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今朝窓を開けたら庭の木に雪が積もっていました。

 

しんしんと降る雪を見ていると心が静かになりますよね。

 

日本にいるとき寒さが苦手でカナダのような寒い国でどうして人は暮らしているのかな?

 

そんな風に感じていましたが、意外に大丈夫なんですよね。

 

日本のダウンジャケットより暖かいからマイナス5度とか10度でも結構平気でいられます。

 

真っ白に覆われた世界で白い空からしんしんと降る雪を静寂の中で感じるとき時が止まったかのうに感じます。

 

 

今日は質問を頂いたので一緒に考えてみたいです。

 

・・・・・・・・・

 

自分から行動しなければ行けないという思いがあります。

 

それすらもいらないくらい、今ここに入れば勝手に自分に必要なことが、起こってくるのでしょうか

 

・・・・・・・

 

質問ありがとうございます。

 

「行為はあるけれど行為者はいない」

 

とブッタが言っていますが、私たちは分離を信じいているので、自分で全てを行っていると勘違いしているみたいなんです。

 

その視点でこの世界への解釈が起こっているとき私たち「必要性」という考えが起こるようです。

 

「私」という個人の視点から世界を見るとき全体性の中で物事が起こっている抽象的な事実が見えずに、単独で起こっているように錯覚が起こります。

 

このとき小さな個人の自分が大きな世界の中で生きていかないといけないという恐れが生まれるようです。

 

英語のことわざで

You cannot see the wood for the trees.

「木をみて森をみず」

 

ということわざがあるのですが、一本一本の木を見ると森全体がみれない。

 

というような意味で全体性の中で生かされているということに気付けないとき問題や不足があるように感じます。

 

「自分から行動しなければいけない」と思うことがある。

 

ということでしたが、私たちが物理次元の中のこの身体と心であると信じているとき、その視点からの想念が自分であると信じるようです。

 

このとき全体からきているのに小さな個人という感覚が起こり、不足しているように感じて満たされない感覚が生まれるようです。

 

また孤独も感じるようです。

 

このために今この瞬間は何か不足しているように感じたり、足りない感覚を感じて「よるよくなる」「もっと~~しなければ」というような思考がわくようです。

 

そして行動をするのですが、もともと足りないものはないのに、分離の錯覚によって足りないと感じているために、何かを手に入れても満たされた感覚が長続きしないようです。

 

このためにいつも何かを探し、知識を増やし、と探究をつづけるようです。

 

でも逆説に聞こえると思いますが、これら全部が全体の中で起こっていることであり、それも全てあるがままなんですよね。

 

「今ここに入れば勝手に自分に必要なことが、起こってくるのでしょうか 」

 

ということでしたが、今起こっていることが「それ」でありそれ以外ないんですよね。

 

すこし正直に見つめると分かるのですが、出来事は全てその瞬間関係性の中で起こっていていつも個人的な「考えや解釈」よりも先に起こっていると思います。

 

何か行動を起こすときも気が付いたらやっていた。という事の方がほとんどだと思います。

 

また湧き起こる思考や感情も自然に湧いてきていると思います。

 

もともとコントロールできる分離した個人はそこにいないと気づくとき全体性が見え始めます。

 

私たちは分離していると信じているので不足を感じ、恐れを感じ、未来を予測して行動をしようと計画を立てますが、計画通りに1日が完璧に過ぎることがあるでしょうか?

 

計画が沸くことは問題はないし、行動がおこることも問題はないのですが、それらは自然に湧き起こっていて、そして自然に変更されてゆくと思います。

 

すこし日常を見つめると明白になると思いますが、急な用事や、時には急にアイデアが湧き、自然に計画とは違ってゆくのではないでしょうか?

 

そして出来事をその都度自然に対応していると思います。

 

思考はいろいろ沸いてそれらを判断しますが、出来事って起こるようにしか起こらないし、それらに不満の思考が沸いても対処が起こってゆくと思います。

 

その当たり前のことに気付くとき、今この瞬間にくつろげるようになります。

 

もともと全てが全体性の流れの中に起こっているのに、恐れや不足という想念によって自己防衛のために、頭で損得を計画して予測して期待していつも頭の中をマインドの考えが忙しく湧いています。

 

恐れを持っているので、その期待のようにいかないと大変なことになる無意識で信じているようなんです。

 

このためにその期待のようにいかないと私たちはイライラしたり、落ち込んだり、傷ついたり、価値がないと感じたり、自己否定したりしてしまうようなんです。

 

そして更に世界に恐れを感じて、自分に不足を感じてよりよくなるために頑張ろうとするようです。滝汗

 

表面的にはポジティブによりよくなるために成長するために目標を持つ。

 

というように認識することもありますが、よりよくなるという考えが無意識に自己否定をしている行為なので、目標が叶っても前提が自己否定からの出発なのでなぜか不足感を持ち続けるようです。

 

でももともとだれもが本当にあるがままで今この瞬間何も欠けていないんです。

 

だれもが全体の一部であり、同時に全体なのでもう存在しているだけで素晴らしい存在なんです。

 

分離しているという勘違いの想念から不足しているという考えが沸いているだけなんです。

 

自然に全てが流れるように全体性の中で起こっている世界なのでその流れに乗る事で全てがいつも用意されていることが分かり始めます。

 

そしてもともとずっとその全体性の中に居た事実にきづきます。

 

ただ木をみていたから森が見えなかっただけなのに気づきます。

 

何らかの行動が起こるならそれは自然に起こるし、考えやアイデアも自然に湧き起こります。

 

リラックスして流れに任せ始めると抽象度が上がり自然に森が見えてきて全てが自然に行われている事実が見え始めます。

 

私たちはもともと全体なので、リラックスしているとき自然に抽象度があがり今まで見えなかったもの、感じられなかった全体の関係性を感じられるようになります。

 

また「いまここ」というのは、私たちのマインドの信じている時間の概念の中の「いまここ」ではなく無時間のなかの今だということが少しずつ「きづき」を通して分かってきます。

 

そしてその感覚は本来だれもが知っているのですが、マインドの概念によって気づけないだけなんです。

 

なんだかお返事なったのかわからなくなってきましたが、いろいろな事を頭で考えすぎないで深刻にならないで、「なるようになるさ!」

 

そんな風に人生を見始めると、「行為はあるけれど行為者はいない」というブッタの言葉の意味に体験を通して気づき始めるかもしれません。

 

もっともっとくつろいで今を子供のように楽しんでよかったようですよ。

 

 

 

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