…ということで、東京・竹橋の国立公文書館 を訪ねたというお話は
その企画展示「漂流ものがたり」の方へと移ってまいることになるのでありまして。


「漂流ものがたり」展@国立公文書館


だいたい「漂流ものがたり」の何処に惹かれたか?ですけれど、
まずもってこれが展示されておるということだったものですから。


「北槎聞略」巻一

「北槎聞略」の原本でありますよ。難破してロシアに漂着した後、

シベリア横断による皇帝エカチェリーナ2世への直訴嘆願が受け入れられ、
日本に戻ってきた大黒屋光太夫が幕府に語ったところを蘭学者の桂川甫周が書き留めたもの、

それが「北槎聞略」でして、井上靖の小説「おろしや国酔夢譚 」の元ネタということになります。
(映画化されたりもしたのでご存知の方は多いと思いますが、映画はあまり出来が良いとは…)



なんとしても帰郷したい光太夫たちは

わずかな伝手を頼りに何度もロシアの官吏に願いでますが、叶わず。
本文(見えにくいですが、右端の方)にも「都より官牒来りし由にて、帰国の儀ハ思ひとまり、

此邦にて仕官致へき旨を申し渡さる…」てなふうに書いてありました。


これでは埒が明かぬと

いっそペテルブルクに上って皇帝に願い出る覚悟を決めた光太夫は厳冬のシベリアを踏破。
謁見許されたエカチェリーナ2世の姿を光太夫の口述によって描きあげたものでしょうか、

肖像が残っています。


エカチェリーナ2世肖像

ドイツから来た異邦人ながら積極的にロシアを牽引した女帝らしからぬ

柔和な顔つきで描かれているのは、帰国の願いが聞き届けられた光太夫には

そのように見えたからでありましょうか。


「北槎聞略」によりますれば、

光太夫の帰国願いを見た女帝は「ベンヤシコ」(ベドニャーシカ)と言ったと書かれている。
語の注釈として「是ハ憐れむべしという語なり」とも書かれていることから、

女帝は光太夫の心情を察し、光太夫の方は意が通じたことを感じて、

まさに女帝が慈母のようにも見えたのではないですかね。



ところで、四方を海に囲まれた日本だけに

漂流民は何も光太夫一行に限った話ではないわけでして、有名どころのジョン万次郎や

先に国立歴史民俗博物館 の展示で見かけたジョセフ・ヒコは米国船に拾われていました。


ですが、有名どころと言いつつも

井伏鱒二の「ジョン万次郎漂流記」などを読んだことがない者としては
米国船に救い出されるまでの大変さはつゆ知らずでしたですよ。


何でもまずもって漂着したのが

無人島の鳥島(八丈島と小笠原諸島の中間くらい)であったのだそうな。
鳥島には万次郎らがたどりつく以前にも漂流民がいたようで、

何と20年にもわたる無人島生活の末、流れ着いた破損船を使って八丈島へと到達したという

人たちもいたそうなのですね。


それに比べると、漂着後5ヶ月ほどで

ウミガメの卵を採りにやってきた米国船に乗せてもらえた万次郎たちは
比較の問題にはなるものの、かなり幸運だったとも言えるような気がします。


これら以外にも海の波まかせの状態で各所にたどり着いた人たちがいたようですけれど、
例えばベトナムに流れ着いた人たち。陸地を発見して上陸し、現地民に囲まれてしまったときに

試しに「米」と書いてみせたら、これを現地民は理解して村から米をもってきてくれたのだとか。


今ではどうなのか分かりませんけれど、

この漂流のあった18世紀半ば頃のベトナムは正しく漢字文化圏にあったのですなあ。

清の皇帝から「越南」(つまりベトナム)の国号を与えられたりしたのは
もそっと後の1804年になりますから、当然といえば当然でしょうか。


ちなみにこのベトナム漂流組はやがて長崎へと送還されることになるのですが、
長崎奉行としてはよもや切支丹ではあるまいなと「絵踏み」をさせたという。
江戸時代にはあれこれのお触れが有名無実化していくこともあった中で、
切支丹御禁制は厳としたものだったのですなあ。


と、漂流民にまつわる話は事欠かないわけですけれど、
中には世界一周して日本へ戻ってきたという人たちのいたのだそうですね。


大黒屋光太夫がロシアから帰国を果した翌年、難に遭ってロシアに漂着した水夫たち。

この津太夫一行はやはり帰国を願い出、ロシアを横断することになりますが

(途中、イルクーツクでは光太夫一行にあってロシア居残りを決めた新蔵と会っている)

これは片道だけで済んでいる。


なんとなれば、やおら船でヨーロッパを離れ、

大西洋から南米の突端を回って太平洋を横断、長崎へと帰着できたのだというのですね。

光太夫たちはもっぱらロシアを知って帰ってきたわけですが、

津太夫らは思いがけずも世界各地を見てさぞぶったまげて帰国したことでありましょう。



もっとも生還できた人たちだけが自らの経験を伝えることができ、

語り伝えられるのはその部分だけ。


大航海時代の船乗りたちのことを考えても同じですけれど、

海は挑戦者たちへの遇し方を激しい振幅で変えてきますね。

時にはやさしくおだやかに、時には激しく恐ろしく。


とにもかくにも「海はひろいな、おおきいな」。

「漂流ものがたり」はそうした海との格闘を乗り切った者たちの物語なのでありました。


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