学園太平記 ~尊氏の過去編 その8~ | 犬小屋チャンプルー

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犬己那池の、オリジナルの小話やイラストをもさもさ更新するブログ。
最近は、歴史創作(南北朝~戦国時代)がメインになっています。

※注意※

この話はフィクションです。

歴史創作・パロディが苦手な方は、撤退してください。






それでも大丈夫な方のみ、以下からどうぞ。↓






兄上の葬儀が済んで、数日後。

久しぶりに登校した僕は、その日、いつものようにみっちゃんと一緒に帰った。

昇り始めた月が、帰り道をかすかに照らす。


「お兄さんが急に亡くなるなんて、大変だったね」


交差点で信号が青になるのを待っている間、みっちゃんがそう言って僕を慰める。

竹若が死んだのは兄上のせいなのに、彼女の声には憎悪が感じられない。

ただ、僕への心遣いがにじみ出ている。

優しいみっちゃん。

だけど、僕は――


「みっちゃん」


言うなら、今しかない。

横断歩道の前で、彼女と向き合う。


「僕と別れてくれ」


「――え?」


喉から出てきた声は、行き交う車の騒音にかき消えてしまいそうなほど小さかった。

それでも、目の前の彼女に届くには十分な音量だったようで。

月光に照らされて、みっちゃんの顔がますます白く見える。

そこに浮かんでいるのは、困惑の表情。

そんな彼女に対して、僕は畳み掛けるように一気にまくし立てる。


「兄上が死んで、僕が会社の跡取りになることが決まったんだ。だから、高校は太平学園に入学して、将来は親が決めた許嫁と結婚しなくちゃならない」


つまり、僕は、君と一緒にいることができない。

切れた息を荒い呼吸で補って、言葉を続けた。

胸中にあふれる罪悪感を紛らわすために。


「いきなりでごめん。だから、君も他にいい人を見つけて……」


「わかったよ」


予想外の彼女の返答に、僕は謝罪の言葉を中断する。

驚いて顔を上げると、彼女は静かに微笑んでいた。

まるで、いつかの「かぐや姫」のように。


「会社の未来がかかっているなら、仕方ないよね。跡取りに決定されたこと、おめでとうございます……尊氏様」


そう言いきって、ぺこりと頭を下げるみっちゃん。

「尊氏様」という呼び方に、胸が痛む。

もう僕たちは恋人同士じゃない。

足利家の跡取り息子と、ただの幼馴染だ。


「ああ、綺麗なお月様」


唐突に、彼女が話題を変えた。

白い指が指す先には、天に輝く金色の月。

間が悪い思いをしていた僕は、空を眺めながら話を合わせる


「そうだね。僕たちが初めて出会った時と同じ……」


同じ月だね。

そう言いかけた僕の耳に飛び込んできたのは、急ブレーキの甲高い音と、何かがぶつかる鈍い音。

何事かと地上に視線を落とすと、交差点に一台のトラックが停まっていた。

そして、その傍らに1人の少女が倒れている。


「――みっちゃん!」


月光に照らし出された青白い顔は、まさに彼女だった。

周りのざわめきに構うことなく、僕は鞄を放り出して彼女のもとに駆け寄る。

その細い体を抱き起こした拍子に、ヘアゴムが切れて、彼女の豊かな黒髪がばらりと地面に広がった。

その隙間から覗く瞳は既に光を失い、ただ虚ろに月を映していた。

糸が切れた人形のように力の抜けた全身から、徐々に温もりが失われていく。

大丈夫だよ、みっちゃん。

こうやって抱き締めていれば、すぐに温かくなるからね。

寒くなると2人でいつもやっていたように……。

それから、救急車がやってくるまで、僕は彼女の体を離さなかった。

だけど、みっちゃんの体温は、もう二度と戻ってこなかった。


   ***


尊氏観月と永遠の別れ。

史実では、尊氏登子(正室)の結婚が決まったため、加古基氏の娘は側室に。

尊氏が幕府軍から離反した際、彼女の息子・竹若は幕府の追手に殺されてしまいますが、加古基氏の娘がその後どうなったのかは分かりません。


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