上祐史浩

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テーマ:
         心の解放・悟りの哲学 第4回

         記憶の塗り替え、真の自分を知る③


 最近、記憶の塗り替えというテーマに関係した、興味深い事例がありました。
  
 それは、麻原の三女・次女・四女のことです。三女は、最近自伝的な著書を出しましたが、それに対して四女が「嘘ばかり」と批判。テレビや週刊誌で報道されました。
 
 その後、三女に続き、三女と仲の良い次女がブログを開設し、四女の問題を書くと、四女が反論を書き込み、次女がさらに反論。その 中で、次女は、「(四女が)意図的に嘘をついているのか、無意識的に記憶を塗り替えているのかをずっと考えて続けてきた」などと述べています。
 
 さて、私たちから見ると、四女が言うとおり、三女の著書に関しては、虚偽の事実が多数あるは事実です(私との関係を含め)。この点は、ひかりの輪のHPでも指摘しました(なお、著作の中には、率直で前向きな告白もあり、総てを否定してはいません)。http://hikarinowa.net/kyokun/newsblog/1999/99-1.htm また、この主張の問題を背景として、三女は、公安調査庁と裁判で係争中です。
 
 ただし、四女も以前に著書を出していますが、これも、その一部に虚偽の記載があります(たとえば、私や、2008年前後に彼女の後見人をしていた江川昭子氏に関しての部分です)。そこで、私たちは、三女の場合と同じように、HPに、その問題を指摘したことがあります。http://hikarinowa.net/public-info/departure/cat199/
 
 こうしてみると、誰が本当のことを言っているか、皆さんにはわからなくなると思います。しかも、単に嘘をついているのではなく、無意識的な記憶の塗り替えの可能性があるのかもしれません。
 
 特に四女は、次女のブログにコメントする中で、彼女が2008年前後は、解離性障害だったと告白しています(現在は完治したとのこと)。解離性障害の症状は、一般に、健忘症・記憶の喪失(多重人格)を含みます。自分で告白しているのですから、そうしたことがあったのは確かでしょう。
 
 また、解離性障害とは異なりますが、彼女たちの親の麻原は、心理学者によっては、記憶の塗り替えと結びつく「空想虚言症」(嘘をついている自覚がなく嘘をつく)と推定されていると聞いたことがあります。
 
 なお、これは次女に関してではなく、全く一般論としてですが、自分と対立する他人の記憶の塗り替えの可能性を指摘する場合は、理論的には、そう批判している人が、記憶を塗り替えている可能性もあることになります。
 
 心理学の理論でも、人は、他人に自分を投影させることがあるとされています。極端な例だと、ある二人の間で問題が生じた場合に、二人とも「問題を起こしたのは相手だ」と断言するケースもあります。
 
 よって、物事の真偽を見極めるために重要なのは、やはり客観的な証拠、例えば、第三者の証言や物証ということになると思います。さもなければ、単なる言いっぱなしで、第三者からは、いわゆる「藪の中」状態にになってしまいます。
 
 そこで、ひかりの輪は、三女や四女の著作に関するHPの記事で、第三者の証言や物証を提示しました。
 
   三女の著作に関しては、多くのひかりの輪のスタッフの証言、野田成人氏・村岡達子氏などの元オウム幹部の証言、読売新聞や公安調査庁の証拠、獄中のメッ セージを含めた麻原の指示などです。そして、私たちの指摘の正しさは、滝本太郎弁護士や野田成人氏が、そのブログで認めるに至っています。
 
 四女の著作に関しても、その私に関する虚偽の主張については、その主張の中に登場する外部の方に、私の主張の妥当性について、その表現を含め、確認していただくなどして、第三者による客観的な証明に努めました。また、その出版社から、著作の内容の裏取りをしてない事実も書面で確認をとりました。
 
 ただし、それは四女の著作の一部のことであって、四女が三女に対してなしている批判(三女らがアレフ教団に裏から関与していることなど)については、私や、ひかりの輪のスタッフに限らず、他の元アレフ教団の関係者(野田成人氏・村岡達子氏など)も同じように体験した正確な事実も少なくありません。
 
 こうして、人間には、嘘をつくばかりか、無意識的に記憶を塗り替えてしまう可能性があることを前提にすると、自分や他人の認識を肯定・否定する際には、客観的な証拠を重視する心構えも必要なってくる場合があるということでしょうか。
 
  
 最後に、再び麻原について述べたいと思います。前に述べたように、私が彼を身近で見た体験からして、やはり彼は、教団が闇の国家権力によって弾圧されていると本当に信じていたように思います。例えば、選挙の際の投票操作や、米軍による教団に対する毒ガス攻撃などです。
 
   例えば、私が「(教団が)批判されるのは、(親との連絡まで禁止する)出家制度が原因なのではないか」と麻原に言ったことがありますが、彼は不満を露に し、非常に強い感情をもって、「それは、あっち(=闇の権力)のシナリオだ」と答えました。あくまで非は教団ではなく、正しい教団を弾圧しようとする悪の 権力にあるという主張・認識でした。
 
 そのため、社会との対立は不可避でした。彼にとってのサリン事件は、彼の受けている攻撃に対する「反撃」であり、教団と闇の権力の間の戦争状態の一部 だったのです。これは、彼の生い立ちの中のコンプレックスが関係しているように思いますが、この彼の人格こそが、一連の事件の本質的な背景・原因の一つ だったと思います。

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