公務員のことを公僕ということがある。


  「僕」には、一人称代名詞のほかに、しもべ・召使、御者などの意味があるが、この場合の「僕」とは、しもべ・召使の意とされる。


 このことから、公僕の解説に「公衆に奉仕するしもべ。」などと解説してある漢和辞典がある。


 このような漢和辞典のひとつで、公衆の解説を見てみると、「社会の人々。一般の人々。民衆。」とある。


 このような解説をしている辞書があるから、「公務員は、公僕なんだから、公衆の一人である俺の言うことを聞かないといけないし、俺のために奉仕しろ。」などというとんでもない人が出てくるのである。


 漢和辞典(国語辞典もだが)などは、漢字の字義のみの解説に終わってしまっているから問題があるのである。


 この場合の公僕という使い方は、この逆に「社会の人々一人一人の利益のためではなく、公共の利益と福利のしもべとして働く」という意味だということをきちんと解説すべきである。




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  「ジテンフェチの漢字Blog」のために書いたことだが、このブログにこられた方にも役立つかと思い、全文をそのまま転記する。



  「日本語を読むための漢字辞典」のコンテンツ「国字の定義」で次のように書き、「Wikipedia」の「国字」でもほぼ同様なことを書いた。



 しかし、この内容は、国字の定義としてやや広義に属する定義で、「やや広義の国字の定義」とでも断る必要があるかと思う。いずれかで私の定義したものを見られた方には、ダブってしまうが、範を厭わず全文を示す。


国字(こくじ)という用語は、次の4つ、細分化すれば6つの場合に使われる。


1. その国の国語表記に用いられている文字の総体。
日本の場合は、漢字のほかに、ひらがな・カタカナ・ローマ字などを含む。国家が公式に認めている文字か否かは関係がない(日本の場合、国が定めているものは常用漢字・人名用漢字・JIS漢字など一部にすぎない)。「国語国字問題」・「ローマ字国字論」などと使う。


2. 漢字に倣って中国以外の国で作られた漢字体の文字。
広義では方言文字・職域文字・個人文字や仮名合字も含む。学者によって定義・解釈が異なり、調査が不十分であるなどの理由から、国字とされる文字にも疑義がある場合が多く、逆に猟渉が不十分なため漏れた文字も多い。


ア)日本で、漢字に倣って作られた文字。
 峠(とうげ)・榊(さかき)・畑(はたけ)・辻(つじ)など古く作られたものと、西洋文明の影響で近代に作られた膵(スイ)・腺(セン)・瓩(キログラム)などがある。主に訓のみであるが、働(はたらく・ドウ)のように音があるものもあり、鋲(ビョウ)・鱇(コウ)など音のみしかないものもある。会意に倣って作られることが多い。和字・倭字・皇朝造字・和製漢字などとも呼ばれる。
 中国などにあることを知らずに作ったと考えられる文字〔「俥(くるま・じんりきしゃ)」・「閖(ゆり・しなたりくぼ)」・「鯏(あさり)」など〕や漢字に新たな意味を追加したもの〔「森(もり)」・「椿(つばき)」・「沖(おき)」など〕は、国字とは呼ばず、その訓に着目して 国訓と呼ばれる。
中国などで意味が失われているもの〔「雫(しずく)」など〕は、中国などで失われた意味が日本に残った可能性も否定できず、国訓ともいえない。国訓のある文字に着目して、国訓字と呼ばれることもあるが、一般的ではない。
〔「鱈(たら)」など〕のように中国に輸出されて定着した国字もある。〔「鰮(いわし)」・「鱚(きす)」など〕のように、中国においても漢字本来の意味で使われず、日本で使われる意味を輸入した文字もあるが、これらの文字は、漢字本来の意味が別にあるため、国字ではない。
『和製漢字の辞典』や『和製漢字の小辞典』で使っている国字はこの意味である。


イ)日本以外でも日本の場合と同様に、朝鮮国字・字喃(ベトナム国字)が作られている。
 日本の国字と異なり、主に形声に倣って作られている。朝鮮国字の場合、構成要素に漢字の他、ハングルが使われる。日本同様に漢字に意味を追加したものを朝鮮では国義字といい、音を追加したものを国音字と呼ぶ。
(参考)女真文字・西夏文字・契丹文字も漢字に倣って作られたが、その民族の国家が滅亡して長期間が経過したためか、国字とは呼ばれない。壮族の作った古壮字も漢字に倣ったものであるが、中国の一少数民族であるためか、国字とは呼ばれない。


3. 次のように漢字仮名交じりにすること。

ア)漢文を、日本文で漢字仮名交じりにして平易に説明する。
 普通「漢籍国字解」という。この「漢籍」の部分に題名を入れることもある。


イ)キリシタン版のローマ字を漢字仮名交じりにする。
 「ローマ字本」に対して「国字本」という。国字の前に題名を入れることもある。


4. 2以外の方法で作られた日本の仮名や朝鮮のハングルのことを指す。



 ここで、やや広義の国字としたのは、当然2アの部分のことであり、一見すると、なんら問題ないかのごとき印象を受けるかもしれない。


 しかし、この定義だけでは、本来の国字と異体字のうち日本でできたものの区別ができない。

 異体字とは、形音義のうち、音義は同じで形のみ違うものであるから、この区別をつけるため、次の定義を付け加える。


 日本でできた漢字体の文字のうち、形のみ違い、音義が同じものは、国字とせず仮に和製異体字と名づける。


 それ以外の形および読みが異なる(意味のみ同じ)ものもしくは形および意味が異なる(読みのみ同じ)ものを国字と定義する。


 読みに関しては、訓読みのみで漢字に対する音読みがないものも読みが異なるとする。


 以上の定義により、単に日本でできただけの異体字を国字と分離することができる。


 なお、人名・地名などにのみ使われる文字で、その位相が非常に狭い文字を国字と区分することもできるが、誤字の範疇に属するもの以外は、国字の範疇から排除し国字の定義をより狭くするということは、ここでは止めておく。




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 聞いただけでは、逆の意味に取りかねない四字熟語だ。


 「排外主義」と「拝外主義」がある。


 前者は、江戸時代の末期に起こった思想が有名で、「尊皇攘夷」もその思想のひとつで、外国の思想・文物などすべて排斥しようとするものだ。


 後者は、明治初期の文明開化の時期に起こったものが有名で、廃仏毀釈などそれまで日本にあったものを無価値として、打ち捨て、西洋文明など外国の思想や文物は、何でもすばらしいと、崇めることである。



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 よく言われることわざだが、今の私の状態といえる。


 辞書の原稿および改訂の提案だけで2つになるというのに、主なブログだけで4つある。


 ホームページの掲示板の回答もほっておくわけにはいかない。


 二兎を追うどころか、いくつ追いかけているのか、まったくどれも中途半端で笑われてしまいそうである。



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〔133〕駑馬十駕

テーマ:

 「どばじゅうが」と読む。出典は、『荀子』。


 歩みがのろく劣った馬でも、十日かかれば優れた馬が1日分行くだけは、進めるということ。転じて、才能のないものでも努力すれば、賢者にも及ぶことができるということ。


 このブログの作者も駑馬十駕の思いで、『和製漢字の辞典』を作り上げた。



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〔132〕飽食終日

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 「ほうしょくしゅうじつ」と読む。出典は、『論語』。


 飽きるほど食べるだけで、何をするでもなく、無為に過ごすこと。


 それでなくても、飽食の世界に生きているわれわれは、飽食終日というような生活をしていると、各種の生活習慣病にかかる可能性が高まってくる。


 無為徒食も、ほとんど同じ意味である。


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 「追い求め」また「追い極め」、何かを目指して努力するということには、違いないので、なかなか難しい。


 「追求」は、「利益」のような具体的・俗世間的なものかと思えば、「幸福」のように俗世間的であっても、必ずしも具体的なものと限らないものも対象になる。


 「追究」は、「美」とか「真理」のような抽象的な、また理想的なものかと思えば、「原因の追究」のように抽象的な場合もあるが、具体的な場合もあるものも含まれる。


 どちらか分からなければ、「追求」にすれば良いと書いてあるものもある。


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〔130〕浅学菲才

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 「浅学非才」とも書き、「せんがくひさい」と読む。

 「学問が浅く、才能もない」と謙遜して言う言葉。


 謙遜するまでもなく、学問も才能もない、このブログの管理人などは、使ってはいけない言葉である。


 その道の大家が、まだまだ研究途上で、このようなものは、本来なら公開するべきものではないのだがと、謙遜しながら研究成果を公開したり、著書を出したりするときに使う言葉である。


 断るまでもなく、浅学非才な素人が使えば、不遜だと思われない。



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〔129〕酔生夢死

テーマ:
 「すいせいむし」と読む。

 酒に酔った時のほろ酔い気分のような夢見ごこちで一生を終えるという意味から、有意義なことは何もせず、無駄に一生を過ごしてしまうこと。


 このブログの管理者はもちろん、ほとんどの人が、酔生夢死といわれるような一生を送ったと気がつくのは、命の火が燃え尽きんとするときであろう。


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〔128〕和氏之璧

テーマ:
 「かしのへき」と読む。

 この世にめったにないほどの、宝石のこと。転じて、宝物一般の中の特に優れたもの。


 何の世界でも玉石混交なのはあたりまえであるが、ブログの世界では、「和氏之璧」と言えるほどのものを見たことがない。


 ところで、このような「○○之○」式のものを四字熟語だと思われますか。


 『大修館四字熟語辞典』では、四字熟語としながら、この形式のものを載せないとしています。


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