毎日詩人。上原碧桜のブログ@上原碧桜ブログスタイル

発達障害(自閉症スペクトラム障害)を抱えている、30代、上原碧桜さんのブログです。
現在、過去のセッションは終了し、新たなブロスタイルです。


テーマ:

私、上原翠(みどり)がお送りさせております。

さて、今回の過去ブログ、テーマ記事は、

「円錐角膜」についてです。

 

円錐角膜情報交流サイト

http://kakumaku.com/

 

円錐角膜と言う聞きなれない病気、

皆さんご存知でしょうか??

翠さんが、中○時代に、発症した目の病気です。

円錐角膜と言う病気は、1000人に1人になる病気で、

発症の原因が不明とされる、とても怖い病気です。

 

 

24歳の時に、手記に記載した内容をそのまま掲載しています。

2006年4月4日に書かれたもので、その24歳からの視点から

掲載させていただきますので、よろしくお願いします。

 

 

↓↓↓

 

私が、目がボヤけてきたのが、14歳の時(中2)の時でした。

正直、その頃軽い貧血やめまいとかあったので、

それらしき症状があり、黒板の字が薄く見え始め、

その見え方が普通だと思っていました。

「たぶん、疲れているのだろう・・・」

そう思った時に、視力が悪いなぁと思って、

ゲームか、テレビの見すぎだなぐらいに思って、

眼科へ行きました。

 

眼科医が、深刻そうな顔をしながら、

「これは、上原さん、円錐角膜と言う病気ですね」と

言われました。

 

「コンタクトの調整をしていきましょう」と言われました。

 

コンタクトって・・・

コンタクトレンズのこと??

 

コンタクトレンズを、中○生からするんですか・・・。

凄い嫌がりました。

 

 

ため息をつきました。

だから、「眼鏡を作って下さい」と必死にお願いしました。

 

 

眼鏡での矯正で、0.5しか見えていませんでした。

「視力がただ出ないだけなんじゃないの」

と思い込んでいましたが、やっぱりみんなは1.5とか、

1.2とか見えているのが普通だと仰られたので、

どうやら円錐角膜と言う病気で、不正乱視が起こっているのだと言う。

 

 

眼科で「円錐角膜」、と言われて、「はいそうですか」で

引き下がれない。

この病気はどんどん進行していく病気で、とても厄介です。

 

 

とうとう、中○の受○生として、勉強を捗れなかった事に、

悔しさを感じました。

とりあえず、勉強ができなかったので、レベルの低い高○へ

進学することが出来ました。

それまで、眼科は行かなくて、ずっと中○生2年から、

少しほど、見えていないことを我慢しました。

 

 

何とか、高○は合格しました。

おめでとう!!!

 

 

高○の時に、久しぶりに、別の眼科へ行きました。

0.09と言う視力になっていました。

また、0.01下がったんだな、厄介な病気だ

 

 

眼鏡かけても、0.1しか見えていなくて、

「何だこの見え方・・・。

眼鏡では見えないぞ」と思い、

とうとう16歳の冬、高校生活で苦しい思いをしたので、

ハードコンタクトレンズを作ってもらうことにしました。

 

眼鏡での生活から、コンタクトの生活に変えたの。

17歳に、別の通○制の高○へ入学し、また一からやり直し・・・。

結局、元いた高○には、単位が取れず、1年留年する形に・・・。

 

 

コンタクトレンズの装用での矯正を奨められました。

しかも、ハードコンタクトなので、ゴミが入ると、とても痛い。

 

 

あまりの激痛に悩まされ、目が開けていられないほど。

裸眼に戻したり、コンタクトレンズを装着したりの繰り返し。

 

 

1週間足らずでハードコンタクトレンズの使用を諦めました。

そして、別の眼科へ行った時、とうとう、名古屋の眼科を

紹介して貰いました。

 

そこには専門医やら、スペシャルドクターもいらっしゃいますから、と

言うような説明を受けました。

 

17歳の時に、うつ状態を患い、2年間の引きこもりで、

眼科だけはちゃんと行きながらも、コンタクトレンズに慣れるところまで

頑張ります。

 

そして18歳を迎える時に、名古屋の総合金○駅近くのビル3Fに、

リフラク○ィブ・ア○クリニック(現・名古屋ア○クリニック)の存在を知り、

先生に指導のもと、名古屋市○区の、中○病院の眼科でお世話に

なることになりました。

 

円錐角膜の病気に詳しい先生と、対談します。

丁寧に教えてくれて、両眼の円錐角膜を詳しく調査してくれ、

ハードコンタクトレンズにも、円錐角膜用のレンズがあると

聞かされました。

 

18歳12月~23歳半ばぐらいまで、中○病院の眼科に

2週間に1回ほど通い続け、円錐角膜用のレンズを

購入する事に決め、円錐角膜用のレンズを8,000~

3,0000円前後で購入します。

 

 

最初に、サ○コンタクトレンズ様の

多段階カスタムレンズ「マイル○」シリーズのレンズを

私用(使用)に作りました。

あまり会社名と商品名は、大きく言えませんので、伏字です!!

それと、もうひとつ試したレンズ、

ニチ○ン様のロー○Kと言う円錐角膜用のレンズです。

 

どちらもピントが合っていたので、

不正乱視が消え、0.6まで視力が出ることに

成功しています。

ハードコンタクトレンズの潤い方として、

円錐角膜の治療にも用いられるそうです。

ソフトコンタクトレンズや使い捨てレンズはNGなんです。

これはコンタクトの仕様で、酸素透過性ハードコンタクト

レンズと言う支点から、円錐角膜の円錐状になってる部分の

屈折を防いでくれる役割もあったわけです。

だから、ハードコンタクトレンズでは、屈折による不正乱視が

ないわけなんですね。

 

 

ただ、コンタクト自体の、アレルギーを持っていまして、

目が痒くなったり、目を傷つけてしまうので、長時間の装着が

出来なかったのです。

酸素透過性アレルギーと言うアレルギーが発覚したところで、

1年は私用(使用)してきましたが、1.2まで視力が出たこともあり、

嬉しかったのですが、アレルギーとなっては、お手上げでした。

ロー○Kを3万円ぐらいで購入した代金を半分返して貰いました。

そして、ロー○Kを、返却しました。

 

 

結局、これまで、ハードコンタクトレンズの装着は、

視力が出たのもあるきっかけになりましたが、こんな痛みを

補ってまで、装着していると、何かに支障が出ると言うことで、

ドナー登録を検討してくれました。

20歳になって、名古屋の眼科で、「角膜移植しましょう」と

最終決断にも至りました。

 

 

コンタクトレンズのピギーバック法を試しました。

これは、病院初の試みだそうです。

ただ、痛みを伴うのは、ソフトレンズの上からでも一緒です。

ハードコンタクトレンズがダメなら、ソフトレンズもダメでしょう。

 

 

さすがに辛かったです。

ピギーバック法は、ソフトレンズの上から、ハードコンタクトレンズを

乗せる方法が、ピギーバック法と呼んでいます。

 

 

 

でも、やっぱり装着してると、すごい激痛が走りましたので、

これは一種のアレルギーなんですよね。

 

23歳の1月になり、角膜移植を望みました。

 

そして、皆さんが恐怖と思っている角膜移植術の全貌を

明らかにします。

 

移植手術は、2週間ほどの入院手続きが必要です。

そして、先生との手術の内容を30分~1時間聞かされます。

その内容を細かく説明を受けてから、同意書を提出します。

同意書とは、遺族から貰った「目の命」を、上原さんの目に

移植していいものなのかと言う、同意書です。

印鑑を押しました。

サインをその場でして、他人であろう「瞳」を切り開いて、

手術に使用するので、とても怖い思いしかなかったです。

点滴をしながら、手術室に入ります。

まず、輸血を取ります。

局部じゃないと言う説明を受けてから、もっと怖い。

死ぬほど怖いです(笑)。

でも、何針か細胞を縫い合わせるとか言っていました。

 

だから輸血を取りながら、腕には点滴をしているのです。

かなり、体中が、おかしくなりそうでした。

 

 

そして、輸血終了は、手術前の2時間前です。

手術室に入る前に、お手洗いに行きました。

午後6時を回りました。

少し落ち着いてから、瞳孔を開く為の目薬を指されました。

何だか眠くなってきたのか、だんだん目がぼやけてくる。

あたりは見えていません。

ここから始まっているのか、手術が・・・(苦笑)。

再び、腕にも点滴をします。

また点滴なの・・・(笑)。

何だ、この状況・・・(笑)。

 

15分後に、手術室に入り、点滴の針を抜きました。

そして、手術室で手術に入ります。

 

 

目のこめかみのところに、麻酔針を刺され、

めちゃくちゃ痛~~~~~~い!!!

叫びたくなりました(笑)。

 

瞳がどんどん切り取られていくのがわかる。

でも、先生も、いちいち切り取りますね、と言う

説明入れなくても良い。

よけいに怖い(笑)。

 

 

切り取られるのは、痛くないのです。

麻酔が効いてるからでしょうか。

 

そして、麻酔の目薬をまたさします。

何度ぐらいさしただろうか。

気持ちが悪くなるぐらい、さされたかな。

3、4回程度・・・それでも多いぐらいです。

 

これから、移植した角膜を縫い合わせますね、と

言う合図とともに、糸が目と目を引っ張られている感じ。

眉毛まで、引っ張られる感じ、そんな感じの縫い方・・・

 

 

目がぼやけて、あたりは真っ白。

とうとう、手術してるところまで、何も見えなくなってしまった。

これが網膜色○変性症の人の気持ちかなぁって、

思いましたよ。

 

焦点だけが見えているって感じです。

 

 

そして、3時間半の大手術が終わり、

ベッドに着いた時は、もう午後11時を回っていた。

何時間だったんだろう。。。

 

ベッドで寝ようとした途端、激痛が・・・。

目が痛い・・・。まだ目から出血が出ていた。

 

動かさないでおこう。

一夜、徹夜しながらも、2日間寝れなかった。

痛くて痛くて、糸がかたまってしまうこともしばしば・・・。

 

1週間後に、目はぼやけている。

何も見えない。

でも、視力は前より良くなっているのがわかる。

0.3ぐらいは見えていた。

 

普通の食事をとれるようになった。

一般食だ。

 

裸眼で0.3は凄いぞ!!!

そして、私は退院した。

 

それから2週間に1回、診察に行っていた。

シクロスポ○ンと言う特別な目薬が貰えた。

冷蔵庫に冷やして使用して下さい、と言われた。

冷蔵庫、名古屋から岐阜に帰るまで、

ちょうどその時期が、2月だったから良かったと思う。

これが夏だったら、シクロス○リンの効果がない。

 

目薬を、6種類貰った。

面倒くさい毎日が始まった。

 

23歳4月に、ようやく視力が、裸眼で0.5まで回復。

眼鏡での矯正を検査してみました。

視力が、1.0と上がっていた。

何て景色で、何てこんなにクリアに見えていたのか。

そして、抜糸する為に、再び、手術室へ・・・。

処置室も何も、また手術室でやるんだなって思った。

 

30分で、抜糸が完全に糸が取れた。

これで大丈夫だと言われた。

24歳4月を迎え、車の免許証を取得できる視力にも

近づいた。

 

 

右眼1.0、左眼0.9

 

免許受けさせてください。

 

 

 

それと最後になりましたが、私は一番感謝してるのが、

これを読んでいる読者と、角膜提供者とその家族です。

本当に感謝しています。

皆さんの参考になれればと思って、手記をここに移します。

 

 

2006年4月4日   上原碧桜(うえはらあおさく)

 

 

ご視聴ありがとうございましたm(__)m

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