オラシオ主催万国音楽博覧会

自称「日本でただ一人のポーランドジャズ専門ライター」オラシオのブログです。「百文は一聴にしかず」をモットーに、世界有数の豪雪都市青森市から世界最先端の情報をお届けしています。出張CDコンサートのご依頼はaladyhasnoname@ヤフーまでお願いします。


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「ポーランド映画は凄い!」というイメージを決定づけた作品群の中でもひときわ輝いているのが62年公開のロマン・ポランスキ Roman Polanski監督作品『水の中のナイフ』です。
観た後に誰もがしびれきってしまうこの傑作をまたスクリーンで観られる上映イヴェントが今月12日、原宿VACANTさんで開催されます。
このイヴェントの面白いところは、上映して終わり、あとはみなさんで感動を持ち帰って下さいということではなくて、上映後に猫沢エミさん、樋口康人さん、DJパウラさんによるトークショウがあり、さらにその後にはDJパウラさんによる現代ポーランドポップミュージックのスピンをBGMにしたミニパーティーがあるというところ。
映画ファンや音楽ファン、さらには猫沢さんや樋口さんのファンが自然に交流することができる凄く面白いイヴェントだと思いますので、みなさんぜひぜひ参加してください!

イヴェント詳細↓
Culture SHOCK
http://www.vacant.vc/d/105
https://www.facebook.com/events/1505284589700656/?fref=ts

とは言え『水の中のナイフ』って評判しか聞いたことない!とかGLAYのアルバムじゃなかったっけ?(笑)とかで二の足を踏んでいる方たちのために、少し内容をご紹介します。
個人的に感じた「3つの視点」から紹介していますが、あくまでさわりだけの、ごく私的なもの。
興味を持った人はぜひぜひこのイヴェントに参加して、自分なりの「水の中のナイフ」観を持って下さいね。
そういう懐の深さがある作品なんです。


水の中のナイフは、

1.「女の映画である」
この映画の登場人物はたったの3人です。中年にさしかかった一組の夫妻と、まだまだ青さが残る若者男子。2人の男は劇中でかなり対立しますが、私が思うにこれは「男」の「世代間闘争」というマッチョな視点から撮られた映画ではない。本当の主役は観察者である妻=女だと思うのです。
男同士は互いに相手に「自分にはないもの」を見てとり勝手に反発心を燃やしていますが、女は二人の男に「重なり合うもの」を見ているのではないでしょうか。彼女が若者に半ば庇護的な目を向けているのは、夫がかつて持っていて、今は自覚もなく失いつつあるものを彼の中に見ているだけ。言うなれば彼女が若者の青臭い言動の向こうに透かし見ているのは、自分たちが若かった日に出会った過去の夫でもあり、さらにその向こうには全ての男が共通して持っている「男性性」のロールモデルのようなものも見据えています。
二人の男を見比べているようでいて、実はその「2つ」にはほとんど個体差などない、というある種の「ジェンダーの究極」を妻の視点を通してさらけ出しているのではないかとも思えてきます。だから、これは男の戦いの映画ではなくて、女が主役の映画なのです。

2.「反歴史の映画である」
ポーランドと言えば、幾度も他国に蹂躙され第2次大戦ではナチに人種差別と大虐殺を受けソ連には見殺しにされ・・・と悲惨な歴史ばかりが語られて来ました。また、そういった「事実」を風化させないための国民の努力も凄まじく、めちゃめちゃに破壊されたワルシャワの旧市街をヒビ一つまで狂いなく再現して建て直したり、ドキュメンタリー制作も他国に比して非常に盛んです。
しかし、ポランスキと彼の盟友イェジ・スコリモフスキ Jerzy Skolimowskiの共同脚本である本作は「悲惨なイメージなんてダサいぜ」というムード。絵になる瞬間がひたすらに目に飛び込んでくるスタイリッシュなカットの連続と、世界中のどんな時代の人間にも共感させられるようなシンプルな作劇で、特に若い世代に理屈抜きにアピールするとにかく「カッコイイ」作品をリリースしたんです。
登場人物が少ないのに、セリフで埋め尽くすやかましい会話劇にせず言葉の数を抑え目にしているのもいいですね。「お勉強しなきゃ、ポーランドのことはなかなか理解できない」という敷居の高さを一蹴するような、そんな映画なんです。

3.「ジャズの映画である」
確かキューブリックだったかフォード・コッポラだったかスコセッシだったかが、「映像と音楽がわかちがたく結びついた最高の作品」と激賞していたのも、この映画のセールスポイントです。スタイリッシュな映像と独特の緊張感を伴ったシャープな人間ドラマに付加価値以上の効果を挙げているのは、ポーランドの現代音楽シーンの礎となっているジャズの作曲家クシシュトフ・コメダ Krzysztof Komedaです。
東欧のマイルス・デイヴィスと呼ぶ向きもある凄い人なのですが、70年代を迎える前に事故死して当時のポーランドのミュージシャンたちが逆に「オリジナルな音楽をやらんといかん!」と発奮し、現代の音楽王国ポーランドが作り上げられたという、「早く死んだからシーンが発展した」というちょっと特殊な事情を持つカリスマでもあります。
世界最初期のジャズフェスであるソポト・ジャズ・フェスティヴァルが行われた1956年のソポトの街のある一角で、コメダとスコリモフスキが初めて言葉を交わしたという青春の一幕などなど、彼と映画界をめぐるエピソードもたくさんあるのですが、それはまた別の話。
今も世界中の人がノックアウトされているこの映画のジャズサウンドもまた、この傑作の「歴史の波から切り離されたかっこよさ」を演出するのに一役買っています。ぜひ聴いて下さい。
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JOANNADUDA

モヒカン頭がトレードマークのポーランドの女性ピアニストJOANNA DUDA ヨアンナ・ドゥダの目下のところ唯一のリーダーアルバムをご紹介します。
今回本作を紹介するのには2つ理由があります。
まず、彼女は7月にポーランドのコンテンポラリーダンスユニットの音楽制作+ピアノ生演奏者として来日します(詳細下記)。
そしてもう一つの理由は、このアルバムの音楽が、今のポーランドのジャズ事情をとてもよく表しているように思えるからです。
とりあえず、初のリーダー作なのに「ザ・ベスト・オブ」というタイトルをつける不敵なんだかお茶目なんだかわからないセンスも、彼女の持ち味の一つなのだということは最初に書いておきましょう。

最近「今のポーランドのジャズって若い人に人気あるんですか? どんな感じの音楽なんですか?」と訊かれることが増えています。
メインストリームなジャズサウンドについては、若者へのアピール度はどの国も似たり寄ったりだと思いますが、近年のジャズは、アメリカだけでなくポーランドにおいても、ヒップホップやエレクトロニカ、ダブなどなど、若者にとって等身大の音楽に急接近しているのです。
こうした現状のバックグラウンドとして、ポーランドが90年代前半に社会主義から資本主義へと体制変換した時の、猛る若者たちのエネルギーの象徴のような存在だったYASS ヤス(ジャズやパンク、ロック、前衛音楽などがミックスされた現代ポーランド独自のジャズ)というのがあるのですが、それはまた別の話。
そのYASSの台頭で産声をあげたグループの中に、何度も来日し、ポーランドの若い世代にも絶大な支持を得ているPINK FREUD ピンク・フロイトがあり、ヨアンナはそのリーダーWOJTEK MAZOLEWSKI ヴォイテク・マゾレフスキの別名義のクィンテットのピアニストでもあるのです。
そのヴォイテクのクィンテットでは本格的で豪快なピアノ演奏でアンサンブルを盛り立てているのですが、今のポーランドシーンでは、そうした「フィジカルな実力」を見せる方向性はメインストリームと言うよりはすでに「多くの流れのうちの一つ」のような感じになってきています。
そこで、この『ザ・ベスト・オブ』が今のシーンを知るのに非常に有効になってくるのです。
タイトル通り、これまでのヨアンナが手がけてきた様々な音楽のショウケースなのですが、クラシックの正統な教育を受け、ピアニストとしてヴァーチュオーゾであるにもかかわらず、プレイヤーとしての自分の資質を半ば放棄したような、エレクトロニカっぽかったり、クリス・デイヴっぽいポリリズミックなドラミングとヘロヘロしたチープな打ち込みが拮抗するナンバーなどがずらりと並んでいます。
また、キッチュなレトロ感覚がたっぷりの音作りに、この国独特の感性も感じます。
もちろん、ピアニストとしてのヨアンナもここにはいるのですが、ヴォイテクのバンドの時とは大違いでシンプルでちょっとチープな感じの演奏をループさせてずらして重ねたり、モーリス・ラヴェルの作品をジャンクなフィーリングでもうひとりのピアニストとデュオったり。
ピンクのヴォイテクやTOMASZ DUDA トマシュ・ドゥダ、何度か来日もし、内橋和久も大絶賛する天才ドラマーJERZY ROGIEWICZ イェジ・ロギェヴィチも参加し、独特のユニジャンルな音楽の成立に力を貸しています。
そこには、クラシックやジャズマナーの中でどこまでいけるかという視点からかなり大きくアングルがずれた、斜に構えた視線と、その批判精神を今の時代のポップさにまとめあげるクレヴァーなセンスの両方がたっぷりと感じられます。
特に、ポーランドのクリス・デイヴ、JANEK MLYNARSKI ヤネク・ムウィナルスキとのデュオユニット「J=J」は飛び抜けてぶっ飛んでてカッコいいです。
(J=Jにはすでに『2013 EP』というミニアルバムがあります。ヤバイです)
自身を育んできたジャズやクラシックの音楽家という軸をあくまで持ちながら、見境がないとすら言いたくなるくらいの節操なさで様々なジャンルを横断し、しかも自分の軸がなければ絶対に成立しないポップな音楽を、彼女ら最先端のポーランドジャズミュージシャンが多数作っているというのが今のこの国のシーンの特色と言えます。
ピアニストしてのまともな演奏は一切入っていない本作にも、超一流の器楽奏者としての鋭い「音響」への感性がしっかりと反映されているのも重要なポイントです。
と言うわけで、このアルバム、彼女自身の現時点でのベストであると共に、ある意味ポーランド音楽の最先端シーンのベストとも言えそうな、独特かつ非常に幅広いサウンドが詰まっています。
おすすめです。

と、こんな才人ヨアンナの、さらに別の顔。シリアスなコンポーザーとしての側面は、来月の来日公演で直に体験することが出来ますよ!
詳しくは下のリンクで!
第11回 シアターX(カイ)国際舞台芸術際2014「AMAREYA THEATRE」公演について

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6月1日(日)at 青森SUBLIME !!

ユミ・ハラ・コークウェル、クリス・カトラー&デーヴィッド・アレンによるオルタナティヴ&プログレッシヴなトリオyou,me & usの青森公演!
70年代以降、裏でヨーロッパシーンを席巻してきたカンタベリー/アヴァンギャルド/ジャズロック人脈の中心人物「伝説製造機」クリス・カトラーが生で聴ける東北で唯のライヴです。
open19:00/start19:30
チケット前売り3500円/当日4000円(ドリンク代別500円)

e+でも前売り販売中です!...
http://eplus.jp/sys/T1U90P006001P0050001P002124613P0030001P0007
※会場は、2階ライヴスペースは全面禁煙、1階バースペースは喫煙可の分煙とさせていただきます。ご協力よろしくお願い致します。
青森SUBLIMEについては→こちらのページからチェック♪

前売り券ご希望の方は、SUBLIMEにお電話していただくか、オラシオにDMください。
オラシオのメルアドは aladyhasnoname□yahoo.co.jp (□を@に変更)です。
twitterやFBでのメッセージでも結構です。

*しかし残念ながら、今回のツアーではアレン氏が急病で来日出来なくなってしまいました。というわけで本ツアーは急遽、彼の早期復活を祈る「Get Well Soon,Daevid 早く治ってね、デーヴィッド」というコンセプトを掲げた変則編成によるyou,me & usをお届けします!

来場されたお客様には、デーヴィッド自身によるイラストとメッセージが描かれたお土産用ヴァウチャーカードを差し上げます!
また、彼に直接手渡されるノートを会場に置きますので、ぜひお見舞いメッセージを書いてください!

青森だけの特別企画として、トークショウ「クリス・カトラー、ドラムを語る」が行われます。彼を知り尽くしているユミ・ハラ自身が通訳を務めるので、みなさんにわかりやすいトークになるでしょう。
引き続き特別企画を検討中ですので、当日のサプライズをお楽しみに。

<プロフィール>written by オラシオ
ユミ・ハラ・コークウェル
キーボード、ヴォーカル。ワールドワイドな活動で知られる、日本が世界に誇るアーティストの一人。吉田達也、ナスノミツル、鬼怒無月などなど日本のトップクラスのインプロヴァイザーとの多彩な共演、ソフト・マシーンのベーシスト、ヒュー・ホッパーとのユニットHUMI、元ヘンリー・カウのジョン・グリーヴズやカトラーとのアルトー・ビーツなどなどインターナショナルなメンバーによる個性豊かなユニットでの活動を同時進行させるヴァイタリティあふれる音楽家。さらには即興ワークショップの主催者、イースト・ロンドン大学音楽学講師や研究者などマルチな顔も持っている真の才女。

クリス・カトラー
ドラム。1947年イギリス生まれ。イギリスだけでなく、ヨーロッパのアヴァンギャルドロックシーンの頂点に立つユニット、ヘンリー・カウや伝説のグループ、アート・ベアーズなど、数々の前衛ロックグループでドラムを担当してきたさすらいの凄腕打楽器奏者。詩人としても知られ、知的な風貌から「ドラムの哲人」とも呼ばれる。フレッド・フリス、ジーナ・パーキンズ、ダグマー・クラウゼら前衛シーンの天才たちとの数々のレコーディング、ドイツの鬼才デュオ、ゲッベルス=ハルトと結成したカシーバーなど、参加する全てのプロジェクトが語り草となっている「伝説製造機」。日本の映画監督、青山真治によるドキュメンタリーフィルムも撮影されているほどの世界的なカリスマ。

デヴィッド・アレン(急病により不参加)
ギター、ヴォーカル。1938年オーストラリア、メルボルン生まれ。66年にイギリスで、後に多大なリスペクトを集めることになる放浪のカリスマ、ケヴィン・エアーズらとともに、ヨーロッパのアートロックシーンの源流となるカンタベリーの草分け的グループ、ソフト・マシーンを結成。70年代前半はフランスに渡り、マグマと並び同国の全ジャンル人脈を総動員した一大ムーヴメントを巻き起こす伝説のバンド、ゴングを結成。さらに80年にはアメリカ東海岸アヴァンギャルドシーンの礎を築いたニューヨーク・ゴングを創設。つまりはこのアレン、マイルス・デイヴィスやビートルズ、フランク・ザッパらと並ぶ、60年代以降の音楽シーンの中でも最重要人物の一人なのです。まさに生きる伝説。

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闇の子供たち [Blu-ray]/江口洋介,宮崎あおい,妻夫木聡
映画『闇の子供たち』を観てしまった。
映画作品としては賛否両論が激しく巻き起こった模様ですが、幼い子を持つ方は観ない方がいいような、観た方がいいような。
実際の幼児売買春でも行われているであろう、子どもたちに対するひどい性行為や暴力の数々がかなりリアルに撮られていて、虚脱した表情では鑑賞出来ないのは間違いありません。

作品の批評として、一つ言っておかなくてはならないと思われることがあります。
ネットで賛否の数々をたくさん読んでみました。
リアルさの追求については、まず「この手の映像を子どもに演技させてリアルに近づけて良いのか?」という問題提起が前提にある上で、「実際には商品としての子どもの体に傷をつけるなどありえない」とか「こんなのリアルじゃない。ちゃんと取材してんのか」という批判がかなり多いです。
ノンフィクションでないフィクション作品に実際に起こっているであろうことからの一定の乖離状況を批判してもしょうがないのではと思います。
映画技法として、またはストーリーテリングの面で、色々言いたい面も確かにありますが、もしこの重い作品にポジティヴに向き合い、建設的な受け取り方をするならば「人の残虐性は人の想像を超える。目の前の画面に映っているもの(抱く感想が絵空事かリアルのどちらであれ)以上に悲惨であることは間違いない」と想い描くきっかけにするということでしょう。
しかし江口洋介の絶叫からラストまでの展開を「説明不足」と言う人が多いのも何ともはや。
映画としての完成度はさておき、この映画から発信されている(意図しているいないに関わらず)真のテーマは「想い描く」ことなのでしょうから、説明を過剰に求めるのは決定的に外している感じがしますね。
あと、原作の設定がそもそも間違っているであろう点について阪本監督を責めまくるのも若干筋違いのような。
ちなみに、個人的な感じでは原作者の梁石日がタイトルを「子ども」とせずに「子供」としたのは、子どもが変態たちへの「供物」として扱われているという意味を持たせたかったのではという気がしてなりません。
闇の子供たち (幻冬舎文庫)/梁 石日
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http://www.empik.com/inside-city-slawek-dudar-quartet,p1087769352,muzyka-p

(LUNA MUSIC / CD337)

近年、ジャズとヒップホップやドラムンベースとの接近が様々なところでトピックとなっていますが、それはそれらの音楽の本場アメリカだけでなく、ヨーロッパも例外ではありません。
そんな中でもポーランドは、それらの融合が最もはかられてきた国でないかと思います。
今回はそうしたムーヴメントの中から一枚をご紹介。
比較的中堅?のサックス奏者スワヴェク・ドゥダルのセカンドアルバム『INSIDE CITY インサイド・シティ』です。

オープニングのタイトル曲からドラムンベースやメタリックでミニマルなロックのグルーヴを大胆に導入した曲調で「今の音楽」感が充満しています。
ゲスト参加のアルトゥル・レシツキ ARTUR LESICKIのギンギンギターも効いていますね。
リーダーのドゥダルのサックスは往年のフュージョンの大物プレイヤーを思わせる、きらびやかな張りを持った音色なので、曲によってはメロウでアーバンなサウンドに「あの時代の懐かしさ」のようなものを感じてしまう人もいるかも知れません。

最初に、ヒップホップやドラムンとの融合が近年盛んであると書きましたが、それだけではなく、その中にそれぞれの国の「民俗性」のようなものをさらに盛り込んでいるものが最先端になっているような気もします。
ロバート・グラスパー ROBERT GLASPERしかり、ティグラン TIGRANしかり。
そういう意味では、ポーランドの場合はピンク・フロイト PINK FREUDなんかがそうした「理想形」に最も近いでしょうか。

その意味で行くと、このアルバムはタイトル通り都会的な音楽で、一聴しても「ポーランドらしさ」を感じないという人も多いかも。
ですが、そこは随所にメランコリックな叙情を振りまくロベルト・ヤルムジェク ROBERT JARMUZEKのピアノに注目。
彼の繰り出すハーモニーには、古くからのポーランドジャズ特有の響きが隠し味としてひそんでいます。

ドゥダル自身の音楽は、さらっとしたタッチのサウンドと大掛かりではないものの気配りの行き届いたアレンジングが魅力だと思うのですが、それともう一つ、ピアニストの使い方がうまい。
アコースティックな方向性だったファースト『BRAND NEW WORLD ブランド・ニュー・ワールド』(LUNA MUSIC / LUNCD195)でも、グジェゴシュ・ウルバン GRZEGORZ URBANが演奏にアレンジにと大活躍でした。
特に、ウルバン編曲による「ラウンド・ミッドナイト」は従来の同曲のアレンジの路線を覆す「夜明けへの序章」のようなイメージを押し出したもので、出色でした。

本作に話を戻しますと、とにかく定評のあるポーランドプレイヤーらしいバリバリと切れまくるトーンで細かいフレイジングをものともせず吹き倒すドゥダル自身の演奏と、ビシビシ繰り出される鋭くとんがったリズムフィギュア、そして圧倒的に「現代」を感じさせる空気感とがタイトに絡まりあい、これもまた従来の暗く重いポーランドのイメージを覆すであろう洗練されたカッコイイサウンドになっています。
ポーランドがどうとかより、現代ジャズの佳作として、オススメです。
「今のジャズ」はなんかリズムの立ち方が違うんですよね。
本作を聴いても、一昔前の「リズムが立ってるジャズ」とグルーヴの触感、肌触りが全然違うのを感じることと思います。
ちなみに、ラストナンバー「EST」は現代ジャズを切り拓いたイコン的アーティストの一つ、エスビョルン・スヴェンソン・トリオ ESBJORN SVENSSON TRIOに捧げられています。
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ダブル・ブックド/ロバート・グラスパー

本記事は、柳樂光隆監修の話題のジャズ本『Jazz:The New Chapter』を下敷きとしています。ここで書かれている内容に興味を持たれた方は、ぜひ同書をお読みになって下さい。


『ブラック・レディオ』(以下BR)『ブラック・レディオ2』の連作で一世を風靡した現代ジャズ界の風雲児グラスパーの、オーソドックスフォーマットとエクスペリメントをつなぐミッシングリンクのような作品『ダブル・ブックド』を聴いてみました。
初めて彼がエクスペリメントを名乗ったアルバムでもあります。
ヴィセンテ・アーチャーとクリス・デイヴによるピアノトリオによる前半、ケイシー・ベンジャミン、デリック・ホッジ、デイヴとのエクスペリメントによる後半という二本立て(ダブル・ブックド)の構成になっています。
今、音楽界を揺らしに揺らしまくっているこの逸材が持つ音楽性を総合的に知りたければ最適な作品かも知れません。
私はどちらかと言うとアコースティックなフォーマットが好きな方なので、彼の「そちら側」はどういうサウンドなんだろう、と正直かなり興味がありました。
ヒップホップなど、ブラックミュージックとの強いつながりを言われる彼のことですから、こちら側でも相当に鋭角にリズムが際立ったメロディ作りをしているのだろうと予想していたので、イントロのライヴを模したMCの後にすっと流れ込んで来る旋律を聴いてかなり驚きました。
誤解を恐れずに表現するならば、非常に「薄味」の、都会的なセンスに満ちたヴォイシングも併せて、全編「さざ波」にような揺らぎを感じさせるメロディなのです。
その緩やかな揺れに身を委ねているとだんだんわかってきました。
彼のメロディは「フロウ」感覚なのだろうと。
普段東欧系の、比較的自己主張のはっきりした旋律を聴いている私にとって、ヒップホップのフロウはメロディと語りの中間をたゆたうような、凄く曖昧なものに聴こえるのですが、その時に抱く独特の浮遊感と似たような気分になるのです。
また、センテンスの一つ一つを切り離してみるととても華麗なピアノソロも、全体を通して眺めると唐突な間がところどころに挟まれ、ぶつ切りっぽい感じなのも面白いですね。
音の間に関する感覚には、独自のものを感じます。妙にフェイドアウトっぽい処理の曲が多いですし。
また、先ほどハーモニーは都会的な洗練があると書きましたが、しかし、随所に「アメリカの空・大地」を感じさせもします。
これが『Jazz:The New Chapter』中のインタヴューで山中千尋さんが指摘されていた、グラスパーが持つ「ゴスペル」っぽさに起因するのかどうかはわかりませんけれど。
さて、しかし、しかしです。
私は本作の前半を聴いて、ある意味一番強く感じたのは、以下のようなことでした。
これら一見「オーソドックス」な音作りを何作も経なければ、あの『ブラック・レイディオ』に辿り着かなかったのだな、という彼の道のりです。
きっと、レコーディングデビュー初期の頃から、BRのサウンドヴィジョンはたとえおぼろげながらにしても、今自分がやっている音楽と地続きになって見えていたはずです。
「地続き」というのがミソで、きっとそのヴィジョンと、本作の前半で聴かれるような音楽は、彼の中ではある意味「同じもの」なのかも知れず、きっと「BRのための下積みとして今これをやっている」という意識はなかったでしょう。
が、外側から見ると、彼もまたアコースティックでオーソドックスなフォーマットによる「通過儀礼」的なリリースを経て「普通のジャズもちゃんと出来る」というところを見せた上でBRの制作に踏み切ったように見える。
本人の、自己の音楽性に対するカテゴライズの意識の持ちようはどうあれ、その意味ではグラスパーは非常に慎重にことを進めて、BRの完成を成し遂げたように思います。
ちょっと文脈が違うのですが、故マイケル・ブレッカーはセッションプロジェクトの名盤『ブルー・モントルー』の超高速4ビートナンバー「アップタウン・エド」という曲でようやくにして「何だ、ちゃんとしたジャズも吹けるんじゃないか」と「評価」されたといいます。
すでに怒涛の演奏をパッケージしたアルバムを何枚も発表し、数々のスタジオセッションで名をあげていながら、です。
そしていわずもがなですが、これはもちろん「ジャズ言説」の中の話でもあります。
当のミュージシャン間では、当然彼の実力のほどは知れ渡っていたでしょう。
マイケルの話をここに出したのは、グラスパーは、マイケルの例に当てはめた場合、オーソドックスなサウンドを出来るということを見せる「手順」をすっ飛ばして『ヘヴィ・メタル・ビバップ』を発表するようなことは、慎重にも避けていたという気がするのです。
その辺のことが、BRで見せたトータルなサウンドセンスのある種の繊細さにつながっているように思うのです。
とは言え、本作後半で聴かれる「初エクスペリメント」はまだBRにくらべ、特に彼らのサウンドのキモであるドラマー、クリスの爆発が足りないように思いますし、指向性のパーソナリティはすでに一級品ではあるものの、やはりBR制作にはまだ距離があった段階だとも言えるでしょう。
そこにも、BRはベストのタイミングで作られたのだろうという、彼の緻密な計算がうかがえます。
BRの独自の開放感がうかがえるテイクとしてはやはりビラルの「オール・マター」ですかね。
本人の歌唱も含め、「現代世代によるジャズヴィジョン」が明確に見えてくるサウンドとなっています。
グラスパーはたぶん、この2本立てのどちらにも重心をおいていない。
彼にとってはどちらも同じことなのでしょう。
ただし、それを見せて行く「語順」は慎重に配置する、そういう音楽家なのだと思います。
前半のオーソドックスサウンドの中に垣間見えるヒップホップ世代の独自性は、あたかも旧共産圏国の、「検閲」を潜り抜けつつ確かに思想を忍ばせた高度な芸術を思い起こさせます。
「ちゃんとジャズが演奏出来る」というマッチョなジャズマナー検閲を軽やかに飛び越えた本作は、話題のジャズ本『Jazz:The New Chapter』(以下JTNC)の内容を端的に表現したような作品と言えるかも知れません。

さて、JTNCですが、きっと「私たちおじさん(おばさん)世代にはよくわからない」とか「これが今のジャズと言われても・・・」という意見がこれからどんどん出て来るように思います。
ちなみに言っておくと、私は監修者の柳樂氏と数歳しか違わない、微妙に同世代に入る人間だと思っているのですが、実は彼が言うような「僕ら」ではない。
つまり、その「僕ら」がコンセンサスとして持っている「ヒップホップ」や「アメリカンミュージック」などを私はほとんど通過していません。
なので、実感としては彼の言う「僕ら世代」に皮膚感覚では共感し得ないのかも知れません。
ですが、彼がこの本でやろうとしていることは「世代間闘争」ではないのだと思います。
上で触れたような「ある世代」「ある層」の読者の反応のようなものって、結局使われている言葉がそのまんまで、ここ数十年繰り返されて来ました。
それにより「若い世代」「ジャズリスナーじゃない人たち」がジャズへの参入をスポイルされて来たという事実の蓄積の提示が、この本におけるコンセプトの一つなのではないでしょうか。
なので、例えば先の都知事選で候補の一人である家入氏が「『僕ら』とか言って若者だけ囲いこんで世代闘争している場合か」と批判された、その文脈と同列に扱うのはちょっと違うのかな、と個人的には考えています。
「若者や非ジャズリスナー以外を排除したジャズクラスタの成立」ではなくて、「そもそもそういう人たち(若者&非ジャズリスナー)を交えてのジャズのプラットフォームが一度でもあったか」という問いかけをしているのでしょう。
なので、JTNCを読むにおいて「グラスパーが本当に今のジャズの代表なのか」の真偽を問うのではなく、「へ~、そうなんだ、こんなん知らんかった、聴いてみようかな」でいいのだと思います。
実際私は、ぜーんぜんカヴァーしてない範囲なので、まずそういう風に楽しんでいます。
ま、もちろん、色んな意見、批評をして行くのは自由なんですけれどね。
その輪の中に、これまでジャズを語る層として存在していなかった人たちがどんどん入って来ると面白いですね。
まずは、この本をそういう場が広がって行くための第一歩と、受け止めようではないですか。

Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平 (シ.../柳樂 光隆

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今回のジャズ批評特集は、四谷のジャズ喫茶いーぐるのマスター後藤雅洋さん、ジャズ評論家の村井康司さん、ローランド・カーク研究などで知られる林建紀さんによるジャズ史上の「ジャズ・ライヴ名盤100選」でした。
これまでのものとはイレギュラーなセレクションがあったり、3氏による対談などもあり、内容自体は面白かったのですが、ポーランドジャズライターとしてはちょっと首をかしげるところもありまして。
えーと、一言で言うと要するに「アメリカ以外のアルバム、少な過ぎるんじゃ?」ということですね(笑)。
あと、90年代以降から現在までの期間からのセレクションもとても少なくて、5枚くらい?
まあ時期的なトピックはさておき、ヨーロッパや南米など非米地域のジャズって、今や「汎世界音楽」と言ってもいいと思われるジャズという音楽にとって、その程度の影響力しか持っていないのかな、という疑問が私にはあります。
もちろん、こういう問題については「いや、これでも多過ぎるくらい」と感じる人もいるでしょうし「ジャズはアメリカの音楽なのだ」と言う人もいるでしょう。
個人差はたくさんあるのでしょうが、私はとりあえず「少ない」と感じてしまったので、まあカウンターオピニオンとして極私的な非米ライヴ盤の10選を挙げておきます。
あくまで私的なものなので、そもそもジャズ批評における3氏の選考基準と趣旨が全く違うじゃないか、というご指摘があれば、正直返す言葉はありません。
ただ、3氏とは全く違うアングルからのセレクションは、この音楽の広過ぎるシーンを俯瞰するのに少しは役に立つかも知れません。
私は結局、人に何か言えるほど詳しいのはポーランドだけなので、ポーランド以外の盤はかなりこじつけっぽいです。
要するにあんまり「ジャズ」じゃないのですが、しかし、世界規模で見た時どんな音楽がその国におけるジャズなのか、っていうことを考えるきっかけにはなるでしょう。
私にとってジャズとは「ジャズの語法やミュージシャンを導入しなくては成立しないポップス」の領域における「寄生音楽」としての要素が肝なので、そういうものがたくさん入っています。
他の国は他のスペシャリストの方たちにもぜひ挙げていただきたいと思います。
90年代以降のも誰か挙げて下さい。
まあ私のも基本的に90年代周りが中心なんですけれどね。
一応「歴史的価値」を省みた非米ライヴ10選も挙げます。
こっちはもっとこじつけです(苦笑)、浅はかな知識ですみません。

極私的10選

AO VIVO LIVE AT MONTREUX JAZZ FESTIVAL / HERMETO PASCOAL(BRASIL)

ジャズかどうかはさておき、ただただ世界遺産級の名演というべきでしょう。紛れもなく「ブラジル音楽」なんですが、このごった煮感にジャズを感じる人は多いでしょう。
FARAT(DVD) / ANNA MARIA JOPEK(POLAND)
これぞ「ジャズの要素がなければ成り立たないポップス」の最高峰。傑作。
3 NIGHTS / ZBIGNIEW NAMYSLOWSKI(POLAND)
ポーランド特有の凝り性と屈折したセンスが濃縮された天才ナミさんの3枚組ライヴ。彼が40年近くのキャリアでものしてきたオリジナルがどっさり。
LIVE IN SOFIA / LESZEK MOZDZER & ADAM PIERONCZYK(POLAND)
ライヴと言えばこれ。現代ポーランドジャズシーンを牽引する天才2人の若き日の邂逅。会場にマイク一本立てただけの録音で、全曲ノンストップのほぼメドレー状態で押しまくる名演。
AT A FERGHANA BAZAAR / ENVER IZMAILOV(UZBEKISTAN)
ウズベキスタンのタッピング大魔神、超絶ライヴ。これを本当に一人でやってるのかどうかという技術的な問題より、このサウンドそのものが凄いです。頭の中どうなってるんだろう。
THE ORACLE / MILCHO LEVIEV & DAVE HOLLAND(BULGARIA/ENGLAND)
たぶん本人たちはこれを挙げられるの快くは思わないんでしょうね(笑)。でも愛聴盤なんだからしょうがない。ブルガリアとイギリスの鬼才同士による日本ライヴ。ピアノ&ウッドベースのフォーマットによる演奏としては最高峰じゃないんでしょうかね。
ORIENT LIVE / TIMNA BRAUER & ELI MEIRI(ISRAEL)
LPでは2枚組で出ていたイスラエルの女性ヴォーカリスト入りグループのライヴ。サウンドはちょっとフュージョンっぽいんですが、明らかにイスラエルの民俗音楽っぽい部分もとりいれているし、とにかく圧巻の演奏です。イスラエルシーンはこのアルバムを聴いてかなり前から気になっていたんですが、最近はアメリカで大ブレイクですね。
MEN'S LAND / MICHEL PORTAL(FRANCE)
PANDEMONIUM / FRANCOIS JEANNEAU(FRANCE)

この2つは80~90年代のフランスシーンを牛耳っていた2大巨匠のライヴです。ポルタルの方はデイヴ・リーブマンやジャック・デジョネットらとのコンボ、ジャノーはフランスの若手の鬼才を一堂に集めたビッグバンド。どちらもフランスならではの「アメリカとは違うジャズ観」が濃厚に出た内容となっています。
S席コンサート(DVD) / 矢野顕子(JAPAN)
もう何をか況や。ユニジャンルポップスの最上の成果です。

歴史的10選

LIVE AT THE JAZZ JAMBOREE FESTIVAL 1961-1967 / KRZYSZTOF KOMEDA(POLAND)

東欧のマイルスと呼ばれたコメダのジャズフェス出演音源をまとめた3枚組。ところでじゃあ「西欧のマイルス」っているんでしょうか?西欧を飛ばして東欧の彼がそう呼ばれたってところに物凄く重要性を感じるのですが。
POLISH JAZZ VOL.37 ALL STARS AFTER HOURS / VARIOUS ARTISTS(POLAND)
いわゆるオールスターセッションものなのにとにかくひねってみないと気がすまないポラ人たち。「ソー・ホワット」も「ピース」も風変わりな演奏になっています。70年代前半の当時から、いかにポーランド人たちが確立した独自のジャズセンスを持っていたかよくわかる音源です。
NOT TWO / MILOSC & LESTER BOWIE(POLAND)
ポーランドの独自性は政治に「自由への希望」がさした時に必ずジャズが傍らにあったことです。50年代半ばと90年代初頭ですね。これは後者の雰囲気をパッケージした歴史に残る名盤。クラシックの素養バリバリのLESZEK MOZDZER レシェク・モジュジェルにフリーキーなMIKOLAJ TRZASKA ミコワイ・チシャスカ、パンキッシュなリーダーTYMON TYMANSKI ティモン・ティマンスキにアート・アンサンブルのレスター・ボウイが違和感なく同居し、それに熱狂する観客という不思議。
9-11.PM TOWN HALL / DANIEL HUMAIR,JOACHIM KUHN,MARTIAL SOLAL,MICHEL PORTAL,JEAN-FRANCOIS JENNY-CLARK,MARC DUCRET(FRANCE)
フランスシーンの天才たちがニューヨークに殴り込みをかけた記録。数十年かけて、欧州の国々が独自のジャズを培って来、それを自信を持って逆輸入させたプライドを感じさせるような切れ味の鋭い音が満載。
CONSPIRACY : SOVIET JAZZ FESTIVAL,ZURICH 1989 / VARIOUS ARITISTS(USSR)
旧ソ連のジャズもごった煮・てんこ盛り状態で凄まじく面白いのです。これはソヴィエト体制崩壊前夜の、スイス・チューリッヒにおけるソヴィエト・ジャズ・フェスの記録。土地が広大なだけでなく、音楽も果てしなく広く深いのだとよくわかります。
LIVE IN TALLINN / JAN JOHANSSON(SWEDEN)
LIVE IN HAMBURG / E.S.T.(SWEDEN)

以上2枚はスウェーデンの礎となったヤン・ヨハンソンと、北欧ジャズの突破口となったエスビョルン・スヴェンソンのライヴ。どちらも若くして亡くなりましたね。
GOURBET MOHABET / MILCHO LEVIEV & THEODOSII SPASSOV(BULGARIA)
シーンを牽引する天才と言われながらアメリカに亡命したブルガリアのミルチョ・レヴィエフの感動的な凱旋ライヴ。後半では、彼の次の世代のスターで、民俗楽器のカヴァル(笛)マスター、テオドシー・スパソフが参加。新旧の偉大なるマエストロの磁力に満ちた共演が聴けます。
MILAGRE DOS PEIXES AO VIVO / MILTON NASCIMENTO(BRASIL)
これを入れることには異論が続出でしょう。ブラジルのジャズならもっとあるだろう、と仰る方もいらっしゃるでしょう。でもあえてこれ。ミルトンはじめ、70年代初頭のブラジルの最先端のミュージシャンが集って凄まじい歌入りオケジャズをやっています。
KONCERT'98 / LAJKO FELIX ES ZENEKARA(HUNGARY)
さて、これも異論続出でしょう。ハンガリーの天才ヴァイオリニスト、ライコーの大傑作。フォーマットも聴いた感触も全くジャズではありませんが、この自在な「アクロス・ザ・ボーダー」感にジャズを感じないとしたらもったいないです。


以上でした。
ちなみにアメリカものでは、
CALIFORNIA CONCERT / CTI ALL STARS
DGQ-20 / DAVID GRISMAN
TORTURE NEVER STOPS(DVD) / FRANK ZAPPA
KEYSTONE 3 / ART BLAKEY AND JAZZ MESSENGERS
TEARS OF JOY / DON ELLIS ORCHESTRA
HEROES AND ANTI-HEROES / LEE KONITZ & GIL EVANS
PUBLIC THEATER / GIL EVANS ORCHESTRA
LOTUS / SANTANA(MEXICOか)

とか変なのばっかり挙げたくなるのでした(笑)
まあKURT ROSENWINKELのREMEDYとか、その辺のものも凄いですよね。
でもよく知らないのであえて挙げないでおきます。
他の方たちにお任せしますので、われこそはというかたはぜひバトンを受け取って下さい。
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みなさま、今年もお世話になりました。

何だか色々激動の年でございました。

3月末日で働いている図書館の委託の現場主任を降り、ヒラになった上、週4日勤務に変えました。
ライター業を増やしたかったからです。

その甲斐もあり、今年は会員制の季刊俳誌『白茅』に連載のお仕事をいただき、また世界的なギタリスト内橋和久さんからは彼のプロデュースするポラ日インプロプロジェクト「今ポーランドがおもしろい#2」のポスターのテクストと情宣を依頼されました。

昨年に引き続きポーランド映画祭でもパンフレットへコラムの執筆をさせていただきました。
同祭のホームページの予告編や会場で流れる音楽の音源提供とか、ディスクユニオンさんと協力して行った関連フェアの付録小冊子の執筆もしました。

私がプロデュースする「チェシチ!レコーズ」は今年も2枚リリースすることが出来ました。春にギタリストのラファウ・サルネツキ『ソングズ・フロム・ア・ニュー・プレイス』、先月末にはピアノトリオRGGの『シマノフスキ』。
これからも良質な作品をリリースして行く所存ですので引き続きよろしくお願いします。

個人的な「激変」は何と言っても先月に負った足首の大ケガ。
くるぶしの下の腱の断裂でした。
そういう大ケガは初めてだったので最初は非常に落ち込みましたが、何とか完治まであと10日あまりまで来ました。

さて、来年の目標です。

とりあえずポーランド関連の本を出すつもりで、現在具体的に動いている最中です。
あと、いずれフィクションを書きたいと子どもの頃から思っていたので、そちらの方向でも頑張りたいですね。

というわけで残り3分あまりですが、今年もお世話になりました!
また来年もよろしくお願い申し上げます。

オラシオ
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毎年暮れには「今年のマイベスト」投稿がネットワールドを賑わしますね。
私もご他聞に漏れず挙げてみようと思います。
基本的に順不同ですが、ベストワンだけはとにかく自分としてはぶっちぎりのものだったので、それをまず挙げます。

VESNA / BABOOSHKI

今年の、と言うかここ数年のベストと言ってもいいくらいに気に入っています。ポーランドとウクライナの民謡をヴォーカルジャズにアレンジした作品で、両国から一人ずつ女性ヴォーカルが参加していて、その彼女らがリーダーです。アレンジが素晴らしいとか色々音楽的にも触れるべきところはたくさんあるのですが、何と言ってもポップなのが良いです。BABOOSHKIはこれがセカンドなのですが、一枚目もまあまあでしたが本作でほんと化けました。
参考音源ようつべにあがってますので、試しに聴いてみて下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=Xbvfzi5AoDk

それでは以下9枚どうぞ。
例によって年の後半はやるべきイヴェントなどが目白押しだったので、CDの購入がほとんど出来ず、不完全な「年間ベスト」です。
青は新作、赤は発掘音源系。
うーむ、われながら今年はかなり聴いていないですね・・・・

シマノフスキ SZYMANOWSKI / RGG(チェシチ!レコーズ)
MOMENTS / SLAWEK JASKULKE
NEAR A FOREST / POLISH JAZZ QUARTET
KOMEDA / OBARA INTERNATIONAL
JAZZ I ORKIESTRA / MICHAL WROBLEWSKI
ARYTHMIC PERFECTION VOL.1 - RITE OF SPRING VARIATION / JERZY MAZZOLL & TOMASZ SROCZYNSKI
ETHNO UGOR - JEDNA EUROPA WIELE KULTUR 2 / MERCEDES PEON,WARSAW VILLAGE BAND,AIRTIST & PABLOPAVO I PRACZAS


POLISH RADIO JAZZ ARCHIVES VOL.5 / ANDRZEJ TRZASKOWSKI
ROAD TAPES #2 VENUE / FRANK ZAPPA & MOTHERS
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しつこいですけどみなさん、ポーランド映画祭2013、行ってますか~?
ちゃんとチェックしてますか?
http://www.polandfilmfes.com/

今日は今回のポラ映祭の20本強の作品のうち、脇役なども合わせると5~6本出ている「東欧のジェームス・ディーン」ことズビグニェフ・ツィブルスキ Zbigniew Cybulskiについて見所をご紹介します。

ツィブルスキと言うと何と言ってもアンジェイ・ワイダ(ヴァイダ)の超名作『灰とダイアモンド』の、最後に撃たれて野垂れ死ぬ若者マチェクの印象が強いですね。
確かにこの作品における彼の刹那的なムードを漂わせた青年像は鮮烈なのですが、私個人は最初観た時「そんなに演技巧くないような・・・・?何でこんなに評価されているんだろう」と感じたのも正直なところです。

しかし、今回の映画祭で集中的にたくさんの作品を観て、彼が登場するたびに驚きを隠せませんでした。
外国人美女とポーランド人青年の悲恋の物語『さよなら、また明日』での気弱な主人公、主役の少年の過酷な境遇に重苦しくひりひりした感情を逆撫でされる『沈黙』で現われるマチズモ全開の中尉。
ヴォイチェフ・イェジー(イェジ)・ハスの絢爛豪華な幻想絵巻『サラゴサの写本』で、次々と目の前に現われる色欲と死のにおいにまみれた障害に振りまわされる剣豪の息子。
名作『夜行列車』で未練たらしくヒロインをひたすら追って来る青年、などなど。

『サルト』はまだ観ていないのですが、どの役も全く違うタイプで、見せる表情も違い、特に脇役の時にそうなのですが、何と言うか登場してしばらくしてから「あ、これツィブルスキか!」と気づかされるくらい巧みに役にはまりこんでいるのですね。
人って色んな顔や外見があるようでいて実は結構似たり寄ったりなのですが、それを判別するのは大きなつくりの違いではなくて、凄く微妙な違いだということを彼はよく理解しているのではないでしょうか。
実際劇場販売パンフレットの中の遠山純生さんの解説では、『さよなら~』のヤヌシュ・モルゲンシュテルン監督は『灰とダイヤモンド』で成功した後だけに、ツィブルスキの演技がそれを引きずっていないか心配したけれど、杞憂だったということです。

今回の映画祭みたいに何作か重ねて観て初めて判る、彼のカメレオン俳優ぶり。
やっぱり彼は凄い俳優だったのですね。
しかし、亡くなったのが電車に飛び乗ろうとして失敗したって。
『夜行列車』で何度も電車にしがみついていたじゃないですか・・・・。
ツッコミ入れたくなっちゃいます。
映画大学に遅刻しそうになって何度もトラムから飛び降り、『不戦勝』でスタントなしで走る列車から飛び降りてみせたスコリモフスキのようにはいかなかったんですね。
今回のカメレオンぶりを知り、改めて早過ぎる死が残念に思えました。
どうでもいいですけど、ポーランド映画って本当にたくさん鉄道が出て来ます。
鉄ちゃんの方とかも観に来ると楽しめるのじゃないでしょうか。
この辺は「なぜ鉄道の登場シーンが多いのか」調べる価値もありそうです。

というわけでみなさん、この記事で挙げた映画ともども、ぜひぜひ彼の名演技やその他作品なんかも観に来て下さいね~♪
12/13までです!
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