親友との再会

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中国語で言うと、”朋友”ですが、

先日、高校時代からの親友と夕食に行ってきました。

彼と出会ってちょうど25年目になりますが、少し遅れて到着したお店で座っていた彼をいたとき、眼鏡をかけて、スーツを着ている以外は(当時は眼鏡はかけていなかったし、いつも学ランかTシャツに短パンの部活で会うことがお互い多かった)昔と変わらず、”凛とした”存在感で僕を待っていたのでした。

高校のときからお互いに「似たもの」と「非なるもの」をそれぞれ持ち合わせていた彼は今でもやはりその両面(「似たもの」と「非なるもの」)を認め合える存在であり、全く違う人生を歩んでいながらも、会ってしばらく話すとすぐに、お互いの状況が手に取るように分かり合えるのでした。

そんな彼とのひと時は、非常に「心やすらぐ」一瞬でもあり、また同時に「鼓舞される」時間でもあったのでした。

これから10年後、20年後もまた、お互いがどんな状況であっても、「親友」であり続けられる、そんな仲間がいることを再確認した一日でした。
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ちょうど2003年12月のこと、僕とミンミン は上海の新天地にある薬膳中華料理の店で、初めて二人で食事をし、いろいろなビジネスの話をしました。
そのときに二人で6人分くらいの料理を全て食べたのですが、ミンミン いわく、「ここは薬膳料理だからたくさん食べても大丈夫だよ!」という今考えれば何が大丈夫だったのか、分かりませんがその言葉に安心し、二人でたらふく食べたのでした・・・(この後、体重6Kg増・・・)

以前からの持論で、「良く食べる人間に悪い人はいない!」という考えからもミンミンと一緒にビジネスをやることで何かが突破できるのでは?と考えるようになり、当時ミンミンが上海聯都投資諮詢有限公司でやろうと考えていた携帯電話による情報配信サービスの事業を一緒にやることを決めたのでした。

ある意味、上海でそこそこの結果を出しつつある「上海聯都」という会社とのアライアンス、特にミンミンをはじめとした上海聯都の経営陣(当時28歳くらいの若手経営者たち)とのガチンコ勝負のつもりで、2004年1月はそれこそ旧正月(春節)の休みも一人上海に籠もり、事業計画や営業時の提案資料作成など自分が日本でやってきた知識と経験をぶつけるという非常にワクワクする作業に埋没したのです。

上海の色んなお店に対し、この携帯情報配信サービス「モバイルクラブ」への加盟促進の営業部隊にいろんなマーケティング資料作成や、営業用の教育資料、研修等を行い毎日の営業管理を行ったのですが、本当にこの期間というのはいろいろなことを学ぶことが出来ました。

営業の人たちへのインセンティブの出し方、モチベーション、言い訳、そして何よりも驚いたのは会社を辞めるということに対する感覚でした。

それこそ、毎週といっても過言でないくらいに人が辞めていく。。。しかも大半は辞める本当の理由は一切明かさず、親を理由に使うことが多い。

また、上海のお店のマーケティングに対する考え方についても驚かされました。
当時の上海では(今でもその傾向は大いにありますが・・・)VIP会員=プリペイドカード購入者という位置づけが大半をしめており、会員管理(顧客データ管理)という概念はあまり一般的には行われていなかったのです。

つまり、上海の消費者にとってVIP会員たる一番の特典はやはり、サービスなり商品が安くなることでありそのためにプリペイドカードを購入すれば大幅なディスカウント(大体30%~50%)が受けられるということでそれで十分だと考えられていたのです。

ところが、このモバイルクラブの会員募集については非常に順調でした。

当時約5万人にカード発行していた上海聯都ですが、ひとりひとりに電話で勧誘したところ7割以上の確立で会員に加入するという回答が得られていたのです。

<続く>
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一昨日、5月18日は株式会社UCJ設立2周年でした。

2003年9月23日、ふかひれに釣られて上海に拉致されて2年半が経ちますがいろいろなことがありました。

今回、「上海-代々木ミッション」終了にあたり、この2年半を振り返ってみました。

当初、上海中庸信息通信技術有限公司という会社は成長著しい中国の携帯マーケットにおいて日本の携帯コンテンツを流すことにより、ビジネスを拡げていくという目論見の下2003年3月10日に設立されたのでした。

ちょうどSARSが大流行し、こぞって日本の大企業の駐在員などは日本に避難していた頃です。

そんな中、一人上海に残って中庸が携帯コンテンツのプロバイダーとして事業を行うために必要なライセンスの取得や、会社としての体制準備、SI事業の営業などを一人でがんばっていた当時副総経理であったK氏でしたがなかなか思ったように事が進んでいないまま、半年の時間が流れていったのでした。

そんな状況で僕が上海に行って、この上海中庸の最初は総経理代理として、赴任することになったわけですが当時は中国語はわからない、知り合いもいない、市場やビジネスの仕組みも全く分からないというないないづくしでしたので、任せたほうも、引き受けたほうも「まぁ、なんとかなるでしょう♪」的な「ノリ」でやってたわけですが。。。

K氏や当時の中庸のスタッフに聞いても、携帯コンテンツ事業を行うために必要なライセンスが今ひとつ明確にならないなかで、「ICP」というライセンスが必要だということと、ただ、このICPには携帯電話でのサービス提供は含まれていないため、やはり携帯サービス用の「ICP」ライセンスを取得する必要があるということ。。。なんだか、モヤモヤァ~とした霧の中を模索する日々が続いたのでした。

しかし、赴任後約1ヶ月半でなんとかインターネット上でのサービス事業を行うに必要な「ICP」ライセンスの取得まではこぎつけたものの、資金面の問題で携帯電話でのサービスを行うライセンスの取得は断念したのでした。

ライセンス取得と同時に、中庸では当時の中国ではまだなかった「契約期間コミットによる格安携帯電話販売」をはじめようとしていた、CDMAのキャリアである、チャイナユニコムの一次代理店と提携しCDMAの携帯電話の販売を始めたのでした。

しかも、いまだに店頭での販売が中心の上海で、チラシ配布による完全プル型販売方式で販売を開始したものですから、やはり問い合わせを頂いた際にも

・サンプル機を見たい
・実際に使えるかどうか?機能面等も確認したい。

という要望は多かったですが、そこは安く買えるという面を前面に出し、実機の確認は他の店頭でしてもらって購入は(新たな回線契約とセットではありますが)当社で購入いただくといった具合で、なんとかカバーし開始後3ヶ月間で順調に推移していったかに見えましたが、3ヶ月もすると他社が真似をし始めたのと、チラシ配布に対する取締りが厳しくなり、徐々に販売にかげりが見え始めたのと、チャイナユニコム自体この販売方式について手探りの状態であり、毎月審査ルールや申請ルールが変わるという状態が続き、これは長く続けるビジネスではないと判断したのでした。

そんなとき、上海で中国農業銀行や上海銀行のクレジットカード販売代理業を行っていたミンミンの会社と何か事業が出来ないか?と相談に行ったのでした。

元々日本のネット系ベンチャーともつながりのあったミンミンは、やはりクレジットカード販売によるワンタイムのコミッションだけではビジネスとして弱いと考え、クレジットカードを販売したあともそれらのネットワークからの収益が見込めるモデルとして、日本のネットマイルのような会員制度によるポイントの仕組みと携帯電話による、情報サービスを進めることを考えていたのでした。

<続く>
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ミッション終了

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奇しくも、同期であるうらさん と同日の発表となりましたが、4月末で、約2年間の『上海-代々木』ミッションを終了することとなりました。

ここしばらくはブログの更新もほとんどしていなかったのですが、この前のブログを見て、「何かが起こっている!?」と気づいて連絡いただいた、Jay さんありがとうございました。

本日より、新たに

『中国ベンチャーインキュベーション!
~ベンチャービジネスが中国経済に革命を起こす!~』


というタイトルで中国のベンチャービジネスの実態と、日本のベンチャービジネスがどのように中国市場に進出し成功していけるか?ということをテーマに全くの自分視点で書いていきたいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。

ゲバラ日記

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guevaradiary

親愛なるチェ・ゲバラがボリビアでゲリラとして戦った日々の様子が綴られています。

その内容とは極限状態で人がどのような行動を取り、自分がどう考えどう判断していったかを冷静に綴られているのですが、まず1つ言えることは、このボリビアのゲリラ隊(ボリビア人だけがメンバーではないが)を率いているゲバラの置かれた状況から比べると、この2年間の僕が置かれた状況はマシだったのだろうと・・・ただ、ゲバラはゲリラ隊のスタート時点での『軍事指導者は自分である、たとえこの革命がボリビア国内で行われていようと』とその指導権について譲らずに開始している時点で、僕とは違っている。

結果論で言うと、革命の結果はどうであれ、ゲバラの選択は正しかった。

いろんな意味で勇気付けられ、そしてまだまだ自分の甘さを反省することが出来る一冊です。

Che・Guebara

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このブログの冒頭の言葉。


酒は飲まない。タバコは吸う。
女を好きにならないくらいなら、男をやめる。
だからといって、あるいはどんな理由があっても、
革命家としての任務を最後までまっとうできないならば、
僕は革命家であることをやめる。
ー エルネスト・チェ・ゲバラ ー


改めて自分に照らしながら、今後の自分のなすべきことを考えています。


いつまでも僕が僕であるためにも。。。