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2013-05-17

Yamhoracioの夜Vol.1 発見記 at Sublime,Aomori Set List

テーマ:ブログ
お客さんは少なかったんですけれど、満足していただいた度は相当高かった青森市発の音楽世界一周DJイヴェント「Yamhoracioの夜Vol.1 発見記」。
FBにはジャケ写真つきのセットリストをアップ済みなのですが、より触れやすいこちらブログの方にもアップします。
えーと、多分こんなに多国籍で面白い音楽をかけまくるイヴェントってそうそうないと思います。
下記の曲目をご覧になるとお判りかと。
気になる方は、県内と言わず全国と言わず、ぜひぜひ青森県観光も兼ねて聴きに来て下さいませ(笑)。

1st Set
1.NIGHT RAIN - DUOTONES / DOUBLE IMAGE - USA
2.16/16 - DGQ20 / DAVID GRISMAN - USA
3.EMIGRANTVISA - 8 BITAR / JAN JOHANSSON - SWEDEN
4.1,2,3,4 - SECRETLY & CONFIDENTIALY / ZBIGNIEW NAMYSLOWSKI - POLAND
5.IVAN LENDL - JACK L!NE / ORCHESTRE NATIONAL DE JAZZ 90/91 - FRANCE
6.SCHOLOCHO(ARMENIAN DANCE) - AT A FERGHANA BAZAAAR / ENVER IZMAILOV - UZBEKISTAN
7.DARK BEAUTY - ORIENT LIVE / TIMNA BRAUER & ELIAS MEIRI ENSEMBLE - ISRAEL
8.AVE RARA - DIVERSOES NAO ELETRONICAS / VANIA BASTOS - BRASIL
9.BENNY'S TUNE - GRETCHEN PARLATO / GRETCHEN PARLATO - USA
10.JUNGLE HURRICANE - 51° BELOW / BIG BAND QUOI DE NEUF DOCTEUR - FRANCE
11.FADO - EUROPEAN BRAZIL PROJECT / HANS FICKELSCHER - INTERNATIONAL
12.JATEK 1 - KONCERT'98 / LAJKO FELIX ES ZENEKARA - HUNGARY


2nd Set
1.REALITY KNOWN - SUGARFREE / SLAWEK JASKULKE 3YO - POLAND
2.STEWED PLUMS - REMINISCENCES / MILAN SVOBODA & PRAGUE BIG BAND - CZECH-SLOVAKIA
3.LIVING LIKE WEESELS - SONGS FROM A NEW PLACE / RAFAL SARNECKI QUARTET - POLAND
4.HAPPENING AT ONCE - HAVING TO ASK / DEANNA WITKOWSKI - USA
5.FUGA - ANNIVERSARY CONCERT FOR HESTIA / LESZEK MOZDZER & ADAM PIERONCZYK - POLAND
6.THREE VIEWS OF A SECRET - BEAUTY AND THE PRINCE / JEANFRANCOIS PRINS & JUDY NIEMACK - BELGIUM
7.KATHY - IN PURSUIT OF THE 27th MAN / HORACE SILVER - USA
8.TAKE FIVE - RIMONA FRANCIS WITH STU HANCOHEN ORCHESTRA - ISRAEL
9.UNKNOWN TITLE - UNKNOWN TITLE / IVO PAPASOV - BULGARIA
10.ENCONTROS E DESPEDIDAS - CASAMENTO / MONICA PASSOS - FRANCE/BRASIL



そしてそしてまたお知らせ!
このDJイヴェントの続編「Yamhoracioの夜Vol.2 探検記」が同じサブライムさんで、6月26日に開催されます。
同じくチャージ1000円1ドリンクつき、夜8時からですので、ぜひぜひよろしくお願いします~。
http://blog.livedoor.jp/sublime_aomori/archives/52019651.html
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2013-05-16

オラシオ・セレクション:極私的ポーランドジャズ年代別ベスト5アルバム 70年代後半編

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI
2010年代まで一気に仕上げるつもりがほったらかしになっていたこのテーマ、ぼちぼち再開致しやす。
とは言え、70年代後半ってかなり難しいです(苦笑)

一応順不同

DRUMS DREAM / CZESLAW BARTKOWSKI
70年代後半のポラジャズぶっちぎりの傑作は、これだと思います。同国のジャズ史上最高のドラマーだと多くの人が認めるであろうチェスワフ・バルトコフスキが、前半にジャズロックインプロヴィゼイション、後半にJAN PTASZYN WROBLEWSKI ヤン・プタシン・ヴルブレフスキ指揮のビッグバンドとのセッションを配して録音した作品。同時期のBILLY COBHAMの作品群にも匹敵する豊かなサウンドクリエイションと適度なアヴァンイズム、そして何より本人の神がかったドラミングの冴えなどが濃密に味わえる、ドラマーリーダー作としても屈指のアルバムです。

FUTURE TALK / URSZULA DUDZIAK
BUDDY WILLIAMS バディ・ウィリアムズやMARCUS MILLER マーカス・ミラーらアメリカシーンの有能なプレイヤーとZBIGNIEW NAMYSLOWSKIや夫のMIHCAL URBANIAK ミハウ・ウルバニャクらポーランド人のトッププレイヤーとの刺激的なセッションが楽しめる作品。4オクターヴ以上の声域とアグレッシヴなスキャットスタイル、エフェクトユーズの異能を併せ持つウルシュラの天才に驚くと共に、ポーランド勢の持つ独自のサウンドセンスがアメリカに乗り込んで行った時の勢いが感じられる作品です。とりあえず一国のジャズシーンに残された名盤を挙げる時にすんなりヴォーカルアルバムが選ばれてしまうことの意味の重さを感じていただければ。

MAN OF THE LIGHT / ZBIGNIEW SEIFERT
ポーランド出身のジャズ「器楽奏者」が確実に世界のトップを照準に入れた瞬間を記録した作品。ポーランドのシーンともそこそこつながりがあった旧西独のJOACHIM KUHNに、CECIL McBEE セシル・マクビー、BILLY HART ビリー・ハートと欧米の濃い面子が結集して華を添えています。それでいて流れているのは確実にポーランドエッセンス。夭逝しなければきっと世界最高のジャズヴァイオリニストとしての座を手に入れていたでしょう。

KUJAVIAK GOES FUNKY / ZBIGNIEW NAMYSLOWSKI
ポーランド人の妙な凝り性と伝統音楽を結びつける手腕に独自の天才を発揮しているのがこのズビグニェフ・ナミスウォフスキです。こんなに奇妙で変態な音楽を作り続けているのに、同国での尊敬のされ方はわれわれ日本人の想像を超えていて、そういうところにまたこの国の音楽の深さを感じます。まあ、絶対に他の国の人には創ることが出来ない音楽を生み出していますからね。このアルバムでは珍しく2ホーン(テナーが故TOMASZ SZUKALSKI トマシュ・シュカルスキ)でのっけから15拍子20分の組曲でそのストレンジなサウンドセンスをてんこ盛り味わわせてくれます。それでも、いい意味で物凄く軽いノリなんですよ。その辺の「押し付けて来ないところ」がポーランドらしいと言えば言えます。

MODERN PENTATHLON / LABORATORIUM
ポーランドのジャズほど「バンドアンサンブル」を重んじているジャズもないんじゃないかな?とよく感じます。このラボラトリウムはプログレやジャズロック、フュージョンなどにカテゴライズされることも多いですし、実際私もそういう括りで語ることが多いのですが、聴けば聴くほど何と呼べばいい音楽なのか判らなくなって来る不思議なバンドでもあります。URSZULAの男性版のようなヴォイスワーク、現代音楽っぽいサウンドエフェクト、本能をグイグイ刺激して来るリズムセクションにプログレッシヴな曲構成が渾然一体となって迫り来る独特のサウンドは、聴けばはまってしまう方続出間違いなし!


まあこんなもんでしょうか。
ちなみに、SBBやNIEMENら、通常プログレの枠で語られるアーティストや、同時代のポップスなどを聴いてみてもジャズミュージシャンが多数参加しているので、結構どんなものにでもジャズフィーリングを感じることが出来るんですよね。
おそらく国全体における「ミュージシャン」の数が少なかったんだと思います。
なので、全ジャンル的にジャズの人たちが駆り出されたんじゃないかと。
おまけに結構アレンジとかまで関わったりしているので、ジャズファンにとってはお得な国だと思います。
この時代自体はそれほどジャズの傑作が多いわけではありませんが、そういう楽しみ方もあるので一応ここに書いておきました。

ではでは、次回の80年代編をお楽しみに。
2013-05-14

WISLAWA / TOMASZ STANKO NEW YORK QUARTET - 中編

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

Wislawa/Tomasz New York Quartet Stanko



私はかつて、TOMASZ STANKO トマシュ・スタンコを「上手くはないが旨い演奏家」と表現したことがあります。
どんな内容の音楽をやっていても、彼が一吹きした瞬間まるで全アルバムに通し番号を振ったかのように彼一色にサウンドが様変わりするのです。
その傍若無人なまでの個性を、聴き手は「旨味がある」と解釈する、いやさせられてしまう演奏家なのだと思います。
実際その印象は今も変わっていませんが、もう少し詳しく彼の「上手くなさ」を見つめたい。
彼の演奏が「テクニカル」ではないと印象づけられる一番の要因は何でしょう。
フレージングがアクロバティックでないとか、音楽性自体がそもそもテクニカルでないとかもあるのかも知れませんが、おそらくそういう視点から彼の演奏を捉えている人はほぼいないでしょう。
彼のトランペットに「旨さ」を感じるにせよ「上手くなさ」を感じるにせよ、あの独特のすすり上げるようなノイズ混じりの発音に強く耳を引きつけられているはずです。
ポーランド人ジャズミュージシャンはほぼ全員、まさにシーン全体とも言うべき規模でその超絶技巧ゆえの「磨き抜かれた」美音を自らの最上の魅力とし、ある種の美学とも言うべきこだわりを見せて来ました。
しかしSTANKOはいわゆる「技巧派」ではなく、音に不安定な揺らぎを湛えたスタイル。
ポーランドジャズの王道からすると異端なはずなのに、それゆえにこそ彼は最もポーランド人らしい演奏家とも言えるのです。
彼の一音の始まりに必ず含まれる「サワリ」にも似た絶妙のノイズがその不安定さゆえに空気を揺らしアンサンブルにある種のグルーヴを生み出しているように思えます。
音色で音楽全体を支配してしまう彼こそが、音色に尋常ならざる執着を見せるポーランド人の象徴のようになってしまうというこの逆説の音像。
そのこともまた、「倒叙的」音楽家たるSTANKOらしいと言えば言えます。

さて、本作の成功の最大の功労者は誰でしょう。
疑いようもなくウッドベースのTHOMAS MORGAN トーマス・モーガンです。
STANKOの、誰がどんなプレイをやっていようが音を発する度に強引に精緻なアンサンブルの完成に揺さぶりをかけ、スタンコの色一色に染め上げてしまう、ある意味非常に独裁的で傲慢、刹那的とさえ言えるプレイに対し、真に真っ正面から対峙し得ているのは、3人の中で恐らく彼だけではないでしょうか。
堅実な印象ながら、その実雄弁に「歌」を奏でているMORGANの本作における演奏の、何に驚いたかというとその「音色」なのです。
まるで弦とボディ、そして演奏している場自体がダイレクトにつながっているかのような豊かで柔らかい「鳴り」は、彼の指先から生まれ出た音のミストのように温かく我々の体まで包み込んでくれます。
よく聞くとボトムをキープする役割からはあり得ないような不協和な低音を結構な頻度で紛れ込ませたりして油断ならないプレイヤーだと思いますが、この音を聴くともはやどんなノートを弾いているかとか「些細な問題」はどうでも良くなってしまいます。
彼がSTANKOに対峙し得ている唯一のメンバーであるというのは、演奏技術云々ではありません。
あとで触れますが、VIRELLESもCLEAVERも素晴らしい演奏を聴かせてくれています。
が、MORGANがその両者とは質が違う演奏をしていると思われるのは、STANKOの、一音一音に全霊をこめて放たれる、常に「音色」で共演者やその場の音楽そのものを盛んに挑発し破壊し一瞬で自分の世界に造り替えてしまう、演奏家としてのライフ・ワークならぬ「ライフ・コンセプト」を敏感に察知し、自らの最上の音色でぶつかっているからなのです。

さて、今一度この作品が詩人のWISLAWA SZYMBOLSKA ヴィスワヴァ・シンボルスカに捧げられたものであることを思い起こしましょう。
詩というものは、どんな言葉の並びをしているかという事象の中に、「どんな意味であるのか」と「どんな響きがするのか」という二つの評価指標が含まれます。
冒頭、私はなぜ現代ポーランドの象徴とも言える大詩人へのオマージュに他国人(しかもヨーロッパ人ですらない)を起用したのかよく分からないと書きました。
ですが、STANKOはひょっとしたらSZYMBOLSKAへの敬愛の念の中に、後者への評価をより感じているのかも知れません。
とすれば、彼が目指したものは面子を見た時に感じる「ニューヨーク・クァルテット」による世界標準の「凄いジャズ」ではなく、異なった響きを持つ他者の介入による「音色の駆け引き」だったのではないかと。
もちろん、ポーランド人ミュージシャンを起用し「ポーランドらしい調和」を一度創り上げた上でお得意の「即音破壊→再創造」という流れでSZYMBOLSKAが綴った「ポーランド語」へのオマージュは十分に完成し得たはずです。
ただ、彼は他者を介入させること、そして自らの音色の揺れを「ポーランド人としてのアイデンティティが生む揺らぎ」として定義づけることで、ポーランドの文化の特異性や美を際立たせる目的があったからこそ、この多国籍なメンバー(それもアメリカのシーンの最前線で活躍する)の期用だったのではないかと、私は踏んでいます。
そして、そのことを最もよく理解し、駆け引きを演じることが出来たのがMORGANであったのではないかと。
彼の、これまでどんなウッドベーシストからも聴かれなかったような天上の音色には、そう妄想するに足るだけの説得力があります。

本作のSTANKOとMORGANの音色のあまりにも対照的な個性は、さながら「北風と太陽」のごとくですが、あの話と違うのは勝敗がつく結末がないことです。
人間の持つ根源的な「孤独」をすすり上げるように表現し、凍てつくようなある種の「ブルーズ」フィーリングでサウンドに揺さぶりをかける前者、放たれた瞬間柔らかく温かい光を見せながらどこまでも大らかにサウンドを、そして聴き手までも包み込む後者、この2人の演出する緊張とも安堵とも言えない絶妙の揺れ動く均衡は、まさにこのメンバーでしか成し得なかったものでしょう。


最終回の次回:後編では、MILESやSHORTERとの対比や、VIRELLESやCLEAVERへの言及も含めて展開して行きたいと思います。

2013-04-29

4/13「ジャズ・ヒップホップ・マイルス 追加講習」 by 柳樂光隆氏 at いーぐる 受講録

テーマ:ブログ
普段、ポーランドジャズの汎用性を説くために、時々「クラブシーン」とか「フロアアンセム」がどうとかとか何とか知ったような言葉遣いをしていますが、実は私はそちら系には全く知識がありません。
と言うか、「解っている方たち」には上記の2語のような単語そのものが「解ってない」ことの証明なんだけど、と失笑を買うかも知れませんが。
ヒップホップとか、もう全然聴いたことないです。
少し前ですが、ツイッター上でも話題を呼んだ『文化系のためのヒップホップ入門』という本を読んで、「音楽として聴いてはいけない」という件である種の衝撃を受け、気にはなっているジャンルではありました。
そんな私がヒップホップのトーク/リスニング・イヴェントに行くことになりました。
気鋭の若手ジャズ評論家/ライター、柳樂光隆さんによる「ジャズ・ヒップホップ・マイルス 追加講習」です。
このイヴェントにおいては、2つの重要なファクターがあると私は考えています。
一つは、ジャズサイドからヒップホップを照射するという試みを、ヒップホップ世代自身が行うという、多分初めてのイヴェントであるということ。
もう一つは、あのジャズ喫茶二大高峰の一つ、四谷の「いーぐる」でヒップホップを鳴らすということ。

当日のプログラムは全22曲。
70年代から続くジャズとヒップホップの交わりを、キーボード奏者のWELDON IRVINE ウェルドン・アーヴィン(アーヴァイン)を主軸として捉えることで見えて来るものがないだろうか、という内容でした。
当日のお客には、いーぐるの常連さんらしき「ジャズ寄り」の方と、題目に惹かれてやって来たらしき「ヒップホップ世代の音楽好き」の両方がいらっしゃったように見えたのですが、とりあえず私はジャズ寄りではあるでしょう。
その立場から言うと、柳樂さんが「人脈」を切り口に据えたことは大変に解りやすかったと思います。
ウェルドンからTOM BROWN トム・ブラウン、MARCUS MILLER マーカス・ミラー、LENNY WHITE レニー・ホワイトら「ジャマイカン・キャッツ」へのつながり(WELDONが彼らに目をかけていたこと、そして、後者もそんな彼を尊敬していたこと)などなど、雑多に覚えていた固有名詞が今回の解説で自分の頭の中でビシッと足並みを揃えたことは、嬉しい驚きでした。
さて、フロアアンセムではないですが、「ジャンルアンセム」のようなものってきっとどんなジャンルにも存在するのではないかと前から考えていました。
世代を超えて、そのジャンルのアーティストがそれぞれのやり方でカヴァーしリスペクトスピリットを誇示するようなナンバーが。
ただ、それはかなりそのジャンルを横断的に聴き込んで行かないと見えて来ないものだと思いますが、それもWELDON作の「Mr.CLEAN ミスター・クリーン」というナンバーが挙げられその存在を確かめることが出来、収穫の一つでした。
FREDDIE HUBBARD フレディ・ハバードに始まり、BERNARD WRIGHT バーナード・ライト、MARCUS、ROY HARGROVE ロイ・ハーグローヴらこのテーマにおける重要人物たちがこぞってカヴァーしているということです。
お話の内容としては、ジャズサイドのミュージシャンでニューソウルサウンドに本当の意味で適合出来た/対応解を出すことが出来た人はほとんどいない、というようなところから始まり、それをレーベルがかりでやろうとしていたのがCREED TAYLOR クリード・テイラーのCTIであったり、60年代後半からのブルーノートであったり、はたまたジャマイカン・キャッツ人脈による作品を多く輩出した初期GRPであったりという流れを、あくまでWELDONという人物を話の中心に整理し、展開するというものでした。
00年代以降の人脈については、未知の人があまりに多すぎるため「正史」上のネームヴァリューの重みが私には判明出来ず、少ない時間の中では中途半端な理解にとどまってしまいましたが、HARGROVEやMOS DEF モス・デフ、Q-TIPらとWELDONの絡みが存在するということを「音献」として提示することで確認し、かつMADLIB マッドリブとROBERT GLASPER ロバート・グラスパーという2人の「対照的」かつ「共通した足場を持つ」天才につなげて見せるというラストでした。

さて、以下は実際に音や柳樂さんの解説を聴いたり配られた参考資料などを見たりしながら妄想したことを書きます。
THE TRIBE CALLED QUEST トライブ・コールド・クェストにもサンプリングネタとして採り上げられた「WE'RE GETTING DOWN ウィア・ゲッティング・ダウン」をかけ終わった後、柳樂さんが「ドラムの音質自体が非常にクリアに録音されて、マテリアルと化している好例。どういう演奏かということはすでに問題ではない」と仰っていました。
さて、その2曲後にわが音楽ヒーローの一人BILLY COBHAM ビリー・コブハムがドラムを叩くSTANLEY TURRENTINE スタンレイ・タレンタインの「SISTER SANCTIFIED シスター・サンクティファイド」がかけられたのですが、以前から書いているように、COBHAMのドラムの音色というのは他のドラマーとは隔絶したクリアで抜けの良い鳴りなんですね。
で、これはいーぐるの優れた音響でより一層明確になり、聴いているお客さんの,、ノリから来る首の「うんうん」縦振りが、COBHAMの一発が始まった瞬間から目に見えて増えたんです。
COBHAMと言えば「RED BARON レッド・バロン」や「STRATUS ストレイタス」など、それこそサンプリングネタとしてのキラーチューンのクリエイターとして、おそらくある意味で「エポックメイキングなドラマー」としての定位置以上にヒップホップシーンでの評価が高い人物だと思われるのですが(あくまで妄想ですよ)、ミニマルでかつ躍動感に満ちた「カッコいい」フレーズ作りよりむしろ、あらゆる録音テクノロジーの環境を無効化し、尋常でなくクリアな打撃音でサウンドをマテリアル=ヒップホップの領域に強引に近づけてしまうそのドラミングにこそ彼の「こちら側」でのリスペクトの理由があるのではないかと思いました。
「音」と言うと、いーぐるの音響設備について。
私は普段全くと言っていいほどハードにこだわらず音楽を聴いているので(それこそひどいくらいに)、アンプがどうとかケーブルがどうとかについては書けませんが、これくらいちゃんとしたセッティングがなされていると、音量が小さく録られた楽器も「聞こえにくい」ではなく音空間の奥行き、立体感の演出に寄与するのだと感じました。
であればこそ「演奏の内容」ではなく「マテルアルの配置」について問うこのヒップホップという音楽を他ならぬジャズの殿堂であるいーぐるで鳴らすということは「反則」ではなくむしろ「正当」な目論見ではないのか?と聴きながら考えていました。
配置はすなわち「建築」です。
目立たなくとも細部は全体に作用する。
その様を良い音響で聴くと肌で感じられるんですよね。
「音」についてもう一つ。
あ、脱線しまくりですので悪 しからず。
私の音楽視聴歴オールタイムベスト10級の一枚、HORACE SILVER ホレイス・シルヴァーの『IN PURSUIT OF THE 27th MAN』からWELDONのナンバー「LIBERATED BROTHER リベレイティッド・ブラザー」がかけられたのですが、実は私がこの作品を愛しているのは、これまたフェイヴァリットアーティストの一人であるヴァイブラフォンのDAVID FRIEDMAN デイヴィッド・フリードマンのプレイに触発されたHORACEの実にシンプルな「音の美しさ」が極まった作品だからなのです。
この作品で聴かれるFRIEDMANやHORACEの究極に磨かれた音色は、彼らの「演奏」の質から生まれたものではあるのですが、しかし、そんな演奏が詰まった作品がこういうところで「ヒップホップ」のトークイヴェントのネタとして鳴らされるということに運命以上の確かな交差を見るような気がするのです。
うまくは言えないのですが、何か大事な部分でこの辺の作品が様々なファクターを取り込みながらつながっているのかなあと。
(ちなみに当日かかった「LIBERATED~」はFRIEDMANが参加しているセッションではなく、あのBRECKER BROTHERSが参加している方のものです)
このイヴェントまで、恥ずかしいことに私はヒップホップと「音色」というファクターを関連づけて考えることはありませんでしたが、柳樂さんが「マテリアルと音色」の関係を話されたことで、曲を聴きながら私の中でそういう妄想が炸裂したわけです。

「つながり」ということで言うともう一つ。
関連人物の中にDONNY HATHAWAY ダニー・ハサウェイも挙がっており、彼の「TO BE YOUNG,GIFTED AND BLACK」もかかったのですが、DONNYも実はCOBHAMとの関わりがあります。
DONNYとROBERTA FLACK ロバータ・フラックの共演盤で普及の名作と言われるその名も『ROBERTA FLACK AND DONNY HATHAWAY』の、さらにその中でも名演名唱と名高いCAROL KING キャロル・キングのカヴァー「YOU'VE GOT A FRIEND 君の友だち」一曲にだけ、COBHAMが参加して叩いているのです。
どうでもいいっちゃあどうでもいい「豆知識」ですが、私は彼を一曲だけ参加させたことに何か意図があるのではないかとずっと勘繰っていて(笑)、今回ヒップホップの視点からDONNYやCOBHAMを見ることで、また何かそういう妄想が甦って来ました。

ところで、今回のイヴェントは中山康樹さんの『ジャズ・ヒップホップ・マイルス』の「追加講習」と銘打たれています。
当然あのマイルスとの絡みも触れられるのですが、誰もが微妙な顔で話題にする例の『DOO-BOP ドゥー・バップ』ではなく、あくまでWELDON→ジャマイカン・キャッツ(MARCUS MILLER)→MILES DAVISという流れからの言及で、『TUTU』からの「DON'T LOSE YOUR MIND ドント・ルーズ・ユア・マインド」がかけられました。
さて、この曲については終演後の質疑応答でも、お歴々の皆様との飲みでも「あの曲だけなんか異質だったよね」という意見が相次いだのですが、ポーランドジャズライターとしての私の見解を述べましょう。
この曲のメロディは本質的に凄く「ポーランド(の民俗音楽)っぽい」のです。
で、本作にはポーランドジャズ最高のスターの一人であるヴァイオリニスト/サックス奏者のMICHAL URBAIAK ミハウ・ウルバニャク(マイケル・ウルバニアク)が参加しており、彼の参加がマイルスのサウンド作りに少なからず影響を与えていたのかも知れません。
また、この作品の録音前である83年に、マイルスはポーランドの首都ワルシャワのジャズフェス「JAZZ JAMBOREE」で、「あの夜は観客も素晴らしい反応だった」と自身も何度も言及するほどの、自他共に認める完成度の高いライヴ演奏をしたことがあり、この国に一定以上の共感を持っていた節もなくもありません。
また、MARCUSやジャマイカン・キャッツ周辺のメンバーはURBANIAKのリーダー作にたびたび参加しており、彼らの団結力というのはこちらの予想以上に高く、彼の参加は単なる色づけ以上のものであった可能性も高いです。
そうでないと、この作品に唐突に彼が参加していることの説明がつかないくらい、本当に唐突なのです(笑)。
であるからには、この「DON'T~」はあくまでスラヴの薫りをうっすらと漂わせるメロディを主軸にしたテイクであり、人脈の説明としては有効であったものの、ヒップホップサウンドとしては異質に聞こえてしまったのはそのせいかも知れませんね。
ちなみに、URBANIAKはMIKE STERN マイク・スターンと共にCOBHAMのバンドに参加していたことがあり、実際にその時のバンドのライヴの最中にマイルスが直々にSTERNを引き抜きに来たと後年COBHAMが述懐しています。
また、MARCUSもそのせいかどうか近年ポーランドと濃厚なかかわりを持つようになって来ており、一昨年ポーランドの港町グダンスクで行われた「SOLIDARITY OF ARTS GDANSK 2011」では地元のジャズミュージシャンたちとの共演も含めた演奏プログラムのプロデュース&出演をしています。
URBANIAK自身もMARCUSらジャマイカン・キャッツに対する「使えるやつを探したければジャマイカン・キャッツにコンタクトをとれば良い」という名言(があるらしいです)で賛辞の意を示しています。
ですが、「アメリカのジャズ」に焦がれまくって奨学金をネコババしてアメリカにしがみついた彼が、母国の首都ワルシャワよりも同胞が多いとされるシカゴシーンを避けニューヨークに来たのは解るとしても、なぜジャマイカン・キャッツとつながって行くようになったのかがまだよく判りませんね。

さて、私は前ベースを弾いていたので、どうしてもMARCUSを「ジャズベーシスト」として見ちゃうんですけれど、WELDON絡みの視点から見て来るとちょっと違った姿が現れると言うか。
昔ベースマガジンかなんかで、彼が「今度の新作は全ての楽器を僕が演奏している。ドラムとか一音一音叩いて生音を録音して、それをサンプリングしてフレーズを作ったんだ」と解説しているインタヴューがありまして、それを読んだ当時は「そんなのジャズでも何でもないじゃん、ドラマー呼べば」と思った記憶があるのですが、彼はこちらが勝手なイメージを抱いている以上に「ジャマイカン・キャッツ」なのだ、と捉え直せば、そのアルバムの出来はどうあれ、何となく彼の志向が見えて来るというか、そんな気もしました。
LENNY WHITEにしたって、マイルス方向から見ると「あの『BITCHES BREW ビッチェズ・ブリュー』に弱冠19歳で参加した早熟の天才ドラマー」なのかも知んないですけど、それ以上に「ジャマイカン・キャッツ」であり、WELDONのアルバムに参加したり、柳樂さん世代がジャズを意識し始めたというHUBBARDの『RED CLAY レッド・クレイ』に参加したりしたミュージシャンなんだ、と見直せばまた違ったイメージが立ち上がって来ます。
が、彼には故・日野元彦の「レニーなんかアメリカの東海岸のジャズシーンじゃ4ビートドラミングのカリスマ扱いなのに日本じゃ全然違ったイメージで・・・」という証言もあるので、ほんとよく判らない(笑)。
そしてこのことは、そんな天才的な「ジャズ」演奏家であるLENNYやMARCUSや、果てはポーランドのURBANIAKが、ヒップホップの世界に近づいた結果ヒップホップとしてもジャズとしても微妙なぬるい作品しか残せていないという、この講義の最初の方で柳樂さんが「70年代にニューソウルに対して解答を出せたミュージシャンがほぼ皆無だった」という問題と地続きの事実が立ちはだかっていることを再確認させるトピックでもあると思います。
であるからこそ、最後の2曲で「全然でたらめな演奏なのになぜかジャズに聞こえてしまう」MADLIBのナンバーと、「現代のジャズ」のキーパーソンであるGLASPERの「BLACK RADIO」の突き抜けぶりに喝采を送りたくなってしまうわけです。
柳樂さんは何度となくWELDONのエレピサウンドが持つ絶妙の「揺らぎ」を口にしてらっしゃいましたが、私はGLASPERのライヴ動画などを見ていて気がついたことがあります。
彼はものすごーく微妙な、ポリリズムとも言えないふわふわとずれたタイミングで軽く左手でエレピのバッキングを入れ続けることがあるんですよ。
それは、GLASPERなりの「揺らぎ」の演出なのかも知れませんね。
そして、その「揺らぎ」がCHRIS DAVE クリス・デイヴの鋭角的な超絶ドラミングのグルーヴと絶妙な「配置」を描き、ヒップホップをクリエイティヴに取り込んだ独特なサウンドが成立し得ているのかも知れません。
また、初めて聴くMADLIBのテイクもヘタウマみたいな演奏が多重録音されることによって生まれる不可避かつ計測不可な「揺らぎ」が、どこか最初の方にかけられたTHE TRIBE CALLED QUESTのWELDON曲をサンプリングしたナンバーの「揺らぎ」と共通するようなものを感じました。
こちらの揺らぎは、配置された各パーツの距離感を肌で実感することなしには体感が難しいもののようにも思えましたので、やはりいーぐるクラスのハイレヴェルな音響で聴くべきものだったのだなと思います。

私はヒップホップリスナーではないので、だからこそ「新しく聴こえて」楽しめたということもあったのかも知れません。
実際、ヒップホップファンの方的にはどうだったのでしょうか。
しかし、どんな音楽も実は「正史」などというものはなく、様々なアングルから光を当てることで、何がしか軸のようなものが浮かび上がって来るだけの話で、その意味でもジャズサイドからヒップホップを語るということの意義はあったと思います。
バリバリにヒップホップなナンバーでも私は楽しく聴けましたし、人脈という「テキストレヴェル」の軸と、何よりもいーぐるの圧倒的な音響で「マテリアルとしての音」と「ネタの配置」の重要性を肌で感じる、という裏の軸が存在するので、解り易かったですね。
最後に蛇足的に最近の個人的なジャズ観を書いておきますと・・・。
すでに「文脈を楽しむ音楽」としてのジャズの価値は失われつつあって、カッコいいフレーズなら結局違う曲の違う場所にはめ込んでも興奮出来ちゃうんじゃないかという感じになっています。
ジャズ、あるいは音楽という場における「代替不可能性」神話への辛辣な批判。
アドリブの「商業ポップス化」と言い換えてもいいかも。
CMなどで繰り返し流されるサビのメロディさえ良ければそれで「いい曲」、前後のメロディがどんなものであろうが知ったこっちゃない。
それを本当に音楽上でやってしまったのがFRANK ZAPPA フランク・ザッパなんですけれど、ある意味彼は「ヒップホップミュージシャン」だったのかも知れないですね。
それほどまでに「代替不可能性」が叩き潰されているのになお、奇跡的に生まれるそれを求めて行くのか、あるいはクールに「マテリアル」と割り切りヒップホップの耳でジャズを聴くのか、別れてしまうのでしょうか、これからのリスナーは。
ただ、音が生むのとは違う意味での、演奏が生む音色というのは音楽において表立って語られて来なかったけれど非常に重要なファクターだと思っていて、その時の音色と言うのはその文脈(前後のフレーズやアンサンブルの進行状況)でしか含まれない微妙なノイズというのが加味されると私は考えています。
で、フレーズとかじゃなくて、そういう微妙な音色の移り変わりを楽しむという風に自分の中ではジャズを聴く楽しみが変化して来ているので、従来のジャズ観とヒップホップを通したジャズ観の折衷案みたいな感じになっています。
そういう変化が自分の中で起こっていたからこのイヴェントが楽しめたのかも知れませんし。
いずれにせよ、柳樂さんという「色んな世代」「色んな層」をつなげるキーパーソンがやるのでなければ私は聴きに行かなかったと思いますので、氏のやっていることは日本における現代のジャズ言論のこれからを担う上で大変に有意義なものだと言えるでしょう。

柳樂さん、続編ぜひやって下さい。
いーぐるの後藤さんもそう仰ってましたよね(笑)。
私をもっとヒップホップが楽しめる体にして下さい。
いーぐるでやることにこそ、2つの世界をつなげる鍵があるように私は思いました。
大長編になりましたが、感想以上です。
お疲れ様でした、ありがとうございます。
2013-04-26

4/14「Polish Jazz is Unpolished」セットリスト

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI

4月14日に恵比寿の頭バーさんで行ったポーランド音楽オンリーのDJイヴェント「Polish Jazz is Unpolished」のセットリストを公開します。
Facebookではジャケ写真つきのものを公開済みですが、こちらでもとりあえずデータだけでもアップしようと思いました。
ご参考になれば幸いです。

1st Set

Crazy Girl - We'll Remember Komeda / Michal Urbaniak and others
Get Up - Gift / Jerzy Malek
Part Three - Divertimento / Borys Dejnarowicz
Toy's Corner - Folk Songs : Children's Melodies / Michal Urbaniak & Vladyslav Sendecki
Secret Sister - Secret Sister : Music from The Movie / Scianka
Sen Motyla - Jonasz Kofta : Nieobecni / Anna Serafinska
Lacrimosa - Experiment : Penderecki / Pianohooligan(Piotr Orzechowski)
Mialabych Jo Kawalera - hurdu_hurdu / Adam Oles
Karibu - Ashkhabad Girl / Jerzy Milian
Waltz a-minor op.34 no.2(Fryderyk Chopin) - Chopin / Motion Trio
Yamanaka Bushi(Japanese Traditional) - Portraits - Shakuhachi & Piano Duets / Geni Skendo & Dominik Wania
Reperkusje - Druglum / Soundcheck III

Pociag w Miescie Poznan - Animarium / ZooPlan
4 to 4 - Jazz & Folk / Zbigniew Namyslowski & Zakopane Highlanders Band
Transilvanian Dance - Anhelli / Wlodek Pawlik Trio
Czerwone Jagody - Tales from The Forest / Anka Koziel Quartet

2nd Set

Zycie We Snie - Silence / Aga Kiepuszewska
S(z)amba pana Szambelana - 3 Nights / Zbigniew Namyslowski
I Remember - I Remember / Michal Wroblewski Trio
Bad Lieutenant - Powrot do Gry / Filip Sojka
Rockalypso - Songs from A New Place / Rafal Sarnecki Quartet
Przasniczki(Stanislaw Moniuszko) - Katharsis / Leszek Kulakowski
U Jeziola - Mozesz Byc / Joanna Slowinska
Z Pola Ino Z Pola - Glos Na Rozstaju / Michal Kulenty Quartet
S.O.S. - Gram o Wszystko / Ewa Bem
Cwiczenia Pod Hugoberg - Trauma Theater / Olo Walicki
Play Me A Little Song in Yiddish(Pink Freud) - Mizrach / Live Recordings by Various Artists
Scherzo VIII - Pianohooligan / Piotr Orzechowski

2013-04-22

映画とジャズの交差点「ポーランド」から両者を見る

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI
私の昨年の活動で最も大きなものは、50年代半ばから60年代の伝説的なポーランド映画の名品を一挙に集め映画界のみならず各界から高い評価を得た「ポーランド映画祭2012」にプレイヴェントのいくつかの主催および出演者として、またはパンフレットの執筆者としてに関わらせていただいたことでした。
そのお仕事の中でいくつか痛感したことがございますのでここに綴らせていただきます。

最初にこの映画祭の開催のお知らせを聞いたのはポーランド広報文化センターの方からで、この時点では映画祭関係の方々と私は何のつながりもありませんでした。
この時最初に考えたのは、映画祭をやるその同じ場所で、ポーランド音楽についての紹介イヴェントのようなものを出来ないだろうか、そして同時にディスクユニオンさんの物販なども入れると面白いのじゃないか、ということでした。
これを①②としましょう。
次に考えたのは、ディスクユニオンさんの店舗でポーランドの映画音楽やそれに関係のあるジャズアルバムを販売するフェアをやって、映画祭でチラシを配る、というもの。
これを③とします。
この③から派生するものとして、会場近くのカフェみたいなところでBGMとしてひたすらポーランドジャズを流すというスペシャルデーをやりたい、ということも考えました。
これが④。
(この④については、後にとある高名なポーランドのジャズ作曲家と同じ名前の珈琲チェーンでやるということを思いつき、ダメモトでコンタクトしてみたら物凄く冷たく断られたというエピソードをご紹介しておきます。こちらも突然のお願いではありましたが、あまりに失礼かつ冷淡な対応であったので、正直根に持っています苦笑)
映画祭関係の方にコンタクトを連絡とる前に、あらかじめこれだけのことを頭の中に妄想したのですが、最初に書いておきます。
実際に実施にこぎつけられたのは①と③だけ、しかも思ったような規模ではありませんでした。

みなさんは、ポーランドが世界で最も「映画とジャズの間の距離が短い国」だとご存知でしたか?
2つの世界の人脈同士の濃いつながり、また、映画そのものへのジャズミュージシャンの起用の頻度の高さ。
そしてそれはこの国の現代史の流れが生んだ必然でした。
詳しいことは映画祭のパンフレットにも執筆させていただいたので、もし機会があればそちらをご参照いただきたいのですが、そういう実態があるのにもかかわらず、この日本では「ポーランド映画を楽しむ層」と「ポーランドジャズを楽しむ層」との間に大きな溝があるような気がずっとしていました。
また、個人的にも、ポーランドジャズについて仕事をして行く上で、ジャズリスナーだけを相手にしていて良いのだろうか?という疑問や不安を感じてもいました。
なので、この2つの層をくっつけることが出来れば、自分の仕事にとってもマーケットの場が広がりメリットになるし、何よりポーランドという国の芸術の素晴らしさ、そしてこの国自体の素晴らしさについてもっともっと日本の人々に知っていただける絶好の機会になると考えたのです。

まず①ですが、会場となったシアターイメージフォーラムさんで何か出来れば最高だったと思います。
特に、ポーランド広報文化センターのご後援などをいただいてある程度「オフィシャル」な催しとして出来れば。
また、最初に考えたのは、映画祭の「前後」に1回ずつやるという計画でした。
でもこれって後から考えてみれば、会場側と映画祭主催者側とかなり事前からそういう企画を実行すると決めて綿密にスケジュール立てなければ上映日程やプログラムにも関わってくる問題なので、そのイヴェントの内実はさておき、そうおいそれと出来るものじゃないですよね。
そこまで気付いたわけではないのですが、最初に映画祭広報の方とお話させていただいた時に何となくその辺のことは「あ、こりゃそのプランは切り出しても無理だな」と言外に悟りました。
それでは同規模の会場を探してみよう、となったのですが、映画業界の友人に色々当たってもらったものの、まず会場のレンタル費用がとてつもなくかかるということ、もう一つはある程度名の知れた映画館やイヴェントスペースなどでは「著作権」の問題にとても敏感だということがネックになりました。
後者については、最初はやはり自分へのペイも生む必要がある(&前者というファクターも絡んで来て)と考えていたので、少しでも入場料のようなものをいただくのが前提でした。
そうなると「営利目的」になるので、著作権で引っかかる、と。
この点でも、個人での企画の限界を感じましたね。大使館公認なら少しは話が通ったかも知れませんし、また、資金の面でもちょっとバックアップしてもらえたかも知れない。
これら全て、まだ私の力不足・ネームヴァリュー不足であると受け止めています。
本当なら立派な会場で、ちゃんとした音響で、関連商品の即売もつけて、お持ち帰りいただける資料もそれなりのものを作成して、その代わり少しばかり入場料もいただいてという形が理想でしたが、あくまで理想でしかありませんでしたね、今の私では。
また、これに付随する②については、イヴェントをやるたびにご指摘を受けている点「凄く気に入ったのですが、ここでは買えないのですか?」というのを払拭出来ると。
チェシチ!レコーズ等々でお世話になっているディスクユニオンさんにも売り上げになり、個人的にも少しは恩返しになるのではないかとも思いましたし。
しかし、「最低30~50人以上入るイヴェントでないとなかなか物販は難しい」とも言われ、しかもそういう会場も上記のように費用等の関係から見つからないし、袋小路に入ってしまいました。
結局完全に自費で場所を借り、入場料もなし、物販もなしの、当初考えていたものからはずいぶんスケールダウンしたイヴェントになってしまいました。
ユニオンの社員さんが来るのが無理なら自分が商品を預って売るのもいいかと思いましたが、準備する時間もなくうまく行かず。
が、そのおかげで生まれた温かいムードみたいなのもあり、当日のお客様と終了後飲みに行ったりして盛り上がって、それはそれで良かったと思っていますが。
当日のプログラムについてはこちら↓
http://ameblo.jp/joszynoriszyrao/entry-11418412151.html

③については、映画祭広報担当のValeriaの方たちは最大限のご配慮を下さったと感謝しています。
オラシオ監修のディスクユニオンのポーランドジャズ&映画音楽フェアの「予定」についてオフィシャルのプログラムチラシに載せて下さいましたし、映画祭のホームページにも上記イヴェントについてリンクを張って下さいました。
また、ユニオンさんの4店舗で前売り券発売することについては上首尾に進みましたし、「これだけはうまく行ったかな」と思っているのが、そのユニオンさん販売の前売り券にオラシオ執筆のポーランド映画とジャズについての「フリーペーパー」をつけたのもそこそこ評判良かったです。
ただ、一番最初に広報文化センターの方からお知らせいただいた時はタワーレコード新宿店さんの方でもフェアをやる、ということになっていたので、そちらの担当の方にも「協力して盛り上げませんか?」とコンタクト取ったは良いものの、何とその方が突然の転勤になってしまい、2社を巻き込んだ規模のものは難しくなり。
あとはやはり、いつの場合にも言えることですが、かなり早めに動き始めたのにポーランドという国はなかなか商品を送ってくれないのですね。
なぜか「ビジネスモード」に入った途端にレスポンスが鈍くなるという特徴があるのです。
なので、なかなかモノが集まらずフェア開始日も決められず、そういう意味ではビシッとしたプラン作りは難航しましたね。
日程がうまく決められればもう少し宣伝のためのもの(例えば小さなチラシであるとか)も用意出来、映画関係の方面にも配布出来たかも知れません。
③については、フェア自体は評判も売り上げも良いとは聞いたのですが、当初の目論見であった「映画ファンとの架け橋となるようなものにする」という目標についてはほとんど達成出来なかったと反省しています。
これも理想の姿は、映画ファンの人がコメダなどを最初の取っ掛かりにして現代のポーランドジャズシーンにまで関心を広げ、ユニオンさんで商品を購入したり、また、ジャズファンの人がフェアをきっかけに映画祭やポーランド映画そのものに興味を持ち、観に行ったりという相乗効果が生まれることでした。
その良いきっかけになると思ったのですが、これもまた自分の企画力不足で層がつながらないまま並行実施されてしまったように思います。

さて④です。
これについては全く実施出来ませんでした。
某喫茶チェーンに断られた恨みを書いたものの、自分ももう少し出来ることがあったのではないかと思っています。
会場のイメージフォーラムさんの出来るだけ近くで、気軽にお茶などを飲みながらコメダやポーランドジャズを聴いてもらう、お店はただ私をBGM係として受け入れれば良いだけで、あとは通常の営業をしてもらう、ということで案外ハードルが低いと思ったのですが、結局うまく行きませんでした。
自分の中で「イメージ作り」をあまりに固めてしまったのも良くなかったと思っています。
選択肢はもっといくらでもあったのに「理想のお店像」を作り上げてしまったので、行動範囲が自ずと狭まってしまいました。
映画祭そのもの、あるいは私が企画した①~③は何だか敷居が高い気がするけど、お茶するくらいならまあ良いかも、という層を取り込むべく考えたプランでした。
もし実施することが出来れば、お店が許可する範囲でチラシやBGM音源資料も置かせていただこうと思っていましたし、期間は映画祭開催中を予定していたので、気になった方がふらっと映画祭に観に行くなんてことも目論んでいました。
それに応えるため、映画祭期間中はずっと東京に滞在し、自分も映画を観ると共に色々細かい点でも映画祭と連携してちょこちょこ仕掛けて行こうと思っていましたが、それも昼の仕事が契約面で重要な局面を迎えたためご破算になったのも痛かったです。
おかげで目玉企画の一つだったSza/Zaの生演奏にも行けませんでした。
パンフレットの紹介文書いたの私なのに(泣)。

さて、ここまで散々な「理想と現実の差」を書いて来ましたが、まず最大の反省点の一つが、「双方の層をつなぐ」と理想をぶち上げてみたところで、私自身が映画ファンや映画業界、はたまたイメージフォーラムさんのようなこだわりの強い映画館で行われる上映や整理券を配らなくてはいけないような話題の上映についてあまりにも無知だったのですね。
徒手空拳でも何でも乗り込んでみなきゃ始まらない!という覚悟で臨んだこととは言え、さすがにその辺のところは後で響いて来ました。
ここからは完全に個人的な感想を書きます。
音楽ライターの中でもジャズ、しかも一つの国にほぼ絞った活動をしている超零細ライターである身から見た「映画業界」についての感想です。
まず、映画祭開催前にポーランド映画とジャズの関係についてValeriaの小倉さんとユーストリームの対談?宣伝番組に出たのですが、その際撮影&テクニーク担当の方たちともお話して感じたこと。
会話の中に固有名詞が飛び交い、印象評めいた言葉や熱い思いが口からたくさん出て来ること自体は、たぶん音楽の世界にも映画の世界にも属さない人にとっては全く同じ状態に見えると思いました。
この出演の前にパンフレット執筆の件で自分の仕事歴の中ではほぼ初となる大幅な書き直しのご指摘を受け、まあそれなりにショックも受けたのですが、前に進むために考えなければいけないのが「映画のために書く音楽についての文章ってどういうものであるべきなんだ?」ということでした。
その問い直しを自分に対してしながら臨んだ出演だったので、映画業界の方たちの会話には物凄く注目していたのです。
でも、たぶんこれは「外」から見たら全く同じ「フリーク」の会話でしかないだろうと感じ、その点においてはジャズの世界との差異は見出せませんでした。
なので、余計解らなくなりました。
ですが、いざ映画祭が開催されると二つの世界の間の溝が眼前に露わになったのです。
この映画祭は、最初に書いたように「50~60年代の幻のポーランド映画を集めた」、いわばそれなりにマニアックな企画です。
なのに、老若男女の実に幅広いお客様がいらっしゃっていて(特に若い女性の多さ!)、そんな多様な人たちが私の愛するポーランドの芸術を楽しんでいるということに胸を熱くすると同時に、ジャズを愛好する層の狭さを思い知らされました。
また、映画の送り手側にも若い女性も多いですし。
徒に「若い女性」と言ってるわけでなく、マーケットってその辺の層をどう取り込むかで結構勝負の結果が分かれますので。
さて、ということは同時に、もし私がこれからも映画の世界でもお仕事させていただくとしても、たぶん「お互いの価値観の歩み寄り」というものはないだろうとも悟ったのです。
つまり、映画業界の方たちにとってデータや企画力としてのジャズ(および音楽)ライターの力は必要ではあっても、マーケットや受容層が圧倒的に小さいジャズ側の価値観を取り入れるメリットは何もない、ということです。
繰り返しますが、これはあくまで私の個人的な感想です。
そのように言われたということでもなく、態度で感じたということではありません。
あくまで私の中での現状認識です。
それを踏まえた上でなお書きます。
ジャズサイドからは「コラボ」と思っていても、両者の間にはたぶん目に見えない上下関係は存在すると思ったわけです。
また自分としても自惚れもあったと思います。
「映画の世界で音楽について書く」ということについて、あまり思いが到らず「いつもの調子でしっかり書けばいいのだ」と高を括っていたことは否めません。
ですが、お仕事をさせていただく上でそこを言外にしっかり突かれたことに、映画祭に関わる方たちの「真剣さ」も感じることが出来、この先また映画の世界でお仕事をいただけるにしろいただけないにしろ、「違う業界で書くということの意識」や「自分をとことんまで追い詰めて書くということ」について改めて襟を正すきっかけになりました。
また、単に映画界とジャズ界の違いみたいに書いてしまいましたが、映画祭の成功は、関わる方たちが日々タイトなスケジュールの中飛び回り、メディアでの宣伝や環境作り、ターゲットへの配慮をどれほどに忙しくこなしていたか私も「ちら見」していますので、その結果がしっかり現われたということでもあるのです。
ジャズのイヴェントでここまでメディアと連携してやることが果たしてあるのかなあという「違い」も見えて来ました。
もはや取り上げられないのか積極的に働きかけていないのかどちらかは今は判断がつきませんが、とりあえずジャズのイヴェントやトピックが一般にメディアに露出する機会というのは極端に少ないですし、ファンでない人をもピックするような何ものも行っていないなとも痛感しました。
その意味でも、他ジャンルの方たちとお仕事させていただいたことは大変勉強になりました。

今も、私の中では「ポーランドジャズを広めて行くためにはジャズファンだけを相手にしていてはいけない」という思いは変わりません。
ただ「コラボレイション」という対等な場にはなかなかなり得ないだろうことも判りました。
ジャズの知識を活かして、かつどうやってその世界のニーズに合わせて書いて行くかという形でしか、やって行けないだろうと。
とりあえず映画の世界に関しては、圧倒的に「相手にしている層の広さ」が違うと痛感しました。
映画館も軒並み閉館する中、そんなに巨大なマーケットでもないし楽でもないというご意見はあると思いますが、それでも「情報発信」に対する本気度がジャズとは桁違いです。
私たち音楽ライターは、他ジャンルで「音楽について書く」時、その差異を常に念頭において仕事をしないといけないと思います。
その辺が解っていなかったから、それぞれのイヴェントやフェア企画などがぶつ切りとなり、面にすべきものが点の状態で散在するようなことになったのだと反省しています。
映画祭自体が素晴らしい盛り上がりを見せただけに、立体的なつながりを持ったもっと大きな波を作り出すべきでした。

最後になりますが、こんなに素晴らしい企画でお仕事させていただいたこと、パンフレットという形で自分のリサーチと苦吟の成果が永久に残されたことには誇らしい思いでいっぱいです。
私はマイナス思考なので結構反省に反省を重ねて引きずっちゃう傾向にあるのですが、それでもそこから次への一歩の助けとなる何かを必ず生むことにしていますし、今回も自分なりにベストは尽くしました。
どう評価されるにしろ、当時どのような状況に私が置かれていたにしろ、言い訳もするつもりもなく、あれがあの時点における私のベストだと思います。
もう少し出来たなどというのは思い上がりでもありますし、真剣に対峙して下さったValeriaの方たちや編集の方に対しても失礼な考え方です。
ポーランド文化の世界では有名な久山宏一先生(同じくパンフの執筆者でいらっしゃいます)には「よくお調べになってらっしゃいますね」とほめていただきましたので、私にとってはそれが最高のほめ言葉だったでしょう。
お読みになった方は楽しんでいただけましたでしょうか?
自分一人の存在の「小ささ」、ジャズという「世界」の生活に占める範囲の「小ささ」、書くことや準備において自分の努力の「小ささ」、それら様々な矮小さに打ちのめされた体験でもありましたが、同時にある程度の達成感もありました。
映画祭やイヴェントに来ていただいた方、パンフレットやフェアでCDを購入して下さった方、お世話になった関係者の皆様、本当にありがとうございました。
心より感謝を申し上げます。
数ヶ月も経ってしまい、鮮度も失われていますが、このお仕事への感謝の気持ちは日々深まるばかりです。
それではみなさん、また出来れば映画の世界でお目にかかりましょう(笑)!
2013-04-08

手始めにイヴェント2つやるぜ!'2013 by 日本でただ一人のポーランドジャズライター

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI
今まで兼業の「主業」の方だった某公共機関委託スタッフ現場主任の仕事を降り、そちらは「副業」に格下げ、今年度からは音楽ライターを「主業」とするわたくしオラシオの2013年度、最初の月から早速2つイヴェントやらせていただきますのでお知らせ致します。

まず1つめ

Polish Jazz is Unpolished - ワルシャワ・ナイトVol.2

4/14  17:00~22:00  at  頭バー
DJ : オラシオ(ポーランドジャズライター) 祖父尼淳(プログレライター) Marta(ポーランド広報文化センター)
no charge,please order some drinks !!
http://www.zubar.jp/2013/04/414_sun_polish_jazz_is_unpolished.php

前回大好評をいただいたポーランドジャズ専門DJイヴェント「Polish Jazz is Polished」の続編です。今回は、おなじみオラシオに相棒のプログレライターの世界的権威祖父尼さんのコンビに、音楽にめっちゃ詳しい優秀なプランナーにしてポリグロットの才媛Martaさんも加わって、オールジャンルでポーランド音楽をお送りします!


2つめ

Yamhoracioの夜 第一夜「発見記」

4/24 20:00~24:00  at  サブライム
DJ : YAM(魔太郎定食、パーカッション奏者) オラシオ(ポーランドジャズライター)
1000 yen (1drink)
http://sound.jp/sublime/frame.xhtm

青森市を日本一のポーランドジャズの街にする?を目標として来たオラシオ、青森市に初来襲!しかも相棒に南米音楽に強い素晴らしいパーカッション奏者YAMさんを迎え、ポーランドジャズのみならず2人の音楽的バックボーンを存分に開陳する、音による世界周遊イヴェント!世界の色んな国の色んなジャンルのめっちゃカッコいい音楽が1000円で飲み物も飲めてたっぷり聴けちゃう!こりゃもう行くしかないでしょ♪
Yamhoracioの夜は隔月開催を予定していますし、5月~はオラシオの単独&ポーランドジャズ特化DJイヴェントを同じサブライムさんで開催予定です。仮題「Jazz 美音ing from Poland」(笑)。つまり、毎月サブライムさんでオラシオ絡みのDJイヴェントが行われるということです。市内や近隣にお住まいの音楽ファンの皆様、あるいはただ単に興味があるという皆様、どうぞお気軽にお酒を飲みにいらして下さい。コンセプトは「おつまみはジャズ~ポーランドを中心に、世界各地から厳選して取り寄せています」です。

とりあえず、今年度はこの2つのイヴェントを皮切りに活動を始めます。
他にも、続々決定中のわがチェシチ!レコーズhttp://diskunion.net/jazz/ct/list/0/0/67805  のリリースや、5月に創刊されるユニジャンルな季刊俳句雑誌『白茅』 http://foukun.main.jp/ への連載開始、イヴェントではもし予定通りやらせていただけるならまた秋葉原の素晴らしいオーディオショップLe Tabouさん http://www.letabou.jp/ で今度は「Around KOMEDA」を開催したいと思っています。

というわけで、本年度もよりいっそう暴れまくろうと思っています。よろしくお願い致します。

オラシオ
2013-03-15

チェシチ!レコーズ リリース第3弾のお知らせです:天才ギタリストのファースト!

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI
読者やポーランドジャズファンの皆様、いつも応援ありがとうございます。
いきなり設立話が持ち上がり、おっかなびっくりのまま発信したDisk Union発のポーランドジャズ専門レーベル「チェシチ!レコーズ Cześć ! Records」ですが、おかげさまで第2弾リリースの『アイ・リメンバー I Remember / ミハウ・ヴルブルレフスキ・トリオ Michał Wróblewski Trio』のセールスが好調で、生きながらえることが出来そうです。
これがあまり売れなければ、ひょっとしたら2作目にしてレーベル打ち切りの危機というのも考えられました。
シビアと言えばシビアですが、それが現在のジャズビジネス事情であるとも言え、そんな中で一定の成功を収められたのは、それだけポーランドジャズへの関心が高まって来ているからだと、まずは自讃しておきましょう。
さて、前作の成功を受け早速第3弾リリースが決定しました!
アルバムは、

ソングズ・フロム・ア・ニュー・プレイス Songs from A New Place / ラファウ・サルネツキ Rafał Sarnecki
(チェシチ!レコーズ/CZESC003)

です。
発売予定日は4月10日、お値段は税込み2520円となっております。
以下、わたくしオラシオによるインフォと参加メンバー&曲目を掲載しておきます。

2008年、ポーランドのグラミー「Fryderyk」のジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤーにノミネートされ、同国のトップジャズ雑誌Jazz Forumの「デビュー・アルバム・オブ・ザ・イヤー」に輝いた、天才ギタリストの傑作ファーストアルバム本邦初公開!
現在はニューヨークを活動拠点とし、Fresh Sound New Talentからリリースしたセカンドアルバム『The Madman Rambles Again』のプログレッシヴなアレンジで耳の肥えた音楽リスナーを唸らせた若手ギタリスト、ラファウ・サルネツキが、超絶的鬼才パヴェウ・カチュマルチク(ACTからのリーダー作あり)をピアノに、ヴォイチェフ・プルツィン&ウカシュ・ジタというポーランドではおなじみのファーストコールコンビをリズムセクションに迎え(⑦のみフルートがゲスト参加)満を持してリリースした充実のデビューアルバムです。
録音はチェシチ!の前作『アイ・リメンバー/ミハウ・ヴルブレフスキ・トリオ』と同じ、若き巨匠ヤン・スモチンスキ。映画で言うところの「パン・フォーカス」手法を用いたような、全てのパートが鮮やかに焙り出された驚愕のスタジオワークも聴きもの。特に彼独特の、ウッドベースの弦が指板に当たる音に焦点を当てた録音スタイルは今回も盛んにフィーチュアされており、パーカッションのような効果すら感じます。
  ポップでダンサブルなコンポジション、プログレッシヴな変拍子の上でハイセンスに舞うアンサンブル、ラファウの天才的なアレンジワーク、ポーランドのトップエンジニアによるハイレヴェルな録音などなど、あらゆる角度からグイグイとリスナーに迫ってくる作品となっています。

【PERSONNEL】
Rafał Sarnecki(g)
Paweł Kaczmarczyk(pf)
Wojciech Pulcyn(b)
Łukasz Żyta(ds)
Guest: Thomas Abbott(fl on 7)

【TRACKS】
01. Living Like Weasels (6:38)
02. Song From A New Place (6:59)
03. Auguries Of Innocence (6:11)
04. If I Speak With The Tongues Of Men And Of Angels (6:14)
05. Jazz Physics (8:35)
06. On Green Dolphin Street (8:06)
07. Rockalypso (6:35)
08. Instructions From The Mathplanet (8:10)
09. Squirrel (Forest Fire) (8:15)

今回もきっと皆様にご満足いただける素晴らしい作品になっていますので、よろしくお願い致します!
2013-03-03

WISLAWA / TOMASZ STANKO NEW YORK QUARTET - 前編

テーマ:ポーランドジャズ JAZZ POLSKI
Wislawa/Tomasz New York Quartet Stanko
おそらく全ての欧州ジャズファン、ECMファンが待ち望んでいたと思われるポーランドのカリスマ・トランペッター、TOMASZ STANKO トマシュ・スタンコの最新作。
同国の天才ピアノトリオMARCIN WASILEWSKI TRIO マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ/SIMPLE ACOUSTIC TRIOやフィンランドやデンマークの若き鬼才たちをメンバーとして起用しヨーロッパ人脈寄りだった過去数作のイメージを覆す人選となっています。
その名も「ニュー・ヨーク・クァルテット」。
キューバ出身のピアニストDAVID VIRELLES ダヴィ・ヴィレージェス、アメリカ出身のTHOMAS MORGAN トーマス・モーガン&GERALD CLEAVER ジェラルド・クリーヴァーという、三者共に現代最先端のジャズシーンで話題となっているプレイヤーによるピアノ・トリオが今回のSTANKOのバンドメンバーなのです。
アルバムタイトルの「ヴィスワヴァ」とはパッと見勘違いされやすいのですが、ワルシャワに流れるヴィスワ川のことではなく、ノーベル文学賞受賞者で、ポーランド最高の詩人の一人WISLAWA SZYMBORSKA ヴィスワヴァ・シンボルスカのことです。
昨年の2月に亡くなったこの偉大なる詩人に、この作品は捧げられています。
詩そのものや詩人に対する、ポーランド人を含むヨーロッパ人の愛着や畏敬の念はわれわれ日本人には想像がつき難く深いもので、STANKOもまたその一人なのだと思われます。
SZYMBORSKAの詩を朗読したのに彼のトランペット演奏を伴奏として被せたというCDだかDVDも少し前にポーランドで発売されたと記憶しています。
簡単に共感出来る感覚ではありませんが、詩と音楽の両者の関係もまた濃く、それゆえにSTANKOにとってもこの作品は生半可な「一企画」として録音されたものではないだろうことは容易に想像がつきます。

さて、スペースの関係でタイトルに併記出来ませんでしたが、私は本レヴューに「MILES DAVIS マイルズ・デイヴィス、あるいはWAYNE SHORTER ウェイン・ショーターとの狭間に横たわるもの」というサブタイトルをつけたいと思います。
かねてからポーランドジャズ布教活動家として「STANKOはMILESより偉い」と誰も本気にしないようなことを半ば本気モードで何度も繰り返し言ったり書いたりして来ました。
本心の本心では、どちらが偉いとかそういうことはアングルを変えればいくらでも違って来ることなのでどうでも良いのですが(笑)、こういう挑戦的なことを言うと気に留めていただけるかな、という「戦略」として言ってるのが一つ、もう一つは、やっぱりそれくらい偉いだろと正直に感じているというのも一つ。
ここでは、ある意味ジャズシーン的に最高の話題点をピンポイントで狙ったようなこの作品の人選、そしてそこから生まれるサウンドを軸に、MILESと相対させてSTANKOの音楽について書いてみたいと思います。
また、同時期に発表された、ジャズ界の超リヴィング・レジェンドWAYNE SHORTERの新作『WITHOUT A NET』についても、本作と対比して語れる部分が多いと思いましたので、時折混ぜてレヴューします。

MILESがジャズという音楽において「帝王」という称号が与えられたのは、日本のジャズジャーナリズムの得意な「キャッチコピー」戦略というのも関係しているとは思いますが、やはり彼の音楽性が常に前進し変化し続けていたということが、ジャズそのものの「理想の姿」を象徴していたからでしょう。
その彼を引き合いに出して「ポーランドのMILES」と言われるSTANKOは、本当にその音楽がMILESを髣髴とさせるものなのでしょうか?
私もその辺単に「判りやすいから」、そういうコピーを使って来ましたが、実際のところそう言っても良いのは彼がポーランドにおいて絶大なカリスマになっている、ということのみなんですよね。
以前にも何度か書いたことがあるのですが、STANKOはMILESと違いむしろ時代を逆行する、それが言い過ぎなら時代とすれ違うような形で自身の音楽を発展させて来た人のように思います。
それにはもちろん、ジャズ演奏家としてのキャリアを開始したのがMILESよりも少なくとも十数年以上遅れていたということ、そして、MILESたちが切り拓いていたジャズを規制された形でした吸収することが出来なかった共産圏国人だったという歴史的・社会的背景が関係してはいるでしょう。
STANKOがキャリアを開始した時とポーランドのジャズ開化の時がちょうど相見えたその時代、ポーランドのジャズシーンは一気に入って来た「それまで積み重ねられて来たアメリカのジャズの変遷」が一塊の情報となってビッグバンとなって国内各地に飛び火し、STANKOや彼の先輩であり友人であり師匠でもある天才作曲家KRZYSZTOF KOMEDA クシシュトフ・コメダらがニューオーリンズもバップもフリーもオリジナルも、と同時に色んな形態のジャズを展開し始めた、という特殊な状況だったのです。
やがて早い時期から「自国ならではのジャズ」に彼ら若いジャズミュージシャンたちが目覚め始め、そのオリジナリティの成熟は中心的存在だったKOMEDAの余りにも早過ぎる死によって爆発的に加速させられるわけです。
実際、STANKOの初リーダーアルバムは3管+リズムセクションのコードレスクィンテットによるKOMEDAに捧げた『MUSIC FOR K』でした。
リードする人間が突然いなくなることからの、アイデンティティ確立への焦燥感。

以後STANKOはヨーロッパで猛威を揮っていたアヴァンギャルド/フリージャズのさまざまなプロジェクトに身を投じ「音響装置」としての抜群の効能を広く世界にアピールすることと並行し、ジャズシーン全体を見回してもあまり例の多くないリズムセクションとのトランペットトリオや、昨年亡くなった「ポーランドのコルトレイン」TOMASZ SZUKALSKI トマシュ・シュカルスキとの2フロント・コードレス・クァルテット路線の開拓、果ては自分とツインドラムスだけという余りにも特異なトリオ編成によるアルバムや、インドのタージ・マハールや洞窟でのソロインプロヴィゼイションなどなど、常に時代の最先端から「ずれた」視点から自分の音楽を展開して来ました。
自身がオピニオンリーダーであるMILESとは違い、彼は尊敬すべき仲間を失った「喪失者」であり自己の確立を求めてさまよう「漂流者」だったのです。
常に時代とすれ違うようなサウンドを展開していたのも、そういう意識があったからかも知れません。
また、流行や最先端というある意味「歴史的な流れ」から距離を置くその在り方は、歴史に蹂躙されて来たポーランドという国の一住民であるということも関係しているようにも思えます。

以前このブログやジャズ批評でも書いた表現なのですが、彼の活動というのは実に「倒叙ミステリ的」なのです。
普通ミステリというのは謎に満ちた状況が提示され、探偵なり刑事なりが解決に向かって捜査し、最後に解決がもたらされる。
ところが倒叙ミステリではいきなり犯人がばらされてしまうので、その後の「進むべき方向」が見えない。
言い換えれば、次にどんな展開が起こるのかが全く読めないという新たなスリルの在り方を提示した手法なのです。
これをかのMILESとこのSTANKOの対比に当てはめてみましょう。

MILESの場合、常に進歩の方向に、先に先にと動いていて、そしてそれはある意味その時代の音楽の最先端を敏感に察知し、彼なりのフィルターを通して生み出された音楽でした。
ただ、全体像を今の我々のように「後から歴史として捉える」とまでは行かなくとも、その時代時代で新しい音楽や、これからシーンが進むべき方向性に対してセンシティヴに反応する人というのはそれなりにいたでしょうから、MILESの次のアルバムが実際にどういう音であるかは予想出来なくとも、「系」と言いますか、「MILESは次はこちらに行くんじゃないだろうか」という予測はある程度立てやすかったのではないかと思います。
なぜなら、文化がステップを踏み出して行く先というのはそれほど多様ではないからです。
翻ってSTANKOの場合、いきなりスピリチュアルな4ビートをやりだしたかと思えば、フュージョンの衰退期に突然ジャンクなジャズロック(それもかなり歪な)をやり始めたり、さらにはシンプル・アコースティック・トリオを率いて突然ヨーロピアンなアコースティックジャズ路線に「初めて」立ったり、「彼は一体今度はどちらに行くんだ?」というのが全く見えない闇鍋状態なわけです。
ただし、彼の音楽にはまさに倒叙ミステリの「最初に犯人をばらしてしまう」という前提と同じで、絶対に揺るがない点があります。
それは、「STANKOが音を放つ瞬間は、いつも同じ音空間に包まれる」ということ。
犯人はSTANKOだ!」とでも言いましょうか(笑)。
これは、MILESの方が単純だとかそういう価値付与の話ではありません。
MILESはレールがある程度見えているところに全く想像を絶した規模と形式の「異質な」音楽を作り上げているところ、常に時代の最先端を捉えながらしかも他を絶した「異端」であったところがとてつもなく凄いのです。
ただ、STANKOのもたらすスリルは流れを断ち切った(ある種の「空気読めない」系と評しても良いでしょう)音楽の進み方と、それでいて自分のプレイ一発でどんな音楽の時も「全アルバム通して全く同じ音楽に変えてしまう」ということで、実はよく引き合いに出されるMILESとは全く違ったタイプのアーティストだということなのです。


とてつもなく長くなりそうなので、前中後編に分けます。
2013-02-26

被災地を訪れて Part 1 - 「旅する」も出来ることの一つ

テーマ:PROBLEMS AROUND US
「被災した東北」という言葉を見る度に胸がチクチクした。

私が住む青森県青森市は停電も丸一日くらいで済み(正しくは私の家がある地域は、だが)、あとは物流難にしばらく悩まされたくらいで、さほど被害はなかった。
普段はパソコンをつけっ放し、音楽もかけっ放し、電気を点けたままうたた寝したりとエネルギー浪費三昧だった私がこの時ばかりは節電に務めたが、それもどちらかと言うと自分のためである。

そんな中、家から何から一切合財が津波で流され、大切な肉親や友人を失い、世の中が一変してしまったであろう被災地の方々と自分が「東北」というカテゴリで一括りにされてしまうことに、常に罪悪感、もっと情けない言葉で表現すれば「居心地の悪さ」を感じていた。
そんな自分の足元を固め、何度も確認するかのように、震災関係の本をむさぼり読んだ。
心が壊れていた自分の思春期を思い起こし、周りが壊れてしまった成長過程の子どもたちは今何を想い生きているのだろう?ということが一番気にかかったので、関連書籍の中でも特にそういう内容に少しでも触れているものは余さず探して読み、思いを馳せた。
でも、「何もしていない」「被災もしていない」という思いは変わらない。

話は変わるが、私の職場は2月に半月の間休業日がある。
その間も中で仕事があるのだが、出勤人数が少なくて済むため、現場主任の私も含めスタッフはこの期間に有休を消化することになっている。
私はいつもこの時期、帰省と旅行をセットにして青森を離れることにしている。
大体が帰省を先にして、青森に帰る際にどこか途中で相方と待ち合わせて二人で旅行する。
そして今回、以前仕事の関係で被災地を知るツアーに参加したことがある相方が、今度は自分だけでなく私と一緒に被災地を周ることを提案してくれたのだ。

ここでみなさんに質問。
あなたは被災地のために何をしましたか?
私の答え:何もしていません。でも、ずっと何か自分に出来ることはないものか考えることだけはしていました。
こういうやり取りはおそらくかなりの多数にのぼるだろうし、また、ひょっとしたら苦しみ続けている被災地の方たちにとって、一番苛立たしいものであるかも知れない。
支援物資を送ると言ったって、どこに何を送ればいいのか判らない。
ヴォランティアに行かなきゃいけない気もするけれど、何をやるべきか今一つ見えないし、第一仕事を休めない、自分の生活が壊れてしまう。
言葉にして羅列するとまことに情けないものだが、実情はこんな感じで何をするにも二の足を踏んでいたのが私の偽らざる姿である。
これは同時に、日本中の非・被災者の方たちが同じ立ち尽くした地点でもあるだろう。
だが、自己嫌悪に陥る前にこの時点で一歩立ち止まって考えて欲しい。
私は「苦しみ続けている被災者の方たち」と書いた。

この表現はどこから来たものなのだろうか?
確かにそれは当たり前のことなのだろうが、しかし、もっともっと色んな面があるはずだし、第一この言葉を使うだけでは「大変なんだろうなあ」という意識しか持てない。
無力感を感じるのは悪いことではないが、囚われてはいけない。
その上でさらに問う、他ならぬこの自分に何とか出来ることはないのだろうか?

私は、兼業の、しかも音楽を専門としたライターだ。
そして、官製ワーキングプアでもある。
お金や物資面で援助差し上げるのもなかなか難しく(いや、正直に書けば本当は難しくなどない。思い込みだ)、かつ厳しい労働環境にあるため、ヴォランティアで職場を抜けることもままならない。
だが、「書く」ことなら。
やはり実際に現地にうかがって(足を踏み入れ、という言葉はここでは使うべきではないだろう)感じたことを、言葉を使って商売している人間として書き記し伝えるべきなのではないか。

また、一足先に被災地を旅して来た相方が「確かに凄い光景もいっぱい見たけれど、料理も美味しかったし、みなさん復興に向けて前向きに暮らしていらっしゃるよ」と繰り返し私に話して聞かせてくれたことも背中を押した。
被災したところは、太平洋沿岸部で観光地であったところも多い。
確かにあの震災でひどく変わってしまっている場所は数え切れないのだろうが、それ以上に、「まだ観光地(あるいは人の暮らして行く街)であろうとしている」のだ。
行く前から気負ったり深刻ぶったりしないで、まずはいつもの2月の旅行を楽しむように、私にとっての初めての街を旅の目的地に選ぶことを楽しみにしよう
だんだんそういう気分になって来た。
いつも、知らない街を五感をフルに使って楽しんでいる。
最終的には、その気持ちを今回も持ち続けていれば、悲惨な面ばかりを体感しに行くのだと気負うよりもたくさんの現実に触れられるんじゃないかと考え直すに到った。

今回の旅のプランは、私は早朝に大阪を発ち、相方は前日から盛岡入りして仙台で落ち合い、仙石線でまず本塩釜へ。
その後引き続き仙石線に乗り、奥松島から代行バスに乗って野蒜駅前で下車。
奥松島の民宿で一泊。
翌日は再び野蒜から代行バスで矢本駅まで行き、仙石線で石巻へ。
石巻から前谷地、柳津を経て定期運行路線BRTで陸前戸倉、その後南三陸のホテルで一泊。
翌日は南三陸からBRTで気仙沼へ行き、電車を乗り継いで青森に帰る、というもの。
その翌日から始まる青森での仕事に間に合うよう、ギリギリまで詰め込んだプランにした。
少しでも多くの街を見たかった。

具体的な紀行録は引き続きPart 2から。

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