2010年のある日、友人の車の中で突然不思議なイメージを見ました。


いや何かを見るというよりは、心の中に直接見せられたような、そんな感じでした。





内容は「家に帰ろう。父(神)が待っている」というものでした。


すべての人の生きる道の果てに、必ず神の家がある。

そしてその道程にも神の愛がある…。






その数ヵ月後、私が出会ったのは「放蕩息子のたとえ話」でした。


私は洗礼を受けたこともなく、聖書も読んだこともありませんでした。

その私が初めて聞くはずのキリストのたとえ話を、私は不思議な気持ちで受け止めました。





わたしもまた、『放蕩し、神の家に帰ろうと決めた娘』なのだと、その時確信したのです。


このブログはそんな「放蕩娘」の日々の記録です…。

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1+1は2にならない

2011-12-14 19:12:21 テーマ:ココロの中身

soraが発達障害といわれて、半年たちました。

親として、いろいろ本を読み手を出してみて、実際3ヶ月くらいで本当に目を見張るように変化し、急激な成長をみせてくれて、「子どもって親しだいで変わるんだな…」って思う反面、「もっと早くにわかっていたら…。」と思うこともあります。



soraはすごく育てにくい子だったし、平日ほぼ母子家庭の我が家。
私なりに出来ることはいろいろやってきたけれど、大変な育児でした。
(まあ一人目っていうのもあると思うけど。)
だから、もっと早くにわかっていたら、もうすこし違う6歳だったかな?と思います。
軽く落ち込んだりもしました…。


でもその時その時で、自分ができる限りの判断をして行動してきているわけで。
「おかしいな?」って思ったら、修正していくしかないんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここ最近。
自分も含めて、なのですが、痛感してます。


「1+1って、2にならない…。」



逆を返せば、2-1は1にならない。


あっ、算数のことじゃないですよ。ヒトのこと。
人生とか、性格とか、道のりとか。


人間を語る上で、人格形成の道のりだったり、環境だったり、親だったり、いろんな部分を捉えようとしますよね。(自分も他人も。それがまたカウンセリングとかだったりすると、さらに)


私たちは自分に対しても他人に対しても、
ああかもしれない、こうかもしれないっていろんなことを考えます。

環境のせい?
性格のせい?
それとも前世から引き継いだもの?

いろいろ巡るけど、それだけじゃない。
タイミングやチャンスもある。


そう思うと、人間が生きていく上で、ある程度私たちは相手を判断していますが、その判断ってかなり勝手な解釈だと思いませんか?

私もさんざんこのブログで自分にも他人にも勝手な解釈をしてきてるけど、それってものすごく傲慢で、くだらないものなのかもしれない。


1+1+1+…なんじゃなく、ただ、「そのひと」で、きっといいのかもしれないな。

最近、そんなことを考えています。

どんな選択をして生きますか?

2011-12-04 20:33:05 テーマ:spiritual
創造はすべてあなたのなかにある。
あなたのなかにあるものは、すべて創造のなかにある。
(中略)
たったひとつの原子が、地球の要素すべを含んでいる。
精神のたったひとつの動きが、命の法則すべてを秘めている。
たった一滴の水に、果てしない海洋の秘密がある。
あなたのすがたのになかに、あらゆる命のすがたがある。

(ハリール・ジブラーン)


久しぶりに読み返しています。
病気が教えてくれる、病気の治し方―スピリチュアル対症療法/トアヴァルト デトレフゼン

¥1,680
Amazon.co.jp


この本については何度か紹介しています。こちらをご参照ください。
http://ameblo.jp/jours-le-repeter/entry-10674952774.html


事故後、大変な事態になっていたのに、政府も東電もひた隠し…
放射能をおびたガレキは全国に離散、汚染食品も多く流通していますね。


これからどうなってしまうのだろうかと思う反面、この事故や今の国のあり方を冷静に見つめている自分もいます。

これだけの大きな事故が起きた例は、やはりチェルノブイリがあげられますが、旧ソ連の崩壊の一端を担った部分でもありますね。
日本でもこれが起こったということは、今までとは違う動きが、今後さらに加速していくのだろうと感じています。
ここで「今までと同じ生活、同じ生き方」ができるだろうとは、私は当然思っていませんが、それにしがみついてしまうと、変化の波に耐えられず、辛くなってしまうかもしれませんね。



さて、放射線障害はさまざまな臓器に影響を及ぼします。
解かりやすいのはガンですね。


デトレフゼンはガンについて、以下のように述べています。

「愛は境界を克服する。愛の中で正反対のものが
一つになり、溶け合う。

愛とは、すべてとひとつになること。
愛は分け隔てなくすべてに広がる。

愛は、死を恐れない。愛は命だから。
意識内で愛を生きることができないと、愛は身体におりて

ガンとして実現しようとすることがある。

ガンも境界線を越える。がんはそれぞれの器官を葬る。

がんも分け隔てなく全てに広がる(転移)

ガンも死を恐れない。

ガンは、間違ったレベルの愛である

(中略)

がんは真実の愛だけを尊重する。真実の愛の象徴は心臓だ。

心臓はがんにおかされない唯一の臓器だ。」



残念ながら放射線障害において、あまり知られていないのが、心筋梗塞による心不全であり、実はガンなどよりも多いという結果も出ているそうです。

愛の象徴である心臓が侵される…。
真の意味で、放射線というのは愛の「影」ということなのでしょう。



なにかを守ろうとして、間違った方向に走った結果が、核であり、原子力だったということ…。




わたしは、与えられた環境でいかにベストを尽くすことが、生きていく上で非常に重要だと思っています。
与えられた生で学ぶことは「愛の日向と影」でもあるのでしょう。




これから続く愛の「影」の時代に、私たちが心においていかに愛の「日向」を見つけられるか。
それが今のワタシの課題です。

チョコラムレーズン蒸しパン

2011-11-06 14:21:33 テーマ:recipe
今日のおやつに、作ってみたらとっても美味しかったので、ご紹介。


The return of the prodigal daughter-111106_142033.jpg
The return of the prodigal daughter-111106_142051.jpg
お子達も大喜び!



プリン型8~9個分
薄力粉(ドルチェ)   160g
ココア         40g
黒糖          90g
アルミニウムフリーBP 小さじ2
塩           少々
豆乳(または牛乳)   200cc
菜種油         60cc

チョコチップ
ラムレーズン      適量


プリンカップにアルミカップを入れておく。
粉・ココア・黒糖・BP・塩をあわせてふるう。
そこへ豆乳と菜種油をいれて混ぜ、少し粉が残ったくらいでチョコとラムレーズンを入れ、さらに混ぜる。
あとは蒸すだけ!

砂糖は、黒糖がなければ普通の砂糖でもいいけれど、ココアのコクを深めるには黒糖の深い味が合う気がします。
チョコも入れたので、柔らかい口どけ。ラム酒も効いて、大人味!
多分冷えると、チョコが固まるので、もうすこし口当たりは硬くなるかと思います。


寒くなってきたら、ぜひ温かいおやつを作ってみてくださいね♪

今夜の一極。Meat Loaf ”I would do anything for love ”

2011-10-25 20:11:08 テーマ:music


ミートローフ、この曲以外の印象が薄い。
それと何気にこのPVが好きだったなー。

「好きっていいなよ」 葉月かなえ

2011-10-25 19:00:10 テーマ:book
好きっていいなよ。 1 (デザートコミックス)/葉月 かなえ

¥420
Amazon.co.jp


秋の読書に少女漫画…。



レディースコミック熟女漫画じゃないの???
というツッコミはきかなかったことにして。

ええ、少女漫画にハマっています。
ガラスの仮面は、夫もハマってるから、あれは少女漫画というカテゴリーではないと思うんだが、それ以外のエロの少ない(少女漫画でも問題なくフツーにえっちシーンがありますから)かなーりプラトニックなのにハマってしまった…。



どうよ、その禁欲感…!!!





悶えます、マジで。




さて、今日読んでちょっと思ったことがあったので、久々に更新。(いいのかおい)

設定としては、主人公がともかく根暗でオトコなんてもちろん、友達もいません、という16歳の女の子が、とあることをきっかけに学校いちモテる男の子と付き合うことになる…というお話。


細かいところは少女漫画だから端折りますが、うまく捉えているなー思ったのが登場人物の心の動き。

いじめられる人、いじめる人、双方の動きみたいなものが、なるほどなあと思うことが多かったのね。



いじめられる人の気持ちは確かによくわかるんだけど、いじめる人の気持ちもすごくわかった漫画。
ひっくるめてしまえば、どちらも人としてまだまだ未熟だからこそなんだけど、10代半ばの未熟感みたいなのは、自分にも覚えがあったのよね。


人に嫌われることより、友達がいないと思われることへの不安とか、異性の目線や、それがまた恋とむすびつくすごくやっかいなとことか。

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私が十代にうけたいじめは、小学生期はものを隠されるとか靴にツバを吐かれるとか、無視されるとかそういったものだったけど、中学生期になると一部の子に「ともかく無視される」ということに徹底されていた。

でも今思うと、そのグループに固執してたのかなとも思うし、実際問題、人の目を気にしなければ、もうすこし楽だったかも?とか思う。



もっというと、その頃からの付き合いで、今でも繋がりのある友人は



皆無。



高校時代が数人。
専門学校はまず居らず。
出産してからのほうが考え方の似てる人に出逢えた。

出産してから、というのも「助産院出産(しかも水中)」というカテゴリーに入ったからっていうのも大きい。
多分ココで、フツーに病院出産してたら、ワタシの友人関係はなかったわ。(笑)
(助産院出産を望む人は少ないらしい)


でも、そこで出逢えた人たちは、一生の友といっていい人たちばかりだ。
ずーっと連絡を取ってなくても、会ったらどんなことも話せる。
昨日も会ったように、仲良くいられる。


本気で心配するし、本気で言い合うときもある。(特にU子さん)


十代の頃、「ほんとうの友達がひとりいたらいい」って、そういえば思っていたなあって思い出した漫画でした。
あ、一応、恋愛漫画、なんだけどね。違うとこにビビっときちゃいました。

生き進めるのは自由になること

2011-10-09 00:22:41 テーマ:ココロの中身
最近ブログが一ヶ月に一度更新になってきました。
すっかりツィッター派…。すすすすいませんガーン



季節はすっかり秋になり、来春就学のsoraもランドセルを見に行ったり、小学校選びをしたり。
karenも入園になるので、幼稚園の説明会に出たり…と忙しくしています。


おかげさまで、先月から始めたスイミング、療育などが非常に良い影響をもたらし、soraは積極性が見えてきました。
まだまだ物怖じしてしまうことも多いけれど、「がんばったらできるよ!」と声をかけています。

おかげで6歳目前にして、自転車の補助も取れ、スイミングはさっさか進級し…。
来週末は運動会、その次の週から、治療オイリュトミーも始まることになりました。


karenも少しずつできることを増やしていて、とりあえず、片道30分の幼稚園への道のりは問題なく歩きとおせるようになりました。
今は幼稚園へsoraを送りに行ったあと、外遊びして、家に帰った後、朝食の後片付けのお皿洗いを日課にしています。


毎日の積み重ねの中に、成長があります。




そんな成長のなかで感じるのは、「できる」ようになるって、「自由になる」ことなんだなってこと。
例えば、自転車に乗るのは最初すごく難しく感じるけれど、乗れるようになると、「なにも考えなくても」乗れてしまう。
車なんかもそうだし、勉強もそう。
最初はすごく難しく感じても、出来るようになってそれが当たり前になると、なにも考えなくても出来るようになる。

それってひとつの思考から自由になれるってことでしょ?



そうやって、出来ることが増えて、最後は身体もなくてもいいやってなって、死んで自分の身体からも自由になるのかーと、ふと思ったのです。



私たちは自由になるために生きてる。
最近のワタシのおおきな発見ですドキドキ

癒すも癒されるも自分自身。

2011-09-06 21:45:07 テーマ:指圧のこと・健康のこと・いのちのこと
この夏、エゴスキューという運動療法に出逢いました。

ワタシが習ったのは、健康維持のためのエクササイズだったのだけれど、運動プログラムを組んでもらうと、腰痛や肩こりなとど、さまざまな症状を緩和・治癒できるというもので、あのジャック・ニクラウスも推薦しています。


これはすごい!と思って、真剣にトレーナーになろうと考え、周囲の人に勧めてみたんだけどね。



だけどね…。




周囲の反応は、イマイチ。
なんでだろう?なんでだろう?って思ってたんだけど、わかったことがあります。


「人は『癒されたい』生き物」なんだなってこと。


自分は楽して治したいって思っているフシ、ありませんか?


これは、私自身も当てはまることだから…。
あんまり大きなカオしては言えないんですけど。

「自分ではどうにもできない」とどこかで思っていたり、もっと端的に「苦労するのはいや、痛いのはいや」っていう自分勝手なトコ、ありませんか?



最近しみじみ思うんだけれど、肉体の癒しも、精神的な癒しも、最終的には「自分」ではないかって感じるの。


心の傷を誰かに癒してもらうことは出来ない。
自分の身体を誰かに治してもらうことはできない。


誰かにしてもらおうと思っている間は、真の治癒は起こらないといっても過言じゃない。



だって、自分の身体だよ。
自分の心だよ。


自分のことはだれにもわからない。
下手すると自分のことなのに、自分でもわからないんです。

だから、一生懸命自分を知っていく。
その過程に治癒があるんじゃないかなって。
(肉体的治癒の場合、治癒がない場合もありえますが)




そんなでトレーナーになろうという気はうせてしまったんですけどね。



日々、病気のことを聞きます。
日々、患者さんの痛みを聞きます。

指圧をしながら、話をさせてもらい、それでも自分で治る力を見つけるお手伝いは続けていきたいなと思うのです…。




知らないじゃ済まされない。

2011-08-02 19:54:05 テーマ:指圧のこと・健康のこと・いのちのこと
短い文章なので短時間で書けちゃうツィッターを始めると、やっぱりブログを書かなくなってしまいます。


というわけで一ヶ月ぶりに更新です。
そういやずっとsoraの療育の話ばかりでした、スイマセン。

soraは現在、区の療育施設に通い、家でブレインジム、そして先月水泳のお試しをして今月は3回連続の短期水泳教室に通い、来月から毎週スイミングに通うことに。

並行して治療オイリュトミーが早くて来月から始まります。


私自身も、独り言が出たら困るなあ、じゃなく、「独り言が出ても良いから、なんでも経験して来い!」という、ムチャなかーちゃんに変身。笑

そんなで夏休みに入ってから、遊びほうけております。


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5日から二週間、新潟に帰ることにしました。

単純に「子供たちと海に入りたい」からです。
今回は諸事情あって、なんとU子さん一家も実家近くに宿をとり、おんなじ日程で新潟に来てくれるので、ここでも遊びほうけようと思っています。


政府や自治体の発表を見ているけれど、どの地域も個人計測ではやっぱり放射線量は0.08から0.1くらいです。
もともと西日本は自然放射線量が高い花こう岩大地のため、元々が高いというのもあるんだけどね。


外部被曝量としては福島周辺地域を除けば、今ほぼみな横ばい。




今後は内部被曝をどうするよってとこになってきます。


最近は「セシウム牛」なんてのも出てきたよね。
汚染された牧草食べた牛はダメで、そのとなりに生えてた野菜はオッケーって…どう思う?
知らないじゃ済まされない。



食べ物が少しずつ食べられなくなっていって、道を狭められていく感じがして、時々息苦しくなっちゃうんだよね。



そんな中、菅総理も脱原発を口にしたり、それを聞いたほかの議員たちが「はよやめれ」コールを繰り返してる。
原発ってそんなに美味しいのかね?
ぜひフクイチいっておいでよ。
知らないじゃ済まされない。


「福島ってもう収束した」
そう思っている人、結構多いらしい。びっくり。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110801/dms1108012312011-n1.htm

10sVの放射線量…っていってもピンとこないかと思いますが。

JCO東海村臨界事故で被曝・亡くなった大内さん(作業中突然目の前に「裸の原子炉」ができてしまったため、臨界のときの放射線をモロに受けた。)の被曝量は17sV。

ちなみに17sVという被曝で生存していた例は世界的に見てもなく(つまり即死のため)、前例のない治療の末に亡くなられたのです。


つまり10sVってその場にいたら、多分すぐ気持ち悪くなって、数日で死ぬくらい。
そんな被曝量。

チェルノブイリでは、直後に事故処理に当たったリクビダートル(掃除人)や消防の方々が数日で死亡している。



春が過ぎ、夏になって、蒸し暑い中、防護服を着て、毎日命がけで詐欺要している人たちがいる。

知らないじゃ済まされない。
その方たちのおかげで、日本は何とかなっている。



でも、知らないじゃ済まされないのは、早くて5年後。

チェルノブイリじゃ、水頭症、奇形、知能障害、がん…さまざまな病気が目立ち始めた。
風向きを考慮し、遅かったとはいえ、事故後数日たってからの避難ではあったけれど、それでも避難…強制移住をさせられた。



今の日本、その強制移住区域と同じレベルのところに、いつもと同じように人が住んでいる。
放射能汚泥はセメントになり、汚染食品は流通している。

知らないじゃ済まされない。
神経質とは、もう呼べない。



http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2011/07/29/1306949_072914.pdf


これだけのものが、私たちの頭から降って来た。それは消えることの無い事実。
消えることの無い放射線。



「経済のため」原発を動かし続けるのですか?
それとも「命のため」いますぐ、止めませんか?


電気が足りなくなる?
ガスコージェネレーションシステムで、うちは発電してる。
どうやら六本木ヒルズもこの方法で発電しているらしい。

最近は性能がぐんと良くなって、使いきれない電気はためておけるみたいだ。

http://home.tokyo-gas.co.jp/enefarm_special/enefarm/specific.html
(うちのはためられないので使い切るように工夫してる)


頭を使うときがきた。
知らないじゃ済まされない。
みんなで考えよう。

そして生き抜こう!




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ちなみに友人トモキさんのブログは、放射能情報・原発情報がよくまとめられています。
必見。http://ameblo.jp/kitagawatomoki/

10日経っての変化と療育

2011-07-06 20:38:03 テーマ:ブレインジム
昨日は幼稚園をお休みして、区立の療育施設にいってきました。

前回の病院でした検査とは違うタイプの検査をしますね、とのこと。



ワタシは同じ部屋で見ていたので、そういう意味でも病院でのテストよりは気楽だったのかもしれません。


結果は、グレーでした。
たしかに、病院でのテスト結果と同じで、言葉による質問に言葉で答えられないことや、きれいな三角や丸が書けないことに対してのこだわりなどは見られますが、それが病的なほど?というと、はっきりとはいえない、という感じ。

病院でいわれた「就学後も通しての療育、通級」というのはどうでしょうか…というお話でした。


soraは発達障害といわれて、びっくりもしたし、発達障害ったてナニ?というところから勉強して、「自分もそうかも?」「もしかして遺伝なのかな」といったショックとかもあったので、そのあたりもお話しました。
ムスメは自分がたどったつらい学校生活を送るのかな…という不安もありました。


その辺りも、「昔と違って「少し周囲の配慮が必要」ということはわかっているのだから、そこまでの想いはsoraちゃんはしないのではないのでしょうか。そしてそのために療育や発達障害の研究が進んでいるのですから」ということもいわれました。


さまざまな話し合いの中で、soraの問題点がはっきりしてきて、結局、月二回の療育に通うことにしました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

続いて今日は幼稚園で、園長先生、担任の先生との三者懇談でした。

病院から療育施設までの話をした上で、家での取り組みも話しました。


園からはいくつかアドバイスも受けました。
「今のsoraちゃんには「成功体験」が重要なので、がんばりきってしまう前に助けを出して、成功体験を積めるようにしてください」
→そ成功体験が増えることで、もうちょっとがんばれば出来る!という自信になる。

「心の状況を言葉で言い換えることで、気持ちと心が繋がる。親が言い換えて代弁してあげてください」
→そうすることで、自分の気持ちがいいやすくなる。


ということでした。

…が。
うーん、空気読めないワタシには結構ハードル高いなあ。
でもかーちゃん、ちょっとがんばってとりくんでみます!




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ブレインジムを始めて10日以上がたちました。

レイジーエイトができるようになりました。

最初は書けなくて、ホワイトボードに書かせていました。
それが上手にかけるようになってから、空中で書いてみました。
が、空中で書くときは途中「うまいうまい」みたいに声をかけるとうまくいかなくなるみたい、ということもわかりました。
(集中力が切れるらしい)

それと、夜の独り言のときにちょっと声をかけて別室で一緒にブレインジムをやると、スッと寝入ることも発見!


ストレスをうまく超えられるようです。

すごいな、ブレインジム。



園長先生にも「最近表情が明るい」といわれて、いろいろ功を奏しているのかな、と嬉しくなっています。



この一年、母子ともに変わっていきたい!
楽しみにがんばります~☆

ストレス反応

2011-07-02 13:31:16 テーマ:unaのこと

あれ以降、いろいろ調べています。


小麦・乳製品の除去がよいとか、絵カードなどを見せるのが良いとか、やれ重金属(予防接種には水銀が含まれるため)の除去がよいとか…。



数え上げればキリがないです。





本を読み進めるうち、私もどうやらADHDということもわかりました。

(空気よめない、冗談が通じない、片づけが下手)

医師による障害の診断も、その時の子供の様子や体調によって変わることもわかりました。



今回お世話になった病院の医師からは「発達障害について僕は詳しくない」と言われたので、発達障害専門の機関に電話して、再度検査と評価をしてもらうことになりました。




時期的に、小学校選びも重なり、しかも原発事故以降の放射能問題もあり、かんがえなくてはならないことは山積み。



さまざまな人から、「もっと寝る時間を遅くしたら」とかなんとか言われていたので、今週はsoraの就寝時間をずらしてみたりしましたが、非常に裏目に出ました。

結局朝起きられない。

そして、起こしてあげてみても、その後の活動でがんばらないといけないときに、がんばれない。

母子分離ができなくなるようです。(もともと眠いと母に擦り寄るタイプ)


今週は幼稚園で母子分離ができなくなること二回。

もちろん年長になってからは初めて。



なんとなく、こういうことがあると、ガックリしてしまいました…。

来年小学校なんて無理なんじゃないかなって、真剣に思います…。




今までならなんてこともなかった、姉妹げんか(つねる、叩く)も、冷静に止められていたのが、冷静でいられなくなってもきました。


「毎回同じこと注意している」「やっぱりこの子が、わからないからかしら…」



障害がある、とわかっただけで、今までなんとも思っていなかったことに対して、がっかりしてしまう自分がいます。




本を読んだところ、幸か不幸か、幼稚園の園長先生の勉強会で教えてもらったこと(私のsoraに対する行動や言動)に、療育との共通点が多かったため、知らず知らずのうちに、ある程度のことができていたようです。


それなのに…今はそれに対してイライラしてしまう。




今まで、soraは成長が他の子よりのんびりなんだなあと思ってきました。

それでよかったのだと思います。それなのに今はそう思えない。


こんなことなら、障害があるとわからないほうが、まだ気が楽だったかもしれません。





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