子宮委員長はるオフィシャルブログ「子宮委員長はるの子宮委員会」Powered by Ameba

元風 俗嬢から不良妊婦を経て現在毒ママ♡
子宮筋腫や子宮けい癌を経て子宮の大切さに気付いて
意識を向けてみたら“子宮は宇宙”でした。
子宮を大切にすることで愛され豊かになったプロセスを書いています。
東京目黒でサロン「あとりえ林檎」も主宰しています。


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4月26日、最後の講演で、
八戸でママに読んだ手紙の内容を公開します。

会場で読み上げてる時は泣かなかったけど、
前日、岡田の前で練習してる時に
ちょっとウルッとしました(*^▽^*)


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ママへ

ママから生まれて今年で30年になります。
私からしてみれば満足な時間の流れです。

そうです、私はママから
命という時間をいただきました。

上京してから10年ですが、まだ上京する前、私はママのことが苦手でした。物心つく頃には、ママは感情に狂った生き物で、私はママに怒られないようにすることで必死でした。

さらに、パパも居るし、じいちゃんばあゃんも居る。親戚もたくさんいる一家の長女として生まれ、みんなからたくさんの愛情ももらっていた自負もあったからこそ、ママを嫌いになる理由を見つけられずにいました。だからよく、片親だったらよかったのに...とか、施設からもらわれてきたらよかったのに...とか、そうだったらママを嫌いになれたのにって思っていました。

そして、ママから離れて東京で暮らすようになってからは、無意識に感情的にならないようにと生きてきたし、怒られないよう心配されないよう“うまくいっているよ”と伝えてきました。けど、それが私の患った子宮筋腫や子宮けい癌を始めとする摂食障害や精神疾患の根本原因になっていたことを知り、その情報や知識が人の助けになり、全国で講演活動をするようになりました。

こんな時間の流れを感じると、本当にママから生まれて良かったなぁと思います。

女で生きることに傷ついた3年前。私は風 俗嬢として活動していく事を決め、ママに相談した時、ママは「パパしか知らないからあんたにはいっぱい経験して欲しい」と私に言ってくれました。怒られるか、止められると思ていた私は、カウンターパンチをくらったような衝撃でした。

それから自分の中身を研究したり、いろんな場所で講演するよいになって思う事は、私がママと一緒に暮らした高校までの18年間、本当に素晴らしい教育と育児を受けられた私なんだなぁということです。

小学生の頃から、ただただ詰め込んだような休みのないお稽古事。中学生の頃にはきっつい部活、進学校での高校生活。ストレスしかなかったけど、そのストレスはいつしか私の生命力になり、極めつけの性教育の方針は「わからないから自分で経験しろ!!」です。

普通だったら親の性の価値観を植え付けられるらしいのですが、そこには何も無く、おかげさまで結果として、よく稼ぐし育児も家事もこなす素敵なパートナーと出会い、かわいい子供にも恵まれ開放的な結婚生活を実現することができました。

ここまで幸せになって思う事は、私はママに抑圧されたと思っていたけれど、抑圧は自分で自分にしてきた事だったし、それを紐解くことで私も感情に狂った女になろうと思えました。

女には、それが才色兼備のための自然なリズムで、命に輝きをともす生き方なのだと今になって知りました。それを幼少期の頃からちゃんとママに魅せられていた私は、最高の英才教育を受けていたのだと思えてなんて光栄なことなのだろうと思います。

同時に“イイ女”を目指して頑張っていたのに、そのイイ女は、私が生まれた家の生んでくれた母親だったという結末に、私だけじゃなく世界が震撼です。最初からママのように生きれば良かったです。

生んでくれてありがとう。
ママがママでいてくれてありがとう。

子宮委員長はる
もとい、岡田紗弥佳

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講演当日、
同じ空間と時間を共にしてくださった皆様に、
心よりお礼申し上げます。

私にとって特別な一日でした。

あと、主催の藤本さきこさんも、
当日お話してくれた事を
ブログupしてくださいました。

▶︎はるちゃんが教えてくれた【自分教】

本当にこれに尽きます(°∀°)b




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