日本の素晴らしい四季。


       美しい言葉。



時代がすすむにつれ


       忘れ去られてしまうには


       あまりにも、惜しいもの



古き、善き、習慣を


   今、再びに時空をこえて呼びさまし、


うるわしき、心の豊かさを持ちたい



  そうすれば、何があっても凛として生きていける・・・


                        かもしれない

$四季の歳時

感じることを、


ここに書きとめよう。



たとえば・・・


「心の空虚が満たされていく


         見知らぬ土地の石畳。


太古の歴史の真実に出会うこの時を


             今まさに私は生きている。」

  

 

兵庫県神戸市 須磨寺







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2011-05-05 23:11:39 posted by juri-blog2

被災地の空

テーマ:ひとりごと

全てをのみ込んだ津波

かつての町の景色は、全く失われていた。


目の当たりにすれば、愕然とたたずむことしかできない。




とめどなくあふれる涙を


大地におとすのが悔しくて

上を見上げる。



空は、いつもと変わらない。

渡る鳥の姿、

たゆまない雲の流れ




海風に吹かれながら

泳ぐ鯉のぼりが見えた




あの鯉のように幾多の試練を乗り越えて掛けあがろう

母なる大地を取り戻すために・・・


2011-04-03 01:45:52 posted by juri-blog2

花見(はなみ)

テーマ:年中行事

日本人の心の花  「さくら」



さくらの 「さ」 は 早苗饗(さなえぶり)の「さ」。


「田の神」(さのかみ)のこととされ、



「くら」 は神座(くらざ)を指す という説がある。




「さくら」を花見の花として愛でるようになったのは


奈良・平安時代ころで、


万葉の歌にも風光明美な題材として


盛んに詠まれていることからしても明白だ。




しかし、それ以前の 「花見」 は、


里山で行う、物忌みのため儀式であったようだ。



花は 「石楠花」(しゃくなげ)、躑躅(つつじ) などを持ち帰り、


庭先に山の神、作神への依代(よりしろ)として立て、


大いなる恵みと豊作を願うものだった。




平安の文化開花に伴い、


日本の花 「さくら」 は 花見 の代名詞となった。



「さくら」は秋の実りの祈願花。


その可憐でもあり、妖艶でもある美しさは


天下人から万人にまで愛される花となる。



間もなく開くであろう今春の 「さくら」 は、


美しくも愁いはかなく


日本民族の心に沁み入ることだろう。



しかし、来春の 「さくら」 は、


日本列島に希望と微笑みを


もたらしてくれるに違いないと、


信じている。


花は無機質であるが故、


私が勝手に思うことである。



2011-03-16 01:13:50 posted by juri-blog2

人の道

テーマ:現代の落し物

この惨憺たる状況を誰が想像し得たであろうか。


自然災害に人は為すすべもなく


連鎖地震の脅威に今もさらされている。



被害は拡大の一途をたどり、


悲しみと不安が人々に覆いかぶさる。



それでも、


人は人としての道を歩まねばならない。


心では被災地を思い、


体は、自身の社会的役割を的確にこなす。



国民一人一人が日本経済の担い手である以上、


取り組める者がささえていかなければ


復興は進まない。



賢明に生きる被災地の方々と祖国のために


この窮地をのりきらねばならない。


2011-03-09 02:29:44 posted by juri-blog2

百日(ももか)の儀礼

テーマ:家禮 年中行事

「百日」 (ももか) は、生後100日から


120日立った赤ちゃんに


始めて食事をさせる内祝の儀式で、


「お食い初め」(おくいぞめ) ともいう。


四季の歳時

実際には食べさせる真似をするだけで


口にいれることはない。



また、陰陽五行を踏んで、膳の色は


男の子が陽で、赤。


女の子が陰で、黒となる。




食べ物に不自由することなく、健やかに育つようにと


願いを込めて神棚と、先祖の霊に供えて後


一族で相伴する。



孫の愛らしい成長ぶりに


目を細め口元が緩む月里でありました。




2011-03-05 03:39:51 posted by juri-blog2

上巳 (じょうし)

テーマ:暦・五節句

3月3日は 「ひな祭り」 。


女の子のいる家では、お雛さんを飾って祝う。



古くは中国で、3月3日には重日思想により忌日とされていたことから、


この日に厄を除け、穢れを祓うために、禊ぎを行っていた。


日本では、形代(かたしろ)に穢れをうつし、川や海に流した


流し雛の風習がこれに当る。



旧暦3月の節、初巳の日に行われていたので上巳(じょうし)と云われる。


平安時代には、日本でも 「曲水の宴」 が張られるようになる。


雛飾りについては、


江戸時代初期に御水尾天皇の中宮和子(ちゅうぐうまさこ)


~徳川家康の孫~が、愛娘(興子内親王)の七つの祝に


人形を作り、飾ったのが始まりと云われている。


四季の歳時

お雛さんの位置が、表具と、御所雛とで反対に飾ってあるのは、


また、次回の上巳の節句でのお話にする。

2011-03-03 18:50:58 posted by juri-blog2

つくしんぼ

テーマ:歳時記

三月弥生 (やよい) は 


「木草弥生い茂る月」 (きくさいやおいしげるつき) 


と云われております。



辛夷(こぶし)、三椏(みつまた)といった木々が


花を付けるに加え、


草たちもまた、負けずに大地を埋め尽くします。



土筆 (つくし) 。


なるほど、筆のように見えますね。


まだ若い つくしんぼ を摘んで、


お浸しもよし、天麩羅もよし。 つくし








2011-03-02 02:09:52 posted by juri-blog2

引鴨 (ひきがも)

テーマ:歳時記

3月は、北の国からやってきた渡り鳥たちが


再び北を目指して飛び立つ時節。



「引鴨」 (ひきがも) とは、


渡り鳥が群れをなして飛び立つ様をいう。



まっしぐらに飛びゆく姿は、


周囲に翻弄されず、後ろを振り返ることなく


一心不乱の様相が窺える。



引き際、


「飛ぶ鳥後を濁さず」 ということであろう。




渋川晴海(しぶかわはるみ)ら、暦学者は


中国の宣明暦を手本に日本の風土のあった


本朝七十二候を作成するが、


その三月節に


「鴻雁北」(こうがんかえる) とある。


これもまた、鳥は違えど解釈は同じである。



渋川先生には申し訳ないが、


「引鴨」(ひきがも) という言葉の方が


潔さを旨とする日本人には


美しい響きであるかもしれない。


2011-03-01 19:30:25 posted by juri-blog2

春泥 (しゅんでい)

テーマ:歳時記
霞が立つほどに もやっとした雨上がり。


道のところどころに

ぬかるみができていた。



和装の私は

足元が悪いと煩わしい思いが先に立つ。



泥混じりのぬかるみのひとつに、足跡が点々々。

肉球の形が薄っすらと残っていた。
足あと




「春泥」(しゅんでい)だ。



見方次第で気持ちも変わるものである。


春一つ








2011-02-22 18:34:12 posted by juri-blog2

春 筍野菜

テーマ:いと美味し

この時節になると、


デパートの野菜コーナーを覗き込み、


目にとまれば必ず買い込むものがある。


「蚕豆」 (そらまめ) である。


四季の歳時

つややかな鞘(さや)の青、


蒸し焼きにして立ち昇る香りがたまらない。



もう、こうなるとその先の


ホックホクを口に入れた時のあの感動が待ちきれない。


四季の歳時

この時期は、主に鹿児島産の蚕豆が走りとして出回る。




太陽に向かってすっくとさやの尻をもたげる姿は、



春の気を独り占めするかのようにたくましく、


また、けなげにも見える。   そらまめ



2011-02-06 00:34:42 posted by juri-blog2

年中行事

テーマ:現代の落し物

「年中行事」 は、一年間の慣例で毎年行われる


行事や、催しを指し示す言葉です。



古くから行われてきたものも多く、


その手法は地域によって異なるものの


無病息災、五穀豊穣を祈念するという名文の基、


成り立っておりました。



近年は情報社会が生み出した、


新しい習慣が、大衆に受け入れられ


恒例の行事となっているものが増えています。



たとえば、 「聖バレンタインデー」 


その由来は、


アイルランドのカトリック教徒バレンチヌス聖人が、


ローマ皇帝クラウジウスのために殉教した日とされ、


ローマ神話の「女神ジューノ」が結びついて


愛の告白をする日、はぐぐむ日となった。



日本では、女性が男性にチョコレートを送り、


愛を告白する日。


または、義理チョコを送る日として


すっかり定着しております。




今や、年中行事という言葉も二つの意味を


持つようになったということだと


私は理解しております。




①歳時にまつわる年中行事


②情報伝達によって生み出された年中行事



今日が終わって明日を迎えれば今日は歴史の1ページ。


時代の変遷は、


新たな年中行事を世に放ち続けることでしょう。














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