2015-09-18 21:17:38

「集団的自衛権の問題」に関する私見。

テーマ:ブログ
「集団的自衛権」について僕がどのように考えるのかを聞かれることが増えてきました。それだけ大きな関心事だということですよね。僕自身の発言が弟子たちに大きな影響力を持つことが分かっているだけに、特に政治に関しては「自分で考える力」を身につけてほしいし、それがビジネスにも投資にも活きるので、普段は政治的な発信はあえて控えています。ただ、あまりにも毎日のようにいろんな方から話題にのぼるうえ、意見を聞いてて「うーん、論点がずれてるなあ・・・」と思うことも多いので、僕なりの考えをまとめてみました。

むかしむかし、JくんとAくんが喧嘩をして、JくんはAくんにコテンパンにやられました。「お前は弱いんだから、二度と俺に歯向かってくんじゃねぇぞ。それが守れるなら俺の仲間に入れてやるよ」とAくんは言い、「わかりました、仲間に入れてください」とJくんは誓いました。

その後、Jくんは「Aくんが『いつでもお前を助けるからな』と言ってくれてるとはいえ、さすがに自分が丸腰では、Aくん以外の人から絡まれたり、喧嘩をふっかけられた時、Aくんが駆けつけてくれるまでの間にやられちゃうとマズい・・・」と思い、筋トレしたり、武術を習ったりして、自分でも相手に立ち向かえるようにトレーニングを始めました。

Jくんはそれなりに強くなったものの、身体が小さくて草食系っぽい見た目なので、一人で繁華街を歩いていると、わけのわからないチンピラにイチャモンをつけられちゃうかもしれません。そこで、いつもAくんと一緒に街を歩くようにしています。Aくんは身体も大きく筋骨隆々で完全肉食系。どこからどう見てもイカつくて怖そうなので、Aくんに向こうから絡んでくるチンピラはそうそういるはずがないからです。AくんはJくんに「お前がやられそうな時は、俺が助けてやるから安心しろよ。お前は俺の大事な友達だから。俺がついてるから大丈夫だぜ」といつも言っています。

案の定、Aくんと一緒にいると、誰からも喧嘩をふっかけられることはありませんでした。ただ、Aくん自身は喧嘩っ早いので、しょっちゅう誰かと喧嘩をしています。でもそういう時も「お前は来なくていいよ。来たってどうせ弱くて役に立たないから。後ろの方で見てな。もし何かお前にでもできそうなことがあれば、やっといてくれればそれで十分だから」と言ってくれてました。

Aくんが肩で風を切って街を歩いているおかげで、ある意味、街の治安は守られていました。ただ、いくら最強のAくんも毎日喧嘩ばかりしてると怪我もすれば、疲れもします。すると、Aくんが少しずつ疲弊していくうちに、Cくんが一気に成長して「あいつすげえ強いらしい。もしかしたらAくんと互角かそれ以上かも・・・」という噂が街で広がりはじめました。

そのCくんと仲良くしているNKくんというのも不気味な存在です。Cくんのように身体が大きくイカつい感じではないのですが、完全に目がイってしまってて、キレたら何をしでかすか分かりません。

さらに、ISくんというまったく別の謎の勢力もどんどん幅をきかせ始めました。ISくんは「街の常識」や「暗黙の了解」という言葉がまったく通用しない異星人のようで、NKくんとは違う意味でぶっ飛んでいます。

Cくん、ISくんなどが勢力を広げるにつれ、Aくんは少しずつ余裕がなくなってきました。すると、「Jくんがピンチの時には俺が助けてやるんだから、俺がヤバい時にはお前も協力しろよ」と言いはじめます。Jくんは話が変わってきてるぞ・・・と思いつつも、「もちろんだよ!」と言わざるをえませんでした。

「集団的自衛権」の話を小学生にも分かるように単純化するとこういうことですね。言うまでもなく、Jくんは日本、Aくんはアメリカ、Cくんは中国、NKくんは北朝鮮、ISくんはイスラム国です。

日本国民全員の共通の願いが「不戦の誓いを守り、平和が維持されること」であるのは間違いありません。この点では与党も野党も関係なく、全国民共通のゴールです。要は、方法論の違いで揉めてるんですよね。

「集団的自衛権」賛成派の政府与党は「ここまで来たらAくんと一緒にいよう。ものすごく強いAくんが隣にいれば、他の奴らから無闇に絡まれることはない。だってこれまでもそうだったじゃないか。これまでは『俺が守ってやるから大丈夫。お前は何もしなくていいよ』とAくんも言ってくれてたけど、別の強い勢力が出てきて事情が変わってきたのは確かだし、『お前がピンチの時に俺が助けるから、俺がピンチの時には助けてくれよ』というのはもっともな話。それでも、Aくんの隣にいる方が、自分一人で街を歩いてるよりは喧嘩をふっかけられる可能性が低い。しかも、うちのすぐ近くにCくんやNKくんが住んでて怖いけど、Aくんが睨みをきかしてくれてるから、奴らもそう簡単には手を出してこられないだろう」という考え方。

「集団的自衛権」反対派は「Aくんの喧嘩に加勢してしまったら、自分もモロに殴られたり、蹴られたりしてしまう。だから何があろうと加勢しちゃだめ。だって、もともとそういう決まりだし、『絶対に喧嘩はしない』っていうのが俺の主義。Aくんもそれが分かってるはずだし、そもそもそういう主義にさせたのは他ならぬAくんじゃないか」という考え方。

Jくんがこれまで喧嘩しないで済んできたのは、「一人で街を歩いてると絡まれそうだから、 強くてイカついAくんとつるんでれば、そうそう絡まれない」というのがベースにあります。でも、Aくん側の、というか、街を取り巻く事情が変わってきて、AくんがJくんに「戦力になって欲しい」と言い出した。ここが大きな大きな変化のポイントです。

正直言って、選択肢は大きく3つしかありません。

1.Aくんと今後も一緒に街を歩く。

2. Aくんとつるむのをやめて、自分一人で街を歩く。

3.Aくん以外のつるんでくれる強そうな人を探す。(しかも、以前のAくん同様に「お前は何もしなくていいよ」と言ってくれる人でなければダメ。)

1の場合、メリットは強くてイカついAくんが隣にいるので、一人で街を歩いているよりは絡まれにくいこと。デメリットはAくんが喧嘩になった場合、一緒に戦う羽目になってしまうこと。

2の場合、メリットはAくんと距離を置くことで、Aくんの喧嘩に巻き込まれなくなります。デメリットは強くてイカついAくんが隣にいなくなることで、「あいつ草食系で弱そうだからイチャモンふっかけてやろう」という奴が出てきた時に、自分一人で何とかしなきゃいけなくなります。

3はどうでしょう・・・現実的にそんな国は存在しないと思うのです。

集団的自衛権反対派は「アメリカの属国になるな!」と言うのですが、変な話、アメリカの属国だからこそ「お前のピンチは俺が守ってやるし、俺が喧嘩してる時にお前は何もしなくて大丈夫。だって大事な可愛い舎弟だから」が成立していたのです。対等な関係の場合、これはありえないじゃないですか。「お前のピンチは俺が助ける。だから俺のピンチにはお前も助けろ」が対等な関係です。

アメリカが唯一最強のリーダーだった時にかましていた余裕がかませなくなってきた。そこで、日本に「今後はお前も俺を助けろよ」と集団的自衛権を求めてきたわけで、それにイエスかノーかという選択なのです。イエスの場合、アメリカと対等な関係に一歩近づきます。だってこれまでの完全なる舎弟から、自分も相手を手助けする立場になるのですから。ノーの場合、アメリカと対等になります。だって、アメリカと袂を分かち、独り立ちするわけですから。つまり、イエスでもノーでも、「アメリカの属国」からの脱却に向かうのは確かなので、この観点ではイエスだろうとノーだろうとどちらも同じ。

大事なのはそこじゃなくて「どうすれば戦争に巻き込まれないのか?」です。

1の場合、「Aくんの喧嘩の際は助太刀するよ」と言わなければなりません。

2の場合、「自分の身は自分で守る」が前提になりますので、もっと身体を鍛えて、もっと武術を習って、Aくんのように筋骨隆々にならなければなりません。つまり、「自衛隊をもっと強化する」とか「徴兵制にする」というふうにして、「うわ、あいつ強そうだから喧嘩売るのやめとこうぜ」と思わせなければなりません。

1と2とどちらが「戦争に巻き込まれにくいのか?」という選択です。

集団的自衛権反対派が対案を出せないのは当然ですね。だって、対案は「自衛隊を強化する」「徴兵制にする」「これまでのアメリカと同じように強いうえ、『何もしなくていいよ』と日本を甘えさせてくれる国を探す」といったあたりです。最後のは、そもそもそんな国あるわけないので、実は集団的自衛権反対派にとっての対案は「自衛隊を強化する」「徴兵制にする」なのです。こんなの国民に言えるわけありませんよね。だから、対案が出てこないんです。

少々話はズレますが、国会前などでデモをやってる人たちが「戦争反対」「徴兵制反対」のプラカードを掲げているのに、ものすごい違和感があるんですよね。だって「戦争反対」という気持ちは方法論が違うだけで集団的自衛権賛成派も同じはず。また、「徴兵制反対」に関しては、集団的自衛権に反対する方が徴兵制に近づく気がするんだけどなぁ・・・と思わずにはいられないのは僕だけでしょうか。

いずれにせよ、残念ながら、1を選んでも2を選んでも、これまでよりは戦争が近づくのは間違いありません。ただ、僕はようやく日本が他の国々と同じスタートラインに立つ時が来たと思っています。戦後70年の日本の平和は「世界を牛耳ってきたアメリカに甘えることで実現してきた平和」です。ようやく日本が独自の力で平和を希求するという、主権国家であれば当然考えなきゃならない岐路に立っているのです。

僕自身は「集団的自衛権」に賛成か反対かと問われると、「賛成しようが反対しようが、これまでよりは戦争に近づくという点で、どちらでも同じ」が答えです。ホリエモンが「どちらでもいい」と言ってるのは、きっと同じような理由からだと思います。成功している経営者は、感情的にならず、物事を理性的かつ大局的に俯瞰できるので、同様の意見の方が多いのではないでしょうか。あえて言うなら、これまでの歴史的経緯や現実的な選択となると、今の時点では1しかありえないのではないかなと考えます。

そして、日本は民主主義国家です。2014年12月の衆議院議員選挙で「集団的自衛権賛成派」の自民党が圧倒的多数で勝利したのは間違いないのです。正直言って、あの選挙が安倍首相の戦略勝ちなところは大いにあります。「消費税10%への増税延期に伴い、アベノミクスの是非を問う」というところに争点を絞り込み、集団的自衛権については見えにくくしたことで圧勝したという側面は否めません。ただし、見えにくくしたとはいえ、安保法制の整備も憲法改正に向かうこともきちんとマニフェストで掲げていたので、自民党からすると「このマニフェストで選挙に圧勝したんだから、粛々と実行する」というのは当然なんですよね。

いざそうなってから、騒いだところで遅いんです。これが日本人の一番いけないところ。地震でも戦争でも経済破綻でも、実際に起こってから右往左往するのでは遅いんです。そうじゃなくて、有事になる前からきちんと準備しておかなければなりません。今回の集団的自衛権の問題にしても、反対ならその意思を反映させる大きなチャンスは2014年12月の総選挙の時にあったのです。普段からきちんと関心を持って勉強していないから、今のような騒ぎになる。そしていざ法案が可決される段階で、いくらデモを行ったところで、変わるわけがないんです。それで変わるなら、選挙の意味がなくなりますから。

とにかく大事なことは普段からしっかりと世の中の動きに関心を持ち、勉強をして、ありうべき有事に備えて準備をしておくことです。そして、普段の勉強を踏まえたうえで、選挙では各党のマニフェストをきちんと熟読し、メディアに踊らされるのではなく、「自分で考えて」一票を投じる。それが自分の意思を政治に反映させる手段であると同時に、我々が持っている権利なんですよね。



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