武頼庵のブログ

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 お元気でお過ごしでしょうか?
 ご無沙汰しています。
 
 私は元気でしたが、先週土曜日に熱を出して、翌日調べたらインフルエンザA型にかかっていました。
 筋肉痛が辛かったですね。
 感染防止の為に学校と道場は休みました。
 水曜日あたりには熱は下がり、筋肉痛も軽くなってきました。

 ゆっくり丁寧に生きることを学びました。
 ずっと焦って生きてきました。追い込んでいましたね。でも、もう充分です。

 ゆっくり丁寧に生きることで、かえって色々片づきます。
 骨休めでした。

 今日は稽古です。
 楽しくやるべ。

 今年もよろしくお願いいたします。
 では失礼いたします。
 ごきげんよう。


      武頼庵
 
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 お元気でしょうか?
 
 当方、今年に1月から小学校の特別支援教育の支援員をしていますが(一旦辞めようと思いましたが、まだ続けていました)、学校の前の道を挟んで向こう側に楓とおぼしき大きな木があるのを知っていました。
 この木は毎年見事な紅葉を見せてくれます。
 いつか記録しておきたいなと思っていましたが、今年1月から少しずつですが写真に写していました。
 水に映える紅葉は見事です!

 一年間の移り変わりです。
 お楽しみくだされば幸いです。


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 お元気でしょうか?

 更新をしないのに何度もご訪問くださり、本当にありがとうございました。
 心より感謝申し上げます。

 さて、随分寒いですねぇ!
 お元気でお過ごしでしょうか?
 当方、元気に生かされています。


 ところで、今日のタイトル「デイビーの死」ですが、ちょっとだけ退院後に話を進めます。
 5月20日に私は退院しました。
 退院して少々疲れていました。
 何故なら、まだまだ歩く速さや動作は以前とは違い速くできないからです。
 町中を歩く時には安全を考え周りに気をつけて歩きますから疲れます。
 外へ出ますが早々にホテルへ戻りたくなるのです。
 一番大きな理由は大便が近くなったからです。
 後に知ることでしたが「排便障害」、あるいは「頻便」になったからです。
 この辺りのことは改めて書きます。

 そんな日が始まって4日目の6月24日(2012年)に犬の世話を頼んでいたお弟子さんの着信履歴が私の携帯電話に残っていました。
 電話がかかっていた時、私はシャワーを浴びていて着信音が聞こえていませんでした。
 ひょっとしてデイビーが死んでしまったのかと思いつつこちらから電話をかけました。
 お弟子さんが電話に出て「ダメみたいですよ」と言いました。
 「死んでいるんですか?」と確認をしたら「はい」と言いました。
 息をしていないと言います。
 前日電話があったときにハエがたかっていて様子がおかしいと言っていました。
 帰郷するまで後一週間ちょっとと考えていてデイビーの死には間に合うかと思っていたらあっけなく死んでしまいました。

 お弟子さんにお詫びを言ってアジサイの近くに深めに埋めてもらうように頼みました。
 市役所に死んだペットの処分を市役所のどこかの係がしてくれるかどうか聞いてみたが、ペットの処分は飼い主がすることと決められているとのことでした。

 かわいそうなことをしました。
 私は十分にこの犬をかわいがることはできませんでした。
 支配的でした。

 デイビーが生まれて3ヶ月の頃に糟屋郡の宇美町のある方からいただき実家に連れてきたことを思い出します。
 当時私は福岡市に住んでいて一緒にデイビーと住んではいませんでした。
 実家に義母が一人暮しでいて、番犬が欲しいと言っていたので探していたときにもらった犬で、雌の柴犬と父親がどこの犬か分からない雑種の犬でした。
 濃いめの茶色の犬で柴犬の特徴は残していました。
 テレビ大阪から放映されている「和風総本家」に出てくる豆助の毛色を黒っぽくした感じです。
 両前足の爪先から10㎝くらいまで白く、近所の子どもたちからは白い靴下を履いていると言われていました。
 当時はコロコロしてかわいい子犬でした。
 犬を飼うのに必要なものを準備したり、必要な注射を打ってもらったりして義母に預けました。

 デイビーと暮らし始めたのはⅠ年後くらいで実家に戻ってからです。
 1歳になると体は大きくなり、力が強くなっていたので、義母が散歩に連れて行くのが少々大変になってきていました。
 1年の間にデイビーをしつけたのは義母でしたが、うまくいっているとは思えませんでした。
 改めてしつけをしたものの癖は抜けづらいものでした。
 特に飼い主である私の先に行くことを辞めさせるのはほとんどできませんでした。
 他にしつける方法があるのでしょうが、そこまでは手が回りませんでした。

 仕事へ行き、遅く帰ってくるとワンワンと吠えました。
 デイビーの居場所は、義母の部屋の側のコンクリートの土間でした。
 土間の上にプラステック製の浅め(10㎝位)で犬が寝るには十分な大きさの箱を置き、その中に古いバスタオルを敷いて寝床にしていました。
 土間の明かりをつけるとお座りをしてしっぽを激しく振りハァハァと息を激しくして待っています。
 義母は私が帰ったのをデイビーの吠える声で知り目を覚ましていました。
「今やったかい(今帰ったのかい)?」
「うん。」
 そう私は答えてデイビーを見ます。
「今帰ったばい。」
 犬にそう答えてから外に出しおしっこをさせます。
 外に出ることが好きで、その喜びようといったら凄いものです。顔つきが嬉しさでいっぱいの表情になります。
 おしっこが終わると辺りの地面などの匂いを嗅ぎ回ります。たまにその後うんちをします。
 面倒くさいのですがうんちは処理をする必要があります。
 そんな事を終えて、また土間に戻します。そして明かりを消します。

 私は撫でてやることをそう多くはしませんでした。
 犬は嫌いではありませんが、どうしても独特のにおいがあるので、そのにおいが手に移るのがイヤだったのです。
 もちろん、後で手を洗えば済むことですが。
 犬に顔をペロペロと舐めさせることも苦手です。
 でも、飼い始めたからには世話をする必要があります。
 朝夕、もしくは朝晩の散歩、餌やり、糞の始末、体洗い、などなどやることはたくさんあります。
 時々思いました。
「お前、いいなぁ。世話をしてもらって。」
 犬への嫉妬であります。
 母の愛情に飢えている私という人間の嫉妬であります。
 恥ずかしいことですが暴力をふるったこともあります。悲しいですね。
 犬好きの方にはおしかりを受けますが。

 デイビーは死ぬ1年くらい前に両目が見えなくなっていました。
 その5、6年くらい前に片方の目が見えなくなっていることに気づきました。
 その時は獣医師に聞いて山口大学の獣医学部を紹介してもらってそこへ行こうと思い問い合わせをしましたが、何らかの理由で断られました。
 結局その目は見えぬままでした。
 やがて前述したように両目が見えなくなりました。
 また、屋内でおしっこをするようになりました。コンクリートの上とは言え、屋内でおしっこをされると臭いがして、また掃除が大変になりました。仕方なく犬小屋を用意し外で飼うようにしました。 
 その前くらいには一時的におしっこも出ないこともありました。
 食欲が無く、餌を置いても食べないので死期が近いのかと思いました。
 素人の勝手な判断ですが、尿管が結石か何かで詰まっていたのかもしれません。
 水だけは飲んでいましたが、やがておしっこをするようになり、餌を食べ始め食欲も出て元気になっていきました。ただ、家の中でおしっこをし始めると老いを感じずにはいられませんでした。

 そんな時に私にガンが見つかり私は地元の病院に入院。
 その時も前述のお弟子さんにデイビーの世話を頼みました。
 1週間の入院でしたが、家には帰ることができデイビーの様子を見ることはできましたし彼はまだまだ元気でした。でも、手術のために私が家を空けるとデイビーは寂しかったのかもしれません。飼い主に見放されたと思ったかもしれません。
 逝ってしまいました。

 かわいそうなことをしたな、と思う反面、デイビーのために神様に祈ると現れるイメージはデイビーの笑顔なのです。
 デイビーは私にガンを持っていったようにも思えます。
 勝手な私の想像かもしれませんが、そう思えるのです。
 私のガンを持っていき、私の癒やしのために祈るデイビー。
 きっと意味があるのでしょうね。

 また、犬を飼ってみたいと思うことがあります。
 猫がいいかな、と思うこともあります。
 でも、今の状況では無理ですね。
 自分自身さえもコントロールできないのに。
 
 今回は寂しい記事でした。

 寒さが続きます。
 どうぞご自愛くださいますように。

 では、失礼いたします。
 ごきげんよう。


     武頼庵
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