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2011-08-29 11:47:43

戸隠参詣「無縁の風」顛末記

テーマ:神殿舞踏

今年も戸隠を詣でてきた。出掛けに集まった10名のメンバーのうち男は僕一人。これが念願のハーレムか??? にしては、色香がどこにもない。まあ、色香の充満も困るけど・・・結局僕は、姫たちの御者に専念するのみであった。




からだはうす「時の徴(しるし)」


今回は長野市内の混雑を避ける意味もあって、黒姫側から入り、まだ行ったことのない野尻湖を散策することにしたが、野尻湖はなんの変哲もないただの湖であった。さっさと湖を後にし、戸隠に向う。


いつもはこの行程でお昼を山口屋さんでいただくのだが、たまには別のところにしようということになり僕が昔一度だけ入ったことのある越水ヶ原の裏道にある蕎麦屋を目指した。程なく到着。しかしである。


蕎麦屋の手前で数台の車が並んでいる。駐車場に入れないのだ。そういえば、奥社の駐車場も車が溢れかえっていたっけ。で、例年通り山口屋さんでいただくことにした。ここ戸隠では浮気は許されないのか・・・んー。


忙しそうにレジを打つ山口さんが言葉だけで迎えてくれ、一行は蕎麦とパフェを腹に納め、ようやく戸隠の時空に突入したのであった。昼食後は毎度の行程で、僕はカミさんと一緒に世話になる人たちへの挨拶回り。他は宿で休む人と奥社をお参りする人。





からだはうす「時の徴(しるし)」



奥社組の話では、もう奥社は以前の奥社ではないらしい。凄まじい人込みで社務所の前は御札を買う人やスタンプを押してもらう人の長蛇の列。あの杉木立の参道の気配も俗に堕し、どこにも霊験などあったものではないと。昨年あたりからそうした気配は感じていたが、そこまでとは・・・裏道の蕎麦屋も一杯のはずだ。



からだはうす「時の徴(しるし)」



ここ2・3年のパワースポットブームが戸隠にも波及して、いまや一大観光地と化してしまった。いやいや、江原さん吉永さんには恐れ入ります。それでも、宿のご主人に聞くと泊り客はそれほど増えていないらしい。車でさっと来てさっと帰る。ここは神社がウリだから、マニアックに戸隠山に登るとか野鳥観察でもしない限り、そうなのだろう。渓谷を眺めながらゆったりと温泉に浸かってという風情もないし。


思いを馳せれば、高野山と比叡山と並び、戸隠三千坊と称された往年の時期はいったいどんなであったのだろう。修験の道場として発展してきた戸隠、ここに来るにはひとつの覚悟がいっただろう。ああ、覚悟なき時代のぬるさよ。果たして、そのぬるさにおいても恩恵はあるのだろうか。


一昨年、昨年と私的な伝説が立ち上がり、戸隠は舞族の郷として僕の中に納まっているのだが、さて、その続編は如何であったか。幕を開ければ今年のバージョンは別物であった。いつものような強烈なインパクトのある発見はなかったが、強いて挙げれば、「人と人との滑らかなつながり」か。


妙な遠慮や過剰な気遣いをすることなく、流れるままに事が成立していく。今回は新人が二人。みんなとは初顔合わせであったが、スムースに溶け込んいたように思う。


個人的に新鮮だったのは、神社関係者がみな、しっかりと「高橋さん」と言ってから話をつないでくれたことだ。




からだはうす「時の徴(しるし)」


これは、火之御子社の神事には高橋の奉納がセットであるということを彼らが認知した証だと思える。戸隠初見参より七年かかったが、僕はこの行事に関して「よそ者」ではなくなったのである。勝手な解釈であるが・・・


どこに挨拶にいっても、いつもの出来事として快く気さくに受け入れてもらえた。


「滑らかさ」は、踊りの舞台にかかわるすべての人たちとの関係においても同様であった。原村から朝見さんが音楽仲間のジャンベを奏する杉山さんと「わの舞」のグループを連れてきた。彼らの練習風景の一瞬が僕の直感に響き、まったく自然に神殿舞踏の舞台に組み込むことができた。



からだはうす「時の徴(しるし)」


そのことが、彼らの期待以上の喜びとなっていったことは帰京後のメールで知った。僕も嬉しい。雨の中の仕込みも、慣れているとはいえ、慌てることも不安もなく、淡々と進んでいった。僕の指示がなくてもそれぞれの持ち場を完成させていく。みんなが火之御子社の時空に融けているのだ。


雨天決行ははじめての体験だった。しかし、それまでの危惧は霧散し、なんとなく普通にできちゃった。大掛かりではない等身大の舞台は、なんだ、やれるじゃないか!という感じであった。


男組は当日二人駆けつけてきたのだが、実際、今回は神事も含め女性エネルギーが満ちていた。日本舞踊のカネサキ?流宗家が20名は超える浴衣姿の軍団を引き連れて奉納した。そして、「わの舞」の乙女?たち。最後にてんでんばらばらに控える「神殿舞踏」の姫たち。


直会の風景も一変した。わが姫君たちは、今年はホステスを免れたといっていつにも増してリラックスムード。宮司をはじめ神官、地元の関係者も気のせいか顔がゆるんでいた。この直会では僕が密かに描いていたヴィジョンが現実化した。それは、お神酒をいただき、談笑する神職さんや参加者を囲んで楽器や踊りの奉納が行われたことであった。


火之御子社は芸能の神を祭神とする社である。あの境内は歌って踊る場所である。
僕は直会の間中ずっと、なにかしらの奉納が行われたらいいなと思っていたのだ。
柔らかな陽光の懐で、談笑の合間、笛や太鼓の音色に歌声に生命の躍る姿にしばし浸るなんて、なんて贅沢な瞬間ではないだろうか。




からだはうす「時の徴(しるし)」


かねてから感じていたことであるが、現代人は贅沢をすっかり履き違えてしまったと思う。サービスの豪華さが贅沢ではないのだ。贅沢とは自らの身体と気持ちと感性が時空と溶け合い、エネルギーが刷新され新たな物語が紡ぎだされていくことではないだろうか。


そういう言う意味で、僕にとっての「神殿舞踏」戸隠行脚はとても贅沢な旅なのである。今後、例祭の直会は飲み、食べ、語らいながら、いろんな人が歌い踊り奏で、
火之御子社は一般の人々が形式を脱いで神々との戯れを許される奇跡的な社となるであろう。



からだはうす「時の徴(しるし)」


自身の夜の踊りに関しては特記すべきこともないが、いつもシャーマニックな世界を開くホッシーが「虫」に導かれ、初めて自らの踊りを肯定できたという感想をもらした。彼女は、舞台を這いながら「虫」の姿を目にし、そこに「踊り」を見た。虫が踊っている!。超常的なエネルギーの坩堝に放り込まれ、締め付けられるような葛藤から彼女を救い出してくれたのはこの発見であった。そして、通常彼女の口からは決して聞くことのない「感謝」の気持ちが湧いてきたという。「ああ、この虫と一緒にこの虫のように踊っていればよいのだ」と。




からだはうす「時の徴(しるし)」


いつもは、変性した意識状態の中で異常なエネルギーに翻弄され、もがくだけだったホッシー。外なる世界にはさまざまな啓示をしるしながらも、当の本人は訳のわからない様態のままであった。しかし、踊ることの肯定感と感謝の情の湧出は、彼女の呪術的なエネルギーと現実的な身心が少しつながりはじめてきたのかもしれない。ようやく、一条の光明が射してきたか・・・。今回の「神殿舞踏」のひとつの成果である。



からだはうす「時の徴(しるし)」


ホッシーの体験から、僕はそこにひとつの物語が展開していたことに気がついた。言ってみればたわいのない話なのだが・・・


僕のところの稽古にはホッシーの他にカネモリ夫妻も一歳半のフクジュ君と一緒に参加している。戸隠に行くひと月ほど前、奥さんのアスカが腰の治療に来た。そのとき、戸隠の踊りの衣装の話になり、「カネやん(旦那のこと)はまだ決まってないんだ」と言った。それほど深刻に悩んでいたわけでもない。


だから、僕も真剣に考えるでもなく「そうだなあ、俺のイメージだと甲羅のある虫だな」と何気に言った。それを明日香が兼盛に伝えた。「高橋さんが虫のイメージだって」。彼はその言葉が頭の隅に残っていたらしく、黒っぽくてかてかした虫っぽい衣装を見つけてきた(観た人が虫に見えたかは別にして)。


しかし、イメージとしてはカネモリ虫は舞台に登場したのである。


さらに、昼の直会の折、スイカが振舞われたのだが、僕の前に置かれたスイカの皿には一匹のメスのカブトムシが一足先に赤い汁をむしゃぶっていた。僕たちの仲間の誰かの身体にくっついて来たようだ。踊りの最中もその同じカブトムシの飛び回る姿が篝火に映しだされていたのが目撃されている。そして、ホッシーの眼が釘付けになった「虫」、ホッシーの心の暗い闇の勢力との闘いに「踊ること」の救いの手を差し出したのは、なんとこのカブト君だったのである。


細かい経緯は多少ずれているかもしれないが、大体はそんなストーリーである。



からだはうす「時の徴(しるし)」


今回の旅の印象を「人と人との滑らかなつながり」と言ったが、それは見えないところでこのようなささいな物語を紡いでいたのだ。僕の何気ない直観から「虫」が発想され、アスカの素直な伝達を通して、カネモリの実直な行動、それらが連鎖しながら、すでに昼の直会時にそれは姿を見せ始め、本番の舞台では踊りの真髄にホッシーを導いていったのである。四コマ漫画のようなエネルギーの形象化だが、滑らかさというのは無意識的な領域に属することがよくわかる。無意識的直観は、より大きな意図の中に小さな花を咲かせる。僕たちはこの小さな花を見つける術をもっと学ばなければならない。


強引に、大きな意図と結びつけて考えれば、今回のテーマ「無縁の風」も絡むだろう。ここでいう無縁とは、通常理解されているところの「無縁仏」に代表される、「縁がない」ことのネガティブさとは対極に位置する。


「縁がある」ということは、そこにつながりがあり、つながることによって制約やルールに縛られていく不自由さも発生する。逆説として、無縁とは徹底的に自由なアジール(聖域)のことである。


日本では中世から近世にかけ、社会から縁を切られた、或は、縁を切らざるを得なかった人々が救いを求めた場所として無縁所があった。駆け込み寺のようなものである。


それぞれの事情から、トガ人、遊女、バクチ打ち、河原者、えた・非人、漂泊民となる者たちにとっては、遊郭、賭場、芝居小屋、被差別部落などが裏返された自由の場であった。


「神殿舞踏」に集う仲間もその精神の深みにおいて孤高の漂流者である。僕たちはまるで田舎芝居の一座のような集団である。僕は昔から河原乞食という言葉やその様態にある種の親近感をもっていたが、あらゆる権力の埒外に存するあり方として魂が疼くのだ。「縁がない」ということは「孤高なる自由人」につながるのである。


この世界の人為的システムに組み込まれることを肯しとしない魂は生きにくい。しかし、道を切り拓いてきたのは常にそうした魂のほうだった。その魂の棲家としてのアジール(聖域)は今の世でも必要だろう。僕の場作りにはそういうイメージが最初からある。


ひょっとしたら、このたびの「虫」の登場は「虫ケラ」の虫かもしれない。人並み以下の人間に対する蔑称として「虫ケラ」は使われる。社会からはじかれた罪人はじめ、上述のような卑賤な職にあった人々に対する扱いは「虫ケラ以下」である。ならば、僕たちの前に現れた「虫」は無縁の象徴ではないか! 迷い子たちは確かに「無縁の風」にいざなわれて神殿(聖域)に舞ったのである。「人と人との滑らかなつながり」は、つながりを断たれた「無縁なるアジール(聖域)」にこそ息づく。


大げさに言えば、僕たちはこの普遍のパラドックス(物語の源泉)を直に体験したということになる。ということで、今回の戸隠は強烈なパワーが影を潜め、以上のようなウンチクを含んだ物語を披露してくれたのであった。


みなさん、雨に濡れ、また、泥だらけになった荷物の片付けごお疲れ様でした。
そして、今年も楽しい戸隠のお参りができたこと、本当に感謝しております。ありがとうございました。




からだはうす「時の徴(しるし)」


最後に、ある見知らぬ女性からメールで送られてきた素敵な感想を紹介してこの顛末記を終わりたい。彼女はひと月ほど前、一緒に行ったキサカさんのお店で雨宿りをする羽目になった。そのとき、キサカさんから「神殿舞踏」の話を聞き、戸隠お参りがてら一人舞踏奉納を観に来た方である。その流れも滑らかである。


以下はその女性が僕の舞踏を見た感想をブログに書いてくれた文章です。







戸隠神社

8/18に長野の戸隠神社で神殿舞踏を見てきた。

「無縁の風」


ざらついた昼のかさぶたも剥がれ
群青の影 忍びよるころ
無縁の楽人  古(いにしえ)の詩歌(しいか)をまとい
大樹ほこる結界を跨ぐ
頭蓋締めつける  計らいの右往左往
はじまりと終わりが裏返り

心音の律動(リズム)  「私」という厚みを消せば
人さらう風香に誘われ
迷い子たち  神殿に舞い戻る



(からだはうす「時の徴」より)



当日は夕方から大地を洗い流すような大雨が降った。

山のあいだを煙みたいな雲が流れて、乾いた雷が1回だけ落ちたのを聴いた。

舞がはじまる前には、不思議と雨がぴたりとやんだ。

大樹から落ちた雫が、松明の炎に落ちてぱちぱち大きく爆ぜた。

火之御子社前、ジャズベースとギター、ジャンベのトリオ。

本当の「群青」を空に見たのは初めてかもしれない、午後七時頃、それでも大木の葉の影はくっきり黒く迫る。



白塗りのからだが、ゆっくりと火に照らされて火之御子社を這う姿には圧倒された。

耳から生えた白い羽と、筋肉と、骨のラインが頭から離れない。



雨で増水してごうごう騒ぐ近くの川の音と、ほんの少しの風から鳴った僅かな葉の音が集積した小さくて大きい音と、舞う人の呼吸や、漏れる声が、ものすごくそばで聴こえた。



からだがびくびくした。ちょっとこわかった。

あの「こわい」は、忘れない。






次の日の早朝、戸隠神社の奥社にお参りに行った。


誰もいない小雨の煙る一本道、鳥居を抜けてからは先日の「こわい」が始終つきまとった。



初めて渋谷を見たとき、「人間がいっぱいいる!」と騒いだのを思い出す。あの時の人間の数の数百倍の植物が、一本道を見下ろしてる。東京の家に入ってきた虫に対して嫌悪感を抱く。自分のスペースに異物が侵入するからだ。


今、自分は森の中であの虫みたいなものだろう、と思う。


「こわい」のは、この空間で自分が異物だからだ。




参道の中間にある杉並木では、完全に大小の判断基準を奪われる。自分以外のすべての杉があまりに大きく静かで、跪きたい気分になる。




それでも登って、登って、雲の上にすっと出た。無人の奥社。来た道を振り返っても煙って見えない。流れる水の音以外、何の音も聴こえなかった。帰る時一度、深々と礼をした。


何に対してかよくわからないけれど、敬う気持ちってこれのことか、と他人事のように感じた。礼をしてまた戻る時、ぶわっと追い風が吹いて転けそうになった。足は地に、ね、と言い聞かせた。あまりに圧倒されて写真は一枚も撮れなかったけれど、雨に濡れた緑の生々しさだとか、甘ったるい生命の香りだとか、撫でるみたいな冷気だとか、全部はっきりと覚えてる。



行けて良かった。本当に。

舞のことを教えてくれたSWEEPのおばさまに感謝。





からだはうす「時の徴(しるし)」


2011-07-28 11:03:11

神殿舞踏 その拾参 無縁の風

テーマ:神殿舞踏

神殿舞踏 その拾参(風の巻)

「無縁の風」

ざらついた昼のかさぶたも剥がれ
群青の影 忍びよるころ
無縁の楽人  古(いにしえ)の詩歌(しいか)をまとい
大樹ほこる結界を跨ぐ
頭蓋締めつける  計らいの右往左往
はじまりと終わりが裏返り

心音の律動(リズム)  「私」という厚みを消せば
人さらう風香に誘われ
迷い子たち  神殿に舞い戻る




舞人:高橋 実 他 
楽人:アラン・グリースン、朝見 和也 他



時:2011年8月18日(木曜日)午後7時開演

於:長野県戸隠神社火之御子社境内



問い合わせ:からだはうす  TEL  0422478626
協力:戸隠神社、戸隠遊行塾、IDEA Promotion






からだはうす「時の徴(しるし)」






2011-04-11 17:02:34

神殿舞踏ワークショップのご案内

テーマ:神殿舞踏

心と意識の在りようを示しながら人間生命の顕現たる身体。


それは僕たちの意識の届かぬ領域の暗示的形態ともいえる。


僕たちが未知なる計らいによって創造されたものならば、人間中心主義という宿命的呪縛網の中における狡知の競い合いほど間抜けなものはあるまい。


未知なるものとの遭遇を創造として理解したものだけが、つまり、僕たち自身日々創造され続けている存在であることを了解したものだけが未知への参入者となる。


『神殿舞踏』とは僕たちの創造意図を超えて、内なる核細胞と外なる透明細胞が出会う結界を紡いでいく作業としての供儀である。


自然界を含むあらゆる外界を『神殿』と仰ぎ、身体そのものが『神殿』であることを任じ、さらに僕たちの個的生命体の深奥に隠れる『神殿』を覗く。


この三位一体の構造こそ『神殿舞踏』には相応しい。

『神殿舞踏』とはまことに素朴な思念からはじまる。




からだはうす「時の徴(しるし)」





『神殿舞踏』とはまことに素朴な思念からはじまる。


それは、僕自身の 




- 言葉にならない思いや、モノやお金に換えられない気持ち-




を表わす方法としての舞である。それは、感謝と畏れ敬う祈りの姿を無心に問うものの熱である。





からだはうす「時の徴(しるし)」




人は内なる在処に言語以前の感性と形になる前の像を独自に表出しようとする衝動をもつ。


それは、すでに意味と価値を付与された既成の概念と対立しながら、或は、既成の概念に怯えながら一途な願いの濁流となって現実に登場する。


一途な願いは、ときに絵画や彫刻となって像を結び、時には音霊となって響き渡る。


そして、血と肉と骨を携える生命流動の印は舞となって時空に刻まれ、記憶に沈んでいく・・・


踊りの向かう先は、場と人との出会いが何を誕生させるのか、その一点に絞られる。


それは単に観客に見せるための芸ではない。


僕たちに魂というものがあるなら、その息づかいをその気配をその香りを、一端でもよいから巡りあった場と人々と共感したいという願いとしての舞道である。


なんの変哲もない日常風景でも「誰も気づかないところで起こっていること」へのまなざしをもってするなら、そこは、生と死の臭いのするところとなり、煩悩と格闘した歴史の念の堆積する地であり、自然や季節の泰然さや狂乱の中と化す。


『神殿舞踏』はそうした「時と場」に精神作法の教えを乞うものである。




からだはうす「時の徴(しるし)」





■稽古日:毎週木曜日 PM8:00~PM10:00 

予約は必要ありませんが、初めての方には説明を行いますので早めにお越しいただきます。そのため一度お電話でご連絡ください。


■参加料:¥2625(一回につき) 回数券10回分:¥21000


■持ち物:用意するもの:動きやすい服装





踊ることを一種の「瞑想行」として捉える舞踏塾です。既成のポーズや踊り方を学ぶのではなく、ましてや自己陶酔するのでもない。自由に動きながらも「私という宇宙]に集注する。


そこに誕生する存在の相貌をダンスとして、祈りとして、贈り物として成り立たせようとするものです。


稽古は非常にシャーマニックな世界が展開します。シャーマニズムに興味のある方にはお奨めです。



チューリップオレンジ「神殿舞踏」の塾では、例年、長野県戸隠神社の火之御子社における年に一度の例祭に参加し、神社境内で舞踏奉納を行っています。例祭日は8月18日です。





からだはうす「時の徴(しるし)」




からだはうす「時の徴(しるし)」






からだはうす「時の徴(しるし)」









「お申し込み先」


からだはうす 

武蔵野市御殿山1-1-2 5F

電話 0422-47-8626

手紙jizou@aioros.ocn.ne.jp










2011-02-04 21:55:32

踊ります

テーマ:神殿舞踏

プラサードで踊ります。

見に来てね







時の徴し(ときのしるし)



時の徴し(ときのしるし)


3月6日(日)7:00pm~


踊り手/高橋実  造り手/和田朋恵


料金/1500円


★要予約 tel 03-3332-1187 または hobbit@ea.mbn.or.jp


2009年、長野・戸隠にて、高橋実氏の神殿舞踏を見た時から、彼の“人であって人ならざる”奇妙な存在感と、自分の持つ空間への興味を、いつか合わせて形にしたいと思っていました。今回、縁あって、実氏との舞台が叶いました。



   あなたが隠れているのか
   わたしが隠れているのか
   あなたが覗いているのか
   わたしが覗いているのか・・



<円><表と裏><隔たり><肉体>を、表現した戯れの場に、是非おいでください。(和田)






踊り手/高橋実(たかはしみのる)


1970年代後半より舞踏を志し、笠井叡、大野一雄に師事。自身のシャーマニックなルーツと体験をベースに即興の身体流動が場を異界として招く作法を舞道の真髄に据え探求している。毎年、戸隠神社火之御子社のお祭りに舞踏を奉納。世界と身体と内面をそれぞれ神殿にたとえ、それらの三位一体=調和を目論む「神殿舞踏」をライフワークにしている。


造り手/和田朋恵(わだともえ)


高校入学と同時に油絵を始める。その頃より、画家がデザインした舞台美術に興味を持つ。現在、武蔵野美術大学で絵画を専攻。時々ナワ・プラサード店員。









2010-09-10 22:08:41

戸隠参詣 「神殿舞踏」顛末記

テーマ:神殿舞踏


時の徴し(ときのしるし)


戸隠から戻り十日も過ぎてしまった。


まだ戸隠の気が身体中に充満しているうちに記さねばと思いながら、 仕事やなんだかんだの雑事が多くて落ち着いた時間が取れなかった。 忘れないようにしよう、思い出すようにしなければ、と注意を払えば払うほどに記憶が彼方に去ってしまうようで気ばかりが焦っている毎日であった。


ということで、今回は三日間の時間の経過を追いかけた報告はやめて、思い浮かぶままに書いてみたい。




時の徴し(ときのしるし)


今回の「水の呪術」は「神鳴頌」から始まったチャクラという人体に宿る自然エネルギー原素シリーズの第4弾である。昨年の「火鏡」で圧倒的な啓示を受け、僕たちのシャーマニックジャーニーも次なる段階に入ってきたことの暗示が確認できた旅であった。「水」がテーマだと言ったときから、仲間からは今年は雨に降られるのではないかという不安の言葉が聞かれたが、僕は絶対に降らないと思っていた。案の定、戸隠の神様はまだ僕たちにはそこまでの試練を企んではいなかった。三日間とも天候に恵まれ、僕の大好きな火之御子社の柔らかな陽光に迎えられたのだった。




舞台のセッティングまで半分以上の労力を外部との折衝に費やされていた昨年までとはうってかわり、今年は何事も当然のごとく進んでいった。ただ一つ僕の入れ歯が折れてしまったことを除けば・・・まあ、歯は外側の関係性の問題ではないので気を使うことはないのだが何かと不便ではあった。前歯なのでみっともないというのもある。 初日に立ち寄ったカナディアンレストランで何気なく差し出されたシカのハムをちょっとつまんだ時にバキッと

やってしまったのである。だが、捨てる神あれば拾う神ありで、ポリデントやアロンアルファがすぐに手元にやってきて当日の舞台は滞りなくできたのである。近代技術はこうして生身の正体を隠してしまうが、きっと、後々振り返れば今年の戸隠は「ああ、歯のない年ね!」という形で思い出すことだろう。




時の徴し(ときのしるし)


外部との折衝に気を取られなくなっていったのと並行して、「神殿舞踏」の内容も変化してきたように思う。昨年の総括で記したが、古の時代ここ戸隠は舞族の郷であったという僕の夢想は、結局僕らが実現しようとする未来のことでもあるのだ。まだこのことは参加者たちに明言しているわけではないので、僕の中で年ごとに育っていくヴィジョンをきちんと 把握している人はいない。僕はここ火之御子社に舞姫たちを結集させたいと考えている。アメノウズメノミコトを御祭神とする火之御子社は日之御子社ともいう。御子は巫女のことであろう。天照皇大神は太陽神のこと。とするなら、天岩戸伝説は太陽神を降ろす巫女の話である。太陽神を降ろすために巫女が踊ったのである。裸で踊ったアメノウズメノミコトは日本最初のストリップダンサーとして名を馳せたが、たぶん狂女と紙一重のぎりぎりの感性を保持した巫女たちは舞うことによって、非日常的な自然と感応する身体のエネルギー状態を現出させることによって、自然界の変化に翻弄される民衆の願いや祈りを自然界のエネルギーと繋げていったのだ。




時の徴し(ときのしるし)




「意識の力」を発展させていく人類の歴史の作り方は、踊ること舞うことも様式化・形式化へと偏重させていった。

そこにはそれなりの魂の重みがあるのはわかる。しかし、どうしてもそこに登場してしまうのは「才能至上主義」なのだ。要は上手いか下手かという人間の側の価値観のみによって判断が下されるようになったのである。本来、巫女の仕事とは雨を降らせ、雲を払い、獲物の位置を教えることであったろう。現代の踊りの名人たちに雨を降らせることができるだろうか。どこに雲を払って太陽を覗かせる踊り手がいるというのか。こうして僕たちは自然と
感応するエネルギーを封鎖してきたのである。今や、閉じ込められたエネルギーは身体内で荒れ狂い現実の
リアリティを希薄なものに変質させてしまった。これほどに置換もリセットも可能になったバーチャルな世界は実は「私」 をどこにも連れ去っていってはくれないのである。かくして、自らの判断ではどうしたらよいのかが分からない人間の量産 体制は整っていく。




時の徴し(ときのしるし)


僕は「神殿舞踏」に舞姫たちが結集しはじめた元年が今年と位置づけたい。僕が舞姫という女性をクローズアップするのには理由がある。元来、日本民族には女性性(母性)が色濃く反映していると考えている(それは「母屋の思想」として後々まとめたいと思っている)のだが、国の体制が整う以前の集落や共同体規模においては当然にシャーマニズム的な世界であったろう。穏やかで循環する四季がある風土においては女性身体の日々の変化は自然に感応するものであった。そして、日常を逸脱した形でその感応性が発現した時にシャーマン的発作が起こる。震え、訳の分からないことを口走り、身体は異常な形に変形する。そのままでストップすればそれは単に狂人か病人である。しかし、その状態をプロセスしていく場を設けるとその姿はシャーマンに(巫女)変貌する。それは自然性とつながる所作であるし、そのプロセスしていく場こそが聖なる地、いわば神殿なのである。変容のプロセスはやがて単なる異形から踊り、或は、舞へと昇華されていく。 僕はそれを経験で知っている。僕のところにはそういう巫女的資質を備えた姫たちがたくさんいる。




時の徴し(ときのしるし)


僕は呼吸法に長いこと携わってきたので、人間をエネルギー的に観るという習慣がついてしまった。人間の潜在エネルギーを開放すればそれはみなシャーマン的なエネルギーを垣間見せるのである。特に女性にはその性質が色濃くあることもわかった。問題は、現代のシャーマンは雨を降らせ雲を払うような解り易いメッセージをはっきりと示せないことである。まして、そうした技に匹敵しさらに上回る力を科学技術が備えてしまったのでその必要もない。ならば、舞姫たちの復活にどういう意味があるのだろうか。





時の徴し(ときのしるし)

ここ十年来、巷ではヒーラーや霊能者がブームである。神様の寛容さは熟知しているつもりなので、彼らにとやかく言うつもりはないが、シャーマンと言うと彼らとダブらせて想像するものもいるのではないか。舞姫の復活は非日常の意識状態に対する肯定と身体感度に対する狭い認識を改めていくこと、さらに 出来事や現象と自分の内的なエネルギーがどのように結び合わさっているのかという直観的理解による世界観が、 自らの生き方や他者とのコミュニケーションをいかにスムースなものにしていくかを目論むものである。欲望を達成する喜びではなく、踊ることで内に外に生まれることがあるのだ。その発見と不思議と驚きが人間存在を豊かにしていくと僕は思っている。つまり、自身を含めたこの世の妙味を味わう精神の使い方である。





時の徴し(ときのしるし)



火之御子社の時空に参加した人々は全員踊ったと僕はみなしているのだが、からだはうすの仲間たちは特にその深度は深いはずだ。それは三日間の戸隠詣でによって、身体に心にエネルギーに出来事にそれぞれが新しい変化を感じるであろうからだ。帰京後に変化が顕著に表れる場合も多々ある。そうした変化こそ「人さらいの」さらわれた証拠である。





今回は普段の舞踏の稽古に参加している全員が登場した。「神殿舞踏」にはいっさいの制約がない。踊り手としては素人の舞姫たちは踊るということを超えて存在するスピリットの化身となる。何かの意図を持つものは僕だけである。だが、僕の意図には方向性も狙いもない。起こるべきことを招くための場作りとして僕は踊る。舞姫たちはただわが身の内奥に触れようとするのみである。スタイルではなく、日常では隠されているところの命を踊っている。火之御子社はそんな僕たちの野放図を柔らかく受け入れてくれる。あんな珍妙な踊りの一座をどこの社が受け入れてくれるだろうか。





時の徴し(ときのしるし)


神仏をお参りする集団のことを日本では「講」という。例えば「富士講」などが有名であるが、昔からどんな小さな村にも「講」があり、それによって地域の連帯を維持していた。僕らの一座もそうした「講」になぞらえることができるだろう。ただ、僕たちは形式を逸脱しているがゆえに、それは、それこそ「無礼講」とでも言うのがピッタリする。

僕たちはこの「無礼」をもって火之御子社に集う神々と戯れることができるという、 極め付きの皮肉をいただいたのである。 それは、看板(名前や名誉)を捨て、形を捨て(取り繕うこと)、見返りを捨て、露になった傷つきやすいスピリットのみが往来することができる針の穴のような道を示されたということである。この道を「奇蹟の道」と呼ばずしてなんと呼ぼう。







時の徴し(ときのしるし)



僕たちは火之御子社と運命的に出会ったのである。一緒に行ったみんなも火之御子と戸隠に運命を感じてほしいと思わずにはいられない。そして、「あの世」と「この世」を隔てる扉を隠す「戸隠」 に踊りを教わろう。踊るものだけがその扉を行き来できるのだ。そもそも人間の生命は踊っているのだから・・・






時の徴し(ときのしるし)



というような訳で、僕は以前のようには踊りの出来栄えが気にならなくなった。僕は僕の姿が見えないような踊りをしたい。 見ている人が、いつの間にか自分自身の夢を見ているような、はっと気づいた時に踊りは終わっているような、眼を開きながら気を失っているような、そんな時空を招きたい。やがて、その場に展開した『本当のこと』は観たものたちそれぞれの夜の夢に浮かび上がる。人生を牽引する虚ろな夢の中にーー!

来年は「風」がテーマです。また一緒に「人さらいの風」に吹かれに行きましょう。どうもお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。








2009-09-04 12:41:10

戸隠参詣 番外編

テーマ:神殿舞踏

最後に、東京に戻ってすぐに僕が見た夢(妄想)を語って終わりたい。それこそが僕自身の戸隠伝説となるものである。それは、墓所の清掃から始まった。「火之御子社」の神職を代々継いできたのが踊りの部族であったという。そのことは事実らしい。


僕たちはその末裔の神職の方々のお墓を掃除したのだ。戸隠に踊りの部族がいた!それはまさに舞族である。


戸隠神社では年中御神楽の奉納が行われている。それは、全国の神社のモデルになっている伊勢神宮の御神楽とは別の独自の御神楽だそうである。


時の徴し(ときのしるし)

御神楽三昧の郷。それほどに舞はここ戸隠では特別なのである。そしていまだに盛んでありそのプライドは高い。それは何故か 。もうひとつ、戸隠に天の岩戸伝説があるのは何故かということである。天の岩戸のお話は神話のなかでもクライマックスシーンの一つである。


そのお話を戸隠が伝承しているということは、そこに黎明期の大和朝廷側の思惑・配慮があるのではないか・・・


僕が思うのは、舞族は神話が作られる前からここ戸隠に棲んでいたのではないかということである。舞族は中世期の遊行の民とは違い定住していた。何故、このような痩せた土地に踊る民が定住できたかというと、他の地方から踊りを教わりに来ていたのである。朝廷も国の形を整えはじめ、各地に神社を配したときそこでの儀式をどのように執り行うか決めていくだろう。


その儀式には舞がなければならなかった。当然のごとくここ戸隠に教わりにきた。何故、舞を必要としたのか。それは、舞はシャーマニックな世界を現出させるものだからである。


巫女(シャーマン)は自らの力を踊ることによって知らしめるのだ(だから神官も坊主のようにベラベラしゃべらない)。古代の国作りにシャーマンは最も重要な位置をしめた。


それを教えたのが戸隠の舞族であろう。よって戸隠はに天の岩戸の神話(最初は天手力雄命)を朝廷から賜ったのである。見返りのようなものである。お前のところはこの神様を祀ってよいよということになった。
時の徴し(ときのしるし)-虹


そこで疑問になるのは、舞族は何故に戸隠でなければならなかったのかということである。


どうして戸隠から離れられなかったのか、或いはどうして戸隠に移り住んだのかということである。


このことを想像したとき、僕は鳥肌が立ち身震いした。


戸隠という場(時空エネルギー)が人に踊りを教えていることに気づいたのだ。人が考えて動くのではない。「向うの世界」が人を立たせ舞わせるのだ。


これぞシャーマンの世界ではないか。舞族にとっては戸隠という場が「向うの世界」だったのだ。


これは僕の深層感覚の意識化である。僕は今回まさに「火之御子社」の舞台でそれを感じていた。踊っている最中「ああ、この空間に踊りを教わっている!」と、身体がわかったのである。戸隠が凄いといっても、何が凄い?。ここは人をシャーマンにするところである。それは戸隠で踊ってみればわかる。


そして、そのことに気づいた人々が修験の道に入ってきたのである。修験とは男たちのシャーマン修行である。修験道のメッカでもあった戸隠。


それは単に山の威容さだけが人を集めたのではない。神社(寺)という権威も従え、戸隠には「向うの世界」が完全にある。そのことをもって人々は「神様がいる」といったのだ。
時の徴し(ときのしるし)


サバイバルに長ける忍者がこの地に輩出したのも時空と感応する身体能力を備えた舞や修験の遺伝子を引き継いだものとして想像できる。


国の体制と神社としての儀式が整えば、地方の舞族に教わることもない。シャーマンも女(巫女)から男(僧侶や修験者)へと、時代も公家の平安から男っぽい鎌倉へと変化していく。


戸隠のシャーマン(巫女)たちの勢力は徐々に衰退していく。神仏習合によって寺と併合した神社も奥院、中院、宝光院となってそれぞれに権勢を誇りはじめる。


そう、「火之御子社」は地元のシャーマン舞族が最後の力を振り絞って建てたものなのだ。だから、神職が舞族なのだ。


そのように考えると「火之御子社」がどうして神仏習合に染まらずに、神社として孤高を守ってくることができたのか、察しがつく。


それは当時の権力争いの構図の外にいたからである。いわば相手にされなかった。、ただ、運良く神話の神々の一族にアメノウズメノミコトという、まだ戸隠では祀られていない女神がいた。過去の名誉のためにそれを戴くことはできた。否、残された神が女神だったがゆえにシャ-マン舞族は発起したのかもしれない。これにより戸隠神社全体の神話は納まったのである。


長く続く男たちの時代に女神は軽んじられた。「火之御子社」は謎の神社である。千年もの歴史があるのに権威は誰も手をつけなかった。
時の徴し(ときのしるし)


なぜなら、「火之御子社」は舞族の氏神だったからである。


「火之御子社」は古代の舞姫たち(シャーマン)の復活を夢見る社なのである。火之御子の境内がなぜにあれほど柔らかいのか、頬擦りしたくなる大地なのか、これで合点がいくのである。


僕が夢に見た戸隠伝説は舞姫たち(シャーマン)の物語であった。             おわり おわり





2009-09-03 10:40:30

戸隠参詣11

テーマ:神殿舞踏

もう、僕が大きな声を出して指示しなくても荷物は完璧に車に積まれる。みんな手馴れたものだ。夕食が待っている、急げ。は!夕食後は打ち上げビデオ鑑賞会。山口さんも今回は手下を一人連れてはじめての参加、明龍さんを交え、みんなで談笑しながら祭りの余韻を楽しむ。それにしても戸隠の男たちは酒が強い。男友達滅法強い。山口さんも連れの人もクイクイと杯を空ける。・・・そして、彼らは車で帰るのだ。近いとはいえ彼らの自信は凄い。戸隠は治外法権だからいいのだと言う。戸隠の住人を取り締まるようなことをしたらその警官は村八分になるそうである。そう言えば、戸隠は江戸期は守護不入の地で藩の管理下から外された自治の郷だ。その伝統がいまだに続いているとは・・・




みんな好きなことを喋りながらビデオを囲む。今回のビデオ担当は初参加の大田君、プロである。target今までになく盛り上がった鑑賞会である。打ち上げには菊池夫妻も来た。菊池さんは戸隠に僕を導いてくれた恩人である。今回は「火鏡」のチラシ作製と宣伝までしてくれた。毎年、応援がてら観にきてくれる。有り難い。彼らとの再会も戸隠行脚の楽しみの一つである。和山口さんの傍には明龍さんがべったり張り付いているので、なかなか直接のコミュニケーションが難しい。やがて夜も更けて、寝る人、風呂に入る人、酒を飲み続ける人、バラバラと散会しはじめる。いつまでも話していたいが明朝は早くに起きなければならない。山口さんが有志を募って鏡池の山向こうにある「不動尊」にガイドしてくれるというのだ。地元の人は車で帰宅。僕たちは歩いて部屋に戻り、眠った。




朝、六時十五分、本日も晴天なり。予定通り鏡池に向かって出発。山口さんと明龍さん、僕らは九名くらいだったと思うが・・・鏡池に到着。ここの朝の気配は素晴らしい。清冽な空気。池には戸隠山が逆さに聳える。僕は毎度の如く山を指さして自慢する、あの峰を登ったことを。すぐに、山口さんの法螺貝を合図に歩きだす。彼は法螺も吹く。山口・明龍組は健脚でどんどん先を行く。その後ろを頑張ってついていきながら、僕たちは、山口・明龍の早朝デートのダシであることに気づく。ビックリ僕たちだけのためなら、前夜遅くまで酒を飲んで、朝早くガイドするようなことは絶対にしないはずだ。まっ、乗ってしまった船だ。山口さんもたまには心の保養というか、興奮も必要だ。この予想は半分は冗談だが・・・





それでも、やっぱり山歩きは楽しい。音符不動尊の前で明龍さんが何か説明しながらお経を唱える。阿闍梨の真骨頂だ。今回阿闍梨さんのお経を計3回聞いたが、どうも軽さが気になった。阿闍梨の明龍さんについては東京に戻ってから気がついたことがある。舞踏奉納のとき、彼女がオープニングで踊ったことは前に記した。そして、彼女の踊りのスタートに前後してあの選挙宣伝カーの大音量が聞こえてきたことも書いた。そのときは、うるさいとしか思わなかったが、後で考えると、あの選挙カーの出現は彼女を象徴するものであった。僕たちは丸三日間戸隠にいたが、選挙カーの声を聞いたのはあの時だけだった。彼女の登場と選挙カーの出現は共時的である。そして、明龍さんの行動や振る舞いを観察していると選挙カーのようなPRをしていることに気づく。偶然とは隠された必然を暗示している出来事なのである。それこそ「神殿舞踏」のシャーマニックな一面を現わしている。僕には彼女がこの世を生きていくための戦術がわかってしまったたのである。なにも大げさに、わかってしまった、などと言うこともないのだが、自らの名において世に出ようとする人間はそのように見られるものなのだ。




お経が終わった後、山口さんはポットを取り出し自前のコーヒーを皆に配ってくれた。ガイドと行くとこういう気配りがある。コーヒーをいただきながらしばし休憩。岩肌に直接刻まれた不動尊はいつに彫られたかは定かでないが、この修行場で誰かがあの岩を見つめた時、そこに確かに不動明王を「見た」のであろう。


時の徴し(ときのしるし)-岩崖不動
岩崖に彫られたお不動様


岩にも木にも自然にはいろんなものが隠れている。実に面白い。人も同じ。いろんなものが隠れている・・・往きはヨイヨイ還りはコワイの逆でなんなく鏡池に帰還、宿に戻ってみんなと朝食。

その後は毎度のコース。昨晩、暗闇で車に詰め込んだ荷物の整理、中社社務所に寄ってお礼を述べ、火之御子社のお札を新しく買う。不思議なのだが、毎年この三日目に必ず禰宜のMさんとどこかで偶然に出くわす。Mさんは神社と交渉するときの窓口の人でいろいろとお世話になっている。そのMさんと今年も中社の駐車場で会った。昨日のナオライで飲み過ぎたのか、髪の毛もモシャモシャ、顔も眠たげだった。Mさんはナオライの時の雰囲気と通常時の対応がエラク変わる。この時も、こちらが何か粗相でもしたかなと思うくらいに素っ気ない対応である。一応のお礼を述べて、中社から火之御子社の掃除とお礼の挨拶、昨晩の賑わいが嘘のように「火之御子社」は普段の顔に戻っていた。こうして僕たちは年に一度夢を見に来るのだった。そして、掃除をしたお墓に行って御参りする。明龍さんがお経を唱えてくれた。ここで火之御子社に別れを告げ、さあ温泉だ。戸隠に唯一の「神告げ温泉」。お風呂僕らの日程はお盆休みあとなので温泉も空いてる。貸し切り状態でゆっくり身体を癒すことができる。そして、締めの蕎麦。おいしい昼食は「山口屋」。また、例によってゴロゴロさせてもらった後、僕らは山口さんのウインクするような笑顔に見送られ一路東京を目指したのであった。車


時の徴し(ときのしるし)-夕日


これが戸隠参詣、「火鏡」奉納神殿舞踏行脚のあらましであるおわり





もっと簡単に終わるだろうと思って書き始めた総括であるが、どうでもいいことで長々となってしまった。自分の中では興奮でも文字にすればこんなものだ。だが、不思議な高揚感に満ちた三日間の旅をもう一度みんなと共有したくて書けたのかなと思う。参加してくれた仲間はそれぞれに動機も楽しみ方も違うはずだ。初めての人、毎回参加している人、いずれにしろ戸隠のエネルギーは平等である。そのエネルギーに触れ、身体に異変をきたしたり内面が露わになる人もいる。僕はただこの戸隠詣がそれぞれの人にエネルギーの充電であったり、刷新であったり、何かしらの気づきとなってくれることを願うばかりだ。そして、この文章をもって改めて「神殿舞踏」の奉納に参加してくれたすべての人々と仲間の全員にありがとうを言いたいのである。


みなさん、ありがとうございました。

2009-09-02 10:33:46

戸隠参詣10

テーマ:神殿舞踏

話が横道に逸れた。語り部の終わりと同時に僕は再び舞台に出て踊った。踊っているときは夢中なので具体的にはよく覚えていないことが多いが、2・3のおぼろげな感覚は残っている。しかし、このときは鮮烈な感覚の瞬間があった。「そう!これ、これ!」と踊りながら思っていた。言葉にするのは難しいが、皮膚の外側にある空間がこの身体の厚みの中へせり込んでくる感じ。身体が空間に溶けていくのとは逆のプロセスで、僕は空間とピタッと(型が嵌ると言うより)内的(空間にも内容がある)に一致した感じがしたのである。特に胸を中心とした胴体部にその感覚はあった。前半部から感じていた足元の自然さと空間との柔らかな質的一致、僕は今回とても自由だった。昨年の「夕哭」では体調不良で足が浮腫んでしまい膝を折るのも辛かった。それとの比較で自由さを感じたのかもしれないが・・・それが、踊りの感想である。始まる前は??だったミュージシャンも実に雰囲気を飲み込んで僕をサポートしてくれた。ありがとう。


時の徴し(ときのしるし)-08火の御子
去年の火の御子社・鳥居

「火鏡」ではラストに演歌を流して締めた。火之御子社のようなロケーションには合うかもと、演歌は一度使ってみたかった。悪い評判は今のところ聞かないがどうであったろう。観客には昔の若者もいる。ホッとするよね、きっと。「かごめの街」で幕が下りた。簡単にお礼の挨拶、あまりにあっけなくて物足りなかった人もいて、来年はもう少し丁寧にやろうと思う。出演者が引ける間もなく、一斉に怒涛の後片付けに入る。僕は今年初めて観にに来た「長野市民新聞」の記者から取材を受けた。その新聞はまだ見ていない。送ると言ったのに・・・



時の徴し(ときのしるし)

五分にも満たない取材の後、僕は昨日のトラブルが好転して戸隠に来れた娘とその友達に会い感想を聞いた。娘は「よかった」とは言ったが、こちらに響く感想ではなかった。その中の一人は口もきけずに身体が震えていたが、どうしたのだろう?もうひとり、見知らぬ若い娘が僕に近寄ってきて、「実に面白かった」と感動の興奮をそのまま伝えてくれた。人は千差万別である。一人でも「感じて」くれる人がいたら、もう感謝感謝である。また観に来てくれるといいな。彼女とそそくさと別れた後は、急いで白粉を落とし片付けに加わる。その最中にアランや朝見さん、トモの音楽隊、語り部のナカさんにお礼を言い、別れた。お世辞なくみんな楽しんでくれたようだ。今回ほどいろんな意味で澱みのない開放されたさわやかな終了感はなかった。


時の徴し(ときのしるし)-新聞掲載記事
長野市民新聞~掲載記事











2009-09-01 10:42:10

戸隠参詣9

テーマ:神殿舞踏

僕が「神殿舞踏」と称して踊ることには一応の訳がある。それは、土方巽の暗黒舞踏や笠井叡の聖霊舞踏の向うを張って名付けたものではない。僕は宗教的な意味で「神」に憧れるものではないが、人々は事象にしろ感覚にしろ、日常性を逸脱したところに「神的なるもの」を見い出す。僕には奇跡信仰もないが、僕の人生や世のすべての人の人生は奇跡に彩られていると僕は認識している。森羅万象、すべてが奇跡である。では奇跡とは何か。僕にとって奇跡とは、「発見」と「驚き」と「不思議」である。そして、これに遭遇することのできる心身状態を「聖性」という。


時の徴し(ときのしるし)


「聖性」とは単に「俗なるもの」との対比によって見い出されるものではない。むしろ、徹底的に俗なるものの中に聖なるものを見い出していこうとする性質こそ「聖性」と呼ぶにふさわしい。俗なるものの一番手は、なんと言っても僕たちの「意識」である。古今東西「神的なるもの」を目指した者はこの「意識」と格闘してきたのである。そして、「意識」をあらゆる方法により鍛えた結果、どうしても辿りつかない、どうしても届かない領域があった。彼らは、それを「神」と呼んだのだ。全くもって手に負えない大いなる領域の自覚が「神」を生んだ。そういう意味で、全く手に負えない領域との接点が奇跡なのだ。


時の徴し(ときのしるし)-空

神殿とは「発見」と「驚き」と「不思議」が満ちたところである。奇跡が満ちるところ。それを想ったとき僕は、この社会を含めた外側の自然世界、そして、物質的に他と隔てられて存在するこの身体生命、さらに身体の深奥から発して身体の内外を縦横に行き来する精神活動場を三位一体の神殿と捉えることができたのである。要はこの世のあらゆるものが神殿となりうるのである。これは舞踏の稽古の時に啓示として戴いたものである。外部世界もこの身体も身体内部の魂的領域も神の住処であると。僕にぴったりする感覚で言うと、そこは「人さらいの風が吹くところ」、つまり、日常意識をさらってくれるところなのである。



時の徴し(ときのしるし)-西の日没


僕たちはすでに神秘的世界に棲んでいる。神秘的身体と魂で命している。神秘とは科学と矛盾する事柄ではない。むしろ科学が発達すればするほど生命自然界の神秘性が浮き上がってくる。神秘性とは汲めども尽きぬものとしてある。その感動と不思議を感知できないのは「人さらいの風」を拒否するこの「意識」なのだ。よって神殿舞踏とは「人さらいの風」を呼ぶものであり、「発見」と「驚き」と「不思議」の奇跡を招くものである。「意識」の変性を招く場作りと言ってもよい。






僕がこんなつもりで踊っているようには誰も見えないだろう。しかし、僕の方向性が一貫してシャーマニックな世界であったとしても、原点はいつでも、物やお金に代えられない気持ち、言葉でも表すことができない気持ちをどう差し出せるかがテーマなのである。この世にはいかんともしがたいことがある。そして人はいかんともしがたい気持ちをどこかにたずさえている。僕たちは、現代的価値観に自らを合わせすぎてしまった。そして、自分の中に思い出や感覚や想像を閉じ込めた部屋を作ってしまった。僕のシャーマニック・ジャーニーは震えと慄きをもって、失くしたその部屋の鍵を皆と共に捜す旅なのだ。


時の徴し(ときのしるし)











2009-08-31 11:21:14

戸隠参詣8

テーマ:神殿舞踏


闇から本殿正面の階段に美しき女性のシルエット、明龍さんだ。その前で忍者姿の山口さんとその相方二人の忍者演舞。鎖の先に火の玉をつけ振り回している。今回僕は「火鏡」というタイトルで、「火」をテーマにしている。その意を汲んで山口さんは火を扱う忍者の演舞をしてくれた。山口さんは地元の忍者愛好家たちのサークル?の一員でもあったのだ。いつも思うが、この場は「火之御子社」だけあって「火」がよく似合う。カルシファー舞台が土なので気兼ねなく火を使えるというのもある。今どき忍者の火焔の術などそう見れるものではない。 舞台の進行は照明との小さなタイミングのズレはあるが、リハーサルもしていないので、まあ良しとしよう。





が、この最中に予想だにしないことが起こった。眠りにつこうとする戸隠の夜の静寂を破るように選挙カーが突然現われた。ギャ 例によって大音量で名前を連呼している。候補者はどうやら女性だ。火之御子社はほぼ道路に面している。僕はそのもっとも近いところにいたことになる。「ああ、何でこのときに!・・・・」こういうときの時間感覚はとてつもなく長く感じる。火之御子社の鳥居の前で停車しているのではないかと思うくらいだMしかし、車はゆっくりでも走っていた。やがて声は小さくなって消えていった。見栄えのする肢体をお持優雅ちの明龍さんはに踊っている。気になっていたミュージシャンもとても初顔合わせとは思えないノリで演奏している。彼らは踊りのバックで演奏することさえ初めてだった。素晴らしい!!!





明龍さんと入れ替わりながら僕の出番だ。今回僕は、出し物が多いので前半に10分くらい、そして後半に20分ほど踊る予定になっている。五回目ともなると場に身体が馴染んだのか、足元の感覚が今までよりずっと自然に感じられる。 少し激しめに踊った後、カネモリ夫妻にバトンを渡す。今年もカネモリたちは夫婦で踊った。彼らは去年結婚したのだが、その式を戸隠神社でやろうと一時目論んだくらいに戸隠には思い入れが生まれていた。いろんな事情で、結局、明治神宮で挙式したのだが、魂のレベルでは、前回の踊りは彼らの結婚の儀であった。寿 そして今回は奥さんのアスカのお腹には新しい命が息づいている(例え、予想外のことだったとしても・・・・・)。 火之御子社は芸能の神でもあるが縁結びの神さまでもある。まことに霊験あらたかな社であることを彼らほど感じている者はいまい。宝




僕は楽屋に引いて次の出番を待っているので、彼らの踊りは見ていない。それが終わり(と言っても、舞台から去ることはない)、語り部さんの声がマイクから聞こえてきた。語り部というより真面目な朗読である。語り部のナカさんは大阪にいたらしいが、戸隠が気に入って近年?移り住んできたそうである。気持ちはわかる。 僕が語り部を山口さんに打診した時、彼が思い浮かべた人がナカさんだった。引っ込み思案のナカさんは舞台中央を避け、少し端でそれを読んだ。台本はこの日のために信州大学を退官した教授がわざわざ書き下ろしてくれた「火之御子社」の由来である。 なんとなくは知っていた古代神話の経緯であるが、ほんの少しでもあらためて聞くと新たな発見があるものである。 プレゼント





今回は裏に表にほんとにたくさんの人が関わっている。「神殿舞踏」ー小さな苗木が大地に根を下ろし、その根が四方に張り巡っていつか大樹へと成長するだろうか。双葉そのときそのときに「神殿舞踏」に関わる魂たちがその根となって力になっていく様は、それを信じさせてくれるものだ。誰もいない伊豆の山中で数人の仲間を連れて始まった「神殿舞踏」。夜は海風が吹きすさび、明かりは懐中電灯が数本。足袋の中に新聞紙を重ねて入れ、石ころだらけの上を震えながら漂流していたっけ・・・涙その仲間は今や太い根となり、いや「神殿」を支える大黒柱ともなって今日に至っている。


時の徴し(ときのしるし)












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