チャクラDEチャチャチャ28
テーマ:チャクラ一夜漬けの試験勉強にしてもそうだが、どう考えてもにっちもさっちもいかないぎりぎりの状況になったとき初めて動き出すエネルギー、それも感情の一部である。
一芸に秀でた人は、その修行の中に精神の鍛錬を含めている。
そして、精神の鍛錬とは僕たちのいろんなエネルギーを突き動かす鍵となる感情エネルギーを透明にしていく作業である。無にするのでもなく、コントロールするのでもない。それは、消し去ることも操作することもできない。
つまり、感情のエネルギーというのは性エネルギーから意志・力のエネルギー、表現のエネルギー、知性のエネルギー、超常的エネルギーのすべてに密接に関連している。
そして、ハートチャクラのエネルギーは各エネルギー出力の調節というか、各エネルギーに重みを与えているのである。
「気持ちが強い」「気持ちを込める」などの言葉はそうした働きをうまく言い表している。
以前、ハートのチャクラはあらゆるエネルギーが一堂に会する集合点だと述べたことはそうした見解によるものである。
さらに、生命活動の目的を司るとも言ったが、それは人間の「抱きしめる」姿を思い浮かべれば理解されるだろう。
両手を広げ思い切り抱き合う姿は、歓喜の瞬間にせよ、悲嘆の極にせよ、愛おしさの熱情にせよ、人たるものが感極まったときの至高の姿である。
その姿を目的とせずに何を目的とするのか。
自分以外のものを己のなかに合体し融合させ、そして溶かし込んで外なるものと内なるものの流れをひとつにする。
まさに溶け合うのである。
そうした感覚と力をハートのチャクラは受け持っている。
僕には現段階における物質的身体の生命活動の目的がこの姿を超えて他にあるとは到底思えない。
人間という生物が他の生物よりもっとも進化した部分は、互いに抱き合いながらハートとハートを合わせて、性交ができるという形態にあるのではないだろうか・・・。
どんな創造も「こころ」を開くための知恵でなければならないと思う。
僕たちは事の原因を捕まえて肯しとしてはならない。原因に潜み、そこに絡みつく感情のありようを自覚することなのである。
ハートの第4チャクラは人間に目的を提示する。
どのような人間に成就するのかという内的な目的である。
僕が第4のチャクラを最後に持ってきたのはこのチャクラにおいて、多分人間として個としての閉じられた完成を見るのだ、と思うからである。
閉じられた完成を祈りという言葉に置き換えてもよい。
「水身体」は「地」と「火」と「風」と「電気」と「光」のエネルギーを纏ってこのハートチャクラに「こころ」を開こうとするものである。






