慈愛だより 第34号

テーマ:
「生きる道」

 今は亡き偉大な教育者の「森信三先生 訓言集」の七十頁に「男一匹、生きる道」と題して次のように語っていらっしゃいます。

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 すべて我々は、自分のたどった運命を、あるがままに感謝することが大切です。これが自己にとって最善だとして、安んじて努力することが肝要です。この道理を理屈としてでなく、実感として味わえば、それだけでも実に大したものです。随って諸君らの中に、高等学校(旧制高校)へ行けずに、この学校へ来た人があるなら、それがその人にとって実は最善だというわけです。私にしても高等学校へ行ったらよいのに、それが出来なくて高等師範へ入った為に、友人たちが二十四歳位で大学を卒業したのに、こちらは三十で卒業したのですが、しかもそれが私にとっては最善だったと思います。
 しかしこれらは諸君らにしても同様なはずです。高等師範に行きたいと考えたのが行けなくても、人間には男一匹、生きる道があるのです。
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 とあります。今の時代まさか「女一匹」と云う表現は間違っても絶対にできませんが、次のような表現を許してください。
 どんな苦境が訪れようが、いざという時の女性の芯の強さは、男性をはるかに超えている場合もあるかもしれません。
 家事、育児、夫を支える思いやり等々、数えあげたらきりがありませんが、中でも、何かをしなければならない時の決断力には、私も同姓の女性でありながら頭が下がります。又、そのような女性が身近にたくさんいらっしゃいます。
 特に、限られた時間に、お子さんを保育所等に預けられ、パートとして働かれる女性には、思わず応援の愛のエールを送りたくなります。加えて、愛しささえ感じます。

 私が都立南多摩高等学校を卒業した時は、担任の先生が一生懸命に就職を勧められました。このように書く時代は、一昔も二昔もさかのぼりますので笑わないでください。
 先生のお考えの中の、「女性は出来れば就職せずに花嫁修業をして、なるべくなら早く結婚して、夫を支え、子達を授かり、子育てに専念するのが一番幸福です」と言われた事が、いまだに強烈に覚えています。
 まだまだ気持ちの上でも幼かった私は、先生の云われることを一番守りたいと思い、その通り云う事を聞きました。今は亡き両親も、先生と同じ気持ちでした。
 しかし現実は、中々その通りにいかないのが人生だと気付かせて頂いたのは、一体全体私が何歳の時だったのでしょう。思い出したくともあまりにも年数の経過が早かったのか、忘れてしまいました。きっと「昨日?」だったのでしょう。

 でも人生と云うものは結局、「私の人生は、私が歩ませて頂いた人生が、私にとっては一番最幸(最高)」、と思うようになっているようです。故にその都度、その人にとって最も相応しい、様々な人生体験を授けてくれるのでしょうか?そうなのですね、きっと。

 あなたは如何でしょうか。現代は又、時代が更に進展して、様々な生き方があって、それがその人にとって一番素晴らしい生き方のようです。

追伸
 久しぶりの慈愛だより、ご意見頂けたら嬉しく思います。

 また、4月20日(日)午後2時から、「未来への約束~地域再生フォーラム」と題して、ジャーナリストの田原総一朗さんとパネルディスカッションをさせて頂きます。よろしければぜひ会場にお越しください。【枚方青年会議所主催、参加無料、会場:大阪歯科大学キャンパス(京阪電車樟葉駅すぐ)】


平成二十六年 三月二十四日
欠野アズ紗(閑(かん)清(せい) 慈愛(じあい))


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