- 子連れ再婚を考えたときに読む本/新川 てるえ
私は結婚もしていませんし子どももいないので、「子連れ再婚」を考えているわけではありません。
でも、この本のタイトルを見た時にビビッと「これは読まなきゃ!」と思ったんです。
なぜって、私はステップファミリー(カップルと、どちらかの元配偶者の間に生まれた子どもが共に暮らしている家族)の子どもだから。
そして、両親と姓の違う自称「別姓子」だから。
「子連れ再婚」というものに、深く関わって来た人間なのです。
離婚したことで目まぐるしく生活は変わるし、再婚した当時の両親は貧しかった。
それに、小学生前半は親と苗字が違うということで(まあそれだけではなくて性格的な要因もあったのでしょうが)精神的・肉体的ともに壮絶ないじめに遭いました。
そういう経緯もあって、離婚を選んだ母を恨みもしましたし、特に私の姓を替えさせなかった前父を強烈に憎んでいました。
ただ、自分の年齢が母が離婚し今の父と一緒に暮らし始めた歳を越えたくらいから、突然子どもを抱えることになった父の気持ちや、いきなり子どもを連れて配偶者に去られた前父の気持ち、私を何よりも愛していながら、そしてそのわが子を辛い境遇に叩き落すことを知りながら離婚・再婚を選んだ母の気持ちはどういうものだったんだろうと考え始めるようになったんです。
それからすでに十年近い年月が経っておりますが、当事者の目線からそういう境遇の親の気持ちを語ったものってなかなか出合えなかったところに、この新川さんのご本が目の前に現れたのでした。
私の母は、私が5歳の時に突然離婚し、前父と住んでいたマンションの1階に2人で降りて行ったら今の父が車に乗って待っていました。
私の「家族」は、こうして始まりました。
新川さんのこのご本に書いてある様々なステップファミリーの例を読んでいると、うちの場合はやっぱり何らかの奇跡が起きたとしか考えられないんですよね。
まず、両親はいわば継父である父のことを「お父さんと呼べ」って強制しなかったんですよ。
なので、最初は「○○(両親の姓)のお兄ちゃん」って呼んでました。
いつ自分が初めて父のことを「お父さん」と呼んだのか、私自身は全くおぼえていません。
それについて父や母と話をしたこともないですね。
ただ、ひょっとしたら両親はその日のことをはっきりおぼえていて物凄く感動したのかも知れませんね。
こう書くと何だかただのハートウォーミングなファミリードラマリアル版みたいに感じられるでしょうが、では子どもの立場からはどう見ていたかと言いますと・・・・。
正直言って、いきなりよく知らない男の人が現れて(実際は幼い私の目の前で前父に隠れてよく会っていたらしいですが笑)、「○○のお兄ちゃんだよ」って言われても、何が何だか解らないですし、しかもなし崩しに一緒に住み始めて。
いい人そうだとは直感しましたが、それだけでどうやら新しいお父さんになりそうでも「お父さん」って呼べるわけでもなし。
ここで書くように明確に言語化されてそう考えていたわけではないですが、「お父さんって呼ぶに足るほど信頼出来る人間かどうか見極めてから呼ぶことにする」と決めていたのは間違いないです。
そして、この時の経験が私に「家族って最初から存在するものじゃなくて、構成員同士で作り上げて行くものなんだ」という家族論を抱かせるにいたったのです。
両親も多分、その辺は同じ考えだったのじゃないでしょうか。
いい意味であまり子ども扱いしませんでしたし、私が自分で「お父さん」と呼びかけるタイミングを選ぶのをじっくり待ってくれたので。
それは、私たち3人の関係の中に起きた、ちょっとした奇跡だと思えるのです。
私の両親はセメントベビー(ステップファミリーに新しく生まれる子ども)を産むことを選択しませんでした。
私はかなり性的なことに疎い人間だったので、なかなか子供が出来にくい体質だから自分に弟か妹がいないんだろ、くらいに考えていました。
特に父がセメントちゃんを作らない選択を強く希望した、と20代半ばに初めて母から聞いて、自分が考えていたよりも大きな愛に包まれていたんだと知り、涙しました。
誤解のないように言っておきますが、セメントベビーを作ることが悪いと言っているわけではありません。
それもまた愛に満ちた一つの選択であります。
ただ、この本でも書かれているように実子と継子に対する自分やパートナーの愛情の差を感じ始める、という例が少なくないのも事実です。
それを乗り越えて関係を少しずつ築いていくのがまた「家族」というものなのですが、とりあえずうちの両親は、もしそういうことが起きて何よりもまず私を傷つけてしまうという可能性を排除し、私を本当の子とし、愛を注ぐという選択をしたわけです。
幸い私は弟や妹が欲しいと思ったことが一切ない子どもだったので、その選択はうちの場合においては正しかったのだと思います。
これもまた一つの奇跡なのだと思っています。
あと、新川さんは子どもを厳しく教育するのは実親の方の役割で、それを宥める役割を継親が担うのが理想的とお書きになっています。
これもうちはうまいこと行ってて、母が鞭、父が飴の方でした。
で、子ども時代はその役割分担は両親それぞれの性格そのまんまだったので何も疑問に思わなかったのですが、ひょっとしたらこれから「家族」をやって行くにあたって、二人でいろいろ話し合ったのかもな~と今になっては思います。
ただ、飴とは言っても父は別に母を宥めたり私を甘やかすわけではなくて、どっちかと言うと優しく諭すという感じで言わなきゃいけないことはちゃんと私に対して言ってました。
両親は経済的な面とか新しいものに触れる機会に関する点では私にあまり負担をかけさせないようにしよう、これ以上辛い部分を背負わせないようにしよう、と決めていたらしいですが、ただ、同時に人として恥ずかしくなく生きられる人間に育てようということでも一致していたようなので、私に対する接し方の違いはあれど、礼儀やモラルに関する教育はかなり厳しかった方に属すると思います。
まあ恥ずかしくない人間にちゃんと育ったかどうかはおいといて(笑)、でもそういうことに関してもひょっとしたらだいぶ話し合ったのかも知れない。
ただ、思春期真っ只中のお○○の子だった私の自分の部屋がなかった(家族がくつろぐ広い居間が私の寝るところ&私物置き場でした)ことと、「これは大人の話だから」って仲間外れにしないで大人同士の修羅場を幼い頃から私にバンバン見せたところはちょっとやりすぎと言うか、自分はよくぐれなかったなとは思いますね(笑)。
前者に関してはその思い出話をするとみんな気の毒そうな顔をしますよ(笑)。
ま、両方ともそれでも私にとっては面白い環境で過ごせたと心から思えるものでしたし、そういう意味でもうちには奇跡が働いていたのでしょうね。
私は前父のことを氏変更に同意しなかったことでは憎んでいましたが、母から彼についての悪口を聞いたことがありませんでしたし(これはとても大事なことだと思います)、昔一緒に住んでいたことのある人、くらいの思い入れしかありません。
前父は捨て子で、今の私の姓を持つご夫婦(ややこしい言い方ですが、要するに前祖父・祖母)に拾われたという出自を持つ人で、その姓でいられるということ、その姓を絶やさないということに強烈な自負と恩義を感じているようなのですね。
あとは、自分の妻が高校時代の元同級生と不倫に走った挙句子どもまで持って行ってしまったという絶望も当然あったでしょう。
それで私の氏変更に頑として同意しなかったそうなのですが、それについては数年前ひさしぶりに再会しこちらも思う存分を言わせてもらった後、ようやく謝罪してくれました。
自分のその行為がどれだけ子どもを苦しめることにつながるのか、想像が及ばなかったようです。
ただ、そういうわだかまりを除けば、中学生くらいまでは適当に毎年会ってたりしましたし、その辺もまた親同士での話し合いもあったのかも知れませんが、私にとっては「お小遣いもらって早く帰りたいな」くらいのもんで負担でも喜びでもどちらでもなかったというのが実情です。
前父との関係については、どちらかと言うと母方の祖父の対応が私には理解しがたく、成長するに従って激しい憎悪が芽生えてくるようなものでした。
前父はある業界で関西ではかなりの地位に立つ人だったそうなのですが(その割にはわびしい生活ぶりだった記憶がありますが・・・)、祖父は職がなく困った時に前父の業界の仕事を世話してもらったという経緯があるのです。
それで、正月に祖父母が住む母の実家に母方の親戚一堂が集まるのですが、離婚後も前父を呼び続けました。
その間、父は外を車でぶらぶらしたりして時間をつぶし、酒盛りが終わるのをひたすら待っていました。
その時の父の気持ちはどんなものだったんだろう、と考えると今でもはらわたが煮えくり返りますし、涙が出て来ます。
祖父の行いは、両親や私の気持ちを踏みにじるものでした。
ま、その他のことに対しても暴君としか言いようのない、これまで関わって来た人たちの中でも最低の部類の人物だったので、現在母が完全に関係を絶ったことにほっとしています。
前父も前父で、私に会いたいばかりにわざわざ隣の県から来ていたのでしょうが、断って欲しかった。
母曰くとても頭が良い人らしいのですが、私に言わせればその絶望的な鈍感さが腹立たしくてしょうがなかったし、愚鈍なおじさんにしか感じられなかったです。
ひょっとしたら、母には私が想像している以上の罪悪感(前父に対しても)があって、それが過剰に彼を持ち上げることにつながっているのかも、とも考えています。
経済的な話をすると、うちに起こった奇跡の一つはやっぱり父の仕事がどんどんうまく行き始めて、今にして思えば10年にも満たない間のことだったのですが、比較的裕福な部類に入る家庭になれたということでしょうか。
それもあって、私はお金の面に関しては結構甘やかされていましたし、それは情けなくも大学を卒業し社会人になっても少し続いていたのですが、今は両親は自己破産して、私のそんな依存体質も強制終了。
それはそれで凄く良い経験だったと思いますし、私という「子ども」が成長しきるための最後のステップだったと言えます。
それもまた奇跡なのかも。
だって、あのまま行ってたら間違いなくろくでもない人間になっていましたから。
両親があれほどまでに願った「どこに出しても恥ずかしくない、美しく生きられる人間」のある程度の完成が見られたのですから、私は両親に「この通りちゃんと育ったし、そうやってきちんとした人間にしなきゃと努力し続けてきたことも痛いほど解っているから、もう離婚したことや幼い頃の私に苦しみを強いたことに対して罪悪感を持たなくていい。もう恨みもなくなった」と言いました。
今まで私に真剣に向き合ってしっかり愛を注いでくれたことに対する、私なりの精一杯の感謝の気持ちです。
さて、本書に関して子どもの立場から少し違和感を感じる部分というのも当然ありまして、それは継親が学校や外野から再婚前(つまりは継子と共に暮らす前)の育て方について批判された時「この子は継子なので自分の子どもじゃありません」と言って関係性をはっきりさせる、というような記述です。
私も最初他者として父を、そしてそれと同時に実親である母すらも見つめるという作業を通して今の家族をお互いに構築して行ったという自覚がありますから、関係性の「割り切り」が大切なのは認めます。
でも、同時に「あ、義理のお父さんなんだ」と言われた時に猛烈に反発するものがあることも事実なんです。
血がつながっていようがいまいが、実の親子だろうが継親子だろうが「本当のお父さん/お母さんです!」と心から思っているからです。
ただ、それも家族によるのだろうとは思うのですが、それにしてもこの親の対応はあんまりなようにも感じるというのが子どもとしての本音です。
表面ではムチャクチャに反発しつつも、子どもも心の中では葛藤しどうやって継親との距離感をつかんでいったらいいのか悩みに悩んでいる最中かも知れないのです。
そんな時に上記のような言葉をもし聞いてしまったら、心が折れるかも知れませんし、心底嫌いになってしまうかも知れません。
でも、無理に継子を愛さなくてもいいというのは確かにそうだと思いますし、その地点を冷静に見つめることから築いていける関係もあるので、私の言っていることはあくまで私の家族のあり方からみた一視点に過ぎないということも断っておきます。
ただ、自分としては聞きたくない言葉だな~。
そんなことを今の父の口が発しているのを一度でも聴いていたら、何かが変わっていたかも知れないとすら思います。
まあ、親が無理しすぎてストレスためすぎてこれから「家族」になろうとしている人たちの間に亀裂が入る悪循環に陥る可能性もあるので、そうならないための心構えを新川さんは書いているのだと思いますが。
まだ親と認めていない段階で親面されるのも頭に来るでしょうし。
ちなみに、私は前父が親面するのが頭に来ます。
正直言って前父と暮らしていた時の記憶がほぼ完全にないので、戸籍上つながりがある、という程度の関係性しか感じられない人に「お前の親なんだし」とか言われると頭に血が昇っちゃいますね。
やっぱり「家族」は、どれだけ向き合ってお互いの関係を築いて来たか、ということが大切なコミュニティなんだと思います。
そういう意味では確かに、世間一般で言う感じの親子に継親子がなる必要もないのであって、ただ言っちゃいけない言葉というのも当然あるので、私の個人的な感覚では上のような言葉はそれにあたるというだけのことです。
あと、本書で気になったのはインタヴュイーの方の関係性が、ご自身は継母で10歳近く年下の再婚相手に実子がいて、その子の教育があまり行き届いていない、イライラする、愛せそうにないというパターンが結構な割合を占めるということ。
「当事者性」をかなり重視している本だと思われるだけに、ある程度の傾向の偏りがあるのは仕方ないのかなとも感じる反面、これが現実に見合った姿なのだとしたら、これって家族問題以前にジェンダーの問題が関わっているのじゃないかなあと思いました。
勘で書いているだけなのでうまく説明は出来ないのですが。
そういう関係性に陥ってしまうメカニズムがジェンダーの要因を介して存在しているんじゃないのかなという考えが何となく頭に浮かんだだけです。
あとは、日本社会全体に見られるパブリックスペースにおけるモラル感の変化の問題とか。
どちらにせよ、世のステップファミリーのみなさんが口をそろえて「早めに明るくステファであることをカムアウトしちゃいます」と言っているのが救いと言えば救い。
自分もそうして来たし、父と私がそっくりと言われれば目を見交わして笑いを堪えるくらいの余裕があります。
血がつながっていないこととか姓が違うこととかどうでもいいし、お互い信頼出来る関係を築いてきた、という圧倒的な積み重ねの方が何にも勝る。
父が自分の実家を改装して私と母と一緒に住み始めた時、田舎の非常に狭いコミュニティだったので私たちの家族が「○○のとこの息子がこぶつきのよくわからん女を連れて来て・・・」という目で見られていたのを知っています。
また、表札には堂々と両親の姓と私の姓の両方が書いてあった。
そのことを「ご両親は君に対してひどいんじゃないか」と批判する友人も何人かいました。
でも、うちのスタンスはあくまで「私たちは何も恥ずかしいことをしていない。これで何か言ってくる人間の方が恥ずかしい」でした。
もちろんこれが原因で起きた辛い出来事というのもたくさんありましたが、でも絶対に間違っていないし、そうやって堂々と生きて行くステップファミリーが増えて行くことでしか世の中の偏見は変わらないとも思います。
さて、色々私の「家族」ついて書いて来ましたが、そろそろ締めくくりましょうか。
私が両親から学んだ最高のことは、「一番大切な人に対しては作らず構えず正直な自分であること」という姿勢だと思っています。
両親は夫婦として、その前に男と女としてそれを最大限に実施していますし、私に対しても同じスタンスで接しています。
ただこれは甘えるだけの関係ではなくて、当然「一番冷静で厳しい批評眼をお互いに対して向ける」ということでもあると私は考えています。
私と相方の関係もそういうものの上に成り立っていますし、結婚はしていないものの生涯のパートナーと思える人と出会い信頼出来る関係を築けたのは、両親のそういう姿があったからだと深く感謝しています。
で、そうやって自分のいいところ悪いところをさらけ出しつつ、時に理解し合い時に反発し合って「何人かの集まり」が「家族」というものになって行く、いや、そういう関係を構築して行くのが理想の姿なんじゃないでしょうか。
つまり、実親子もステップファミリーも結局はその意味においては実はフラットなんだと思います。
ただ、現時点では残念ながら後者は内外から色々言われることが多いのが現代日本社会の現実でもあります。
また、生まれている時から接しているかそうでないかというのは親子お互いにとって相当に大きなファクターになっているとも思います。
上に書いたように、うちの場合はいくつかの奇跡が重なって私は本当に幸せのうちにステップファミリーの子どもとして育ちました。
でも、温かい出来事ばかりが起こってそうなったというわけでもありません。
やっぱり、家族になろうとしている人たちには適度な相互理解とある種の割り切りが必要です。
ステップファミリーの子どもが外的にどれほどのプレッシャーや偏見を浴びせられるか私はよく知っているので、その子たちにとって少しでも居心地の良い居場所に新しい「家族」がなれればいいなと強く願うのですが、そこに至るまでには子どもだけではなく、親の側にもこれだけの葛藤と当たり前の悩みがあるのです。
結局、向き合って行くことでしかしっかりした関係は作れません。
奇妙な縁でせっかく知り合ったんです、好きとか嫌いとかとはまた違う信頼関係のようなものが築けたらいいですよね。
それにはやはり親の方の気持ちも知らないと難しい面があるんじゃないでしょうか。
そうやってお互いをやわらかく包摂して行く、それが出来る可能性があるのが「家族」なんじゃないでしょうか。
私にとっては「家族」はそういうもの。
なので、ステップファミリーとしてリスタートを切ることは、ある意味「家族」のあり方に自覚的になる良い機会じゃないかと考えているのです。
本書は、そのための価値ある手引きでもありますし、また、「そういう家庭」に縁のない人が実情を理解するための貴重な当事者からのメッセージでもあります。
「子連れ再婚」を考えていない方(実際私だってそうですから)もぜひぜひお読み下さい!