「いっしょうこうなりてばんこつかる」と読む。


 一軍の将や武将が名を挙げる影で、その兵が万人も死んでいるということ。


 民主主義の世の中に「一将功なりて万骨枯る」などということは無いように思うかもしれないが、名をあげる人がいる影には、たくさんの人が挫折し、夢を失い、闇に消えていくということは、どんな世界でも世の習いである。


 いわゆる勝ち組に対して負け組は、何桁も多いのだからあたりまえである。ただ、何が勝ち組で、何が負け組かは、人それぞれ考えることは異なるであろう。


 人がどう思おうと、自分さえきちんと自己のよるべき立場を確立していれば、負け組とまで思う必要はないだろう。



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〔105〕温ねる

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 これがすぐ読める人は、それ相当の漢字オタクじゃないでしょうか。


 「温故知新」に使われているというヒントを出されれば、「故きを温ねて新しきを知る」だから「たずねる」だとわかるでしょう。


 しかし普通には、「古きを尋ねる」と書けばいいのであって、読めなくても恥にはなりません。


 「たずねる」と読む字には、「訪ねる・訊ねる」もありますが、「訪ねる」は、「訪問する」という意味の場合に使い、その他の場合は、「温故知新」を訓読するといった特殊な場合を除けば、「尋ねる」を使ったので問題ありません。



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 人に者を教えるには、調べたり自分の知識を整理したりして、半ば学びなおすことと同じであり、自分のためにもなるということ。


 もっとも、私の場合、半ばでなく、9割方そうであるといえるのだが。



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 「弱冠15歳で金メダル獲得」とか「弱冠19歳で芥川賞受賞」などという表現を見ると、目くじらを立てる人がいる。


 確かに「弱冠」とは、周代の儀礼で、20歳になると冠をかぶって成人する式を行うことから、『礼記』に「弱冠とは20歳のこと」とある。


 ただ、現代の用法では、「20歳」のことを「弱冠(じゃっかん)」と呼んだりしない。最初に取り上げたように、想定される年齢より若くなんらかを成し遂げること。



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〔102〕無知蒙昧

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 「むちもうまい」と読む。

 道理に暗く、知識もあまりないこと。「無芸大食」であれば、大食い界のカリスマにもなれるが、このブログの著者のように「無知蒙昧」であれば、何のつぶしも利かない。


 何か一芸に秀でていればいいのだが、そうでないため、2つ3つと組み合わせた題名をつけた挙句に、関連性のないテーマもやっている。



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〔101〕冑を脱ぐ

 「かぶとをぬぐ」と読む。


 相手に負けたことを認めて、降参することだが、漢字関係のブログに私が冑を脱ぐという気になるようなものがないのが残念である。


 先日立ち上げた「語源・字源俗解の辞典」は、かの有名な「語源ブログ」が名は体を表していないが残念ではじめたものだが、リンクや検索を解析する機能がついているJUGEMでのブログなので見てみたが、関係ブログにもたいしたものがなくがっかりしているところである。


 こんなすごいのがあるぞと教えていただければ幸いである。



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〔100〕正字とは何か

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 正字とはというと、特に自分は漢字に詳しいと思っている人ほど康煕字典体という判断をしかねない。


 しかし、なぜ康煕字典が権威をもったのか、なぜ康煕字典体が正字といわれる時代が続いたのかということ、正字とその他の字を分ける必要がなぜ出来たのかを考える人が意外なほどに少ない。


 結論から言うと、正字の存在意義は次の3つである。まず、官吏登用試験のため。次に碑文など構成に公式に残すものに使う漢字の形を確定するため。そして、元首や国の威厳を保つためである。


 これからすると、正字とは、国が正字として認めたものであるということがわかる。


 日本の場合、常用漢字・人名用漢字が第一で、それ以外の漢字の中では、康煕字典や漢和辞典に正字とある文字。そして国字。これが法務省の正式見解をわかりやすくしたものである。



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 龍が4つ組み合わさった字は、最大画数の漢字はという話題でよく出てくる64画の「多弁な」という意味の漢字ですが、この話題以外で使われているのを見たことがありません。


 この字は、『漢語大字典』によると、「龍」の下に「言」という字と同じ意味だということです。


 後者は、23画ですから、41画も多い64画の字が使われる可能性は、まずありませんよね。



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 私の考えからすると、部首引きが基本で、総画索引、音訓索引もついている多くの漢和辞典がとっている形式が便利だと思うが、大修館の何種類かの漢和辞典がやっているように熟語索引が別途ついているのも便利であると思っている。


 中には、国語辞典式に50音引きの方が便利だと思う人もあるだろう。それはそれでいいが、読めない漢字を検索する必要も考えて、必ず熟語索引もついているタイプを選ぶべきである。


 ただ、各個人どちらかであると思うが、「部首の話」という新書本をかかれている有名な漢字学者は、この本の中で「漢和辞典は、読めない漢字を読むのが目的であることが多いので部首引きを覚えるべき」として50音引きの漢和辞典の存在を考慮していない。


 ところが、この方、角川の50音引き漢和辞典の編者の一人であるという矛盾を見せている。



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 この慣用句、もちろんご存知ですよね。


 意味もご存知だと思われますし、どうしてそのような意味になるかも多くの方がご存知じゃないかなと思います。


 では、なぜ取り上げるかというと、テーマを見ればある程度察していただけるかと思います。


 この慣用句全体ではなく、「辻褄」という熟語なのです。いずれも音読みじゃなく、訓読みだとは気がつかれましたか。


 というか、それぞれ訓読みのみで、音読みのない漢字なのです。ようするに、いずれも「和製漢字」(国字)なのです。


 国字のみで、構成される熟語はほとんどないのじゃないかと思い、たまたま気がついたこの字を取り上げたのです。



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