2016年8月8日
天皇陛下

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。

私も80を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。

即位以来、私は国事行為を行うと共に、
日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。

伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。

そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。
既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。

私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。
私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。

天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。
こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。

皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。
また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。
しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。

更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉(しゅうえん)に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2カ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、1年間続きます。
その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。
こうした事態を避けることはできないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。

始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。
そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。

国民の理解を得られることを、切に願っています。



世界と日本が平和でありますように

全ての人の道が開けますように

全ての人が
笑顔に溢れた世界を描いて過ごしてゆけますように
和やかに力を合わせてゆけますように

地上世界が慈しみの眼差しと想いで輝き溢れていますように

私たち人類が
平穏に、波立たず揺れず
天の光を
天の世界をそのまま地上に写し出し、顕して
過ごしてゆけますように


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「堪忍してください!妹病気なんです!」

「なにもいらない。。どこにもいかないで」

「ここが台所! こっちは玄関!」

「これオハジキやろ、ドロップちゃうやんか。」

「うちなおなか おかしいねん。もう、ずっとビチビチやねん」

「お母ちゃんもお墓に入ってはるんやろ」

「お兄ちゃん。うちもうイヤや。
お兄ちゃんおらんなるの、イヤや。行かんといて」

「にいちゃん、おおきに・・・」



映画の感想


■ 自分が映画で泣くとは思ってもなかった。ましてやカートゥーンで……。
昨日の夜に観たばかりなんだけど、本当に悲しかった……。 イギリス

■ 声を出して大泣きした……。これはアニメ映画の傑作だよ。 インドネシア

■ この映画はみんな観るべき。
だけどティッシュを大量に用意しておけよ。
男だろうが女だろうか、年寄りだろうが若者だろうが、
民間人だろうが軍人だろうが、リベラルだろうが保守だろうが、
肌の色が何色だろうが、間違いなく心揺さぶられる。 +6 カナダ

■ 正直予告としては最悪だな。
予告に重要なシーンのネタバレを入れちゃ駄目だろ!
まあ幸運にも、これを観る前に作品を観たから良かったけど……。 +2 スウェーデン

■ 本当にこの映画は傑作。間違いなくいつまでも心に残る。
観る前は、こんな悲しい映画だとは思ってなかったんだけどな。
希望ってものが最後に全然ないんだよ。
それでも、80年代に作られたとは思えないくらいの作品だ。 オーストラリア

■ アニメ史上最も悲しい作品の1つだよね。 アメリカ

■ いや、アニメだけじゃなくて、すべての映画の中で、だと思うよ。 +3 アメリカ


■ 映画を観て泣いたことは初めてじゃなかったけど、
全編を通して、涙が溢れ出るような体験は初めてだった。
涙のせいで、何回も一時停止しちゃたくらいだからね。
戦争はこの世界で最も憎むべきことだ。
俺は軍人だけど、そのことはちゃんと理解してる。 +11 トルコ

■ 火垂るの墓……。この映画は何て言っていいのかよく分からない……。
とりあえず観てほしい。ただ観るんじゃなく、敬意を持って観て欲しい。 デンマーク

■ アニメ・実写に限らず、オールタイム・ベストの1つ。
エンディングには、本当に悲しみにうち沈められた。
これだけ心を動かされる映画は他に見たことがない。とにかく傑作。 アメリカ

■ 戦争なんて本当に馬鹿らしい! 何でみんなで平和に過ごすことが出来ないの?
これからどれだけの子供たちが、主人公たちと同じ苦しみを受けなきゃいけないの?
この映画で描写されてることが、今も現実に沢山起ってる。
その事実がなによりも悲しい。 カナダ


■ この映画は誰のことも責めていない。
ただ、戦争なんてやるべきじゃないってことを思い出させてくれるんだ。
戦争は、罪のない一般人を苦しめるものだから……。

すべての国が、間違いを起こすものなんだ……。
すべての人が、間違いを起こすものなんだよ……。
自分は日本人じゃないけど、日本に対して嫌悪感なんてないよ。 +12 インドネシア

■ 戦争中、軍人同士が命を奪い合うのはまだ分かる。それが正しいんだろう。
だけど一般市民の上に爆弾を落とすなんてことはやっぱ違うだろ。 カナダ

■ 俺は全部叔母さんが悪いと思ってる。全部あの外道のせいだよ。 +4 アメリカ

■ 私が9才の時にこの映画を観せてくれた、大好きなお兄ちゃんに感謝してる……。
いまだにこの物語から受けた"痛み"を克服できてないよ……。
だけど、この作品は本物の傑作。 +5 マレーシア

■ これだけ悲しみに満ちた映画は、他になかったように思う。 +4 オーストリア


■ エンディングには本当に大泣きしたよ。今でも思い出すだけで泣けるもん。
だけどほとんどの人はセイタの行動を理解してないと思う。
なぜセイタは二人で一緒に死ぬことを選んだのか。
それは、何よりもプライドを選んだからなのよ。
叔母さんのところに戻るんじゃなくて、一人で妹を支えようとした。

どうか原作者の妹さんが、安らかな眠りについていますように。 +5 マレーシア

■ 俺達が日本を攻撃したのは、パールハーバーがあったからだ。
だけど、原爆を日本に投下する必要性はなく、間違いだった。
原爆なんてもん、どこの国も絶対に使っちゃいかんよ。 +7 アメリカ

■ 心臓が切り裂かれるような思いだった。
私は映画じゃめったに泣かないのに、このトレーラーを観てるだけで泣きたくなる。
それから、当時のアメリカと日本に関して馬鹿げたコメントをしてる人に言いたい。
どうしてどっちのほうがマシだったとか、そういう比較しかできないの?
映画の子供たちのように、大人の振る舞いしようよ。
私だって14歳の女の子だけど……。 +14 アメリカ


■ この映画は、大好きって気持ちと同じくらい、同時に大嫌い……。
絶え間なく涙が流れてきちゃってどうしようもないの……。
戦争がどういったものなのかを、本当に良く描写してるよね。
叔母さんが家族を優遇して、兄妹を差別してるシーンでさえ、そう思う。 +9 アメリカ

■ メッチャ泣いた。
別にアメリカを責めるわけじゃないけど、日本を完膚なきまでに破壊して、
慈悲なんて一切なく、ヒドイ方法で日本を荒廃させたよね……。
2発の原爆や、ほぼすべての主要都市に絨毯爆撃を仕掛けて。 +9 イギリス

■ ちょっと待ってくれよ。アメリカは日本に降伏の機会を与えただろ。
彼らがハッタリをかます事に命を賭けたのは、俺達のせいじゃない。 アメリカ

■ セツコは、アニメのキャラクターの中で誰よりも愛らしい少女だよね……。
彼女が笑えば私もハッピーな気分になって、
彼女が泣けば、私も悲しい気分になってたよ。
彼女が二度と目を覚まさなくなった時、私の心は粉々に砕け散った。 +3 フィリピン

■ トラウマになったよ。この作品に関する何かを聞いたり見たりするだけで、
無意識に涙がこぼれ落ちてくるんだ……。 フランス

■ この映画はすべての高校の歴史の時間に観せるべきだと思う。 +19 アメリカ

■ 俺の人生の中で、映画で泣いたのはこの作品だけ。 エジプト

■ 何でアメリカはこんなことしたのよ……。いや、本当に何でよ? アメリカ

■ 戦争映画の傑作だから、ママにも観せようとしたんだ。
でも私が泣き出しそうになった時、ママは部屋から出て行っちゃったの。
「これ以上はもう観れない」って言いながら。 +46 アメリカ

■ 本編は一回も観たことないのに、この動画だけでも泣ける……。 +19 アイルランド

■ この映画は反米とかそういうことじゃなく、反戦映画なんだ。
戦争は決して僕らに平安を与えないっていう事実を教えてくれてる。
すべての人がこの作品を観るべきだと思うね。
アニメ作品として、反戦映画として、僕の中で最高傑作だった。 +12 インド


・この火垂るの墓は泣いてしまってまともに見れないんだよね。
ちなみに私はこの映画がきっかけで広島の原爆資料博物館まで行ったよ。
これは私が今まで見た中で最も悲しい映画の一つ。


中国

何で皆は大人で知性もあるというのに、(日本人の)幼い子どもは死んでも当然とか思っちゃうの。私は小さいとき見て泣いたよ。
戦争と子どもは全く関係が無いんだよ。それなのに戦争が子どもを傷つけるのは大きな問題なの。戦争は何時だって子どもを犠牲にする。

今の私達はきっと戦争を経験していないから、ここまで冷酷になったんだろうね。


これこそが日本のアニメの力なんだろう。
敵国の人間であろうと嘆き悲しませてしまう。今、俺は16歳の高校1年だけど、これを見た当時は12-13歳ぐらいで、当然俺も涙を流した。


スイカ食べてる辺りからラストまでずっと泣いてた。 当時14歳だった。


幼い活発でヤンチャな天使が徐々に痩せていって、静かになって・・・そして節子の事を思い出しながら焼く瞬間は感情の高ぶりが最高点に達する。
涙が止まらなくて、昔自分の妹から飴を脅して奪い取った事を思い出してしまった。
それと妹の人形とかも奪った。当時は妹がうざくて威嚇してたんだ!ああああああああああ。妹よ本当にごめんよおおおおおおおお!こんなどうしようもないお兄ちゃんを許してくれええええええ!!!


26歳の時に見て泣いたな。泣いた後に、日本人よりも中国人の方が多く死んでるんだって思ってもまた我慢できずに泣いたのを覚えているわ。


俺は最初からずっと泣いてた。メッチャ心に響いた。物語が全体を通して悲しい。まだ一度しか見た事がないけど、もう一度みたい。でも、もう見ない。


中学生の頃に見たけど、女の子が最後に死んじゃった時は涙出た。戦争って上の人間が始めるのに、いつも犠牲になるのは両国の一般市民なんだよなぁ~


もし自分に何か出来るのであれば、あの兄妹にお米と卵とか、栄養があるものを買って食べさせてあげたいって何度も思った。
そうすれば、節子はあんなに苦しまずにすんだし、沢山のおもちゃとかをあげる事が出来たのにって思う。そしてもう食べきれないって位のドロップと一緒に、お父さん、お母さん、そしてお兄ちゃんと幸せになれたはずだと・・・。小さい子供が苦しむ姿は、いつも心に突き刺さって涙を誘うよね。戦争なんて全然良いものなんかじゃない。
これは映画かもしれないけれど、現に世界にはこうして苦しむ人々が沢山いる。だから、映画と解っていても心に突き刺さるんだ。


見ていた時、ずっと泣きっ放しだった・・・。私達はこれを一つの芸術として鑑賞しなければいけないと思う。私達は日本が大嫌い。だけど、日本の良い習慣は受け入れないと駄目。
実際、私は日本の一部の習慣に対して凄く感心してるし。


この映画を見るまで、色々と納得がいかないところがあった。中国人の大多数が日本人を憎む事。それは日本人が中国人に酷い事をしたから・・・。何であんな酷い事をしたの?
だけど、日本人の中にも少数だけど中国への侵略を憎む人がいる。映画の中の子ども二人には何の罪も無い。
なのに…なんであの二人は犠牲になってしまったの?…私達がこうして同じ星に生まれて生きる事が出来るのはとても素晴らしい事だと思う。だからこそ、お互いに戦い合うべきではない。…そういう風に映画を見たあと感じた。だからこそ、この映画はとても感動を与えるのだと思う。



日本と世界が平和でありますように

全ての人の天命がまっとうされますように

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昭和天皇

「自分は国際信義を重んじ、世界の恒久平和の為に努力している
それがわが国運の発展をもたらし、国民に真の幸福を約束するものと信じている
しかるに軍の出先は、自分の命令もきかず、無謀にも事件を拡大し、武力をもって中華民国を圧倒せんとするのは、いかにも残念である
ひいては列強の干渉を招き、国と国民を破滅に陥れることになっては真にあいすまぬ」

「この戦争は一刻も早く止めなきゃならんと思うがどうだ」

「指導的地位はこちらから押し付けても出来るものではない、他の国々が日本を指導者と仰ぐようになって初めて出来るのである」

「強い兵を派遣し、乱暴することなきや。
武力衝突を惹起(じゃっき)することなきよう留意せよ」(ひき起こすな)

「独伊のごとき国家とそのような緊密な同盟を結ばねばならぬようなことで、この国の前途はどうなるか」

「この条約(三国同盟)は、非常に重大な条約で、このためアメリカは日本に対してすぐにも石油やくず鉄の輸出を停止するだろう
そうなったら、日本の自立はどうなるのか
こののち長年月にわたって大変な苦境と暗黒のうちにおかれることになるかもしれない。その覚悟がおまえにあるか」

「なるべく平和的に外交をやれ
外交と戦争準備は並行せしめずに外交を先行せしめよ」

「わたくしは市民と一緒に東京で苦痛をわかち合いたい」

「爆撃の被害で死んでいく国民のことを思って戦争を終らせた
自分の身はどうなってもかまわない」

玉音放送
堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて
未来永劫のために平和な世界を切り開こうと思うのである

GHQに
「全て私の責任です
絞首刑も覚悟している
国民は助けてほしい」

「世界のため、人類のために、戦争放棄という世界史の扉を開く大宣言を日本にやらせて欲しい」


日本国憲法
この憲法は、帝国憲法を全面的に改正したものであつて、国家再建の基礎を人類普遍の原理に求め、自由に表明された国民の総意によつて確定されたものである

即ち、日本国民は、みづから進んで 戦争放棄し
全世界に、正義と秩序とを基調とする永遠の平和が実現することを念願し、常に基本的人権を尊重し、民主主義に基いて国政を運営することを、ここに、明らかに定めたものである

朕は、日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを深くよろこび

ここにこれを公布せしめる


「広島市の受けた災禍に対しては同情に堪えない
我々はこの犠牲を無駄にすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」

明仁天皇が広島を初訪問
49年
「あの惨劇に2度と人類を陥れないよう、私たちは平和に向かって進まねばなりません」


戦後二十年、最も印象深いこと
昭和天皇
「終戦直後、マッカーサー元帥と会ったこと
あのような人が日本に来たことは、日本のために良かった」


平成元年 天皇陛下
「大行天皇は

常に国民とともに幾多の苦難を乗り越えられ、今日、我が国は国民生活の安定と繁栄を実現し、平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました


いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ
皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」


2013陛下
「日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました
戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ、改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、深い感謝の気持ちを抱いています
また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います」


2014陛下
「これからの日本のつつがない発展を求めていくときに、日本が世界の中で安定した平和で健全な国として
近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩んでいけるよう切に願っています」

2015陛下
「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」

2016陛下
「地震、津波に続き、原子力発電所の事故が発生し、放射能汚染のため、多くの人々が避難生活を余儀なくされました
事態の改善のために努力が続けられていますが、今なお、自らの家に帰還できないでいる人々を思うと心が痛みます

こうした苦難の中で、政府や全国の地方自治体と一緒になって、多数のボランティアが被災者のために支援活動を行いました
また、160を超える国・地域や多数の国際機関、また在日米軍が多大な支援に当たってくれたことも忘れることはできません

あれから5年、皆が協力して幾多の困難を乗り越え、復興に向けて努力を続けてきました
この結果、防災施設の整備、安全な居住地域の造成、産業の再建など進展が見られました
しかし、被災地で、また避難先で、今日もなお多くの人が苦難の生活を続けています
特に、年々高齢化していく被災者を始めとし、私どもの関心の届かぬ所で、いまだ人知れず苦しんでいる人も多くいるのではないかと心に掛かります

困難の中にいる人々一人ひとりが取り残されることなく、1日も早く普通の生活を取り戻すことができるよう、これからも国民が心を一つにして寄り添っていくことが大切と思います」



マッカーサー回想記
「(天皇は)『すべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身をあなたに代表する諸国の裁決に委ねるためおたずねした』と述べた
明らかに天皇に帰すべきではない責任を引き受けようとする、この勇気に満ちた態度は、私の骨のズイまでもゆり動かした」

奥村通訳の会見録
会見で皇室財産を差し出すので食糧を緊急輸入して国民を飢餓から救ってくれと申し出てた時にマッカーサーは
「私ははじめて神のごとき帝王を見た」とお手をにぎり述べた

マッカーサーは会談が終わると予定を変えて昭和天皇をお見送りした
その時のマッカーサーの様子を側近のフォービアン・バワーズは
「我々が玄関のホールに戻った時、元帥ははた目にみてもわかるほど感動していた
私は、彼が怒り以外の感情を外に出したのを見たことがなかった
その彼が、今ほとんど劇的ともいえる様子で感動していた」と証言した

筧氏
「あの陛下の御言葉を抜きにしては、当初傲然とふんぞり返っていたマッカーサー元帥が、僅か三十数分のあと、あれ程柔和に、敬虔な態度になったことの説明がつかない」

アメリカの記者
「最新の武器が将来の戦争をなくすことになるのでは?」
昭和天皇
「武器を使うことで恒久の平和が確立され維持されるとは思えない
平和の問題を解決するには勝者も敗者も軍事力に頼らず自由な諸国民の協調によって達成されるであろう」


日本と世界が平和でありますように

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東日本震災後のつぶやき

◇一回の青信号で一台しか前に進めない中、譲り合い穏やかに運転している姿に感動した。
交通が5分以上完全マヒするシーンもあったが、10時間の間お礼以外のクラクション音を耳にしなかった。
日本がますます好きになった。


◇歩いて帰ろうって決めて甲州街道を西へ向かっていて
夜の21時くらいなのに、ビルの前で会社をトイレと休憩所として開放している所があった。
社員さんが大声でその旨を歩く人に伝えていて感動して泣きそうになった。


◇昨日の夜中、
大学から徒歩で帰宅する道すがら、とっくに閉店したパン屋のおばちゃんが無料でパン配給していた。
こんなに喧噪のなかでも自分にできること見つけて実践している人に感動。
東京も捨てたもんじゃない。


◇避難所で、4人家族なのに「分け合って食べます」と3つしかおにぎりをもらわない人を見た。
凍えるほど寒いのに、毛布を譲り合う人を見た。
きちんと一列に並んで、順番を守って物資を受け取る姿に、日本人の誇りを見た。


◇駅員さんに
「昨日一生懸命電車を走らせてくれてありがとう」って言ってる小さい子供を見た。
駅員さん泣いてた。
俺は号泣してた。


◇停電すると、それを直す人がいて、
断水すると、それを直す人がいて、
原発で事故が起きると、
それを直しに行く人がいる。
勝手に復旧しているわけじゃない。
俺らが室内でマダカナーとか言っている間
クソ寒い中死ぬ気で頑張ってくれてる人がいる。


◇募金箱の前にて幼稚園くらいの男の子と母親の会話。
母「貯めてたのに本当にいいの?」
子「3DS我慢する。これで地震の人の家建てる。」と言いお年玉袋から5000円を寄付。
母「偉いね。地震の人、これで寒くなくなるね。」
男の子思わず号泣。
後ろにいた私、大号泣。


◇父が明日、
福島原発の応援に派遣されます。
半年後定年を迎える父が自ら志願したと聞き、涙が出そうになりました。
「今の対応で未来が変わる。使命感を持っていく」
家では頼りなく感じる父ですが、私は今日ほど誇りに思ったことはありません。
無事の帰宅を祈ります。


◇被災地の自衛隊員ツイート

信号で止まったときに幼稚園バスから手を振られた
「頑張ってー!」と声援ももらった。
泣きそうになった。
隣に座ってる班長は泣いてた。


◇ぜんぜん眠っていないであろう旦那に、 「大丈夫?無理しないで。」 とメールしたら、 今無理しないでいつ無理するんだ? と返事が。彼らはタフだ。肉体も、精神も。


◇自衛隊の友達から「死んでも悔いはない」って。現地にいけない私の分まで頑張っている友達。私の誇りです!


◇今日の新聞に載ってた。建物の下敷きになリながら2人の遺体が見つかった。おばあちゃんが孫を守るために抱いたままの状態だった。
すごい感動..見つかった時に亡くなってたのは悔しいし早く助けてあげれなくてごめんなさいて感じ。今も東北の方では皆生きようと必死。


◇震災直後、被災地を見たアメリカ人より。

孤立した被災地へ、ヘリで移動し着陸して
クルー達が援助物資の水などを降ろしてた時、

そこの日本人達は自分に必要な分だけ受け取って
残りは他の地域の必要としている方々に持っていってほしいという。
また別の被災地に行っても同じく他を思いやっている。

このような光景は他の国では見たことがない。

日本人は危機が訪れた時の指針を作ってくれた。

もしこのような危機が社会に訪れた時、
お互いこんな風に言い合わなきゃならない。

「日本人がしたようにしよう」と。


◇震災で、わけ合い忍耐し対応する日本人を見た中国人

・GDPで得られるものではない

・冷静さに感心。学ぶべきものが多すぎる

・『震撼』の一言だ。このような民族は必ず困難に打ち勝つ。日本人に敬礼

・四川大震災に涙を流したが、日本の大震災には驚嘆した

・日本民族は尊敬に値する。東洋人の誇りだ

・尊敬する。人々の無事を祈る

・『恐ろしい』民族だ。巨大な天災の前で、人間の善を持ち続けられるなんて

・感動した。心の奥から。魂が

・『差』は比較のためにあるものだ。昨日テレビを1、2分見ただけで、その差を感じた

・世界に尊敬される民族だ


◇2008年
国際緊急援助隊の派遣

・四川大地震の被災地に日本の国際緊急援助隊が派遣されたことについて中国の世論。
重慶の日本総領事館には市民のお礼の電話が寄せられ、ネット上では愛国主義青年の書き込みの中に「感謝」の文字が躍る。

中国各紙も好意的報道し、日本の経験に学ぶよう呼びかける論評も少なくない。

重慶市の日本総領事館によると16日に湖南省の30代の男性から電話があった。
涙声で「祖父から日本軍の蛮行を聞かされ日本が大嫌いだったが、今回の件で日本に対する嫌悪感が
感謝と尊敬の念に変わった」と感謝したという。

インターネットなどにも親日的な書き込みが相次いでいる。
日本の援助隊は17日朝、母子2人の遺体を搬出したが、際の整列し黙祷を捧げている様子が新華社の電子版などで流された。

これに対し、普段は反日的な書き込みで溢れる憤青(フンチン、愛国青年)のサイト「強国論壇」には、
「日本人民は非常に礼儀正しい。
日本の救助隊はプロフェッショナルで、規律正しい」
「中国人は日本人の質(人格)を学ぶべきだ」など賛辞が寄せられた。

同じく憤青御用達の「中華ネット」でも、日本の援助隊による夜を徹しての手作業での母子救出劇について
「ありがとう!中国人民は彼らを絶対忘れない」
「以前の嫌悪をすて、ともに“家庭”を作ろう」と いった感謝の書き込みが集まった。

「日本の姑息な手段だ」といった反日に徹する書き込みもあるが少数派だ。

また国営新華社通信は17日、「日本人が蓄積した豊富な地震との闘争の経験を学ぼう」と呼びかける論評を出した。
小学校では定期的に避難訓練が行われ、主婦は地震発生時に火の元を締め窓を開け、防災ザックを常備しているなど、日本人の防災意識の高さを紹介している。

中国では長年の歴史問題に続き、中国製ギョーザ中毒、チベット事件をめぐる日本側との立場の対立で、反日感情が根強い。
そのような中、中国人は今回一斉に姿勢や意識の転換を見せた。


これにより、中国から東日本の震災に駆けつけボランティアに参加してくれた中国の人々が多くいた。


2011年、中国人ネットユーザーの6割以上が
なでしこジャパンの優勝を「うれしく思う」と回答
当時の中国のネットの反響

・中国人にできないことを日本人はやる

・これは国民性の勝利だ
日本サッカーの台頭は、日本の国民性の強大な結果に帰するものだ

・その精神に称賛の声を送る!なでしこジャパンは気骨がある!

・日本人は忍耐と根気がある。だから、したいと思ったことを成し遂げることができる

・彼女たちの精神とチームが歴史を変えたのだ。これは尊敬に値する

・本当に感動したよ。早朝だったにもかかわらず、視聴率が20%を越えたもんな

・彼女たちの、被災者のために戦うという精神や、優勝を飾った瞬間を思い出すだけで涙が溢れる…。スポーツの試合には人をこんなに感動させる力があるのだということを感じたのはこれが初めてだったよ

・オレは泣いたよ!ほかにも泣いた人はいる?

・寝なかったよ!大和魂!すげぇ!

・泣いた!超感動した!

・俺も泣いた。優勝を見届けた後、興奮して眠れなかった!


2012年
◇中国で反日暴動があった日の事
「愛国者が暴れる一方、盗まれた自転車を見つけた日本人青年は大量の薬と支援物資を持って
震災があった雲南の被災地へ向かっている」

中国のネットの反響

・暴動に参加している人。恥を知り、落ち着きなさい

・戦争なんてしたくありません

・本当にありがとう!

・感動しました!

・和平を訴える場所がありません。皆目を覚ませ!

・一部の人の失礼な事件、本当にごめんなさい

・彼を見なさい。暴力だけに走るあなたたち、本当にそれは愛国か?

・優しさに国境はありません

・日本人はこんな情況なのに、ありがとう!

・日本の友達!私たちがついてるよ!

・この事を知って涙が出ました

・一緒に頑張りましょう!!

など数万件の書き込みだそうです



東日本大震災から5年になります

◇救援隊の日本への支援申し入れは
142以上の国と地域と39以上の国際機関

世界174 ヶ国・地域から1 年で総額約1,640 億円の支援など

救援金
アメリカ赤十字社 230億円
台湾赤十字組織 67億円
カナダ赤十字社 40億円
ドイツ赤十字社 33億円
大韓赤十字社 29億円
オーストラリア赤十字社 21億円
スイス赤十字社 19億円
フランス赤十字社 18億円
イギリス赤十字社 18億円
香港支部 16億円

クウェート(原油500万バレル)450億円分
カタールフレンド基金80億円

義援金
米国 29億
台湾 29億
タイ 20億とガスタービンを2機(24万世帯分の電気を発電する大型)の無料貸与
オマーン 10億
中国 9億と3億6千万円相当の援助物資ほか、原発に放水する為のポンプ車など

その他多数

震災では世界中の支援と応援がありました

世界中からの支援・協力に感謝し
全ての人が癒され幸福であることを願い、東日本の復興と日本、世界の平和を祈りたいと思います

そして、世界人類を想い、現在世界にまだある災害や困難などを協力して越えられますよう、日本が世界人類の助けになれたら幸いと思います


2015陛下
「戦後という、この長い期間における国民の尊い歩みに思いを致すとき、感慨は誠に尽きることがありません」

「安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、できるだけ多くの国々と支え合って歩んでいけるよう切に願っています」

「この震災により原子力発電所の事故が発生し、放射能汚染地域の立ち入りが制限されているため、
多くの人が住み慣れた地域から離れることを余儀なくされました。
今なお自らの家に帰還する見通しが立っていない人が多いことを思うと、心が痛みます。

この4年間、被災地においては人々が厳しい状況の中、お互いの絆を大切にしつつ、幾多の困難を乗り越え、復興に向けて努力を続けてきました。
またこうした努力を支援するため、国内外の人々が引き続き、いろいろな形で尽力しています。

依然として被災した人々を取り巻く状況は厳しく、
これからも国民みなが心を一つにして寄り添っていくことが大切と思います。

被災地に1日でも早く安らかな日々の戻ることを、一同とともに願い、御霊への追悼の言葉と致します。」


この震災では亡くなってすぐの方々が日本中、世界中の支援や祈りと共に働かれていました

たくさんの神々に包まれ、神々と共に働かれていました

私達は真心にある時、神々と共にあり
その働きは神々と共にあるものになり、地上を光明せしめるものになっています

それが満ちた時、人々は地上にいながらに神々ともなり
地上天国が完成してゆきます

光の働きは明白となり、私達の根幹である隠り世(神界)と地上とが一つになり顕れつつあります


日本と世界が平和でありますように

12月23日は天皇陛下のお誕生日ですクローバー

2013 陛下
「これからも被災者のことを思いつつ、国民皆の幸せを願って過ごしていくつもりです」

誠にありがとうございます。
陛下のご健康とご皇室の弥栄を謹んでお祈り申し上げつつ
陛下の想いと同じく、各被災地の復興と
日本と世界の平和を祈り続けてまいりたいと思います富士山

日本と世界が平和でありますようにクローバー


また、X'masは愛と奉仕を説いたイエスキリストの降誕の記念日です

日本は震災により孤児が増え、日本各所で災害は続きました
また、世界でも戦争や災害で親を失ったり困窮にある子供達がたくさんいます

祈りや募金や慈善活動などで
私達が皆、サンタになれたらと思います

愛と奉仕に祝福を
すべての恵みに感謝を
聖なる想いや働きが世界を包みますように
愛と奉仕の想い広がりますよう
世界に平和を

X'masも日本と世界の平和を祈り感謝をし続けて参りたいと思います

日本と世界が平和でありますようにクローバー


平成元年 陛下のお言葉
「ここに皇位を継承するに当たり、大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし、いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ
皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」

2013 陛下のお言葉
「戦後60年を超す歳月を経、今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、
人と人との絆を大切にし、冷静に事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。

傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地で様々に我が国の向上、発展に尽くしている人々に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。
既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。」

2014 陛下のお言葉
「日本のつつがない発展を求めていくときに,
日本が世界の中で安定した平和で健全な国として,
近隣諸国はもとより,できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩んでいけるよう,切に願っています。」