公務員試験応援ブログ by 喜治塾・五十嵐

公務員試験合格を目指して頑張っているすべての方が、やる気を最後まで維持できるよう、応援します。公務員試験に役立つ有益な情報も、随時公開します。


テーマ:

在学生の皆さんは、期末試験で忙しい事と思います。

試験から解放されれば、あとは夏休み…ここで一気に享楽モードに入り、だれてしまう人が多いです。その心配がある人は、ぜひ夏期講習を受けて下さい。


今年の夏期講習のテーマは、「夏に教養力をつける」です。

配点の高い専門科目にのみ気をとられ、教養科目をおろそかにしている人が多いです。教養が苦手だと分かっていながら、ついつい後回しにして直前期に間に合わず、それが原因で落ちてしまう人が毎年何人もいます。


「専門は点数が良かったのに…」と言い訳がましく悔やんでみてもだめです。

厳しく言うと、そもそも教養がなければ公務員になる資格はないのです。


教養とは何でしょうか。

広辞苑によると、「単なる学殖・多識とは異なり、一定の文化理想を体得し、それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識」とされています。


専門知識は、日常の業務を定型的・効率的に処理するのに必要な実務能力につながります。これに対して教養は、非日常・非定型・想定外の事象に直面したときに、自己の経験や知識を総動員して対処するのに役立つような力です。この力が欠けていると、仕事や人生で直面するさまざまな困難を切り開くことができず、挫折しやすく、かつ挫折から立ち直りにくくなります。また、良心を捨てて不正に手を染めやすくもなります。


最近のエリートの中には、優秀な頭脳を持ちつつも教養が欠けているために、小さな事で挫折したり、また頭脳を悪い方向に使ってしまう人が増えているとよく言われます。

ソクラテスは、人間はただ生きるのではなく、「善く生きる」ことが大切だと説きました。この「善く生きるための知恵」が教養だと言えるでしょう。


公務員試験の受験を通じて「善く生きるための知恵」が身に付くならば、素晴らしいことでしょう。そのための「歴史」と「哲学」の講義を実施します。昨年も大好評をいただきました(http://www.kijijuku.com/guidance/07koe.html )。騙されたと思って、無料ガイダンスだけでものぞきに来てください。


8/4(土)11:00~12:30『歴史を学ぶ視点』

8/10(金)13:00~14:00『論文・面接に強くなる・考える技術』


詳しくはこちらをご覧下さい。

http://www.kijijuku.com/08suke/08kakigaibu.html



AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

自信をつけるには、第1に十分な準備。第2に自分で自分を褒め、受け容れること。


同じことをしゃべるにしても、自信を持って堂々と話すのと、自信なさげにボソボソと話すのとではアピール度が全然違います。自信のなさはしゃべり方だけでなく、表情や視線、姿勢や体の動き等、あらゆる外見に表れて印象点を落とします。逆に、自信さえつけることができれば、印象面の問題の大半は解決できます。


では、自信をつけるためにはどうすれば良いのでしょうか。


まずは徹底した準備です。自己分析と志望先に関する分析を「これでもか」というぐらいやってください。その際、想定問答集を作り、常に面接官の視点を意識して「この答えでアピールは十分か」と自問してください。「誰よりも時間をかけて準備をした」、これが面接当日の自信につながります。


次に、自分で自分を褒めることです。よく、「どうせ自分なんかたいしたことない」とか、「人より経験が少ない」、「思慮が浅い」、「成功体験がない」などと悩む人がいます。しかしそれはほとんどの場合、自分だけの思い込みです。他の人だって似たり寄ったりなのです。

仮にそれが本当だとしても、自分にだって必ず良いところはあるはずです。人と比べて自分にないものをねだるより、自分の良いところを過去の経験から掘り起こし、再確認して下さい。「自分にはこんな良いところもある」、「失敗しながらもこれだけ頑張ってきた」、「友達から、先生から、こういうところを褒められた」というような項目を、どんな小さな事でも思い出して、できるだけ多く紙に書き出してみてください。この作業を通じて自分を再評価し、自信をつけるのです。


もちろん、過去を反省することも大切です。自分の至らなさや無力さを自覚するのも成長のために必要なプロセスです。しかし、自分を否定してはいけません。良くないところや恥ずかしいところも含めて、ありのままの自分を肯定して受け容れることができれば、本当の意味での自信が生まれます。


短期間にここまで至るのは難しいかもしれません。ですが、試験というのは完成しなければ受からないものではなく、完成を目指すプロセスの途上で受かるのです。そこは不安がったり悲観したりしてもしょうがないですから、楽観的に取り組みましょう。


皆さんのご健闘をお祈りしています。


AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

久間防衛相が失言の責任をとって辞任しました。

「原爆を落とされて長崎は本当に無数の人が悲惨な目にあったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今、しょうがないなと思っている」との発言が原因です。

発言直後から、被爆者団体をはじめ与党内からも非常に強い反発が沸き起こりました。

私はこのニュースを聞いて、「いかにも政治家の発言だ」というふうに思えて、それほど驚きを感じませんでした。久間発言の内容自体は、真新しいものでも、奇異なものでもないからです。


「原爆投下で日本の降伏を早めなければ、ソ連が北海道に上陸して日本を分割されていた。長崎のおかげで日本が分割されずに済んだ」という説明は、政治家が公言するかは別として、これまで何度も繰り返されています。とくに私の地元の北海道では、子どもの頃からよく大人たちに「北海道が日本に残ったのは広島・長崎の犠牲のおかげ」と聞かされていました。


子どもの時は感じませんでしたが、今にして思えば、これは明らかに「国家」あるいは「多数派」の視点に偏った認識です。長崎で犠牲になった方(少数者)の立場をあまりにも軽視した見方です。被害を受けた方たちからすれば「命あってこそ」なのですから、「国が分断されたって原爆を落とされるよりはましだった」ということになるでしょう。少数者の視点に立つ想像力が欠けたとき、「国家」の名のもとに不正や過ちが犯され、反省が曖昧にされ、犠牲が繰り返されるのです。


第二次大戦に関しては被害者が生存しており、生々しい記憶が被害者の方たちに残っているからこそ、今回のような失言は問題視されます。ですが、たとえば織田信長が行った比叡山や本願寺の焼き討ちについて、「天下統一という大きな目的のため、日本の歴史を進歩させるためにしょうがなかった」と発言した場合、問題視されることはないでしょう。現に小泉前首相をはじめ、政治家の中には「尊敬する歴史上の人物」に信長をあげる人がとても多いです。



そもそも政治には、多数者のために少数者を犠牲にするという側面があります。「最大多数の最大幸福」を図るという民主制のシステムは、裏返せば、多数者のために少数者を犠牲にするのはやむを得ないという非情さにつながります。

歴史上、多くの犠牲を招き批判されている出来事について、「あの当時としてはやむを得なかった」という認識は、個人よりも、国家や、社会全体や、人類文明全体に重きを置くことから生じます。


果たしてそれで良いのでしょうか。個人の運命よりも重要な、「国家の命運」だとか、「社会全体の利益」だとか、「文明や歴史の進歩発展」など、あるのでしょうか。

私は、政治家が好むこれらの言葉に空疎さを感じます。このような抽象的な言葉では括ることのできない、個別具体的な個人の生活や実体験、喜怒哀楽の中にこそ、本当に大切なものがあると感じるからです。


為政者の視点に立った歴史ドラマや大河小説を見たり読んだりしても、本当の意味での人生の尊さは分かりません。歴史に翻弄された庶民の視点に立った作品を読んだほうが良いです。政治家の中にも、少しでもそういった素養や想像力を持った人がいて欲しいです。





AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。