孫崎 享さんの記事です:
Date: Thu, 25 Feb 2016 07:50:27 +0900
Subject: 原発40年超え高浜原発稼働承認。原子炉は中性子照射で四十年で脆化する考えに基づき設定された“寿命”。企業利益確保の為、これを無視。


A事実関係

1:運転開始から40年を超えた関西電力高浜原発1、2号機(福井県、いずれも出力82・6万キロワット)が24日、新規制基準に適合すると認められた。


老朽原発の延命に道筋がつき、運転期間を40年とする原則は骨抜きに。「極めて例外的」とされた60年までの運転延長が早くも現実味を帯びてきた。(25日朝日)


2:毎日新聞社説(2016年2月25日)

原子力発電所は、運転開始から40年で原則として廃炉にする。福島第1原発の事故後に作られたこの「40年廃炉ルール」が早くも骨抜きにされようとしている。

原子力規制委員会は、福井県の関西電力高浜原発1、2号機について、新規制基準に適合しているとする、事実上の合格証をまとめた。7月までに追加の審査に通れば、最長20年の延長が可能になる。

高浜1号機の運転開始は1974年11月、2号機は翌75年11月だ。両方ともすでに稼働から40年を超す老朽原発である。そんな原発を延命させるのは、安全面からも、将来の脱原発の道筋からも認められない。

40年廃炉ルールは、2013年7月施行の改正原子炉等規制法に盛り込まれた。法改正当時の民主党政権が「圧力容器が中性子の照射を受けて劣化する目安」とした。最長20年の延長は「例外」に過ぎない。

このルールは施行後3年の猶予期間があり、今年7月が期限になる。規制委は高浜1、2号機について他の原発よりも早く、わずか11カ月で審査を終えた。厚遇が目立つ。

原子炉の圧力容器は、核分裂で発生する中性子を浴びることでもろくなる。高温、高圧力の冷却水が通る配管も年月とともに劣化する。

高浜1、2号機はケーブル類の大部分が可燃性だった。新規制基準は難燃性ケーブルの使用を求めている。このため、関電はケーブルの6割を難燃性に交換し、残りは防火シートで覆うことにした。規制委はこの対策を了承したが、十分な耐火性能が保てるのか疑問が残る。

古い原発は最新鋭のものに比べると設計や施工方法の面で不十分さが否めない。機器類は新しいものと交換できても、安全性の向上にはおのずと限界がある。

福島の事故発生時、70年代に運転を始めた原発は18基あり、11基はすでに廃炉が決まった。残る7基のうち5基が関電の保有だ。原発の延命にこだわる関電の姿勢は、他の電力会社に比べ際立つ。老朽原発を稼働できれば、経営上は大きなプラスだからだろう。

そもそも政府は原発依存を低減していくと公約している。そのためには、40年廃炉の原則を守ることが必要だ。例外の枠を広げれば、逆に原発への依存を強めてしまう。

40年ルールを守れば、既存の原発や建設中の原発をすべて稼働させても、2030年度の電源構成で原発比率は15%程度となる。ところが、安倍政権は20~22%と想定する。

高浜の延長は、矛盾を抱えた政府のエネルギー政策の追認となる。規制委には、追加の審査で、期限ありきでない厳格な対応を求めたい。


3 中日新聞

四十年を超えた関西電力高浜原発1、2号機が、新規制基準に適合と判断された。安全のために定めた「寿命」の原則は、もう、反故(ほご)にされたのか。

五年前のあのころに、気持ちを戻してみてほしい。

3・11を教訓として、私たちは繰り返し訴えてきたはずである。

今世紀に入って新たに運転を始めた原発は、東北電力東通1号機など五基しかない。

四十年寿命を厳格に適用し、役目を終えれば直ちに停止、廃炉に向かう。おおむね二〇三〇年代に原発は停止して、北海道電力泊3号機の寿命が尽きる四九年の暮れまでに国内の原発はゼロになる。

その間に、不要になった送電網や港湾施設を活用しつつ、風力や太陽光など再生可能エネルギーを普及させていくべきだ-と。

国民の大勢も、そのように感じていたはずだ。

折しも3・11は、東京電力福島第一原発の1号機が、運転開始四十年を迎えるちょうど半月前。四十年の当日には、原発の廃炉と福島の未来を考えようという市民グループ「ハイロアクション福島原発四十年実行委員会」が、結成イベントを開くはずだった。

廃炉時代は3・11以前から、始まっていたのである。

一二年の年明け早々、当時の民主党政権が「原発の運転期間は原則四十年」の方針を打ち出した。

「ほとんどの原子炉は中性子の照射により四十年で脆化(ぜいか)する」という設計思想に基づいて設定された“寿命”である。

脆化とは「もろくなる」ということだ


原子炉の心臓部に当たる圧力容器の内側には、核分裂で生じる中性子が当たり続けてもろくなる。つまり、こわれやすくなるのである。その限界が四十年。高レベルの放射能を浴びており、交換も不可能だ。原発の寿命が最長四十年という理屈は通る。

旧式の圧力容器は材質が悪く劣化が早い。四十年も持たないと、前倒しを求める意見も目立つ。

それなのに「一度だけ最大二十年延長できる」という例外規定が、法律に付いてきたのはなぜか。

そして3・11の教訓をこめた新しい原発規制に、なぜそれが踏襲されたのか。

「世界の潮流にならい」というのが政府の説明だった。要は「米国のルールを取り入れた」ということなのだろう。

ところが、本家の米国でさえ、3・11以降、求められる補修や改善に費用がかかり過ぎるとして、延命をやめて、閉鎖、廃炉に踏み切る原発が増えている。二十年という延長期間の方こそ、根拠が薄いのではないか。

“不老神話”の誕生か

原子力規制委員会は例外を認める条件として、通常より格段厳しい特別点検や安全対策の大幅な強化を義務付けてはいる。

しかし、心臓部は交換不能、新しい部品のつなぎ目から問題が生じる恐れがあるとの指摘もある。補修による延命にはやはり、限界があるとは言えないか。

経済産業省が昨春示した三〇年の電源構成(ベストミックス)案は、総発電量に占める原発の割合を「20~22%」と見込んでいる。

四十年寿命を守っていては、達成できない数字である。

例外規定の背後には、福島の教訓放棄、安全神話の復活、そして、新増設をも視野に収めた原発回帰の未来が透けて見えないか

関電は、同じ老朽原発の中でも、出力が低い小型の美浜1、2号機はすでに運転を終了し、美浜3号機を含む中型の運転延長を願い出た。

安全への配慮からというよりも、補修にかかる費用と再稼働の利益をてんびんにかけ、そろばんをはじいた上での判断だ。

工学は寿命を決める

一九五〇年代前半、世界初のジェット旅客機である「コメット」の事故が相次いだ。航空機業界はその反省に立ち「安全寿命設計」という考え方を採り入れた。

たとえば長距離型のジャンボでは、総飛行六万時間、離着陸二万回が“寿命”になるという。

電力業界に安全思想、安全文化が根付いているとは、言い難い

私たちは、もう一度訴える。

原発の四十年寿命は厳格に守り、円滑な廃炉や核のごみの処分に備えるべきである


B評価

何故、40年ルールを制定したか。

中日新聞が、「ほとんどの原子炉は中性子の照射により四十年で脆化(ぜいか)する」という設計思想に基づいて設定された“寿命”である。脆化とは「もろくなる」ということだ。原子炉の心臓部に当たる圧力容器の内側には、核分裂で生じる中性子が当たり続けてもろくなる。つまり、こわれやすくなるのである。その限界が四十年。高レベルの放射能を浴びており、交換も不可能だ。原発の寿命が最長四十年という理屈は通る。」世いう事が根底にある。

これが従来以上に安全になったという状況にない。

福島原発の大惨事を得て、日本の原子力政策がたどり着いた地点は、

o企業利益を最優先にする、

o企業利益に合致しない基準は排除するである、


日本と言う国はなんとも淋しい国になったものだ





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