流行に乗ったと思われるのは嫌いだけれど、大事な本だと思ったので「ファイブ・ポインツ」と合わせて購入してみた。

ファイブ・ポインツが演技をする際のコツや見せ方の理論で、こちらは演技をする際の心構えといったところか。

どちらも良い本でオススメだが、まずはオーディエンス・マネジメントを読むことを勧める。


心構えは演技の基盤となるものだからね。


まあ、
こういう理論本を鵜呑みにするのは良くない、なぜなら理論というのは自分の経験から構築していくものだからだ。とはよく聴くはなしだけれど、自分の理論を補強していくのには役立つと思う。


僕も少し自分の考えを変えなければならないな、と思ったし。


僕は「魔法」というものをマジックで表現したくてこれまでやってきたけれど、それはお客さんのことをちゃんと考えているのか?と思ったんだ。
それ以前にお客さんがちゃんと楽しめることが優先なのではないか?って。


芸術家の在り方ってのは、お客さんに売れるものを創るのではなく、創ったものが売れるのだ。なんてはなしを聴いたことがあるんだけれど、お客さんを中心に演技を考えると、これとは噛み合わなくなってしまう。


もちろん、自分の表現したものがどのお客さんにも喜んでもらえれば最高だけれど、そうもいかない場合もあるだろう。

マジックというのはお客さんがいなければ成り立たないものなので、「魔法」を表現してお客さんにどう思ってほしいか?というところをもっとしっかり考えなければ、と思った。
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火霊術


今、頭の中にあるモヤモヤをうまくまとめられるとは到底思えないけれど、これを書いている最中に少しでも形になってくれればいいなと思う。


火を一種の演出効果としてのみ使うマジシャンはとても多い。

フラッシュペーパーからコインを出したり、マジシャンが入った箱に突然火がついたり。

それらをやっているマジシャンはわかると思うけれど、お客さんはとても驚くだろう?


だから、それそのものを現象にしてみた。

火を出現させる魔術。
すなわち「火霊術」。

本来、火を出現させる儀式をなんていうかはわからなかったので、どっかで聞いたことがある単語の「火霊術」というのを用いることにする。漢字的に違う意味っぽいけれど。



古来より「火霊術」という儀式が行われていたかどうかはわからない。

少なくとも僕が読んだ魔術の本には載っていなかったから、そう有名なものではないと思う。


火を起こすことは人類最古の発明だと言うし、火をわざわざ儀式でださなくても、別段困らなかったのだろう。


まあ、詳細はよくわからないから、今後調べていくものとして。


閑話休題。


魔法使いというと、子供たちが思い浮かべるのは、火で相手を攻撃したり、雷を呼びよせたり、空を飛んだりするものではないだろうか。


ファンタジーの影響を強く受けているからか、実際にいた魔術師たちのイメージとは少し離れている。

だけれど、マジシャンがそれらを起こすことができるのであれば、魔法使いになりたい僕としてはやらない手はない。

雷を出すことはさすがに難しいけれど、火を出すことは誰だってできる。文明の利器ってやつで。

マジック道具のことをブログなんかでどこまで説明していいかわからないから、ここでは単に「フラッシャー」としておく。

今日ではこれのスイッチをただ押すだけで火を起こすことができる。

既存のマジックであれば、これから何かを出現させるのだけれど、この「火霊術」ではこれで終わりだ。

しかしまあ、これだといくらなんでもらつまらない。何か隠し持ってたんじゃないの?と思われて終わるのがオチだ。

だからこれを一つのルーティンとして膨らましていく必要がある。

(余談として、僕が大学一年生のころ友人に「なんかやって」と言われ、ちょうどフラッシャーを持っていたので(苦笑)、「メラ!」といいながら火を出したら、とてもウケた。そりゃあもう尋常じゃないくらいウケた。今でもリクエストがくるくらいだ。まあマジシャンの手順としてはこれではダメだと思う。すぐMPが切れるし)


要は「いかにも」なオーラを出して呪文を唱える。
道具も「それらしい」ものをならべ、雰囲気を作る。
そうしてお客さんの緊張を高めていってから、極限のところで火を出す。

ただ単純に呪文を唱えたら、コメディになってしまうから、この雰囲気作りはとても大事だ。全てとさえ言える。

演技例をあげると、
まず、古来から魔術師の間で行われていた「火霊術」についての話をしながら、道具をならべる。
暗い色のスカーフ、魔法陣が描かれた古紙、ゴブレットに入ったキャンドル、怪しい小瓶、得体の知れないパウダー、いかにもな小石など。

ならべる動作もひとつひとつの道具を説明しながら(確かな知識を持っていた方が良いが、フィクションでも構わないだろう)、ゆっくり行う。フラッシャーはどこかにしまっておき、手が空のことをアピールする。


並べ終わったら、手をキャンドルにかざし、力を込める。
「これで火が出るのか?」とお客さんに思わせるが、一旦手を引っ込め「準備が完了しました」などといい、緊張を続かせる。このときフラッシャーをスチールする。

「火之夜藝速男神(ひのやぎはやをのかみ)よ。我にその力の片鱗を授けたまえ!!」などと呪文を唱え、力を込めた後、火を出現させ、キャンドルに着火する。


すぐさま、お祓いや後始末の名目でパウダーを取り出し振りかける。このときフラッシャーを処理する。

キャンドルに火がついているので、出現させた証拠となる。


これで終了。

試したことがないから、なんともいえないけれど、お客さんは結構驚くと思う。

雰囲気作りが全てだから、そこをきっちりして、「本当に出るのか?いやまさか…」くらいの気持ちにまで持っていければ成功すると思う。


なお、生半可な知識でこれをやると、世界の神、宗教、魔術などに詳しい人が観客の場合、問題が起こりそうなので、それを起こさない程度の知識、演出で行うことが肝要だ。


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僕はメンタルマジックだけを好んで演じているわけではないけれど、メンタルマジックは総じて「魔法」としやすいから好きだ。

手から炎を出すとか、空を飛んだりするようなビジュアルなものではないけれど、思考を読み取ったり、相手を無意識下で操ったり、未来を予言するのは誰もが羨む能力でしょ。


透視、予知、予言、操作、テレパシーなど、どれも「そういう魔法も」ありそうだろう?
どちらかというと「魔術」って言葉がしっくりくるかもしれないけれど。


しかしまあここで問題になるのは最近流行りの「メンタリズム」。
人の心を操る人為的な策略を総称してそう言っているのかな?
……定義は不明だけれど、視聴者からは「なんとなく超能力のようなもの」として受け取られている場合が多い。
フォーク曲げなんかも実演されているからね。イメージがごっちゃになったんだと思う。


そうなってくると、
こちらは魔法もしくはメンタルマジックのつもりで演じているのに、お客さんからは「超能力」もしくは「メンタリズム」として受け取られてしまう可能性がある。

伝えたい表現が伝わらないのは悲しいけれど、間違った解釈をされてしまうのはもっと問題だ。


まあ、魔法使いとして演じているのを見せたいわけだから、「魔法使いは超能力も使える」と示すことはそう悪いことでもないようにも思うけれど、
僕個人の考えではやはり魔法(マジック)と超能力を切り離して考えたくなくて、どちらも魔法として見せたい。

僕が演じることは基本的にマジックと占いと昔の話だったりするんだけれど、そこに「超能力」という異分子をいれたくないんだ。

や、超能力を否定するわけではなくて、ただ伝えたいものの違い。

だから、お客さんに超能力として受け取られないための策略、または言われた際の切り返しなどを考えていかなくてはならない。

まあ、最悪そう受け取られてしまっても、心に「確固たる自分」が存在して、自分が何者なのかを理解していればいいかなとも思う。


そりゃあ伝えられるように努力はしなきゃだめだけどもね。
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