5月5日は子供の日だから…というわけではありませんが、
子供向けとも思われる映画を見たですよ、「モンスターズ・ユニバーシティ」であります。



どうやら「モンスターズ・インク」の続編といいますか、実際には前日譚だということながら、
「モンスターズ・インク」自体を見ていないので、関わりのほどは詳らかでありませんけれど、
まあ、面白かったかなと。


キャッチコピー(日本公開時に独自なものかもですが)は
「誰だって、子供の頃の夢がある。難しいのは、その夢を持ち続けること…。」だそうで。


先ほど「子供向けとも思われる」と書きましたのは、このキャッチコピーとも関わるわけでして、
本当に子供向けであるとしたらば「誰だって、子供の頃の夢がある」と言わず

「誰だって、夢がある」で足りますよね。


それを敢えて「子供の頃の…」と言うところに
「子供の頃の夢を持ち続けることが難しい…」と言われて

「そうだよなあ…」と遠い目で昔を思い出したりする大人を意識している

ということになりましょうから。


だいたいからして「子供の頃の夢」をそのままに叶えられた大人というのは、
世の中広く見渡してそうはいないのではないですかね。

それは必ずしも諦めとかいうことでなしに、夢が変わることだってありましょうし。
後になって思えば「なんであんなことに執心していたのか…」と考えてしまうこともある。


ですから、冷めた大人目線で言えば子供の頃の夢をひたすらに追いかけることを是として、
そのための努力をすることが素晴らしい(裏返せばそれが叶わないのは努力が足りない)

とするのは、どうなのでありましょうねえ…。


とまあ、このような物言いでは

かつての東京ぼん太の名セリフ「夢もちぼーもない」てなことになってしまいますが、
夢を忘れた(叶えられなかった)大人としては「現実はきびしいけんね」と
ご同類の同情を買うとして、

子供にはそう早くにこうした諦観に達してもらいたくもないもので、

「頑張れば叶う…かも」の方向がよろしいということで。


舞台はモンスターの世界でありますね。
おそらく人間の世界とはパラレルワールドなのでありましょう。

そして、モンスターの世界の花形職業は「怖がらせ屋」であって、
人間を怖がらせることができればできるほどスター性が高まるということのようです。


人間世界では子供たちが学校から

社会科見学(個人的には醤油工場であり、羽田空港であり…)に出かけますが、
モンスターの方でも同様の見学に子供たちが出かけるのですなあ。


出かけた先は「モンスターズ・インク」、

つまりは怖がらせ屋をたくさん抱える置屋のような会社ですね。

ここで見たスター・プレイヤーたちの怖がらせぶりに目を瞠ったマイク・ワゾウスキは
将来の夢を「怖がらせ屋」になることと決心するわけですな。


野球の試合を見に行って大ホームランやら

颯爽とボールを処理する姿やらを見て「将来は野球選手に」と思ったり、

音楽会で素晴らしい音の響きや演奏の超絶技巧を目の当たりにして

「将来は音楽家に」と思ったりするのと同じ。


ですが、マイクが「怖がらせ屋」として将来の大成を期するにあたって、
人間を怖がらせるには得にならない、「背が低い」という

大きなハンディキャップがあったのですね。


ともすると、自分の姿かたちが「怖い」でなく「かわいい」と見られてしまうことを自覚したマイクは
漫画「キャプテン」の谷口よろしく健気な努力を積み重ね、結果として、
怖がらせ屋養成する最高峰の教育機関である「モンスターズ・ユニバーシティ」に

入学できることに…。


本作でのストーリーはこの後も自らのハンデ故に出くわす挫折の瞬間を乗り越え、乗り越え、
ついには自らの欠点を逆手にとっていく逆転の発想にも立ち至り、

晴れて「怖がらせ屋」になっていくというものですが、
夢の実現云々と併せて考えておきたいのが友情、というと大袈裟ですが友だちのことですね。


弛まぬ努力によってモンスターズ・ユニバーシティに入れたものの、
なお一層の精進無くして道は開けないことを知っているマイクにとって、
怖がらせ屋の名門一家サリバン家の息子であるサリーが生来の素質だけで

十分に人間が怖がるのをいいことに全く授業に身を入れず

にごろごろしていることが癪に障ってしょうがない。


当然にマイクとサリーは合えば喧嘩を繰り返すてなことになりますけれど、
結局のところサリーも素質を磨くことをしなければ状況は頭打ちとなってきたときに、
理解しあえる相手はマイクであったとだんだんに気付いていくわけですなあ。


Wikipediaの記述を借りれば「衝突しながらも友情を深めていくマイクとサリー」という展開を経て、
後日譚の「モンスターズ・インク」では怖がらせ屋の名コンビまでなっていくことに。

この状況に特段の違和感を抱くものではないですし、

こんなふうにして友だちになっていくこともあろうなと思うわけで。


ただこうしたことに対して、「友だち作り」という言葉が普通に使われている世の中というか、
子供たちの間ではどう捉えられるものなのかな…と思ってみたり。


だいたいからして友だちは構えて作るものでもないと思うのでして、
中学、高校、大学に入ったら何をしたいかを問われて「友だち作り」と応えるような

使われ方には驚きを禁じえない。

とはいえ、それがご時勢でもあるとすれば、

ある意味、マイクとサリーが友だちに、そして親友になっていく過程を
どう捉えるのだろうかと思いついたわけでありますよ。


これはこれで違和感無いとすれば、

友だちなんてそんなふうにもできるものだと受け止めているのかどうか…。


そういうご時勢とは言ったものの、子供たちに「将来の夢」を問うたときに、
よもや「友だち作り」なんつう答えの返ってくることのないような、

人との人との自然な関わりであってほしいような。
それをモンスターに教わるとすれば、おかしな話ではありますけれど(笑)。



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