2013-11-30 04:21:21

うまくいくのは他人のおかげ。うまくいかないのは自分のせい。

テーマ:ブログ
先日テレビを見ていると、ニュース番組で「揺れる奨学金制度」なる特集が組まれていました。大学や大学院を出た後、就職できなかったり低所得だったりで、借りた奨学金を返せない学生が急増しているという問題です。なんと返済滞納者33万人で、滞納額は925億円にものぼるとのこと。そして、返済に困る人たちのインタビューが流れ、「貸与型」ではなく「給付型」にすべきだとの集会が開かれていたり、署名活動がなされているということが報じられました。

「頭おかしいんじゃないの!日本人は大丈夫か?」と心の中で叫ばずにはいられませんでした。僕も学生時代に奨学金を借りていました。学部4年間だけで約200万円、大学院修士課程でさらに約200万円、大学院博士過程でさらに約450万円、合計すると約850万円にものぼります。もちろんきちんと返済しました。

返済に困っている人たちにはっきり言います。それは制度のせいではありません。あなた自身のせいです。もし奨学金を借りている人が全員滞納しているとすれば、それは制度の問題かもしれません。でも、きちんと返している人たちがたくさんいるのです。同じように奨学金を貸与してもらい、同じ大学・同じ学部で、同じように教育の機会を与えられ、その間にスキルや能力を身につけ、きちんと就職したり、起業して、返済するだけの能力を身につけられた人がいる一方で、能力を身につけられず返済できない人たちがいます。返せないのは、大学の4年間なり、大学院も含めるなら6年間とか9年間で、返せるだけの力を身につけられなかった自分自身のせいですよね。

なぜ国は奨学金を貸与してくれるのでしょうか。それは、意欲や能力はあるものの金銭的事情で教育を受けられない若者がいるのは、国家としても大きな損失だからです。だからこそ、それを国が助成することで、未来の日本を支える人材を育成することができるなら、国としては間違いなくプラスになる。だって、成長したその人が借りたお金を返してくれれば、金銭面でマイナスになることはなく、しかも国としては1人の有望な人材が育つわけですから。しかも、その人はその後、所得税なり法人税なりという形で国に貢献してくれるのですから、結果的には、金銭的にも国としてはプラスになりますよね。だからこそ、国は奨学金を貸与してくれるのです。

僕が「日本人は大丈夫か?」と思ったのは、何でもかんでも他人のせいにしようとする人が増えているということです。「貸与型ではなく給付型にしろ!」という主張は完全に常軌を逸しています。「お金を貸してもらったけど返せない。それは、そもそもくれなかったお前のせいだ!」という主張をしている自分の馬鹿さ加減に気づいて欲しいものです。さらに言うなら、もちろん「給付型」の奨学金があればいいとは僕も思います。ただし、ひとつだけ確かなことは、それをもらえるのは間違いなく、返済できる能力を身につけられなかった人たちではなく、ひときわ優秀な人たち、すなわち、きちんと返済できる人たちに決まってるじゃないですか。「貸与型ではなく給付型にしろ!」と主張している人たちでないことは間違いありません。

借りたものは返すのが当たり前です。奨学金を借りていない学生でも、親に学費や生活費の援助をしてもらっている人がほとんどでしょう。それだって事情は同じです。親が病気になったり、年をとって動けなくなったりする日が必ず来るのです。つまり、自分が働き始めてすぐに出してもらったお金を返すのではなくとも、子どもが親を支えなければならない日は絶対に訪れるのです。つまり、いつか返さなきゃいけなくなる日が来るのだから、出してもらったお金を返済できるだけの「稼ぐ力」を身につけておくのは子どもの責任、というより、義務なのです。

奨学金を返さなきゃいけなくなる日がすぐに来ること。親を助けなきゃいけなくなる日がいつかは来ること。そんなことは分かりきったことじゃないですか。なぜその準備をきちんとしておかないのかが僕には不思議でなりません。話は変わりますが、学会で時々顔をあわせていた大学の先生で、数年前から生活保護受給者になった人がいます。働いていた大学が潰れたのです。そして、大学の先生は潰しが効きづらい職業です。それまで「先生」と呼ばれてきたプライドも邪魔するのでしょう。結局、働き口を見つけられないまま、現在に至っているようです。顔見知りなのでもちろん気の毒とは思いますが、可哀想とは思いません。だって、大学が潰れる時代が来ることは20年前から分かっていたことじゃないですか。20年前の出生者数を見れば、20年後の大学生の数が分かるのですから。21世紀に入る頃から「大学全入時代が来る」とメディアでも散々言ってた通りです。僕は27歳で大学教員を始めるときから、「大学の仕事だけでは食べて行けなくなる日が必ず来る」と思っていました。だからこそ、いろんな柱を次々と立ててきました。いま教えている大学が全部なくなったとしても、僕は余裕で生きていけます。きちんと準備をしてきましたから。

借りたものを返すのは当たり前です。奨学金を返せない人たちは、いつか返さなきゃいけなくなる日が来ることは分かっているのに、その準備をしてこなかった自分が悪いのです。けっして制度のせいでも、社会のせいでもありません。うまくいくのは全部他人のおかげ、うまくいかないのは全部自分のせい。僕はいつもそう思っています。例えば、自分の入った会社が潰れてしまって、生活が苦しくなったとします。それは経営手腕の悪い社長のせいではありません。その社長を信じて、その会社に入った自分のせいです。例えば、リストラされて生活が苦しくなったとします。それは、自分をリストラした社長のせいではありません。一方でリストラされていない人がいるのに、リストラされるのは、会社に貢献できなかった自分のせいです。僕も社長として従業員を雇っていますが、全員に何度となく言ってるのは、「自分がもらう給料よりも1円でいいからたくさん会社に利益をもたらせ!」ということ。20万円の給料を払っても、その従業員が50万円の利益を会社にもたらすなら、その人を解雇するわけないじゃないですか。3億円の利益をもたらす社員なら、2億円払ってでも手放したくありません。でも、20万円の給料をあげても5万円しか会社に利益をもたらさないとすると、その人の存在は会社にとって15万円の赤字なわけです。そりゃリストラ対象でしょう。

とにかく、奨学金を返せない人たちは、何でもかんでも他人のせいにするのではなく、主体者意識を持って、少しずつでもいいから返して欲しいものです。このまま滞納額が増えるようだと、奨学金自体がなくなってしまいます。そうなると、自分たちの子どもが、孫が、どうなってしまうか簡単に想像つくのではないでしょうか。次の世代にバトンを渡すことは、今の世代を生きる人の義務なのです。

だからこそ僕は、ちまたで話題の正木くんのような、20歳の大学3年生にして1億円稼いでるという学生の存在は嬉しく思うし、応援したくなります。

http://izutada.com/mk/blog1/

もちろん目立つ存在になったことでああだこうだと言う人はたくさんいるでしょう。でも、借りたお金を返さずに、それを他人のせいにして、自分は制度の犠牲者だと言うばかりの人の100万倍スゴいです。彼は次から次へと苦難にあうも、先ほど言及した「うまくいくのは全部他人のおかげ、うまくいかないのは全部自分のせい」を完全に実践しています。だからこそ、こうしてうまくいくのです。大学生は全員、そして、僕のこの文を読んで何か感じるところがあった大人の方は全員、彼の動画を見てください。無料で見られます。彼のノウハウそのままでなくとも構いません。少なくとも「稼ぐ力」を身につけるヒントが間違いなく見つかります。
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