okyoのブログ

にわかサッカーファンの備忘録または掘り出し物置空間(松井大輔選手、ジュビロ磐田etc)
英語以外からの翻訳はgoogle英訳を読んだ筆者の脳内イメージを同時通訳的に公開したもので、一切の裏取り等は行っておりません


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凄く長いですがとても面白いのでほぼ全編の内容をどうぞ。
(ポーランド語はほぼわかりませんのでgoogle英訳をもとにポイントだけポ英辞書で補って理解した内容でよくわからないところは省略、精確な翻訳ではありませんので念のため。)

気楽な金曜日。次の試合でどんなスーパーパワー使いたい?


脚に隕石を付けさせた監督って誰?日本でGKにとって厄介なスターは誰?日の出る国ではつきあいはどんな感じで、うまくいかないことは? 誰がテリーやファージナンドの話をしてるって、財布をどこでなくすって?日本人にインタビューするとき聞けない話題は何で、頭に袋を被らないといけないのはいつ?日本の1部リーグに昇格を果たしたばかりのジュビロ磐田のゴールキーパー、クシュシュトフ・カミンスキーが、こんな話やあんな話や興味深い話を色々と「気楽な金曜日」に語ってくれた。


大使館を訪問したそうですね?

(駐ポーランド)日本大使に招かれてお会いしてきました。ポーランドに住んでいる日本人の視点から、ポーランドの印象を聞けて面白かったです。僕が磐田で1年過ごして感じた事も聞かれました。メンタリティーがまったく違います。ライフスタイルも。着いたばかりの頃は切替えにとまどいました。外出すれば、隣の建物がお店なのか美容院なのかもわからなくてわけがわかりませんでした。最初はどこに行くにも連れて行ってもらってましたけど、 そのうち大丈夫になりました。ポーランドでも日本のものは好きでしたけど、 食べ物については両面ありますね。サワースープとポークチョップが食べたくて、クリスマスまで待ちきれませんでした。年じゅうお刺身なんで。

最近はヘルシーな食事が流行りだし、いいじゃないですか。

和食はとてもヘルシーです。リーグの選手の平均年齢でもわかります。他チームでも35~36歳で第一線でやってる選手たちがいます。37歳の中村俊輔は、大スターの1人です。アニメみたいなスパーパワーがあるんだろ、キーパーの指が折れるんだろ?ってすぐ言われます。それはさすがにないけど、実際30~40メートルの距離から決めたりしますし。技術と強さです。みんな中村はGKにとって最高のテストだと言うけど、そのぐらいの歳でも輝いてるのは彼だけじゃありません。うちでは松井もまだまだ凄いです。ポーランドでは、あまり走らない王様だったけど、フィールドを俯瞰して創造性を加えることができる。小さなスペースもよく見えている。GKは欧州でも長くやれるけど、日本ではどのポジションにもそういう選手がいますね。そう、松井と一緒に南アフリカワールドカップに出た駒野も。代表で彼がPKを外して敗退したっていうこともあって、日本では有名な選手です。でもとにかく、こういう息の長い選手達が全然珍しくないんですよ。僕がルフから移籍してきたので平均年齢が下がったぐらいですから!

30歳なんて全くなんでもないと。横浜FC の三浦知良は48歳で現役だとか。これは凄すぎますよね。

キャプテン翼そのまんまみたいな人ですからね。まあ選手たちがいうには、新聞をにぎわすような活躍はもうしないし監督は使いたがらないかも知れないけど、レジェンドなのでクラブとスポンサーは契約を延長したい。体は元気らしく怪我も少ないし、何よりも素晴らしいのは、お客さんが喜ぶんですよ! 何がもとなのかと聞いてみました。やっぱり何か凄いことがあるんじゃないかと。そしたら「そうだね、だけど練習は同じだよ。」って。ルフではちょっと無理があったら「オーケー、自分の体のことは自分でわかるだろ。休んどけ」でした。 日本では逆で、みんなが同じ練習をします。全体練習の後に30~40 分居残りしたりもします。

日本では、オフはどういう感じですか?

潰れるまで飲むというようなことはありませんね。誰でも遅くまで飲んでいたりすることもあるけど、自分でちゃんと帰ります。大阪や京都、福岡も大都市ですが、いちばん何でもあるのは東京です。最も繁栄していて、アクセスも便利です。日本の端まで4~5時間で行けます。全般に、技術はポーランドより進んでます。すごく違うというか、例えばポーランドではトイレが温かいなんて冗談と思うでしょうが、日本ではごく普通です。あと、人との距離。怖がるってわけでもないんでしょうけど、何かについて尋ねたら、「はい」とか「いいえ」とかで終わってしまって、会話に進まない。

Edi Andradina が言ってたけど、道でたまたま人にぶつかられると、..
... 謝られるんだって。


その通りです。
絶えずすみません、って謝ります。ことあるごとに。何もなくても、常にすみませんって言われます。時間を聞かれる時でさえ、お尋ねしてすみませんっていうことで謝られます。 お店で目的の品を見つけられなくて尋ねたら、並べ方がわかりにくくてすみませんって謝られます。東京では、英語が問題なく通じますが、磐田は小さい町なので。田舎なので高齢の人は英語が通じないし、若い人も外国語は上手くないです。 車の運転も、初めは、都会では標識も二か国語表記だけど、小さい町で運転できるのかなと思いました。でも問題はなかったです。ただ、運転技能のテストに合格しないといけませんでした。免許をもってなかったら大変だったかもしれません。ポーランドより試験が難しいみたいなので。いろんな障害物や駐車場など、模擬的な街のコースを運転して見せてから、運転を許可されました。でも方向指示器の位置が反対側なので間違ってワイパーを動かしてしまったりしたので、ちょっと教習を受けました。兄と義姉と一緒に東京に行った時なんか、道がよくわからなくて、赤信号に気付かなかったことがあったら、すぐに誰か飛んで来て、ちょっとちょっと駄目!って。でも外国人ばかり3人乗ってるのを見たら、許してくれました。

単純な質問を - 普段の生活はどうやってますか?

日本は住んで楽しいところです。練習から帰ったら次の練習まで何もすることがないようなところじゃなくて。見るところも、 トライすることもすごく沢山あります ... 祭礼とかも。家に閉じこもってプレステやり続けてもいいけど、他にもやれることがすごく沢山あります。僕はいろいろ吸収するほうが好きです。日本に来た時、すぐにレバンドフスキやシュチェスニーのことを訊かれました。知り合いなの?友達なの?って。日本とポーランドの直通便もできるみたいだけど、日本人は旅行に行くときはまず安全第一ですからね。欧州ではまだ爆破事件とかがニュースになってますしね。シーズン前のキャンプでトルコはどうかって話もあったけど、情勢を見て、なくなりました。安全快適が第一です。ちょっとしたことでもそうです ― 買い物に行くにも、大きな財布をポケットに突っ込んで4分の3ぐらいはみ出たまんま、お店に着いて、カゴに欲しいものを放り込んで、お金を払って。そういうのに慣れちゃってポーランドに戻って来て、オーシャン(訳注:欧州の大型スーパー)に野菜を買いに行ったんですが、10分後にあれっ、財布どこ?ってなって。運よくカードは利用停止できましたけど。

日本での普通の1日はどういう風ですか? ポーランドと何か違いますか?

大体練習は10時に始まります。15分前に来てればいいんだけど、起きてすぐに7時頃来てクラブで朝ご飯を食べる人もいます。パーティー好きな「磐田の王子様」がいるんですが、彼が最後に来て、さっと髪や身なりを整えます。

日本ではパーティーとかの話をしても問題にはならないみたいですね ― ほんとに何もかもオーケーな感じなんでしょうか?

試合がある時にそういうことをしないようにしてれば、問題ありません。ある人が聞かれてお酒もたばこもやるって答えていたので驚きました。独身で、問題にはされません。その人はそうって僕は知ってたけど、カメラの前でもおおっぴらに言って大丈夫なのかなって!? 日本ではポーランドみたいなプレッシャーがありません。ポーランドリーグではファンは素晴らしい雰囲気を作ってます。でも2連敗、3連敗とすると、熱くなりはじめる。日本では、勝った時はいいけど、負けた時は―やっぱり同じです。ホームで4試合勝てなかった時は、ブーイングが始まって。みんな顔を見合わせてました。

チャントをすぐ作ってもらえたそうですが、どんなのですか?

練習の後、グラウンドの端にファンが並んでいて僕たちはそこに行って写真を撮ったり話をすることになっています。男性が来て、僕に携帯電話を見せて、彼と友だちが3人で何か歌ってるのを聞かせました。日本の歌だと思って、「クール、スーパー!」って言いました。それからサインをして帰りました。そして試合の日、その歌が聞こえたんですよ! みんなが「イチドニエゴ、カミンスキー!」って歌ってました。「行け、カミンスキー」みたいな言葉を自動翻訳して作ったらしいです。でもほんと素晴らしいですよ!彼らは本当に一生懸命頑張ってくれるんだけど、たまにおかしな訳になってることがあって。手紙とかポーランド語で書いてくれるんですけど、読んでもよくわからなかったり。日本語は文法がポーランド語とまったくかけ離れてるから、自動翻訳では訳しきれないんです。ゴールキーパーじゃなくてただ「番人」みたいな言葉になってたり。言葉には感情もこもってますからね。練習の後、記者が来て、次の試合ではどんなスパーパワーを使いたいですか?って聞かれました。

漫画やアニメ、ドラゴンボールみたいなのの影響があるんですか?

あると思いますね。兄が上手くプレーしてくれればそのエネルギーでお互い凄くなる、っていうのが頭に浮かびました。それしかないでしょ? ドラゴンボールはそこらじゅう溢れてます。小学生にも、多分高校生にも、社会のあらゆる層に浸透してます。ある時、年上のブラジル人と日本人の夫婦と一緒にいた時、好奇心から、ストーリーを知ってるか聞いてみました。そしたらぼくがその話題を出したことにあり得ないぐらい喜んで、もっともっと話そうって言われました! だけど、ヤクザの話とかはしないですね。冗談でマフィアのことを訊いても、わからないって言われます。誰も、何も知らないって。その話はしないほうがいいって。でも全然危険は感じないです。ナタリアが、夜の11時にお砂糖が切れたっていって買いにいったけど、何も問題ありませんでした。

地震はどうですか。

僕も地震に遭いましたよ、ただしホジューフでね! 真面目な話、あの揺れを覚えてるし、日本でもポーランドでも違わないように思います。うちの近くで揺れた時は、ちょうどアウェイでした。ニュースでアスファルトが割れたり街灯が揺れてるのを見ました。

生活環境はどうですか?アパートはクラブが与えてくれたんですか?

最初浜松にいたんですが、磐田に良いアパートがあってそこに入りました。でも交通機関が発達してるので東京には1時間、大阪には3時間で行けます。オーストラリアとは時差1時間で、ハワイは飛行機ですぐだし。沖縄やハワイにはまだ行ってませんけど、機会があればあちこち行くようにしてます。磐田ではこんな感じで、他のところは住んだことがありません。まるでマスコットです。初めは人が寄ってくることもありましたが、いまは会釈とか、知っていたら手を振ってくれます。

渡航前は不安があったんですか、それとも、ポーランドのサッカーやルフに飽きて離れたい気分だったんですか?

ルフとの契約満了後のことが決まってなかったんで。延長の話があるかもしれなかったし、選択肢もありそうだったけど、具体的ではなくて。何かありそうではあったんですがはっきりしてなくて「欲しいらしい」とか。でもジュビロは具体的なオファーをくれていました。僕は考えてみるといったものの、家族は懐疑的でした。「そんな遠い所?なんで日本?サッカーはどこでもできるでしょ、なんでそんな遠くまで行く必要があるの?」って。でも見てみたらちょっと検討したくなって、僕もそれから真剣に考えはじめたんです。プロジェクトとしてこういうふうにうやるつもりというのを全部提示してくれて、実際そうなりました。目標は昇格で、それを実現できました。移籍の時の話に戻ると ― 新年はルフで始動したのですが、3日後には日本行きの飛行機に乗ってました。

ジュビロ磐田は熱心なサッカーファンには知られた名前ですが、何か知ってました?

いや、サッカークラブだということしか知りませんでした。色々調べてみると、良い印象を持ちました。現在の形でJリーグに参加したのは1993年になってからですが、ジュビロは高い名声を誇るクラブです。ACLで勝ちましたし、日本でもいくつもタイトルを獲っています。

それがどうして降格したんでしょうか。

有名な選手達はいたんですが、年齢が上がってかつてほど強くなくなっていた。経験は十分だけど、ここぞという時に何かが足りなかった。残留争いになる前の年にも、そういう兆候があった。でも降格後は激動がありました。最高齢の選手を戦力外にし、フロントも大幅に刷新されてクラブのやり方も変わりました。以前は一部に特別な高給を払っていたけど、今は全て普通になりました。正常化しようとしています。ビッグネームを獲得する資金力もあるけど、バランスを考えています。次から次へと人を入れ替えるんじゃなくて。全てのことがかみあわないといけないから。

外国人枠もあるし、昇格後は自分のポジションが危なくなってくるかもっていう不安はありませんか?

外国人枠は、3人+アジア枠です。きっと昇格したら、攻撃の有名な選手を獲りたがるんじゃないかと、最初思いました。でも、僕のポジションは堅くて今は何も問題ありません。

自信があるの?

自信もあるし、監督にも言われましたから。もちろん監督が代わる可能性だってあるけど、 幹部も僕がチームに重要って公言してますし。今年は僕のポジションに誰か来るということはないようです。
.
生涯最高のシーズンだったって言えますか?

最高のシーズンはまだこれから来てほしいと思ってますけど、今回の昇格は僕にとってこれまでで最大の成功です。僕も大きな役割を果たしました。欠場は1試合だけでした。

契約期間は?

あと2年あります。話もしてますし、延長も考えたいと思ってます。

お兄さんの移籍もお世話しちゃったっそうですが?

そう言われてるみたいですけど、僕が世話したってわけじゃないんですよ。僕の代理人のTom Drankowskiさんに、何かテストとかの可能性はないかって聞いただけです。兄が僕を訪ねて来た時に、そういう機会があったので、契約することになりました。

それで、どうですか?

半年契約を結んで、試すことになりました。多分もっとやりたいと思います。コンディションが追いつくまでちょっとかかって、試合に出始めて、良さげだったんですが、その後監督の構想が変わったようです。今後のことはまだわかりません。

このインタビューのおかげで、ポーランドのサッカー選手の間で日本の印象が上がるんじゃないかな。


今じゃ、誰にでもお勧めって言えますよ。以前なら、選手が「日本」と聞いても 「エキゾチック」としか思わなかったでしょう。多分、僕の話がちょっと違う光をあてたんじゃないかな。誰かがオファーを貰ったとしたら、前よりじっくり検討してくれるんじゃないかな? どこででも成長できます。お金のためだけに来ようと考える人がいるなら、それは違います。それでは消えていくでしょう。ここは引退前の選手が昔の名前でやれるようなリーグじゃありません。みんな同じメニューの練習をします... ポーランドでは、月曜日に筋肉の問題があって治療を受けたら、負荷が減らされます。張る?じゃぁマッサージに行って。自分の体のことは自分でわかるでしょ、って感じでした。日本ではショック療法です。負荷は最大限です。 準備期間もそうです - 凄く違います。ポーランドでは、監督が来て、走れって言って、その後「もう1回走りたいか?」って言ってもそれは冗談にきまってるので、みんなすぐ座る。(日本で)他の選手にきつくないかって聞いたら、「きついかって?きついよ、ほんときついよ。この時期はいつもきついよ。」って言われました。

日本の2部リーグというとあまりレベルが高そうには聞こえませんが、実際にはどう感じますか?

レベルの低いリーグという感じはしませんでした。完全なプロ意識があります。でも放送は1~2試合、J1ばかりです。どう違うのか、じきわかるでしょう。

J1 の選手たちはスター扱いですか?

日本人でも外国人でも有名な選手はそうですけどね。 ゼロからスターになるのも可能でしょうけど、まあゴールキーパーはメディアにとって魅力が少ないですし。攻撃の選手のほうが話題になりますよね。日本ではブラジル人選手がとても沢山います。昔日本は人口が多すぎて長男しか田畑を相続できないということで、政府がブラジルと協定して開拓民を送ったんですよね。その人たちの子孫がブラジル人と結婚したりしてて日本に戻って来てるんです。ブラジル料理は、ポーランドと似てヘビーです。でもブラジル人は、ブラジル居酒屋とかレストランとかも沢山あるし、年中お刺身ばっかり食べなくても済むから、適応しやすいと思います。

彼等も、物凄くきっちり時間を守る日本の習慣には適応しないといけないでしょう。

試合に出発する時は分単位で時間を正確に守らないといけません。 8:03 集合、 8:07 洗濯ものを出す、って具合に。遅刻は1回目で罰金 5000 円、つまり150ズロチぐらいです。2回目になると1万円と倍になります。自由時間には好きにしていていいですが、クラブ内では規則を守らないといけません。枠からはみだしてはいけません。この時間に練習するとなったら、1分でも遅れてはいけません。電車が時刻表通りきっちり動くように、選手達もきちり時間を守らなければなりません。なにもかもきっちりしています。

ロッカールームでは今はどんな風にやってますか?何語でやってるんですか、というか単刀直入に言って、周りで何が起こってるか、わかりますか?

日本語をじっと聞いて会話の状況を大体つかみます。僕が何か聞かれる頃には、多少はどんな話かわかっています。通訳は2人いるんですが、僕は大体みんなと英語で喋っています。 メディカルスタッフの中にアメリカでインターンをやった人がいてスムーズに話が通じます。ブラジル人は、ポルトガル語に通訳をしてもらってます。ジョークは、困ることがありますね。日本人のユーモアのセンスは違うので。芸人のショーが好きみたいでロッカールームでそれをやります。ステージで野球選手の物まねをしたりするのが、本当に可笑しくて、覚えてしまいます。それをチームで見せるのです。

さっぱりわけがわからないでしょうね。その文化の常識みたいなのがないと難しいですよね。

練習の最後に負けたほうが罰ゲームをすることがあるんですけど、練習見学のファンの前でやるんです。そういう時、彼等は芸人の真似をします。みんな爆笑するんだけど、(よくわからないので)僕はジェイのほうを見て、ジェイは僕を見て、僕はアダを見て、でアダが笑い出す。アダはブラジル人だから何でも面白がるから。そしたら通訳が訳して ... ふーん、それで何がそんなに面白いの? って感じです。ジュビロに来る前も、ブラジル人の監督のときがあって冗談を言いたがるんですが、すごくブラジル人的なジョークなんですよ。 通訳が訳す間、選手達は、オチは何なの?って待ってるんですけど、オチになるころには間があきすぎちゃって、シーンとなってました。で、こちらではジョークを言ったら、通訳が通じるようにちょっと変えて訳して、そしたら監督がそれを聞いてて、「何?俺そんなこと言ってないぞ!」。それで可哀想に、オチが通じないんで変えましたと白状する羽目になって。コミュニケーションギャップが起こります。マツイとは、一緒に笑ったりしますね。ちょっとしたことですけどね。

ボスロイドはどうですか、彼はイギリスのロッカールームの雰囲気になじんでるでしょう。

月に1回チームミーティングがあって、ロッカールームに集まるんですが、ジェイが試合の後にファーディナンドやテリーとどっか行ったとか、最近誰それと電話したとか言うと、みんな口あんぐりですね。すごいー!もっと聞かせて!ってなります。 僕らはよくジェイとも会うけど、2人じゃないことが多いです。ジェイは子供とか奥さんと妹とか、僕はナタリアとか連れて長居できるお店に行って。子供はポケモンとかで遊んでます。通訳もよく一緒に来ますよ、選手同様で全然隔たりがないつきあいです。

マツイとは、どうですか?

いつも、ソポト※行きたいー!って言ってますよ。(※グダンスクの近くの有名なリゾート)

奥さんは日本で有名な方なんですよね?

そうです。女優さんです。最近はあちこちで奥さんの出てる広告を見るし、マツイより有名なぐらいです。有名な奥さんと結婚したんです。でも時々日本の有名人の典型的な行動をします。少しでも世間に知られてる人は、マスクをするんです。ポーランドでは考えられないことです。それでフード被ってたら、警察に不審者扱いされて呼び止められますよね。でも日本人は空港でもみんなマスクしててそれが普通です。マツイは、有名だといろいろ大変だけど、最近はちょっとヨーロッパみたいな感じになってきたと言ってました。彼は「僕らの感覚」のジョークを言うし、つなぎ役です。日本人が何か決めるときとか、西洋人の感覚ではこれはどうなのかなっていうことを気にかけてくれます。フィルターというか緩衝役になってくれます。

彼に年上へのお辞儀の仕方を教わったんですか?

若い選手はみんなに「さん」をつけます。僕にまでさん付けするので、落ち着かないから止めてって頼んでます。でも納得してもらえなくて。心に深く根付いてるんです。若い人達はみんなが出た後しかシャワーも使いません。何をするにも気を使ってます。1年しか違わないのに、なんでそんなにリスペクトするのって可笑しいぐらいです。

日本の習慣で、いちばん衝撃を受けたのは?

クラブに行って、施設を見て回った時に、いきなり靴を脱ぐようにいわれたときはびっくりしました。 ロスロンか ファビアンスキかシュチェスニーだったかアーセン・ベンゲルだったかの記事を思い出しました、ベンゲルは日本にいたからきっとそうかな。清掃係の人に挨拶すること。ルフにいた時の秋のロッカールームを思い出すと、 シャワーが済んでも、出てきた途端に、床が汚いのでまた汚れちゃう。日本では、汚い箇所があっても、その隣はほぼ清潔になってる。サンダル履きでは行けない場所もある。小さい声でしか話してはいけない静かな場所もある。それからシャワーのことも有名です。来日前に Świerczewskim だかFrankivskのインタビューで読みました。シャワーのハンドルが腰の高さにあって、座ってその下で浴びるようになってるのに驚いたって。だから椅子に座って洗うようになってる。そうするしかないように。僕のガールフレンドもお店で面白い経験をしました。女性がシャツを試着する時は、化粧で商品を汚さないようにあらかじめ袋を被らなきゃいけない。あと、決まってるってわけでもないけど、汗が付くからTシャツは試着しないとか。見るだけで買うけど、返品は可能とか。ホテルでも面白いことがあります。 ホテルでは―和風と西洋風がありますが、部屋に入るとまずベッドの上に寝間着が広げて置いてあります。みんな建物の中はそのスタイルで歩きます。ヨーロッパでもそういうのもあり得ますが、必ずというわけじゃありません。
シーズン前に、地元の協会の女性が来てコミュニケーションの講座がありました。日本人同士は言葉にしないで通じ合うけれどヨーロッパ人とは必ずしもそうではない。日本語で考えながら英語でしゃべっていると問題が起きます。協会はこの問題に気付いて、対策のための特別講座をやることにしたんです。意味はあったと思います。

建前上はみんな英語を話せるべきということになってます。
だから、日本にいるポーランド人は、職業は英語教師の方も多いです。


アジアの話はこのぐらいにして、ポーランドで不完全燃焼だったと感じることはありませんか? Waldemar Fornalik※は君がしばらくゴールを守るだろうって言ってましたし。(※ルフ出身の前代表監督)

不完全燃焼で終わることはないですよ、いずれポーランドに戻りますから。まだこれからやるつもりなので。ルフでプレーした期間は最高でした。ポーランド杯のレギア戦でデビューしたのを覚えてます。それからリーグ戦の最後の方に出ました。順位は下がりましたがなんとかポロニア・ワルシャワ※のおかげで残留できました。書いておいたほうがいいいですね、僕はもっとやるつもりですよ。そちらのウェブページに異議コメント付けますよ。(※財政問題で降格)

ところで、君は典型的なアカデミー出身選手として、トップのルフまで行けた良い例ですよね。

18歳の時、4部のクラブに入りました。今じゃ17歳でエクストラクラサで成功している選手もいますけど、当時はなんで自分でやれると思ったのか不思議ですね。
僕は運が良かった。新しい道に進んだけど、正しい選択でした。 オストロウェン、シェドルツェ、プウォツクそれからホジューフと移籍しました。ヴィスワ・プウォツクに残ろうかとも思ったけど残留できなかったので。そうでなければルフに行くことはなかったでしょう。ルフでは試合に出られるようになるまで、ほとんど丸1シーズンかかりました。Matko Perdijićや Michal Peškovič の序列が高かったので。デビュー後は僕も地位が上がったのですが、今度は僕自身伸び悩み出したというか。もうこれでいいよねって気になって。自己満足したってわけじゃないんだけど、ちょっと迷ったんですね。そしたらすぐに現実に突き落とされました。ベンチになって、また闘いでした。

ワルシャワ近郊の出身なんですね。レギアとかポロニアでプレーすることは考えなかったんですか?

僕はポロニアのロミアンキでサッカーを始めました。監督のLibor Palaは180㎝以上の選手を採ることで有名です。プウォツクで一緒にやりましたが、確かに凄い人でした。ある選手が怪我をして、強く打って、大したことはなかったけど時々足を引きずってたんです。1週間、2週間経つと監督はイライラしだして、とうとう小さな隕石を持ってきて「これが役立たならないならお前は嘘つきだ。落としたら給料なしだ。」って。それで彼はどうしたかというと隕石を足に貼り付けて練習しました。選手たちをビーチに寝させ、海の波からエネルギーを引き出すよう言われたこともありました。小さな池の中にみんな座らせて、池が満ちたら月からエネルギーが得られるからと言われたり。それとか、よく浣腸をする。気が短くて。Polonią Bytom と試合をすることがあったんだけど、誰かがヴィスワ・クラクフがカミンスキーに興味って噂を教えたんです。よくあるただの噂です。 でも1: 2 で負けて、そしたら監督は僕に「でお前は何だ、もうクラクフの奴なんだろ?!」って、真偽を確かめもしないで。こういう笑い話みたいなのが山ほどあります。あり得ないです。
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どうやって耐えてたんですか?

チームの雰囲気は良かったんです。ある時、監督が新しい戦術を考えたけど完全に確認できてなかった。そしたら監督がいない時にGKコーチが来て、「監督の指示は聞かなくていいから自分の判断でやれ。それで勝ったら、きっと自分が指示したんだっていうよ」って。そしてその通りになりました!僕らは勝って、監督は、あれは俺が一週間かけて考えた戦術だって言ってきました。あと、グリヴィツェの新スタジアムのこけら落としの試合で負けたことがありました。ずっと耐えて守って、交替の選手たちを入れたんですが、ベンチの駒が足りてなかった。勝てる試合を1対2で落としまてしまった。試合後ロッカールームに社長が来て、君たちはよく頑張ってくれた、ありがとうと言ってくれました。そしたら監督は社長に「だから控えが足りないって言ったんだ!負けてよかったよ!」それもあのレジェンドのDmoszyński社長にですよ!まさにPalaって感じです。今はレバノンでしたっけ?

そうでしたけど今はどこにいるのかよく知りません。それと、どうしてレギアでなくポロニアにしたんですか?

レギアの可能性もあったんです。高校はあまり遠くないところだったし。Rozbratの Baczyński 高校です。ユースに何日か練習参加しました。でも選手が通う指定校があってそっちに転校するという条件があったんです。卒業まで1年だったので、親が決めました。オストロウェンカにいた時もレギアに行く機会がありました。Dowhaniem(注:レギアのGKコーチ)と個人練習してOKを出してくれました。でも社長は「レギア」という言葉を聞いたら、激怒しました。なのでポロニアのテストを受けました。ポロニアの話にはそんなに怒らなかったんですが、決まりませんでした。それで結局ヴィスワ・プウォツクに3万ズロチで移籍しました。レギアには 20万、ポロニアには10-15万要求したそうです。

いいほうの2つの選択肢がなくなって落ち込みませんでしたか?

僕はレギアの古いスタジアムには2回行ったことがあるけど、熱心なサポにはどうしてもなれなかった。ユースの練習に参加して、感じはわかりました。Koziara選手とかみんな、クールで。彼が来て眼鏡をとって、隅で練習が始まるのを待ってました。他の人たちもいました。名前は覚えてないけど1人が来て、チームメートに言いました。
- わかる ?!
- 何なの?
- わかる ?!
- で何なの?
- 考えろよ!
-?
- 髪形変えたんだよ。
- それで?
- Usherみたいだろ!
そんな感じで対極でした。僕は田舎でプレーしてたし、普通な感じにしてきたのでそれまでとギャップがありました。自分のことを凄い選手だと思ったことはありません。ルフでもまた空気が違いました。雰囲気の良さでやれてるクラブです。というのは正直、組織面はあんまりしっかりしてないので。

給料はきっちりくれました?

ルフで果たしてきっちり貰えた人がいたのかどうか。貰えたら結構、貰えなかったら... 僕は日本が気に入ってます。中国でプレーした人たちの意見を聞きました。時間が無駄になります。移籍の話が来て行くときは笑顔でも、行ってみたら思い知らされる。レストランの衛生チェックをする保健所もないような感じで。総じて問題があるし、時間を無駄しないほうがいい。日本は全然違います。ものすごくきっちり期日に払ってくれます。ピッチでも問題ないし、生活も楽しめます。

エキゾチックな国でプレーしているのに、アイドル気分を味わえるのもいいですね。エクストラクラサでプレーしてたら、多くの選手はそんな気分一生味わえませんから。

車を買った時、サポーター1人がいるのが見えたのですが、後日その人が ...ミニカーを持ってきてくれました。自分が好きなお酒を飲んでみて、といって持ってくる人がいたり。勝つとご褒美のプレゼント、負けても慰めのプレゼントをくれる。大きな似顔絵とか、 いろんなお土産をくれて。誕生日なんか練習の後、山のようなプレゼントを持って帰ります。昇格のための決定的な試合の2日前に、勝ってこれを開けられたら嬉しいですって言って女性サポーターがシャンパンをくれました。すごく高いワインを。それとか子供が1000円もするようなお菓子をくれたり。僕を喜ばせようと思ってお小遣いでね。

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インタビュー: THOMAS Ćwiąkała
Polish goalkeeper blazes a trail in Japan. Promotion MVP season, a school of life - Sports http://eurosport.onet.pl/pilka-nozna/polski-bramkarz-przeciera-szlak-w-japonii-awans-mvp-sezonu-szkola-zycia/l87fmn


<追記>おまけ。加入時のインタビューに貼り忘れたので。

2013.7.26 Ruch Chorzow - Lechia Gdańsk (カミンスキーvs松井大輔)のハイライト動画

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