捨ててしまったものは、その時点以降の成長が無いため、
人生に何も与えません。
若いと、「自分の後ろに道が出来ている」ということには
一切気が付かないものです。
道はその人が何ものであるかという証明です。
その道は努力によってしか得られません。

私はダイヤモンドの原石もほいほい捨てたので、
今になって自分に何の財産も無いということに気が付きました。
磨き続けた原石はその人の人生の大きな財産として
人生を支える大きな礎になるということがようやく最近解りました。

私の人生始まって以来の努力もあと残すところ半年、
半年後には一応一段落します。
この努力により得たものは私は大切にするし、自慢にします。

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」とうのは本当だった
ということを実感しています。

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20世紀は原子力の時代 (だった)

テーマ:コラム
2005-03-11 22:51:24
「20世紀は原子力の時代」と書くと、
「あれ?21世紀じゃないの?」と言ったあなたは年寄りです。
20世紀のその昔、腹の中に超小型の原子炉を備え、
原子力で動くヒト型ロボット鉄腕アトムが登場する21世紀は
原子力の時代が来るとか当時は言われていたものでした。
しかし、21世紀にすっかりなってしまった今振り返ってみると、
20世紀こそが原子力の時代「でした」。
原子力発電所はいまや閉鎖するかどうかを議論するまでになり、
原子力開発を中枢に置く国家などなくなりました。
一言で言うなら「流行は去った」。

ふた昔前までは教育TVでしばしば特集されていたアインシュタインの
「特殊相対性理論」なんつーのも最近じゃとんと聞かなくなりました。

「21世紀には巨悪がはびこり、人々は劣悪な環境の中で
生活している」という20世紀型のSF小説も今となっては陳腐化しました。
どこに巨悪が?劣悪な環境って、「スギ花粉」の事???

「21世紀は宇宙人が襲来し、宇宙戦争が起こる」という
20世紀の幻想も、ただの幻想で終わりました。
宇宙人どころか、2001年宇宙の旅も実現しないまま既に2005年です。

20世紀の夢は幻に終わってしまったようです。
今新しい夢ってあるのでしょうか。
SF小説家の皆さん、また22世紀向けの新しい夢を創り出さないと!

タイトル: 恐怖の放射性廃棄物―プルトニウム時代の終り

 

タイトル: さようなら原発 水素エネルギーこんにちは―燃料電池・常温核融合の新世界

著者: 広瀬 隆
著者: 山本 寛
タイトル: 鉄腕アトム DVD-BOX(1) ~ASTRO BOY~
タイトル: 鉄腕アトム DVD-BOX(2)~ASTRO BOY~
タイトル: 鉄腕アトム DVD-BOX(3)~ASTRO BOY~
タイトル: 鉄腕アトム DVD-BOX(4)~ASTRO BOY~

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話せなくていいんです。携帯情報端末ですから。

テーマ:コラム
2005-03-11 00:40:11
私は新し物好きと言われますが、全くその通りです。
そして自分でも本当に新しいものに強いと思う。
インターネット夜明け前のパソコン通信時代には、
当時流行ったフォーラムにいち早く参加し、
その仲間で海外ダイビングツアーにまで参加しました。
インターネットの幕開け頃には、
ネットの掲示板を使った新時代の近所づきあいと注目された
ご近所サークルのようなものに参加して
花見や忘年会などを楽しんでいました。
ところがそれが徐々に出会い系サイトと呼ばれるようになった頃には
もう怪しいのでその世界は足を洗い、
自分でホームページを開いて情報公開し、
ヤフオクやビッダーズでオークションに参加し、
楽天でお買い物をして喜んでいたていたところ、
ブログが流行りだして今日に至っているわけです。

携帯電話にしても、初期のメモリースティックを使ったウォークマン携帯から
auのWINシリーズの番組配信、更には2Dバーコードリーダーと
「電話よりむしろその他の機能」を楽しんでいます。
カメラ機能で気になるお店をデジタルブックマークして、後日食べに行ったり、
ブログに載せる写真写したり。
株取引も銀行振り込みも、それからバスの運行状況の確認もやっています。

でもね、若くは無いので、携帯を買おうとして店に行くと
「話せりゃええやん」系の携帯を紹介されてショック!
ま、確かに私の方が少数派ですよ、この歳でこれだけ携帯使いこなしている女も
そうそういないと思いますよ、きっと。

私からしたらむしろ「話せなくていいんです。携帯情報端末ですから。」
この辺って私才能あると自分でも思います。
新しいものを取り入れる力、新しいことに飛び込む力って
この年になってもほとんど衰えていません。


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第3の波は静かに忍び寄った。

テーマ:コラム
2005-03-07 02:05:20
私の親が言いました。「産業革命に乗り遅れちゃって...」
インターネットによる高度情報化社会は産業革命と違って密かに進行し、
気がつくと社会全体を覆いつくしていました。
アルビン・トフラー氏が「第3の波」として高度情報化社会の到来を予言したころ、
私はそんな抽象的なものが本当に来るのかいな?と思っていたものですが、
気がつけば本当に着ていました。しかも本格化したのはわずか10年未満で。
ラジオがアングラな無線マニアからスタートしたように、インターネット社会もまたアングラなマニアからスタートしました。

あまりに急速に立ち上がったため、多くの企業はついていけませんでした。
私が勤めている会社もその1つです。
私の勤務先はITのインフラを作っているような会社ですが、元々は有線の通信事業が主体でした。
しかし、あるとき気がつくとサブでやっていたインターネットの方が肥大化していて、
そもそもの主役だった通信事業は仕事が無くなり、インターネット事業に飲み込まれました。インターネットで代用できるか、むしろそちらの方が高機能で置き換えたい事が多く出現し、
例えば内線電話は全てIPフォンに変わり会社のインフラですら通信事業の人々は退場させられたのでした。
主役は完全に入れ替わり、今では以前おたくとかマニアとか呼ばれていた見下されていた部門が大手を降っています。
会社の構造がだいぶがたがたになっているようです。
このことはあまりにも密かに進行していたので、情けないことに私自身も気がつきませんでした。
今になって見渡すとこのことが良く判ります。

インターネットの効用はいままで一部の特権階級の人だけが握っていた情報を前よりは多く庶民も握ることができるようになったという点だと思います。
いろいろなことがだいぶ個人にまで降りてくるようになりました。

さて、そんなインターネット社会に今日もこうして参画している私ですが、
多分私はブログを書いている世代より少し上だと思います。
私の世代では、私のようにIT産業にでも勤めていないとブログどころか
webを見ることもだいぶ抵抗があるようです。
私も、世の中にホームページが出始めた1997年頃は右も左も判らない状態でしたが、
幸いなことにこういうことを吸収する能力に長けていたようで、その後すぐにホームページの閲覧どころか自分が開設する側になっていましたし、
新しく提供されるサービスに次々と乗っています。
携帯電話も強力に使いこなして、楽しいネット生活を送っています。

「インターネットで何でもできると思うのはITバブル時の錯覚だ」と発言されている方がいましたが、そうでもないですよ。
まだまだITでやれることは残されているし、あの当時から既にもう新しい利用の仕方が次々生まれてきましたね。
これからいったい何が出てくるのか楽しみです。

最近、大物が次々と第一線を退いています。こんな大物が退場する場面自体そうそう見られないので、面白い時期に生きていて良かったと思います。
ダイエーの中西さん、コクドの堤さん、読売のナベツネさん...
技術も人も丁度世代交代の時期なのでしょう。

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短大の微妙な立場

テーマ:コラム
2005-03-06 00:37:53
日本はさほど学歴社会ではない。
こうかくと反論を買うかもしれないが、実はアメリカ以外の外国は
日本以上に学歴社会らしい(厳密に言うとアメリカも十分学歴社会である)。
台湾に日本語を教えに行っている友人が語った。
「台湾は日本以上に学歴社会なので、短大卒では教師にはなれない。」
台湾で教えるために短大卒だった彼女は通信制の大学で大卒の資格を取った。

短大。非常に微妙な教育機関である。
最近次々4年制化しているが、それはそうだろう。

だいぶ昔の話になるが、私たちの頃は短大に進学する女子も多かった。
少し上はもっとそうで、「短大の方が就職が良いから」と勧められて短大にしたそうである。
そして、その後、男女雇用機会均等法が制定されて以降、
短大卒で入社した女性の先輩はこういうのだった。
「短大卒は差別されている」。

私から見たらこの「短大の方が就職が良い」というのは明らかに
「結婚するまでの数年間だけの腰掛として採用する枠で採用される」という意味で、
長く働いてもらうために枠ではないことは明らかだ。
確かに当時はそれ以外の枠が無かったので何が何でも採用されるには
そちらの方が有利に見えたのかも知れない。
しかし、学歴社会を作った張本人の男性同士こそ学歴好きなので、
その中で対等に扱ってもらおうとしたら
むしろ男性より少し高い位の学歴が無いと不利になるのは明白である。
金銭的な事情がある場合を除いては、四年生に進学しなかったあなたが悪いのだと
つい言いたくなってしまう。しかし、「あなたが悪い」とは確かに言い過ぎ。
だって受験する時点ではまだまだ皆子供でそんなことわからなかったのだから。

私は四年生大学卒である。
大変幸いなことに私の家では両親の両家とも
「短大は良家の女子が花嫁学校としていくお嬢様学校」という考えが定着しており、
良家でない我が家は女子でも「短大に行くという選択が眼中に無い」環境で育った。

短大に「短大の方が就職が良い」と言われて進学した人は、
こういう環境が無かったということになろう。
ご両親も、学校の先生も短大を薦めるような環境にあったとは、
不幸だったとしか言いようが無い。
今考えると、高校の先生が「短大の方が就職が良い」と進路指導をしていたなんて
「職場の花になり早々に寿退職しなさい」と教えていたようなものでぞっとする。先生は世間知らずと言われるが正にそんな感じ。

学歴に関係なく社会で活躍している人は沢山いる。
活躍できた特に優秀な人は、短大卒でももちろん沢山いるだろうから
そういう人たちは「学歴は関係ない」と言うだろう。
それはそうです。大学はそもそも職業訓練校ではないので、
社会で活躍する術を教えているわけではないので社会で活躍したり
お金を稼いだりする点では学歴ばかりが重要では一切無い。
しかし、サラリーマン社会では、短大卒で差別された、
あるいは現在もされているという話は複数の人から聞いているので、
やはり学歴は関係あるというのも一方で事実である。

四年制大学は教育機関という側面と研究機関という側面を持っているが、
短大は教育機関という側面しか持っていない場合が多い。
今後文科省は短大をどういう扱いにする気なのかビジョンを聞いてみたいものだ。
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世の中コネが全てですか?

テーマ:コラム
2005-03-02 00:39:41
一連のLivedoorの報道には私も毎日楽しませてもらっている。
特に2月27日にフジテレビのオヤジ連が雁首揃えて最終兵器をぶっ放した日は最高潮で、
思い出しても笑みがこぼれる様な愉快さだった。
オヤジ連が旧態然とした大砲をぶっ放している一方で、
堀江社長は得意のITであたかも報道からインタビューされているような
自作自演をやっているしで、まるで漫画を見ているようだった。
堀江社長にとってもあの日は人生最高に面白い日になったんじゃないだろうか。
一介の怪しい青年実業家がやったことで国中がてんやわんや、国会では議論されるはマスコミでは特集が組まれるわ、
偉い大学の先生まで彼について論じ、果ては元総理大臣まで出てきて意見するとはこんな面白い局面に出会える人間なんてそうそういないと思う。
なんて羨ましい

ところで、そのオヤジ連や森元首相のコメントである「世の中カネが全てか?」という意見に対し、
私が一文字変えてその言葉を彼らにお返ししたい。

『世の中コネが全てですか?』

堀江社長のやり方は友達いない人のやり方だと思うが、私もどちらかというとそちら側の人間だ。多分世の中の多くの人は同じ側だと思う。
こういうコネが無い人が「表側にある公式ツール」を利用して成功するやり方として今回のやり方は非常にうまいやり方だと思う。

多分こうしたことを大衆に開いたのもITのお陰だと思う。
一部の有力者だけのものだったことを大衆にも開かれたものにした。
今更「コネを推奨する」なんて、いったいどっちが近代青年らしくないのか
よく考えて欲しいものだ。
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