「女川原発」地域とともに
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福島第一原発は最高レベルの事故の処理の真っ最中だけれども、女川原発は避難所にもなっている。
その差はなんだろうか?
そんな疑問があり、手に取ったのが本書だった。
地域住民の理解を得られるまで、10年以上の歳月が必要だったこと、それだけの長い間、交渉してきたために、東北電力の社員と地域住民との間で絆のようなものができたこと、原発誘致前は、県道すら通っていない陸の孤島だった地域に県道ができて、いろいろなインフラ投資がなされたこと、そんなことが詳細に記録されている。
原発誘致による経済効果なども事細かな記載があった。
女川原発の立地は、そんな地域をヘリコプターで視察している際に発見したらしい。
三方を山に囲まれた砂浜があっって、そこが原発立地の最適地だと直感したということ。
小さな漁村を原発推進派と反原発派とで、二分する争いがあった。顔見知りの近所で反発するだけでなく、家族で反発する世帯もあったらしい。
1970年代のオイルショックにより、事態は変わり、資源を輸入するしかない日本は、原発を推進しなくてはならないという機運が高まった。
地域とともにという一節がタイトルにある。
地域とともにある原発のエピソードのひとつとして本書の中では、ダンプカーの運転手に対する教育が紹介されていた。
安全運転を徹底的に指導し、妻子のある運転手を起用したみたい。女川原発建設にあたってのダンプカーは、丁寧な運転だったとあった。
本書から気になった節をいくつか引用
「チェルノブイリ原発の事故は重大であり、このあと世界的に原子力発電への不信、反原発の動きが強くなっていった。だが、反原発の人達がいっている数千人が死亡、子供の甲状腺ガンが多く発生しているということはない。日本の原発では起こり得ない事故だが、世界のどこで起こっても影響は同じだけに、安全性はやり過ぎるということはない。」
(P.98)
チェルノブイリの事故は、欠陥のある設計と禁止されている操作を行ったことによる爆発でした。そのことを受けて、日本の原発では起こり得ないと指摘したのだと思います。
「安全性はやり過ぎるということはない。」はその通りですが、甲状腺ガンの発生率が高くなっているというデータは見たことがあります。何についても言えることですが、データを示さずに、結論付けるのは危険なことだと思います。後述する事故の比較のURLでも6,000人が手術を受けたとありました。(本書の発行が1999年で、WHOの発表資料は2006年ということを考慮する必要はありますが。)
ただし、チェルノブイリ事故の放射線による因果関係が認められている公開されている信頼できるデータというのは無いのだろうと思います。
事故の比較: http://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html
「日本は地震国だけに、原子力発電所の耐震性が問題にされている。阪神淡路大震災の発生後は、とくに神経質だが、日本の原発は大地震にも十分耐えられるよう設計されている。」(P.126)
女川原発の建設にあたっては、大規模なボーリングを行い、活断層が無いことを確認したそうです。
見落としたかもしれませんが、津波に対する備えについては、記載がありませんでした。高台に建設されたのは、たまたまだったのかもしれません。
原子炉そのものの地震によっての破壊は無かったようですが、福島第一原発では、外部電源の受電設備が地震で破壊されて、予備電源が津波で破壊された。そのために原子炉の冷却ができなくなり、レベル7の事故になった。
電源の多重化をしていたものの、二重障害が発生したことになります。
コンピュータシステムの高可用性の設計をする際は、二重障害を想定しないことが多いです。理由としては組み合わせの数が甚大になるためです。
それでも原発に対しては、その労力を惜しまずに検討して欲しい。
受電設備が1ヶ所しかなかったというし、鉄塔は地震で破壊された。耐震性の検討は、原子炉ばかりに注目したのだろうか。
P.148から放射線ホルミシス効果について記載があります。
低レベルの放射線ならば、むしろ有効な効果があるのではないかという学説です。本書では研究が進められることに期待して結んでいますが、その後の研究により、WHOからは、ラドンは肺がんのリスクを上げることが分かったようです。http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs291/en/
「原子力関連事業に従事する人達は、ちょっとした過失、事故も大きく報道される。まして意識的なデータ改ざんなどは絶対に許されない。原点に帰って肝に銘ずる必要がある。」(P.193)
原発を作り上げた世代というのは、様々な苦労を乗り越えて、ようやく運転にこぎつけたという気持ちがあると思う。だから、安全性に真剣に取り組み、尽力したものと思う。
それから世代交代があって、どのように変わったのだろうか。。。
本書の発行年月は、1999年5月
この後に発生する東海村のJCO臨界事故も、柏崎刈羽原発を襲った中越沖地震のことも、もちろん福島第一原発のことも知らない状態で書かれたもの。そのあたりは考慮することが必要だと思うけど、原発推進の本でした。
















