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スポーツ観戦、生き物観察なども好きです。


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昨日の世界陸上男子100メートル、
ボルトとガトリンの100分の1秒差の凄い争い、
ベルリンの時とはまた違う凄さの最高のレースでした。

昨日はこの二人の争いにばかり目が行ってしまったけれど、
翌日になって冷静に見直してみると、
3着以下も物凄い接戦で、
アメリカのブロメル選手とカナダのドグラス選手、
新鋭二人が同着で3位、
ゲイとパウエルのベテラン二人も同じタイムでほぼ同着ゴールでした。



それで今回はちょっとマニアックな内容、
ゲイ選手とパウエル選手の不思議な関係について書きたいと思いますので、
陸上に関心のない方は飛ばしてください。


資料等を見ながらではなく、完全な記憶で書きますので、
間違いがあればご指摘ください。



まず両選手について簡単に紹介させて頂きますと、


アサファ・パウエル選手

82年生まれ32歳のジャマイカ人。
190センチの長身で、
武器はスタート直後の爆発的な加速力。
顔を上げた時点で既にトップに立っていて
そのまま圧倒的スピードで他を寄せ付けない先行逃げ切り型。

元々サッカーから陸上に転身したのですが、
本格的に陸上を始めて僅か3年で世界記録を出してしまった
超超超天才肌のスプリンター。


弱点はメンタルの弱さで、
彼の場合は(リレーを除き)大舞台になればなるほど弱くなります。

ボルト選手に劣らないほどのポテンシャルを持ちながらも、
個人種目においては金メダルはおろか銀メダルさえない、
銅メダル2つという不本意な成績に終わっています。

これは負けた相手が速かったからではなく、
パウエル選手の場合、
予選や準決勝で楽々流しながら走っていたタイムよりも
本番の決勝のタイムのほうが悪いという勝負弱さが影響してのこと。

「無冠の最速スプリンター」などという、
不名誉な呼び名さえつけられています。



タイソン・ゲイ選手

同じく82年生まれ33歳のアメリカ人。

180センチとスプリンターとしては決して大柄ではなく、
パウエル選手とは真逆の、後半追い上げ型。

スタートこそ得意ではありませんが、
50メートル付近からの加速が凄まじく、
パウエル選手と違い、
競り合いに強く、大阪世界陸上で3冠達成、
9秒69というボルトに次ぐタイムも持っています。

しかし天才肌のパウエル選手とは違い、
遅咲きの苦労人で、
表舞台に出てくるまでかなりの時間を要しました。
(パウエルと年齢は同じでも、陸上を始めた年齢が違うからね)

弱点は怪我が多いこと。



この両選手が大きな舞台に主役として登場してきたのが、
2007年の大阪世界陸上です。

当時パウエル選手はメダルなどの実績こそないものの
世界記録保持者で敵なし状態、
対するゲイ選手は打倒パウエル最有力候補ながら、
ダイヤモンドリーグ等の主要大会では
パウエル選手に負け続けという状態でした。


なので当然ながらパウエル選手が大本命であり、
予選から準決勝までの走りも
パウエル選手のほうが余裕があるように見えました。


しかし決勝戦では
スタートから60メートル付近くらいまでは
パウエル選手がトップに立っていたものの、
そこでゲイ選手に並ばれ
パウエル選手はそのまま失速。

優勝はゲイ選手で、パウエル選手はゲイだけではなく、
バハマのアトキンス選手にまでかわされ3位に沈みます。


でも、陸上ファンとしては、
そこでゲイが勝った事で、
今後のパウエル対ゲイは面白いライバル関係になるんだろうなと
期待していました。
(それまではパウエル圧勝でライバルとは呼べないくらい差がありましたから)


とまあ、ここまでは対照的だった両選手なのですが、
その後の経歴が不思議なくらいに似過ぎているんです。


まずボルト伝説幕開けとなった2008年北京オリンピック。


当初はボルト、ゲイ、パウエルの
3強の争いになると予想されていましたが、
ゲイ選手は全米選手権のときの怪我が影響し、
準決勝でまさかの敗退。

パウエル選手はというと、
あれほど異次元の速さを見せたボルト選手に
負けてしまうのは仕方ないにしても、
またもや大舞台での勝負弱さが出てしまい、
まさかの5着。メダルさえも取れませんでした。


その時の2着から4着の選手は、
どっからどうみてもパウエル選手が負けるような相手ではなかったのに。

ゲイ、パウエル両選手とも
北京は不本意な結果に終わりました。



翌年の2009年ベルリン世界陸上。


ここでもボルトが爆発し、
100も200も世界記録で圧倒的なインパクトを残しましたが、
ゲイ、パウエルの両選手も9秒71、9秒84という凄いタイムで
ボルトを追い上げました。

だからいろんな意味で凄かった大会なのですが、
両選手とも絶好調ながら、
ボルトを最大に引き立ててしまったともいえます。



続く2011年テグ大会。

ここは両選手にとって最大のチャンスでした。
なんといってもボルトがそれほど好調ではなかったシーズンだし、
蓋を開けてみればボルトはフライングで失格。
決勝に残った選手全員にチャンスがあった大会なのですが、、、

ゲイもパウエルも両選手とも怪我で欠場・・・


なんていうか運がなさ過ぎますし、境遇が似過ぎています。
良い時も悪いときもいつも一緒。。。



そして2012年のロンドンオリンピック。


ボルト以外にも、
ヨハン・ブレイクにジャスティン・ガトリンと
もうとんでもなく豪華なメンバーが揃った大会でしたが、
ゲイ選手は最後ガトリンに競り負け4着でメダルならず。

パウエル選手は途中リタイアという、
また両選手にとって不本意な成績で終わりました。


2013年モスクワ世界陸上では、
まさかまさかの、両選手同時期に
ドーピング検査に引っかかってしまい
出場禁止処分。。。

こんなときまで一緒じゃなくていいのに、
仲良く処分され、
今年の世界陸上で戻ってきました。


そして結果は同タイムで同着。


ここまでくるともう、運命というか、
お互い嫌でも意識してしまうというか、
二人がプライベートでどんな関係かは知りませんが、
引退後、嫌でも「俺たち似過ぎてたよね・・・」と
言わざるを得ないほどに境遇がそっくりです。


恐らく二人とも来年のリオまでは間違いなく続けると思うのですが、
リオではどうなるのでしょうね。

同年齢のガトリンがあそこまで進化し続けられているのだから、
もしかしたら二人のうちどちらかが
リオで悲願の金!ってのもなくはないけれど、
多分また同じような成績で同じ時期に引退しそうな気がします。


腐れ縁とでもいうんでしょうかね。

二人が主役だった最初で最後の大会、
大阪世界陸上。




この時のゲイは素直に凄かったのだけれど、
パウエル選手のこの謎の失速は・・・


しかもこの二人がライバルになる以前まで遡ると、
ゲイのコーチ、「ジョン・ドラモンド」にまで関係があるという、
色んな意味で因縁深い両選手。



10年以上陸上を見ている人ならば、
この映像見たことありますよね?


「i did not move!!!!!!!」





スタートの天才ドラモンド。

フライング失格処分に納得いかず永遠と抗議を続け、
最終的には永久出場禁止処分を受け引退。

そのドラモンドフライング事件のとき
一緒にフライングをし退場したのが
(まだ無名の頃の)パウエル選手でして、
その後ドラモンドはゲイのコーチとなりゲイ本格化が始まったわけですが、
何ともまあ本当に因縁深いお二人でございます。。。
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