先日、何気に観ていた『マツコの知らない世界』で
パスタソースを使った創作レシピが紹介されていました。
その中で、
“明太子パスタソースを使って炊き込みご飯を作る”
というものが心に留まり、
早速、近所のスーパーで購入してきて作ってみたんです。
作った(と言っても混ぜてご飯を炊いただけですけど(^^;))私としては
「おぉ!!
これ、まさかパスタソースを焚き込んだものとは思えない出来で
なかなか良いんじゃないの?(^O^)」
と、心の中で大絶賛。
そして、何も知らない配偶者に食べさせたところ
「これ、なに?
え?明太子なん? ちょっと味が薄くない?」
・・・と、絶賛してくれるであろうと思っていた私にとっては
すごく意外な感想が飛んできました。
いや、実はこれパスタソースを使って、
かくかくしかじか・・・と事情を話したところ
「まぁ、意外性としては良いと思うけど
普通に明太子で作ったらええんちゃう?」
とのテンション下がるお言葉。
いや、そういう問題ではなくて・・・
パスタソースなのに
炊き込みご飯ができてしまう。
しかも、そこそこ美味しい。
そのことに価値があると思うのですけど・・・。
でも、確かに
私自身も
“まさかパスタソースを焚き込んだものとは思えない出来だ”
とは思うものの、
ちゃんと明太子で作った方が美味しいということを
うすうす感じています。
しかも、
「明太子の炊き込みご飯を食べたい!
でも、明太子がない・・・
あ!明太子のパスタソースならあるからこれで作ろう!」
というシチュエーションだったわけではなく
この体験をするために、
わざわざパスタソースを買いに行っていますからね(^^;)
つまり、
美味しく食べることよりも
この意外性(パスタソースなのに炊き込みご飯ができる)を
感じることが目的になっていたわけですね。
そして、この
「わざわざ意外なものを使った」
という、ある意味ひと手間かけた感がスパイスとなって
美味しさが割り増しされて感じたんですね。
ワタクシ、その<過程>を味わっておりました。
あ、でもこの明太子パスタソースを使った炊き込みご飯は
決して美味しくなかったわけではありませんよ。
この意外性を体験するということに関しては
一度お試しいただきたいです(^^)
人は“結果”よりも、
そこに至るまでの<過程>に酔ってしまうことがあります。
困難な過程を経れば経るほど、
意外な過程を経験すればするほど、
結果の味わい深さが増してきます。
苦労すればするほど
手に入れた幸せが大きく感じます。
なので、私もついつい
無意識に回り道をしてしまうことがあるんですよね。
素直に結果を手に入れればいいのに。
スムーズにゴールに到着すればいいのに。
わざわざ穴を掘って、その穴に落ちてみて高低差を作り
底から這いあがる経験をするという
その<過程>を感じるように、無意識に仕組んでいます。
さっさと掃除すりゃいいのに
汚れを溜め込んで、ヒドイ状態になってから手を付けることで
“スッキリさせた爽快感”
を大きくしようとしたり・・・
さっさと夏休みの宿題を終わらせてしまえばいいのに
なかなか手を付けたりせず、
ギリギリになって集中して短時間で一気にやった時に感じる
“やり遂げた達成感”
を味わおうとしたり・・・。
いつもしんどく困難な状況に陥るパターンがあるのであれば
無意識に、わざわざ自分を追い込んで
その<過程>を楽しもうとしているのかもですね。
過程も楽しみたいところですが
でも、それよりも
『欲しい結果は?』
自分にそう問いかけて、
スムーズにゴールに到着したいものです。
(自戒を込めて・・・(^^;))
祝福と感謝をこめて
ブログでは書ききれないこと、書き難いこと(^^;)
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