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2012-02-06

POLAND JAZZ × FINLAND JAZZ RECORD CONCERT

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

3月10日(土)に、東京・代官山でイヴェントを行いますのでお知らせ致します。



POLAND JAZZ × FINLAND JAZZ RECORD CONCERT


第1部16:00~両国のジャズオススメタイム45分ずつ → 自由リスニングタイム&交流会1時間

第2部18:30~懇親会(参加費1500円:飲食つき)


会場:代官山 風土カフェ&バー「山羊に、聞く?」 http://yagiii.com/



ポーランドジャズ500枚・フィンランドジャズ300枚を一堂に会し、自由試聴タイムを設けた画期的なCDコンサート!


専門家二人による解説付きオススメ盤鑑賞・まるでポラ&フィン・ジャズの「移動図書館」のように膨大な量の両国ジャズのCDを手にとって閲覧し試聴器で聴ける自由リスニングタイム・交流会、という3つの目玉を並べ、しかも第1部のみなら参加料無料!という大変に敷居が低く、ディープな部分にも触れられる面白イヴェントとなっております。

まずは音楽そのものに、そして次に両国にはこんなにたくさんのジャズアルバムがあるんだ、という移動図書館のヴィジュアルに圧倒されて下さい。

また、互いのシーンに交流点・共通点が少なくない両国のジャズの、一方しかまだ聴いていない方々に、お互いの音楽を好きになっていただこう!というイヴェントでもあります。

まだまだ「マイナーな」ジャズが好きな/に興味を持っている者同士、楽しく聴いて楽しくお話しましょう!

ポーランド側はわたくしオラシオ、フィンランド側はO-MOROの塩見さんというそれぞれのジャズの専門家が担当致しますので、当日はこの知られざるジャズシーンに対して積み重なっている疑問をお気軽にどんどんぶつけて下さい。

音を聴いてさえいただければ必ずや心を虜にされる、両国の素晴らしいジャズを、この機会にぜひぜひ楽しんでいただければと心より願っております。


ポーランドジャズ担当:オラシオ(ポーランドジャズライター)

フィンランドジャズ担当:塩見裕(o-moro) http://music.o-moro.jp/pol_fin/

企画協力:大沢友之(Office Ohsawa) http://www.bigstream.co.jp/

2012-02-02

2月5日ポーランドジャズオフ会in大阪詳細について

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

2月5日梅田近辺で18:00~開催予定のポーランドジャズオフ会ですが、待ち合わせ場所などのお知らせをしておきます。



待ち合わせ時刻

18:00


待ち合わせ場所

ホテルグランディア大阪1階の喫茶店入り口前

同ホテルはJR大阪駅中央口改札右手にあります


オラシオのいでたち

背高色白黒髪 黒のダウン、黒の肩掛けカバン、黒靴、麻色の綿パン


目印

関西で発行されているジャズフリーペーパーWay Out Westの2011年12月号を手に持っています



ただ。。。

ニュースなどでお聞き及びかと思いますが、現在東北&日本海沿岸の交通事情が劣悪です。

5日までに大阪に帰れるかどうかわからない状態になって参りました。

やむをえず中止にさせていただく時はツイッター上でご連絡致しますので、参加を考えていらっしゃる方はフォローお願い致します。

もちろん、連絡のための一時的なものですので、あとでフォロー外していただいても構いません。


みなさまに無事お会い出来ることを願っております。



オラシオ

2012-01-19

大阪梅田で、ポーランドジャズファンのオフ会やります!

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

来月上旬に4~5日の間実家のある堺市に帰省します。

昨年は、私のポーランドジャズ普及活動の規模が結構広がりまして、それを足がかりに、もっともっとポーランドのジャズや文化を日本の方々に広めるべく色々機会をうかがっているところです。

関西にもジャズファンの方がたくさんいらっしゃるので、本来ならば帰省中にCDコンサートのようなイヴェントをやろうかと考えていたのですが、準備不足・宣伝不足・知名度不足などもあり今回は断念しました。

帰省のついで、というような姿勢が端から良くなかったような気も今ではします。

それで、その代わりと言ってはなんですが、ポーランドジャズをすでに聴いている方、聴きたいとは思っていても手をこまねいている方など、ポーランドジャズに興味を持っていらっしゃる方々の間で交流の輪を広げたいと考えましたので、オフ会みたいなものをやります。

とりあえず、私2月の5日に大阪に着くので、その日の夕方にやってしまおうかと思います。


というわけで、


ポーランドジャズファン・オフ会・イン・大阪


開催致します。

集合日時・場所は来月5日の午後6時、梅田のどこかです。

それで、参加を考えている方にご相談なのですが、私、もと大阪人とは言いましてもすでに1年に1回帰るか帰らないかの青森県民状態です。

気のおけない居酒屋(チェーン系でも全然OKです)とか、とにかく気軽に集まって気軽にお話出来るようなところが良いのですが、事前にオススメいただくか、当日ご提案下さるか、そんな感じで店ナビお願いしてもよろしいでしょうか?

一応幹事なのにすみません。

待ち合わせ場所はもう少ししたらまたご連絡します。

これについても何か案がある方は教えていただけると助かります。


当日緊急参加も全然大丈夫ですが、すでに参加を決めている、という方がいらっしゃれば、よろしければこの記事のコメントかツイッターに@poljazzwriterあてにつぶやくかメッセージを送信、あるいはaladyhasnoname@y●h○○.co.jp までお願い致します。

上のメール、リンクは張ってませんので、●○は適宜アルファベットに直して下さい。


それで、ポーランドジャズファンとは書いていますが、あくまで色んな方にポーランドジャズの面白さを気軽に知っていただき、音楽が好きな者同士で楽しくお話しする会にしたいので、全然マニアックなものではありません。

オラシオを質問攻めにするも、私の止め処も尽きないポラジャズトークをただただ聴くも、オールOK、そんなにファンじゃないから・・・と尻込みなさる必要はございません!

珍しいものを見に行くような気持ちで、どうぞお気軽に参加していただけますと助かります。

それに、私も結構人見知りするので、みんなで緊張しないようなゆるい雰囲気でお話出来たらな、と思っています。

今回みなさんとの色々お話して裾野が広がったら、ポラジャズCDコンサート関西巡業も本気で考えますよ♪

ぜひぜひご参加下さい!

2012-01-19

ŻEGNAJ, ZBYSZKU !

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

ポーランドのジャズシーンにおいて、アメリカのそれで例えるならばRON CARTER ロン・カーターのような重鎮ベーシストZBIGNIEW WEGEHAUPT ズビグニェフ・ヴェゲハウプトが先日急逝されました。

享年57歳。

折りしもポーランドのジャズメディアでは、彼の健康上の理由による演奏活動からの一時リタイアを励ますための、シーンのスタープレイヤー総出のライヴが昨年12月の18日に開催され話題を呼んでいたところでした。

出演メンバーについては↓のリンクをどうぞ

http://www.jazzforum.com.pl/news.php?action=show&id=1996

出演者の願いも空しく、この偉大な音楽家は亡くなってしまいました。

さて、このWEGEHAUPTの名前をこうやって挙げただけでは多くの人は、「そんなに凄い人なの?」と半信半疑でしょうね。

そこで、日本のジャズファンの皆様に知っていただくべく、彼のキャリアの主なものをここに記すことでこの素晴らしいベーシストへのはなむけとさせていただきたいと思います。

ちなみに、記事タイトルはポーランド語で「さようなら、ズブィシェク」(「ZBYSZEK ズブィシェク」は「ZBIGNIEW ズビグニェフ」の愛称で、ZBYSZKUはその呼格=呼びかけの時の格変化です)というような意味です。


リーダー作

SAKE

WEGE

TOTA

ご覧のように彼のリーダー作のタイトルは全てアルファベット4文字になっています。ファーストの『SAKE』は84年なのですが、セカンドは約20年後の2005年に発表されています。

ファーストではANDRZEJ OLEJNICZAK アンジェイ・オレイニチャクとJANUSZ SKOWRON ヤヌシュ・スコヴロンという、当時の名フュージョンバンドSTRING CONNECTIONからのメンバーを2人入れています。後にセルフカヴァーすることになる名曲「MANANA マニャーナ」や「FOUR ROSES フォア・ローゼス」もすでにここに収録されています。特に前者は、後にこの国のナンバーワンシンガーの一人であるAGA ZARYAN アガ・ザリヤンが日本盤も発売された傑作『LOOKING WALKING BEING ルッキング・ウォーキング・ビーイング』中で「THE STARS ARE AS LONELY AS US 星もひとりぼっち」としてカヴァーしたことも記憶に新しい作品。

セカンドからはピアノに「抽象派」ピアノの才人MARCIN MASECKI マルチン・マセツキやトランペッターJERZY MALEK イェジィ・マウェクを中心としたクァルテットで、なかなか玄人好みなビターなサウンドを展開しています。


ピアノトリオ作品への参加

STANDARDS LIVE / WLODEK PAWLIK

LIVE IN KYIV / WLODEK PAWLIK

ANOTHER FORM OF COMMUNICATION / WOJCIECH KONIKIEWICZ

LIVE IN TYGMONT / KRZYSZTOF HERDZIN

WASOWSKIEGO I PRZYBORY / WOJCIECH KAROLAK

彼がベーシストとしてどれだけスタイリストであったかを知りたければ、何と言ってもヴウォデク・パヴリクの2枚がオススメです。特に、ウクライナのキエフでのライヴ盤『LIVE IN KYIV』ではトリオ3人の超絶技巧とキレキレのアンサンブルが楽しめます。プチプチした、スタッカート主体のドライヴする演奏に、私がポーランドのRON CARTERと言った意味がお解りいただけると思います。

クシシュトフ・ヘルヂンのライヴ盤にはポーランドジャズ史上極北のヴァイオレンスな名演「VOYAGE」が収録。

反対に長老クラスのヴォイチェフ・カロラク作では滋味に溢れたどっしりとした演奏。


その他重要作品

LAST CONCERT / ZBIGNIEW NAMYSLOWSKI

WITHOUT A TALK / ZBIGNIEW NAMYSLOWSKI

PLAYS KOMEDA / ROBERT MAJEWSKI

TRIBUTE TO ZBIGNIEW SEIFERT / JAREK SMIETANA

BELCANTO SEMPLICE / KRZYSZTOF HERDZIN

DANCING FLOWERS / KRZYSZTOF HERDZIN

KILIMANJARO / ZBIGNIEW SEIFERT

EXTRA BALL / EXTRA BALL

CRAZY GIRL / JANUSZ MUNIAK

MEZIPRISTANI / RUDOLF DASEK

SKOWRON SHOW / VARIOUS ARTISTS

主だったものを集めてみました。歴史的なものではギタリストJAREK SMIETANA ヤレク・シミェタナ率いる名フュージョンバンドEXTRA BALLの通称「赤玉盤」。SMIETANAの名曲「KRAKOWSKI FESTIWAL JAZZOWY クラクフ・ジャズ・フェスティヴァル」オリジナルヴァージョン収録。あとはあのANDREW CYRILLEも参加したチェコのギタリストルドルフ・ダシェクの84年作など。

ポーランドジャズの聖人KRZYSZTOF KOMEDA クシシュトフ・コメダの曲をやっているテナー奏者ヤヌシュ・ムニャクやトランペッター、ロベルト・マイェフスキの作品も渋味がある名盤です。特にマイェフスキ盤はオラシオ的にKOMEDAアルバムの最高峰と考えているアルバム。

あとやっぱり外せないのは奇天烈大魔神ズビグニェフ・ナミスウォフスキの作品でしょう。プログレ好きも狂喜乱舞させるライヴの『LAST CONCERT』、ナミさん名曲の筆頭与力「WESTERN BALLAD ウェスタン・バラッド」収録のチェコ盤『WITHOUT A TALK』。

WEGEの近年の参加作で要注目なのは、夭逝のヴァイオリニストZBIGNIEW SEIFERT ズビグニェフ・ザイフェルトに捧げた、かつての盟友SMIETANAの作品。世界から9名のトップヴァイオリニストを迎えて録音した現代ジャズロックの大傑作です。

WEGEやSMIETANAは上記のように、そのSEIFERTの力押しライヴ『KILIMANJARO』に仲良く参加しています。



ポーランドジャズ聴き始めの頃から、彼のプレイは常に私を魅了し続けてくれました。

4枚目のリーダー作はどういうものになるだろう?とか色々わくわくしていたのですが、もう彼の参加作品が発表されることはないのですね。

最近はポーランドでもベーシストの超絶化が著しく、ある意味では彼のプレイもやや時代がかったものになりつつあったのも事実ですが、それでも彼の演奏には非常に独特の味がありました。

好き嫌いはさておき、あの唯一無二のグルーヴは誰にも真似が出来ないと私は思います。

急逝が残念でなりません。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

あなたが聴かせて下さった音楽と、それに向き合った時間は、永遠に私の中で宝物として輝き続けます。

2012-01-12

INTERVIEW WITH HERDZIN & KUBISZYN

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

昨年12月26日のブルーノート東京におけるANNA MARIA JOPEK アンナ・マリア・ヨペクのコンサートは、それ自体も素晴らしいものでしたが、ポーランドジャズ専門ライターとしての私にとって忘れられない日になりました。

ポーランド大使館のKARSZさんが通訳をして下さって、バンドメンバーの天才ピアニストKRZYSZTOF HERDZIN クシシュトフ・ヘルヂンとポーランドトップベーシストの一人ROBERT KUBISZYN ロベルト・クビシンにプチ・インタヴュー出来たのです。

特に、私が初めて聴いたポーランドジャズのアルバムで、かつこの国のジャズにのめり込むきっかけとなったZBIGNIEW NAMYSLOWSKI ズビグニェフ・ナミスウォフスキの『3 NITGHTS』にHERDZINが参加していたという個人的な体験は、KARSZさんがぜひ本人に伝えた方が良いと言って下さって詳しくお話が出来ることになったのです。

特にメモをとっていたわけではないので記憶に頼ったものとなりますが、そのお話の内容を書いてみます。

対話形式にするため内容の前後関係に若干の編集を加えてありますが、ポーランドジャズ最先端のミュージシャンの生の声をぜひお楽しみ下さい。


オラシオ(以下オ):あなたのプレイはとても美しく、ソウルフルに聴こえます。

ROBERT KUBISZYN(以下RK):ありがとうございます。日本の観客はとてもしっかり聴いて下さるので、そういう風に繊細な部分まで受け取ってくれるのだと思います。

オ:音楽をやるということの楽しさが凄く伝わって来るプレイスタイルですよね。いつもニコニコしていますし。聴いているこちらも心がウキウキしてくるような演奏だと思います。

RK:まさに、自分はそういう風に感じてもらうために音楽をやっているので、そう言っていただけて本当に嬉しく思います。

オ:ポーランドのジャズはとても美しくて、日本の人はきっと大好きになると信じてずっと紹介し続けています。それだけの価値がある音楽だと思います。そのためにポーランド語も勉強中で、KUBISZYNさんともこれから何度もお会いすることになると思うのですが、ポーランド語でお話する割合をもっと増やして行きたいと思います。これからも紹介業頑張りますので、よろしくお願いします。

RK:そこまで言っていただいてこちらが緊張してきました(笑)。日本の人たちは本当に音楽に真剣に向かい合って下さるので、大好きになりました。私もポラ語-日本語辞典を買って、少しずつオラシオさんと日本語で会話出来るようにしたいと本気で考えています。こちらこそありがとうございます。

オ:あなたが昨年発表したリーダー作『BEFORE SUNRISE』ですが、昨年のマイ・フェイヴァリット・アルバムの一つでしたし、何より完璧なサウンドでしたね。

RK:あのアルバムはとにかく録音が素晴らしいんですよ。本当に、これからもよろしくお願いします。

オ:ありがとうございました。また会いましょう!

RK:また、ぜひ!来年1月のマコト・オゾネとのコンサートは来られないのですか?

オ:残念ですがそちらは行けそうにないですね。

RK:そうですか、残念です。ではまた別の機会に、ぜひ日本語とポーランド語でお話しましょう!


オ:今から10年くらい前に初めて聴いたアルバムがZBIGNIEW NAMYSLOWSKIの『3 NIGHTS』で、その内容があまりに素晴らしくて、それがきっかけで今ポーランドジャズ専門のライターをやることになったんですよ。

KRZYSZTOF HERDZIN(以下KH):おー、私も参加しているアルバムですね!それはとても嬉しいです。でも、あのアルバムはライヴ録音なので、ミスを結構していて完璧なプレイではないんですけれどね。

オ:ポーランドのジャズは、本当に他の国のジャズとは違う何かがありますよね。HERDZINさんの音楽にも強くそれを感じます。

KH:そうなんですよ。まず、伝統的な民俗音楽をとても大切にしています。我々の音楽のルーツになるもので、まさにハートで鳴らす音楽です。そして、クラシックとか色んな音楽のエッセンスを積極的にとりいれたトータル・ミュージックであることを目指しています。そして、やっぱり最終的に大事なのはテクニックじゃなくていかにハートで音楽をやるか、ということですよね。今回の来日で日本のみなさんの前で演奏して、観客のみなさんと音楽を通じて心の部分でつながっているように演奏中に感じました。日本のみなさんはハートで聴いて下さっていると思います。

オ:ポーランドの音楽のメロディは、日本人が好きな、シンプルにハートに届く感じに響くんですよ。

KH:なるほど。日本の音楽にもポーランドのそれと共通したところがたくさんあるのでしょうね。ところでこちらから質問なのですが、先ほど見せていただいた私の最新作『LOOKING FOR BALANCE』とか、あなたはどこで買っているのですか?そんなにポーランドでも広く売られているわけではないと思うのですが。

オ:やはりポーランドのウェブショップから購入していますね。発売開始後、大体すぐに買っていますよ(笑)。

KH:それは凄い。ちなみに私の『LOOKING FOR BALANCE』はiTunesでも販売されています。

オ:そうなんですか。あ、そう言えば、私の地元で発行されているNOZACCというフリーペーパーがあるのですが、そこにもポーランドジャズについて連載しているんですよ。ここにたまたま(笑)バックナンバー持っていました。この号にやはり凄い偶然なのですが、ZBIGNIEW NAMYSLOWSKIの『GO!』というアルバムについて書いたのです。この作品はHERDZINさんも参加してらっしゃいましたよね?

KH:ワオ、10年くらい前のアルバムだ!これについても書いてくれたのですか?本当に嬉しい。あなたのように積極的にポーランドジャズを紹介して下さる方が日本にいて、凄く心強いです。これからもよろしくお願いします。

オ:こちらこそ、あなたのような天才とお話しすることが出来る日が来るとは夢にも思っていませんでした。とても興奮しています。ポーランドジャズは音色も何もかも凄く美しくて、ずっとこの日本に紹介し続ける価値のある音楽だと思っています。これからも頑張ります。またお会いしましょう。

KH:素晴らしいお仕事、ありがとう。またすぐにでもお会いしたいですね。



感想

KUBISZYNが、自分のアルバムのことをまず第一に「録音がいいから」と言ったことに、意外さと我が意を得たりの感の両方を感じました。

やっぱり、音色や響きに関して物凄くこだわりがあるのがポーランド人なんだなと思った次第。

彼はとにかく素晴らしいナイス・ガイで、物静かで知的な感じですね。

でも演奏時の指の動きは化けもんです。

HERDZINの、ポーランドジャズはとてもたくさんの音楽のエッセンスを積極的にとりいれている、というお話も凄く納得出来るものでしたし、自分もそういうものとして聴いて来たので、あながち妄想でもなかったのだなと思いました。

また、彼ほどの天才的な技巧を持つ演奏家が「大事なのはテクニカルな部分じゃない」とあっさり言い切ってしまうことに逆に凄さを感じました。

話題に出たNAMYSLOWSKIの『GO!』ですが、ジャケット中のメンバー写真がなぜかSLAWEK JASKULKE スワヴェク・ヤスクウケになっているので参加ピアニストはどっちなんだろうとずっと疑問でしたが、やっと確認出来ました。

クレディット通りHERDZIN参加で間違いないようです。

バンドメンバーには名刺をお渡ししたり、最近のリーダー作や参加アルバムずらっと見せたりしたのですが、ギターのMAREK NAPIORKOWSKI マレク・ナピュルコフスキが「僕のほかのアルバム、例えば『WOLNO』は持ってる?」と訊くので「『WOLNO』も『NAP』も両方持ってますよ!」と言うと「ワオ!CONGRATURATION !」と喜んでくれましたし、ドラムのPAWEL DOBROWOLSKI パヴェウ・ドブロヴォルスキは後日名刺に書いてあるメルアドにメールくれました。

大使館のKARSZさんには「私の任期にオラシオさんがいて下さって本当に良かった。日本に来て良かった」と言っていただけて、私は感無量。

ポーランドジャズ普及活動家としてかなり躍進(←自分で言うな)させていただいた昨年の締めくくりとして、最高の時間を過ごさせていただきました。

これをまた第一歩として、これからも頑張ります。


ちなみに、HERDZINのピアノトリオとしての最新作『CAPACITY』はKUBISZYNと超絶ドラマーCEZARY KONRAD ツェザルィ・コンラトとの録音で、DiskUnion JAZZTOKYOさんのポーランドジャズフェア第2弾「ピアノトリオ特集」の対象商品です。

このフェアは私がセレクト、POPコメント執筆させてもらっているのですが、『CAPACITY』は先週の同店の新譜ウィークリーチャートのTOP10に入りました!

HERDZIN本人もネットで見つけたらしく、FACEBOOKで嬉しそうに報告しています。

チャートは↓こちらをご覧下さい。

http://blog-jazztokyo.diskunion.net/Entry/5139/

2012-01-11

『Q&A 親の離婚と子どもの気持ち』に応える

テーマ:PROBLEMS AROUND US
Q&A 親の離婚と子どもの気持ち―よりよい家族関係を築くヒント―/新川 明日菜

幼い頃から常に考えて来た。

自分と「普通の家庭の子ども」の間に立ちはだかる、透明で決して見えない、それでもなぜかとても高く硬い壁の正体は何なんだろうと。

ある程度胸襟を開いて話せるようになった友人たちは、「<普通の>家庭なんてカテゴライズはナンセンスじゃないのかなあ。どんな家庭にだって重い問題はあるわけだし」とよく言う。

私だって、本当はどこかでそう思いたい。

でも、依然としてこの壁は存在し続ける。

その壁は誰が作っているのだろう?


私は、5歳の時に母が離婚し(正確にはこの時点ではただの別居だった)、その直後から連れ子として母の再婚相手と共に暮らすようになったものの、前の父親の戸籍から抜けられず自分の姓と現在の両親の姓が違う、という状態で生きて来た、自称「別姓子」だ。

今やっている仕事の関係で、子どもの名前や住所を親のものを含めて見る機会が多いのだが、私のような別姓子は離婚が私の幼少時ほど珍しくなくなった今日でもなかなか見かけないようだ。


いわゆる「普通の家庭」のみなさんは、離婚を経験した家族、特に子どもがどういう思いで日々を暮らしているか想像出来るだろうか?

それをしたとしても、おそらくその半分は想像の範疇でしかなく、間違った認識だと考えてもらってもいいと思う。

そのことを当事者たちの確かな声で、しかも小難しい社会学的・家族学的言質ではなくとても解り易いシンプルな言葉で伝えてくれる素晴らしい本がNPO法人WINK編『Q&A 親の離婚と子どもの気持ち よりよい家族関係を築くためのヒント』だ。

離婚を考えた時、あるいは離婚した後に誰もが日常で直面する選択肢や疑問における、当事者からの回答が素直な形で綴られているのだが、この本の特筆すべきところは、子どもの視点というものがとても大切にされていること。

夫婦別姓問題や代理母出産など、「親子というユニット」に関する話題が世間を賑わす度に感じて来たのが、親のことばかりで子どものそれからの人生に対するケアの視点がないがしろにされている、ということだった。

世論にとって「当事者=親」なのか、と激しく憤ったものだ。

離婚をする親は、ある程度の必然的要素があったにせよ、それは選択の結果である。

しかし一方子どもはどうだろうか。

子どもにはその環境を選ぶことはほとんど出来ない。

ここは声を大にして言いたいのだが、離婚後の家族が例えそれ以前の環境より幸せになったとしても、それは結果論でしかなく、子どもは一度は激しいストレスにさらされる。

そういうことも含め、こんなに実感を伴った現実的な啓蒙の書は今までなかったと、同じく離婚家庭の当事者である私は断言したい。


私は普段から、自分の家庭のことを隠さないようにして来た。

別に露悪的でもなく、恥じるでもなく、それこそ普通に人が自分の家族を語る時のように自分の母が離婚したことや両親と苗字が違うことなども話して来た。

なぜか?

うちだって普通の家庭だからである。

むしろ、他の「普通のご家庭」よりも構成者同士の仲は良いと思っている。

ただ、そのことをいかにも重く身の上を明かすような形でボソボソ話しても周りの人は引くだけだろう。

自分のうちは幸せだし腫れ物に触るように接して欲しくないし、増してやそういう家庭に間違ったイメージを持って欲しくなかったので、自分の家庭の、たとえディープな部分であったとしても普通に話すというのは、私個人の、世間の偏見に対する戦いだった。

私があっけらかんと話す様子を見ていると、最初は微妙に引き気味だった知人たちも、やがて遠慮することなく私の家庭について話題にするようになり、それは個人レベルの偏見の打破であるように思え、ひそかに達成感を感じていた。

本書は、それをマスレヴェルで実践しようとしているものだと思うので、著者たちより若干年代が上(私は現在37歳)なものの、この本で問われていることのいくつかに当事者として応えるのは自分のこれまでの戦いにとって必要なものだと勝手に判断し、この記事を書いている。


世の中の人に訴えたいのは、「普通のうちもそうでないのもないよ」と言うのなら、私のような家庭の子どもや家族に対してネガティヴな想像をするのをまずやめてもらいたいということ。

私は今の父を本当の父と思っているし、とても幸せに育って来た。

形は色々違うだろうが、離婚家庭のそれぞれに、それぞれの幸せがあるのだろうと私は考えている。

もちろん、そうでないうちもあるだろうが、それこそ「<普通>もそうでないもない」だろう。

本書の中で、離婚家庭にいることで引け目を感じるか?という問いがあるが、答えの方にあるように、多くの離婚家庭の子どもは自分の家庭自身に引け目など感じていない。

子らにとって、自分の家族は一種のスタンダードでしかない。

ただ、周りの微妙にぬるい同情の視線などが無理矢理それをさせるのだ。

中身はそれほど違わないのに、離婚しているとか親と苗字が違うとか片親とかいう些細な理由で「亜種」を作り出す。


とは言え、私も別姓子であるという理由で相当にいじめられていたこともあるし、周囲の微妙に引く感じが完全に払拭されていたわけでもない。

それには毎日本当にイライラさせられたし、離婚した母や戸籍から抜いてくれなかった前父を強く恨んでいた。

特に前父への憎しみは強く、自分を親呼ばわりする時など「誰のせいでこんな目に遭っていると思っているんだ」「親面するな!」と心の中でどす黒い感情が沸き起こったものだ。

ただ、うちの場合は母は決して前父の悪口を言わなかったし、色々やらかした挙句一人っ子の私を連れて出て行ってしまったことに対し表立った妨害や法的措置をとらなかったことに人としての立派さを感じてもいたようだ。

なので、私は小学校くらいまでは時々前父のところに遊びに行ったりもしていた。

本書によると、別れた親との面会の機会は、とても大事なものであるようだし、また子どもにとって何が大切か、本当に子どもの視点に立ってあげられるということはどういうことか考えるという意味において親にとっても貴重な機会であるようなのだが、ただ、私は前父と家族であるという実感がまるでないので、会いに行くのもはっきり言ってお小遣い目当てだった。

今でも、親とは思っていない。

そこには憎しみだけではなくて私なりの持論があって、家族とは最初から出来上がっているわけではなくて、構成員同士で作り上げて行く関係性なのだ、というもので、その意味では私は彼とは家族としての関係性を築いていないので、親だという認識を持ちようもない。

血縁など関係ない。

私にとって家族とは、今の母と父しか指さない。

そういう意味では、結構会いに行ったり連絡取り合ったりしているのに親に会っているという実感がない、特別な環境かもしれない、私の場合。

正直言って、私には前父と暮らした記憶がまるでないのだ。


2~3年前、年老いて来た前父が10年ぶりくらいに会いたい、自分が死んだ後のことについてどうしても話したいというのでひさしぶりに会った。

結構おじいさんになっていてびっくりしたが、その時私は残酷なようだが上記の自分の持論を曲げずに話した。

前父は、離婚前母がいかに奔放に振舞ったか私に話したが、実はその辺は幼少期の記憶に残っているので別にショックでも何でもなかった。

ただ、その結果かわいい子どもをも連れ去られてしまった上、その子どもからは全く親として扱ってもらえないという彼の絶望のほどはよく伝わった。

その、かみ合ってるんだか何なんだかよく判らない再会後しばらくして、前父から「お前が家庭事情でそんなに辛い目に遭っているとは想像出来なかった。そのことを申し訳なく思う」と、離婚後初めての私に対する謝罪の手紙をもらい、そこに前父の考えを至らせるのにどれほど長くかかったことか、と感慨深かったし、胸のつかえが少しスッとしたことをおぼえている。

子どもは、多かれ少なかれ自分を離婚の被害者と思っているもの。

そのことについて親はしっかり向き合って欲しい。

ただ、変に子どもに遠慮するのもやめて欲しい。


うちの両親の場合は、子どもに厳しい経験をさせてしまうことへの罪悪感もあったのだろうけれど、きちんと育てないと、と考えたらしく、礼儀作法や「人として恥ずかしくない生き方をする」ということに関してかなり厳しく教育された。

その反面、経済的に苦労させるのはかわいそうだと思ってもいたようだし、自由に楽しく生きて欲しいと願っていたので、その意味ではかなり甘やかされていた。

まあ再婚当初はかなり貧しくて、部屋にはテーブルと食器棚以外家具がなく、毎日里芋煮ばかり食べていたような気がする。

幸い、父の仕事がその後かなりうまく行き始め、中学後半くらいからは裕福な家庭の部類に入るようになったのだが。

離婚家庭のお金の問題と言えば養育費の問題があるが、本書ではそれは別れた親の愛情の証としても大切に機能する、とのこと。

私の場合は、母が好き勝手して(とは言え母には母の言い分があるが)出て行ったので養育費の話などはなかったようだ。

大学の学費なども少し前父が出したようだが、それも母は「出したいって言うのだからまあ出してもらうか」くらいの捉え方だった。

上記のように、私は前父に親としての何ものの期待していないので、養育費があろうがなかろうが大した問題ではない。

ただ、そうでない子どももいるだろうということを本書から教えてもらった。

私は特殊なケースなのかも。


そういう、面会や養育費などのことも含め、子どもにとって何が一番かしっかり考える、ということは離婚家庭の親に最も求められることだと思う。

そのためにはしっかりと自分の子どもと向き合って対話を重ねることが大切だろう。

私のうちの場合は、母は自分が離婚に至った状況やその時の思いなどを私に正直に話してくれたし、私が一方ならないストレスにさらされることに対し本当にすまないと真剣に謝ってくれた。

ただ、だからといって私に対し卑屈になることはなかったし、親として毅然とした態度で接してくれた。

また、うちの場合は両親の友人や親戚関係で非常にゴタゴタしていたのだが、それを「子どもだから」と遮断してしまわずに私の目の前でそれらについて話をしたし、修羅場を隠すことなく見せた。

その教育方針については緒論あるだろうけれど、私はそのことをとても感謝しているし、私の人格形成に大きく影響している。


本書の中で、親の離婚によって子どもの結婚に対するネガティヴな意識が生まれるのでは?というQがある。

それに対する執筆陣の答えは、そんなことがないように周りでしっかり励ますことが大切だ、というもの。

私は、これについては違う意見で、むしろ幻想を持てなくなるので真剣に結婚することに関して考えると思うのだ。

私も今の相方と20代の半ばくらいに漠然と結婚したいなと考えていたのだが、今一度現実的にそのことを考え直した時、自分が母親へのアンチテーゼとして結婚を「成功」させたいだけなのだと気づき、それはちょっと違うなと強く思ったのだ。

この人と結婚したい、ではなく、ただ「結婚を成功させたい」だった。

個人的にはそういう経験をしているので、周りが励ます必要もないと思う。

私は自分の家庭も含め多くの崩壊家族を見て来た環境だった上、恋愛→結婚のロマンティック・ラヴ・イデオロギーの持ち主でもあったので、結婚という行為が信じられない、すなわちその結婚につながる可能性がある男女の恋愛すらも信じられない、という考えを幼い頃から持って来た。

おかげで青春のあり方もずいぶんと歪んだものになったが、そのかわりに今の相方と出会えたとも言える。

相方も家庭に絶望した経験がある人だし、色々とウマが合った。

だから、結婚にネガティヴな感情を持つことが一概に悪いとも言えないし、それがゆえに素晴らしい出会いもあるかも知れない。

結局はその子どもが生きて行く過程で自分なりの考えを構築して行くのだから、励ましたりするのもどうなのかな・・・とは思う。

結婚に対してネガティヴに捉えてしまうのも問題と言えば問題だが、ポジティヴに捉えるのも違うんじゃないかというのが私の考えだ。

出来るだけフラットな姿勢で、現実的に自分がどうしたいのかをシビアに考えてもらいたいからだ。


本書の最後の方で子どもたちへのインタヴューのコーナーがあるのだが、その中のインタヴュイーの一人が「家庭のことを話したいけれどそんなことを話題にする友達なんか誰もいない」と言っているのを読んでちょっと涙ぐんでしまった。

自分も同じだったから。

クラスメートたちを「下らない話題で盛り上がって!」と半ば軽蔑の眼差しで見ていた中高生時代の私は、その実とても深い孤独感に包まれていた。

そう、家庭の問題など誰も話のネタにしないのだ。

自分の頭の中はそのことについて常にモワモワとしているのに。


もう一度強く言う。

離婚を経験した子ども、私のような別姓子らにも彼・彼女らなりの「普通の幸せ」がある。

それはきっと、世の中で言う「普通の家庭」のものと大して変わらないはずだ。

それを普通でなくしているのは、そういう環境の子どもたちに対する周りの反応だ。

確かに本当はしなくても良かったかも知れない辛い思いもしているが、それもまた人生の苦い1ページに過ぎない。

それよりも、そういう子たちにも今感じている幸せもあるんだということの方に思いを馳せて欲しい。

私は、余計な想像→同情のメカニズムが何となく出来上がって行くのが一番許せなかった。

そういう目で見られることを糧に生きて来た部分もあるけれど、その反骨精神を全ての離婚家庭の子どもが持っているとも思えないので、そういう気持ちをこれからの子どもたちには経験して欲しくない。

本書は、実際の当事者への啓蒙書である以上に、離婚家庭ではない環境に生きて来た人々のある種の偏見を減らして行く上で最適の書だと思う。

ぜひたくさんの人に読んでいただきたい。




ひょっとしたら拙ブログ史上最長の記事になってしまったかも知れませんが、WINKさんの活動にぜひ当事者として応えたかったのです。

何かの助けになれば幸いです。

素晴らしいご本を本当にありがとうございました。

当事者、特に子どもの思いをストレートに伝えた本はとても数少ないので、嬉しかったです。

2011-12-31

今年も本当にお世話になりました!

テーマ:ブログ

読者の皆様、ツイッターやFacebookのフォロワーの皆様、そして公私でお付き合い下さった皆様、今年も本当にお世話になりました。

今年の最後の記事をしめくくる前に、今年の私に起こった出来事を備忘録として書かせていただきます。


2月

1週間ほどの帰省の途中に念願の福井旅行

帰省時、梅田のジャズレコード店「ジャズの専門店 ミムラ」さんに立ち寄り、今年の7月惜しくも急逝された三村晃夫さんと最初で最後のお喋り


3月

あの日、東日本大震災


4月

勤務先の某公共機関の委託業務入札により、またも3月29日に受託企業が替わることに決定。慌ただしく会社移籍も、現場主任業務をそのまま継続

EMIミュージックジャパンさんからAGA ZARYAN アガ・ザリヤン『LOOKING WALKING BEING ルッキング・ウォーキング・ビーイング』の国内盤ライナー執筆を依頼される

FM青森の番組「It's My Radio」にゲスト出演


5月

ライナー完成


6月

ポーランド大使館とのコネクションが生まれる


7月

ANNA MARIA JOPEK アンナ・マリア・ヨペク& 小曽根真 WITH ROBERT KUBISZYN ロベルト・クビシンのチャリティコンサートに招待される

その日お会いした大使館の方が初めてお話するポーランドの人でした。さらに英語で少しだけですがJOPEKとKUBISZYNともお話させていただきました

AGA ZARYANのアルバム発売開始!

DISKUNION JAZZ TOKYOさんでポーランドジャズフェア第1弾「ヴォーカル特集」開催。選盤とレヴュー執筆はオラシオ、担当して下さるのは同店の吉良さんのコンビ

地元の新聞東奥日報にオラシオへのインタヴューをもとにした記事が掲載される


8月

吉祥寺の有名ジャズ喫茶MEGで「ポーランドジャズ最先端特集」CDコンサート

ポーランドの人気オルタナジャズバンドPINK FREUD ピンク・フロイトを青森に招聘しようと計画するも先方のスケジュールの都合で頓挫


9月

AGA ZARYANの初来日ライヴ@東京ジャズに招待される。ZARYANやバンドメンバーとも少しだけお話しました

PINK FREUDの初来日ライヴ@新宿PIT INNに招待される。メンバーや当日のお客だった音楽・ポーランド関係の方々とかなり長くお話。メンバーとは乾杯もしちゃいました!


11月

千駄木の古書店「古書ほうろう」さんで「生誕80年記念 クシシュトフ・コメダCDコンサート」を開催

ジャズ批評の表紙も手がけているデザイナー藤岡宇央さん制作の関西圏ジャズフリーペーパーWAY OUT WEST12月号の特別企画「JAZZ POLSKI」に藤岡さんとの対談形式でオラシオの談話が掲載


12月

DISKUNION JAZZTOKYOさんでポーランドジャズフェア第2弾「ピアノトリオ特集」開催

渋谷の超有名音楽バーでのポーランドジャズCDコンサートをポーランド大使館から打診されるも、先方のスケジュールの都合で頓挫

突発企画として渋谷のオシャレなカフェレストランTOKYO MAIN DININGさんで「厳選かけ流し ポーランドジャズ音泉」を実施。以後、同企画はお手軽出張サウンドブランディングとして、出張依頼あれば全国どこへでも参りますことに決めました

ANNA MARIA JOPEK@ブルーノート東京12/26、2ND SETに招待される。JOPEKや超絶バンドメンバーたちにポーランド語で挨拶したり大使館の方に通訳していただいて色々自分の活動についてお話させていただいたり



というわけで今年は、今までこつこつとやって来たことが一気にどば~っと花開いた年でした。

世界が変わったと言うか。

来年もこのまま突っ走りたいです。

と言うかポーランドジャズをもっとメジャーにしたいです。

3月にはフィンランドジャズの専門家の方との合同CDリスニングイヴェントを考えておりますし、10月のショパンの命日にはショパンジャズ特集でもやろうかと思っています。

今年はイヴェント3回やったので、来年はその数を増やしたいです。

MARCIN WASILEWSKI TRIO マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ「NIGHT TRAIN TO YOU 君のもとへ、夜汽車が」をJRのCMソングにしよう!運動も引き続き地味にやって行きます(笑)。

来年も応援のほど、よろしくお願い申し上げます。



それでは皆様、今年も本当にありがとうございました。

良いお年を!

2011-12-30

ANNA MARIA JOPEK at ブルーノート東京,12/26 2nd SET

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

ポストクリスマスの12月26日の夜、移転先をうろ覚えでさんざん迷った末にようやく辿り着いたブルーノート東京。

ブログやツイッターでお世話になっているk_17gさんとロビーで無事ご挨拶が出来、1st SETが終わって次々と出て来る人の波を眺めつつお話しながら、当夜の主役ANNA MARIA JOPEK アンナ・マリア・ヨペク(アナ・マリア・ヨペック)がここまでの集客が出来るまでの人気者に登り詰めたことをひしひしと実感していました・・・・

そう、この日の彼女の公演に、ポーランド大使館さんからご招待いただいたのです。

クリスマスシーズンに来るのはだいぶ前から知っていましたが、この時期は昼の仕事も忙しいため、正直行くのは全くの想定外でした。

が、大使館さんからイヴェント開催の打診があり、それに備えて日程が調整出来たので、こちらも無事行くことになったのです。

というところまで決まってからビッグニュースが。

あの天才ピアニスト兼作編曲家のKRZYSZTOF HERDZIN クシシュトフ・ヘルヂンがメンバーとして同行するというじゃありませんか!

このお知らせには本当に興奮させられました。

k_17gさんにも半ばジョーク半ば本気でお話したのですが、HERDZINは今日本では巷で話題の上原ひろみと矢野顕子のデュオライヴアルバムの、その2人を足しちゃったくらい凄い人なのですから。

しかも他のメンバーはおなじみの、MAREK NAPIORKOWSKI マレク・ナピュルコフスキ、ROBERT KUBISZYN ロベルト・クビシン、PAWEL DOBROWOLSKI パヴェウ・ドブロヴォルスキといった超絶若手プレイヤーたち。

それにJOPEKは最近新作を3枚同時発売して乗りに乗っていますし、また、クリスマスの時期にポーランドの音楽家が演奏する、ということには日本で考えられる以上に気合が入る何かがあるのです。

その何かとは、ポーランドの人々に深く根付いているKOLEDA コレンダ=クリスマス・キャロルの文化。

言わば彼・彼女らのソウルです。

アメリカで黒人がブルーズやゴスペルをその精神的支柱としたように、ポーランド人も古くから伝統として受け継がれてきたそれを自身の幹とし、現代の最先端の音楽と密接に結びつけつつ発展の礎として来ました。

クリスマスシーズンにポーランド人の精鋭の音楽を聴く、ということにはそういう面もあるのです。


セットリストは新作の『POLANNA ポランナ』やこれまでたくさんセルフカヴァーもしてきたおなじみの名曲たち、そしてもちろんコレンダも。

HERDZINはピアノ以外にパーカッションやDUDUKと言われる縦笛、さらには歌も歌ったりと相変わらずのマルチ天才っぷり。

彼はYOU TUBEに色んな楽器で弾いたJOHN COLTRANE ジョン・コルトレインの難曲「GIANT STEPS ジャイアント・ステップス」の動画を挙げているくらいの、スーパーマルチプレイヤーでもあるんですよ。

しかしそれでピアノの濃度が薄まるわけでもなく、シャープなバッキングと、ポーランドのピアニスト中ではむしろ異質な明るく転がるようなタッチでバリバリ弾きまくっており、時間的にはピアノに専念する割合が減っても彼がまぎれもない天才ピアノ奏者であることを当夜のオーディエンスは確信したでしょう。

あと、この日吹いていたDUDUKは、KRZYSZTOF KIESLOWSKI クシシュトフ・キェシロフスキの映画作品(特に『DEKALOG デカローグ』や『LA DOUBLE VIE DE VERONIQUE ふたりのベロニカ』)がお好きな方は聴いてすぐピンと来たと思います。

そう、80年代から彼の映画のサウンドトラックを担当していたZBIGNIEW PREISNER(PREJZNER) ズビグニェフ・プレイスネルがそれらサントラ中でよく使用していた、大変に印象的で叙情に満ちた音色のあの楽器なのです。

そんなところにも、ポーランド魂が炸裂していたわけですよ。

コンサートの初め頃、紙を読みながらではありましたが、大変に聴きやすい日本語でアドリブで節をつけながらJOPEKが語ってくれたことによれば、「この日の歌は愛の歌ばかり。皆様が深い愛に包まれますように」とのことです。

そのシンギングMCが終わった直後、ヒュー・グラントに似ていなくもないイケメンドラマーのDOBROWOLSKIのバカテクロングドラムソロが始まったのには内心少し爆笑してしまいましたが。

しかしそのソロも凄かったですし、随所に挟まれるバンドのインタープレイが本当に歌もののバックバンドのレヴェルを数十倍も凌駕したアグレッシヴ&ハイレヴェルなもので、こういうところにもポーランドヴォーカル音楽の凄さが現れているんですよね~。

そして、JOPEKのヴォーカルをセクシーとか官能的とか今まで思っていた人は、おそらくこの日を境にその印象が180度変わってしまったのではないでしょうか。

彼女は物凄くエネルギッシュに歌いますし、アドリブもたっぷり。

声量も音程もステージングのアグレッシヴさも素晴らしいもので、あの独特のウィスパーヴォイスによるシンギングは、実はとてもソウルフルなものなのだと、生で聴くと肌身で感じます。

そして、彼女を含めたバンドメンバー全員がとても仲がいいのも見ていて楽しくなります。

優しい微笑みを絶やさずに超絶プレイを連発するナイスガイベーシストKUBISZYNと、立ち上がってからのよたよたダンスをしながら高速弾き倒しのコントラストが微笑ましくも口あんぐりのハイテクギタリストNAPIORKOWSKIの2人は特にいいムード出してます!

私は何でもかんでもライヴ見なければ本当のところは解らない、という暴論には与しないスタンスなのですが、「本当のところ」かどうかはさておき、このJOPEKのバンドはライヴを見たら全く違ったイメージを感じる典型的な例なのではないでしょうか。

ポーランドを代表する知名度を持つ彼女の音楽がこんなにも熱くソウルフルで楽しいということはつまり、そのままこの国の音楽の美しさの奥に秘められた情熱と、その熱さとは違う「篤さ」とも言うべき温かく人間的な何かを証明してくれているように思えます。

そして、それらを生み出す非常に重要なファクターになっているのが彼女が過去のアルバムから一貫して重点的に採り上げているコレンダやトラディショナルソングなのです。

また、ポーランド語のSZやCZなどといった二重子音のもたらす独特の響きは、まるで三味線や親指ピアノの「さわり」(=ビビリ音。サスティン音)と同じような効果があり、人間の脳を気持ち良くさせ、特に音楽的に聴こえるのではないか、というのが私の説でして、ライヴでそのポーランド語の響きが空間を揺らしながら耳に滑り込み、観客をより一層魅了していたように思います。

ブルーノート東京なので短いながらも、しっかり練られたプログラムで主人公JOPEKの歌も超絶バンド演奏も、観客を温かい気持ちにさせてくれる様々な趣向もたっぷり楽しませてくれる本当に素晴らしいステージでした。


こんな凄いライヴが楽しめただけでも夢見心地なのに、当夜はさらにサプライズがあったのです・・・・

それについては次の記事をお楽しみに!

2011-12-29

厳選かけ流し ポーランドジャズ音泉 at TOKYO MAIN DINING,Shibuya報告

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

ポーランド大使館さんから打診があった、クリスマス時期のCDコンサートイヴェントは、正式にはぽしゃり、あとは私が勝手に火の着いたイヴェント魂を持て余し勝手に暴走し勝手に場所を探して決め、ほとんど何の宣伝もなしにゲリラ的に実施するという、ポーランドジャズ紹介をする上で有意義なんだか何なんだかよく判らない結末に落ち着いたのでした。

そんな私のムチャな要求をのんで下さったのは、渋谷にあるとってもオシャレなカフェレストランTOKYO MAIN DININGさん。

お店については記事下のリンクをどうぞ。


結局どんな感じで実施させていただいたかと言いますと・・・・


CDをかけられるのは厨房脇の裏にある従業員控室

自分がかけた曲がほとんど聴こえない

当然お客さんの反応も見えない


という状態の中で、ひたすらCD交換してかけてました(笑)。


以上は単なる事実の報告でありまして、場所と時間を快く貸して下さったTOKYO MAIN DININGさんへの非難ではありません。

それどころか、DJという仕事には、自分が好きな音楽をかけてそれを聴くということと、お客さんの反応を見ることがとてつもなく大切であることを逆説的に痛感させて下さったので、貴重な体験でしたし、何よりこんな状態で曲を2~3時間かけ続けたDJなんていないという意味において非常に面白い時間だったと考えており、感謝の言葉しかありません。

支配人さんによると、当日のお客様は普通にお茶やお食事をされてBGMを楽しんでおられたようですし、店側からクレームもなかったのですから、厳しい環境でやったにしては成功したと言えるのではないでしょうか。

実際、「今こういうのやってるよって宣伝するような何かがあるともっと良かったのにね」と支配人さんに言っていただきましたし。


ところで、このお店の名前を読んでピンと来た方もいらっしゃるかも。

昨年の2/23にあの天才ピアニストLESZEK MOZDZER レシェク・モジュジェル(レシェック・モジジェル)がライヴをやったお店なんですよ!

その時にはポーランド料理をお店で出したそうです。

で、その関係で、今私に懇意にして下さっている大使館の音楽担当の方と支配人さんは顔見知りでした!

大使館の方は当日様子を見に来て下さって、私が持って来た100枚超のCDに興奮されてました(笑)。


ちなみに、当日かけた曲の一部をご紹介します。

NIGHT TRAIN TO YOU / MARCIN WASILEWSKI TRIO

KIEDY MNIE JUZ NIE BEDZE / ANNA SERAFINSKA

UCIEKAJ,UCIEKAJ / ANNA MARIA JOPEK

CICHY ZAPADA ZMROK / ANNA MARIA JOPEK

KOLYSANKA / ROBERT MAJEWSKI

REVERSION / MATEUSZ SMOCZYNSKI QUINTET

LONESOME DANCER / ANDRZEJ JAGODZINSKI TRIO

POLSKIE DROGI / KRZYSZTOF HERDZIN,MARIUSZ BOGDANOWICZ,PIOTR BISKUPSKI

YOU'LL NEVER KNOW / ANNA GADT

I'M COMFUSED / JULIA SAWICKA

WESTERN BALLAD / ZBIGNIEW NAMYSLOWSKI QUINTET

CANTABILE IN H / LESZEK MOZDZER & ADAM KLOCEK

BOSSA NOVA DO PODUSZKI / INGA LEWANDOWSKA & KUBA STANKIEWICZ

420 km FROM HOME / WOJCIECH NIEDZIELA


などなど・・・・

なかなか面白い選曲でしょう?


ちなみに当日はツイッターを見て来て下さった方もいらっしゃり、終了後小一時間お話させていただきました。

楽しんでいただけたそうで、総じて今回のイヴェントはゲリラ的に短期間で準備したにしては成功したと言えるのではないでしょうか。

渋谷に行くことがあったら普通に行ってみたくなった素敵なお店ですので、また機会があれば何かビシッとやらせていただきたいですね。

TOKYO MAIN DININGスタッフの皆様、当日は色々お邪魔もしてしまいましたが、本当にお世話になりました。

厚く御礼申し上げます。


TOKYO MAIN DINING

http://www.shidax.co.jp/tmd/



オラシオ主催万国音楽博覧会
終了直後、窓際のカフェ席でお茶しました

ふかふかのソファと窓の外の都会の流れのコントラストが絶妙!

2011-12-19

世界有数の人口30万豪雪都市青森市の現実といふもの

テーマ:ブログ

オラシオ主催万国音楽博覧会
最寄り駅からのこの風景が私は大好きなのですが・・・


オラシオ主催万国音楽博覧会
段々冬の気配が近づいて来て・・・

オラシオ主催万国音楽博覧会
しまいにゃこうなるわけです(笑)


オラシオ主催万国音楽博覧会
凍えながら電車が来るのを待つ。ああ、やっとやって来た!


オラシオ主催万国音楽博覧会
雪はそれ自体も美しいですが、周りのもろもろをも美しく彩るのです


オラシオ主催万国音楽博覧会
しかし雪かきは疲れる・・・これ判ります?

スコップの長さ以上に雪が積もっているのですよ

これ掘っておかないとドアが開かなくなるんです


どうですか、我が街青森市の冬は?

凄いでしょう?

これ、まだまだ序の口なんですよ!

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