日経ビジネス


「世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」」

「ゾンビ企業」解体が招く“600万人失業”

「鉄鋼」「石炭」に対策費1000億元も焼け石に水か

2016年3月18日(金)

全人代で李克強はゾンビ企業の処理を重点活動に挙げたが、前途は厳しい(新華社/アフロ)

2016年3月5日の午前9時、北京市の中心にある“天安門広場”の西側に位置する“人民大会堂”で、中国の国会に相当する「第12期全国人民代表大会第4回会議」(以下「全人代」)が、3月16日まで12日間の日程で開幕した。当日、全人代の開幕が宣言された直後に、最初の発言者として登壇した“国務
院(日本の内閣に相当)”総理の“李克強”は、約2時間をかけて“政府工作報告(政府活動報告)”を読み上げた。

その内容は、
(1)“2015年工作回顧(2015年の活動の回顧)”、(2)“十三五(第13次5か年計画<2016~2020年>)”時期における主要目標と重点施策、
(3)“2016年重点工作(2016年の重点活動)”

の3項目で構成されていた。

「余剰生産」と「ゾンビ企業」に対処せよ

李克強が発表した政府活動報告の中で、内外メディアが最も着目したのは“化解過剰産能(余剰生産能力の解消)”と“積極穏当処置僵屍企業(ゾンビ企業を積極的かつ穏当に処置する)”であった。


それは、李克強が、上述した(3)2016年の重点活動の中で言及したもので、「今年重点的に取り組む8分野の活動」の2番目の分野として提起した「供給側の構造性改革を強化し、持続的成長エンジンを

増強する」の中に次のように言及されていた。


余剰生産能力の解消とコストの低減とその効果の増大に注力する。


鉄鋼、石炭などの困難な業界の余剰生産能力を除去し、市場のひっ迫性、企業主体、地方の構成、中央の支持を堅持し、経済、法律、技術、環境保護、品質、安全などの手段を運用して、厳格に生産能力の新たな増大を抑制し、断固として後れた生産能力を淘汰し、整然と余剰生産能力を除去する。


合併・再編、債務再建あるいは破産・清算などの措

置を講じ、“僵屍企業(ゾンビ企業)”を積極的かつ穏当に処置する。財政、金融などの支援政策に万全を尽くし、中央財政は1000億元(約1兆8000億円)の特別奨励補助資金を手配し、その重点な用途を職員の配置転換に置く。総合的な措置を取り、企業取引、物流、財務、エネルギー使用などのコス

トを低減し、企業が関与する勝手な諸費用の徴収行為を断固止めさせる。


さて、中国語の“僵屍(jiangshi)”とは「硬直した死体」を意味し、かつて香港映画で一世を風靡した「僵屍(キョンシー)」が飛び跳ねていたのは、彼らが硬直した死体でありながら、長い年月を経ても腐ることなく、動き回ることができた妖怪であったから

にほかならない。


キョンシーは、何らかの力で死体のまま蘇った人間の総称であるゾンビ(zombie)と似たような存在と言う事ができるので、メディアは“僵屍企業”を「ゾンビ企業」と名付けたのだった


それでは、中国のゾンビ企業とは何を指すのか。1月29日付の“中国共産党新聞網(ニュースネット)”は『経済発展のがんであるゾンビ企業を断固えぐり取れ』と題する記事を掲載したが、


同記事はゾンビ企業を次のように説明していた。




【1】ゾンビ企業とはすでに発展と競争の能力を喪失した企業を意味する。これらの企業は生産停止あるいは生産休止の状態にあり、庶民の呼び方では“半死不活(息も絶え絶え)”の企業である。



全体的に見て、大部分のゾンビ企業は“国有企業”である

これら企業の生産と経営は市場の発展法則から著しく逸脱し、主として政府の輸血などの非市場要素に頼って生命を維持している。それはまぎれもなく、これらゾンビ企業の背後に財政資金の支援があるからである。たとえ生産能力が余剰な状況の下にあろうとも、彼らはゾンビのように息も絶え絶えの状態で生存している。今やゾンビ企業はありふれた存在であり、決して珍しいものではなく、程度の差はあるものの中国各地に存在する。



【2】市場経済の環境下では、市場があれば競争があり、競争があれば生死がある。この過程の中で、企業の生死存亡はごく当たり前のことである。ゾンビ企業の存在は市場の機能発揮に極大な損害を

もたらすばかりか、国家資源の浪費、公平な競争の市場秩序を破壊し、市場メカニズムの正常な運行に深刻な影響を与え、政府に持続的な重荷をもたらす。また、長期的に見れば、ゾンビ企業は全国の経済構造調整に影響を与える障害物でもある。

鉄鋼、石炭、セメント、ガラス、造船

ゾンビ企業の大部分が国有企業というのであれば、そこに含まれる業界は何なのか。それは、過大な余剰生産能力を持ち、膨大な在庫を抱え、すでに生産停止あるいは生産休止の状態にあり、連年の赤字にあえぎ、政府の補助金や銀行からの借入によって辛うじて経営を維持している業界であり、その主体は、鉄鋼、石炭、セメント、ガラス、造船などの業界である。



これら業界のうちで余剰生産能力最も深刻なのは、鉄鋼石炭の2業界である。全人代の開幕に先立つこと1か月前の2月初旬、中国政府“国務院”は李克強総理の承認を得て、2つの意見書を配布した。それは、『鉄鋼業界の余剰生産能力を解消

し、苦境を脱却して発展を実現することに関する意見』(以下「鉄鋼業界意見書」)と『石炭業界の余剰生産能力を解消し、苦境を脱却して発展を実現することに関する意見』(以下「石炭業界意見書」)で

あった。



この2つの意見書を念頭に国務院総理の李克強は、3月5日の全人代開幕直後の「政府活動報告」の中で余剰生産能力の解消とゾンビ企業の処置に言及したのだった。


それでは2つの意見書には何が書かれていたのか。その要点は以下の通り。


(1)鉄鋼業界意見書:
2016年から開始し、ここ数年来推進して来ている後れた鉄鋼生産能力除去の基礎の上に、5年の期間内に粗鋼生産能力をさらに1億~1.5億トン削減する。また、5年の期間内に、鉄鋼業界の合併・再を実現して実質的な進展を図り、産業構造の最適化、資源利用効率の向上、生産能力利用率の適正化、製品品質とハイエンド製品供給能力の向上、企業業績の好転、市場予測の好転を図る。

(2)石炭業界意見書:
2016年から開始し、3~5年の期間内に、石炭業界は生産能力を5億トン前後削減し、再編により生

産量を5億トン前後削減する。この比較的大幅な石炭生産能力の圧縮、石炭生産量の適度な削減により、石炭業界の過剰生産能力を効率よく解消させ、市場の需要・供給の基本的バランス、産業構

造の最適化、構造転換とグレードアップの結合により実質的な進展を図る。

180万人の配置転換と不満解消に1000億元(1兆7千億円 @\17)

中国の公文書は、1つの文章の中で「読点(とうてん)」を多用することにより、いくつもの事柄をだらだらと羅列する傾向があり、日本語に翻訳する際には骨が折れる。


上記意見書の原文もその類だが、その要点を端的に言えば、鉄鋼業界は5年以内に粗鋼生産能力を1億~1.5億トン削減するし、石炭業界は3~5年以内に過剰生産能力を5億トン前後削減し、産出量を5

億トン前後削減するということである。


全人代初日に行われた政府活動報告の中で、李克強総理が過剰生産能力の解消とゾンビ企業の処置に言及すると、国際ニュース通信社の「ロイター」は、中国共産党指導部に近い複数の情報筋から聴取した話を引用して、2~3年以内にゾンビ企業から500万~600万人の国有企業職員が削減されると報じた。


一方、2月25日に記者会見を行った「中国工業・情報化部」副部長の“馮飛”は、中国政府が工業企業

構造調整特別奨励補助資金の設立を決定し、2年間に1000億元を支出して、主として石炭と鉄鋼の過剰生産能力とゾンビ企業を処置すると述べた。


また、「中国人力資源・社会保障部」は2月29日付で、国有企業の削減予定人数は180万人で、その

内訳は石炭業界が130万人、鉄鋼業界が50万人であると発表した。


“中国国家統計局”のデータによれば、中国の石

炭業界と鉄鋼業界の合計職員数は1200万人であるから、180万人は全体の15%に相当する。180万人もの国有企業職員が人員整理で削減されれば、大量の失業者が発生することは否めない。そうなれば、人々はそれに反発して抗議デモを行うだろうし、不満のはけ口を暴力に求めて、社会不安が引き起こされる可能性は高い。


そうした人々の不満を配置転換によって抑制するための資金が1000億元の特別奨励補助資金であり、それが全人代の「政府活動報告」の中で李克強が言及したものだった。


世界鉄鋼協会(World Steel Association、略称:worldsteel)の統計によれば、2015年の粗鋼生産量(Crude Steel Production)は、全世界の総計が16.23億トンであったのに対して、中国は8.04億トンで、全体の49.5%を占めて、世界一だった。中国の粗鋼生産量は2014年には8.23億トンだったから、2015年は2.3%減少したことになる<注1>


一方、中国の資料によれば、中国の2015年における粗鋼生産能力は11.7億トン、粗鋼生産量は8.05億トン、粗鋼見かけ消費量(生産+輸入-輸出)は7.04億トンであったから、粗鋼生産能力利用率は68.8%、粗鋼の過剰生産量は1.01億トンとなっている。なお、中国の粗鋼生産能力は2003年には約3億トンに過ぎなかったが、その後急拡大を続け、2012年には10億トンを突破したのだった。


<注1>2015年の粗鋼生産量の世界第2位はEUの1.66億トン、第3位は日本の1.05億トン。


また、石炭に関する“中国科学院予測科学研究中心(研究センター)”の統計によれば、中国の石炭生産量は2013年の39.74億トンをピークに、2014年には38.74億トン、2015年には37.58億トン(予測)と減少しており、2016年には36億トンになると予測されている<注2>

中国では国内の景気低迷に加え、経済構造の転換および大気汚染防止の影響を受けて、2015年における国内の燃料炭市場は疲弊し、石炭価格は30%近く値下がりした。このため、石炭業界は大量の在庫を抱え、利潤は大幅に低下し、多数の石炭企業が苦境に陥り、現在に至っている。

<注2>中国の石炭生産量は世界一だが、世界第2位の米国の2015年の石炭生産量は約9億トンで、1986年以来の最低水準だった。

世界8位「武漢鉄鋼集団」も妙手なし

さて、“武漢鉄鋼(集団)集団”(以下「武漢集団」)は、上述したworldsteelの「2014年主要鉄鋼企業生産量ランキング」で世界第8位(33億トン)にランクされる中国の国有企業であり、“中央企業”<注3>の1つである。


その武漢集団の“董事長(理事長)”である“馬国強”は、3月10日午前中にニュースサイト“人民網(ネット)”が放映した『第13次5か年計画に頑張る新国有企業との対話』と題する番組の中で、「武漢集団は現在職員の配置転換を行っており、半数以上の職員は今後鉄鋼業務に従事することはない」と述べた。


<注3>“国務院国有資産監督管理委員会”が直接監督・管理する大規模国有企業。

馬国強は、「生産能力を削減するという大前提の下、我々はすでに8万人の職員全員が製鉄や製鋼

に従事することはできないという共通認識に達している。3万人の職員だけが製鉄、製鋼に従事できるというのであれば、4万人あるいは5万人の職員は別の活路を見出さねばならず、武漢集団は現在それをやっている」と述べた。


馬国強の発言は、上述した2月の鉄鋼業界意見書、2月29日に中国人力資源・社会保障部が発表した、国有企業の削減予定人数は鉄鋼業界が50万人、さらに李克強も言及した1000億元の特別奨励補助資金を踏まえたものだった。1958年に操業を開始した武漢集団は、1949年の中華人民共和国成立後に建設された最初の大型鉄鋼企業で、長期雇用の労働者は7万~8万人で、最大時には10万人にも及んでいた。


番組のキャスターが「生産能力削減の過程の中で、どのように職員を配置するのか」と問いかけたのに対して、馬国強は次のように応じた。


武漢集団は次のような方法で職員の配置転換を行おうとしている。


【1】法定退職年齢<注4>まで5年以内の職員は、も

しその当人に労働能力が無い、あるいは働く意向が無いなら、職場を離れて退職を待っても良い。

<注4>法定退職年齢は、一般労働者:(男)満60、(女)満50歳、特殊環境下の肉体労働者及び身障者:(男)満55歳、(女)満45歳。

【2】武漢集団の傘下にはいくつかの非鉄鋼産業が

あるので、一部の職員を受け入れることが可能。


【3】地方政府と共に職員を雇用してくれそうな外部の企業に照会し、職員の新たな職場を探す。


上記の【1】は法定退職年齢まで5年以内の職員

で、労働能力が無い者と労働意欲の無い者には、最低水準の給与を払うから退職年齢になるまで自宅待機しろという意味かと思える。


それにしても、鉄鋼生産量世界第8位である武漢集団の理事長たる馬国強が、4~5万人もの職員の配置転換に当たって、ありきたりの方法しか述べることができず、何らの具体策も提示できないとは、開いた口が塞がらない。これは恐らく、鉄鋼業界の他

社も石炭業界の各社も推して知るべしと言えるのではないか

切り捨て人員、ゾンビ化して反旗?


こんな調子では、鉄鋼業界と石炭業界の180万人の配置転換が順調に行われるとは考えられないし、ましてや彼らを含むゾンビ企業から削減される500万~600万人の労働者にまともな配置転換がなされるとはなおさら考えられず、彼らは失業するしかない。そうだとすれば、特別奨励補助資金の1000億元は、彼らの生活費の一部に充当されるだけで、配置転換の目的に使われることはないだろう。


中央政府の役人が机上で考えた過剰生産能力の削減とゾンビ企業の処置のしわ寄せをまともに受けるのは一般労働者である。切り捨てられた彼らがゾンビとして復活し、大挙して反旗を翻さない限り、中央政府の役人も企業の経営陣も、誰一人として政策の失敗を疑わないのが、中国の悪しき伝統なのである。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/031600043/?ST=world


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