徐裕行のブログ

徐裕行の周辺で起きたことを
無理にでも拉致問題の解決に結びつける
うまく、落とせない時もあるけどね。

北朝鮮による日本人拉致事件の責任は在日コリアンも負うべきだという持論から、拉致問題解決を求める署名を集め、朝鮮総連に持参することを目的として、このブログを立ち上げました。


国籍・宗教・政治理念・年齢・性別を問わず、拉致問題を解決すべきと、賛同いただける方に、ぜひとも署名のご協力と、当ブログの拡散にご協力いただけますよう、お願い申し上げます。


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やじるし(した)やじるし(した)やじるし(した)やじるし(した)やじるし(した)  ヨロシク!!!

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以前、当ブログで朴春琴について書いた。
Webで画像検索すると、下の2点の画像が検索できる。
白黒の写真はWikipediaに掲載されているもの。次のセピア色のものは韓国で朴春琴として紹介されているものらしい。

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そして、この写真は我が家のアルバムの中に保存されていたもので、写真右上に達筆で朴春琴と書かれているのがわかる。

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朴春琴は1891年4月17日に韓国の慶尚南道で生を授かり1906年彼が16歳の時(この時はまだ日韓併合はなされていなかった)に日本に渡ってきたと言われてる。朴春琴は土木作業員から手配師となり、清水組、佐藤工業、飛島組、熊谷組などの仕事を請け負う傍ら1920年の朝鮮人労働者相互扶助団体・相救会を結成した。

日韓併合条約締結は1910年8月29日。
朴春琴が深川4区から衆議院選に立候補し初当選を果たすのは1932年朴春琴が41歳の頃。
2回目の当選が1937年。
創氏改名の創氏が行われたのは1940年2月11日。
したがって、朴春琴が衆議院議員として国会で活躍していたのは創氏が始まる以前のことだったのだ。
世に云われる(私もブログなどで紹介している)ように、本名で国会議員をしていた人物として朴春琴がいることを根拠に創氏の強制姓云々を語るのは正確ではなく、創氏が始まった時にはすでに朴春琴として衆議院議員として活躍していたというのが正しい。

朴春琴は創氏が始まった直後の2月15日に衆議院予算委員会で質問に立ち、暗に創氏反対を主張する古谷栄一という人物を指して「ある内地の馬鹿があって、朝鮮人が日本人になるというので、あんな民法令(実際は民事令)を改姓したのは間違っている。つまり大和民族というものは正しくて、朝鮮人のような悪い奴を日本人にすることは怪しからぬと言っている」と発言している。

古谷の主張は日本人の姓氏の9割方は皇胤神胤から派生したもので、これらの中心宗家である皇室を戴くのが日本の国体であるから朝鮮人にこれらの氏を名乗らせるのは姓氏を単なる符牒に貶め国体に深刻な損害を与えることになるというものであった。

朴春琴は創氏参政の立場から創氏に反対する古谷の考え方を批難したのである。

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さて、その話はともかく、上の写真は私の祖父母のものだ。
おそらく二人が日本に渡る前の頃のものだろう。二人ともまだ若々しく見える。写真の右上に marry と書かれているので結婚式の記念撮影かもしれない。

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祖父が渡日後、土木作業員を経てやはり土木関係の親方になって朴春琴と関わるようになり深川区議会議員を務めていたという話も以前に書いた。
これはその祖父の墓の写真である。
墓石には

東京市深川区会議員
達城徐公延炳之墓

とある。祖父が亡くなったのは創氏以前だったので徐延炳という名で区会議員をしていたことになる。
この墓の実物は見たことがないが、おそらく韓国にあるのだと思う。

さて、話はあちこち飛ぶが、我が家に朴春琴の写真が他にもないだろうかと古いアルバムを探していたところ、ひょっとしてこの人かもしれないと思うものがあった。それが次の3枚の写真だ。

古い写真を見ながらあまり素顔を知られていない人物を特定するのは非常に難しい。手掛かりとなるのはやはり特徴的な風貌や風体となる。

まず、最初の写真の中心にいる人物が疑わしい。
朴春琴の風貌風体の特徴は次のことがあげられると思う。
①禿げ頭であること
②丸顔であること
③髪の毛を七三のあたりで向かって右側から左に分けていること
④目が細い
⑤Wikipediaに掲載されている写真から、ひょっとすると左腕が悪いと思われること。
※Wikipediaの写真は恐らく参議院初当選の万歳写真ではないかと思われるが、何故か右腕一本だけで万歳をしている。

そのことから推測するに、この写真の人物は①②③④の条件は申し分なく該当しているし、写真を見るに左腕の肘が曲がっていて⑤も該当しているようにも見える。

因みに私の祖父は最後列左端のすぐ下の人。

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2枚目の写真は本当にそうなのか?と疑うところもある。
というのは、同一人物が映っている位置が問題なのである。
朴春琴と思われる人物はこの写真では前から2列目の右から4人目に写っている。
因みに私の祖父は前列の右から4人目。
朴春琴ほどの人物が何かの記念撮影で中心に居ないことなどあるだろうかとも思われる。

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そして3枚目の中心に居るのが同人物である。
前列に座っている右側の祖父を見てもわかるように前の2枚よりもかなり若いころのものだ。ゆえに朴春琴と思われる人物の髪も前の2枚よりは多いがおでこが上がってきているし、丸顔、目が細い、七三分け、左ひじも曲がっている?ように思える。

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果たしてどうだろうか?
当時を知る人はとうの昔に無く、手掛かりとなる父親も2月に他界してしまった。
写真を整理しながら昔日の在日社会を思う今日この頃。


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本日2月11日は建国記念日で日本の祝日ですが、本来は紀元節として明治以降祝われてきた日でした。(日本書紀や古事記では「辛酉年春正月、庚辰朔」つまり旧暦の1月1日-太陽暦1月29日-に神武天皇が即位した日として記録されているが、この日は孝明天皇の命日の前日であるため都合が悪いとして明治政府が新たに2月11日を紀元節に設定した。明治6年大政官布告344号)

ところで紀元節の2月11日は在日の歴史を紐解いても意味のある日です、と書いてピンと来た人は相当な歴史通かもしれません。

じつは、1940年2月11日は朝鮮系日本人の創氏の届出が始まった日です。この日から6ヶ月後の8月10日の間に朝鮮人は(この時点では国籍上は日本人であるが、便宜上、朝鮮半島出身者を朝鮮人と記すことにする)創氏の届出をしなければなりませんでした。
「朝鮮人は」と書きましたが正確には「朝鮮人の家庭の戸主は」創氏の届け出をする義務があった、ということです。

ここで、「?」と疑問を感じる人がいるかもしれません。

●日韓併合は1910年の8月29日から始まったんじゃないの?1940年に創氏が始まったとすると、それまでの30年間は朝鮮人は自分の姓を堂々と名乗れてたの?

●創氏があったのは終戦までのたった5年間?

●届け出って...?創氏は強制じゃないの?

●届出の期間が6ヶ月間?

●創氏は分かったけど、改名はどうしたの?創氏改名はセットでしょ?

まあ、他にも疑問はあるかもしれませんが、今回は要約だけ書いてみたいと思います。

因みに日韓併合(日朝併合と言う人もいますが、併合時は李朝は大韓帝国になっていましたので、日韓併合が正しい言い方だと思います)は1910年から1945年の35年間に亘っていましたが、創氏が行われるまでの30年間は朝鮮総督府は朝鮮人が日本風の姓や名を名乗ることを厳しく禁じていました。
たとえば併合前に既に日本風の名を付けられていた人や併合後に生まれた新生児に日本風の命名をした場合、これを朝鮮風の名に改めさせました。
また、それまでは新生児の名は届出制でしたが、日本風の名を付けさせないために許可制にしていました。
これは、朝鮮人が日本風の姓名を名乗ることで朝鮮人と日本人の区別がつかなくなり、取り締まりができなくなることを懸念してのことでした。

そもそも、日韓併合によって朝鮮人が日本人になったとはいえ、朝鮮人は日本の戸籍を持つことができませんでした。日韓併合前夜の大韓帝国時代に日本の官僚の指導のもと日本の戸籍制度を取り入れた民籍(それまでの李朝時代からの人別帳には女性は出身家庭の姓のみが記され、奴婢たちは所有者の人別帳の片隅にチビだの犬の糞だのクロだのといった綽名のような名と性別しか記されていいなかった)が導入されたのだが、併合後も民籍が戸籍に併合されることはなく、朝鮮人と日本人が混合することを避けていました。

併合時には日本人と商行為をする商人たちを中心に日本人風の姓や名を名乗る人たちがたくさんいたようです。資料は見当たらないようですが、いわゆる「朝鮮人の側も日本の氏を求めていた」という日本の一部の政治家の見解も、ひょっとすると併合後の朝鮮総督府の政策によって元の姓名に戻された商人たちが日本人と商売をする以上、日本風の名前が有利だと考える人たちがいたということをいっているのかもしれません。

あ、そうだ、次の話に進む前に創氏と改名の違いについて少し解説をしておきたいと思います。
創氏には「設定創氏」と「法定創氏」というのがあります。

●設定創氏というのは、前記の1940年2月11日から8月10日までの間に各家庭の戸主がその家の氏を設定して役所に届出なければならない義務を負った創氏のことです。この場合の氏の設定は日本風の氏でなければならず、朝鮮風の名字を氏として設定することはできませんでした。

●法定創氏というのは、上記の期限内に戸主が新しい氏を設定して役所に届けない場合、役所が事務的に戸主の姓をそのまま氏に設定することができ、その結果、その家の家族は全員が自動的に戸主の名を名乗ることになりました。


★豆知識
1.朝鮮人は姓を用い、結婚しても嫁は婚家の姓を名乗らず、出身家の姓を名乗り続けたので、一つの家庭の中に婆さんや母さん、複数の嫁がいた場合、一つの家庭の中に李さんや金さんや黄さんや洪さんなど複数の姓が混在していたのです。

2.そのため、朝鮮人は今でも自分の本貫(出身一族)への帰属心が強く、「私は○○の両班の出身だなどといって血族自慢をします。

3.創氏は朝鮮半島の人たちの約8割の家庭の戸主が日本風の氏を届出たのに対し、日本本土の朝鮮人で創氏の届出をした人は2割にも満たなかったのです。それは、いわゆる出稼ぎのような形で日本に渡ってきている若い人たちの戸主は朝鮮半島に住んでいて、自分には氏を決める権利がなかったからだと言われています。

そして、改名というのは、朝鮮総督府がそれまで厳しく禁じてきた日本風の名前を解禁し、それを名乗りたい人は手続きの費用を払って役所に届ければ、それを受け付けるというものです。
いわば、創氏が義務なのに対し、改名は許可であるというのが最大の違いです。

さて、それでは、それまでに厳しく禁じられてきた創氏と改名が何故急転して創氏の義務化や改名の許可につながってきたのでしょうか。
その理由として最も有力とされている説は大東亜戦争だとされています。いわゆる支那事変に端を発して日本と中華民国の間で戦闘が激化し、さらには選挙区が第二次世界大戦という大きな戦争に発展していく中で、朝鮮や台湾出身者たちの徴兵によって戦力を維持、増強させたいという意思があったというものです。

1940年。皇紀2600年という節目の年に半島出身者を皇民化する一大事業として創氏が行われることになりました。

突然ですが、続きはまた次回に持ち越しです。

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昨夜、安倍首相が記者会見で、北朝鮮が拉致被害者と拉致を疑われる特定失踪者の包括的・全面再調査を約束したと発表した。

拉致被害者の家族や、拉致問題の解決を心から願う人々にとって大変喜ばしいニュースだ。

北朝鮮は張成沢氏の粛清以来、中共との関係が悪化し敵国である韓国と経済的にも連携し、歴史問題においても足並みをそろえて日本を攻撃するなど良好な関係がうかがえていることに加え、日本とは朝鮮総連本部ビルの売却問題を抱え、日本国内の在日支持基盤崩壊の危機に立たされている。
このままでは、日米中韓の四面楚歌になってしまうと予測されるや否や突如日朝課長級協議再開で拉致問題を取り上げる準備があることを匂わせ、モンゴルでは横田夫妻とめぐみさんのお嬢さんであるキム・ウンギョンさんの面会が実現した。おそらくこの協議の中で朝鮮総連本部ビルの売却を撤回する政治決着を条件に拉致問題の再調査の約束したのだろう。

前回も朝鮮総連本部ビルを落札問題を取り上げたが、ビルを落札したマルナカホールディングスは香川県の企業で、傘下のマルナカと山陽マルナカが四国・中国地方でスーパーマーケットを展開していることで知られ、2011年にイオンが両社を子会社化している。
そもそもこの四国・中国地方に基盤を置く企業が東京千代田区富士見町の商業ビルでも何でもない不動産を入札する動機が不明であるのに加えて、第2回入札の決着にも腑に落ちないところがある。というのも、モンゴルの「アバール・リミテッド・ライアビリティー・カンパニー」が提出した書類が正式なものではなかったとして売却が許可されなかったわけだが、素人ながら入札前に提出した資料の審査を行わずに入札参加を許可していたのかと疑問に思うところもあるし、次順位買受の資格を考えると、入札第1位の「アバール・リミテッド。ライアビリティー・カンパニー」が50億1000万円で入札した場合その2割に当たる10億200万円を保証金として事前に振り込まなくてはならないが、この第1位が落札から落とされた場合、次順位の入札価格は50億1000万円-10億200万円=40億800万円以上の条件を満たしていなければならないはずだ。にもかかわらず、マルナカの22億1000万円で落札してしまったのは買受資格を満たしていないのではないかと指摘する人もいる。
そういったところから本件が日本が唯一北朝鮮に切れるカードとして切った国策と疑われる所以でもあるのだが、きっと北朝鮮側も同様の認識をもっていることだろう。

北朝鮮側が朝鮮総連本部ビルの入札問題を日本の政治的カードとして認識している場合、拉致再調査を条件に朝鮮総連本部ビルを総連に戻させ、なおかつ日米中韓の対北朝鮮包囲網に亀裂を生じさせたいと考えることは合理的な選択だろうし、日本政府も北朝鮮が拉致再調査を約束するのならば、あらゆる条件を検討するのは当然のことだ。
ただし、日本は拉致調査が進展している期間はマルナカへの引き渡しを理由をつけて延期したうえで朝鮮総連に賃貸を許し、北朝鮮が国際状況の変化により再調査の中断などの処置をとった場合は即刻マルナカにビルの所有権移転の手続きを取らせるということになるのではないだろうか。
北朝鮮はそれほど信用できる国ではないからだ。

いずれにせよ、今回の北朝鮮の全面再調査の発表は具体的な進展を見せることにたいする期待は大きく、そのこと自体は率直に喜びたい。

ただ、事ここに至ってひとつだけ心残りがある。

それは結果的に在日が拉致問題の解決に向けて具体的なアクションのポーズすらも取れなかったことである。
拉致問題は、一民間人がどう足掻こうと解決できる問題ではない。あくまでも政府間で解決の道筋を探っていくしかない問題である。また一方で、日朝関係においては必ずや解決しなければ両国の関係改善はあり得ない問題でもある。そう考えたとき、遅かれ早かれ拉致問題は動き出す問題だった。
2002年に故金正日総書記が拉致の事実を認めて以来、一部を除き多くの在日たちは沈黙を貫き、拉致問題は解決済みという北朝鮮の立場を追随するか無関心を決め込んできた。
もし、在日社会が積極的に拉致反対を訴えていれば、日本社会における在日(ここでは主に総連系)の信頼と地位向上が現在よりも向上していたのではないだろうか。

そもそも高校無償化問題にしても朝鮮高校を除外する理由として取り上げられているのは、朝鮮学校では
①反日的な教育を継続して実施している
②拉致の事実を教えていない
というものから
③朝鮮高校は北朝鮮の工作員の養成学校だ
というものまであった。

在日自らが拉致反対を声高に訴えていれば、①反日的ではなく②拉致の事実を認識し③工作員などいない、ことを実証的に明らかにすることができ、日本国民の高校無償化の理解を得られていたであろうとおもう。

ぼく自身も含め、在日社会がもっと積極的に声を大にして拉致反対を訴えられなかったことに対し慙愧の念に堪えない。
もちろん拉致問題は解決したわけではなく、北朝鮮から全面再調査の言葉を引き抱いただけである。いまからでも遅くない。おおくの在日が拉致問題の反対と解決を求める声を大にしていこうではありませんか。

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時々ニュースで朝鮮総連中央本部ビルの競売売却のニュース問題が取り沙汰されるので、話題としては知っているが詳しい内容までは分からないという人がいるかもしれない。

今年3月24日に香川県のマルナカホールディングスへの売却も決定したので、これまでの経緯を簡潔に纏めてみようと思う。

話はバブル真っ只中の1990年代まで遡る。
日本中がバブルに沸いた当時、投資や事業拡大で金儲けに浮かれていたのは経済人ばかりではなかった。

なんと、在日朝鮮人の親睦団体であり、政治結社、朝鮮民主主義人民共和国の大使館的役割を担う朝鮮総連もバブル景気の恩恵に預かろうと躍起になっていた。

朝銀信用組合は事実上朝鮮総連の傘下銀行であり、総連の意向を実務的に処理する金融機関でもあった。

そもそも朝銀は預金者の殆どが在日朝鮮人で、かつては日本の銀行からの融資を受けづらかった在日の事業を支え、朝鮮人が日本企業への就職が困難だった時代に朝鮮学校卒業生の有力な就職先のひとつでもあった。

また、地元出身の信組職員と顧客の多くが朝鮮学校を通じて先輩後輩の関係で結ばれており、多少の融通も効くなどして総連の関係者にとっては使い勝手の良い金融機関という側面があった。

そんな一面もあり、バブル時代には日本の銀行同様に甘い審査と査定よりも大きい金額の融資をするなどしてバブルに沸いていたのだ。

朝銀の上部組織である総連もバブルに敏感に反応し、目ざとく地上げ事業に着手。パチンコの事業展開では朝鮮大学の卒業生を店長候補生に迎えて多くの店舗を出店した。

確かに昔の在日は企業への就職が難しい時代が長く、個人事業者が多かった。朝鮮部落といわれた町には肉屋や焼肉屋、朝鮮乾物屋、カバン・サンダル製造業、喫茶店、不動産業、金融業、パチンコ業を生業とする者が多い。しかしそれらは皆わが身を削りながら必死に働いてやっとの思いで成り立っているのだ。在日ならそれらのビジネスをすれば誰でも成功させられるというものではない。
ましてやパチンコ業などでは地元の地回りとの折衝もしなければならず、不眠不休で売り上げを伸ばす努力は自分の身銭を切っているからこそ命がけで事に当たれるのであって、いくら総連が金を出し、在日社会のエリートといわれる朝鮮大学を卒業した者を責任者に添えたとはいえ、20代半ばそこそこの若者にその重責を担えるはずもなく、殆どのパチンコ店が経営不振に陥り、バブル崩壊と共に地上げやパチンコの事業展開は見事に不発に終わった。

そのような総連主導の事業で資金の調達役を担っていたのが朝銀信用組合だった。
(※資金の一部は北朝鮮に流れ核開発や長距離弾道ミサイルの開発資金に当てられたという説もあるが、やはり事業展開に失敗したというのが本当のところだと思う)

資金の調達方法として、まず総連関係施設(総連支部や学校など)の土地建物を担保に日本の銀行数行から担保評価額一杯の借り入れを起こし、そのあとですでに担保価値のない同施設を朝銀に再評価させ金を出させた。

バブル崩壊後の1997年5月の朝銀大阪信用組合の経営破綻を皮切りに不良債権問題が発覚。朝銀グループは次々に破綻することになった。

朝銀グループの不良債権を整理回収機構(RCC)が2900億円で買い、当時の預金保護法に基づく預金の全額保護のため預金保険機構から公的資金1兆1404億円が投入され、在日たちの預金が全額保護されたものの、朝銀の不良債権のうち個人・団体向けの394件、総額628億円が実質的に総連への貸付だったと東京地裁により認定されることになる。
この628億円が前述の総連の事業展開資金である。

2005年に総連が提訴され、2007年に総連側からRCCに
毎年5億円を8年間、別途4年間に30億円の合計70億円の和解案を提出。

それに対し

RCCからは毎年5億円を3年間、4年目に残債額に対する年間5%の利子(約31億円)を含めた全額を一括で支払い。

と、返済条件の折り合いがつかないまま和解交渉が決裂。2007年6月18日に東京地裁は総連に対する資産差し押さえの仮執行つきの返済命令を宣言し、総連は控訴せず、RCCは総連中央本部ビルの差し押さえ続きに入った。

総連が控訴をしないのにはわけがあった。
総連は東京地裁が上記の命令を下すことを予想していたため、命令が出される直前の6月1日付けで、元公安調査庁長官の緒方重威氏が代表取締役を務めるハーベスト投資顧問株式会社(本部ビル移転手続きの2ヶ月前の4月19日に設立)に総連関係施設内で最も資産価値の高い総連中央本部ビルを売却するという工作をしていた。

売却手続きと所有権の移転登記の実務は元日弁連会長の土屋公献氏が担当。

ビル売却の詐欺容疑で緒方氏とともに逮捕された元自民党衆議院秘書の満井忠男氏によると、4億7500万円の資金を総連から受け取り、1億5000万円は資金調達役の元銀行員に2億円は総連に返却、1億円は貸金庫に保管(あと2500万円は?)と証言。資金調達は自民党議員によってなされる手はずだったという。

2012年6月18日
ところが総連は任意団体であるため土地、建物の所有権を登記できず、総連中央本部ビルは朝鮮中央会館管理会の名義になっていた。そこでRCCは総連中央本部ビルの実質的な所有者が総連であることを確認する裁判を起こし、総連の敗訴が決定したため、RCCはようやく総連中央本部ビルの競売手続きに入れるようになった。

2012年7月上旬には、総連の許宗萬議長が野田政権の輿石東幹事長と民主党事務局幹部を招いて会食し、拉致問題の交渉再開を条件に総連中央本部ビルの競売回避を求める秘密交渉が行われていたという。
許宗萬議長は和解案の履行を約束した「覚書」が民主党事務局幹部名で渡されたと言い、輿石幹事長はこれを否定。

2012年10月
一説によると、総連はRCC側に42億6000万円の和解金を提示し、RCCはこれを一度は了承しながらも後になって全額一括返済を主張し、物別れになったという話もあるらしいが詳細は分からない。

2012年12月
金正恩第一書記の指揮の下、北朝鮮の東倉里にある西海衛星発射場から不意をつく形で北朝鮮初の人工衛星、光明星3号2号機が発射された。
この人工衛星発射によって、総連・許宗萬議長と民主党・輿石東幹事長の政府合意も吹き飛んだ。
仮に上記10月の総連の和解案をRCC側が一度は承諾しながら強行姿勢に転じて破談になった話が事実なら、この人工衛星打ち上げ問題が関係して政府からの圧力がかかった可能性もある。

2013年3月26日
第1回入札の結果は鹿児島市の「最福寺」が45億1900万円で最高額となるも、一旦は融資を引き受けてくれた銀行が「最福寺」の口座への振込み直前に監督官庁からの圧力によって融資を断られた。
結果、期日までに資金を揃えることができずに供託金5億円は没収。

2013年10月17日
第2回入札で朝青龍の兄が代表を務めるモンゴルの「アバール・リミテッド・ライアビリティー・カンパニー」が50億1000万円の最高額で入札。
入札に添付する資料が公的な正式書類ではないとして売却が許可されないという決定がなされた。
(※入札後は、供託金か銀行保証が必要だが、関東の朝銀が合併・改組して新生したハナ信用組合が銀行保証したという)

最終的には冒頭で書いたように2度目の入札で第二位の高値(22億1000万円)で入札したマルナカホールディングスへの売却が決定した。

第1回目と2回目でともに最高額で入札した「最福寺」も「アバール・リミテッド・ライアビリティー・カンパニー」も北朝鮮の影響下にあることが濃厚であり、日本政府の国策として北朝鮮の息のかかった相手には総連中央本部ビルを売却しないということだろうと思う。

これまでの日本政府ならば北朝鮮に対しまず譲歩をし、相手が歩み寄ってくるのを待つのが慣例であったが、その都に北朝鮮によって交渉のテーブルをひっくり返される苦湯を飲まされ続けてきただけに、今回は総連中央本部ビルを交渉の切り札としてとっておきたかったのだろうが、北朝鮮本国にとっては在日朝鮮人の本拠地など歯牙にかけるほどの価値もなかったようで、核実験と長距離弾道弾開発、人工衛星の打ち上げと矢継ぎ早に刺激されて日本も強攻策に転じることとなった。

このように、いまの日朝関係はすべてにおいて政府の方針で物事が決められていく。
今回の朝鮮総連中央本部ビル競売問題にしろ朝鮮高校の無償化問題にしろ、すべてにおいて日朝間の政治の成り行きによって決定されていくことだろう。

北朝鮮が今までどおり拉致問題は解決済みという姿勢を続ける限り、日本社会における在日特権などは国策として一つ一つ潰されていくであろうし、在日のコミュニティー自体の存続が危ぶまれて行く可能性はある。

「最福寺」の池口恵観住職にしろ、元公安調査庁長官・緒方重威氏にしろ社会から批判を浴びることを覚悟しながら総連を擁護することを池口住職は宗教観から、緒方氏は公安的国家観からそれぞれ善として個人プレーを慣行する日本人はいるが、北朝鮮や総連を敵に回してでも両国のためになると新年を貫く在日はあまり見かけない。
※実際には数多く存在するのだが、形として実を結んでいないため見えづらいというのが正確な表現だとおもう。

拉致問題に端を発し、日朝両国の関係が極端に悪化して久しいが、両国の関係改善には在日の力が不可欠だと信じている。
この時代に在日として生を受け、徒に日々を過ごしているが、自分に何かできないかと苦悩しつつブログを綴っている時がむなしく感じる今日この頃である。


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北朝鮮のナンバー2に当たる張成沢氏が粛清されて間もないが、北朝鮮の今後の行方についての展望について記しておきたい。

張成沢氏は中朝の太いパイプの役割を果たしていた。北朝鮮にとっても中国にとっても重要人物であった。
その彼が粛清された理由として噂されているのは、張成沢氏はそもそも朝鮮の古い儒教的価値観の持ち主であり、長幼の序を重んじる人であった。そのため金正恩第一書記の誕生を心から祝福することができず、金正日総書記の後釜には長男である金正男氏が継ぐべきだと考えていた。

北朝鮮は社会主義国家として建前上は無宗教であるが、庶民も形ばかりかも知れないが彼岸や祖先の命日には祭祀を行い、日本の戦時中以上に長幼の序にうるさい国民性を持っている国だ。
そんな思いからか、北朝鮮国内では世襲の目がなく身辺の安全も危ぶまれていた金正男氏の後ろ盾となり、中国で庇護する道をつけたのが張成沢氏だったのだ。

張成沢氏の周囲や配下にも内心では金正恩氏への権力の禅譲を快く思っていない人たちがいた。彼らは語らい、実質的に国外退去処分的な処遇に置かれている金正男氏の処遇改善、ひいては権力奪取構想も図られていたのだという。

北朝鮮は秘密警察国家でもある。たとえ国家ナンバー2に当たる権力者であろうとも盗聴を含め、24時間監視されていた。張成沢氏はまんまとその罠にかかり、周辺者や配下とともに粛清されてしまった、というのが大方の見方である。

さて、寝耳に水の粛清劇に驚かされたのは連日テレビに噛り付いている我々視聴者や新聞の読者だけではなかった。一番びっくりしたのは張成沢氏とのパイプを長年暖めてきた中国の権力者たちであった。

張成沢氏はゴールデン・ロイヤルファミリー(金王朝)の身内で一定の発言権があり、中朝の意思疎通に欠かせない人材だった。その彼が、事前に何の相談や報告、連絡もなく電工石化のごとく粛清されたことは正に青天の霹靂であるとともに中国の面目を大きくつぶしてしまう結果となった。

中国と韓国が歩調を合わせて歴史問題で日本パッシングをしている間に北朝鮮が水面下で日本と距離を縮めている姿は中国サイドからは実に苦々しいことである。中国にとって金正恩第一書記はもはやコントロールしにくい存在であると判断されているという。

中国の手元には金正男氏というロイヤルファミリーの継承者がいる。正男氏が長男であることはより正当性を強調する材料であるともいえる。その彼は長年にわたり中国の庇護を受けており、中国に対する感謝の気持ちもあるはずだ。
ましてや正男氏はかつて「今後の北朝鮮は、中国のように社会主義を標榜しつつも経済活動を重視した二面政策を展開していくべきだ」とも発言しており、中国と歩調を合わせるには最適な人材である。

その中国がいまやコントロール不能の金正恩第一書記を廃して正男氏擁立に動き出す構えだというのだ。

じつはその動きに同調しようとしている国がある。
米国だ。
北朝鮮には資産価値にして600兆円以上といわれるほどレアメタルなどの鉱物資源が眠っていて、米国はその利権を喉から手が出るほど欲しがっていることは間違いない。

近々CITY BANKの平壌支店がオープンするという噂もあり、外交ポーズとは裏腹に米国の影響力は既に北朝鮮の深いところまで入り込んでいるという見方もある。
本当かどうかは知らないが、北朝鮮が国民の飢えを知りつつ核やミサイル開発に巨費を投じてきたのも、米国のディスインフォメーションの成果だという人もいる。
極東地域である程度の緊張感を維持することは日本と韓国から用心棒代をむしり取れるなど米国にとっては益するところ大なのだそうだ。

ただし、それもあくまで極東地域に限定した緊張状態の維持が条件であり、米国まで届く長距離弾道ミサイル技術を開発するに至っては、リスクのほうが利益を上回ってしまうので、いっそのこと北朝鮮の利権を中国と分配しようという密約を協議しはじめているというのだ。

実際にクーデターが起きるのかどうかは分からない。
ただ、アジア情勢の現状や動向から見て、そういうことが起きても不思議ではないと思う。

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