JetClipper's Bar

JetClipperが日頃感じている事をblogにしました。

東京生まれですが、沖縄、多摩ニュータウン、横浜、尼崎、川崎を経て、三鷹市民になりました。


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 教育再生会議が第一次報告をだし、ゆとり教育の見直しやいじめ対策、教員免許の更新制度、そして教育委員会の見直しについて言及があった。現状では私はまだ否定できるだけの材料はないが、少なくともゆとり教育は止めて必要な知識は詰め込むべきだと言う考えだし、その為に教育委員会のあり方、教員免許のあり方を考える必要はあると考えている。

 また体罰についても私は肯定的だ。事実私の親は、学校に対し、仮に体罰をしても何が悪かったのか説明でければ責任は問わないとはっきり書面で出していた。私は優等生タイプだったので教師に殴られることはなかったが、弟は悪さをして殴られた経験があるはずだ。学校は教育の場である以上、教師が児童・生徒の上にあるのは当たり前。教育上の必要があれば体罰も認めるべきだ。いじめを阻止するために必要なこともあるだろう。身体的に何か傷害を負わせれば十分犯罪。警察の導入も私はありだと思う。子供の犯罪に性善説で臨む必要はない。悪いことは悪い、悪いことをすれば警察に捕まる、という当たり前のことを教えるのが先ではないだろうか。


 そろそろ企業にもゆとり教育を受けた学生が入社してくる。この2年ばかり、ゼミ生と生で接する機会が少なく、当世の学生の状況が以前ほどつかめていないのだが、何か変わったところがあるのか。少なくともやる気のないバブル採用以上の世代よりはコンピュータリテラシ等もあるだろうから、後は社会経験の世界だけかもしれないと私は思っている。(私は大学名より所属していたゼミ重視という考えなのは、師匠の影響に負う所が多い。堀越ゼミは2年間でそれ以上の教育を私にくれた)


 最近思うのは、格差というのは知的好奇心と公共心の格差ではないかと。

 知的好奇心をなくした人は、自らを高める勉強もせず、世の中の事象を詳しく調べようとしない。そしてテレビが言っていた、新聞が書いていた、ゴシップ週刊誌が書いていたことを事実として話をする。その情報の裏も取らないし、論理的におかしいことも検証しようとしない。知的怠惰というべき自体になっている。ビジネスパーソンで知的怠惰に陥ると私は非常に危険だと思う。この数年の時価会計や税効果会計、キャッシュフローは私が大学を卒業してからスタンダードになってきたもので、キャッチアップしていないと全く会計を知らないのと同じである。政治も経済も流れが変わった。外交も軍事も完全に変わってしまっているのに、話していると1970年から変わっていないのではないかという人に出会うと頭を抱えてしまう。

 

 公共心の欠如は子育てにも現れる。給食費を払わない親というのか昨今問題になっているが、路上でタバコを吸ったりごみをポイ捨てすることがなぜいけないのか、それは子供より大人の方がたちが悪いかもしれない。先日交差点で、高校生が携帯灰皿にタバコを捨て、50代くらいの紳士が消さずにポイ捨てしたのを見て、非常に違和感を覚えた。


 何しろ今のバブル採用以上の世代は、コンピュータリテラシもない上に、法律や経済の基礎知識に欠けている。金利の計算も出来ないし、リスクとリターンの関係を説明してもわからないだろう。私の知人のライフプランナーがいつも嘆いていたのは、「俺は学がないから任せるよ。」という契約者の存在だった。昔ならなあなあで良かっただろうが、今の保険は相手に内容を理解してもらわないと問題なのだ。彼は「なぜこの人は自分のことなのに知ろうと努力しないのか。」とこぼしていた。色々なことにそれはいえるのではないだろうか。


 もしかすると、今教育が必要なのは子供ではなく、大人の方なのかもしれない。本当にやった時には、子供の教育以上の困難が予測されるだろうが、そうしないと不良老人達にこの国をめちゃくちゃにされるかもしれない。



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