父親からの手紙、三通目をご紹介します。

~これまでのあらすじ~
無理、病院ムリ!と研修医を辞め
彼氏と家出&夜逃げ(=駆け落ち)してウン年、
幸せに暮らしていたところへ来たる父からの手紙。
そこには、祖母ががんになったから見舞いに来いと…



三通目は、私は現物を見ていません。

ポストにそれがあるのを見つけたダンナくんが、
私の目にふれないよう証拠保管箱に
しまってくれたんでした。

ダンナ「で、見てだまってるわけにもいかないから…」

私「いいよ、何書いてあったの? いきなり来襲されても困るし
 一応知っておかないと」

ダンナ「迎えに行くって」

私「へっ!?!」

ダンナ「祖母に会わせたいから、
 伊豆の病院まで
 車で送り迎えしてやるって」

私「うそでしょ!? あの人がいやで、
 あの人に遭いたくないから、
 祖父の臨終にも立ち会わなかったのに。
 送り迎えなんかしてもらいたくない、
 ありえない、絶対いや」


というわけで、父のはがきに書いてあったのは
「病院まで車で送り迎えしてやるから祖母に顔を見せろ」
でした…

昔、医学生だったころ講義が終わる日に父が車で
下宿まで迎えに来て、
講義が始まる前日に父の車で下宿に送られていたっけ…

と、親の管理下にあった家畜のごとき日々が
ありありと頭によみがえりましたとも。


ちなみに、この完全送り迎え状態を、
彼氏Tくん(当時、現ダンナくん)は
拉致監禁
と呼んでいたものでした…

もう九十近い祖母は天命だと思うんですが
母の手術結果だけは気になる…

…でも、誰に問い合わせるわけにもいかない…


そんな悩みの中、父からのはがき四通目が届きました。

これも私は見ていません。
代わりにダンナくんに見てもらうと、
祖母が入院している伊豆の病院の名前と、
病室の部屋番号が書かれていたそうな。


私は祖母にはあまりいい思い出がないので、
会いに行くつもりはない。
祖母には私以外に孫が五人いるから、あまり
寂しくはないはずだと思いたい。

身勝手だけれど、私は私の静かな暮らしを守りたいのです。

AD
いつもこのブログを読んでくださっているみなさま、
ありがとうございます。

まだコメントのお返事も全部はできておりませんが、
とりあえず状況の説明をしようと思います。

この10日ほどに、父親からの手紙は4通届きました。

また、その内容についてはガス抜きに、
ここで記していこうかと考えています。

もうトラウマは克服したつもりだったのに、
心は、いとも簡単に傷ついた過去に戻ってしまうんです。

心って難しいものですね。

$女医風呂 JOYBLOG-201110221319000.jpg

それでも、夫に支えられつつ、日曜日は好きなサッカーの
試合を気分転換に見に行って来ます。

楽しんでまいります。
みなさまも、よい日曜をお過ごしくださいね。

女医風呂 JOYBLOG-201110161812000.jpg

みなさまいつもあたたかなコメントをくださいまして、ありがとうございます。
いただきましたコメントは全部拝読しております。後程、お返事させていただければと思っております。

さて、先日父からはがきが届きいた報告をしましたが、あれからさらに二枚のはがきが来ました。

手書きだったり、プリンタだったりの違いはあれど、二、三日ごとに一通と、かなりのハイペース。

差出人の氏名住所はありません。書いてあれば、受け取り拒否の処置ができるのですが。長文の末尾に『父』とあるだけでは、拒否リストへの登録はできないのです。


一枚目の内容は書きましたので、次に二枚目のはがきをご紹介します。
ご紹介って言うとDJみたいですが、愉快な内容ではありません。

二枚目で父が言うことには…
その1、
【まだ自分探しをしてさ迷っているのですか】

→はぁ…私、そもそも自分探しなんてしてないんですけど…。
敢えて言うなら、親元にいた時代こそが、自分探しでさ迷っていた時間のように思います。

家出をしたとき、置き手紙に「今まで親のご機嫌とりをしていた私は嘘の自分だった、娘のことは死んだと思ってくれ」と書いたのだけど、やはり父には理解してもらえないようです。


その2、
【もうすぐ誕生日ですね。生きていれば、いいこともあるでしょう】

→これを読んだダンナくんが、「気が弱ってるみたいで、いつもより毒が少ないね」と。
こないだまで入院してたらしいから、気も弱ってるんでしょうね…。

冷たいようだけど、親と関わりのない範囲で私は楽しくやってますよ。心臓発作は怖いけど、そんなにしょっちゅうではないし。


そして、新たに第三のはがきが来たわけですよ。


少し長くなるので、後で続きを書きます。