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 解説します!

今世界を揺るがしているレアル&アトレティコ、補強禁止処分の件について。FIFA(国際サッカー連盟)の規律委員会は両クラブに対し、未成年選手の獲得および登録に関する規定違反があったとして、今後2度の移籍市場(2016年夏および2017年冬)における国内外での活動禁止を通達。

 

結論。

 

「両親が自国にいる場合で、18歳未満での海外移籍はほぼ不可能と言えるでしょう。」

 

 

当時僕がアトレティコ・マドリードに移籍を果たしのは14歳。中学3生の秋です。ヴェルディジュニア(小学生)から10番をつけ、国内外問わずアジア・世界でも「無敵」だった僕に正式なオファーが届いたのはちょうど初めて年上の彼女が出来た頃でした。

 

「スペイン? 上等! だって僕が世界1だもん。」

 

当時15歳以下のバロンドールがあれば僕かイニエスタが受賞していたでしょう。目をギラギラさせていた僕は唯一カンプノウで対戦したイニエスタにライバルの称号を与えてあげました。

世界大会後にアトレティコマドリーとエスパニョールからオファーが届いた時の率直な気持を今でも思い出します。

 

「ふざけるな」

 

なぜバルセロナからではないのか? 100歩譲ってなぜレアルからでもないのか? 僕には世界一だという自負がありました。世界大会ではイニエスタを除いては全てのチーム選手を完膚なきまでに叩きのめしたからです。

 

「うーん。なんで同じ街のエスパニョールからのオファーなんだろう? バルセロナじゃないならもう一個の方にしよう。レアルではなかったけれどヨーロッパチャンピオンらしいしさ。」

 

そう。僕が移籍を決断したアトレティコジュニアユースは当時敵なしのヨーロッパチャンピオンだったんです。世界大会ヨーロッパ予選では実際僕達も対戦したバルサやレアルを打ち負かしたチームということで移籍を決めました。ただ移籍が決まってウキウキだった最たる理由は・・・

 

「これで勉強から解放される。」

 

中学校受験をして進学校に通っていた僕はあっさりと勉強から卒業できると思っていまいした。が、そこで待ち受けていたのはマドリッド日本人学校への編入でした。そりゃーそうですよね。義務教育ですもん。クラスメイト6人。日本でやんちゃだった僕を迎え入れてくれたのは外資系企業の社長の娘や大使館関係者の息子達でした。中学校卒業までの数ヶ月をそこで過ごしいよいよ現地校へ。

 

「いつになったら試合に出られるんだよ。俺は練習しに来たんじゃない!試合で相手をチンチンにしに来たんだ!」

 

そう。滞在許可が下りるまで試合には出られませんでした。申請してから数ヶ月間は公式戦に出られなかったのです。練習試合には出られていましたがやはり公式戦とは別物です。

 

ちょうど新しい生活に慣れる意味でもすっかり寮生活や現地校にも慣れ、(慣れるはずないですよね。言葉も一切喋れず、三人部屋で生活のリズムも全く合わない。いきなり学校の昼休み中に皆部屋に戻って昼寝はするし、深夜近くにボリュームマックスの大合唱が始まり、深夜1時キックオフのフットサル大会が始まったりとストレスはマックス)

公式戦にも出られるようになりましたが・・・、一人部屋が欲しい。入寮して三日で切にそう願いました。

でも密かにこうも思っていたんです。

 

「やっぱり僕が世界1のプレーヤーだったんだ!」

 

って。だってヨーロッパチャンピオンのチームに僕しか外国籍の選手がいないんだもん。やっぱ世界一なんだって。

なぜアトレティコは僕を獲得したのか?

間違いなくメッシ級の選手になると確信していたからです。

そしてもう一つ大事な要素として・・・当時のGM(育成強化部長)にスペイン在住の日本人の親友がいたからです。

つまりその彼に身元引受人になってもらうようにお願いをしたのです。この身元引受人になる条件として、日本から出国する前にその申請を終わらせなければならないという決まりがあったそうです。

これで一旦僕を連れてこられることになりました。メッシ級になることを期待しての獲得でした。そりゃーそうですよね。スペインにやってくる外国人助人選手なんですから。当時チームメートだったF・トーレスや後にスペイン代表にも選ばれていたマヌ・デルモラルよりも優れていなければいけないわけです。

 

ちなみに身元引受人にもものすごいリスクがあります。少年(この場合は僕です)の人生の大きな責任を負います。事故が起きたり犯罪に巻き込まれる可能性、滞在許可証の発行や学校への手続き、全て面倒を見なければなりません。これを途中で放棄してしまうとその少年は間違いなく路頭に迷うでしょう。

クラブにも当然リスクがあります。全ての生活費を捻出(学費・食費・渡航費)しているわけですからいくら金満クラブとはいえとてつもないチャレンジとなりますから。

 

つまり18歳未満の海外移籍の実現に関して一つ言えることは、

 

「ほぼ不可能です」

 

可能にする条件として以下の二つの要素が必ず必要です。

 ①   
将来メッシ級の化け物になる可能性に満ち溢れいること。

→外国人籍選手が出られるカテゴリーは限られています。

時として下のカテゴリーでプレーしなければならなく、時として2つ3つと飛び級でプレーしなくてはなりません。当時のF・トーレスのように、1617歳ではすでにトップチームでプレーするほどの実力が必要です。そのためにはメッシ級の怪物である必要があるのです。


   
現地にクラブと信頼関係のある身元引受人がいること。

→よくどこかのカンテラに日本人選手がいる!というようなニュースを目にすることがありますが、ほとんどの場合はそのクラブのアカデミーである可能性が高いですね。日本でいうスクールチームにあたります。同じユニフォームを着ますがいわゆるカンテラではありません。留学支援等でこれらを商売にされている身元引受人も多いそうです。

 

お分りになりましたでしょうか? 

18歳未満での海外移籍はほぼ!不可能と言えるでしょう。

 

僕がメッシ級の怪物でそのままトップチームと契約できていれば日本のサッカー界の歴史が20年ぐらい縮んだかもしれない! と、昨日JスポーツFOOTのプロデューサーに居酒屋で頭を叩かれました。

 

よく昔(アトレティコ時代)に戻れたらどうする?何を改善する?と聞かれますが、僕はいつもこう答えます。

 

「フラれるのが怖くて彼女に電話するために全財産のペセタを公衆電話に使うのはやめるかな」と・・・。

 

はい。つまり僕はほぼなんにも考えていないだたの子供だったのです。

 

世界のトップで長く戦えるようになるには、

身体(フィジカル)について考える力。戦術理解。食生活。政治的人間関係。言語力。謙虚さ。感謝の気持ち。

 

おそらくこれら全てが未成年のうちから「自然に」備わっていなければならいでしょう。

自分で気づくのも良し。誰かに気づかされるのも良し。僕と時を同じく一緒に育ったイニエスタ・トーレス・マヌなどは間違いなく上記の才能がありました。

 

続く。

 

※僕が移籍した時と現在では細かい規則や法律等も変わっていると思いますので今回は体験談を元にいかに若年層からの海外移籍が難しいかの解説をさせていただきました。

 

 

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