書評もどき記事「出発点としての『ジャズの明日へ』、そして中間地点としての・・・」を書いたところ、ツイッターでいくつかご意見をいただきました。
ツイッターでいただいたご意見ですからツイッターでお返ししようと最初は考えましたが、あまりにも長くなるため、僭越ではございますがブログに新しく記事として書くことでお返事に代えさせていただきたく思います。

まず前説として、私がよく使う「言質」という言葉について。
「そこでは普通、<言説>を使うのではないでしょうか?」というご指摘が何度かございました。えっと、ご指摘自体は全くその通りでして、「言質」の連発に著者の村井康司さん(ツイッターでお知らせして読んでいただいたのです)も苦笑されていたことでしょう。
私はこの言葉を「残されたもの」として使っています。また、単に言葉の響きが「げんせつ」より好きなんです。そんな理由なので、厳格に見るとやはり誤用なのでしょうね。これからは改めて行きたいと思います。ただし、これまで「言質」を使っていた中でもより精緻に「言質」と「言説」を使い分けるべきところも多々あるように思いましたので、そちらの方向に努力したいと思います。

さて、みなさんのご意見にお答えするのにどこから手をつければ良いか、迷っています。また、みなさんに色々ご意見やご指摘をいただくことで、「書評を書いた時の思考」からすでに前進・変化してしまってもいます。そこをご了承いただいた上で、可能な限り元テクストが意味するものから離れず、なぜ「ポーランドジャズライターとしての視点」という断りを入れたか、というところから始めます。
ツイッターでの議論は最後、「総量としてのアメリカ音楽の圧倒的優位」というトピックが加わり、歴史の云々だけではなくて「横幅」の視点が生まれ、内容が豊かになりました。たぶんポーランドや中欧、ヨーロッパのジャズや音楽は、みなさんの言うように総量的にアメリカのそれのように「汎世界音楽」たり得ることはないと私も思います。しかしアメリカは歴史の極めて短い国家ながら、それを成し遂げたわけです。その意味で、ご指摘の「資本主義的自信」ってすごく的を得た表現です。
が、そうしたアメリカのジャズから音楽視聴を始め、最初はそれが好きでたまらなかったはずの自分が、いつしかそれが心に響かなくなったのはなぜなのか。逆に言うと自分が採り上げたいものが、なぜ「本場」と言われ「結局はアメリカのジャズを超えるジャズはない」と言われるそれではなくポーランドジャズなのか。
後者はよく訊かれる質問でもありますし、また、ポーランドジャズをどんどんマジョリティの座に押し上げて行こうとする自分にとっては、常に自分に、そして世の中に問い続けていかなければならないものなのです。
アメリカのジャズ(および音楽)は、その圧倒的な汎世界音楽性を前に、歴史の長い短いなどすでに問題ではなく、そこまでの完成度があるならそれ自体が一種の「伝統」たり得ているのでは、とも思います。それもまたご指摘の通りでしょう。他国に比べ極めて短いスパンの中でそれを成し遂げたところに、アメリカ音楽の「アメリカらしさ」があるのかも知れません。
自分がある時アメリカのジャズがあまりよくわからなくなってしまい、ポーランドにはまり始めた理由には「そのアメリカらしさ」があるのかも。
もともと、ジャズを離れてポーランドジャズに行く前にワンクッションあって、その時はまっていたのは「ブルーグラス」なんですね。まああまりここを深く掘り下げると「あなたの主張はアメリカには伝統がないという話ではなかったか」というツッコミも来そうなので(笑)、ちらっと言及するに留めますが、自分の興味が「伝統」の方向に舵を切り始めていた表れだったのかな、と今では思うんです。
そういう「自分の心が離れてしまったことへの疑問」があるので、例えば伝統音楽をうまく取り入れているトップミュージシャンもいるのでは、というご指摘は、確かにその通りだし凄い人たちだとは思うんだけれども、だからと言って私の中の「アメリカらしさへの疑念」が覆るわけではないのです。議題は成功例がある・ないの部分にあるのではなく、もう少し大きな枠組みで、かつもっと私的で卑近な疑問から出ているものだと言えます。

さて、近年日本で好意的に受容されているのが、アルゼンチンやブラジルの音楽、あるいはヨーロッパの音楽だと書評中で書きました。ここでも念のためお断りしておきますが、そのことが即「アメリカ音楽の占める位置」にとってかわるものではない、という認識が前提になっています。ただ、至極シンプルに言うとそれらの音楽がこれまで以上に「盛り上がっている」のは確かでしょう。私は、その盛り上がりの根拠を「伝統音楽」に求めました。
今、私は青森市に住んでいます。青森市はご存知のように有名な夏の祭典「ねぶた」があります。まさに明日から6日間開催され、市内は「ねぶた一色」になります。ねぶた囃子の太鼓や笛の音がそこいら中から聞こえて来ます。正直、お祭りが嫌いな私にとっては辛いものがあるのですが(苦笑)、それでも、ここに住んでわかったことは、伝統音楽というものの強固な生命力は物凄いものがあるということです。何百年も、数えきれないほどの多くの人を介してつながり受け継がれて来たその音楽性には、「音楽の伝播」というトピックにおいて参考とすべき何かがあるように思います。
言い換えれば、シンプルなメロディとダンサブルなリズムというほんの少しのツールだけで過去と現在という遠く隔てられた人々をつなげるそれには、同時代の人ならなおさら強い磁力でくっつけてしまうパワーがあるように考えています。

「アメリカはジャズの王国たり得るのか?」という問いかけを書きました。あのくだりの裏には、当然自分自身の「今の自分にとってジャズ王国ではない」という気持ちがあると思います。それについては否定しません。しかしそんなランク付よりももっと気になっているのは、最近のアメリカのジャズにあまり伝統音楽の薫りがしないことです。これは、ジャズの先端を走るこの国が時代の流れの先陣を切っていて、いずれヨーロッパや南米の諸国が同じ道筋を辿るのか、あるいはこの国独自の現象なのかどちらかでしょう。たぶん、私の読みでは後者です。
その原因として挙げられることは2つ。一つはアメリカという国家自体が短い歴史の中で非常にミクスチュアなマッチポンプ的な擬似伝統を創り上げてきたこと。もう一つは、この国の音楽の汎世界音楽性、圧倒的なポピュラリティは他民族的な伝統をミックスし、取り込みながらも、その痕跡をいかに消し去るかということで生まれてきたものなのではないかということです。2つ目の方は、逆に言うと、汎世界的であるためには伝統的な要素はむしろ邪魔になるということなのかも知れません。
伝統音楽とは「その土地固有の歴史を証明するもの」でもあります。それは外部と内部を分けるラインともなり得ます。伝統音楽の色をあまり加えてしまうと「汎世界音楽」たるアメリカ音楽のポピュラリティ、つまり天文学的な数のリスナーが抵抗なく聴ける音楽性をスポイルしてしまうのかも、とも思えます。たくさんの人種を受け容れてきた「オープンな国家」アメリカにとって、確かに「強固な伝統」は似つかわしくないものかも。

そしてもう一つ。「アメリカ音楽にとって何が伝統なのか?」という問題系です。アメリカのミュージシャンたちが「自国の伝統音楽」と言う際に何を指しているのか。ちょっと印象論で申し訳ないのですが、例えば「伝統音楽としてのジャズ」とか言う場合に、結局視野に入れられているのはジャズの黎明期と言われている百数十年前のもの、あるいはその近辺の近代的なクラシック音楽までのスパンのような気がするのです。その辺も間違っていたら申し訳ありません。
でもブラジルやアルゼンチン、ポーランドなどのジャズやモダンミュージックが参照している「伝統」のスパンは確実にもっとでかい。そのこと自体について「いい・悪い」を言うつもりはありません。ただし、そういう音楽が「盛り上がって来ている」という事実も一方であります。
なので、私はポーランドジャズという「マイナーで、かつ伝統音楽を大事なベースとして持ち続けている」音楽の普及活動を行っているスタンスから、村井さんが対照的に捉えているウィントンとジョン・ゾーンの存在を足がかりに自分の主張の足元がためをしたのです。アメリカが短い歴史の中で、幾度となく生み出し洗練させて来たキメラのような「擬似伝統」の圧倒的なポピュラリティを前提にした上で、それでもなおそれを越えて人の心をとらえる音楽を生み出しうるとしたら、それには伝統音楽が鍵になるのではないのか、という解釈ですね。
また「アメリカ音楽」自体が「伝統が浅いから間違っている」と書いているわけでなく、その音楽の作り手がもし伝統音楽へのコネクトを目論んでいるのであれば、「何を参照元とするのか」で成否が分かれるのではないかというのが私の論です。
そして、もしアメリカ音楽の伝統性を突き詰めたいと思うミュージシャンが現れたとしたら、その人は「アメリカの歴史の短さ」という困難にぶち当たるのではないかと。

文中で「(アメリカ現代ジャズに対して)受け手が解釈の手立てを失っているのではないか」と書きました。村井さんの本のテーマの大事なトピックの一つに「音楽そのものと言説との関係」が挙げられると思います。アメリカ音楽はこれまで再三書いてきたように、短い歴史の内で複雑化と洗練を繰り返して今のポピュラリティに到った、ある意味「異常な音楽」です。
なので、その「異常な複雑化と進化のスピード」に言説が果たして追いついているのかという問題もまた、立ち上がって来ると思っています。そして、前に進むということが必ずしもプラスになるとも言えないということもあるのではないでしょうか。巷で言われているように本当にアメリカのジャズが隘路に陥っているにせよ、受け手が捉え損ねているにせよ、だんだん最先端の音楽と言説との距離が広がって来ていはしないかという懸念が私の中にあるのです。
そしてそれは、村井さんの主張にとっても、私のスタンスにとっても喜ばしいことではない。私はその「距離」の遠因の一つにも「伝統音楽」を挙げました。近年のジャズには、「人々をつなぐ」伝統音楽の要素が、表面的にであれ本質的にであれ希薄になって来ているように私には感じられるのです。
もちろん、これは一つの「結果」であり、距離が空くということについては音楽と言説双方に原因があると私は考えます。だから「手立てを失っているのかも知れない」なのです。

多分、私は「伝統音楽をベースにし、そのことを明確にしながら、いかにそれを取り込むかに細心の注意を払っている音楽」が好きなんでしょう。そして、自分自身への解答として「自分がアメリカのジャズから離れてしまったのはそこなんだろうか」ということを出したわけですね。それほどに、両者の「伝統音楽」へのスタンスが違うように思えるからです。アメリカの音楽が「伝統音楽」の要素を取り入れているか入れてないかはさておき、その薫りを出さないことに腐心しているように私には思えますし、そのことがポピュラリティや、もっと大きなスパンの話をすればこの国が多民族国家でありつつ「英語を公用語として選択した」ことにも関連しているようにも思えます。
なぜかアメリカではなくポーランドの音楽を愛するようになってしまった今の自分にとって、一番しっくり来る明確な違いというのがそれなのですね。

そうした私の考えを固めて行った経緯としてもう一つ挙げられます。ポーランドジャズについての本を書くために、フェイスブック上でたくさんのポーランドジャズミュージシャンにインタヴューしているのですが、本当に驚くほど全員が全員「ポーランドの歴史は自分たちの音楽に深い影響を及ぼしている。歴史へのまなざしなしに自分たちの音楽はありえない」と答えるのです。
あと、これに対しては否定的な人もいるのですが、伝統音楽と今のジャズをつなぐ上での「ショパン」の存在というのが物凄くでかい。彼の音楽が巷の印象のような「ロマンティックなもの」ではなく「伝統音楽と最先端のミクスチュアミュージック」であると認識してから、ポーランドの現代ジャズについて凄く理解が深まったということもあります。そして、そんなショパンの音楽はクラシックの基礎教養であると同時に「民衆の音楽」という一面もあるのですね。
なので、ただ私が知らないだけならそれはそれなんですが、アメリカのジャズにとっての「そういうもの」って何なのかなあ?と。それがないといけない、とは言ってはいないですが、それがあるものに興味があるので、それが見当たらない音楽について「ちゃんとあるのかな?見えないのはなぜかな?」と考えてしまうのもまた自然な反応だと自己弁護させてください。

村井さんの本は、色んなスパンでの「反復と差異」に言及している、というのが私の解釈でした。でも、それはユダヤ音楽をルーツとして見出したジョン・ゾーンの存在で少しはみ出ますが、基本的にアメリカ音楽の範疇における言及です。執筆当時と今の環境は当然違います。アルゼンチンやブラジル、果てはヨーロッパのジャズや音楽の受容具合も違っていました。アメリカが間違いなくジャズの王国だった頃から勢力分布図が変わっています。だからこそ、村井さんのメッセージの力を借りて、ジャズと伝統音楽の関係に触れてみたのです。
叩き台にしているのが村井さんの本で、しかも凄くわかりやすい対比としてウィントンとゾーンが位置していたので、そこにしぼってしまいました。そしてその上で「アメリカはジャズの王国たり得るのか?」と無謀な反旗を翻しているわけです。

ただ、私がポーランドジャズをむちゃくちゃに聴きまくって今の結論に到ったその時間と同じくらいを、アメリカ音楽が好きな人はアメリカ音楽に捧げて来たわけで、そしてそれはこれまで繰り返し言及しているように圧倒的な総量の差によりその人口比も凄くでかいと思うんですよね。
なのでサンプルの少なさという意味ではちょっとお互い様なところもあると思うんです。
文中で書いた「主流とされていた言説は、たまたまそれが多くの機会で言及・引用されていたに過ぎない」というのと同じで、私のようなバカが先陣を切ってその差を埋めて行くことでお互いに見えてくる部分もあると思います。
その第一歩と捉えていただければ。

国で音楽性を分けるのは、ある意味ジャンル分けと同じでクダラナイ行為なのかも知れません。とは言え、たくさんの時間を捧げて聴いて来たお互いのリスナーにとっては心を動かされる明確な違いがあるわけですよね。その人がアメリカの音楽に特に心動かされるのならば、そこにはどんなに下らなくても「アメリカらしさ」があるのでしょうし、また、その逆もあるのでしょう。
それを圧倒的多数の一方が「歴史の短さなんて問題じゃない圧倒的なポピュラリティ」と言い、もう一方が「伝統と地続きになっているところがたまらない!」と言い。
ご指摘にもあったように、それを同じ俎上に上げるのも困難があるのでしょうが、それでもなお上げないと誰よりも「(ポーランドジャズライターとしての)私にとっての」解答は出ないのです。

さて、全然関係ないのですが、最後に。
私は中学生になるまで音楽が好きではありませんでした。最初に音楽にはまったのはドルフィーの『ファイヴ・スポット』です。その後コルトレーンやブルーノート、マイルスなんかからリスナー歴が始まっています。意外にバリバリアメリカジャズリスナーでしょう(笑)?
でも、その前段階で、音楽好きじゃなかったのによく聴いていたのが日本の民謡だったんですね。その意味では、伝統音楽の要素が濃厚な(でも洗練された形で取り込む)ポラジャズにはまったのは必然なのかも知れませんし、また、ここで長々と書いて来た「解答」に今の私がある意味「囚われている」遠因なのかも知れません。
そして、そういう「経緯」は、アメリカのジャズや音楽を心躍らせながら聴いて来た皆さんの中のそれと同じく「マイ・ルーツ」なのだと思います。なかなか解き放たれるのは難しい。そしてそれゆえに、アメリカ音楽は「ルーツの痕跡を消す」のでしょう。
そのことは、音楽そのものと言説の間の距離が開きつつあるように思われる今だからこそ、問われ続けるように感じています。


ちゃんとした回答になっているところもなっていないところもあり、ご意見下さった方にとっては「自分の問いに答えられてない」と感じる方もいらっしゃるでしょう。
それについては申し訳ありません。
ただ、一応一連のご意見・ご指摘を拝読して自分なりに考えたことはほぼ全て書きました。
これが浅い認識であれそうでないのであれ、今のところ自分にとって主軸となる音楽の捉え方です。
今の音楽と伝統音楽との距離のとり方は、きっと国を超えて問われて行くトピックとなるように、自分には思えます。
AD

コメント(6)