武頼庵のブログ

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 ご無沙汰しています。
 お元気でお過ごしでしょうか。

 当方、生かされています。
 有り難いことです。


 さて、今回は、排便障害について書きます。
 速く書かねばと思いつつ、気が進まず今に至りました。

 手術前、術後に起きるものとして排便障害については聞いていたと思います。(もう忘れつつあります。)
 ネットでも調べましたが、大便を頻繁にするようになるのです。頻便と言います。
 これは辛いです!

 頻便のつらさを一番実感したのは、退院してからです。
 直ぐにトイレに行きたくなるからです。
 便意を頻繁に感じるようになったからです。
 便意だけでなく、なんとも言いがたい疼(うず)きのようなものを下腹部に感じます。
 これはたまらない!
 一度便を出して、それから1分もしない内に便意と疼きのようなものを感じトイレに駆け込む。
 便座に腰掛けて排便しようとするけれども便は出ない。
 これを1日に10回以上続けてご覧なさい。堪りません!

 直腸ガンの手術を受けてから、人知れず排便障害に苦しんでいる人は多いようです。
 特に会社勤めの人は、しょっちゅうトイレに駆け込む訳にもいかず苦しんでおられるようです。
 会社の人の深いご理解を願います。
 この苦しさは体験してみたら分かります。
 また、ガンになった人への差別もあるようです。
 ガンで有る無しは外側のdoingであり、比べる世界のものです。
 そりゃぁ、競争社会ではできるだけ健康でいる方がいい。でも、競争社会は一部であり全てであると考えるのは間違い。
 ガンであってもそうでなくても、私たちの内側のbeingの価値のすばらしさはそのままです!
 ガンで体が動かなくても、その人ならではのすばらしさに目を向けると宝が見えてくるはず。
 排便障害で苦しむ人の代表として、できるだけ苦しみが少なくなるよう、周囲の理解が得られるよう祈ります。

 さて、東京に術後10日ほどいましたが、困ったのは外出です。
 トイレがある所、例えばデパートだったら何階にトイレがあるかなどを調べます。
 デパートなどに着くと一応は安心できます。
 でも、滞在先から目的地への移動中は不安になりました。

 福岡に帰ってからは、車での移動が多いので、不安は減りました。
 便利なのは、コンビニのトイレでした。
 便意を催すとコンビニを探します。
 本当に助かりました。

 電車での移動は緊張しました。
 初期の頃は何度かおむつをして家を出ました。
 おむつをしていても便を出すのははばかられますので、便意を催したら途中下車です。
 西鉄久留米では何回か途中下車しました。
 
 この障害は、矢山医師の漢方薬の処方で随分軽くなりました。
 排便の回数が極端に減るわけではありません。でも、便の堅さが安定してきたということでしょう。
 約3年間の経験で言えることは、サラダを食べることをやめた方がいいということです。
 野菜を生で食べるとお通じがいいようですが、実は下痢っぽくなっているのではと思います。
 腸で十分に水分が吸収されていれば便の堅さはほどほどでいいのですが、どうも生の野菜はそうはいかないようです。
 一旦、野菜が消化されて排便されると柔らかい状態で出てきます。そうすると、それが出尽くすまで便は続きます。
 一回で出尽くせばいいのですが、これが多いと5、6回続きます。20分から30分の間に続くことを想像してみてご覧なさい。あるいは、5分も経っていないのに便意を催すことを想像してみてご覧なさい。たまりませんよ。
 
 矢山医師は生ものを食べることをやめるように提言しています。
 どんなに野菜を洗っても菌やウイルス、寄生虫は残るし、おいしいけれども刺身も同様です。
 矢山医師によると、生ものを食べることで胸焼けや腰痛になりやすいそうです。
 確かにそうだと思います。経験があります。
 こういう場合は、ピロリ菌を駆除する薬を処方してもらいました。

 他に経験上言えることは、唐辛子などの刺激物をやめることです。
 ごく少量ならそれ程でもありませんが、多いと腸への刺激は結構あります。妙な疼きのようなものが便が出尽くすまで続きます。これもたまらん!

 体に入れるものは、一旦考え直して、本当にいいのか考え直してみる必要があります。
 皆さんが本当に健康で過ごされますように。
 また、世界中の排便障害で苦しんでいる方々に慰めと癒やしがありますようにお祈りいたします。

 では、また。
 お元気で。


     武頼庵
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 皆様はいかがお過ごしでしょうか。

 当方、生かされて生きています。


 さて、今頃年賀はがきの話ですが、私は年賀はがきを年が明けてから書きます。相変わらずです。
 いただく賀状は、年が明ける前に書いて出した方々がほとんですので、元日に送られてくるの枚数は一番多いです。
 郵便配達の人が原付で来る音がします。
 ガタンと郵便受けに何かが入れられたと思われる音がします。
 多分年賀状だと思って嬉しくなります。
 郵便配達員さんの足音が遠ざかります。そして、再び原付のエンジンを吹かして走り去る音がします。次の配達先に向かうのです。

 私は直ぐに郵便受けの所には行かず妙にもったいつけて1時間ほどしてから取りに行きます。
 郵便受けのふたを開けると年賀状が輪ゴムで縛られ入っているのが見えます。やはり嬉しいです。

 ダイニングのテーブルの上に賀状を載せ1枚1枚どなたから来ているか見ていきます。
 前年喪中のはがきを送ってくださった方からは当然届きませんが、いつも送ってくださる方から届いていない場合気になります。お元気だろうかと。

 前年の賀状は送られていたのに、でもそれはいつもとは違う賀状の書き方だったけれども、今年その方からは来ていない。
 その方の賀状を毎年見るのを楽しみにしているからです。それは、家族で作った川柳を載せてあるからです。でも、今年は年賀状が来ていません。
 数日後、私はその方の携帯に電話をしました。
 呼び出し音が続けて鳴るもののその方は出られません。
 呼び出し音が鳴るということはこの方は生きておられると思いました。でも、留守電になったのでひょっとしたら携帯を誰か別の人が使っている可能性もあると思いました。
 そこでこの方の会社に電話を使用と思いました。
 この方は不動産会社と設計会社を経営しておられます。
 早速会社に電話を使用としましたが、会社の電話は登録していなかったので、インターネットで会社の電話番号を調べました。
 不動産会社をこの方、設計会社を奥さんが代表としておられますのでHPを見てみますと、いずれも奥さんの名前になっています。
 あぁ、やはり....そうかな....。

 私は会社に電話をしました。
 名を名のり奥さんに出てもらいました。
 久しぶりです。
 結局、やはりでした。天に帰っておられました。

 実はこの方は私より少し後に胃がんが見つかりました。
 この方が入院中何度か電話で話し、矢山クリニックの紹介をしたり、ガンからの回復を祈ったりしました。
 奥さんの話によると、2012年の9月頃に手術を受け、その後1年ほどで亡くなられたとのことでした。
 入院した病院の医師の指示に従ったとのことで、矢山クリニックには行かれなかったとのことです。
 放射線治療、抗がん剤治療で体に負担をかけて欲しくないということで勧めたのですが残念です。
 奥さんの話によると、したいことは精一杯してきたということでした。でも、奥さんの話口調は泣きそうなのを堪えている感じでした。
 この方の写真が会社に飾ってあり、その表情は笑っておられるとのことでした。

 この方とは別の方で女性がいらっしゃいますが、この方もガンで亡くなられました。
 この方は以前仕事でお世話になった方です。
 しばらく連絡は無かったのですが、昨年、私のFacebookに友だちリクエストが来たので承認させていただきました。
 5、6前だったか、もっと前だったか、既にガンにかかっていらっしゃいましたが、それほど進行は速くなくお元気でした。
 昨年、連絡があってからは、肺、脳などに転移があるとのことでした。それでもお元気な様子でした。
 私が2012年に直腸ガンが見つかったことから、矢山医師の指導を受けていることを伝えたら、矢山クリニックに入院をして治療をすることを選ばれました。
 この方は既に放射線治療や抗がん剤の治療を受けておられ、結構体に負担を負っておられました。放射線治療や抗がん剤治療を受ける前に来られていたらと、看護師さんが言っていました。
 矢山クリニックに入院され、そこで学ばれたことは目から鱗が落ちるほどのことだと言っておられました。
 しばらくは調子が良かったのですが、なかなか食事が合わなかったり、また保険がきかない治療もあったりで東京に戻られ、別の病院に転院されました。
 その後、何回かメールでやりとりはあったのですが、この方のお友だちから電話があり亡くなられたことを知らされました。
 唯一の救いは、お見舞いに行ったときにキリストを信じる告白をされ、洗礼を受けられたことでした。きっと今では天で祈りとさんびを神に捧げ、また地上に残された私たちと共に礼拝に訪れておられることでしょう。

 空手の先輩である山内先輩が天に帰られ、福岡の社長も帰られ、仕事でお世話になった片も帰られ、そう言えば私の伯父の奥さんも天に帰られました。
 残された私は、神様に生きよ、と言われているように思います。
 何があっても、しぶとく生きよ、怖れるな、とも言われているような気がします。でも、もっと大事なことは、神の願いに生きて欲しいということだと思います。なぜなら、神の願いに生きることが最高の自分を、私を生きることだからです。
 神の願いに生きるとは、キリストの十字架上での死とその後の復活を喜ぶことです。神自らが罪人である私たちのために子どもであるキリストに私たちの全ての罪を負わせ、罰を受けさせ和解してくださったことを喜ぶことです。そうしてくださった神をたたえることです。そうしてくださった神を礼拝することです。生かされて生きること全てが礼拝であります。
 朝起きることが、母校で仕事をすることが、空手をすることが、コーラスをすることが、何もかもが礼拝です。

 皆様にとって今年も神様の祝福が豊かにありますように。

 では、また。
 ごきげんよう。


     武頼庵
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 お元気でお過ごしでしょうか?
 ご無沙汰しています。
 
 私は元気でしたが、先週土曜日に熱を出して、翌日調べたらインフルエンザA型にかかっていました。
 筋肉痛が辛かったですね。
 感染防止の為に学校と道場は休みました。
 水曜日あたりには熱は下がり、筋肉痛も軽くなってきました。

 ゆっくり丁寧に生きることを学びました。
 ずっと焦って生きてきました。追い込んでいましたね。でも、もう充分です。

 ゆっくり丁寧に生きることで、かえって色々片づきます。
 骨休めでした。

 今日は稽古です。
 楽しくやるべ。

 今年もよろしくお願いいたします。
 では失礼いたします。
 ごきげんよう。


      武頼庵
 
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