子宮委員長はるオフィシャルブログ「子宮委員長はるの子宮委員会」Powered by Ameba

子宮の声に従い続け、それを羅針盤に生きる実験をしてブログに書き綴っています。今まで“悪”とされてきたそのメス的な生き方には、家系や経済の繁栄の叡智がぎっしりと詰まっていました。ソー☆プ嬢出身の作家であり、婦人科専門の霊能者です。


テーマ:

↑↑この記事、
少々炎上気味でした。


何気にサーっと書いた記事が
どんどんシェアされていって、
コメントも離婚や婚約記事並みでビックリ。


あわわわわーってなってたら、
援護射撃が笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き


まずは、ぢんさん


↓↓↓





これ、
すごく嬉しかった以上に、
言葉の重力に包まれた。


それから、
じゅんせーの成長を目撃してる
齋藤麻生ちゃんの記事↓






さらに、
じゅんせーの親権を持つ
今はわたしと離婚して
シングルファザーな岡田の記事↓↓





わたしには、
子育てについての
考え方がある、
というだけじゃなくて、


もう既に実行を重ねてる。
あたりまえだけど、
結果も積み重なる。


「子育ては大変」という、
設定や前提の元、子育てをしてると、
本当に大変な子育てになる。


それで、
ちょっと専門的な話をすると、


第一チャクラの意識、
つまり膣の意識って
“集団”がキーワードになります。


だから、
みんなと同じく
「大変な子育て」をすることで
わたしたちは無意識に
どこかで安心を手に入れます。


そこから一人だけ自由になるには、
潜在的に恐怖を感じます。


だから、
大変な子育てをしていた方が
“みんな同じ”だから楽なんです。

だから、
手をかけてない“ような”、
遊び歩いてる“ような”、


そんな子育てを
している“ような”人を
見ては腹が立つ。


それは、
自分も本当はそうしたいし、
なんならそれが
自分(子宮)の本性だから。


ところで、
じゅんせーは、
病院に行ったことが
一度しかありません。
※成長健診は行く。



その行った一度とは一歳の時。
熱がひいた後に起こる
不機嫌病笑い泣き


んじゃもう、
ほとんど治ってるじゃんか。


泣き止まないから
岡田と二人で連れてったような。


しかも、
その一度の病院も、
わたしの心配性の発動で、
岡田が付き合ってくれただけ。


不機嫌病のじゅんせー
心配性のわたし、


誰が一番病気だったかと言えば、
心配性のわたしなんですよ。


最高に我が子のことを心配して
病院に連れてったのに、
診断が不機嫌病って。。。


ユニークな病名に救われた。


それ病気かよって、
笑っちゃった笑い泣き


もう、心配してやらないって誓った。


不機嫌病ってもう泣かせておくしか
対処できないし、


そもそもわたしたち大人は、
不機嫌であること、
泣くということを、
いけないことだとしている。


親自身が
自分の不機嫌さや、
泣くことを普通のことだとわかるだけで、
そんな感情にOKを出せるだけで、


子育てはうんと
楽になるのかもしれないって
思いました。


「子育ては大変」の設定は嫌なので、
「子育ては楽な“はず”」と仮定してみた。


※前提や設定を根こそぎ変えるのは難しいから、
私は“仮定”でいいと思ってます。


手のかからない子供、
という前提は、


一緒に住んでる時も、
手がかからなかった。


手のかからない子にするには
手をかけなければいい。


これはわたしの個人的な実行だけど、
究極、離婚して親権を夫に渡した。


じゅんせーが視界に入ってくるのは、
他人のfacebook投稿。


なんなんだこの手放し育児爆笑


うーーーん。
もう、どんなに心配しても、
物理的に手が出せないし、
この環境はわたしが
自分でつくったと思ってる。



わたしは蠍座的な粘着質。



もう、
ほんとに遠くに置いてもらわないと、
どこまでも意識は追いかける。



これでもまだまだ、
この先に子供を手放すことが
あるんだと思ってる。


今は戸籍は別になったけど、
名字が同じっていう繋がりがある。
私が再婚したら名字も変わる。
もっともっと他人になってしまうしね。


この際、
繋がってる証拠なんて、
一切なくなってしまえばいい。


産んですぐに
施設や他人に預けて
親権も放棄して、


その実の親ではない
誰かに育てられた子供が、
「本当のお母さんを知りません」


ってあると思うんですけど、
そのお母さん、すごいと思う。


できない.......


それがもし、
映画やドラマ仕立てになったら、
“捨てられた可哀想な子”として
描かれるし、視聴者としても
面白いのかもしれないけれど、
※そしてわたしたちもそれにまんまと洗脳される


わたしの出会ったその
“捨てられた可哀想な子”は、



恨む対象がないので諦めたし、
みんなと同じく普通に
幸せになってもいいと思えた。

だから結婚もして
子供を産んだところで、
わたしを捨てた母親の
偉大さを思い知った。

母親は自分に
なにもしてくれなかったから、
自分の子供にも手をかけないでみたら、
勝手に素直にすくすく育って行った。

母親としての自分は、
いるだけでいいし、
産んだだけでいいんだって思って、

それは自分の母親が
わたしにしてくれたことだった。
子育てはぜんぶ、
私を捨てた母親が教えてくれた。


と言うのです。


複雑で難題な方程式の答えを
導き出したそのプロセスが
圧倒的に美しく思えた。



子育ては大変、
子供には手をかけるべき、
子供には愛情を注ぐべき、
子供とはスキンシップが大事...


気付いてますか、
それは自分の親に
してもらいたかったことです。


それから、
潜在的にもってる意識がある。


“自分の子供には
    恨まれたくない”

だから“ちゃんと”子育てしたがる。




それは、
親を恨んでる自分を
知りたくないだけ。


親だって他人なんだから
嫌いになっていいし恨んでいいし、
仲のいいフリとか感謝してるフリ辞めて、
とっとと恨み尽くしたほうがいいかもね。





じゅんせー。

あなたは世界一可愛い、
わたしが産み出した最高傑作。

世界を心におさめられるよう、
世界をたくさん見ておいで。

困ったらいつでも
手を差し伸べるから、
知らない世界を見ておいで。


母親の人格はさておき、
母親の子宮は産まれた人間すべてに、
こんなふうに言ってると思うんだよね。


(2017.7.19の記事、再更新)












1度目の結婚で、
出生届には血の繋がらない男性が
お父さんになれることを知った。


これは、あまりに妊娠したいがために、
一人で産んで一人で育てる覚悟を
したからだと思う。


妊娠することに誰の許可もいらない。


世間では父親であろう人の認知が
国からの手当を左右するそう。


そんなの知らなかった。


後のことを、
なんにも考えられないくらいに、
ほんとにただただ妊娠したかった。


わたしたちは昔、
日本の人口は1億2千万人と聞いた。
でも今は1億をきっているんだそう。


恋愛して結婚して子供を産んで、、、
のレールの上で進める女性って
どれくらいいるんだろう??


そもそも、
父親であろう人の認知のあるなしで、
手当が左右されるこの国で、
出産や子育てが自由である想像を
できる女性はどれくらいいるんだろう。


法律が変わるには、
多数の意見や声が必要なのに、
未婚の母やシングルマザーは
声を上げづらいこの国。


性にだらしないと罵る
我慢の塊のババアたち。


だから、女の敵は女であり、
それでも、自分の敵は自分。


だから自分への挑戦。


父親なんて誰でもよいから、
とにかく妊娠したかった。


そんな子宮の声に
突き上げられるように行動したら、
法律が自分を味方するようになった。


父親はどこからか立候補してくれて、
なんか普通に家族になった。


それどころか今や、
母親がたくさんいる環境で
子供が育ってる。


2回目の結婚で、
なにも同居しなくてもいいことと、
結婚は親の許可なく
自由にしていいことを知った。


なんで自分らの結婚に
他人の許可が必要なんだろう??
※報告だけした。



独身と変わらない。
それでいて生活に携わる人達が
どんどん増えて一人で住んでるのに、
集団生活をしているような温かさがある。


きっと私はあまりに一人だから、
なんでも一人で決めるからこそ、
たくさんの人達と
生きることになるんだと思う。


自分のスペースを保ちながら、
一人でいたり人と関わったり、
お金も巡り、人も巡り、仕事も巡り、
これが自分か!と他人沙汰になるほどに、
肌も体のラインもかわってゆく。


そして私は一体誰なんだろう?
と思う程に見える世界が絶景なのは、
きっと“わたし”が絶景だからだと思う。


その“わたし”を神婚イベントで共有したいです。


一晩で200名様以上のお申し込みがあり、
総勢800名様となりました!!


たくさんのお申し込みをありがとうございます^^

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