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2013-11-26 12:42:38

コンサートパンフレットのスペシャルインタビュー

テーマ:スタッフ

from staff


ジェロのデビュー5周年を記念したコンサート「七転八起」、


名古屋・大阪・東京の3公演を無事に終えることができました。


今回のコンサートでは、ご来場いただいたみなさまに


コンサートパンフレットをお配りしていました。


ジェロオフィシャルブログ「サビぬき」Powered by Ameba


せっかくですので、パンフレットに掲載しました


インタビューの全文を改めてご紹介いたします。



5周年記念コンサートツアー「七転八起」

SPECIAL INTERVIEW

これからもポジティブに、

チャレンジし続けていきたいです!



デビュー5年、30歳を越えて
――デビューからの5年間を振り返って、今、率直な気持ちは?
「この5年は…アッと言う間でした。充実した5年ではあったんですが、まだ5年…という意識もあるので、正直、5年の実感はないんです。でも26歳でデビューして、今、32歳なんですけど、30歳を越えた…と言う、年齢の実感はすごくありますね」
――30歳を越えた実感、と言うのは、前向きなものですか?
「もちろん。30歳を越えた事はポジティブに考えていますし、歌手として、とても嬉しい事です」
――30歳を越えて、更に良い演歌を唄えそう…という思い、ですね。では、この5年で一番嬉しかった事は?
「やはりそれは、デビューした2008年、NHK紅白歌合戦に初出場させていただいた事です。お母さんをはじめ家族全員が日本に来て、客席で観てくれましたから…」
――大好きな祖母を喜ばす為に演歌を唄い始めたジェロさんにとって、それは亡き祖母に贈るとても大きな夢だったワケですもんね。
「はい。あの瞬間は、僕の人生の中で、最大の感動であり喜びだったと思います」
――デビューの時、ジェロさんが「祖母が言ってくれた、結果が良くても悪くても、精一杯やる事が大切、という言葉を大切にして頑張りたい」とおっしゃっていましたが、それは今も同じですか?
「はい。時には疲れに負けて、それを忘れそうになる事もあるんですけど(笑)、ファンの方々に“今日の歌、良かったね”とか“ジェロさんの歌で涙が出ました”とか嬉しい言葉をかけていただくと、祖母の言葉の大切さを再認識します。精一杯やって良かった…と」



常にポジティブでいたい
――逆にこの5年で一番悲しかった事、悔しかった事は?
「あまりネガティブな事は考えないようにしているんですよ(笑)。ネガティブな考えからは何も生まれないですし、ポジティブに考えて壁を乗り越えないといけない、と。ただ、お母さんが病気になった時は…辛かったですね。アメリカで一人で治療をしているお母さんに対して、何も出来なかった自分が悔しくて、悲しくて。正直、あの時は、仕事を辞めてアメリカに帰らないと…と思った事もありました。ただ、それはお母さんも望んでいませんでしたし、僕も家族の為に…辛かったですけど…日本で演歌歌手の夢を貫こう…そう決断したんです」
――この5年でターニングポイントとなった3曲を挙げると?

「まだ5年なので、ターニングポイントというほど大袈裟な感じはないんですが、やはりデビュー曲『海雪』はもちろんですけど、一青窈さんが作詞してくださった第二弾の『えいさ』、そして玉置浩二さんが作曲してくださったデビュー5周年の最新曲『セレナーデ』とか…とにかく、これまで色々なビッグネームのアーティストさんが僕に曲を提供してくださって、それはすごくありがたい事だな、と常々感じています」



日本人以上に日本人、の誤解
――以前の取材で「インタビューなどで自分の考えを伝えるのが苦手」とおっしゃっていましたね。
「どこまで伝えて良いのか?…そのバランスが今だに難しいんです。表面的な事だけを言って、相手に良い子ぶっているように感じられるのもイヤですし、だけど、全部さらけだせば、自分の考え通りに伝わるワケではありませんからね…逆に正直に言って誤解される事もありますし」
――誤解される事もある?

「けっこうあります。まったく悪気はないのに、悪い感じで取られてしまっていたり…ただ僕の中で、大人として正直にYESNOを言って貰いたい…というスタンスがあって。それはすごくアメリカ人っぽい考え、とはよく言われます」
――あっ、なるほど。日本人同士だと、明確に言葉にしなくて「皆まで言うな」的な感じがある事も、アメリカ人のジェロさんには、そのへんが日本人との壁としてあるんでしょうね。
「演歌歌手・ジェロだけに、日本人以上に日本人、みたいなイメージがあるみたいですが、それは嬉しくもあり、困るところでもあるんです。日本人以上に日本人…というのは、もちろん褒め言葉ですし、ありがたく受け止めていますが、22歳までアメリカに住んでいた僕は、どうしてもアメリカ人なんです。演歌・歌謡曲が身体の内側から大好きで、できればずっと日本で演歌歌手として頑張ってゆきたいですが、どう頑張っても日本人にはなれない部分もあります。なので、日本的な感覚をちゃんと理解できないで、誤解される事もありますから、言葉が少なくなってしまい、またそれで誤解されたり…それがこの5年間、仕事の中で辛かった事かもしれません」



未来へ向けて
――5年後、10年目に向けてこれからどう進んでゆきたいですか?
「歌手になる前の自分は飽き性でしたが、演歌歌手という夢が叶ってからのこの5年は、色々なチャレンジをして、全然飽きる事なく日々を過ごしてきました。例えば、挑戦したミュージカル公演なんかは、ぜひまたやりたい、と思いましたからね。10年目に向けて、やりたい事を増やしてゆき、更に充実した歌手生活を送っていられるようにしてゆきたいです」
――ミュージカルなどのチャレンジは、すごく大きかった?
「はい。もちろん演歌歌手という中心があってこそ、なんですけど、歌以外の事も色々やっていきたいです。演歌という中心があって、新しい刺激を受ける事で、それがまた演歌に対する思いを深め、演歌に燃えるきっかけとなるんです」



コンサートが一番好き
――5周年記念のコンサートツアー「七転八起」はどんなステージになりそうですか?
「3年ぶりのホールコンサートなので、ジェロがこう来たか!という部分も観ていただきたいですし、久しぶりに唄う曲も用意したいですし、5年の集大成を伝えられればと思っています。もちろん自分もすごく楽しみですし、最高のコンディションで臨みたいです」
――ジェロこう来たか!って言うのは?
「着物を着るんです。ステージでは初めてなんですよ」
――それは楽しみですね。ところで今後、ド演歌を唄う…という挑戦意欲はありますか?
「ええ。僕自身も、今後ド演歌も唄ってみたい、と思っています。ただ、どんな歌でもそうですが、一つのタイプの演歌ではなく、ジェロの唄う演歌として、色々なタイプの作品に挑戦し続けたいんです。チャレンジする事が、何より大好きですから(笑)」
――最後に、コンサートを観に来てくださった方々に一言。
「コンサートに来てくださった方々には、本当に感謝しています。そして、更にジェロを好きになっていただけるように、もっと応援しよう!と思っていただけるようなステージにしたいですね。皆様、ジェロのコンサートを、思いきり楽しんで下さい。何より、僕自身、お客様の前で唄える、コンサートが一番大好きなんです」


インタビュー/村田弘司(月刊 歌の手帖)

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