2009-12-31 21:06:51

第五章 女と家

テーマ:男を見限るまえに女が読む本

● 「隠れる」と「隠す」




カ  戦後、日本は頑張って物質的繁栄は手に入れた。しかしながら、東アジアの小国が経済大国と言われるほどになっても、なぜこんなに個人として誇れないのか、自信がないのか、不思議だよね。日本の国や日本人に対して否定的な論調が常にうまれる。




ケ  経済大国になったのは日本の男たちが頑張って働いてきたことの証だよね。それでも、成し遂げた事に対して個人的にはどこか全面肯定していないところがある。それは自分の意志と決断による選択行動の結果としてその成果を汲み取らないことと、成果に間違いが露呈した時、内部の要請による変革の仕方を知らないからだ。別の言い方をすれば、すべて「みんなと同じ」ように行動してきたからだ。農耕民族はみんなで助け合って共同体を維持しなければならないので「みんなと同じ」は当然でもある。しかし、個人の成長プロセスに置き換えてみると「みんなと同じがいい」と思えるのは子供の時期の感性だ。



カ  個人の成果が集団としての誇りに収斂してしまう。「おかげさまで」と自分の成果をへりくだる。



ケ  もちろん、自分ひとりの力ではなく、いろいろな人に支えられて成し遂げられたという理解は素晴らしいよね。それこそ「日本の心」だ。にしても、あまりに個を滅することが共同体への寄与であると思い込まされている。だから、個人の内面に発生する矛盾に自ら取り組もうとしない。まず「みんながよければそれがいちばんよい」としてしまう。僕は日本人ほど物事を考えるときに「みんなはどう思っているのだろうか」と、最初から全体とか集団のことを配慮して思考をする民族はいないと思っているんだが…。



カ  それだととてもそとづら外面がよくなるよね。情熱の根拠が「みんなのため」であれば結果がどうあれ許してしまう。「まあまあ」、「なあなあ」の世界だ。



ケ  僕自身ももれなくそうだけど、日本論や日本人論がこれほど好まれること自体、みんなが日本という集団のことを強く意識している証拠だよね。でも、それは決して政治体制としての「国家」意識じゃない。個を滅するというのは実際は「個を隠す」つまり「隠れる」ということでしょ。僕は日本人の集団化・組織化への偏向的性質は、変な話、互いに見張って、牽制し合っているからだと思う。もちろん、力を合わせて事に当たるとか、気配りに長けるとか他の利点を踏まえて言うんだが…。なぜ見張るかというと、逸脱するものを防ぐためじゃないかと。日本人は出しゃばることを嫌う、目立つことをあまりよしとしない。とてもおとなしい。なぜそれほどに和を強調するかというと、見つかるからだ。誰に?それはわからない。しかし、見つかるとまずいということを想像すると、僕たちの古い祖先は大陸から追われて逃げてきた人たちなんじゃないかと思う。共同体の和が乱れることに神経質になるにしても、僕たちはあまりに臆病で緊張感が強すぎる。



カ  日本人の祖先は大陸からの逃亡者?人類史の中では迫害が普通に行われていたわけだから、考えられないこともないが…



ケ  まあ、ひとつの比喩だけどね。逃げてきたか追い出されたか、とにかく人々は隠れた。日本は山が多いし、水と木が豊かだから隠れて生きるには最適でしょ。現代は「引きこもり」がいろいろ言われているけど、当初から日本の先住民は隠れて引きこもっていたんじゃないかな。それでも充分生きてゆけた。
古代から「籠る」ことで共同体の穢れを清めるようなこともしていて籠ることには馴染んでいた。



カ  子供の頃はよくかくれんぼして遊んだな(笑)。隠れていなければいけないということは、目立つ行動や新しいことを積極的にやれないね。一人のバカのおかげで全員が迷惑をこうむるから。 



ケ  日本社会はひとりの突出した行動に異常に神経質なところがある。ゆえに連帯責任が常識になっている。また、オリンピックや大舞台におけるスポーツ競技では精神面の弱さが指摘される。選手はたくさんの成功よりひとつの失敗がもたらすプレッシャーに過剰な緊張を強いられる。思うに、日本人の緊張感の強さは日常的に何かに恐れているためじゃないだろうか。それは、誰かに、或いは、何かに見つかる危険性に怯えているからじゃないのかな。その何かこそが集団の目なんだと思う。交番という見張所の発達もそういう一面がある。どれほど治安がよくても、同一民族でも、人に面と向かったときに緊張している。そんな極端な牽制し合いが、今では子供たちの間にも広がってしまった。



カ  仲間はずれはいやだから、どこかで妥協する。自分の納得より他人の視線や評価のほうが気になるからいつもみんなに合わせていく。緊張ばかりで新しい創造は生まれない。いつの間にか事なかれ主義になるね。



ケ  政治家や官僚・役人が典型だ。自分の任期が終わるまでは何事もなく済んで欲しいと思っているから、自らアイデアを出して働きかけていくことは絶対にしない。その体質は隠れ人と同じだ。



カ  一般の人も新しい芸術作品や人物が現れると、国内では見向きもしなかったくせに、海外で脚光を浴びると手の平を返したようにもてはやす。自分で決められない。オタク文化だってはじめは眉をしかめていた人もいつの間にか日本の自慢の種の一つに加えているよね。



ケ  国内から発信される新しいものはまず否定してかかる。これも、出っ張るものは排除しようとする性質からくる。なぜそんなに憶病なのかを考えるとね、やっぱり逃げてきた民族なんじゃないかと勘ぐっちゃう。異民族とぶつからないで逃亡したという比喩を使うと僕たちの精神構造の作られ方がとてもわかりやすい。その決定打は、逃げて隠れたはいいが、それが見事に成功したことなんだ。見つからないように作ったシステムは、結局、誰にも見つからないがゆえにとことん強化されてしまった。追いかけてきた者など誰もいなかったんだ。ただ、自分たちの外側に対する注意力だけが発達してしまった。やがて、隠れ家は山の陰という場所ではなく、母親の懐、母性という隠れ家に移行した。したがって母性から独立するのはとても勇気がいることになる。そのような形で心の性質は温存されていった。



カ  かくれんぼでもいつまでも鬼に見つからないと不安になる。見つかってしまうかもしれないという不安にいつまでも見つけてもらえない不安がプラスされたわけね。



ケ  対外的に憶病で緊張と不安の強い民族性には「隠れる」と「隠す」という習慣が張り付いている。外面が良いということは内面を隠していることで、日本人はそれを互いに探り合う。内面を隠してばかりいると自分でもほんとの内面がわからなくなってしまう



カ  ああ、それで「自分が何をしたいのかわからない」というクライアントがたくさんいるんだ。鬼などどこにもいないのに必死に隠れ、完璧に隠れたがゆえに窒息状態で苦しんでいる。自家中毒だ。



ケ  鬼にとって代わるものが世間の目(集団の目)だったんだ。



カ  なんとも抽象的なものを引っ張り出しちゃった。



ケ  そう、だから結局「みんなはこう思っているんじゃないかな」と、自分勝手に推測する癖がついた。自分を表明したり、行動する以前に、勝手な思い込みを投影する。評価の材料を提示する前から、ありもしない世間の非難を心配する。その無意識の反応傾向を理解しない限り僕たちの不安感が消えることはない。今、人々は社会が不安定だから不安になると思っているが、そればかりじゃない。不安は社会だけではなく僕たち日本人の根強い思考パターンが生みだしているんだ。世間の目というのは基準がありそうで実はない。各個人の推測を寄せ集めたところに怯えを加えて命を吹き込んでしまうんだ。



カ  省庁や企業の事件が発覚したとき必ず隠蔽体質が現われる。隠せば隠すほどボロが出てくる。最初から正直に告白するということをしない。



ケ  性懲りもなく最初はまるで手続きのように隠すよね。しかし、その「隠す」「隠れる」もネガティブなものばかりじゃない。「籠る」ことで男たちの集中力と技術は見事に磨かれた。さらに、話が大きくなっちゃうけど、日本的ということを考えた時、その特徴の一つに見えないものにたいする想像力がある。神社のご神体や秘仏などは隠しておく。枯山水のように水を置かないことで逆に水を想起させる。また、行間を読むとか間合いをはかるとか、「間」や「空」に対する意識が絶妙に繊細である。聖なるものはむやみやたらと姿を現さない。



カ  天皇も明治維新までは隠れていたと言えるんじゃない?



ケ  うん、そう思う。敗戦の後また隠れたけどね。そもそも、日本神話の始まりからして黄泉の国に隠れたイザナミノミコトを追いかけたり、天の岩戸に隠れたアマテラスを誘い出したりと「隠れる」歴史がある。僕は「隠れる」と「隠す」が心理的なところで日本の母性という集合的無意識と密接につながっていると思う。男が隠れても誰も追いかけやしない。「家」や外面とか建前、責任の問題も母子の癒着も引きこもりも集団傾向も天皇制も主張の仕方もどこかで「隠れる」と「隠す」に通じている。そして、そこに発生した膠着状態こそが日本のジレンマの正体ではないのだろうか。









2009-12-26 22:49:33

第五章 女と家

テーマ:男を見限るまえに女が読む本

● 母性という妖術



ケ  それとね、天皇制が女性的な雰囲気がするのは天照皇大神や卑弥呼の神話もそうだけど、やはり女性シャーマンの流れがある。農耕における恵みは自然気候に左右される。山川から草木にいたるまで神が宿るとする自然崇拝は穀物の収穫を祈願したもので、シャーマンは自然や人々のエネルギーを逐次刷新していく儀礼や祭礼の指導的役割を担った。教義らしい教義のない神道の神通力は当初はシャーマン的な力を顕現させていたはずで、天皇家の発祥は女性シャーマン、すなわち巫女の力からだったと思う。聖徳太子がつくったといわれる「夢殿」はまさにシャーマンの夢見の部屋のことでしょ。




カ  女性シャーマンや農耕や自然崇拝などの背景があって母性的な皇室を形作っていったと…



ケ  全くではないが、教義がないということは言語的思想がないということでしょ。思想や論理は男性的エネルギーで女性エネルギーは身体や形にして見せる。実体として見せる。子宮の中で胎児を人間の形にしていくプロセスはその典型だ。女性はかつて嫁が姑の実力を見て驚いたように、言葉ではなく関係の在り方として見せつけるんだ。聖徳太子の「和をもって・・・」云々は母親が兄弟みんな仲良くしなさいというのと同じで、「家」の形を、つまり共同体の形を説いたんだ。



カ  日本最初の大権力の後ろ盾として女シャーマンがいたわけね。天皇家はシャーマン一族だったと…。



ケ  戦闘部隊よりその巫女的力を継承して理屈抜きのパワーや奇跡を見せたのかもしれない。当時は戦いより収穫のほうが大切だったんじゃないのかな。それだけ農耕技術が未熟で収穫が不安定だった。自然崇拝の儀礼を司る一族はもっとも重要だった。



カ  それであまり好戦的な感じがしないのかな。



ケ  戦いで相手をねじ伏せるというより、豊穣を願う神との交信の儀礼化や、情報戦略に長けていた。遣隋使や遣唐使を送っていち早く外来の文化を取り入れたことなどにそれが感じられる。それと土着の信仰と自分たちの家系(氏神)を神道にうまく昇華させながら、且つ、仏教と「習合」させて大規模な宗教対立を起こさせなかった。国の造られ方に男性的なエネルギーをあまり感じない。



カ  宗教対立を起こさなかったことは大きいね。当時は宗教を握ったものが国を制するわけだから、対立していたら大変なことが起きていた。天皇家が取り入れた情報は主に宗教情報だったのかもしれない。



ケ  日本の風土もそれほど戦闘的じゃない。風土自体がとても繊細で四季折々絶妙に変化する。時の流れに合わせて変化する女性特有の変幻性に相似していなくもないでしょう。そういう自然観を大事にしてうまく取り込んだ。



カ  日本では国を「国家」というよね。



ケ  「国」=「家」と仮定すると、天皇制は「国」の母性で時の政権は皆息子達(父親を兼ねる)。そして、最終的に母親(天皇)の責任(国家の継続)は、形はどうあれ果たされていく。



カ  日本はつい最近まで企業も家族と同一視した雇用形態をとってきた。終身雇用というのは、母親の息子に対する面倒見の構図と同じだね。



ケ  僕たち日本男子の依存癖はそういった二千年来の民族的風土と絡み合っている。また、宗教者のすごいところは絶対に自分たちが悪かったとは言わない。端から責任の埒外にいる。そういうところからも天皇家が自然崇拝を司る宗教的な家柄であることが推測できる。



カ  つまり、日本ほど母性的なエネルギーで成り立っている国はないということね。わかった!雅子さまは日本的母性を継承する女性のタイプではないんだ。彼女は「家の存続」や「男の子」にリアリティを感じていない。無意識レベルでは大切なことだと思っていないんじゃないかな。それでいて二千年のプレッシャーを背負い込んでいる。病気になるのも無理はないね。



ケ  天皇家は言葉や武力で日本を支配してきたわけではなく、その母系の形で範を示した。天皇個人が人格モデルにならなくても天皇家が日本の「家」のモデルになった。日本は皇室も一般家庭も会社も農耕型シャーマン的母性のエネルギーが満ち満ちている。だから、あのような歌詞の国歌(血統の歌)が許された。国旗の「日の丸」を見ると女性の生理を想像してしまう人もいる。国旗まで女性的だ。太陽の裏に「血」を滲ませている。



カ  日本の「家」の要として天皇制があって、その「家」を象徴する母性に去勢された形で息子たちが存在しているとなると、天皇制が崩壊しない限り男たちの自立は無理なのかな。



ケ  天皇制についてはいろんな角度から考えられると思うけど、どのような論よりもまず、自分たちに母性という妖術がどれほど巧妙に仕掛けられているかということを、男性自身が自覚し実感することが大事だと思う。



カ  象徴となった天皇制はもはや政治体制でもない。さらに日本は宗教国家でもない。では一体何を象徴しているのかを考えろと…



ケ  ここのところ加速度的に競争社会に突入していったのを、時代の流れだから仕方がないという見方で納得している人が多いかもしれないが、僕は日本人が競争社会に参入するに当たって心得ておかなければならないことを理解しているのだろうかという疑問がある。それは競争社会というのは徹底した父権的社会であるということだ。そこにはこれまでのような母性の擁護はない。余談だが、今の競争社会を推し進めたのは小泉元首相でしょ。彼は早い時期に離婚をしていて公には女性の影がちらついていなかったよね。とても父権的な人物だった。彼を介した容赦のない競争が不安と恐れを生み出す工場となり、すでにそれは新たな格差社会となって姿を現した。日本の男性はタブーに触れるのを恐れ、男として成長を果たすために一度くぐらなければならない試練を放棄して競争社会が生み出す諸問題にシフトしてしまった。



カ  男として成長するための試練とは?



ケ  僕たちは内面の問題としても、社会的な問題としても天皇制のことを本格的に考えたことがない。つい数十年前、三百万人の若者が何も知らずして「天皇陛下万歳」と叫び、まったく同じ意味で「お母さん!」を呼びながら死に赴いた。だが、やっぱり天皇は責任をとらなかった。今は神でも人間でもなく象徴。これほど不思議なものを僕たちは無条件にいただいている。それがどのように自分たちの精神性とつながっているのか。



カ  そういうことは過去のことでもう済んだことになっている。時代の波に乗り遅れまいとみんながただ焦っている。



ケ  全員が勝ち方だけインプットする。ほとんどが負ける仕組みなのに。負けて立ち上がる精神をどこで鍛えるの?ということになる。



カ  タブーに触れるというのは天皇制のことなの?でも、天皇制の話ほど普通の会話に乗せるのが難しいものはないよね。対相手と不思議な感覚の関係になる。



ケ  天皇が絶大なる権力を持っているならば話はもっと簡単なんだが…。天皇制を消滅させることが男たちをゼロから作り直す最大の機会になることは確かだけど、それだと日本国を消すことになる。二千年以上の歴史を閉じること、そんなもったいない話もない。歴代の権力者と同じ悩みだ。天皇はつねに誰も手を出すことができない権威の懐におわしまする。その権威は対外的に日本の誇りである。権威に責任は発生しない。僕たちは一般に、天皇について考えようとすると、思考そのものが天皇制のドグマでできていることに気づく。それは誇れるものと、自己の確立を邪魔するものが同じ起源であるというドグマなんだ。立ち往生してしまう。それを僕は天皇マジックと呼んでいるんだけどね。



カ  個人の中で感覚と思考が分裂したまま一つであり続ける形だね。



ケ  「心の中の天皇制」男たちはそれを互いに語らないといけない。母親にいかにやられたかを。そこで、母親が自分に示した愛情の数々によって、自分がどれほどの腑抜けになってしまったかがわかる。天皇制の是非の論議はそこをしっかりと押さえてからの話だと僕は思う。



カ  天皇制も母親についても理屈だけでは語れない。あまりに自分と同一化しているから天皇制や母親を否定すれば自己否定に行きつくし、肯定すればそれらの権威の下で自己変革ができない。語ろうとすると形容しがたいもどかしさというか、すぐに自分に跳ね返ってくる。



ケ  それは生存の根っこにあって解決不可能の絡み合いになっている。正直言って、日本の自信のなさの起源はそこにあると思う。触れたくないことの一つだ。



カ  日本では一般会話の中で宗教の事を話題にするのもタブーというか、憚るところがある。



ケ  そうだね。天皇の事も宗教の事も母親の事も話すとなるとどこか構えてしまう。同じ心情の仲間か信頼できる友人以外とは話さない。天皇については民衆のリーダーとしての経緯がよくわからない。どちらかと言うと神の側についている。殿上人は民衆に後ろ向きだ。日本人はお上に弱いが、天皇というリーダーははじめから民衆の手の届かないところにいた。顔を見てもいけないし、口の出しようもなかった。



カ  もし、天皇がシャーマンだとして、神官がお伺いをたてたら普通それを民衆に示すでしょう。



ケ  天皇はそれをしなかった。つまり民衆に言葉を示さなかった。言葉にしたとたん必ず反論が発生するからね。スタイルで表わした。言葉にすれば善悪勝負になってしまう。正しいか間違いかのね。天皇はそれを回避した。



カ  言葉は外来の仏教に預けたね。そこに聖徳太子が登場して神仏を混ぜちゃった。



ケ  二千年近くも天皇家が八百万の神という自然崇拝を根本にする教義のない宗教から一歩も出なかったことは特筆に値する。自らを表に出さないことが天皇家存続の秘術だった。天皇家は「隠れる」ことで「家」を守る。だから、国家神道の顔として出てきた明治から昭和にかけてが最大の危機だった。明治では戦争に勝ったからよかったようなもので危ない橋を渡った。



カ  昭和の敗戦はもっと危なかった。  



ケ  基本的に天皇家が神の系譜であるとするのは後付けの論だから話がややこしい。それでも、僕たちが天皇や宗教を論じにくいというのははじまりに言葉がなかったからじゃないかな。僕たちには現世利益を祈る習慣はあっても神について思考する習慣がない。それは天皇について思考する習慣がないということだ



カ  それも女性的な印象を受けるね。



ケ  そうした流れは新興宗教に対する妙な拒否感(触れ方に困る)にも通じる。加えて決定的なのは、敗戦のトラウマによって神や天皇に対して徹底的に黙した時期があって、この間に僕らは心の中の核心部分を腐らせた。天皇論議は難しい。ただ言えることは、天皇を崇拝している人達は母親に去勢された息子であることを公然と示している。彼らはよく威張る。そして天皇を崇拝する人たちに顔をしかめる他の人たちは去勢されたままさ迷い漂流している。



カ  権威をかさに着ると威張れる。



ケ  権威の下だと巨大な母親がついているようなものだから個としても安心だよね。守ればいいだけだからね。保守の側はどうしても威張っているでしょ。それを自立として勘違いしている人もいる。しかし、天皇は神の使いだけあって自我的な個を滅することが権威そのものになるという秘密を知っていた。



カ  面白いアイロニーだね。天皇自身は威張る感性からもっともかけ離れた人格を示す存在で、それを奉る人々(例えば右翼)がもっとも威張る人格を示すというわけか。それにしても天皇はよくあそこまで抽象化したね。人格を消した。



ケ  だから、天皇陛下になりたいという夢を持つ少年はいない。(笑)



カ  これまでの日本男児の物語は結局母親(天皇)を奉り、妻や子供たち(民衆)には威張らないと男としての威厳が保てない男たちの話となるね。天皇家のように見えない母性の庇護の下で去勢された男たちの父権社会が存続してきたということね。それがおおよその「日本の気配」だと…。













2009-12-23 11:35:52

第五章 女と家

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● 母性の象徴 


ケ  僕は甘ったれの無責任さを母親と息子の癒着関係に見てきたが、その構図はまさに日本という国の特徴になっていると思う。ちょっと考えてみて欲しいんだけど、日本の看板である天皇制というのはとても女性的というか母性的な制度だと思わない?



カ  というと?



ケ  天皇は日本国の象徴である。象徴ということは、国民とは直接的な関係を持たずに、実は民族の集合的な無意識の姿を現しているということでしょ。その民族の象徴がなぜ母性的かというと、天皇家にとって最大の関心事は男子直系のお世継ぎが生まれることだ。



カ  世のおば様たちはその手のお話に興味津々で、もういろんな噂が耳に入ってくる。皇室を支えているのは彼女たちか、と思うくらいだね。



ケ  万世一系というのは「家」=「血統」を永久に存続させることだ。天皇個人の意思や自由など重要視していない。それは家系に執着し「家」を仕切る母親のあり方だ。



カ  そういえば、天皇家の神様は天照皇大神で女神だ。僕の実家も正月には必ず床の間に天照皇大神の掛け軸を飾る。



ケ  それがいつからの風習かはわからないけどね。とにかく女性の結婚は「嫁ぐ」こと。女偏に家だ。それは平たく言えば、女性は単身でよそ様の「家」を乗っ取りにいくみたいなものだよね。しきたりの違いや姑や小姑との確執、数々の困難を乗り越えながら自分の色に染め上げていく。そうやって自分の分身(息子)に家を継がせていく。いわば、世をつなげていく。それは生命を産む母の役割とした。僕は天照皇大神は母性の力を示していたのではないかと思う。



カ  日本庶民の「家」は天皇家のミニチュア版であったと…。家の存亡の鍵は女性が握っていたというわけね。日本の一般家庭のマザコン構造は、実は天皇家が照射された形だったんだ。凄いね、天皇家は。そこまで民族の無意識にもぐりこんだ。



ケ  皇室に嫁いだ女性が自分の名を残すことより、あくまで「家」の継承に心血を注ぐ存在であったということが一般と同じだ。わかりにくくさせているのは、「家」の形が完成していた天皇家において、嫁いだ女性の役割は男の子を産むことのみであったから、一般の「家」のように母親個人の色合いに染めることができなかったということだ。でも、天皇になる人の母親であるということで相当の権力はあったと想像できる。歴史とか天皇制とか、あまりに大き過ぎて見えにくい事柄というのは、とても近すぎて判りづらいところに映し出される。僕たちは歴史というとどうしても男たちが作ってきたもののようなイメージがあるが、そういう男たちの感性を育て上げるのに母親のエネルギーがどれほど関与したかを想像しない。日本においてはそれがとても分りにくい。つまり、天皇制は僕たちの無意識的な領域に血肉化されていると思うんだ。天皇制は母性のエネルギーを見事に活用したシステムである。そして血肉化された領域というのはタブーの領域となる。



カ  とすると、雅子さまはタブーの領域に嫁いだことになる。厳しいね。皇太子の嫁になることは息子を生むことが至上命令なわけだから、皇室の存亡の責任を負うことになる。皇室の最大の関心事は世継ぎのことで、みんなそればかりを考えている。早い話、セックスのことだよね。雅子さまが皇室に入ってみたら何のことはない、周りの皆はセックスのことしか頭にない。非日常に生きる貴族たちの日常がそういうことなんだね。雅子さまの資質を活かしてあげようなんて人はいないのかね。本当に気の毒だね。外交官になりたい人だったんだよ、あの人。



ケ  象徴とは人間の原点(精子と卵子の結合)セックスのことであった。考えさせられるね。皇室の存続は女性が男子を生むことにかかるが、母親としての責任はそこまでで息子をどういう人間に育てていくかは母親の責任ではない。



カ  それを破ったのが美智子皇后だ。彼女は自分でも手をかけた。



ケ  しかし、皇族の構造上息子たちが個として自立した形では育たない。天皇という個人と国は一緒で、国が栄えていれば個人は完全に認められてしまう仕組みになっている。   天皇家は初期の頃から曽我氏をはじめとする武装勢力の力添えで成り立っていた。平安期からは国の舵取りを他の権力に任せてあまりパワートリップ(武力抗争)をしていない。そのことも女性的だ。そして、女性的であるがゆえに責任を負うことのできる息子(歴代の天皇)を作れなかったんだ



カ  母性に去勢されてしまうのね。



ケ  個としての息子は頼りにならない。したがって、敵に対抗して力を持つと天皇家そのものが危うくなるから権威だけを守って、権力は新興勢力に譲っていく。今と同じで国のシステムは変えずに政権の交代だけが繰り返されてきた。権威を利用させて家系の存続だけを図ってきた。歴史の記述はいろんな年代で○○天皇がなにしたとかこまごまあるけど、結果としての大筋は母性的家系の看板息子たちの歴史だと理解できる。僕は天皇家の個人的な女性の力のことを言っているのではない。こういう大きな流れは、天皇家であろうが征夷大将軍であろうが、個人の計らいではない。必然としてそうなった。大昔から天皇家は象徴みたいなものだ。天皇家という王室の形、構造、システムが母性エネルギーを基盤にしている。それは、日本という国の在り方「母性的な家系を存続させること」の象徴なんだ。皇室や右翼系の人の男子直系へのこだわりは日本的母性を死守しようとする姿勢そのものである。表面的には逆に見えるが、日本の父権性というのは母性の支えがあってこそのことだ。



カ  よその国から襲われたらまず天皇家は亡んでいた。



ケ  日本はもともとこれといった資源がないことが幸いした。辺境の地で外国からすると魅力がない国だ。そのぶん侵略を免れた。蒙古襲来くらいだよね、襲われたのは。それを除けば国内の勢力との戦いでしょう。天皇家はうまく立ち回ったと思う。所詮、武士や大名は田舎の成り上がりで、権力は持てても権威は持てない。権威は伝統の上に成り立つから、それを全部破壊したところに新しい文化を立ち上げていくことは田舎侍には無理でしょう。「畏れ多くも…」なんて言葉があるくらいだ。武士たちは天皇個人に対しては端から信じていなくて島流しなどもやっているけど家は潰さない。その権威を自分たちの後ろ盾として利用した。



カ  天皇家はいちばん最初に神話を作っちゃったからね。日本の国を造った家柄を絶つのは、自分を生み育てた「家」=「日本国」を潰すことになる。それは、先祖殺し、親殺しということになるね。特に、母親は殺せないよね。そうすると、天下統一を目指した武士や大名たちは天皇家という母なる家の息子たちという関係になってしまうね。



ケ  日本の内戦は征服という概念じゃなく統一だ。それは兄弟喧嘩みたいなものだ。敗戦後の政権は実質的にアメリカの傀儡政権だ。アメリカは見事に母なる家の息子になりすましたね。敢えて天皇家を潰さずに政権だけを、つまり、じつ実を取った。日本の国の統治の仕方を踏襲したんだ。



カ  アメリカは日本の国を支えているのは母性だと見抜いたのかな。それだけは温存した。



ケ  そのほうが自由に振舞うことができるからね。敗戦の責任を天皇がとらなかったということは、天皇の使命(もちろん天皇個人の一存ではない)が国を変えるということにないからだ。とにかく国(天皇制)が存続することにのみ意味があると考えている証拠である。貴族政治であろうが、武家政治であろうが、議会政治であろうが皇室(王家)としてあり続けることが唯一の目的である。それがあたかも国全体の総意として承認されうるところに日本という国の呪縛がある。











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