武頼庵のブログ

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 日本では新年度が始まりもう半月。

 消費税は8パーセントに上げられました。

 我が収入も上がればいいなぁ!


 さて、ご無沙汰いたしました。

 毎日訪れてくださる方々に心より感謝いたします。

 未明に訪れてくださる方があり凄いなぁと思っています。


 久しぶりに「ガンでした」を書きます。

 早く終えなければ。


 

 さて、上京する前に愛犬デイビーの世話を柳川の道場のお弟子さんに頼みました。

 デイビーは13歳の高齢犬です。

 私が福岡から地元へ戻った頃はまだまだ元気でしたが、この数年は両目は見えず、体はやせあわれでした。

 隣町の病院に1週間入院したときも同じお弟子さんに頼みましたが何とか元気でいてくれました。

 今回は1ヶ月ほど東京へ滞在する予定でいましたので少々心配でした。

 動物病院で預かってくれるところを探しましたが残念ながらありませんでしたのでお弟子さんに頼みました。


 もう一つしたことは、私を知る人たちの名前と連絡先を入力しているパソコンからプリント・アウトしておくことでした。

 プリント・アウトしたものを荷物と一緒に持って行き、もし私が死んだ場合は弟にそれらの人たちへ連絡してもらうつもりでした。


 さて、5月1日に上京。

 翌2日に虎の門病院の消化器外科(下部消化管)で診察を受けました。

 この科は腹腔鏡手術の数が多く、地元にいるときからお世話になっていた東京のクリスチャンの姉妹の勧めがあり、手術を受けるとしたらここのK部長に手術を願っていました。


 この先生との診察や面談を受け、結局手術をした方がいいと勧められました。

 「手術を受けるとしたら」と前に書いていますが、私は心の内で神様の癒やしによりポリープが消えて無くなることを願っていたからです。しかし、前の病院でのデータを先生が見られる限りの結果は手術の勧めでした。

 私は「あ~あ、手術かぁ!」と心の中でつぶやきました。

 手術を受けるとしたら早いほうがいいと思い先生の都合を聞きましたがなかなかスケジュールは空いていません。

 先生は先生のスケジュールに私の手術を入れることができないかスタッフに尋ねてくれましたが都合がつかず、先生のお弟子さんM先生から手術を受けることとなりました。


 この日に入院をしても良かったのですが、翌3日から4連休でもありせっかくだからゆっくりと東京見物でもしようと思い、また保証人の署名が必要でありそれを弟に頼むために時間を取らねばなりませんでしたから7日(月)からの入院としました。

 ただ、この2日にできる検査は受けておいた方がいいということで検査を受けました。

 残る検査は7日以後に受けることとしました。



 検査を終えホテルへ行き名簿の整理。

 特別に遺書を残したわけではありません。

 もし、私が死んだ場合、弟が名簿を弟が見て私の意図を察してくれてその名簿に私が記している人たちに連絡を取ってくれればいいと思っていました。

 もし死んだ場合には連絡を取ってくれるよう言った方がいいとも思いましたが、結局忘れてしまっていました。



 では、また。

 お元気で。



     武頼庵

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 ご無沙汰しています。

 お元気でお過ごしでしょうか?

 今回は2009年10月10日付け記事を再掲します。

 小学校で仕事をしていて大切だなと思わされます。

 小学校の実情は追い追い書いていきます。

 今回はこれでご容赦を。

 では、また。

 お元気で。


 『こんにちは。

 お元気でお過ごしのことと思います。


 さて、今回は信愛会のチラシの裏書きを載せてみたいと思います。


〔よう子ちゃんの話〕
 ずっと前、知的障害の人たちを預かる施設によう子ちゃんという子がいました。
 もうすぐ施設を出なければならない年齢が近づいてきたので施設の先生たちはお金のことを教えました。
 硬貨を順に500円から並べて100円、50円、10円、5円、1円と机の上に置きました。
 先生はよう子ちゃんに教えました。
 「いいかい、よう子ちゃん、この500円玉が一番価値があるんだぞ。」と、順に100円、50円、10円、5円、1円と教えていきました。
 先生はよう子ちゃんに聞きました。
 「どれが一番価値のあるお金かな。」と。
 よう子ちゃんは指さしました。そのお金は10円でした。
 先生は今日は最初だから仕方ないかなと思いました。
 それから毎日、先生はよう子ちゃんにお金のことを教え続けました。
 10日ほど教えた後、先生はもう大丈夫かなと思ってよう子ちゃんに同じように聞きました。
 「よう子ちゃん、どれが一番価値の高いお金かな。」と。
 よう子ちゃんはさっと指さしました。でも、また10円でした。
 先生はかなりガッカリしました。
 「よう子ちゃん、違うだろ。この500円が一番価値が高いだろ。」とちょっとイライラして怒って言いました。
 それから後もまた何回も何回も同じことを教えましたが答えは一緒でした。
 そこで、先生はよう子ちゃんに聞きました。
 「よう子ちゃん、なぜこの10円が一番価値が高いの。」
 先生はその答えを聞いてどちらが知的障害か分からなくなるくらい恥ずかしい思いをしました。
 皆さん、よう子ちゃんは何と答えたと思いますか。
 でも、その答えを得る前に次をお読みください。


doing(ドゥーイング)
 その人の外側に見える部分。外なる人。比べられる部分。物(もの)化する部分。建前の部分。いずれ廃れる部分。人のbeingを見る時誤ったフィルターになりやすい部分。上手に使うと人の生活や暮らし、仕事に役立つ部分。知識。

being(ビーイング)
 その人の内側にある部分。内なる人。存在、いのち、ぬくもり、確かさ、本音の部分。外から見えない部分。あまり見ようとしない部分。傷つく部分。人と比べられず同じになることのできないその人独自の部分。いつまでも成長する部分。智恵。

Being(ビーイング)
 人格的な神。創造主。真理。beingのおおもと。


〔虐待は洗脳〕
 私は4、5歳の頃、父親からタバコの火を指に付けられ恐怖したことがあります。これが2回ありました。
 こういう体験は後の人の人生に大きなマイナスでしかも不自由な影響を及ぼします。

 また、私の実母の死後、父が再婚した義母は強制的にお母さんと呼ばせ、まだ慣れていない時期にそう呼ばせ、あげく食事の時など度々暴言を吐くようになり関係は最悪になりました。


 関係修復は不思議な形で30年も後に起きましたが子どもとしての私の心の中にはいつも復讐心がありました。
 虐待は洗脳となります。恐怖で相手をコントロールしようとします。
 恐怖でなくても以下の習慣は死を招くおそれがあります。


〔死に至る致命的7つの習慣(外的コントロール)〕
 (1)批判する
 (2)責める
 (3)文句を言う
 (4)ガミガミ言う
 (5)脅す
 (6)罰する
 (7)相手をコントロールするためにほうびで釣る


 これらの習慣を使ったことのない人は残念ながらいないはずです。
 まだ、致命的になっていなければ本当に幸いです。早くやめることです。
 これらの習慣は一時的には効果があるから使われるのです。


 会社で使えば「黙って上の言った通りにしろ!」のボス・マネジメントになります。人間関係は壊れかねません。


 家庭で使えば夫婦関係、親子関係が壊れます。
 家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)の原因の多くはこの習慣によります。親殺し、子殺しも一緒です。
 また、親より収入の少ない子どもを育てることになりかねません。
 親が年金生活を始めても子どもが定職に就かず収入がなければどうやって生活をしていくのでしょう。そんな子どもを殺しますか?そういうわけにはいかないでしょう。


 学校で使えば先生と生徒の関係が壊れます
 結果的に成績が上がりません。あるいは形だけ出席して塾で勉強をするという様なことが起きてきます。


〔人のいのち、存在を見る beingとdoing(ビーイングとドゥーイング)〕
 死に至る7つの習慣は私たちのいのちや存在であるbeingを傷つけます
 信愛会空手道では空手道を学ばれる方々と学ばせる方々にbeingの大切さを説明いたします。

 皆さんにはbeingと呼ばれる皆さんの存在やいのちが見えていらっしゃるでしょうか?
 失礼を承知で申し上げますが、親子でも多くの方々は頭では分かっているもののなかなか見えていないものです。そして、かけがえのない人同士としての、being同士の、いのちある人としての出会いができていないものです。
 なぜなら、表に見えるdoingしかほとんど見えないからです。
 顔つき、化粧、ヘアスタイル、服装、ファッション、持ち物、態度、言葉づかい、金を持っているかいないかなどなど、様々な生活習慣しか見えません。

 外側に見えるものは演技で無理に変えることができます。しかし、内側のbeingを自分で無視してもそれでもまだbeing は生きています。
 生きていくために仕方なくdoingを変えることもできます。でも、本音(being)と建前(doing)がズレていますのでなぜか違和感を感じながら生きています。
 そのうちに何が本音で何が建前か分からなくなってきます。つまり自分が一体何をしたいのかが分からなくなるのです。自分を見失います。不幸です。

 信愛会空手道では当然空手が強くなる、上手になることを大事にします。しかし、このこと以上に大事にすることは、信愛会空手道をする人がその人らしさを更に取り戻していき自由になるということで、このことを心より願います。そして信愛会空手道を楽しんでいただきたい。そのためには私は学ぶ人のbeingを見るように努めます。


 beingが受け容れられるとdoingが変わっていく可能性は大いに高まります。なぜなら楽になるからです。
 空手道の稽古を人から追い立てられてイヤイヤながらやるのではなく、自発的に楽しくやってもらいたいのです。

 礼儀ができない、女々しい、弱い、いじめられないように、闘争心がない、根性がないなどと言って来られる方がこういうことを変えようとして子どもさんを連れて来られたり、また本人が来られたりしますが、これらの多くは結果的に遠回りになります。
 なぜなら、外側のdoingを変えようとしても内側のbeingは痛んだまま、傷ついたままだから傷が癒され傷つけた相手を赦すまでは本人は変わろうとしないからです。傷は傷と思わない位当たり前のようになっていますが気づかないだけで残っています。


 痛んだbeingの傷は癒されなければなりません。しかし、beingを傷つけたのが残念ながら親自身や親に代わる人であることが多く、このことに気づいている人は少ないです。
 誤解のないようにしていただきたいのは、親や親に代わる人が悪いのではないということです。ただ、親のbeingも今までに傷ついているので表に出てくるdoing(この場合は言動)が意識的にせよ無意識的にせよダメだと分かっているのに人を傷つけている場合があるのです。


 痛み傷ついたbeingは癒されなくてはなりませんが、実はその場合生きている誰かを傷つけないと癒されません。「エッと」思われますか?でも、本当です。
 夫婦間で、親子間で、友達間で、上司と部下の間で、自分とペット間で、などなどで起きます。それらの形がイジメであったり虐待であったり、家庭内暴力であったり、時には無差別殺人であったりします。こうなると自分も人もbeingは益々痛みます。傷つける相手がいない場合自分を傷つけます。究極が自殺です。

 こういう不幸を防ぐためにも、先ずbeing、つまり内側を癒し、なぐさめ、強めることが必要です。簡単ではありませんが、でも近道です。そうすると自分が自分でいいという自信が養われます。

 外側に見える強さを身に付ける自信の付け方もあります。しかし、これは比べる世界です。自分よりもっと強いものが現れた時には更なる努力が必要です。終わりのない世界です。このことを否定するつもりはありません。でも、内側のbeingが痛みます。燃え尽きるかも。

 皆さん、今、一旦止まりませんか?自分のbeingを見てみませんか?
 もし信愛会空手道をやってみたいと思われるなら、beingを大切にし、どうせやるなら楽しんで空手をやりませんか。もちろん楽しくやれなくてもOKです。それも素晴らしいことです。

 一番知って欲しいこと。それは、強くてもそうでなくてもあなたはあなたのままで素晴らしい存在ということです。このことを是非からだで知ってください。


〔よう子ちゃんの話のつづき〕
 ところで、よう子ちゃんは10円が一番価値が高いと言いました。
 なぜなら、そうその通りです!
 ずっと前のことですから、この10円玉があれば公衆電話でいつもは会えない大好きなお父さんとお話ができるからです。

 外に見えるよう子ちゃんのdoingは10円を選ぶこと。でも、先生はdoingだけ見てbeingが見えていませんでした。だから、どちらが知的障害か分からないと恥ずかしい思いになられたのでした。

 今の時代こそ心の時代。お互いのbeingを大切にしたいものです。



 今回は私の休憩にお付き合いありがとうございました。

 気分を害されましたらそれは私の望む所ではありません。どうぞ、私の未熟な点です。寛容にお赦しくだされば幸いです。

 では、また。お元気で。


     武頼庵


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ユニバーサル空手道連盟信愛会

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0944-74-5278』

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 寒い日が続いていますがお元気でお過ごしでしょうか?

 当方、先月14日から母校の小学校で特別支援教育支援員の仕事に就きました。
 夜型の生活を朝型に変えざるを得ず少々苦労しましたが、少しずつ慣れてきました。でも、たまに眠いです。

 この仕事は、ある児童につきっきりです。
 プライバシーがありますから詳しくは述べませんのでご容赦ください。
 ただ、教育の現場を学校の中から見ると教師も児童も大変だなぁと思わされます。一言で申し上げるならお互いが余り噛み合っていないようです。
 結果、お互いが疲弊しかねないと思わされます。

 私は思いました。
 今まで体験してきたことや学んできたこと、信愛会でやってきたことはここできっと役立つと。


 今は、担当している児童との関わり、児童がいるクラスのみんなとの関わり、担任の先生や特別学級の先生との関わりの中でいかに自分の言葉や行為を選んで使っていくかが大切です。

 時間を作ってブログの更新をします。
 お楽しみに。


 時節柄ご自愛くださいね。
 では失礼いたします。
 お元気で。

     武頼庵

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