オリンパス現役社員のブログ 「公益通報者が守られる社会を!ネットワーク」

勇気を持って公益に資する通報をする正直者がバカをみることのない「コンプライアンスヘルプライン社内通報制度の抜本的見直し」と「実効力のある公益通報者保護法への改正」を目指すネットワーク

「公益通報者が守られる社会を!ネットワーク」の小川和宏です。


 今日から11月、金沢では時雨れる日が多くなり、秋の深まりを感じます。

 皆様のお住まいの地域ではいかがでしょうか?

 まずは、オリンパス・浜田正晴氏の裁判の弁論再開のお知らせです。
 本年319日の判決期日が取り消されて和解協議が続いてきましたが、次の通り弁論再開の期
日が指定されました。

2016125日午後3時、東京地方裁判所第527号法廷

 私(小川)自身の約8年半にわたる法廷闘争では、司法が適正に機能する場合とそうでない場合の両方を経験してきました。2件の私の勝訴的和解は、原告被告の双方が「この条件なら」と概ね納得して1~2回の協議でまとまったもので、司法が適正に機能した例と言えますが、他方で凄まじいことも数々あります。
  大学事件簿17(勝訴的和解2件など)

 今回は、浜田正晴氏の第1次訴訟(一審で敗訴も二審で逆転し最高裁で勝訴確定)や、30年以上裁判官を務めた瀬木比呂志氏の著書内容などから、国内の司法の現状、特に民事訴訟における和解について考えます。

 なお、小川ブログでは、医療事故や医学部・大学等の諸問題を継続していて、現在、
「医療事故10、医師弁護士着任後の金沢大学病院で死亡事件5年半後も死亡再発防止策に至らず」を掲載中です。
http://ameblo.jp/iryouziko/  

1、浜田第1次訴訟一審での不利な和解への圧力と和解拒否
  ~『オリンパスの闇と闘い続けて』(浜田正晴、光文社、2012年)の、「第4章 一審敗訴の裏側」より引用


(冒頭略)
突然の和解のすすめ
 会社側は、前にも述べたとおり第二回口頭弁論期日から和解を求めてきていた。裁判を長引かせたくないのは当然のことだろう。だが、いくら大金を積まれたとしても、私の退職が前提とされる和解に応じる気持ちなど、欠片もない。
(中略)
 これは私だけの問題ではない。この判決が判例として記録に残るのだから、内部通報制度をよくするためにも絶対にやり抜かなければならないー。
(中略)
 この過程で、気になる文言がひとつもなかったわけではなかった。解釈の仕方によっては、私に不利益をもたらしそうな表現があるようにも思えた。もちろん、そういった疑問を感じた際は、必ず質問したのだが、その度に諭されるのである。
「言葉上では一見、そう感じるかもしれないけど、こういう形にしても、相手は変なことができない和解文になっているから大丈夫。」
(中略)
ところが弁護団は私の了解を得ないまま、裁判所に和解条項案をFAXしていたのだった。
 そして、あろうことか、その和解条項案は裁判資料にされてしまったのである。A弁護士からその事実を聞かされ仰天した。A弁護士はそのことを謝罪してくれたが、ちなみに裁判所にFAXした和解条項案の全文はこうだ。
(中略)
和解拒否を貫く
(中略)
 会社側弁護士と会社のCSR副本部長も入室したが、まずは原告側と裁判官が話をすることとなり、会社側弁護士たちは一時、退席した。
 彼らが部屋を後にした瞬間だった。
 裁判官はおもむろに立ち上がると、右手に持ったFAXで入手した和解文を振りかざし、
「浜田さん!和解しましょうっ!この和解文を掲げて、みんなで会社をよくしていきましょうといえばいいんです。浜田さんっ!和解しましょうっ!和解っ!」
 といったのだ。
 一瞬、何が起こったのか飲みこめなかった。
 その言動に圧倒されつつも、私が自分の判決をお願いしたいという意思をきっぱり伝えると、間髪入れずに裁判官の声が返ってきた。
「そういうわけにはいかない!」
 私は「どんな結果でも受け入れますから、判決でお願いします!」
 と何度も机に額をこすりつけるようにして裁判官に請うた。
「いや、そういうわけにはいかないっ!和解っ!あなたの気持ちは3分で変わるっ!」
「いえ、変わりません。なんとか判決をお願いします!」
「いや、変わるっ!」
「地球がひっくり返っても変わりません!」
(中略)
 ところがC弁護士が「裁判官のいうこともちゃんと聞いて」と諭しにかかった。
 そのうちに裁判官は、机を拳でドンドンと叩きながら、
「和解ですよおおお!」といいだした。
 見かねた女性書記官がさっと左手を差し出し、前のめりになった裁判官の身体を制した。彼女は涙を浮かべているように見えた。あまりのことに、室内が一瞬、しんと静まった。その静寂を破ったのは、B弁護士だった。
「私、辞任します。」
「じゃあ、私も。」
 C弁護士も後に続いた。
 唐突な辞任発言に驚いたが、
「そうですか、残念ですね」といわざるを得なかった。
(中略)
 私以外の裁判のことはよくわからない。だが、自身の経験から危惧されるのは、私と同じように和解を強要され、泣き寝入りした人は少なくないのではないかということである。
(中略)
敗訴
 原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とするー。
 裁判官が主文を読み上げた瞬間、傍聴席に「ウオー」という唸り声が響いた。
(後略)
<引用ここまで>


2、日本の民事裁判での和解の特徴
  ~『ニッポンの裁判』(瀬木比呂志著、講談社現代新書、2015年)の、「第6章 和解のテクニックは騙しと脅しのテクニック?—国際基準から外れた日本の和解とその裏側」より引用
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%A3%81%E5%88%A4-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E7%80%AC%E6%9C%A8-%E6%AF%94%E5%91%82%E5%BF%97/dp/4062882973

  著者の瀬木比呂志氏は、30年以上裁判官を務めた明治大学法科大学院教授
  Wikipedia 瀬木比呂志

民事訴訟における和解の重要性
 民事訴訟には和解がつきものであり、それはどこの国でも同じことである。有罪か無罪かの二者択一しかない刑事とは異なり、民事紛争は、相互に妥協の余地があることが多く、また、適正、適切な和解であれば、内容面でも手続面でも、当事者にそれなりの満足を与えることができるからだ。
 しかし、日本の裁判所における和解の実態にはかなりの疑問がある。『絶望』(一三三頁以下)でも問題点の概要、ことに、和解の強要、押しつけという側面について簡潔に触れておいたが、本章では、日本の和解のどこがどのように問題なのかについて、さらに掘り下げて論じておきたい。民事訴訟では、本格的に争われる事件のおそらく三分の二程度が和解で終わっている。そのことを考えるならば、和解の実態は、企業やビジネスマンはもちろん一般読者にとっても、重要な情報であると思われるからだ。
<引用ここまで>

(小川注:ここでいう『絶望』は同氏著『絶望の裁判所』(講談社現代新書、2014年)のこと。)

(続く)

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