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◇人が人を想い築かれるもの

ノルウェーは緊張、不和が高まるようなことはせず、福祉の充実に努めてきました

ノルウェーには犯罪者への痛ましい罰がありません
囚人が人としての心の豊かさを大切にするよう努めて、それにより再犯率が少ない状態です

日本の再犯率が約41%
対して、ノルウェーの再犯率は約16%(平成23年)
そして、ノルウェーの重犯罪率は先進国でも日本に近い低さです


そんなノルウェーでの悲惨な事件は世界に轟きました

その犠牲になった親御さん達はそれぞれ悲しみや葛藤も抱えました
犯人への感情もあります

しかし、それよりも
私たちは犯人と同じようにはならない
私たちと社会に復讐、増悪が当たり前のようにあるようにしたくないと

そして、遺族に続いて
国王、首相、メディアは人々に呼び掛けます

「ノルウェーを大事にしよう」
「お互いを大事にしてきたように」
「力を合わせ、心を開こう」
「開けた社会を作ろう」
そして国内の多くの人々が祈り、黙祷を捧げてゆきました


2017年、幸福ランキング
最も幸せなのはノルウェー―国連報告書
日本は格差や福祉削減などで51位

【ニューヨーク時事】
国連が「国際幸福デー」に指定している20日
「世界幸福度報告書2017」が公表され、調査対象155カ国中、最も幸せな国は常連国のノルウェーと発表された。

報告書は「上位4カ国は、社会福祉や自由の度合いなど幸福に資する主な要因の全てで高評価だった」と指摘した。

子供の格差貧困も最も少ない


大切なことは何を描き、願い、創造し
築いてゆくかということ



祈りと真心

◇両陛下の被災者への想い
「東北は、私が自分で行きます」。
東日本大震災発生の19日後、原発事故の不安もある最中に、被災地訪問には皇太子、秋篠宮両殿下を差し向けられては、と進言した知事に対して、天皇陛下はこう告げた――。

これまで両陛下は、大きな災害が起きるたびに被災地を訪れ、被災者を見舞い続けている。

かつての訪問では批判もあったが、今そうした声はほとんど聞かれない。むしろ象徴天皇のあり方を語るとき、こうした訪問の姿を思い浮かべる人も多くなった。


南三陸町にて。
両陛下は市街地に向かって黙祷を捧げた後、被災者が待つ町立歌津中学校の体育館を訪ねられた。

佐藤町長
「私が先に体育館に入り、両陛下をお迎えしました。
実は当時はまだ物が不足していて、スリッパも用意できたのは両陛下に履いていただく2足分だけで、私は履いていませんでした。
すると、それを見られた皇后陛下が、いったん履かれたスリッパを脱がれたのです。さらに天皇陛下までがスリッパを脱ごうとなさった。
それで皆で慌ててお止め申し上げたのですが、他の誰も履いていないのに、自分たちだけ履くわけにいかない、というお心遣いだったのでしょう。」



◇愛子さま卒業作文

日常の世界の一つひとつ、他の人からの親切一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから「平和」は始まるのではないだろうか。

そして、唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。「平和」は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから。

「平和」についてさらに考えを深めたいときには、また広島を訪れたい。
きっと答えの手がかりが何か見つかるだろう。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の「平和の灯」の灯が消されることを心から願っている。


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祈りと優しさ

東日本の震災での東京電力の計画停電の際の天皇、皇后両陛下

首都機能が集中し皇居もある東京都心は対象に含まれていないが、両陛下は御所を『第一グループ』とみなし毎日、計画に合わせて自主的に停電を続けられている。
この間、ブレーカーを落とし照明も暖房も消える。

一回2時間。
暗い部屋で寒さをこらえ夜の場合はろうそくの灯りで夕食をとられている。
宮内庁の羽毛田長官によると周囲が「そこまでされなくても」と体調を案じても天皇陛下は
「苦しんでいる人がおり自分の気持ちとしてそうしたい。寒さは厚着をすれば大丈夫。」と話した。


 九州北部の豪雨被害を受けて、天皇皇后両陛下は、福岡県と大分県の知事にお見舞いの気持ちを伝えられた。

 宮内庁によると
天皇、皇后両陛下は7日、福岡県の小川洋知事と大分県の広瀬勝貞知事に対し、記録的豪雨で甚大な被害が出ていることへのお見舞いと、災害対策に従事している関係者へのねぎらいの気持ちを、侍従長を通じて伝えられた。 

 また、両陛下は、去年起きた大地震からの復旧・復興のさなかにある熊本県にも被害が出ていることに、深く心を痛められているという。

全ての方に平和と安らぎがありますように。



祈りとは宇宙神霊を顕すこと、和合すること

出口王仁三郎
「神の御心のままに
祈りは神との和合」

イエス、天皇陛下、ガンジー、マザーテレサ
様々な方々が祈りをもって宇宙神霊と和合し働いてきました

地上に宇宙大調和した流れを現してゆきます


昔、念仏一念の法然のもとに他の僧が訪れて、念仏の念は難しいのではと訴えます

宗教界が観念の行で行き詰まっていた時代
観念の行の価値観による祈り、念仏への不安が仏教界にありました

智恵第一と称賛された法然は、どういう想いだからこうなるといった観念の行は
曇りが出やすく、そういった難行はあまり道がないので、やめたと言い

より明確な神の本願と重なる信仰の行を根本にしていますと述べてゆきます

法然のもとに訪れた、他の門派で、観念でなく信であるから宇宙そのままだと納得する人も出てきます


不完全な状況、想いでもいいから宇宙神霊と和合してゆく

宇宙神霊の想いと重なるだけで自分の天命、本心が開けるというやり方の信仰の行は
神霊が共にありますから観念の行の数百倍の光が巡ります
人間の念の世界とは全く別のものです

仏陀の十大弟子シャリホツがあらゆる修練を重ね
知恵はついても悟りとは遠い状態でしたが
仏陀のもと、信(宇宙神霊との大調和)により一気に大成します

ダイバダッタは知識、神通力など並々ならぬものがありましたが
信がなく大きく道を外れて
仏陀や弟子を襲うまでになります
観念の行では弱く、業をなかなか超えられません

宇宙神霊と疎遠なところで建てるものは、宇宙神々の働きや調和を持ちません


東日本の震災などでは真心から
神の御心がそのまま顕れてきて
祈る人々が増えたりしました
和合する人、宇宙神霊の波動をそのまま地上に顕す人が増えました

祈る時
不安でも寒くてもどうあれ
それとは関係なく宇宙神霊の波動がその人々を通して地上に巡り広がります


ネットではチャネリングブログなどにより
闇の権力や人工地震を訴えたり
人間は遺伝子操作で生み出されたと訴えたり
昔から他の信仰や、祈りを批判する記事などが続いて来ました

その度に人から不安、祈る人が馬鹿にされたり、あるいは祈りへの批判のメールなどが、私のところにも少し来ていました


環境や状況が私たちではなく
真心が本当の私たち宇宙ですから

今、どのような状況でも
病気や苦難がある人でも関係なく

悩みや不完全があるなしに関わらず祈ることは尊いことです
本当の自分、宇宙を顕す行為です


悟っていない霊が宇宙大調和や神霊を嫌がり避ける事は希にあります

尊重を説き、ジャッジや批判はいらないと説きながら
ジャッジや批判や闇の権力の話に溢れたものは人を迷わせます

自己責任とは責任を持ち切ることで
無責任になることではありません


「祈りは 願望でエゴが入り込みやすい

平和になってほしいと祈ることは
平和ではない宇宙に叫んでいるのと同じ

平和ではない宣言すれば 平和ではない現実を映し出す

世界の平和を祈るなら
まず自分の中を平和で満たして」

上記の「」内のものは信仰の行を知らずに、観念の行の観点で語ってしまったもので
迷う方に使ってしまっています


観念の行とは
もともと、今、楽な状況の人にしかなかなか出来ないもので
少し何かあればほとんどの人には出来なくなります

祈りと信仰の行は苦しくても忙しくても
いろいろある中でも
信を持てば宇宙神霊が動き、その光が巡ります
どんな苦難の状況の人にも届き、人類の救いになります

観念の行では平和な想いになれる時しかやれず、念力なので巡る光も信より小さくなります

イエスやモーゼは念力で奇跡を起こしたのではありません
信仰・祈りです
宇宙神々と共にありました

仏陀
「信が決め手となる」


悟った経験の少ない霊は信仰の行がわからないことがあります

「平和になってほしいと祈ることは平和ではないという現実を」
これは観念の行の欠点で迷いやすさです

信仰の行や祈りとは関係ありません

日本人は大和というように
もともと宇宙大調和、信仰の行、祈りが特にやり易く発揮しやすい
それが長所としてある民族です


そして
精神世界でよくサニワできる人が増えたり
ドラッグ使用によるチャネリングが無くなったりすると
体調を崩す方々が減ります

精神世界と人類はより
宇宙と共になりやすくなります



◇神の御心を顕す為に生まれて来た

仏陀は悟りに近いものほど、自分のことばかりでなく
学んだ事を役立てて
世の中の人々の手助けに行きなさい、人々を想いなさい
それこそが御仏だと話します
時には叱りました
弟子たち輝きを廃れさせない為の優しさでした


大和魂とは日本人の本当の役割、大いなる和の精神です

どのような環境、状況でも何を抱えていたとしても不完全でも構いません

祈り、宇宙大調和に生きること
天命に生きること
私たちの本分を生きること

本来の光を、宇宙の御光を顕すこと
そうあろうとすること
そうあろうと祈り感謝すること

日本全体が日本と世界の平和を願い、祈り、想い、生きればその通りになってゆきます
宇宙神々は私たちに顕れてゆきます

日本を甦えらせ、目覚めさせるのは日本人です

これから私たちは
より素晴らしい世界を創造してゆき、日本と世界の協力を更に進ませ、より良い人類世界を築いてゆけたらと思います

被災地が復興なりますように
人類が復興なりますように

宇宙大調和でありますように
日本と人類の道がより開けますよう

人類が協力して苦難を超えられますよう

これからも日本と世界が幸福で平和でありますよう祈り、願い続けてゆきたいと思います


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2016年8月8日
天皇陛下

 戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。

 私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

 本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

 即位以来、私は国事行為を行うと共に、
日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。

伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

 そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。
既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

 私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。
私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。

天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。
こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。

皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

 天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。
また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。
しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

 天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。

更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉(しゅうえん)に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2カ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。
その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。
こうした事態を避けることはできないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

 始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。
そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

 国民の理解を得られることを、切に願っています。



世界と日本が平和でありますように

全ての人の道が開けますように

全ての人が
笑顔に溢れた世界を描いて過ごしてゆけますように
和やかに力を合わせてゆけますように

地上世界が慈しみの眼差しと想いで輝き溢れていますように

私たち人類が
平穏に、波立たず揺れず
天の光を
天の世界をそのまま地上に写し出し、顕して
過ごしてゆけますように


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「堪忍してください!妹病気なんです!」

「なにもいらない。。どこにもいかないで」

「ここが台所! こっちは玄関!」

「これオハジキやろ、ドロップちゃうやんか。」

「うちなおなか おかしいねん。もう、ずっとビチビチやねん」

「お母ちゃんもお墓に入ってはるんやろ」

「お兄ちゃん。うちもうイヤや。
お兄ちゃんおらんなるの、イヤや。行かんといて」

「にいちゃん、おおきに・・・」



映画の感想


■ 自分が映画で泣くとは思ってもなかった。ましてやカートゥーンで……。
昨日の夜に観たばかりなんだけど、本当に悲しかった……。 イギリス

■ 声を出して大泣きした……。これはアニメ映画の傑作だよ。 インドネシア

■ この映画はみんな観るべき。
だけどティッシュを大量に用意しておけよ。
男だろうが女だろうか、年寄りだろうが若者だろうが、
民間人だろうが軍人だろうが、リベラルだろうが保守だろうが、
肌の色が何色だろうが、間違いなく心揺さぶられる。 +6 カナダ

■ 正直予告としては最悪だな。
予告に重要なシーンのネタバレを入れちゃ駄目だろ!
まあ幸運にも、これを観る前に作品を観たから良かったけど……。 +2 スウェーデン

■ 本当にこの映画は傑作。間違いなくいつまでも心に残る。
観る前は、こんな悲しい映画だとは思ってなかったんだけどな。
希望ってものが最後に全然ないんだよ。
それでも、80年代に作られたとは思えないくらいの作品だ。 オーストラリア

■ アニメ史上最も悲しい作品の1つだよね。 アメリカ

■ いや、アニメだけじゃなくて、すべての映画の中で、だと思うよ。 +3 アメリカ


■ 映画を観て泣いたことは初めてじゃなかったけど、
全編を通して、涙が溢れ出るような体験は初めてだった。
涙のせいで、何回も一時停止しちゃたくらいだからね。
戦争はこの世界で最も憎むべきことだ。
俺は軍人だけど、そのことはちゃんと理解してる。 +11 トルコ

■ 火垂るの墓……。この映画は何て言っていいのかよく分からない……。
とりあえず観てほしい。ただ観るんじゃなく、敬意を持って観て欲しい。 デンマーク

■ アニメ・実写に限らず、オールタイム・ベストの1つ。
エンディングには、本当に悲しみにうち沈められた。
これだけ心を動かされる映画は他に見たことがない。とにかく傑作。 アメリカ

■ 戦争なんて本当に馬鹿らしい! 何でみんなで平和に過ごすことが出来ないの?
これからどれだけの子供たちが、主人公たちと同じ苦しみを受けなきゃいけないの?
この映画で描写されてることが、今も現実に沢山起ってる。
その事実がなによりも悲しい。 カナダ


■ この映画は誰のことも責めていない。
ただ、戦争なんてやるべきじゃないってことを思い出させてくれるんだ。
戦争は、罪のない一般人を苦しめるものだから……。

すべての国が、間違いを起こすものなんだ……。
すべての人が、間違いを起こすものなんだよ……。
自分は日本人じゃないけど、日本に対して嫌悪感なんてないよ。 +12 インドネシア

■ 戦争中、軍人同士が命を奪い合うのはまだ分かる。それが正しいんだろう。
だけど一般市民の上に爆弾を落とすなんてことはやっぱ違うだろ。 カナダ

■ 俺は全部叔母さんが悪いと思ってる。全部あの外道のせいだよ。 +4 アメリカ

■ 私が9才の時にこの映画を観せてくれた、大好きなお兄ちゃんに感謝してる……。
いまだにこの物語から受けた"痛み"を克服できてないよ……。
だけど、この作品は本物の傑作。 +5 マレーシア

■ これだけ悲しみに満ちた映画は、他になかったように思う。 +4 オーストリア


■ エンディングには本当に大泣きしたよ。今でも思い出すだけで泣けるもん。
だけどほとんどの人はセイタの行動を理解してないと思う。
なぜセイタは二人で一緒に死ぬことを選んだのか。
それは、何よりもプライドを選んだからなのよ。
叔母さんのところに戻るんじゃなくて、一人で妹を支えようとした。

どうか原作者の妹さんが、安らかな眠りについていますように。 +5 マレーシア

■ 俺達が日本を攻撃したのは、パールハーバーがあったからだ。
だけど、原爆を日本に投下する必要性はなく、間違いだった。
原爆なんてもん、どこの国も絶対に使っちゃいかんよ。 +7 アメリカ

■ 心臓が切り裂かれるような思いだった。
私は映画じゃめったに泣かないのに、このトレーラーを観てるだけで泣きたくなる。
それから、当時のアメリカと日本に関して馬鹿げたコメントをしてる人に言いたい。
どうしてどっちのほうがマシだったとか、そういう比較しかできないの?
映画の子供たちのように、大人の振る舞いしようよ。
私だって14歳の女の子だけど……。 +14 アメリカ


■ この映画は、大好きって気持ちと同じくらい、同時に大嫌い……。
絶え間なく涙が流れてきちゃってどうしようもないの……。
戦争がどういったものなのかを、本当に良く描写してるよね。
叔母さんが家族を優遇して、兄妹を差別してるシーンでさえ、そう思う。 +9 アメリカ

■ メッチャ泣いた。
別にアメリカを責めるわけじゃないけど、日本を完膚なきまでに破壊して、
慈悲なんて一切なく、ヒドイ方法で日本を荒廃させたよね……。
2発の原爆や、ほぼすべての主要都市に絨毯爆撃を仕掛けて。 +9 イギリス

■ ちょっと待ってくれよ。アメリカは日本に降伏の機会を与えただろ。
彼らがハッタリをかます事に命を賭けたのは、俺達のせいじゃない。 アメリカ

■ セツコは、アニメのキャラクターの中で誰よりも愛らしい少女だよね……。
彼女が笑えば私もハッピーな気分になって、
彼女が泣けば、私も悲しい気分になってたよ。
彼女が二度と目を覚まさなくなった時、私の心は粉々に砕け散った。 +3 フィリピン

■ トラウマになったよ。この作品に関する何かを聞いたり見たりするだけで、
無意識に涙がこぼれ落ちてくるんだ……。 フランス

■ この映画はすべての高校の歴史の時間に観せるべきだと思う。 +19 アメリカ

■ 俺の人生の中で、映画で泣いたのはこの作品だけ。 エジプト

■ 何でアメリカはこんなことしたのよ……。いや、本当に何でよ? アメリカ

■ 戦争映画の傑作だから、ママにも観せようとしたんだ。
でも私が泣き出しそうになった時、ママは部屋から出て行っちゃったの。
「これ以上はもう観れない」って言いながら。 +46 アメリカ

■ 本編は一回も観たことないのに、この動画だけでも泣ける……。 +19 アイルランド

■ この映画は反米とかそういうことじゃなく、反戦映画なんだ。
戦争は決して僕らに平安を与えないっていう事実を教えてくれてる。
すべての人がこの作品を観るべきだと思うね。
アニメ作品として、反戦映画として、僕の中で最高傑作だった。 +12 インド


・この火垂るの墓は泣いてしまってまともに見れないんだよね。
ちなみに私はこの映画がきっかけで広島の原爆資料博物館まで行ったよ。
これは私が今まで見た中で最も悲しい映画の一つ。


中国

何で皆は大人で知性もあるというのに、(日本人の)幼い子どもは死んでも当然とか思っちゃうの。私は小さいとき見て泣いたよ。
戦争と子どもは全く関係が無いんだよ。それなのに戦争が子どもを傷つけるのは大きな問題なの。戦争は何時だって子どもを犠牲にする。

今の私達はきっと戦争を経験していないから、ここまで冷酷になったんだろうね。


これこそが日本のアニメの力なんだろう。
敵国の人間であろうと嘆き悲しませてしまう。今、俺は16歳の高校1年だけど、これを見た当時は12-13歳ぐらいで、当然俺も涙を流した。


スイカ食べてる辺りからラストまでずっと泣いてた。 当時14歳だった。


幼い活発でヤンチャな天使が徐々に痩せていって、静かになって・・・そして節子の事を思い出しながら焼く瞬間は感情の高ぶりが最高点に達する。
涙が止まらなくて、昔自分の妹から飴を脅して奪い取った事を思い出してしまった。
それと妹の人形とかも奪った。当時は妹がうざくて威嚇してたんだ!ああああああああああ。妹よ本当にごめんよおおおおおおおお!こんなどうしようもないお兄ちゃんを許してくれええええええ!!!


26歳の時に見て泣いたな。泣いた後に、日本人よりも中国人の方が多く死んでるんだって思ってもまた我慢できずに泣いたのを覚えているわ。


俺は最初からずっと泣いてた。メッチャ心に響いた。物語が全体を通して悲しい。まだ一度しか見た事がないけど、もう一度みたい。でも、もう見ない。


中学生の頃に見たけど、女の子が最後に死んじゃった時は涙出た。戦争って上の人間が始めるのに、いつも犠牲になるのは両国の一般市民なんだよなぁ~


もし自分に何か出来るのであれば、あの兄妹にお米と卵とか、栄養があるものを買って食べさせてあげたいって何度も思った。
そうすれば、節子はあんなに苦しまずにすんだし、沢山のおもちゃとかをあげる事が出来たのにって思う。そしてもう食べきれないって位のドロップと一緒に、お父さん、お母さん、そしてお兄ちゃんと幸せになれたはずだと・・・。小さい子供が苦しむ姿は、いつも心に突き刺さって涙を誘うよね。戦争なんて全然良いものなんかじゃない。
これは映画かもしれないけれど、現に世界にはこうして苦しむ人々が沢山いる。だから、映画と解っていても心に突き刺さるんだ。


見ていた時、ずっと泣きっ放しだった・・・。私達はこれを一つの芸術として鑑賞しなければいけないと思う。私達は日本が大嫌い。だけど、日本の良い習慣は受け入れないと駄目。
実際、私は日本の一部の習慣に対して凄く感心してるし。


この映画を見るまで、色々と納得がいかないところがあった。中国人の大多数が日本人を憎む事。それは日本人が中国人に酷い事をしたから・・・。何であんな酷い事をしたの?
だけど、日本人の中にも少数だけど中国への侵略を憎む人がいる。映画の中の子ども二人には何の罪も無い。
なのに…なんであの二人は犠牲になってしまったの?…私達がこうして同じ星に生まれて生きる事が出来るのはとても素晴らしい事だと思う。だからこそ、お互いに戦い合うべきではない。…そういう風に映画を見たあと感じた。だからこそ、この映画はとても感動を与えるのだと思う。



日本と世界が平和でありますように

全ての人の天命がまっとうされますように

昭和天皇

「自分は国際信義を重んじ、世界の恒久平和の為に努力している
それがわが国運の発展をもたらし、国民に真の幸福を約束するものと信じている
しかるに軍の出先は、自分の命令もきかず、無謀にも事件を拡大し、武力をもって中華民国を圧倒せんとするのは、いかにも残念である
ひいては列強の干渉を招き、国と国民を破滅に陥れることになっては真にあいすまぬ」

「この戦争は一刻も早く止めなきゃならんと思うがどうだ」

「指導的地位はこちらから押し付けても出来るものではない、他の国々が日本を指導者と仰ぐようになって初めて出来るのである」

「強い兵を派遣し、乱暴することなきや。
武力衝突を惹起(じゃっき)することなきよう留意せよ」(ひき起こすな)

「独伊のごとき国家とそのような緊密な同盟を結ばねばならぬようなことで、この国の前途はどうなるか」

「この条約(三国同盟)は、非常に重大な条約で、このためアメリカは日本に対してすぐにも石油やくず鉄の輸出を停止するだろう
そうなったら、日本の自立はどうなるのか
こののち長年月にわたって大変な苦境と暗黒のうちにおかれることになるかもしれない。その覚悟がおまえにあるか」

「なるべく平和的に外交をやれ
外交と戦争準備は並行せしめずに外交を先行せしめよ」

「わたくしは市民と一緒に東京で苦痛をわかち合いたい」

「爆撃の被害で死んでいく国民のことを思って戦争を終らせた
自分の身はどうなってもかまわない」

玉音放送
堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて
未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである

GHQに
「全て私の責任です
絞首刑も覚悟している
国民は助けてほしい」

「世界のため、人類のために、戦争放棄という世界史の扉を開く大宣言を日本にやらせて欲しい」


日本国憲法
この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである

即ち、日本国民は、みづから進んで 戦争放棄し
全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたものである

朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを深くよろこび

ここにこれを公布せしめる


「広島市の受けた災禍に対しては同情に堪えない
我々はこの犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」

明仁天皇が広島を初訪問
49年
「あの惨劇に2度と人類を陥れないよう、私たちは平和に向かって進まねばなりません」


戦後二十年、最も印象深いこと
昭和天皇
「終戦直後、マッカーサー元帥と会ったこと
あのような人が日本に来たことは、日本のために良かった」


平成元年 天皇陛下
「大行天皇は

常に国民とともに幾多の苦難を乗り越えられ、今日、我が国は国民生活の安定と繁栄を実現し、平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました


いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ
皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」


2013陛下
「日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました
戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています
また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」


2014陛下
「これからの日本のつつがない発展を求めていくときに、日本が世界の中で安定した平和で健全な国として
近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩んでいけるよう切に願っています」

2015陛下
「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」

2016陛下
「地震、津波に続き、原子力発電所の事故が発生し、放射能汚染のため、多くの人々が避難生活を余儀なくされました
事態の改善のために努力が続けられていますが、今なお、自らの家に帰還できないでいる人々を思うと心が痛みます

こうした苦難の中で、政府や全国の地方自治体と一緒になって、多数のボランティアが被災者のために支援活動を行いました
また、160を超える国・地域や多数の国際機関、また在日米軍が多大な支援に当たってくれたことも忘れることはできません

あれから5年、皆が協力して幾多の困難を乗り越え、復興に向けて努力を続けてきました
この結果、防災施設の整備、安全な居住地域の造成、産業の再建など進展が見られました
しかし、被災地で、また避難先で、今日もなお多くの人が苦難の生活を続けています
特に、年々高齢化していく被災者を始めとし、私どもの関心の届かぬ所で、いまだ人知れず苦しんでいる人も多くいるのではないかと心に掛かります

困難の中にいる人々一人ひとりが取り残されることなく、1日も早く普通の生活を取り戻すことができるよう、これからも国民が心を一つにして寄り添っていくことが大切と思います」



マッカーサー回想記
「(天皇は)『すべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身をあなたに代表する諸国の裁決に委ねるためおたずねした』と述べた
明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした」

奥村通訳の会見録
会見で皇室財産を差し出すので食糧を緊急輸入して国民を飢餓から救ってくれと申し出てた時にマッカーサーは
「私ははじめて神のごとき帝王を見た」とお手をにぎり述べた

マッカーサーは会談が終わると予定を変えて昭和天皇をお見送りした
その時のマッカーサーの様子を側近のフォービアン・バワーズは
「我々が玄関のホールに戻った時、元帥ははた目にみてもわかるほど感動していた
私は、彼が怒り以外の感情を外に出したのを見たことがなかった
その彼が、今ほとんど劇的ともいえる様子で感動していた」と証言した

筧氏
「あの陛下の御言葉を抜きにしては、当初傲然とふんぞり返っていたマッカーサー元帥が、僅か三十数分のあと、あれ程柔和に、敬虔な態度になったことの説明がつかない」

アメリカの記者
「最新の武器が将来の戦争をなくすことになるのでは?」
昭和天皇
「武器を使うことで恒久の平和が確立され維持されるとは思えない
平和の問題を解決するには勝者も敗者も軍事力に頼らず自由な諸国民の協調によって達成されるであろう」


日本と世界が平和でありますように