2011年12月26日(月)
自由とは弾かない事と見つけたり!?
テーマ:セッション的練習法の話
音楽好きなら誰しも
自由に音楽を楽しめたら!
自由に楽器が演奏できたら!
という欲求を持っていると思います。
ところが、
この欲がむしろ多くの楽器ファンの自由を奪っている!
なんてことを最近よく思うのです。
例えば、
最近セッションで遊ぶ時に、
「音数指定」というルールを作るのが
僕らのセッションで流行っています。
1音だけ、とか2音だけ、などなど
使える音程を絞って、
その中でアドリブし、楽器の会話を楽しむルールです。
そうすると面白い事に、
【沢山音を使うよりも、
1,2音の方がみんなバリエーションを出せる!】
こういう傾向が見えてきたのです!
普通は、
スケールを覚えて、
コードを覚えて、
リズムパターンを覚えて
という風に、
使える音をいっぱい覚えて、並べた方が、
自由にアドリブできると思い込んでいます。
ところが真実は逆!
実は、ほとんどの人にとって、
音数が少ないほうが
より自由なバリエーションを生み出せるのです。
そして、さらに良い事に、
使う音がシンプルになるので、
頭の中もシンプルになり、
「周りの音を聞いて反応する事に
自然と意識が向く!」
という、まさに楽器での会話状態に
本当に自然に頭がチューンアップされるのです!!
この状態になったらしめたもの。
後は、大いに音で遊び、
その音に対する周りのメンバーの反応を聞き、
そこからさらに自由に音を発展させる…。
こういう好循環の輪に入って行けるのです。
いやー、これはやった人にしか伝わらないのですが、
無茶苦茶楽しいです!
そして、この音での会話が成立した瞬間に、
まさに「ジャムセッションしているなぁ!」
という感覚を覚えるのです。
コピーバンドや、譜面をきっちり演奏する方向では
けして得られない楽しみであり、感動です!
【自由とは弾かないことと見つけたり!】
こんな格言を胸に、
残り少ない2011年をガツンとグルーヴさせていきます!
自由に音楽を楽しめたら!
自由に楽器が演奏できたら!
という欲求を持っていると思います。
ところが、
この欲がむしろ多くの楽器ファンの自由を奪っている!
なんてことを最近よく思うのです。
例えば、
最近セッションで遊ぶ時に、
「音数指定」というルールを作るのが
僕らのセッションで流行っています。
1音だけ、とか2音だけ、などなど
使える音程を絞って、
その中でアドリブし、楽器の会話を楽しむルールです。
そうすると面白い事に、
【沢山音を使うよりも、
1,2音の方がみんなバリエーションを出せる!】
こういう傾向が見えてきたのです!
普通は、
スケールを覚えて、
コードを覚えて、
リズムパターンを覚えて
という風に、
使える音をいっぱい覚えて、並べた方が、
自由にアドリブできると思い込んでいます。
ところが真実は逆!
実は、ほとんどの人にとって、
音数が少ないほうが
より自由なバリエーションを生み出せるのです。
そして、さらに良い事に、
使う音がシンプルになるので、
頭の中もシンプルになり、
「周りの音を聞いて反応する事に
自然と意識が向く!」
という、まさに楽器での会話状態に
本当に自然に頭がチューンアップされるのです!!
この状態になったらしめたもの。
後は、大いに音で遊び、
その音に対する周りのメンバーの反応を聞き、
そこからさらに自由に音を発展させる…。
こういう好循環の輪に入って行けるのです。
いやー、これはやった人にしか伝わらないのですが、
無茶苦茶楽しいです!
そして、この音での会話が成立した瞬間に、
まさに「ジャムセッションしているなぁ!」
という感覚を覚えるのです。
コピーバンドや、譜面をきっちり演奏する方向では
けして得られない楽しみであり、感動です!
【自由とは弾かないことと見つけたり!】
こんな格言を胸に、
残り少ない2011年をガツンとグルーヴさせていきます!









