エコ・ブログトップへ スマイル・エコ・プログラム

被災地支援ボランティアツアーin南三陸町 その1

テーマ:南三陸町ボランティア
2011-10-15 16:13:18

今年は、毎年恒例のエコツアーに代えて、被災地支援のボランティアツアーを実施しました。

9月、10月と2回に分けて、30名が南三陸町に入り、主としてがれき撤去のボランティアに従事しました。


今回は参加者ひとり一人から感想文を寄せてもらっており、ぜひ皆さんに読んでもらいたい内容です。

そこで、今回の活動は、参加者の感想と、私の撮ってきた写真で紹介することにいたします。


ほぼ毎日1本の割合で掲載していきます。

その場限りの経験で終わらせることなく、今後にどうつなげて行けばよいかを考える機会にしたいです。

被災地の現状を知ってもらうためにも、震災の記憶を風化させないためにも、必要な企画だと思っています。


感想文を読んで、自分もぜひ行ってみたくなったという方は、五十嵐までメールで連絡してください。

11月にもう一度、(少人数で)行く計画を考え中です。(OB、OGの方も歓迎です!)


では、1回目は合格者のS・Eさんです。



公務員試験応援ブログ by 喜治塾・五十嵐-被害全景



<ボランティアツアーの感想文> S・E

 今回のツアーで私は、改めて津波の被害の大きさに圧倒されました。色々なことを考えるつもりで参加しましたが、現地ではとても頭を働かせるほどの余裕を持つことのないまま、あっという間に2日間を過ごしました。


 私が行った作業は、重機で大きな瓦礫を片付けた跡地に、残された小さな瓦礫を集める作業でした。石や泥に交じって、湯呑みや人形、調理器具や鉛筆など、生活の一部が沢山見つかり、衝撃を受けました。手が止まって動けなくなったり、遠くの海や山を見て呆然とする時もしばしばありました。細かく地道な作業でしたが、こういう人の手で行わなければならない作業が、沢山残っていることを実感しました。まだまだ多くの人出が必要だということが、よく伝わりました。


 作業を一緒に行った人達の中には、新潟の湯沢町から来られた年配の方々がいました。とても明るい人達で、一緒に小まめに休憩を取りながら、精力的に作業を行えました。こうして週末に近隣の県から、気軽に来てくれる人達がいると、町に元気が与えられるのだと感じました。また指揮に当たってくれたボランティアセンターの人は、南三陸町の近隣が地元の方でした。この町のために少しでも何かしたい、という気持ちで行っているとのことです。東京など各地から来るボランティアの中には、様々な人がいると思いますが、被災した自分の思いを乗り越えて、そうした訪問を受け入れて働く姿は、本当に強いものだと感じました。大変な仕事ですが、この人達がいなければ復興は進まないという、欠かせない存在だと思います。

 町全体の至る所に瓦礫の山が残り、森は海水で茶色く枯れて、閑散とした空気が漂っていました。でも荒れ地の中にも新しく木が成長し、花が人の手で植えられていました。重たい空気が流れていても、希望のような、逞しく再生していく強い空気が、現地ではしっかりと感じられました。

 2日目の夕方、ボランティアの終了時刻には、まだ片付いていない所が沢山ありました。もっとやりたい、という心残りを持ったまま、活動場所を後にしました。


 その後、南三陸町の中で一番被害が大きかったという、海沿いの地区に歩いて入って行きました。まだ手が届いてないくらい沢山の瓦礫が残り、ビルの屋上には車や船が残ったままでした。そして火事でもなく、見たこともないように壊れた丸裸の建物が点在していました。震災直後には、この何倍もの瓦礫や人の姿があったはずです。こんな所に一人で取り残されたらと思うと、その恐ろしさは想像できませんでした。


 最後に、防災庁舎を訪ねました。庁舎の前には、当時亡くなられた職員の方の祭壇がありました。沢山のペットボトルのお茶やジュース、お花やリンゴ、折り鶴などが、所狭しと並んでいました。家族の方や職場の方、ボランティアの方や、東京など遠方から訪ねに来た方など、様々な人の姿が目に浮かびました。その光景を、私は直視することができませんでした。遠藤未希さん(※注)と、残された人達の思いが伝わってくるようで、ただ胸が痛むばかりでした。


公務員試験応援ブログ by 喜治塾・五十嵐-防災庁舎2



 帰りのバスの中では、作業をした瓦礫の跡地や、その祭壇の光景が目に焼き付いていました。何故だか分かりませんが、何か沢山の事をやり残してきたような、やりきれない思いがずっと残りました。きっと被災された方は、こんな思いをもっと重く抱えながら、毎日を懸命に生きているのだと思います。

 

 今回のツアーで私が感じた、被害の大きさと、ボランティアによる復旧作業は、ごく一部を垣間見たにすぎないと思います。この滞在を踏まえて、これから自分は何をすべきなのか、何ができるのか、すぐにははっきりとした答えが出ません。具体的な事は、それこそ役所に入って仕事に慣れるまでは、見えてこないだろうと思います。でも確かに言えることは、日々今の社会を直視しながら、現地で感じた被災者の人達の想いを、いつも忘れないで過ごしていくことだと思います。そうすれば、もっと自分がすべきこと、自分にできることを見つけていくことができると思います。

 このツアーを企画してくださった五十嵐先生と塾長に、心から感謝いたします。一緒に参加した塾生の皆さんにも、良い思い出がつくれたことに心から感謝します。



※防災庁舎で最後まで津波からの避難を呼びかけるアナウンスをし、殉職された南三陸町職員の方です。(五十嵐注)


Amebaおすすめキーワード

    あなたもエコ・ブログでブログをつくりませんか?