弱者の盾 坂本貴司

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プロフィール さかもとたかし 栃木県真岡市出身。1975年8月1日生。(株)ジャパン・エフエム・ネットワーク、BS衛星放送「歌舞伎町ろまーぬゅ」でフォトジャーナリストとして作品発表。


僕の好きなミュージシャンはある歌の中で【タブーだらけの自由の中で葬(ほうむ)られてゆく、孤立した叫び声】と歌っています。
この曲は1990年代前半に作られたもので、時はバブル真っ盛り。空前の好景気に沸き、誰もが日本社会は「豊か」であると信じていた時代です。
しかし彼には見えたのです。生活が困窮する中で、助けを求める声がかき消されるのを。
そして【自浄できぬシステムに、真実はねじ曲げられ幻想だけ煽られてく】と。
権力を持った「欲望」が現代社会を構築しています。目当ては「お金」です。際限のない「お金」への渇望が、社会システムでさえ変えてしまいます。もはやこの「欲望」に自らブレーキをかける「自我」など存在しません。あとに残るのは、「荒廃」「絶望」「破滅」だけです。
権力を持った「欲望」は僕たちにメディアを利用し、こう叫びます。
「日本社会は豊かなんだよ」と。
現実はこうです。日本の相対的貧困率は約16%。日本人の6人に1人が月収約10.4万円以下の水準。OECD加盟諸国中の相対的貧困率は4位。OECD加盟諸国中の貧富の格差は2位。労働者全体における非正規労働者数は約4割。生活保護人員数約216万人。年間の自殺者数は3万人弱で推移。
【銀行と土地ブローカーに生涯を捧げるような悪夢のようなこの国】の、ねじ曲げられた幻想(豊かさ)がメディアを満たし、【非武装の地を争うことなく追われる者(生活困窮者)】が周知のとおり存在しています。
しかし彼は歌詞の中で「希望」を与えてくれました。
【鐘が鳴ってる欲望の地で誇りと理想に生きる者に】
【鐘がなってる詩人のように傷ついた心いたわる者に】」
【輝いてる清く強く】
聖者と聖女の存在を示唆します。
「共感の心」を持ち、人々を導ける力を持った人達。
「反貧困ネットワーク」の人たちがそうじゃないのでしょうか?
「聖者と聖女」とは行かないまでも、狂った社会に対して怒り・悲しみの感情を持ち、弱者の「盾」になれる「強い信念の持ち主」。「反貧困ネットワーク栃木」って人数は少ないけど、みなさんその辺の「エッジ」は効いてますよ。

※(この文章に登場した、ミュージシャンと楽曲名を知りたい方はぜひメーリングリストに登録して下さいね。)
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初めに
世界一貧しい大統領と言われた南米、ウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領が日本を訪れ、含蓄溢れる言葉を残した。

「貧乏とは少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要としもっともっと欲しがることである」。「貧乏とは無限の欲がある人」。「幸せとは物を買うことと勘違いしている」。彼は質素を旨とし生活費は国民と同じ月額6万円。どけちを貫き、ものを欲しがらない私は氏の言うところの貧乏人。

貧困家庭に生まれ、家畜の世話や花売りなどで家計を助けながら育った。元左派ゲリラ活動家で、軍事政権下では13年の服役経験もある壮絶な経歴の持ち主。中庸主義を称える人もいるけど氏は現在穏健左派(中道左派)。政治に中庸はあり得ない。私も穏健左派かな?

世界一貧しい大統領は言う「金持ちは政治家になってはいけない」。日本の政治家、特に自民党の議員は世襲議員が多く、安倍内閣の閣僚の半分は世襲議員が占めている。金持ちしか政治家になれない政党に貧乏人がせっせと投票しているこの矛盾。そしてそれに気づかぬお粗末さ。

最後に
「お金があまりに好きな人たちは、政治の世界から出て行ってもらう必要があるのです。彼らは政治の世界では危険です。お金の好きな人は、ビジネスや商売のために身を捧げ、富を増やそうとするものです。しかし政治とは、全ての人の幸福を求める闘いなのです」。
甘利議員。「いい人だけ付き合ってるだけじゃあ選挙落ちちゃうんですよね」
「いろんな人と付き合っとけばお金もたくさんもらえるしね~」
ウルグアイの前大統領と日本の国会議員。余り(甘利)のひどさに言うべき何もなし。
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プロフィール/おぐら たかのり。弁護士・とちぎ総合法律事務所(栃木県
弁護士会・労働社会保障部会所属)。日本労働弁護団常任幹事・栃木県労働弁護団事務局長。


第1 講演・報告内容
平成28年4月2日に四谷にて、奨学金問題対策全国会議の設立3周年集会が開催されました。会場は満席で多くのマスコミも取材にきていました。
1 基調講演
基調講演として、先日、栃木県弁護士会館で開催された反貧困キャラバンでもお話をいただいた藤田孝典氏の話があり、若者と老人の貧困問題についての説明がありました。
その後、中京大学の大内裕和氏から「奨学金のその後~次なる課題・前進に向けて」という演題で話がありました。以下、要点をまとめます。奨学金運動は2013年3月に奨学金問題対策全国会議が結成されてから全国で取り組まれるようになりました。全国会議の運動によるマスコミの姿勢が変化し、「奨学金を返還せよ」という若者バッシングから奨学金制度・日本学生支援機構の批判へと移ってきました。
また、2014年度予算においては制度改善がなされ、延滞金賦課率が10%→5%へと削減され、返済猶予期限5年から10年への延長がなされました。そして、無利子奨学金を増加させ、有利子奨学金を減少させることができました。また、財源論については、資本金10億円以上の大企業の内部留保の問題や富裕層の急増(野村総合研究所)が指摘されていました。
それから、奨学金返済問題に直面していた当事者の方の話がありました。破産するまでに追い込まれた事案で、日本学生支援機構の対応はかなり問題があると感じました。
2 裁判事例報告
奨学金問題に取り組む弁護士から、学生支援機構との訴訟の報告もありました。
(ケース1)約束したにもかかわらず元金が減っていなかった事例
当時の育英会に分割弁済の話をして、毎月5000円ずつ返済すれば延滞金は発生せずに元金に充当されると説明をうけたため払い続けたが、11年後に訴訟を提起されたが、元金が1円も減額されていなかった。回収のために担当者が嘘を言ったのではないか。
(ケース2) 本人と保証人が署名していない奨学金についての返還訴訟が提起された。証拠となる書面をすべて破棄したと日本学生支援機構が主張している。
3 新たな所得連動返還型奨学金制度について
現在議論されている所得連動型奨学金制度の問題点が指摘されました。特に、収入がなくても最低2000円~3000円を毎月返済しなければならないという点について、「所得に連動していない」という指摘がなされました。この点については、奨学金問題対策全国会議から「所得連動返還型奨学金制度」に対する意見書が提出されています。 (参考http://syogakukin.zenkokukaigi.net/20160215-2/)。
4 まとめ
今回、名古屋からの大学生の参加が多く、心強く感じました。もっとも、奨学金問題については、上記のとおり、多少は改善してきたものの、訴訟などではいまだに学生支援機構は強硬な姿勢を貫いています。また、猶予期間が5年から10年に伸びたことから、いまから数年後にはその猶予された方々の返済問題が出てくると言われています。ですから、今後とも、みなさまと一緒に奨学金の問題に取り組んでいきたいと思いますのでよろしくお願いします。
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ベーシックインカム・実現を探る会代表 白崎一裕

今回の熊本・大分などの震災で被災されたすべての皆様に心からお見舞い申し上げます。
様々な方法・関わりで多様な支援が行われていると思います。私も3・11東日本大震災時には栃木県北で被災いたしましたので、本当に、現地は、いま大変なことであろうと推察いたします。その3・11直後に、私の所属するベーシックンカム・実現を探る会を中心に「震災復興所得保証を要求する院内集会」を行いました。そのときに、出させていただきました提言を以下に再掲いたします。この提言は、こんどの震災でも有効であると思いますのでみなさまにご参考にしていただければ幸甚です。

~~震災復興基礎所得保障等を政府に要求する声明~~
~被災者、そしてすべての人々へベーシック・インカムを!!~

「3・11」。この日は、日本の歴史の大きな裂け目として記憶されるであろう。
復興へのプランが様々な立場から提言されているが、政府に対して、生活福祉資金貸付(緊急小口資金)をはじめとする被災者生活再建支援法など、現行関係法規の積極的活用と柔軟な運用、医療・介護・雇用・住宅・教育・子育てに関する支援の方策の充実が求められている(注1)。にもかかわらず、それらの申請は複雑であり、すでに制度からこぼれ落ちる人々が出ている。また行政機構も含めたすべての生活基盤が奪われ、雇用が暮らしを支えるようになるまでには多大な時間と試行錯誤が必要である。

そのような状況の下、いま、私たちは要求する!
まずは、緊急に個人単位・無条件の所得保障として被災地域のすべての人々に月額15万円の支給を。期間を5年とし、支給対象地域を岩手・宮城・福島三県および近隣県の被災基礎自治体とする(注2)。
支給の条件を「個人単位・無条件」とすることで、一人ひとりの生活の多様性を損なわない柔軟な所得保障が実現され、将来が見えない被災者の物質的・精神的な支えとなるであろう。地域の消費にまわることで地域自給を促す迅速な経済回復にも有効である。地域・地方の経済再生は、個人への所得保障から始まるといっていい。さらに、この所得保障をベースに、医療・介護・雇用・住宅・教育・子育てなどの支援(現物給付など)を総合的に組み立てることもまた、すべて政府の責任においてなされるべきである。所得保障によって、義援金を地域のインフラ整備などにも回すことが可能になる。
財源を懸念する声もあるかもしれない。復興費用試算は20~30兆円、これに加えて原発対策関連費用が10兆 円を超えるといわれている。阪神・淡路のときの復興費用は、当初、10兆円といわれたが、結果はその1.5倍以上の16兆円だった。この莫大な費用の捻出は増税、緊縮財政や通常の国債発行では賄いきれないであろう。ここは、震災国債発行による日銀の直接引き受けによる方法が最も望ましい。日銀からの資金は直接国庫に入金され、国の借金を増やすことなく、結果として利子もつかない。

被災したすべての人々、そしてこの国に暮らすすべての人々が希望をもてる社会の実現に向けて、わたしたちは、基礎所得保障を基盤とした総合的な復興政策の実施を要求する。
以上

注1:大阪弁護士会「東日本大震災における被災者の生活再建に係る関係法規の運
用改善及び法改正に関する緊急意見書」 (4月7日付)参照。

注2:ちなみに岩手・宮城・福島三県を「震災特区」として所得保障を実行した場合、総人口567万人×月額15万円で年間10兆2,114億円。震災復興費用には、この所得保障分を含めた予算組が必要となる。近隣基礎自治体の中では、茨城県の各自治体も広域に含まれるが、この概算では省略した。
葭葉幸江

熊本地震の後、多くの流言がTwitter上に流れました。いくつかを拾ってみます。
・地震後、動物園からライオンが逃げ出した
・川内原発で火災が発生
・ショッピングモールで火災が発生した
直後、これらがRTされて拡散されていました。シャレだよシャレ、的なノリでツイートしたものもあるようで「笑えよ」みたいなコメントが付いてあるものもありました。地震被害地でも不安で過ごす人たちは、どんな情報にも過敏になっている、この流言に怯えた人も沢山いたことでしょう。
流言の中で最も許せないと思ったのは『地震後、朝鮮人が井戸に毒を入れた』というものです。これは関東大震災時の流言を再生したヘイトスピーチそのもの。
5年前の福島原発災害時では、内閣のTOPが「地震が起きてラッキー、俺はまだ首相でいられる」と発言したというツイートがありました。情報元は定かではありませんでしたが、彼を嫌うツイッターユーザーの中にはこの流言をRTしては口汚く罵る人も大勢いました。元首相の功罪はともかく、緊急災害時にどうでもいいことを囃し立て攻撃するという幼児性。日本人というのはどういう感性なのだ?と自省をこめて思ってしまいます。
これに似たことが「反貧困問題」にもおきていると思います。『生活保護費で遊興三昧、贅沢三昧している』最近は減りましたが、それでもこれと同等の発言を見かけます。考えてしまうのは、こういった発言を拡散している人たちが、いたって普通と呼べる人達だということです。私の身近にいる親戚、友人の中にも同じ発言をする人が少なからずいます。
なぜか?それは新聞テレビ等の報道・ジャーナリズムが歪められているからだと思います。事実とは異なる報道、掘り下げない報道がされて、それを社会常識のように鵜呑みにしている人たちが多数いるということではないでしょうか。
日本は経済的には発達した国だったのでしょうが、社会的に未成熟なのだと思います。
熊本地震後の無責任な悪意ある流言を見るとき、その根底にあるものが未成熟なものであるなら、成長させればいいのではないかと思います。
未成熟なのは悪ではない、悪なのは無関心でいることです。
為政者の権力による誤ったもしくは誘導的な報道もあると思います。
それをどう食い止め、正しい情報を知ってもらい、真実を多くの人に広げてゆくにはどうすればいいのか?
反貧困問題の大事な活動の一環になるのはないかと思っています。
多くの人が大切なもの大事なもの、公平なものは何かということに気づき、経済優先の社会から変貌してゆくことを願ってやみません。

「ブラック国家」日本(上)

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石川 裕一郎(聖学院大学教授/反貧困ネットワーク栃木共同代表)


「ブラックバイト」という言葉をご存じだろうか。一言で言えば、学生・生徒の正常な生活を大きく損なうようなアルバイトのことである。具体的には、アルバイトなのに正社員あるいはそれ以上の長時間労働と責任を課され、部活・サークル活動はおろか授業にもろくに出席できず、また、定期試験等の学暦を考慮されずに一方的にシフトを組まれることにより学業成績が悪化し、最悪の場合退学に追い込まれる━━こういう事態を招くアルバイトのことである。ノルマ達成のための自腹購入を強制されることもある。
こういった事態が現出している根本原因は、既に広く知られる「ブラック企業」と同様、この国・この社会の在り様そのものに存するというのが本稿の立場である。端的に言い換えるならば、日本国そのものがいわば「ブラック国家」ではないかという認識である。以下、とりとめのない印象論に終始するが、暫しお付き合いいただければ幸いである。
さて、「ブラックバイト」や「ブラック企業」に苦しめられる21世紀初頭現在の日本の生徒・学生・労働者の姿には、唐突に思われるかもしれないが、71年前までの日本軍兵士を容易に連想させるものがある。私は職業柄(そして趣味としても)古今東西を問わず戦争映画をよく観るのだが、1960年代くらいまでに撮られた日本の戦争映画には、1970年代以降に撮られた、あるいは諸外国の戦争映画と比べて際立った特徴が一つあるように思う。それは、戦争の悲惨さそのものより、「日本軍=皇軍」というシステムがいかに愚劣で非近代的な組織であったかをこれでもかと強調することである。『人間の条件』(松竹、1959~61年。主演:仲代達矢)、あるいは『陸軍残虐物語』(東映、1963年。主演:三國連太郎)はその代表例である。
これらの諸作品を観ればわかるが、そこでは、戦争そのものの残酷さや非人間性よりも、旧日本軍の組織内部の酷い実態を描くことに重きが置かれているのが明らかなのである。おそらく当時の映画界には軍隊生活の実体験者がまだ多かったからであろう、そこで描かれている兵士の日常生活のリアリティ、たとえば新兵に対する古参兵の無意味な、しかしながら陰湿かつ執拗かつ凄絶ないじめやしごきのシーンには、観ているだけでこちらも息苦しくなってくるものがある。これらの作品は戦争そのものに反対するというよりも、日本社会の最も愚劣な面が集約されているであろう「軍」という組織の現実を鋭く告発しているのである。
映画ではなく現実のアジア太平洋戦争の実態に目を転じるならば、その愚劣さは、軍指導部の兵站軽視と戦略眼の欠如が招いた兵士の戦病死率の異常な高さとして表れている。なにしろこの戦争での命を落とした日本兵の過半は、本来の戦闘行為ではなく、餓死を含む病死によるものだったのである。フランスの哲学者ミシェル・フーコーは、近代の権力は中世以前のそれとは異なり「人々を殺すのではなく生かす権力(bio-pouvoir)」であると特徴づけたが、1945年当時の大日本帝国はその近代的権力でさえなかったといえる。兵士を人間としてではなく、使い捨ての・取り換え可能な消耗品のように扱う━━71年前のこの国はまさに「ブラック国家」であったと言っても過言ではないだろう。
そして、それだからこそ現行憲法の「戦争放棄」は、単に国家が戦力を保持し交戦する権限を否定するのみならず、戦争を否定したこの国における人権保障の土台になっていると言えるのである。憲法の条文に即して例を挙げるなら、9条(戦争放棄)は、13条(個人の尊重と幸福追求権)や25条(生存権)の理念と実効性を下支えしているということである。 (以下、続く)

いしかわ・ゆういちろう 早稲田大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は憲法・フランス法。最近の共編著書に『裁判員と死刑制度』(新泉社、2010年)、『現代フランスを知るための62章』(明石書店、2010年)、『リアル憲法学〔第2版〕』(法律文化社、2013年)、『フランスの憲法判例Ⅱ』(信山社、2013年)、『憲法未来予想図』(現代人文社、2014年)、『国家の論理といのちの倫理』(新教出版社、2014年)、『これでいいのか! 日本の民主主義:失言・名言から読み解く憲法』(現代人文社、2016年)など。

マイナス金利

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※白崎一裕【解説】 → 坂本貴司【要約・感想】


ようは「金融緩和」でお金を刷っても市場に出回らない大きな理由に、市中銀行がお金を日銀に預けて利息を得ているから。

そのためお金を預けていると逆に「カネ」をもらうぞと、日銀が「マイナスの金利」を導入し、市中銀行に積極的な融資を促したということです。

しかしその結果、円高と株安に見舞われています。

僕は正直この政策に賛否の判断を付けるほど知識がないので、今後の動向を見守りたいと思います。



現在日本の「子どもの貧困率」は約16%です。
これは子どもの6人に1が貧困状態におかれていることを意味します。

子どもの6人に1人が修学旅行に行けません。
子どもの6人に1人が給食費を払えません。

これは親世代、つまり社会全体の貧困化を意味します。

日本のGDPは世界第3位。
これは一般的に世界で3番目に豊かだということを意味します。

「豊かさ」とはなんでしょうか?

・平成28年1月23日(土)
・13:30~16:30(受付時間 13:00)
・場所:栃木県弁護士会館4F
(宇都宮市明保野町1-6)

争いごとがあり、どちらかの立場(見方)に立たなければならなくなった場合、自分の利益になる側に立つのが通常の行いと言えます。しかし、私は福祉(貧困)の現場ではこれは当てはまらないと思っています。私達は当事者の間で最も弱い立場の人の側に立たなければなりません。それはそうしないと弱い人の側に全ての矛盾が押し付けられるからです。
現実社会に置き換えると障がい者、高齢者、子どもは弱い立場となります。障がい者はその障がいの故に自己実現は健常者より困難となります。高齢者は以前は自分で出来ていたことが出来なくなり判断力も鈍ってきます。子どもは自分の意思を整理し、人に伝える術、力を持っておらず、また、保護者の保護を受けないと生きていけません。
当たり前のことですが、強い人は強く、弱い人は弱いのです。問題が起こった場合、弱い立場の人はその問題を解決する術を持てません。このような場合、第三者は弱い人の立場に立たなければならないでしょう。そうでないと力の強い人の意見のみが通る社会となります。
貧困家庭、特にその子どもにおいては最も弱い立場にあると言えます。そしてそこには弱い立場の故、様々な問題が現れてきます。そんな時、私たちは立場の強い側として、自らの考えを押し付けるのではなく、弱い立場の子どもの側に身を置いて一緒に考えなければらないでしょう。私たちが子どもの立場になって考えると問題の本質が見えてくるのではないでしょうか。そして、それを解決していかなければならないでしょう。
私はこのことをしっかりと認識して行動して行きたいと思います。
~弱い者達がさらに弱いものを叩く~

プロフィール/おぐら たかのり 弁護士・とちぎ総合法律事務所(栃木県弁護士会・労働社会保障部会所属) 日本労働弁護団常任幹事・栃木県労働弁護団事務局長

「弱い者達が夕暮れ さらに弱いものを叩く~」この前、街中で、ブルーハーツのトレイントレインの歌を耳にしました。
この歌詞を聞くと、企業における労働者階層の問題を私はいつも考えてしまうので、今回はこの話を書くことにします。企業内の構造は、昔は、労度組合と経営側の2極化の争いであったといえます(いわゆる労使対立)。労働条件をよりよくしようとする労働組合と、何とか抑えようとする経営側。そして、ときどき話し合いがまとまらずストライキが起こることもありました。
これが、非正規の労働者が増えてくることによって、非正規労働者は正社員を妬んだり(賞与や昇給などの待遇面)、正社員は非正規労働者にひどくあたったりハラスメントをしたりすることにより2極の対立構造ではなく、いわば「労労対立」となってしまったのです。正社員は給与の安い非正規労働者の待遇が改善されれば、自分たちの賞与や給与が減る関係にあるので、非正規の待遇改善を積極的には求めません。
さらに派遣労働が増えることによって、労働者の階級はさらに分断されることになりました。派遣社員は食堂が使えないなど福利厚生面などで差別的に取り扱われているといいます。また雇用期間の更新にも制限があり定年までその会社で勤務することは難しいことが多いのです。他方、非正規社員からもさらに弱い者たちとしてハラスメントの対象となることもあります。
こういった構造のせいでしょうか。最近は、ストライキで迷惑した記憶はありません。某労働組合は、ストライキ用の積立金が余っているとも聞きます。労働組合はストライキを実施するだけの力をなくしまったのです。
ストライキが、裁判所からも妨害されているケースがあります。少し前に、三重の裁判所で信じられないような仮処分が出されてしまいました。裁判所は、病院においてストライキをやってはいけないという使用者側からの仮処分の申し立てを、労働組合側の言い分を全く聞くことなく、2012年8月22日に一方的に仮処分命令を出してしまったのです。結局、その後、労働組合は病院側に損害賠償請求を提起し、その仮処分が違法であることは明らかとなりました(名古屋高裁平成26年11月27日)。もっとも、ここで私が問題を提起したいのは、そのような仮処分を堂々と出す人物が裁判官をしているということです。ストライキを経験したことのない若い世代の裁判官はストライキなんてみんなに迷惑をかけるからけしからんと考えたのでしょうか。司法も保守化してしまっています。
さて、話を労使構造の話に戻しましょう。近時は労働組合の中にも非正規を取り入れる動きが出てきていると聞きますが、派遣労働者の取り込みはまだまだだと思います。現在の4極の対立構造の中で、一番おいしい思いをしているのは経営者に違いありません。日本を世界で一番企業が活躍しやすくする国造りを目指すという政権は、派遣法制・労働時間規制の改悪をもくろんでいますが、労働者側が一体となって抵抗できていないのも、この4極対立の構造も影響していると思います。
どうしたらよいのか答えを持っているわけではありませんが、問題提起をさせてらいました。ぜひみなさんと議論していければと思います。