仕事が見つからないのでタクシーにでも乗ろうかなどと考え始めている今日この頃です。
募集広告を見ると40万円程度はもらえるようなことを書いていますが、この本を読むとどうも運賃収入のことではないかと思えてきます。実際にはそこからもろもろの経費を引かれて運転手の手取りは半分程度になってしまうようです。

この本では学業のかたわらタクシー乗務員を続けた著者が乗務中に体験したことをまとめたものです。

文章には改善の余地がありそうですが、入り組んだ京都の町を走る難しさ、法律や規則、地理にも通じていなければならない大変さについては伝わるものがありました。また、その筋の人や不良少年、痴呆の老人、酔っ払いといったありがたくないお客様もつきもののようです。それでいて過酷な労働環境は改められなければならないし、過疎地のタクシー不足も解消される必要がある、というのがこの本の中心的主題です。


とはいえ、会社はあまり器用な人とは思えない著者を、大学院の論文提出間際にこころよく休ませてくれたり、何かと便宜を図ってくれたりと鷹揚なところがあったようです。厳しい労働環境にある運転手にそれなりに報いたいという気持ちはあるのでしょう。お客様も悪い人ばかりではありません。「タクシーの運転手などやってないでもっといい仕事を探したら」とおせっかいをしたり、釣りはいらねえという人がいたりと心温まるエピソードも挿入されています。

タクシー運転手は大学院生in京都/浅野 健
¥1,500
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あぽやん ★★★★

テーマ:
第139回直木賞候補作。
タイトルの「あぽやん」は、旅行会社の空港勤務を指す言葉で、若干軽んじられている存在です。
そのような人たちの空港業務を描いた連作短編集です。
主人公の遠藤慶太は、当初は空港勤務についてマイナスのイメージしか持っていなかったのですが、そこで働くうちに職場に対する愛着を抱いていきます。空港では旅客の航空券の手配、出国等にまつわるさまざまなトラブルに巻き込まれるのですが、彼らは絶妙のチームプレイでそれらを乗り越えていきます。

,作者は旅行会社に勤務後、ホームレス生活を経て作家となったようで、同僚や上司であるとか、好き勝手に文句を言う顧客といった、働くことに対する恨みつらみが述べられているのではないか、という気もします。しかし、この作品は働くことのばかばかしさを描いたものではありません。むしろリアリティのある業務の描写とともに、働くことは楽しいことだというポジティブなメッセージが読み取れます。


全六編はどれもそれぞれにクオリティが高く、おもしろいのですが、私は「ねずみと探偵」を推します。

ある種サスペンス仕立てにもなっている作品で、犯人探しの様相を呈してきますが、真犯人の意外性と、リストラの不穏な空気が巧みに組み合わされているからです。

空港業務というのはミスの許されない厳しい業務のようですが、会社勤めというのは意外にいい加減な一面もあるようで、彼らもグループ会社などの仕事のいい加減さに振り回されたりします。

井上荒野氏の『切羽へ』をまだ読んでいないのでなんとも言えませんが、この作品が直木賞でもよかったのではないかという気がします。

あぽやん/新野 剛志
¥1,890
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きみの友だち ★★★★

テーマ:
重松さんも同じような話ばっかり書いているなあ、前にも読んだかもと思いました。
おまけに文章が素朴というのか、吉田修一や石田衣良に比べるとどうにも垢抜けないという印象を持ちました。
そこでこの本も★三つにしようかと少し意地悪な気分になったのですが、やはり★四つで評価することにしました。

連作短編集のこの話は和泉姉弟を中心に展開していきます。

ときおり、それぞれのクラスの生徒たちが主役として登場します。


姉の恵美のほうは交通事故で足を悪くし、それ以来人間不信になってしまいました。

しかし、決してひねくれているというわけではなく、自分を持った人です。

弟の同級生の前に現れてはひょいと助け舟を差し出すような存在として登場します。


弟のブンのほうは、文武両道でおよそ欠点などないような少年ですが、ひがみっぽい部活の先輩にからまれたりという苦労もします。


それぞれを支えるのが恵美にとっては由香、ブンにとってはモトという親友です。

恵美と由香の交流はしっとりと、ブンとモトの交友は爽やかに描かれます。


それにしても、親友という言葉ほど都合のよい言葉はありません。

クラスのみんな(言い換えればその他大勢)は「私たち親友だよね」などと言いながら、都合の悪いことを押し付けたり、派閥争いに利用したりします。特に女子生徒の間でそういった火花の散らしあいがさかんに行われます。女子生徒の間の陰湿な人間関係を描いた作品としては「千羽鶴」がもっとも真に迫る恐怖感のある作品でした。つくづく女に生まれなくてよかったと思います。

もっとも大人になると、男の世界も地位がからむだけに厄介なものになります。
大人も子供もしちめんどうくさい世界を生きているのだなあ、と実感しますが、これは決して救いのない話ではありません。
きみの友だち (新潮文庫 し 43-12)/重松 清
¥620
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ひなた ★★★★

テーマ:

大路家の兄弟とその家族の妻、彼女といった複数の視点から語られる一年という意味で、山本周五郎賞を受賞した『パレード』と同系統の作品といえます。
読み進むにつれて、例えば大路尚純の出生の秘密だとか、大路浩一の友人田辺の意外な一面といった具合に少しづつ登場人物たちの本当の姿が明らかになり、予想もつかない方向に話が進んでいきます。描写は淡々としたものですが、その点が読みどころといえるでしょう。最終的に大路家は解体されて、最小限の単位となります。もっともそれは破局という形ではなく、それぞれが独立した結果という形ではあります。決して救いのない話ではなく、その点が『パレード』とは異なって穏やかな作品となっています。
それにしても私は吉田修一とはつくづく相性がいいようで、何を読んでもある程度満足できますし、どんどん他の作品も読みたくなってしまいます。

ひなた (光文社文庫 (よ15-1))/吉田 修一
¥540
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くもし、一日3時間しか働かなくてよい、という国があれば喜んで住みたいと思います。
しかし、現実にそれが実現可能かどうかちょっとまじめに考えてみました。

多くの人が何のために働いているかというと、それは家族を養うためと、ローンを支払うためでしょう。

この二つに関する問題が解決されれば一日3時間、自分と家族が食べていけるだけの収入を得て生活していけるでしょう。


この国では食事は一日一回満足のゆくものが無料で食べられますし、成人すれば家も無料で与えられます。

一日三時間しか働いてはいけないという決まりがあるため、交通の混雑も緩和されています。

要は徹底したワークシェアリングを進めて雇用を促進し、公共サービスを充実させる政策を採れということなのでしょう。

政治についても、この国ではボランティア活動として捉えられています。
登録しておけば誰でも政治家になることができ、政治家になる以前の給料がそのまま支払われます。
誰もが政治に参加するという意味で、限りなく直接民主制に近い制度です。
しかし、これは人口が増えてくると不可能な制度となります。
そのため、非常に小規模に分割された単位でしか実現できず、徹底的に分権化が進められる必要があります。
問題は人々が金銭的・時間的な公的負担をどの程度受け入れられるかということです。

しかし、最終的には貨幣経済そのものを見直さないとこの国のような形をとることは不可能でしょう。

人間は金銭の多寡によってその価値を測られており、その量によって受けられるサービスの程度も異なっているからです。そう考えると、お金そのものがなくならない限りキルギシアは実現できないのではないかと思います。

また、お金そのものを職業としている金融業者などは失業するでしょうし、その他大勢の失業者が生み出されます。社会はそのような人たちを支えていけるだけの負担を担うことができるのでしょうか。

また、自分のしたいことをしていることが幸せといいますが、人間は必ず他者との比較で評価を求めますし、それを数値化しないと気が済まないし、やる気も起きないという部分があります。このような問題にもどのような解決策が与えられるのか疑問です。


いろいろと文句を言いましたが、実現されれば本当にいいだろうなとは思います。

誰もが幸せになる 1日3時間しか働かない国/シルヴァーノ・アゴスティ
¥1,260
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キノの旅(6) ★★★★

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6巻でおもしろかったのは「彼女の旅」(第二話)、「忘れない国」「安全な国」「祝福のつもり」です。

「彼女の旅」では、この世において絶対非暴力など不可能であるのに、それを熱心に唱える人はそのことに気づいていないことをユーモラスに描いています。

「忘れない国」では、大災害の記憶を忘れず、毎年記念式典を行い、記念グッズまで作っている国のことが書かれていますが、その実この国は一番大切なものを忘れているのです。

「安全な国」では、危険が想定されるありとあらゆる物の所持が法律で禁止されています。それによって国民は安全を享受していますが、同時に洗脳されてもいるのです。しかし、危険なのはその物ではなく、それを使う人間の意志なのです。そのことに気づいている人もいますが、キノは彼に対して何と答えたのでしょうか。それは読んでみてのお楽しみです。

「祝福のつもり」。最下層の生活から抜け出すために少女が採った手段とその真意について。私はこのような選択肢を否定はできません。そういえば、この話はシズの旅を描いたものですが、初めてシズのことを書いたような気がします。

総じてある種の盲信的信念に対する著者の皮肉な態度が印象に残る巻でした。
キノの旅〈6〉 (電撃文庫)/時雨沢 恵一
¥557
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『M』 ★★★

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一時期馳星周を集中的に読んでいた時期があります。
その中でも最もおもしろかったのがこの短編集『M』です。
位置づけとしては、官能小説を読むのは抵抗があるが、エッチな小説を読みたい。そこでこれは文学であるとの言い訳が一応通用する作品としてこの『M』が登場します。第122回(1999年下半期)の直木賞候補にもなりました。

全四作品を貫くテーマとしては、性によって堕ちていく男女ということになります。

「眩暈」では派遣社員として自分の会社に入社した義理の妹が、ネット上のエロ画像に似ている。

そこで妄想に苛まれ、義理の妹を尾行したり、いたずら電話をしたりと常軌を逸した行動に走っていく男が描かれています。


「人形」は、実りのない就職活動をしている内藤裕美という女子学生が、家族ぐるみの付き合いをしていた金子という男と久しぶりに出会う。しかし、金子がどうやら会員制デートクラブの会員であるらしいことをつきとめる。裕美は金子に憧れを抱いており、金子に会いたいがためにデートクラブに登録し、男に金で買われるようになる。その過程で家族ぐるみの付き合いをしていた内藤家と金子家の間のタブーに触れるという内容です。


「声」は最初に読んだとき、最も真に迫る恐怖を感じた作品です。知人の紹介で伝言ダイヤルに登録した聡子は、その筋の男に当たってしまい、写真を撮られ、住所まで知られとどんどん破滅的状況に追い詰められていきます。これに無職の夫との不和や、子供がいじめられていることへの不安などが織り交ぜられています。子供のいじめの件は意外な結末を迎えます。


表題作「M」は、勤労学生の稔が先輩に誘われて入ったSMクラブのまゆみに惹かれてしまう話です。かつて稔は父親を殺害し、少年院で過ごした経験があるのですが、父親を殺害するに至った背景と自身の性的嗜好とが明らかになっていきます。また、まゆみのもとに通い詰めるにしたがって金銭的にも困窮するようになり、かつての悪い仲間ともよりを戻し、悪の道へと進んでいくとこれも救いようのない話です。

当たり前ですが、これらは決して品のいい作品ではありません。文章自体も再読すると内容が薄いものに感じます。また、描かれている状況も確かに怖さは感じますが、シチュエーションが極端でいかにも作り物めいて見えるのも否定できません。同じような作品を花村萬月もよく書きますが、そちらのほうがより内容の濃いものであるように私には感じられます。

M(エム) (文春文庫)/馳 星周
¥540
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魔王 ★★★★

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「魔王」「呼吸」の二篇からなる作品です。
「魔王」は、犬養という政治家にムッソリーニのようなファシストらしさを見てとり、危惧を抱いた安藤、「呼吸」はその弟潤也が、それぞれ自身の特殊能力を抱いて世の中にコミットしていこうという話です。
兄のほうは、全体主義に流れていく社会に異議を唱えようというかなり政治的意図を持っていますが、結果的にその能力が身を結ぶことはありませんでした。その意志のようなものは、弟のほうに受け継がれたような記述ではありますが、この弟も何をしようとしているのかは不明なまま、という印象を抱きました。
同程度の文章力を持つ作家では、例えば宮部みゆきなどが挙げられるかと思いますが、宮部作品においては提示されたテーマに対しては必ず解が与えられます。しかしながら、これまで読んだ伊坂作品においてはそうした解が与えられることはなく、その点がいささかおさまりが悪い感じがします。読者の想像に任せるということなのかもしれませんが、宙ぶらりんのまま放り出されたかのような違和感が残ります。


魔王 (講談社文庫 い 111-2)/伊坂 幸太郎
¥650
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内蔵允留守

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山本周五郎の短編。初出1940年、6部構成。14ページ程度。

1.近江の武士、岡田虎之助は剣術をきわめようと江戸の別所内蔵允(くらのすけ)を訪ねます。道中娘や老農夫に出会いますが、内蔵允はずっと留守にしており、何人かの侍が家で帰りを待っていることを聞きます。

2.内蔵允の家を訪問した虎之助は、内蔵允の帰りを待つ武士の一人、神谷小十郎から高圧的な対応を受けます。また、その取り巻きからは物乞い扱いされたりもします。小十郎は一本勝負して資格ありと認めたら内蔵允の弟子として迎え入れようと言いますが、虎之助はそれは内蔵允の決めたことではないことを確認した上で辞去します。帰り道、再び1.の農夫(以下老人)に出会い、この付近で泊まれる場所はないか、と訪ねたところ「自分の家でよければ」という申し出を受けて宿を借りることにします。この後、1.で出会った娘が老人の孫の奈美であることが明らかになります。

3.ただ単に居候するだけでは申し訳ないと思ってか、虎之助は農作業を手伝うことにします。しかし、老人は「百姓仕事は甘いものではない。三日も持つかどうか」と懸念を示します。

4.三日目、老人が心配したとおり虎之助は体が思うように動かなくなります。彼らが農作業をしている最中、内蔵允の家にたむろする小十郎たちが河原で水浴びをしています。老人は彼らを見て「剣術など徳川の治世が安定した今の時代には不要なもの。今は百人の剣術に秀でた武士より一人の百姓のほうが貴重な時代である」というような感想を漏らします。自分の理想とする剣術を否定されたように感じた虎之助は少しむっとしますが、老人の言葉にも真実があると感じます。
そのような話をするうちに小十郎たちが虎之助たちのほうにやってきてからみはじめます。虎之助は「水浴びがお上手なことで」と皮肉を言い、それ以上相手をしませんでした。

5.虎之助は老人の言葉を改めて思い返します。老人の言葉に故郷の師匠の世の中のあらゆるものが師である。何事も無用に存在するものはない。そのような謙虚な気持ちを持ち、たえず修行に励まなければ真理に達することはできない、という教えを重ねます。
十三夜の宵、虎之助と奈美は国のことなどを語り合います。そこへ小十郎たちがあらわれてからみはじめます。虎之助は浪人の一人が持っていた柳の枝を奪い、面を打ちます。立て続けに二人をしりぞけた虎之助に小十郎たちは動揺します。

6.小十郎たちを撃退した虎之助が老人の家に帰ってみると、浪人たちは内蔵允の家の銭を盗んで逃走したとのことでした。老人は近頃はそのようなものが多い、だいたいのものは世渡りの手段として剣術を選んでいる、という感想を述べ、虎之助はどうかと訪ねます。虎之助は道の極意をたずねることと答えると老人は、百姓にも何百年となく伝えられてきた教えることのできない秘伝がある。同じように耕してもそれを知るものと知らぬものでは作物の出来がまるで違う。百姓はみなそれを自分の血と汗で会得するのだ。と言い、何にせよ人から教えらたいという態度では極意を身につけることなどできないとも言います。
そのとき、虎之助は老人が誰であるかを悟ったのでした。

山本周五郎は現代においても幅広い年齢層から根強く支持されている作家です。私はまともに読んだことはなかったのですが、この作品を読んでなぜこれほどまでに支持されているのか少しは分かったような気がしました。
まず十数ページと短い作品ながら、非常に綿密に構成された作品となっています。無駄な登場人物は一人もいませんし、その人物が出てくることに対して必ず必然性があります。なおかつ70年近い昔の作品でありながら、現代でもまったく抵抗なく読める文章となっています。技術の面からみてもこれは相当なものと思われ、かつて国語の教科書に採用されていたこともうなずけます。
構造面から作品を読む方法を教えていく上では使いやすいものといえるでしょう。

山本周五郎中短篇秀作選集〈1〉待つ/山本 周五郎
¥2,100
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もう一生やりたくないスポーツといえば、サッカーということになります。下手くそだからです。しかし、観るのも嫌いとなると話題に乏しい人間と思われかねません。そこで、比較的アプローチしやすそうな方面から知識を仕入れようと思ってこの本を手にとりました。
結論からいうと、よく分からないということです。
この本は主に監督に注目してサッカーの戦術面を布陣から解説しています。主としてヨーロッパのスタイルを例にとって説明しています。ヨーロッパのサッカーのスタイルは、80年代以降攻撃型で、守備が重んじられている日本のサッカーは古いし、機動性に欠けると言いたいようです。しかし、ことさらにヨーロッパを持ち上げ、日本のサッカーを古いと批判するだけの姿勢には疑問が残りました。
この本を読むとサッカー界には多数の名監督が現役で活躍しているようですが、ではなぜヒディンクのような名将を日本に招聘しないのでしょうか。
それほど日本のサッカーは外国人の監督から見ると魅力に乏しいのでしょうか。それも疑問です。
戦術面では個々の名勝負を取り上げるだけで、戦術を知り、観戦に活かすという側面からはあまり活用できそうもありませんでしたが、とりあえずおもしろい本ではありました。

4-2-3-1―サッカーを戦術から理解する (光文社新書 343)/杉山 茂樹
¥903
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