2006年1月18日(水)入院3日目。夜20時過ぎ。



応接室。今日で3夜連続の、医師との面談。


「MRI、脳血流、ともに大きな異常は見られませんでした。

……ですが、髄液検査に反応がでました。」


医師は一呼吸おいて、検査結果の紙を私たちに見せながら
その部分を指差した。


「ここ、わかりますか?細胞数が多いのです。
その他の所見から、脳の中になんらかのウイルスが入っていると思われます。」


「ここまでの息子さんの様子とこの細胞数の増加を見ると、
息子さんの病名は
ウイルス性急性脳炎”と診断されます。」




ウイルス性…急性…脳炎??



私は入院初日に医師に言われた

「最悪は脳炎の可能性があるので…」
という言葉を思い出していた。


最悪は、って言ってた…。
てことは、最悪の、ケースだったわけだ……。




考えなかったわけじゃない。

でも…、でも…、

はっきりと宣告されると、かなりのショックだった。


それからは力が抜けたというか、なんだかぼーっとしてしまった。

受け入れたくない、
でも、受け入れなくてはならない現実……。


隣を見ると夫も口をあんぐりと開けてしばし固まっていた。




「亜急性ではないから、急性、そしてなんらかのウイルスが原因と考えられます。」


いずれにしても脳炎であることは間違いないらしい。


「脳炎であることも考えての治療をしていますから、方針に変わりはありません。
ヘルペスであれば、今投薬(点滴)している薬が多少なりとも効いてくれると思います。
ただ、それ以外のウイルスであれば、対処薬はないので…。」


ヘルペスじゃなかった場合には薬がない……。
つまり、そのウイルスをやっつける薬がないってこと?
じゃあ、長男の頭の中にいるウイルスはだれがやっつけるの?


「自己免疫しかありません。」


「病院でできることは脳浮腫(脳のむくみ)や痙攣を抑える薬を点滴することだけです。」


いっそヘルペス脳炎であって欲しいと思う。そして、薬が効いて欲しいと思う。



医師からは、意識障害があることから、髄膜炎ではないとか、ある所見から脳症ではないとか、いろんな詳しい説明があったが、詳細はあまり覚えてない。

(メモをとっていたが今はなくしてしまった。)


前頭葉の前部が攻撃されているらしい。

前頭葉前部とは脳の前の方にある部分で、主に感情をつかさどる部分。

そこを攻撃されているのだから…長男はしばしば感情のコントロールを失ってしまう。

しばしばというよりも、今は、常に…という感じかもしれない。



幸いなことには、長男は言葉を発するし、食欲もある。体も動く。


「自分で食事が出来ない子もいるんですよ。長男くんは、食べれるんですから。」


落胆する私たちに、医師はこのように話した。



そう…ですよね。

長男はとにかく生きてる。

それに同じ病気にかかった他の子ができないことができてるんだもの。

最悪なんてこと、思っちゃいけないですよね。


そう思いつつも、重い心はどうしようもなかった。




゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。



大きな動揺と重い落胆を胸に抱いたまま、医師との面談を終えた。


応接室を出ると、集中治療室の方から長男の声がした。


「殺さないでえ!殺さないでえ!!!」


泣き叫び、歩き回る長男の後を
看護師さん数人が慌てた様子で追っていた。


私は思わず駆け寄り、

「大丈夫、大丈夫だよ。」と彼を抱いた。


「大丈夫だから、ベッドに戻ろう?」


少し落ち着いた彼が目を閉じた隙にそっと病室を後にした。
時計を見ると9時をまわっていて、面会時間はとっくに過ぎていた。



゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。


それから、


病棟前で待たせていた母と次男になんと話をしたのか、
全く思い出せない。


車の運転は夫がしただろうか?
母になんと話をしただろうか?
次男は待たされて怒っていただろうか?

夕食はどうしたろう?


その夜のことはもう何にも、思い出せない。



「明日、俺、会社休むわ……。」

と夫がつぶやいたことだけ覚えてる。



夫も私と同じようにショックを受けていた。




【つづく】