ジャスト日本のプロレス考察日誌

プロレスをもっと広めたいという思いブログをやってます。新旧洋邦のレスラーを取り上げた「俺達のプロレスラーDX」を連載中!
ご愛読よろしくお願いいたします。


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ファンが選ぶ「ネット・プロレス大賞2016」結果~MVPは内藤、最優秀試合はケニーvs内藤、最優秀タッグは関本&岡林がロスインゴ超【カクトウログさん】

※やっぱり2016年は内藤哲也の一年だった。
またベストバウト上位10試合の内、8試合が新日本だったのがかなり印象に残った。
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俺達のプロレスラーDX
第160回 不沈艦+億万長者+α=神JBL/ジョン・ブラッドショー・レイフィールド




ジョン・ブラッドショー・レイフィールド(通称JBL)は才能と傲慢キャラクターの割りには遅咲きの苦労人だ。
WWE入りした1996年からWWEの頂点に立つまで8年の歳月を要した。
198cm 130kgの巨体と確かなレスリングテクニックを持つカウボーイはやられ役もタッグ屋も脇役も嫌われ役も何でもやった。
世界最高峰のプロレス団体で生き残るために…。
これは苦労人が"神"になるまでの男のレスラー人生である。

JBLは1966年11月29日アメリカ・テキサス州スイートウォーターで生まれた。
本名はジョン・チャールズ・レイフィールドという。
学生時代はアメリカン・フットボールの選手として活躍。
大学卒業後、NFLのトライアウトを受けるも通らず、一般企業に就職。
会社員を経て、JBLが目指したのはプロレスだった。
名伯楽ブラッド・レイガンズ道場でトレーニングを受けたJBLは1992年2月にテキサスのローカル団体GWFでデビューする。
ちなみに初来日はデビューしてからわずか1年の1993年のNOWだった。

デビュー当時のリングネームはジョン・ホークで、デビューからわずか1週間後にはボビー・ダンカンJrとのコンビでジョニー・マンテル&ブラック・バートからGWFタッグ王座を奪取。“ダラスの名所”スポータトリアムのリングでケビン・フォン・エリックを下しNWAノースアメリカン王座を獲得したこともあった(1995年1月14日)。
【ジャスティン・ブラッドショーってだれ?――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第218回(1996年編)・日刊SPA】


デビュー当時からスタン・ハンセンを彷彿とさせるカウボーイキャラクターやWARで来日した際はアンダーテイカーばりの怪奇派デスマスクに変身した。

デビューして4年の1996年2月にJBLはWWEに入団する。

JBLことジョン・ブラッドショー・レイフィールドがWWEと契約したのは1996年2月。
(中略)
WWEのリングに初めて登場したときは黒のスウェードのテンガロンハットと革のチャップス、手にはブルロープという古典的なカウボーイ・スタイルのリングコスチュームを身にまとっていた。
身長6フィート6インチ(約198センチ)、体重290ポンド(約131キロ)のスーパーヘビー級の体格は現在と変わらないが、まだ28歳だったJBLは肩まで伸ばした栗色のストレートのロングヘアを後ろでポニーテールに束ねていた。リングネームはジャスティン“ホーク”ブラッドショーで、フィニッシュ技はのちにクローズライン・フロム・ヘルと命名される問答無用のラリアット。悪党マネジャー、アンクル・ザバカヤ(ダッチ・マンテル)が世話役としてセコンドについていた。クローズラインで対戦相手からフォールを奪ったあとの“ウィーッYouth”の雄叫びと人さし指と小指を突き立ててのテキサス・ロングホーンのポーズは、尊敬する大先輩スタン・ハンセンのルーティンをちゃっかり拝借した。
(中略)
メキシコ、日本、韓国、ヨーロッパCWA(キャッチ・レスリング・アソシエーション=オットー・ワンツ代表)を長期ツアー後、キャリア3年5カ月でWWEにたどり着いたJBLは、遅れてきた大型ルーキーということになるのだろう。
【ジャスティン・ブラッドショーってだれ?――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第218回(1996年編)・日刊SPA】


この頃のJBLの試合を見ると典型的なブルファイター。荒々しさを全面的に押し出したカウボーイレスラーだった。
しかし、このキャラクターはブレイクすることなく別キャラクターにマイナーチェンジすることになった。
かつてアメリカマット界を席巻したブラックジャックスをリメイクしたニュー・ブラックジャックスを結成し、かつてブラックジャックスのメンバーだったブラックジャック・マリガンの息子バリー・ウィンダムと組むことになった。JBLは先代ブラックジャックスに肖って、金髪から黒髪にイメチェンすることになった。
ちなみにこの時期にJBLは全日本プロレスに来日している。
1997年の世界最強タッグ決定リーグ戦に参戦し、結果は振るわなかったが、そのポテンシャルを発揮して見せた。また、小橋健太(小橋建太)とのラリアット対決も実現している。
だがこのニュー・ブラックジャックスもコンビを解消し、JBLはファルーク(ロン・シモンズ)と組んでアコライツというチームを結成し、1999年にはWWE世界タッグ王者となった。
このアコライツが進化したのが2000年に誕生したAPAである。

アコライツ・プロテクション・エージェンシー(Acolytes Protection Agency)はアメリカ合衆国のプロレスラー、ブラッドショーとファルークによるタッグチーム。WWEで活動し、A.P.A.の略称で知られる。日本語字幕放送での翻訳では「アコライツ警備保障」とされている。有色人種を中心としたユニット、ネーション・オブ・ドミネーションのリーダーとして活動していたファルークであったが、メンバーであり当時は一介の若手レスラーでしかなかったザ・ロックが急成長し台頭著しくなり、遂にはリーダーの座を奪われ軍団を追放されてしまう。一方、当時まだ若手であったブラッドショーはパートナーのテリー・ファンクが団体を去り、前座戦線で燻っていた。1998年10月、両者はジャッカルのマネージメントの元にタッグチーム、ヘルズ・ヘンチメン(Hell's Henchmen)を結成。後のアコライツ、A.P.A.の前身となる。その後、ジャッカルがWWFを去ると二人はジ・アンダーテイカー率いるミニストリー・オブ・ダークネス(後のコーポレート・ミニストリー)に加入。怪奇派ギミックとなりユニット名をアコライツ(Acolytes・侍祭の意)と改名。世界タッグ王座を2度獲得するなどタッグ戦線で活躍する。コーポレート・ミニストリー消滅後はアコライツ警備保障(Acolytes Protection Agency)と称して用心棒業を開業する。バックステージに事務所を開き、酒とタバコと喧嘩とポーカーに明け暮れ、金さえ払えば試合から乱入まで何でもこなす荒くれ者ギミックが人気を博し、ハーディー・ボーイズ、ダッドリー・ボーイズ、エッジ&クリスチャンらといったライバルチームとタッグ戦線で激闘を繰り広げる。
【アコライツ・プロテクション・エージェンシー/wikipedia】


APAはWWEの人気チームとなり、なくては欠かせない存在となった。
ちなみにJBLはバックステージでは同じくテキサス州出身のアンダーテイカー派閥に属し、温厚だが喧嘩をさせたら恐ろしい男として一目置かれていたという。いわば、リング上でもリング外でもJBLは番人だった。
だが、番人でもトップにはなれない。
そのジレンマがこの頃のJBLにはあったかもしれない。
2002年にAPAを解消し、シングルプレーヤーに転向するも、なかなか浮上できない。

2004年、JBLはヒールに転向。
当時のWWE王者のエディ・ゲレロのライバルという立ち位置に昇格する。
ブラッドショーというリングネームからジョン・ブラッドショー・レイフィールドに改名する。
ちなみに通商のJBLは元アメリカ大統領のジョン・F・ケネディ(JFK)に肖ったものだと言われている。株で成功を収めた嫌味な証券アナリストというキャラクターは1980年代にトップヒールとして活躍したミリオンダラーマン(テッド・デビアス)の現代版だった。
JBLは金満家に変身するとトップヒールとして遂に主役に躍り出る。

2004年、ファンにとって衝撃的な出来事が起きた。南部の荒くれ者だったブラッドショーが、それまで愛していたテキサス州を見捨てニューヨークへ移住し、マンハッタン金融街の成功者へと転身したからだ。JBLを名乗り始めた彼は、リムジンで会場に乗りつけて入場すると、仕立てのスーツを着飾って"レスリングの神"と称するようになった。
参謀チームを率いて闘い始めたJBLはエディ・ゲレロを倒してWWE王座を獲得。ビッグ・ショー、アンダーテイカー、ブッカーTら強豪を倒し続けた。
【WWEホームページ】


レスリング・ゴッドとなったJBLは元々の荒々しいスタイルに加えて、相手の攻撃を受け続けるも最後にはちゃっかり勝つという典型的なヒールチャンプの闘い方も見せつけ、ファンの心を摑んだ。2004年6月から2005年4月までも長期政権を築いたJBLはようやく主役になった。

2004年6月にエディ・ゲレロからWWE王座を奪取し、翌年4月のレッスルマニア21でジョン・シーナに奪われるまでの10カ月間は、それ自体がJBLの手がけたひとつの芸術作品のようだった。いつもチャレンジャーによって徹底的に追いつめられるのに、最後の最後でベルトだけは必ず防衛する。防衛すればするほどに、JBLに刻まれていく肉体的ダメージはどんどん増幅していく。一番ラクなのはベルトを手放すことなのに、それだけはNOを貫く。中でもアンダーテイカーを挑戦者に迎える時のJBLはこれのどこが王者なんだよ!というぐらい露骨にビビり、
やめときゃいいのにオーランド・ジョーダンやバッシャム兄弟といった“JBL派閥”を使ってテイカーを襲い、それでまた墓掘り人の怒りを買ってタイトルマッチでヒドイ目に遭う。JBLが本来の強さを発揮できたのは、皮肉にも王座から転落したシーナ戦のみ。あとは命からがらの防衛がずっと続いた。この獲れそうで獲れないというシチュエーションこそが、アメプロのトラディショナルな部分。だから、チャンピオンはどの選手よりも肉体を酷使し、ダメージを負う。フレアーやハーリー・レイスがNWA世界ヘビー級王者だった頃は、そんな試合を毎日やっていたのだ。
レッスルマニア21までの世界ヘビー級=HHH、WWE=JBLの二大王者時代が、現時点における最後の「王者らしい王者」による政権だったと個人的には思っている。ズルくて悪くて、しかも巧い。しゃべらせたらいかにも意地の悪さが顔からにじみ出ており、笑みひとつをとってもいやらしい。そういう要素が自然と発散されていたのは、HHHとJBLまでだった。ECWワンナイトスタンドにおけるナチュラルヒールぶりはJBLが本気でECWを見下していたからであり、
あの状況下でそれを包み隠さず出せるところもすごかった。時代の流れによって、現在のシーナやバディースタのようにベビーフェースのヒーローが王者となるケースも当然ある。
じっさい、そこから歴史へ名を残すスーパースターが生み出されてきた。だが、チャンピオンとしての“コク”を感じさせるのは、JBLのような昔ながらの王者なのだ。
【2008/1/16 JBLファンです(286回) 鈴木健/ 日刊週モバ野郎・週刊プロレスmobile】


ジョン・シナに敗れて王座陥落するもUS王座を獲得したりトップヒールに君臨するも、腰を痛め戦線離脱。事実上セミリタイア状態となり、解説者に転身した。
一度は復帰し、クリス・ジェリコと抗争を繰り広げるも、2009年4月のレイ・ミステリオ戦を最後に引退を表明した。

引退後もJBLはWWEに残り、解説者、NXTのGMの末、現在はスマックダウンのコメンテーターとしてリング外でヒール寄りの解説をしている。

あまり広くは知られていないことだが、アメリカのプロレスラーの多くは、オリジナルのキャラクターを生み出すために自分が尊敬する3人のプロレスラーの個性をかけ合わせる、といわれている。わかりやすくいえば、あこがれの3人のスーパースターを足して3で割ると自分だけのオリジナルのキャラクターになるという考え方だ。たとえば、ニック・ボックウィンクルがお手本にした3人のモチーフはバディ・ロジャースとフレッド・ブラッシーとザ・デストロイヤーで、サブゥーが教科書とした3人のスーパースターはザ・シークと初代タイガーマスクと“スーパーフライ”ジミー・スヌーカ。これはすごくわかりやすい。リーガル卿にとっての3人のレジェンドは、藤波さんとニック・ボックウィンクルとピート・ロバーツの3人なのだという。これもまたひじょうにわかりやすい。リーガルが現役時代にマルーン(あずき色)のタイツとリングシューズを愛用していたのは、AWA世界王者時代のニックへのオマージュだった。
【WWEスーパースターズもリスペクト!藤波辰爾が目撃したWWE日本公演/「フミ斎藤のプロレス講座」第45回】


齋藤文彦氏が語るアメリカのレスラー方程式をJBLに当てはめると、"不沈艦"スタン・ハンセンと”億万長者”テッド・デビアスを教科書にして生まれた者だったと言えよう。だが、三人目のレスラーはなかなk浮かばない。私は思うのは証券アナリストであり共和党支持を公言する保守派として己の自我が+αとなり、神のJBLが生まれたのだ。

ハンセンのオマージュレスラーだけだったら、オリジナルではなく模倣品だ。
だが、そこにデビアスの試合巧者ぶりや己のいい意味での傲慢さを加えたらそれはJBLオリジナルとなる。

アメリカン・プロレスの実態はエンターテイメント路線の割りには案外、伝統に重んじる文化である。その文化を象徴する作品がJBLなのだ。






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俺達のプロレスラーDX、2017年最初の更新をさせていただきました。

WWEで活躍したジョン・ブラッドショー・レイフィールド選手を取り上げました。

不沈艦+億万長者+α=神JBL/ジョン・ブラッドショー・レイフィールド【俺達のプロレスラーDX】

是非ご覧ください。

さて次回は、本日訃報が入りましたが、ジミー・スヌーカ選手を取り上げます。

「飛獣」ジミー・スヌーカさん死去、73歳【東スポWeb】

次回の俺達のプロレスラーDXはスーパーフライに捧げます!!

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鈴木軍が新日本にリターン! ブーイングと「みのる」コールが交錯、テーマ曲サビでは「かっぜっにぃ~なれー」大合唱【カクトウログさん】

いざアフタードームへ、オカダが鈴木みのるを迎撃姿勢! 3年連続大阪城、G1両国3連戦含む上半期日程おさらい【カクトウログさん】

※遂に帰ってきた元祖・時限爆弾!!鈴木軍!! 海賊となってノアを荒らしてきた鈴木軍にとって、新日本は最後にして最大のターゲットだ!
新メンバーが登場するのか!?2ブランド制に向けての布石なのか!?

鈴木軍の新日本再上陸によって、新日本とプロレス界はどうなる!?
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ジャスト日本です。

今年も一年お世話になりました。

この記事が今年最後の更新となります。

今年はこのブログは「俺達のプロレスラーDX」に特化していくスタイルをとりました。今後もこのスタイルを継続していぎす。今年、「俺達のプロレスラーDX」で取り上げた選手は54人です。来年もこのペースで頑張っていきたいと思っています。

来年もプロレスをもっと世の中に広めていきたいというテーマでブログ運営をしていきます。「俺達のプロレスラーDX」に関しては今年やろうと思ってできなかった以前取り上げた選手の再登場はやれればやりたいと思っています。そしてそろそろ2010年代デビュー組の選手に着手してもいいかも…。

それから今年からブログのコメント欄の返信も始めました。今後も継続していきますので、早めに返信はできないかもしれませんが、よろしくお願いいたします。

プロレス界の明るい未来と今後の発展を祈念しまして、今年最後の更新とさせていただきます。

よいお年を!!





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今日(今年)のプロレス考察

一強時代~2016年プロレス界総評~

今年のプロレスを振り替える時つくづく感じたのはアメリカでは2000年代からWWEの一強時代に突入していたが、日本もいよいよ新日本の一強時代が突入したということを再認識したことだ。

「アメリカで起きたことは10年後に日本で起きる」という言葉の通りの展開になっている日本のプロレス界。

プロレスは時代を写す鏡である。
そしてプロレスは世相を反映された世界である。

その証拠に私がジャスト日本プロレス大賞を選考しようとしたとき、プロレス界全体を見るようにしている自分でもびっくりするくらい当初は各賞は新日本の選手が締めていた。それではあまりにもバランスが悪いと思い調整した部分もあった。

新日本だけが日本のプロレスではない。
しかし、プロレス女子ブームやプロレスブームに関しては言えるのは、これは確実に新日本プロレスブームなのだ。新日本以外の団体も多少は恩恵は受けているかもしれないが、最も恩恵を受けたのは新日本だ。

今の日本プロレス界は新日本と新日本以外という括りの一強時代なのだ。
それがいいのか悪いのは別として…。

日本プロレス界の絶対盟主が新日本なら、アメリカ及び世界のプロレス界の絶対盟主はWWEである。

WWEが2000年代が歩んだ歴史は今後の新日本が訪れる未来予想図かもしれない。

一強時代の中で新日本以外の他団体はどうやって生き残るのか、売上を確保していくのか、その企業努力が新日本以外の他団体には問われる。

また新日本は今後訪れるであろう未来予想図にどう立ち向かい、企業として発展させていくのか。

そして、2016年は遂に新日本のトップレスラー達をヘッドハンティングしたWWEの今後の野望は?

2017年はこれらの一つの答えが見える年になるかもしれない。
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今回は、ジャスト日本プロレス大賞2016の選考理由について書かせていただきます。

【MVP】
内藤哲也(新日本)

※今年のMVPは迷うことなく内藤でした。やはり中邑、AJ、アンダーソン&ギャローズの離脱&WWE移籍によって暗雲が立ち込めた新日本&日本プロレス界において、その穴を見事を埋め、ムーブメントを形成したのは内藤です。彼以外に今年のジャスト日本プロレス大賞のMVPはいません。プロレス界全体を見るように心掛けている私でも、その見解になりました。

【ベストバウト】
オカダ・カズチカVS内藤哲也(新日本 4.10両国国技館/IWGPヘビー級選手権試合)

※内藤のムーブメントが最高潮に達したのが悲願のIWGP戴冠となったオカダ戦。試合背景、試合前の煽り、入場、試合、試合後、すべてを含めてパーフェクトでした。試合内容だけだと、内藤VSケニーや柴田VS石井など推したい試合はあるのですが、総合的に判断しました。

【最優秀タッグチーム賞】
矢野通&丸藤正道(新日本&ノア/ヤノマルフジ)

※実はこの賞の選考は悩みました。関本&岡林を選ぶか、ユニットでロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンを選ぶのか…。結果的には新鮮で目新しかった矢野&丸藤になりました。これは表現で正しいかわかりませんが、もし三沢光晴と冬木弘道が全盛期にタッグチームを組んだらこんなチームだったのだろうなと思わせる魅力的混成タッグでした。


【殊勲賞】
柴田勝頼(新日本)

※殊勲賞とは準MVP。そうなるとMVPで新日本の選手を選んでいるので、別の団体の選手を選んでバランスを図りたいのですが、そう思えないほど今の日本プロレス界は新日本一強時代。そうなるとやはり内藤と同じく今年の新日本を支え、プロレス界にストロングスタイルを提示し続けた柴田を選出しました。今年の彼は過去最高の一年だったと思います。そう思えるほど素晴らしい試合を提供してきました。柴田や石井、真壁という王者を生んでいるNEVER王座はやはり21世紀のUNヘビー級王座なんですよ。ということは王者のレベルによってダイヤモンドにもガラクタにも変わる王者の資質が問われやすいベルトなのかもしれません。NEVER王者のまま柴田勝頼がIWGP王座を狙ってもいいかも…。

【技能賞】
AJスタイルズ(WWE)

※新日本でもTNAでもWWEでも、AJはAJであり続け、最高のスキルと技量を見せつけました。WWEの頂点に立った天才には今後も目を離せません。

【敢闘賞】
宮原健斗(全日本)

※今年の日本プロレス界において、実は大きなことは全日本プロレスが継続し持ち直してきているということです。その象徴的存在となったのは宮原です。私は以前、宮原を全日本の棚橋になれるのかというテーマで考察したことがありましたが、もし全日本を復活させ、新日本との二強時代に突入させたら、宮原は間違いなくプロレス界の歴史で語り継がれる選手になることでしょう。

【努力賞】
マサ北宮(ノア)
EVIL(新日本)
神谷英慶(大日本)

※MVPや三賞(殊勲、技能、敢闘)には絡まなかった選手の中でその努力を称えたい選手はたくさんいます。その中で特に際立ったのがこの三選手です。

北宮はやや迷走している部分もあるノアにおいて、新風を巻き込んだ21世紀の獄門鬼。杉浦戦、鈴木戦、中嶋戦と試合内容でもタフマッチを連発。今後のノアのキーマンは彼になるかもしれません。

今年の新日本において大きな発見はEVILの試合内容が素晴らしかったこと。攻めも受けも豪快で、暗黒キャラなのに、どこか爽快感まで残すというのが実はオンリーワンのレスラーだったりするんです。そして私は確信しました。EVILは石井智宏の後継者になれるレスラーだと!

神谷は今年、大日本プロレスのストロング王者になりました。王者としてはまだまだ発展途上のまま、12月に関本に敗れ王座を失いました。しかし彼の素朴でひたむきな試合内容は見る者の心を打ちます。そして、その姿勢が格下でも格上でも実践できていることは実は凄いことだと思います。

【新人賞】
清宮海斗(ノア)

※新人賞は本来なら仙台女子の橋本千紘なのかもしれませんが、ここは私のカラーを出して、男子レスラーを選びました。久しぶりにノアにヘビー級でやっていけそうな新人が現れ、柔軟性や跳躍力もある清宮に明るい未来を託したいですね。

【最優秀外国人選手賞】
ケニー・オメガ(新日本)

※やはりG1初の外国人王者の誕生は偉大です。またその栄光に至るまでの過程を踏まえるとケニーしかいません。

【特別賞】
石川修司(フリー)
関本大介(大日本)
竹下幸之助(DDT)

※ここまで選出して、選考にやっぱり偏りが出てきてしまっている気がしたので、特別賞を設けて、インディー系のレスラーを称えたいと思います。

この3人の中で特に評価しているのが石川です。彼の強さはインディを越え、メジャーでも通用し、新日本に上がっても強さではトップにも負けないのでは思わせるほど桁違いの実力を見せつけました。
もっともっと評価されていいのが、インディの大巨人です!

【追記】
今年のプロレス界の総評は後日、改めて書かせていただきます。
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