【人生名言集】1586号 目次

1.今日の名言 知らなくてはならないこと
2.読後感想 『国盗物語』(17)
3.編集後記 遅ればせながら


◆◆◆◆◆◆◆
【今日の名言】
◆◆◆◆◆◆◆

「知らなくてはならないことを、知らないで過ごしてしまうような

 勇気のない人間になりたくない。」

(灰谷健次郎)


最も「知らなくてはならないこと」とは。

それは、この人生の行く先、目的地でしょう。


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【読後感想】
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『国盗物語』(その17・秀吉の働きぶり2)

国盗物語の後半、信長編で、際立っているのは、秀吉がいかに優秀

な部下であったか、という点です。信長の下で秀吉が、いったい何

を考え、いかに配慮し、己の任務に徹したか。

美濃攻略を例に、その働きの凄まじさが書かれます。


「秀吉の秘密工作は、すさまじい。

 一例をあげると、こうだ。


 美濃の本城である稲葉山城のことである。

 『稲葉山城はさすがに故道三殿の居城だっただけに兵糧蔵の米が

  おびただしゅうござる。あれならば二年、三年の籠城にも堪え

  られましょう』

 と竹中半兵衛がいったので、秀吉はなるほどと思い、半兵衛と一

 策を講じて、それをなんとか分散させようとした。


 そこで半兵衛を通じて、すでに織田方に内通を確約している美濃

 三人衆を口説き、一策をさずけた。


 美濃三人衆はさっそく稲葉山城に登城し、お屋形様である竜興に

 説き、

 『将来、織田軍は、多方面から美濃に侵略してまいりましょう。

  兵や兵糧を、稲葉山城に集中しておいては国内各所での防戦が

  できかねます。よろしく分散あそばすのが、得策かと存じます

  る』

 といった。


 竜興は、愚物である。『ああそれも一理である』とその説を容れ、

 ただちに城から兵糧米を運び出させ、守備兵も各地に分散した。

 策は成功した。


 秀吉はこの旨を信長に報告すると、

 『猿、やったわ』

 と膝をうち、いま一度念を押した。

 『たしかに兵糧米は分散したか。人数も手薄になっておるか。間

  違いはないな』


 『間違いはござりませぬ。手前、稲葉山城下に諜者を放って、シ

  カと相確かめましてござりまする。されば間違いはござりませ

  ぬ』

 信長は不確実な仕事をきらう。秀吉はその気質をよく知っている。

 秀吉は退出した。


 その翌日の未明である。信長は、美濃への前線指揮所である小牧

 山城に、にわかに大軍をあつめた。



 『美濃へ』

 と、一声さけんで、鞭をあげた。」


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。


1月1日に日本に戻って来て、慌ただしく過ごし、今また成田空港

にいます。

再びサンパウロに向かいます。


31日に経由地のカナダ・トロントを経ち、到着したら日本は1日

の夕方でしたから、どこで新年を迎えたのか分かりません。

厳密に言えば日付変更線を越えた時ですね。


日本滞在中、いろいろな方からお話を伺い、またまたワクワク感が

増しています。

「あとは、やるか、やらないかだけ」

つくづく恵まれた人生だと思います。


ところで、この上の「読後感想」も、すでに黒田官兵衛の大河ドラ

マが始まってしまい、それを追いかける形になりそうですね。

官兵衛は、司馬作品では『播磨灘物語』でもっとも取り上げられて

いるのですが、『国盗物語』『新史太閤記』『関ヶ原』『城塞』の

戦国四部作でも、存分に存在感を示しています。
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【人生名言集】1585号 目次

1.今日の名言 その人の生きる価値
2.読後感想 『国盗物語』(16)
3.編集後記 最初の頃の緊張感


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【今日の名言】
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「賢治は、農学校の先生をしていたとき、生徒に尋ねたそうよ。

 『人間は何故この世に生まれたか?』って。


 賢治自身は、こう答えているわ。

 『人間は何故生まれてきたか、ということを知らなければならな

 いために、この世に生まれてきたのです』って。


 そして、この問題を本気で考えるか考えないかによって、その人

 の生きる価値が決定するのだと思うって。」

         (野村美月『“文学少女”と慟哭の巡礼者』)


「その答えを知るために生きている」と答えた人は、私も何人も知

っています。

しかし、その後、本気で考えていたと感じた人はわずかです。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その16・秀吉の働きぶり1)


国盗物語の後半、信長編で、際立っているのは、秀吉がいかに優秀

な部下であったか、という点です。信長の下で秀吉が、いったい何

を考え、いかに配慮し、己の任務に徹したか。

美濃攻略を例に、その働きの凄まじさが書かれます。


「さて、秀吉である。

 この男は、人の心を読むことに長けている。名人といっていい。

 信長の関心が、一にも二にも美濃攻略以外にないと見、自分自身

 も一将校の身分ながら、かれの範囲内で美濃攻めのことに没頭し

 ぬいた。

 いや、範囲外にまで出た。


 美濃攻めの橋頭堡(足掛りの野戦要塞)を築くにあたって、

 『ぜひやつがれに』

 と、志願し、危険をおかして国境線の河中の洲で築城作業をし、

 ついに築きあげた。世に『墨股の一夜城』といわれる手柄である。


 信長はよろこび、

 『藤吉郎、汝が番をせい』

 と命じたので、一躍、秀吉は野戦要塞の指揮官になった。この要

 塞にはかれの才覚でかきあつめた野武士を多数入れておいた。蜂

 須賀小六らである。


 この墨股に駐屯したことは秀吉の前途を大いにひらかせた。なぜ

 といえば、美濃への最前線である。

 『よく守っておれ』

 と信長はそれだけの任務をあたえただけだが秀吉は任務を拡大し

 た。美濃への秘密工作に乗り出したのである。


 美濃侍の竹中半兵衛を口説いて自分の家来にしたのもその一例で

 あった。

 半兵衛には、利用価値がある。

 かれを通じて、美濃衆の切り崩しを秀吉ははじめた。さらに情報

 もあつめた。


 『猿は、美濃の政情にあかるい』

 と、信長に認められるようになった。事実織田軍のなかで秀吉は

 ずばぬけた美濃通になり、信長は何事も秀吉に相談せざるをえな

 くなった。」


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

少しの間、日本に帰って来ています。移動も、少しずつ慣れて来た

ようで、機内でも、経由地の空港でも、要領よく過ごす方法が分か

って来ました。


最初の頃の緊張感が薄れてきているのが、逆に怖いですね。

もっとも気を抜けないのは、サンパウロの空港です。盗難に遭った

話は、山ほど聞きます。
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【人生名言集】1584号 目次

1.今日の名言 死物狂いの願望
2.読後感想 『国盗物語』(15)
3.編集後記 サンパウロの夏時間


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【今日の名言】
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「不条理という言葉のあてはまるのは、この世界が理性では割り切

 れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激し

 く鳴り響いていて、この両者がともに相対峙したままである状態

 についてなのだ。」    (カミュ『シーシュポスの神話』)


もし、「人生に目的は無い」「人生は無意味だ」と断言できる人が

いたとするならば、その人は、自殺しようとしている親友や、愛す

る人を目の前にして、「どうしても生きなければならない理由なん

て無いのだから、お前の思うようにすればいい」と答えられる人で

す。


しかも、その結果、目の前の人が自ら死を選んでしまっても、それ

に対して、悲しみをおぼえずにいられる人です。


そうは、簡単に行かないでしょう。


やはり「死んで欲しくない。なんとか生きて欲しい」と思うのは、

私だけでは無いはずです。


これは、何を意味するのでしょう。


たとえ「人生の目的」が分からなかったとしても、あるいは「人生

には意味がある」と断言できなくても、それでも「死んで欲しくな

い、生きていてほしい」と思う、ということです。

それは、裏を返せば、他人のことでなく、自分も「死にたくない、

生きたい」と思っている、ということです。


「人生に目的なんか無い」と言いながらも、やはり心の底では、

「目的があるはずだ!」と望んでいるのです。

どこかで、「意味があって欲しい!」と期待しているのです。


人生には意味があるのか無いのか。生きる目的があるか無いか。

その答え以前に「どうしても生きる目的を知りたい」「求めずして

は、生きていけないのが人間なのだ」と書かずにいられなかった

カミュの気持ちが、伝わって来ます。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その15・信長、秀吉、半兵衛)


国盗物語の後半、信長編で、際立っているのは、秀吉がいかに優秀

な部下であったか、という点です。信長の下で秀吉が、いったい何

を考え、いかに配慮し、己の任務に徹したか。


竹中半兵衛を例に、秀吉の特長が描かれます。

半兵衛は、吉川栄治の『新書・太閤記』では奇跡的な軍師として惚

れ惚れする姿で描かれますが、司馬遼太郎はその点、冷静に、ドラ

マ性を欠いた書き方に終始します。


「能力だけではない。信長の家来になるには働き者でなければなら

 ない。それも尋常一様な働きぶりでは信長はよろこばなかった。

 身を粉にするような働きぶりを、信長は要求した。


 それだけではない。

 可愛気のある働き者を好んだ。能力があっても、謀叛気のつよい

 理屈屋を信長は好まず、それらの者は織田家の尖鋭きわまりない

 『目的』に適わぬ者として、追放されたり、ときには殺されたり

 した。


 そんな家風である。だから他国では、

 『上総介殿(※信長の別称)は残忍である。家来に対して容赦を

  せぬ』

 とか、

 『織田家では、ただの侍はつとまらぬ』

 などと取り沙汰された。現に、織田家から勧誘された知名の牢人

 でも、

 『織田家だけは』

 と尻ごみして断わる例が多い。最近では竹中半兵衛がそうである。


 そういう信長の方針に、小者のときから堪えぬき、堪えぬくだけ

 ではなく信長の方針に適うみごとな模範として頭角をぬきん出て

 きたのが、木下藤吉郎秀吉である。


 竹中半兵衛が、

 『織田家の直参はいやだが、あなたの家来ならば』

 と秀吉を見込んだのも、ひとつはそういう点である。


 信長の苛烈きわまりない方針に堪えて中級将校になるまで立身し

 た男というだけでも、異常である。なぜならば信長という男は口

 先でごまかされる男ではなく、家来の骨髄まで見ぬいてその人間

 を評価する男だ。


 (それだけに秀吉はいよいよ立身するにちがいない)

 と、半兵衛は見た。立身すれば大軍を動かす。その大軍の軍師を

 半兵衛はつとめる。軍師としてこれほどおもしろく、やりがいの

 あることはない。

 だからこそ、半兵衛は秀吉に仕えた」


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
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あっという間にサンパウロに戻りました。

こちらは夏時間に変わって1週間が経ちました。

夏時間になると、1時間早まります。

変わる当日は、午前0時から1時までは存在しませんでした。

なんだか騙されているような感覚です。


今までは単純に12時間差で昼夜を逆転させればよかったのですが、

これからは11時間差。どちらに1時間ずらせば良いのか迷う日が、

しばらく続きそうです。
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【人生名言集】1583号 目次

1.今日の名言 どんなことにでも慣れてしまう
2.読後感想 『国盗物語』(14)
3.編集後記 また日本へ


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【今日の名言】
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「人間は、どんなことにでも慣れてしまう動物だ」

                    (ドストエフスキー)

“慣れ”というのは、時に救いにもなりますが、ひどく残酷なもの

です。

どんなに悲しいことも、楽しいことも、うれしいことであっても、

何一つとして長くは続きません。

人間は、喜びにも慣れてしまう動物です。

苦しみの新しい間を楽しみといい、

楽しみの古くなったのを苦しみといいます。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その14・優秀な部下、秀吉)


国盗物語の後半、信長編で、際立っているのは、秀吉がいかに優秀

な部下であったか、という点です。信長の下で秀吉が、いったい何

を考え、いかに配慮し、己の任務に徹したか。その点に関する司馬

遼太郎の描写を紹介します。


まずは、斎藤道三の2代後、龍興を滅ぼす際の信長と秀吉について

です。


「美濃攻めには、木下藤吉郎秀吉という尾張の浮浪児あがりの将校

 が演じた役割りがもっとも大きい。

 秀吉は、この年、満で二十八歳。信長よりもふたつ年下である。

 『猿はなかなかやる』

 と、信長はつねにそういう目でこの秀吉を見ている。


 信長には、稀有な性格がある。人間を機能としてしか見ないこと

 だ。織田軍団を強化し、他国を掠め、ついには天下を取る、とい

 う利ぎすました剣の尖(※さき)のようにするどいこの『目的』

 のためにかれは親類縁者、家来のすべてを凝集しようとしている

 のではない。


 かれら――といっても、彼等の肉体を信長は凝集しようとしてい

 るのではない。


 かれらの門地でもない。かれらの血統でもない。かれらの父の名

 声でもない。信長にとってはそういう『属性』はなんの意味もな

 かった。


 機能である。


 その男は何が出来るか、どれほど出来るか、という能力だけで部

 下を使い、抜擢し、ときには除外し、ひどいばあいは追放したり

 殺したりした。すさまじい人事である。


 このすさまじい人事に堪えぬいたのが、秀吉である。いや、むし

 ろ織田家の方針・家風がそうであったればこそ、この男のような

 氏も素姓もない人間でも抜擢につぐ抜擢の幸運にあうことができ

 た。門閥主義の他国には類のないことである。」


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

こちらの名言集、ご無沙汰になっていました。

たまに書かないと、他のものを読んでおられない方には、音信不通

状態になってしまいますね。失礼しました。


有難いことに、忙しい日々が続き、あっという間に、再度日本へ出

発する日になってしまいました。

しばらく日本に行きます。

関空に着いた後、しばらく富山県に滞在します。

皆さんとどこかでお会いできることを期待しつつ。
【人生名言集】1582号 目次

1.今日の名言 村上春樹の憂苦
2.読後感想 『国盗物語』(13)
3.編集後記 今年のイグノーベル賞


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【今日の名言】
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「なんだか小説を書く意味なんて何もないような気がするんだ。

 君がいつか言ったように、僕に何ひとつ救えないんだとしたらね」

             (村上春樹「貧乏な叔母さんの話」)


新作『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の旅』が話題の村上春

樹ですが、『回転木馬のデッド・ヒート』でも、このようにも表現

しています。


「それはメリー・ゴーラウンドによく似ている。

 それは定まった場所を定まった速度で巡回しているだけのことな

 のだ。

 どこにも行かないし、降りることも乗りかえることもできない。

 誰をも抜かないし、誰にも抜かれない。

 しかしそれでも我々はそんな回転木馬の上で仮想の敵に向けて熾

 烈なデッド・ヒートをくりひろげているように見える」


いい仕事をしているな、と、羨望の眼で見られている人でも、外か

らはわからない憂苦を抱えているのでしょう。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
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『国盗物語』(その13・道三と信長の対面8)

美濃と尾張の中間地で行われた、有名な、道三と信長の初対面が鮮

明に描かれます。

終始無言で食事を終え、2人はそのまま別れました。道三は信長の

姿に圧倒されていましたが、信長も感ずるところがあったようです。


「信長は帰城し、例の男根の浴衣をぬぎすて、湯殿に入った。

 出てきて酒をもって来させ、三杯、立ったままであおると、濃姫

 の部屋に入った。

 『蝮に会ってきたぞ』

 と、いった。


 『いかがでございました』

 『思ったとおりのやつであった。あらためて干し豆などをかじり

  ながら、ゆっくり話をさせてみたいやつであったわ』

 『それはよろしゅうございました』

 と、濃姫は笑った。言いかたこそ妙だがこれは信長にとって最大

 の讃辞なのだということが、濃姫にはわかっている。」


頭の回転のきわめて速い信長の、こういう言い回しを、瞬時に理解

して返答する濃姫も、優れた頭脳を持っていたのでしょうね。


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

今年のイグ・ノーベル賞が発表されました。イグノーベル賞とは、

世界的権威を持つあのノーベル賞のパロディー版で、表向きは「い

かに人々を笑わせ、そして考えさせてくれたか」を基準に、研究や

実績に対して贈られる賞ですが、「これが、一体なんの役に立つの

か」と思えるものにも、皮肉をこめて授与されます。


今年は、日本人2人が受賞したことからニュースになっていました。

化学賞に選ばれた「涙の出ないタマネギ」の開発、とても有益でま

ともな研究のように思えたのですが、このタマネギ、遺伝子組み換

え技術を使ったため「今のところだれも食べていない」というオチ

がついていました。


過去の受賞研究を見ると、思わず吹き出してしまう項目が並びます。

イライラした時にでも、笑わせ、爽やかな気持ちにさせてくれるこ

とが、最大の効果かも知れません。

(2/26分)
【人生名言集】1581号 目次

1.今日の名言 『森の生活』
2.読後感想 『国盗物語』(12)
3.編集後記 ポルトガル語の習得具合


◆◆◆◆◆◆◆
【今日の名言】
◆◆◆◆◆◆◆


「わたしが森に往ったわけは・・・」と始まるのは、19世紀アメ

リカのヘンリー・デイヴィッド・ソローの著書『森の生活』です。


1854年に出版されたこの本は、2年2ヶ月におよぶ森での1人

暮らしの記録をまとめたものであり、その思想は後の時代の詩人や

作家に大きな影響を与えました。


「わたしが森に往ったわけは、わたしが慎重に生きようと欲し、人

 生の根本的な事実にのみ対面し、それが教えようと持っているも

 のをわたしがまなぶことができないものかどうかを知ろうと欲し、

 わたしがいよいよ死ぬときに、自分は生きなかったということを

 発見することがないように欲したからである」

 
「いよいよ死ぬとなったとき、自分は生きてはいなかったと発見す

 ることがないようにしたい・・・・。」

  
喧騒を離れ、森に入ったソローの求めたものは、いよいよ死ぬとき

に、生きてはいなかったと後悔することのない、意義ある人生でし

た。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その12・道三と信長の対面7)

美濃と尾張の中間地で行われた、有名な、道三と信長の初対面が鮮

明に描かれます。

終始無言で食事を終え、2人はそのまま別れましたが、道三は信長

の姿に圧倒されていました。


「道三は夜ふけに帰城し、寝所にも入らず、燈火をひきよせ、すぐ

 信長へ手紙をかいた。


 『よい婿殿をもって仕合せに思っている』

 という旨の通りいっぺんの文章にするつもりだったが、書くうち

 に変に情熱が乗りうつってきて、思わぬ手紙になった。


 『あなたを、わが子よりも愛しく思った』

 とか、

 『帰館してすぐ手紙をかくというのも妙だが、書きたくなる気持

  をおさえかねた』

 とか、

 『わしはすでに老いている。これ以上の望みはあっても、もはや

  かなえられぬ。あなたを見て、若いころのわしをおもった。さ

  ればわしが半生かかって得た体験、智恵、軍略の勘どころなど

  を、夜をこめてでも語りつくしたい』

 とか、

 『尾張は半国以上が織田家とはいえ、その鎮定が大変であろう。

  兵が足りねば美濃へ申し越されよ。いつなりとも即刻、お貸し

  申そう。あなたに対して、わしにできるだけのことを尽したい

  気持でいっぱいである』

 とかいう、日ごろ沈毅な道三としては、あられもない手紙だった。


 自分の人生は暮れようとしている。青雲のころから抱いてきた野

 望のなかばも遂げられそうにない。それを次代にゆずりたい、と

 いうのが、この老雄の感傷といっていい。


 老工匠に似ている。この男は、半生、権謀術数にとり憑かれてき

 た。権力慾というよりも、芸術的な表現慾といったほうが、この

 男のばあい、あてはまっている。その『芸』だけが完成し作品が

 未完成のまま、肉体が老いてしまった。それを信長に継がせたい、

 とこの男は、なんと、筆さきをふるわせながら書いている。」

(つづく)


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

合間を見て、ポルトガル語を勉強しています。文章ならば、少しず

つ、分かるところが出てきて、誰かが話しているのを耳で聞いてい

ても、聞き取れる単語も増えてきます。そうなってくると楽しいも

のですね。


ただ、途方に暮れるのは、外に出て喋ってみても、あまりにぎこち

なさすぎるのか、相手が全然聞き取ってくれません。

結局、作り笑いの笑顔と、首を縦に振ったり横に振ったりで、曖昧

にやり過ごすしかないのは、なんとも寂しいものです。

(2/25分)
【人生名言集】1580号 目次

1.今日の名言 残るはあとわずかな問いだけだ
2.読後感想 『国盗物語』(11)
3.編集後記 100いいね!


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【今日の名言】
◆◆◆◆◆◆◆


トムハンクス主演の映画『悪魔と天使』は、ハーバード大学宗教象

徴学専門のロバート・ラングドン教授が、同研究所の科学者レオナ

ルド・ヴェトラが何者かによって殺害された際、彼の胸に焼印とし

て押されていた紋章の説明を、欧州原子核研究機構の所長、マクシ

ミリアン・コーラーから求められるところから物語が始まるサスペ

ンスです。


原作によると欧州原子核研究機構(CERN)の所長、マクシミリアン・

コーラーがラングドン教授にこう語る場面があります。


「欧州原子核研究機構の男女は、太古の昔から人間が探求してきた

 同じ問いの答えをみつけるためにここにいる。」


「科学はこれまで人間が知りたいと思うほとんどすべての問いに答

 えてきた。残るはあとわずかな問いだけだ。

 しかしそれは難解だ。

 私たちはどこからやってきて、ここで何をしているのか。

 宇宙の意味、人間が生きている意味は何なのか・・・。」


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その11・道三と信長の対面6)

美濃と尾張の中間地で行われた、有名な、道三と信長の初対面が鮮

明に描かれます。終始無言で、食事を終え、2人は別れます。


「道三は帰路、妙に疲れた。

 途中、茜部という部落があり、そこに茜部明神という社祠(※や

 しろ)がある。その神主の屋敷で休息したとき、

 『兵助よ』

 と、よんだ。


 猪子兵助である。道三の侍大将のひとりで、近国に名のひびいた

 男であった。のち、信長、秀吉につかえた。余談だがこの家系は

 家康にもつかえ、旗本になっている。

 『兵助、そちは眼がある。婿殿をどう思うぞ』

 と、きいた。


 兵助は、小首をひねった。

 『申したくは存じまするが、殿の婿殿でありまするゆえ、はばか

  られまする』

 と、そばの道空をかえり見、

 『道空殿より申されませ』

 といった。道空は膝をすすめ、

 『まことに殿にとって御祝着なことで』

 といった。

 祝着、という言葉で、みなどっと笑った。美濃にとってもうけも

 のだ、というのである。


 『兵助も、道空とおなじか』

 と道三がかさねてきくと、兵助ほどの男がひょうきんなしぐさで、

 『はい、まことにおめでたく存じまする』

 といった。


 道三だけは笑わない。憂鬱そうな顔でいる。


 『殿の御鑑定はいかがで』

 と道空がいうと、扇子を投げ出し、

 『めでたいのは、そのほうどもの頭よ。やがておれの子等は、あ

  のたわけ殿の門前に馬をつなぐことだろう』

 といった。馬をつなぐとは、軍門にくだって家来になる、という

 意味である。」

(つづく)


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
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先号でご紹介した甲斐あって、お蔭さまで、6月に始めた2つの

facebookページが100いいね!を突破しました。


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↓上記のページのポルトガル語版。
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有難うございました。

これからもよろしくお願いいたします。

(2/24分)
【人生名言集】1579号 目次

1.今日の名言 死のうは一定
2.読後感想 『国盗物語』(10)
3.編集後記 はじめての仏教


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【今日の名言】
◆◆◆◆◆◆◆


「世の中の 娘が嫁と 花咲いて

  嬶(かかあ)としぼんで 婆と散りゆく」

「人生は 喰て寝て起きて 糞(くそ)たれて

  子は親となる 子は親となる」


室町時代の僧侶、一休の歌です。


一首目は、女性の一生を歌っていますが、男性も呼び名が違うだけ

で、すべて同じコースをたどります。何十億の人がいても例外はあ

りません。この先、やがて年老いて、死んでいくのです。


織田信長は、周囲からバカにされていた若かりし頃、家来によく、

「この先、俺はどんな人生を送るかわからないが、ただ一つだけ確

 かなことがある。必ず死ぬ、ということだ(死のうは一定)」

と言っていました。


しかし、死ぬまでに、どうしても果たさねばならないことがあるな

らば、生きることには意味があるのです。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その10・道三と信長の対面5)

美濃と尾張の中間地で行われた、有名な、道三と信長の初対面が鮮

明に描かれます。


先に会見場所に着いた道三は、対面する前に信長を一目見ておきた

いという心から、民家に潜んでいましたが、信長はその情報をすで

に掴んでいました。道三の盗み見た信長の姿は、あまりにもだらし

ない狂人のいで立ちでしたので、高を括ってふだん着で会見場に出

ていたところが、信長が颯爽と正装で登場します。


「平服の道三はみじめだった。やむなく屏風のかげから這い出てき

 て、座席に着座した。

 が、信長はそれを無視し、そっぽをむき、鼻さきを上にあげ、扇

 子をぱちぱち開閉させている。


 『か、上総介さま』

 と堀田道空がたまりかねて信長のそばへにじり寄り、

 『あれにわたらせられるのは、山城入道でござりまする』

 と注意すると、

 『デアルカ』

 と、信長はうなずいた。このデアルカがよほど印象的だったらし

 く、諸旧記がつたえている。


 信長はゆっくりと立ち、敷居をまたぎ、道三の前へゆき、

 『上総介でござる』

 と尋常にあいさつし、自分の座についた。


 道三と信長の座は、ざっと二十歩ばかりの間隔があったであろう。

 たがいに小声では話しあえない距離がある。

 ふたりは、無言でいた。

 信長は例によってやや眉のあたりに憂鬱な翳をもち、無表情でい

 る。

 道三は、不快げであった。この馬鹿にふりまわされて平服で着座

 している自分が、たまらなくみじめだったのであろう。


 やがて湯漬けの膳が運ばれてきた。

 寺の衆が、膳を進める。

 ふたりは、無言で箸をとった。無言のままで食べ、ついにひとこ

 ともしゃべらず、たがいに箸を置いた。

 そのまま、別れた。」

(つづく)


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

これまでfacebook上に私が作った3つのページはご存知でしょうか?

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なかなか楽しい展開になっています。
どうぞご覧下さい。
(2/23分)
【人生名言集】1578号 目次

1.今日の名言 キツネ色に焼け
2.読後感想 『国盗物語』(9)
3.編集後記 すき焼き肉あります


◆◆◆◆◆◆◆
【今日の名言】
◆◆◆◆◆◆◆

「人間性の究極の本質は嫉妬である。人の世を動かしている根元は

 嫉妬である」

と谷沢永一は書きました。


この心、どうすればよいのでしょうか。

山内昌之は『嫉妬の世界史』に、歴史を動かした数々の嫉妬例を挙

げた後、こう書いています。

   
「嫉妬心は万有引力のような宇宙の法則なのだから、これを取り除

 くなんて考えもできない。

 嫉妬心は狐色に程よく焼かねばならない。黒焦げまでゆくとこれ

 はもう宜しくない。


 人間の嫉妬心を扱って百万言費やそうとも、最終的はこの気構え

 に落ち着かざるをえないであろう。

 松下幸之助一代の名言ではなかろうか。」

 
「嫉妬はキツネ色に焼け」

   
希代の人間通のこの言葉が、嫉妬というものを一層浮き彫りにして

いるようです。


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その9・道三と信長の対面4)

美濃と尾張の中間地で行われた、有名な、道三と信長の初対面が鮮

明に描かれます。


先に会見場所に着いた道三は、対面する前に信長を一目見ておきた

いという心から、民家に潜んで待ちますが、信長はその情報をすで

に掴んでいました。道三の盗み見た信長の姿は、あまりにもだらし

ない狂人のいで立ちでしたが、その引き連れて来た軍隊の武装が、

それまでの織田軍と一変していることが気にかかります。


「『殿、お早く、裏木戸のほうへ』

 と、堀田道空が笑いをこらえながら、道三を裏口のほうへ案内し

 た。

 みな、畑道を走った。裏まわりで聖徳寺の裏木戸へ駈けぬけるの

 である。


 北の方丈に入ると、礼装を用意していた小姓たちが待っていた。

 『いや、裃、長袴などはいらん。おれはふだん着でよい』

 と、道三は言った。相手の婿殿が猿マワシのような装束できてい

 るのに、舅である自分が礼装をしているというのは妙なものだ、

 とおもったのである。

 袖なし羽織に小袖の着ながし、それに扇子を一本、というかっこ

 うで道三は本堂に出た。

 座敷のすみに屏風をたてまわし、そのなかに道三はゆったりとす

 わった。

 やがて、本道のむこうから信長が入ってくるのを、道三の屏風の

 はしから見て、

 (あっ)

 と、顔から血がひいた。

 さっきの猿マワシではない。

 髪をつややかに結いあげて折髷(※おりまげ)にし、褐色の長袖

 に長袴をはき、小さ刀を前半にぴたりと帯び、みごとな若殿ぶり

 であらわれ、袴をゆうゆうとさばきつつ縁を渡り、やがてほどよ

 いあたりをえらんですわり、すね者めかしく柱に背をもたせかけ

 た。

 顔を心もち上にむけている。」

(つづく)


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

サンパウロのスーパーマーケット(スペールメルカード)に食材を

買いに行くと、ほとんど同じ野菜が揃います。

日系人が多いこともあり、豆腐も大根も揃います。無くて寂しいの

は、長ネギくらいのものでしょうか。あと、ピーマンがやたらと巨

大なのに驚きます。

一番困るのは、これだけ食肉の豊富なブラジルにあっては、日本で

どこでも手に入る薄切り肉がほとんど手に入らないことです。薄く

切る必要が無いのですね。

近くの日系人が経営する店のドアに「すき焼き肉あります」と書か

れてあるのが目立つのは、そういうことだからでしょう。

(2/22分)
【人生名言集】1578号 目次

1.今日の名言 本質は嫉妬
2.読後感想 『国盗物語』(8)
3.編集後記 名刺の広告


◆◆◆◆◆◆◆
【今日の名言】
◆◆◆◆◆◆◆

他人の不幸を喜び、幸福を苦々しく思う“嫉妬”の心には「愛より

もさらに多くの自己愛がある」とラ・ロシュフコーは言いました。

そのウラには自尊心があるからでしょう。


谷沢永一は

「人間性をとことん煮つめ煎じ詰めたら最後にどす黒い嫉妬の塊が

 残る。人間性の究極の本質は嫉妬である。

 人の世を動かしている根元は嫉妬である」

と書きました。


東大教授・山内昌之の『嫉妬の世界史』には、歴史を動かした数々

の嫉妬例があげられています。


有名な赤穂浪士も、赤穂藩藩主・浅野内匠頭と、吉良上野介の間に

渦巻く嫉妬が生んだ事件といえるわけで、そのような例は枚挙にい

とまがありません。


「“羨望”は遠く眺めながら地団太踏む思いに堪えているが、“嫉

 妬”は憎むべき人物を栄光の座から引き摺り降ろすために手段を

 選ばない。


 根がもっとも暗く卑しい情念に発しているのだから、あの手この

 手と陰湿きわまる奸計を弄する。


 嫉妬が究極的に企むところは合法的な人殺しである。

 情け容赦なく手加減せず途中で気をゆるめない。人を破滅させる

 ために計略を練るときの秘かなほくそ笑みは戦慄的な恭悦であろ

 う」

と、その恐ろしさが赤裸々に述べられています。

この心、どうすればよいのでしょうか。

(つづく)


◆◆◆◆◆◆
【読後感想】
◆◆◆◆◆◆

『国盗物語』(その8・道三と信長の対面3)

美濃と尾張の中間地で行われた、有名な、道三と信長の初対面が鮮

明に描かれます。


先に会見場所に着いた道三は、対面する前に信長を一目見ておきた

いという心から、民家に潜んで待ちますが、信長はその情報をすで

に掴んでいました。


「やがて信長がきた。


 (あっ)

 と、道三は格子に顔をこすりつけ、眼を見はり、声をのんだ。


 (なんだ、あれは)

 馬上の信長は、うわさどおり、髪を茶筅髷(※ちゃせんまげ)に

 むすび、はでな萌黄のひもでまげを巻きたて、衣服はなんと浴衣

 を着、その片袖をはずし、大小は横ざまにぶちこみ、鞘はのし付

 でそこはみごとだが、そのツカは、縄で巻いている。


 腰まわりにも縄をぐるぐると巻き、そこに瓢箪(※ひょうたん)

 やら袋やらを七つ八つぶらさげ、袴はこれも思いきったもので虎

 皮、豹皮を縫いまぜた半袴である。すそから、ながい足がにゅっ

 とむき出ている。

 狂人のいでたちだった。


 それよりも道三のどぎもをぬいたのは、信長の浴衣の背だった。

 背に、極彩色の大きな男根がえがかれているのである。

 『うっ』

 と、道空が笑いをこらえた。他の供の連中も、土間に顔をすりつ

 けるようにして笑いをこらえている。


 (なんという馬鹿だ)

 と道三はおもったが、気になるのはその馬鹿がひきいている軍隊

 だった。信秀のころとは、装備が一変していた。


 第一、足軽槍がぐんと長くなり、ことごとく三間柄で、ことごと

 く朱に塗られている。それが五百本。弓、鉄砲が五百挺。弓はい

 い。鉄砲である。この新兵器の数を、これほど多く装備している

 のは、天下ひろしといえどもこの馬鹿だけではないか。


 (いつ、あれほどそろえた)

 しらずしらず、道三の眼が燃えはじめた。鉄砲の生産量が、それ

 ほどでもないころである。その実用性を疑問に思っている武将も

 多い。そのとき、この馬鹿は、平然とこれだけの鉄砲をそろえて

 いるのである。


 (荏胡麻がほろび菜種の世になるのかな)

 と、ふと道三はそんなことをおもった。」

(つづく)


◆◆◆◆◆◆
【編集後記】
◆◆◆◆◆◆

必要があってネットで名刺印刷の業者をいくつか調べたところ、そ

の後、関係の無いサイトを見ていても名刺作成の広告が目立つよう

になりました。


ここまでしつこく表示されると嫌な印象を受けるので、私に対して

は逆効果になっています。

何ごとも、「頃合いを見る」のは、難しいのでしょうね。

(2/21分)