2007年02月28日

小さな人生論2 / 藤尾秀昭

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愛読誌「月刊致知」の巻頭に毎号必ず載ってい藤尾社長の言葉。
月初に致知が届くと、私はまずこの文章から読み始める。
味わうように何度も何度も読み返す。
これだけ心に響く素晴らしい文章をよく毎回書けるものだと感心するが、以前藤尾社長の講演をお聞きする機会があり、その志の高さに感心し、納得した。

その文章をまとめた本が「小さな人生論」であり、これはその第二集。
数ページにまとめられた簡潔な文章の中に凝縮された思いがストレートに心に響いてくる。
松井秀喜がヤンキースに移籍する際に、川島元コミッショナーが彼に渡した本がこの「小さな人生論」だった。

選りすぐられた珠玉の言葉の数々は、何度読み返しても色あせることはない。


素晴らしい文章の中から、ひとつご紹介させていただく。



少年は両親の愛情をいっぱいに受けて育てられた。殊に母親の溺愛は近所の物笑いの種になるほどだった。

その母親が姿を消した。庭に造られた粗末な離れ。そこに籠ったのである。結核を病んだのだった。近寄るなと周りは注意したが、母恋しさに少年は近寄らずにはいられなかった。

しかし、母親は一変していた。少年を見ると、ありったけの罵声を浴びせた。コップ、お盆、手鏡と手当り次第に投げつける。青ざめた顔。長く乱れた髪。荒れ狂う姿は鬼だった。少年は次第に母を憎悪するようになった。哀しみに彩られた憎悪だった。

少年六歳の誕生日に母は逝った。「お母さんにお花を」と勧める家政婦のオバサンに、少年は全身で逆らい、決して棺の中を見ようとはしなかった。

父は再婚した。少年は新しい母に愛されようとした。だが、だめだった。父と義母の間に子供が生まれ、少年はのけ者になる。

少年が九歳になって程なく、父が亡くなった。やはり結核だった。
その頃から少年の家出が始まる。公園やお寺が寝所だった。公衆電話のボックスで体を二つ折りにして寝たこともある。そのたびに警察に保護された。何度目かの家出の時、義母は父が残したものを処分し、家をたたんで蒸発した。

それからの少年は施設を転々とするようになる。

十三歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。もういっぱしの「札付き」だった。
ある日、少年に奇跡の面会者が現れた。泣いて少年に棺の中の母を見せようとしたあの家政婦のオバサンだった。オバサンはなぜ母が鬼になったのかを話した。死の床で母はオバサンに言ったのだ。

「私は間もなく死にます。あの子は母を失うのです。幼い子が母を別れて悲しむのは、優しく愛された記憶があるからです。憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、死んだ母親なんか憎ませていたほうがいいのです。そのほうがあの子は幸せになれるのです」

少年は話を聞いて呆然とした。自分はこんなに愛されていたのか。涙がとめどなくこぼれ落ちた。札付きが立ち直ったのはそれからである。
作家・西村滋さんの少年期の話である。

喜怒哀楽に満ちているのが人生である。喜怒哀楽に彩られたことが次々に起こるのが人生である。だが、その表面だけを掬いとり、手放しで受け止めてはなるまい。喜怒哀楽の向こうにあるものに思いを馳せつつ、人生を歩みたいものである。

その時、人生は一層の重みを増すだろう。われわれが人間学を学ぶ所以もそこにある。

中江藤樹の言葉がある。
「順境に居ても安んじ、逆境に居ても安んじ、常に担蕩々として苦しめる処なし。これを真楽というなり。萬の苦を離れてこの真楽を得るを学問の目当てとす」







藤尾 秀昭
小さな人生論〈2〉「致知」の言葉
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2007年02月24日

親業 / トマス・ゴードン

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親子関係に問題を感じているわけではない。
むしろ、他の家よりもむしろ良好なのではないかと感じるくらいだ。
しかし、以前から気づくと育児書、教育書の類いを購入してしまっている。

この本は世界中で読まれているゴードン博士のベストセラーの翻訳書。 
誰でも親にはなれる。でも「よい親」になるのは難しい。
だからこの本を読んで、セミナーに出ればなお結構、ということなのだろう。

対象としているのは、子を持つ親。
子供の年齢は幼児から高校生まで幅広く参考になる内容である。

ポイントは3つ。
・能動的な聞き方
・「私」メッセージの発信
・対立を解く「勝負なし法」の実践

育児書を読んだことがない人は、この本を読むことで類書を読む手間が省けるだろう。
親子の関係に限らず、人間関係の基礎となることだからだ。

「親業」は訓練講座も行っているので、親子関係に悩んでいる人は講座で訓練することで、家庭での実践に役立つだろう。


受容のもたらす効果の中でいちばん大切なのは、自分は愛されていると子供が思うその内的な感情である。他人をありのままの姿で受容することこそ真の愛の行為であり、受容されていると感じることは愛されていると感じることである。心理学では、愛されているという感情のもつ非常に大きな力についてやっと認め始めたばかりだ。それは心と体の成長を促し、心理的・身体的障害を治すうえで、私たちの知っているあらゆるものの中でも、もっともすぐれた治療効果をもつものであろう。






トマス ゴードン, Thomas Gordon, 近藤 千恵
親業―子どもの考える力をのばす親子関係のつくり方
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2007年02月12日

森信三語録 心魂にひびく言葉 / 寺田一清

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嫌いというわけではないのだが、「○○語録」という書物には何となく手が伸びない。
素晴らしい言葉が書かれているに違いないのだが、ただ言葉の羅列だけで背景がわからなければ、その言葉の威力が半減してしまうような気がするからだ。

この森信三先生の語録は、先生に師事していた寺田氏によるものである。
森先生の著作を数冊読んだ私にとっては、その深い言葉に再び感動しつつ、「あのフレーズだ」、「あのときの先生の言葉だ」といろいろ思い出されて素晴らしかった。

まさしく「心魂にひびく言葉」をいくつか。



・絶対不可避なる事は、即絶対必然にしてこれ「天意」と心得べし。
どうしても避けられないことは、天意、天命として心安んずるしかない。どんなに辛いことも乗り越えて魂を磨くしかない。



・人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎないときに。
全て出会いは機縁の到来とその把握如何によるもの。もっと早い時期にこの人と出会っていたら・・・という後悔は意味がない。袖ふりあう縁を縁として気づく心が必要だ。



・人間も、金についての苦労が分かりかけて、初めて稚気を脱する。従ってそれまでは結局、幼稚園の延長に過ぎぬとも言える。
私の家は農家で、私の学生当時は決して裕福だったわけではないのだが、毎月欠かさずの仕送りの大変さを今になってやっと理解できる。40を前にしてやっと稚気が抜ける情けなさ。



・何よりも教師自身が自己に対するきびしさを確立することが、根本であって、直接、児童・生徒にきびしさをもって臨むということについては、極力慎重にしなければなるまい。
この言葉は、親として、人間としての心構えにも通じるものがある。



・「義務を先にして、娯楽を後にする」  たったこの一事だけでも真に守り通せたら、ひとかどの人間になれよう。
子供に対してもよく偉そうに「義務」と「権利」を言い聞かせたりもするが、その当人が「たまにはいいか!」などと昼間からビールを飲んで気を抜いているようでは「ひとかど」の人間にはなれないということ。反省。



森先生の著作を読んだことがある人には、先生の教えの復習として。
初めて読む人には先生の入門書として。
誰が、どこから読んでも素晴らしい言葉に巡り会えることを保証する。






寺田 清一
心魂にひびく言葉―森信三語録
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2007年02月07日

ココロでわかると必ず人は伸びる / 木下晴弘

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関西の某有名進学塾講師だった著者による教育法。
現在著者は、生徒ではなく先生に対して指導方法を「指導」している。

彼が繰り出す話術は、「テクニック」だとわかっていながら、電車で読んでいると涙が出てくる。
教育(指導方法)の根幹は、「感動」なのである。
感動を生み出すことによって、生徒・親のモチベーションをいかに高めるか、維持するかが重要なのだ。


たとえば子供にやる気がない場合の三者面談での実話。

「もしもね、ここに腹を空かせて獲物を探しているライオンが、突然入ってきたと考えてほしい」
ライオンは小さくて弱い相手を狙う、と説明して、

「じゃあ、ここで真っ先に狙われるのは誰かな」

「僕です」

「確かに、お前が食われるよな。悪いけど先生は君を守ってやれないと思う。ごめんな。気を悪くするなよ。先生にも自分の家族とか守るものがあるから、ひょっとしたら君がライオンに食われている隙に先生は逃げていくかもしれない。でもこのなかに、一人だけ、ライオンの前に立って自分の体を投げ出して内蔵をかじらせ、今のうちに逃げなさい! と君に言ってくれる人がいる。誰かわかるか」

「お母さん」

「お前も最初は赤ちゃんやった。歩けないよな。その歩けない赤ちゃんでも移動せなあかんよな。そういうとき、お母さんはどうしてきたと思う。ちっちゃいお前を抱きかかえて動いたんや。お前はその感覚、覚えてないんか」


お母さんは感動してボロボロ泣く。
それを見て子供も泣く。
これで少なくとも一週間は、子供がまじめに勉強に励むという。


本当の教育とはテクニックの伝授ではなく、子供の心を揺さぶることなのかもしれない。
うまく揺さぶってやると、自ずと子供はその方向に向いていく。





木下 晴弘
ココロでわかると必ず人は伸びる

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2007年02月02日

氷川清話 / 勝海舟

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以前からずっと気になっていた本を読む。
氷川清話。
赤坂氷川町、氷川神社の近くにあった勝海舟の家で、彼の弟子、ファンが勝の話を聞き、書き起こしたものだという。

私が勝海舟に興味を持ったのは大学時代。
司馬の「竜馬が行く」を読んでからだ。あの竜馬から先生と慕われたからには、余程大きな方に違いないと思いながらも、「竜馬が行く」は何度も読み返したが、「氷川清話」は読む機会に恵まれなかった。
開国派の竜馬が、敵とも言える勝を切りに屋敷に赴くが、敵ながらその語りに深く感動し、刀を脇に置いてそのまま弟子入りしてしまった。その後、竜馬は海運業として亀山社中を結成し、それが海援隊となり、金庫番だった岩崎が三菱を興したことを考えると、勝海舟とは現代日本の恩人とも思えてくる。


勝海舟、
その人間の大きさは余人を持って代え難いものがある。
おれなどは生来人がわるいから、ちゃんと世間の相場を踏んでいるよ。上がった相場も、いつか下がるときがあるし、下がった相場も、いつかは上がるときがあるものさ。その上がり下がりの時間も、長くて十年はかからないよ。それだから、自分の相場が下落したとみたら、じっとかがんでおれば、しばらくするとまた上がってくるものだ。
一年、二年ではない。
十年の辛抱が必要だ。

そして、驚いたことに坂本龍馬の話題はほとんど出てこない。
一方、西郷のことはベタボメである。
江戸城の無血開城も西郷あってこそ、との勝の言葉がある。

勝海舟をしてそこまで惚れさせる西郷とはどのような男だったのだろう。

今度は西郷のことを少し調べてみなければ。





勝 海舟, 勝部 真長
氷川清話
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