junjunpa
2005年08月24日(水)

ロシア、行ってきます。

テーマ:音楽

t.A.T.u.の新曲「オール・アバウト・アス」のPVを見た。

なるほど、これは米で放送禁止になるのも無理はない。、

心臓に悪い。生理的に好きか嫌いかと問われれば、正直、あまり好きではないし、繰り返し見たいとは思わない。

がしかし、ふたりの表情、その切迫感に胸がつかまれる。

表現者として第一級だと思う。


さて。明日からロシア。そのt.A.T.u.に会ってくる。

初めて会うのだが、取材はうまくいくのだろうか。

どんな対応なのか。

このくらいの年齢の女ノコ・アーティストにも今までたくさんインタビューしてきたが、今回ばかりは予測がつかない。珍しく、ドキドキしちゃってる自分がいる。


帰国したら報告しますね。


というわけで、次の書き込みは30日以降。


行ってきます。




2005年08月20日(土)

熱いぜ、けんちゃん。

テーマ:日記

19日。新雑誌の音楽ページ打ち合わせ。

担当のY氏とは旧知の間がらだが、会うのは何年ぶりだろうか。 4~5年ぶり? もっとかな。

氏=けんちゃんは、僕が情報誌の編集をやっていた頃(たぶん16年前くらい)に、音楽ページの原稿をお願いしていたことから付き合いが始まった。そう、彼はもともと音楽ライターとして、僕の先輩だったのだ。

因みに彼の弟は、当時、僕の同僚。僕と弟君の二人でその雑誌(「any」)の音楽ページを担当していた。


懐かしい……と感じるほど昔のことではない気がするのだが、やはり時間は経ったんだなぁ。

今、けんちゃんは編集者としてバリバリ仕事をし、今回、音楽ライターとして仕事をしている僕に仕事を発注してくれた。つまり、立場が逆転した状態で、僕たちは打ち合わせているのだ。

因みに僕の同僚だった弟くんは、今や木村カエラのプロデューサー/コンポーザー! 週刊文春の近田さんのコラムで、いきなり彼の名前が出てきて、しかも近田さんに大絶賛されていた時は驚いてしまった。


久々に会ったけんちゃんは、燃えていた(笑) そう思わせるほど、熱く新雑誌への思いを語った。

ハハハハ。いいなぁ、けんちゃん。

最近、僕はあんまり熱い編集者に会ってなかったので、なんだか嬉しくなった。

新雑誌の立ち上げというのは本当に大変なことだ。

僕も20代~30代の編集者時代に、4誌の新雑誌立ち上げを経験しているので、どんなふうに大変なのかはよくわかる。

彼は副編なので、現場だけじゃなく、あらゆることを中心になって進めているようだ。寝る暇もない状態だろう。

が、面白い雑誌にするんだ、面白いことをやるんだという思いでいっぱいの彼に、疲れは見えない。

やりたいことをやるんだと燃えている男に会うと、おっしゃ自分も頑張らんと……と、刺激を受ける。


今、彼を突き動かしているのは、“意志”だ。面白いもんを作ってやろうという意志。面白いことやってやろうという意志。

僕が普段仕事で会ったりしている人の中には、静かながらもそういうものを持ってるなと思わせる人と、この人にはそういうものが1ミリもないのかと思わせる人と、両タイプいる。

当然、僕が仲良くなれるのは前者のほうだけだ。


そういう意志……あるいはモチベーションと呼べるものがなくなった人は、ゆっくりとダメになっていく。

意志が人を生かす。いや、大袈裟ではなく。

そういうことを、最近またよく考える。あるひとりの友人の死以降……。



面白い雑誌、期待してるよ、けんちゃん。






2005年08月19日(金)

セントラルパークでのARCゴスペル・クワイア

テーマ:音楽

昨日の続きから。


リアーナ取材翌日のオフ日。

セントラルパーク、夏恒例のフリーコンサート、Summer Stageへ。

緑に囲まれ、地べたに座ってダラリンとライヴを観る幸せ。大好きなシチュエーション。


90年。僕はそれまでやってた情報誌の編集の仕事をやめて、フリーのライターになった。

ライター仕事を始める前に、自分なりの人生の節目みたいな意味で、3週間ちょっとNYに行った。

毎晩、あちこちのクラブやライヴハウスに行き、日本じゃまず観れないような、いろんなアーティストの実演を観た。そして週末は必ずセントラルパークでフリーコンサートを観ていた。

ソニック・ユースと今は亡きサン・ラの共演という強烈なライヴが、多分そこで観た最初だった気がする。

それ以降、いろんなアーティストをあそこで観たが、解散する(確か)前の年のベン・フォールズ・ファイヴなどは、ホーン隊とストリングス隊も加わっての、それはそれは素晴らしいものだった(その数ヵ月後に行われた彼らの国際フォーラム公演は、その縮小ヴァージョンといった趣でえらくこじんまりしていてガッカリしたものだ)。


ってな思い出話はさておき。この日はゴスペル・デイ。

15時スタートだけど、プラプラと公園散歩しつつ行けばいいか……と思い13時頃に部屋を出て歩きだしたんだが。暑い。溶けそうなほどに暑い。なので、とりあえずホイットニー美術館に入って涼を取る。

困った時の美術館頼み。何回か観てるけど、やはりまたエドワード・ホッパーの絵の前で足が止まる。

時間が止まったような感覚。ホッパーが描く静かな夏が好きだ。


さて、Summer Stage。出演はヴァイオリン演奏にラップをのせるという珍しいスタイルのNuttin’but Stringz、ARCゴスペル・クワイア、そしてコンテンポラリー・ゴスペルの女王、ヨランダ・アダムスの3組。


僕の目当てはARCゴスペル・クワイアだ。

ARCはAddicts Rehabilitation Center(薬物中毒更生施設)の略。

ハーレムにあるその施設でドラッグ中毒を克服した人や、現在もリハビリ中の人たちで構成されたゴスペル隊である。

昨年、僕はハーレムのその施設に行き、メンバーの何人かを取材した。

16歳で家出して、ドラッグ売買やりながら子供を育て、泥棒に入られ、レイプもされたエリザベス・ロビンソンさん(51歳。この人の歌唱力は随一)の話に胸がつまった。

15歳からドラッグに手を染めたウォーレン・フリーマンさん(同じく51歳)は、将来の夢を訊くと、「天国に行けるといいな」と、優しい笑顔でつぶやいた。僕はその言葉を原稿に起こしながら、少し泣いた(原稿を書きながら泣いたのはこの時が初めてだった)。そのウォーレンさんが、今回のステージではかなり多くソロをとっていた。

昨年、彼らのCD(ドキュメンタリーDVD付き)『サンキュー・ロード』がワーナーから日本発売され、12月には六本木ヒルズの特設ステージでコンサートも行われた。それも素晴らしかったが、その時には聴けなかった曲が、セントラルパークではたくさん歌われていた。

実は彼ら、カニエ・ウエストの1作目にもコーラスで参加している。その「ジーザス・ウォーク」が、この日のライヴの最後に歌われた。


ARCのあと、ヨランダ・アダムスの登場で観客(黒人9割)はさらに湧く。が、歌はいいのだが、説教の部分があまりに長く、僕はついていけなくなって途中退場。

炎天下で汗ダラダラ流しながらのライヴ観賞だったので、さすがにちょっと疲れちゃって。

めんちゃんこ亭でラーメン食べてビール飲んで、ホテルに帰りましたとさ。


しかし、世界中、どこも暑い。東京も暑いが、NYもトロントもロンドンもアムステルダムも暑かった。

昔はこんなじゃなかったのにね。




帰国した翌々日、BENNIE Kに取材。

新曲「Sky」もまた、実に構成が練られている。

前の「Dreamland」もそうだったが、最初に過去の自分(たち)を書き、途中から時間軸を現在に移し、観客とのやりとりが目に浮かぶラップでアゲつつ、そのあとにメッセージも入れ込むという作り。

この構成の巧みさは、もっと評価されるべき。単にポップで明快……ってだけではないのだ。

因みに、彼女たちは常にサビから作り、そこから膨らませてAメロ、Bメロ、ラップとつけていく作り方だそうな。抜きん出たポップ性の構造の秘密がちょっとわかった気がした。







2005年08月17日(水)

リアーナちゃんに会ってきました。

テーマ:音楽

一昨日、NY から帰国。

今回は島っ娘、リアーナ(RIHANNA)ちゃんのインタビュー仕事。

Jay-Zが惚れ込んで即契約したという、カリブ 海バルバドス生まれの17歳。

ダンスホール風味のデビュー曲「PON DE REPLAY」が、先週、いきなりビルボードHOT100チャートで2位を記録!(1位はマライアの「We Belong Together」)。全米大注目のシンデレラで、日本デビューは10月5日に予定されている。


最初、写真で見た時は、昔の安室ちゃんに似てるかな、と。小顔で、おでこ面積の広さもいい感じで。

ちょいナマイキそうなとこもイマドキっぽくていいじゃん…とか思いつつNYに飛んだんだけど。

これがあなた、かわいいのなんのって、もう。


向こうじゃビヨンセ似とか言われてるらしいけど、まあ、そんなテイストも少々。

スタイルよく、胸も大きすぎず小さすぎずで、モデルとして映える感じ。

コンガリ具合の調度よさも含めて日本人受けしそうだし、けっこうエッジィな服もさらっと着こなせちゃう。

小柄なコをイメージしてたら、意外に背も高くて。170ちょっとあるんじゃないかな。

クリスティーナ・ミリアン好きの僕だが、ややポッチャリ体型のミリアンよりも最初っから洗練されてるかも。

ってか、ミリアンよりいろんな服を着こなせそうかな。


日本人から取材されるなんて初めてのことだろうに、すご~く自然体。

「世界中のいろんな人に私を知ってもらいたいから、自分のこと話すのは全然苦じゃない」なんて殊勝なこと言ってくれちゃって。

話したらナマイキだったり、あるいはチャキチャキだったりすんのかなといろいろ想像してたら、これまた意外なことに、ほどよくユッタリで、落ち着いた大人ムード。オヤジ、やられますって、そりゃ。

島育ちだから、基本、ユッタリなんだろう。


レゲエ好きで、R&B好き。憧れはビヨンセ。レゲエではシズラが大好き。

ビヨンセに初めて会った時は、緊張して言葉が出なかったそうな。

そんなビヨの彼氏が、彼女のボスっていうのも出来すぎたストーリー。取材中、リアーナの携帯にメールが届き、それをチェックして「あら、Jay-Zから」。社長、自分んとこの娘がちゃんと取材をこなせてるか心配なのか。


目標はビヨンセに追いつき追い越すことだそうな。いや、それ、まじでいけそうな気が僕はしちゃってるんだが。

そのくらいのスター性が備わっていると思うんだが。


誕生日がバイオに書いてなかったので、訊いてみる。

すると、なんと!! 2月20日って、キャ~~、ぼぼぼぼくと一緒じゃないですか。

そんなんでまた勝手に気持ちが入りまくる。

星座の話になり、「魚座」という漢字を教えてほしいと彼女。紙に書いて渡す僕。

「サンキュー」は日本語でなんて言うの? じゃあ「キュート」は? 

リアーナに初めて日本語を教えたのはこの僕さ、ヌハハハ……なんて自慢出来る日はそう遠くない気がしてるんだが。


出来立ての1stアルバム『MUSIC OF THE SUN』は、ドーン・ペン「ノー・ノー・ノー」のカヴァーから、マライア~アリシア路線の王道バラードまで、かなり多彩。

レゲエ味のR&B、そのポップ展開なんだから、これはもう今の米シーンの大メインストリームでしょ。受けない要素が見つからない。

日本でも、速攻、大ブレイク間違いなしと強く断言しておきます!!!



取材日翌日はオフだったので、セントラルパークのSummer Stageへ。

夏のNYといえば、これ。今までいろんな人のライヴをここで観たもんです。

この日はゴスペル・デイ。

で……。ゴメン、その話はまた明日。





















2005年08月10日(水)

ミック・ジャガーさんに会ってきました。

テーマ:音楽

始めたばかりなのに、もうこんなに間があいてしまった。いかんにゃ。


フジロックの余韻に浸る間もなく、翌々日からトロントに行ってミック・ジャガーの取材をし、6日夕方に帰国して、7日は朝からひたちなかでROCK IN JAPAN FESを楽しんで、8日、9日で10数本の原稿をやっつけて今に至っている。で、木曜から今度はNY。ふ~。なかなかのもんですよ。


トロントは大変だった。いや、行きの飛行機が。僕と東芝の担当氏を乗せたそれが着陸する予定時間の4~5時間だか前のこと。エールフランス機が滑走路からオーバーランして、衝突、炎上したのだ(ご存知の通り、300人余人全員脱出して死者は出なかった。奇跡ですね)。なので、僕らが乗った飛行機はひとまずウィニペグの空港に着陸し、待機してからトロントへ。着陸してからも、状態が落ち着くのを待ち、結局、19時間以上も乗っていたことになる。


いや、いろんなことがありますよ、飛行機は。

6月末には、ロンドンでクレイグ・デイヴィッドの取材をし、そこからアムステルダムに飛んで1泊したあと、L.A.に飛んでベイビーフェイスの取材をしたんだけど、この時も大変で。まず、L.A.のハリウッドボールでベイビーフェイスとアニタ・ベイカーの共演ライヴを観ることになってたんだが、そのショーのスタートが20時。なのにアムスを発つ便が遅れ、L.A.のホテルに着いたのが19時45分っていう。で、10分で歯磨いて顔洗って着替えて、急いでショーへ行って……。

実はそれも序の口で、今度はL.A.から成田に向かう帰りのNW便。乗ってから3時間あまりもエンジン・トラブルとやらで待機した挙句、結局その日は飛ばなくなって、空港ホテルに1泊するはめになったのだ。あの時の力が抜ける感覚たるや、もう。しかも、僕は帰国するはずだった日の翌日14時から東芝でトリスタン・プリティマンの取材を入れていて。1日発つのが遅れたため、成田についたのが当日の12時前で、慌てて荷物とって電車に乗って、東芝に着いたのはなんと13時50分(取材開始時間の10分前!)。もう全てがギリギリ。超・綱渡り。

いや、いろんなことがありますよ、飛行機は。


さて、ミック・ジャガーは、相変わらず独特だった。彼に対面取材するのは今回が3度目なのだが、まだ全然つかみきれない。逆質問とかバシバシ飛んでくるから、緊張が解けない。「そう質問するけど、キミはどう思うの?」みたいな。答えに窮するとケラケラ笑われちゃうし。頭よすぎて、コワイくらいなのだ。そのあたりのことは今度何かの原稿でゆっくり書きたいところだが。

それにしてもピンクのシャツとピンクのスニーカーがあの歳であんなに似合うというのは驚異だな。僕はいくつまでピンクのシャツを着られるのだろう。見習いたい。


前回もそうだったけど、紳士の彼は自ら立ち上がって、ドリンクを用意してくれる。

「何飲む?」とミックに訊かれて、座ったまま「水を」とか言ってる僕は一体何様なんだ?

高校の時、文集に、「ストーンズは神様だ」みたいなことを書いた。その神様の中でも一番エラい神様が僕にドリンクを用意してくれている。夢みたい。冷静に考えると、コワい。


ストーンズの新作は、まあ想定内と言えなくもないけど、ジワジワ効いてくる曲多し。

無理に元気出してる感じのロック曲はおいといて、4曲目からの流れがかなりいい。

僕は4曲目「RAIN FALLS DOWN」が今のとこ一番気に入ってるかな。


7日のROCK IN JAPAN FES。坂本龍一が素晴らしかった。最近買いなおしてまたよく聴いてた「B-2 UNIT」からの曲に鳥肌。単独ライヴ、行っとくべきだった。ゲストで1曲、元ちとせ。おおっ。元気そうですね。

坂本さんのステージの感動から、次のサザンへとモード・チェンジするのに時間がかかり、最初は久々のサザンに戸惑ったが、大好きな「希望の轍」あたりからやはりグッと引き込まれてしまった。

サザンが野外フェスに出るのはずいぶん久しぶりなんだそうな。僕、昔はよく観たものですよ。

80年代初頭の西武球場のイベントとか。ビーチボーイズやハートやファイアーホールやTKOと江ノ島でやったイベントとか。あと、日比谷野音で甲斐バンドのライヴがあって、その前座が柳ジョージとレイニーウッドで、さらにその前座がサザンだった……なんて時代もありましたっけ。その頃のサザンは、熱心に追いかけてたんでね。何しろ僕、「勝手にシンドバッド」を石神井公園の西友のレコード売り場で、発売日に買った人間なんで。って、自慢か? 


うわ、たまってたんで、こんなに長くなっちゃった。木曜からNYなんで、次は16日以降になります。では。







2005年08月01日(月)

終わっちゃったね、フジ。

テーマ:音楽

夏が終わった……ような気さえしてしまう、フジロック終わりのこの感覚。

今年はホワイトより向こう側で過ごしている時間が多かったな。

フジではいつも、音楽ライターとしての自分ははしっこに置いといて、ただただ観たいものを観る。気持ちよさに身を任せる。

コールドプレイもフーファイもベックも観なかった音楽ライターって、どうなん? と、つっこまれても、しょうがないもんね、ほかに観たいのがあったんだから。とか開き直ったりしつつ。


3日間通して特にグッときたのは、どしゃ降りのCAKE、スティール・パルス、ポーグス、ライトニング・ブルース・ギター・セッションズ(山岸潤史とニューオリンズのPapa Grows Funkに、チャー、チャボ、土屋公平、石田長生らが入ってのオールスターズ・セッション・バンド)、ビーチ・ボーイズあたりか。

個人的にベストアクトをひとつあげるなら、やはりスティール・パルス。約1時間、代表曲もガシガシとメドレーで繋げ、緩む瞬間などまったくなし。あの声のよさ、テンションの高さ。衰えているところなど1ミリもなく、僕はやられっぱなしだった。


書きたいことは山ほどあるが、今日は時間がない。

明日からトロント出張なのだ。

ストーンズの新作について、ミックに会っていろいろ聞いてきます。

帰ったら報告しますんで。






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