上祐史浩

オフィシャルブログ ―― 21世紀の思想の創造


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 昨日は横浜、本日は福岡で毎月恒例のセミナーを行いました。まだ寒さにもかかわらず、多くの方にお集まりいただき、本当にありがとうございました😁🙇‍♂️

 

 今週は、2月24日(土)の夜に千葉教室で、25日(日)の午後に東京都心の一般会議室で毎月恒例のセミナーを行います。また、21日(水)の夜には世田谷の東京本部教室でヨーガ瞑想講座を行います。また皆さんにお会いするのが楽しみです。

 これらを含め、下記の通り、各地でのセミナー、そして聖地巡りを行うとともに、外部団体が主催するトークイベントに参加する予定です。

 

 セミナーのテーマは、1.心の安定・悟り・苦しみに強くなる仏教思想・心理学の智恵、2.健康・知力・集中力を高めるヨーガや気の霊的科学、3.変化の著しい今後の社会・国際情勢と精神世界などです。

 

 ご希望の方には、簡単なヨーガと瞑想の実習、事後の個人面談や懇談会も行います。初参加の方には、特別教本ないし講義のDVDを贈呈します(参加料は2千~3千円)。

 

 向こう一か月ほどの各地域のセミナー・勉強会・トークイベントの日程・内容の詳細・連絡先は、下記の通りです。ご機会、ご関心のある皆さんは、お気軽にお問い合わせください😁

 

2月14日(水)心理学講義(東京本部教室)
 詳細は、https://goo.gl/DXY4Yk
2月15日(木)岡山ネット勉強会(岡山の一般会議室)
 詳細は、https://goo.gl/TRtF1z
2月17日(土)横浜セミナー(横浜教室)
 詳細は、https://goo.gl/MjzaMu
2月18日(日)福岡セミナー(福岡教室)
 詳細は、https://goo.gl/MjzaMu
2月21日(水)悟りの瞑想ヨーガ講座(東京本部教室)
 詳細は、https://goo.gl/DXY4Yk
2月22日(木)札幌ネット勉強会(札幌の一般会議室)
 詳細は、https://goo.gl/ynd9RE
2月24日(土)千葉セミナー(千葉教室)
 詳細は、https://goo.gl/UKGb6k
2月25日(日)東京セミナー(東京都心の一般会議室)
 詳細は、https://goo.gl/UKGb6k
2月25日(日)京都の宇治地方の聖地巡り
 詳細は、https://goo.gl/3HdJhY
2月27日(水)東京勉強会(東京本部教室)
 詳細は、https://goo.gl/DXY4Yk
3月3日(土)名古屋セミナー(名古屋教室)
 詳細は、https://goo.gl/jPg7ZQ
3月4日(日)大阪セミナー(大阪教室)
 詳細は、https://goo.gl/jPg7ZQ
3月7日(水)東京勉強会(東京本部教室)
 詳細は、https://goo.gl/6y1YcG
3月10日(土)札幌セミナー
 詳細は、追ってお知らせします 
3月11日(日)仙台セミナー
 詳細は、https://goo.gl/4xLGqz
3月17日・18日 伊豆・熱海・箱根聖地巡り
 詳細は、https://goo.gl/aR5tWm
3月24日(土)横浜セミナー
 詳細は、https://goo.gl/dPEiL8
3月25日(日)福岡セミナー 
 詳細は、https://goo.gl/dPEiL8

 

 

 

 

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皆様へ

 

今年もあと数時間を残すのみとなりました。本年中は、色々なご支援、ご協力を賜り、

 

一つの節目を迎えることができました。この機会に改めて、深く御礼申し上げます。

 

年始にも改めてごあいさつ申し上げますが、新年が間近な今、まずは良いお年を

 

お迎えいただきたく、ごあいさつ申し上げます。

 

2017年12月31日 上祐史浩

 
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 観察処分の取り消し判決後の変化と、今後のひかりの輪の対応のご説明

 本年9月25日に東京地方裁判が、公安調査庁・公安審査委員会によるひかりの輪に対する観察処分を違法として取り消す判決を下しましたが、それ以降の状況をご説明したいと思います。

 まず、判決にもかかわらず、国・公安審査委員会は、これを不服として、10月に、高等裁判所に控訴しました。また、公安調査庁は、11月20日に、公安審査委員会に対して、来年1月末で期限切れとなる現在の観察処分を更新する請求を行いました。

 

 ただし、この調査庁の請求が認められても、その前の地裁の判決が、高等裁判所の審議などを経て確定すれば、無効となります。


●問題の解決に向けた、ひかりの輪の今後の努力に関して

 

 こうした状況の中で、ひかりの輪は、高等裁判所と公安審査委員会に対して、観察処分が取り消しになった場合において言われている地域住民の不安感の問題を考慮して、以下を要点とする申し入れをなし、問題の解決に努力していますので、ご報告しておきたいと思います。

 

1.観察処分が取り消された場合には、住民不安の解消のために、より積極的な情報公開・施設公開などの任意調査への協力を行うこと。

2.観察処分の取り消し後に、ひかりの輪が、アレフのように麻原に回帰するという懸念があれば、そうしたことは決してない証しとして、仮にそうなれば、再び観察処分の対象にひかりの輪も含まれる決定がなされても不服を申し立てないと誓約すること(すなわち、取り消しは不可逆的なものではないこと)。

3.公安審査委員会が、今回の公安調査庁の観察処分の請求を棄却する場合は、国民和解的な視点から、ひかりの輪は、これまでの違法な観察処分による様々な損害に関する国家賠償請求は行わないこと。
 


●ひかりの輪に対する立ち入り検査を自粛し始めた公安調査庁

 一方、公安調査庁の動きにも変化が見られます。更新を請求する一方で、公安調査庁は、ひかりの輪に対しては、判決以降、立ち入り検査を控えています。一方、アレフに対しては、継続しています。それは、公安調査庁のHPに記載された立ち入り検査の実施状況を見ていただければ、わかります。具体的にはこちらです。http://www.moj.go.jp/psia/kouan_pressH29.html

 このページを良く見れば、9月6日のひかりの輪の福岡施設に立ち入り検査をした後は、12月の現在に至るまで、ひかりの輪の施設には一切立ち入りが行われおらず、その一方で、アレフの施設には、10月、11月、12月と、繰り返し、行なわれています。これは明らかに、観察処分を違法だとした地裁判決の影響だと思われます。

●実在しないオウム真理教という一つの団体を前提にする公安調査庁

 ただし、このHPが分かりにくいのは、地裁判決がひかりの輪とアレフは別の団体であるとしたにもかかわらず、依然として両者を一緒くたにして一つの団体とみなし、あえて「オウム真理教」に立ち入り検査をしたと表記していることです。この問題は、地裁判決以降も変わりません。

 こうして、公安調査庁は、アレフの問題が、ひかりの輪の問題と誤解されるような広報体制を取ってきました。これはHPに限らず、報道機関に対しても同じで、アレフの様々な問題をひかりの輪とは区別せずに、報道機関にも情報提供してきました。

 

 そして、その度に、ひかりの輪の広報担当は、報道機関に対して、ひかりの輪の問題ではないことを説明してきましたが、一部の注意深い報道機関以外は、公安調査庁の発表を鵜呑みにして報道してきました。

 なお、厳密に言えば、公安調査庁は、ひかりの輪とアレフだけを一つの団体と見なしているのではありません。アレフやひかりの輪に限らず、オウムの教えを広める目的を持ち、麻原に従う者たちと見なされる二人以上の集団であれば、それらが別々の団体であったとしても、それら全てを一つの団体として規制するべきだという見解なのです。

 こうして、常識的な意味での「一つの団体」の範疇をはるかに超えた、法の(拡大)解釈をしており、彼らのHPで「オウム真理教」と呼んでいるものは、そうした実在しない観念上の一つの団体のことを言います。そして、この論理・法の解釈が、地裁の判決では、否定されたと言うことです。


●法令の権限を逸脱した公安調査庁の立ち入り検査

 なお、公安調査庁の立ち入り検査の問題は、それが基づく観察処分が違法であるというだけではなく、仮に観察処分が合法的であったとしても、法律が認める立ち入り検査の権限を逸脱して、行われていると思われることです。

 団体規制法では、立ち入り検査は「特に必要だと認められる場合」にのみ、行うことが出来るとされておいます。そして、法が導入される前の法務大臣の答弁では、特に必要だと認められる事例として、銃器などの危険物を製造しているといった情報がある時などが例示されました。

 しかし、いったん観察処分が認められると、そうした特段の情報がないにもかかわらず、10年間に渡って(私たちのアレフ脱会前を含めると17年の間)、惰性的に漫然と定期的に立ち入り検査が行われてきました。


●法を逸脱した漫然とした検査の結果

 そして、公安調査庁のHPをよくご覧いただければわかる通り、その立ち入り検査の結果の報告としては、いつも「上祐の説法を収録したCD・DVDなどが保管されていることを確認した」と繰り返すだけとなっています。この10年間、漫然とこれを繰り返しているのです。

 なお、私のCD・DVDは、一般の方に対して、HPでも販売しているものですから、立ち入り検査で調べてもらい、HPで報告してもらう必要ありません(ひかりの輪のHPで発表しているのですから)。そして、当然のことですが、その話の内容が危険なものだったという報告が発表されたことも、これまでに一切ありません。

 こうした状況に鑑み、取り消し判決を受けた公安調査庁が、立ち入り検査を控えるようになったことは、違法な調査を徐々に解消しつつある状況を示していると思います。本音としては、判決後も違法な調査を続けることによって、多くの官庁がそうであるように、損害賠償の責任を負うことを懸念しているのかもしれません。

 公安調査庁は、判決後に「このまま観察処分が取り消しとなれば、団体の活動を把握できなくなる」とコメントしましたが、法を逸脱した検査を長年漫然と繰り返した後に、判決後は、自ら検査を自粛しているのが実態です。

 

 本当に検査が合法的であり、必要だと確信するならば、確定判決の前に自ら自粛するでしょうか。調査庁自身の行動の変化が、これまでの検査の本質を物語っているように思います。

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 前回は、何かの目的の達成や問題の解決する場合、その結果の良し悪しなどを過剰に気にすれば、逆にその達成や解決の手段に集中できなくなるので、行き詰った場合などは、だらだらと悩むのではなく、例えば、いったん棚上げをし、環境・行動などを変えてリセットした上で、改めて考えることが秘訣だと思うことをお話ししました。

 

 その詳細は、前回の記事をご覧いただくとして、今回一つ加えたいことは、それを実行するための心の持ち方です。

 

 というのは、いったん棚上げして、と言うのは簡単ですが、場合によっては、行うことが容易ではないこともあります。いったん棚上げすること自体がなかなかできない、悩み続けていないといられない、といった心理状態です。これは、とらわれが強いが故に生じる状態です。しかし、そのままでは悪い方向に行ってしまいます。

 

 そうした行き詰まりの突破のために役立つものとしては、多少過激ですが、その目的の達成、問題の解決にとらわれることをいったん「棚上げする」というよりも、いったんは「捨てる」ことではないかと思います。

 

 これを言葉で表現すると、ケースバイケースで表現が変わりますが、例えば、「できなくてもいいではないか」「できなくても生きていけるではないか」といったような視点です。より大きな視点に立って、自分のとらわれを弱めると表現できるかもしれません。
 
 格言にも、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」、「死中に活」、「急がば回れ」、「勝つと思うな思えば負けよ」、「果報は寝て待て」といった言葉があります。ピンチの時に開き直ったら逆にうまく行った、ということもよく聞きます。

 

 こうした先人の経験・智恵から学んで、それを自分でも試してみるのです。こうして、とらわれを捨てた時に、心の平静・集中を取り戻して、物事が正しくバランスよく見えたり、今までとは別の智恵・物事の解釈が生じたり、何かしらの突破口が見えて来たりすると思います。

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 間違った見方(無智)がとらわれと苦しみを招く 

 前回述べたように、とらわれを超えることができない限り、普通の意味での喜びは、必ず様々な苦しみを招くことになる構造にあります。これを苦楽表裏とも言います。 

 そして、ブッダが説いたことは、ほとんど人は、この構造を知らない、ないしは、頭の一部では分かっているが、それが不十分で、少なくとも十分には実感しておらず、その結果、喜びと苦しみは別のものだという錯覚=間違った見方に陥っている、ということになります。

 実際には、ブッダは、人は、苦しみを楽だと取り違え、無常であるものを恒常的なものだと取り違え、私・私のものではないものを私・私のものだと取り違え、不浄なものを浄らかなものだと取り違えていると説きました(苦・無常・無我・不浄の四顛倒(してんどう)などと仏教用語で言われます)。

 この取り違え・間違った見方は、仏教では、無智ないし無明(漢訳語では痴・愚痴)などと呼ばれます。そして、無智だから、とらわれてはいけないものに間違ってとらわれてしまい、その結果として、自ずと(自滅するが如く)苦しむ、というのが、人の苦しみの原因であるとしています。

 なお、ちょっと脱線しますが、仏教の教えの中で、「苦」と訳されている言葉には特殊な意味があります。その原語である「ドゥッカ」(duhkha)は、日本語の普通の意味での苦しみ(=心身の苦痛と同じ意味)ではないのです。これを理解しないと、仏教の思想が、よくわからなくなります。

 ドゥッカの原義は、「不安定な、困難な、望ましくない」という意味であり、直接的に心身の苦痛を意味していないようです。それは、最初は喜びであっても、変化して、苦しみに変わるものも含めた意味での苦しみです。すなわち、苦と楽を対極的なものとして分けない思想なのです。

 先ほど述べたように、最初は喜びの対象であるものも、それにとらわれている間に、様々な苦しみの原因となって、様々な苦しみに変わっていく、という事実があります。その意味で、苦と楽を別物とわけない思想における苦が、ドゥッカのニュアンスに含まれているのです。

 よって、不安定な、困難な、望ましくないというのが元々の意味であるドゥッカには、(楽から苦に変わるような)不安定な、(自分の思いのままにすることが)困難な、(とらわれることは苦しみを招くので)望ましくない、といった意味があると思われます。

 まとめて言えば、ドゥッカとは、「無常性のためにとらわれると苦しみをもたらす性質がある」などと表現できるでしょうか。

 そのため、仏教では、「一切皆苦」という思想があります。これは、一切は苦痛であるという意味ではありません。そのように誤解すると、仏教が不合理なまでに現世を否定するニヒリズムだと誤解されてしまいますが、実際にそのように誤解されている面があるようです。

 本当のところは、「一切は、無常であるから、とらわれると、苦しみを招く」といったほどの意味になると考えることが正しいと思います。こうして、仏教は、この世界を否定する思想というのではなく、(過剰な)とらわれは、苦しみを招くことを戒める思想だと思います。



 

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イベントバーエデンでの5回目のトークイベントを行いました。

 

本日は実に様々な背景の方にお集まりいただき、トークの後の懇談を含め、多くの貴重な出会いを頂きました。こうしたこともあるんだな、と驚かされるような方との出会いもありました。

 

ご来場いただき、改めて、深く御礼申し上げます。

 

次回6回目は6月15日1930~を予定しております。皆さんのお越しをお待ちしています。

 

 

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 本日の東京の講話会、ゴールデンウイークの最初の日曜日、普段より一層多い方に来ていただき、深く御礼申し上げます。

 

 初めて参加の方も、仏教に関心のある大学生、ヨーガ体操の先生歴が10年以上の60代の男性、禅仏教を学んだ若い女性の方など、老若男女と言う形で、色々な方が、仏教・ヨガなど、心の幸福に関心を持ち学んでいることを改めて実感しました。

 

 そして、いよいよ明後日5月2日から6日まで、東京本部教室で、GWセミナーを行い、毎日朝から夜まで、仏教思想・心理学の講話・講義、ヨガ・気功・各種の瞑想の実習、各種ヒーリングを行いますので、その準備を、東京本部教室を中心に、団体を挙げてはじめつつあります。この期間は、他教室の指導員の一部は東京教室に来て指導をします。

 

 本セミナーは、一般の方の参加を歓迎しています。参加の形態も、全体ではなく、部分的な参加が可能で、講話ないしヨーガの実習だけ参加するとか、1日だけ参加することも可能です。更に、毎日の講話や、心理学の講義の一部は、公開ネット生中継を予定しています。ご機会・ご関心のある方、お気軽にお問い合わせください!

 

 ※以下は本日の東京の講話会の様子です

 

 

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                        再び混乱から秩序か?


 世界中で、対立の次元が一段深まってきた。ここ数年のイスラム国、ウクライナ・クリミアといった問題とは次元が違う。

 

 シリアを巡る問題は、米露という核兵器を保有する大国間での対立だ。北朝鮮の問題も、核兵器搭載の大陸弾道弾の問題が背景にある。そして、米朝対立の深刻化は、本質的には、米中の対立になりかねないし、日本への影響も大きい。

 

 しかし、人類の歴史を見ると、残念ながら、混乱から秩序、戦争から平和という流れがある。100年ほど前には、大英帝国が弱体化し、それによる混乱を背景として、2つの世界大戦が起こり、その後に、それを反省して、国際連合やEU連合が形成された。分裂・紛争の混乱から、平和の秩序の形成である。

 

 

 今後は、これまで唯一の超大国であった米国の力に陰りが見え、新興国が台頭する中で、再び混乱・分裂の時代を予想する欧米の識者が少なくない。例えば、いわゆる超大国不在の「Gゼロ状態」が来るという予見である。彼らの一部には、それを経て、世界全体が、より深い国際協調の必要性を理解し、「世界連邦」への道程を歩み始めると考える人たちもいる。

 

 また、私は、第二次世界大戦後の体制の解消が起こっているのではないかとも思う。30年ほど前は、ソ連が崩壊して、東西ドイツが統一され、EU連合が拡大して欧州が復興したが、昨今の北朝鮮の先鋭化は、長期的に見れば、南北朝鮮の統一、中国を含めた東アジアの自由化の進展に繋がっていくのではないだろうか。

 

 というのは、今の状態が、ずっと続くのは、無理があるようには思えるからだ。そして、仮にそうなれば、第二次大戦の主戦場となり、その傷跡・分裂が残った欧州とアジアの双方において、それが解消される新しい時代が来ることになる。チベット・ウイグルから北朝鮮まで、アジア全体で、思想哲学・宗教を含めた自由化が進む時代である。

 

 仏典の中には(転輪獅子吼経)、人々がある時点で戦争を反省して、殺戮をやめて、平和な時代が来て、寿命が延びて、多くの人が悟る理想の時代が来ると説く。ともかく、混乱・対立が速やかに解消されることを祈りたい。

 

 そして、こうした政治的な対立に限らず、世界経済や地球環境の問題を含めて、2020年代は、色々な意味で、世界にとって大きな変化の時になるだろうと思う。そして、そうした世界の中をしなやかで強い心と確かな智恵を持って生き抜く思想を創造したい。

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