※注意※
この話はフィクションです。
歴史創作・パロディが苦手な方は、撤退してください。
それでも大丈夫な方のみ、以下からどうぞ。↓
兄上の葬儀が済んで、数日後。
久しぶりに登校した僕は、その日、いつものようにみっちゃんと一緒に帰った。
昇り始めた月が、帰り道をかすかに照らす。
「お兄さんが急に亡くなるなんて、大変だったね」
交差点で信号が青になるのを待っている間、みっちゃんがそう言って僕を慰める。
竹若が死んだのは兄上のせいなのに、彼女の声には憎悪が感じられない。
ただ、僕への心遣いがにじみ出ている。
優しいみっちゃん。
だけど、僕は――
「みっちゃん」
言うなら、今しかない。
横断歩道の前で、彼女と向き合う。
「僕と別れてくれ」
「――え?」
喉から出てきた声は、行き交う車の騒音にかき消えてしまいそうなほど小さかった。
それでも、目の前の彼女に届くには十分な音量だったようで。
月光に照らされて、みっちゃんの顔がますます白く見える。
そこに浮かんでいるのは、困惑の表情。
そんな彼女に対して、僕は畳み掛けるように一気にまくし立てる。
「兄上が死んで、僕が会社の跡取りになることが決まったんだ。だから、高校は太平学園に入学して、将来は親が決めた許嫁と結婚しなくちゃならない」
つまり、僕は、君と一緒にいることができない。
切れた息を荒い呼吸で補って、言葉を続けた。
胸中にあふれる罪悪感を紛らわすために。
「いきなりでごめん。だから、君も他にいい人を見つけて……」
「わかったよ」
予想外の彼女の返答に、僕は謝罪の言葉を中断する。
驚いて顔を上げると、彼女は静かに微笑んでいた。
まるで、いつかの「かぐや姫」のように。
「会社の未来がかかっているなら、仕方ないよね。跡取りに決定されたこと、おめでとうございます……尊氏様」
そう言いきって、ぺこりと頭を下げるみっちゃん。
「尊氏様」という呼び方に、胸が痛む。
もう僕たちは恋人同士じゃない。
足利家の跡取り息子と、ただの幼馴染だ。
「ああ、綺麗なお月様」
唐突に、彼女が話題を変えた。
白い指が指す先には、天に輝く金色の月。
間が悪い思いをしていた僕は、空を眺めながら話を合わせる
「そうだね。僕たちが初めて出会った時と同じ……」
同じ月だね。
そう言いかけた僕の耳に飛び込んできたのは、急ブレーキの甲高い音と、何かがぶつかる鈍い音。
何事かと地上に視線を落とすと、交差点に一台のトラックが停まっていた。
そして、その傍らに1人の少女が倒れている。
「――みっちゃん!」
月光に照らし出された青白い顔は、まさに彼女だった。
周りのざわめきに構うことなく、僕は鞄を放り出して彼女のもとに駆け寄る。
その細い体を抱き起こした拍子に、ヘアゴムが切れて、彼女の豊かな黒髪がばらりと地面に広がった。
その隙間から覗く瞳は既に光を失い、ただ虚ろに月を映していた。
糸が切れた人形のように力の抜けた全身から、徐々に温もりが失われていく。
大丈夫だよ、みっちゃん。
こうやって抱き締めていれば、すぐに温かくなるからね。
寒くなると2人でいつもやっていたように……。
それから、救急車がやってくるまで、僕は彼女の体を離さなかった。
だけど、みっちゃんの体温は、もう二度と戻ってこなかった。
***
尊氏、観月と永遠の別れ。
史実では、尊氏と登子(正室)の結婚が決まったため、加古基氏の娘は側室に。
尊氏が幕府軍から離反した際、彼女の息子・竹若は幕府の追手に殺されてしまいますが、加古基氏の娘がその後どうなったのかは分かりません。
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