元ICU・NICU看護師/現「名もなき活動家」東 舞香の「経験すべてネタである」ブログ

http://namonaki.net/
こちらにお引越しして継続中です。
人生経験 全て 学び・ネタ!
やる事なす事「活動」と称す!

そんなわたしの思ひ出作りとしての人生が、
きっと誰か必要な方への情報提供になるであろうブログ。


テーマ:

・(むかつく人がいたら)あの人はどうせ、できない人と思えばいい。
(自分が上の立場に立てばいい)

・〇〇するやつは、馬鹿だ!


・・・・・・・・


潜在意識的には、

一人称(わたし)、二人称(あなた)、三人称(彼)の区別がつかない、らしい。


あいつは馬鹿だ、と思っているのは、

わたしは馬鹿だ、と同じ事。


・・・・・・・


たとえばね。


あの人は馬鹿だ・無能だからかわいそうなヤツだと思えばいい。
自分が上に立って、あの人を下に見る。

そういうアドバイス。

こういう表現でなくとも、心理学のスキルではよくある考え方。



でも、わたしはおすすめしない。


そのやり方でいくと、どうなるか。

この時点で、「馬鹿にする人」「馬鹿にされる人」、

見下す人と、見下される人に、分かれてしまう。



そう、こうやって、「馬鹿にされない」ように「恐れる」「頑張る」自分が、できてしまう。

そして、それが積み重なっていくと。「生き方」となっていく。



そもそも自分を納得させるために、「相手を下げる」必要は、ない。




浮気する人って、実は束縛が激しい、という。

なぜ?

だって、自分にその概念があるから。

自分が浮気するから、相手もそうするかもしれないから、疑うわけで。

二重恋愛の概念の全くない人、知り合いにいるのだけど。

確かに、まったくその概念のない人は、
家族に対して「疑う」事もないし、「家族に隠すもの」すら、存在しない。


・・・・・・


「たいわ」では、とことん、「自分」と向き合う。


たとえば。

「こんな事で、イラッとした、悲しくなった。」


一般的にな心理学の中には、

「ああいう行為をする人は、こういう心理があるから・・・・」

など、「相 対する人」に対しての、分析や説明をする傾向がある。

あいてがどうしてそうするのか、その原因は何なのか、探したくなる。




「たいわ」はそうではない。

「こういう事で、こんなにイラッとする・悲しくなるのはなぜか」

そこにポイントを置く。対 自分なのである。


自分に対しても、なぜなぜ、どうしての「原因探し」ではない。


とある出来事に、人に、イラつく・悲しくなる「自分に」対して、

寄り添ってみる。
話しかけてみる。
気持ちを向けてみる。

「辛かったね」「悲しかったね」


あの時、あの人に、
ああして欲しかった、こうして欲しい、やさしい言葉がけをして欲しかった、

などなど、たくさん出てくる。


人からされたい事・言って欲しいかった事。
なのに、いかに自分が、自分にそうしてこなかったのか。

まずはそこに、気が付くところから。

そうやって、自分と「たいわ」をしていく。



そうすると。

いつの間にか拗ねていた自分や、
さみしかった自分、
それを我慢してきた自分、

そうやって生きてきたクセや環境など、あらためて振り返る。
出来事と、感情がセットになって、思い込みとなっていた事に気付く。


その拗ねやさみしかった自分に気が付いたら。


そこから、またひとつ、視点が変わり、受け取り方が変わる。


「あぁ、自分はこんなに頑張ってきたんだな」
「あの人も、色々あったけど、あの人も、わるい人じゃない」


そうやって、気がつく。


最後に残るもの。

何に・誰に対しても、「感謝」のみ。




これを、

「あの人も頑張ってるのだから、感謝しなくては。わるい人ではないはず。」

など、対する相手に向けた方向性からいくと、そうは至らない。


自分を納得させようと、色んな理由を外から探すものは、自分の内からわいてこない。



・・・・・・


わたし自身、あまりきらきら・ふんわりした言葉・表現は使わない。

同じ出来事でも、伝え方一つで、とても雰囲気が変わる。
わたしにはない雰囲気を伝えらえる人がたくさんいて、すごいと思う。


ただ、わたしにはわたしの伝えたいニュアンスがある。

そして、その時に気分によって、多少変わる。
その時の自分にとってぴったりくる表現であれば、なんでもいい。
これから、また変わっていくかもしれない。



みんな、それぞれの伝えたい想いがあり、そのニュアンスがある。

自分の内と外が一致すれば心地がいいし、ズレていると心地悪い。



自分の好みの表現を使っている人は、読んでいて心地がいい。

自分の好みでなくても、話の筋が通っていたり、その人の個性が伝わるものは、心地いい。


人の表現に対して心地いいか、違和感があるか。それもすべて、「受け取る側」の話。


・・・・・


「あの人は馬鹿だ」という表現。


たとえばブログ記事を読んでいても、
そういう人の話を聴いていても。


実は中身はちっとも人を攻撃していなくて、「愛」がたくさんのものと、

素直に思ったことを出しただけのものと、

わざわざ人を攻撃しているものと、


そこが分かれているように わたしは感じる。



もちろん、想ってはいけない事・発してはいけない事なんて、ない。

自分の中にあるもの・沸いたものに蓋をせず、認める事・出す事は、とても大切。



ただ、それを、どう出すか。

「出す」といっても、
それを
対する相手に渡す・ぶつける、周りにまき散らす?

そこが、ポイント。


・・・・・・


「たいわ的」に言い換えて要約すると。


人を攻撃する人に対して、違和感を感じるという、わたしの受け取り方。

人を攻撃する人は、ダメだ!という方向性ではなく、

あくまでわたしがそう感じる・受け取る、という話。




だから。



自分が何かを感じた時、
自分が感じた何かを伝えたい時。


相手を、落とさなくて いい。

自分を上げなくて いい。

強い言葉で、相手を攻撃しなくても いい。

強い言葉で、防御しなくても いい。




わたしは、そう思う。



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