眼科研修医が手術の練習のために行うのが、

豚眼実習(とんがんじっしゅう)


昨日の記事で、豚眼実習のことを思い出したので

http://ameblo.jp/joyblog/entry-10018729487.html

今日は豚眼実習について語りたいと思う。



ブタの眼球を使って、白内障手術の練習をするものだ。


厳密に言うと人間の水晶体(白内障でにごる部分)が

うすべったいレンズ状であるのに対し、

ブタの水晶体はごろっと丸い形をしているので

まったく人とそっくり…というわけでは、ない。


それでも、手術用器具の操作感覚をつかむのには欠かせない

練習と言っていいだろう。



この豚眼実習、

専用の…なんというのかな…発泡スチロールみたいな材質の

顔型にブタの目をはめて練習する。



うろ覚えで描くとこのような感じ↓

(ぐろくならないよう、かわいらしさ多めに描いています



tongan


人形の目玉にあたる部分はへこんでおり、豚眼がナイスフィット。

もちろんそのままだと落っこちてしまうこともあるから、



目玉を針で顔型に固定する



人形にブタの目をはめたところもなかなかにグロな光景だが、


目がはまっていない待機状態の人形というのも…



そこここに、眼球固定用の針がブッ刺され…


まるで見かけはヘルレイザー(古っ)みたいに

シュールなのだった。



ヘルレイザー ヘル ワールド
¥3,420


それよりなにより怖いのは、


この顔型がヘビーユーズのために、

すっかりブタの目をはめたところが黄ばんでしまい、

黄色だか茶色だか緑色だかわかんないおそろしげな色に

染まっていたこと…。


しかしブタの目とこの不気味人形あってこそ、

将来の眼科医が育成されるのだから

怖いなどと言ってはいけないのかも…。



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B国の眼科の父の父に会う★

テーマ:

あるときは一晩に60人の緊急患者を診て、

あるときはB国からの留学生の師となり、

ついにはB国の眼科の父の父とまで呼ばれるようになった

眼球先生(仮名)。



新入研修医も招いて飲み会が企画され、そこで眼球先生と

お会いできることになった。



おうわさは、かねがね…である。




場所は病院にほど近い小さな果実の名前を冠したレストラン。


知らなければ通り過ぎてしまうような地味な店だが、

実はここ、

かつて一流ホテルでシェフをしていた料理人が

営業している、知る人ぞ知る洋食の名店なのだった。



私も先輩医から教わらなければ、知らぬままだったと思う。



(牛テール煮込みシチューなんて美味しかったなあ。

もうかなり年配のシェフだったけれど、今もやっておられるの

かしらん)



講師レベルの上司たちに囲まれてただでさえ緊張する

新米研修医たち。


そこへ眼球先生がおごそかにご入店。



黙っているときにかもし出すサムライのような雰囲気は、

さすが相当の切れ者と思わせるのだが、



いったん話し出すとたいへん気さくな方で、

面白い話などをして新米研修医たちを笑わせてくれたりする

のだった。



ひとりの講師のドクターが、


「おい

お前は眼球先生知ってんのか?

偉い人なんだぞー」



と問いかけてきたので



「知ってますよ!

B国の眼科の父の父でしょう。


オーベンの時、

外国人がネーベンについて…」



と答えるつもりだったんだけどっ。



お酒のせいなのか私は、うっかり




「知ってますよ!

B国の眼科の父の父でしょう。


ネーベンの時、

外国人がオーベンについて…」



と、言い間違えてしまったのだった。





ど失態!!




ネーベンのほうが、下っ端です。



オーベンのほうが、上司です。




私の答えは、つまりです。




私のやらかした失礼な間違いを眼球先生は笑ってゆるして

くださったが、ほかの講師レベルのドクターたちは


「留学生が

オーベンなのかっ!!」



と叫び、ボケにツッコむ漫才師のごとく、




みなでいっせいに私の頭を


ぱちこーん!!


とはたいたものである…。



店内、爆笑。


あのときは痛かったな~、と今ではよい思い出になっているの

だった…。

マンモグラフィや私の風邪ひきやらであとまわしになって

しまっていた、眼球先生若き日の伝説・つづきをお送りします。



~これまでのあらすじ~



眼球先生はまだ若いK大眼科研修医。



当直時に患者さんを断らず、

一晩に60人以上診たという

伝説を持っている熱血眼科医だ。



上位研修医(オーベン)になり

部下ができる!と喜んでいたら

出来た部下(ネーベン)はB国からの留学生。



言葉をお互いに覚えねばならなかった。




そして、手術室でのこと。




きちんと両手の消毒を済ませ


~指先からひじの方まで、消毒液をつけブラシでこする~


入室しようとしたB国人留学生B君だが、


「おい、そこのおまえ汚いからダメだ」


と執刀医に見学をゆるしてもらえないこともあったそうな。





「ワタシ、消毒しました…

どうして汚い言うのか…

今は研修医ですけど、

母国ではオペ、していました。

消毒ちゃんとしてます。なぜ…」



落ち込むB君を励ましつつも、


いい加減な言葉でB君を傷つけた執刀医に

怒りを覚える眼球先生。






二人の信頼関係は、本物だった。





(ここからはまじめな日々なので、はしょらせていただく)




二人はK大で修行を重ねたのち、

眼球先生は関連病院へ。






B君は母国に帰り、学んだ眼科手術主義や最新治療法を

生かしてバリバリと働いた。




いつしか、B君は眼科学の発展に寄与したので



「B国の眼科の父」



と言われるまでになり、


B国にはB君、いや



B先生の銅像が建っているそうである。






そして


熱心にB君を指導した眼球先生もまた、




「B国の眼科の父の父」


として、尊敬を集めているそうだ。




B国に眼球先生の銅像が建っているかどうかは…

定かではない。




そして私が眼科医局の新米研修医だったころ。



偉い講師の先生から、

この話を聞かされた私はすごい人がいたのだなあと

思っていた。



あるとき、

お酒の席で本物の眼球先生にお会いできることになった…。




(B国の眼科の父の父に会う!につづく)




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